第2話 死徒と現実
あの後、竜弘は学校に戻った時に浩介と有紀を含む同好会のメンバーに自分の見た事を話したのだが結局は信じて貰えなかった。蜘蛛の化け物の事、突然目の前に現れた少女の話をしたが2人からは「疲れてるんじゃないの?」とか「そういうのは映画とかの見過ぎだろ?」と言われる始末。竜弘は自分が見た光景は果たして何だったのかと思いながらその日は早めに同好会を切り上げてこの日は帰路へ着いた。
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そして翌朝。
竜弘は自身の部屋にあるベットの上で目を覚ました。帰宅してから色々と考えてはみたものの、やはり納得が行かない。ぼーっと部屋の天井を眺めているとノックも無しに部屋のドアが勢い良く開かれた。
「お兄ちゃん、お客さん来てるよ。しかも女の子!いつの間にあんな可愛い子と知り合った訳?」
「女の子の知り合い……もしかして有紀の事?」
身体を起こして朱音の方を見つつ、彼は考えてみる。確かに有紀とは親しいが家の場所を教えた事は無い。仮に同好会で休みの日や祝日に集まるかもしれないからという理由で連絡先だけは交換した位。
竜弘自身もあまり女子からモテる訳でも無いし、浩介の様にナンパしたりする訳でも無い事から連絡先は彼女だけしか居ないのだ。
「解った…会って来るよ。それとドアはちゃんとノックしろって言っただろ……。」
ベットから降りた竜弘は半袖シャツと長ズボンの寝間着姿のままブツブツ小言を言いながら2階から1階へ降りて来る。サンダルを履いてドアを開いてみるとそこには見覚えのある子が立っていた。竜弘が見たのは昨日の夕方、自分を助けてくれた小柄な女の子で真っ直ぐ彼の方を向いている。
目付きはやや鋭く、艶のある黒い髪は腰辺りまで伸びているのが解る。服装は白の半袖シャツに赤いスカートの他に白の靴下と共に茶色のブーツを履いている他に背中には何かを背負っているのか細長く黒い袋の様な何かが有った。
「えーっと…キミは昨日の……。それよりどうやって僕の家を?」
「…お前の服に印を付けた。もう効力は消えているから安心して良い。」
「そ、そっか……それで…僕に何か用?」
竜弘がギクシャクしながら彼女とやり取りを続けていると、少女は細い指先と白い肌をした右手で彼の身体へ触れて目を閉じた。そして手を離すと小さく頷き、そのまま右手を差し出して来たのだ。
「……塩。」
「塩?何でまた…。」
「有るのか無いのか。」
「有るけど…ちょっと待ってて、持って来るから。」
少し経ってから彼は台所から塩の入った丸い容器を持って来ると少女へ手渡す。受け取った彼女は蓋を開くと右手へ小さな山が出来る位の塩を出した。
そして何も言わず彼の服を引っ張って外へ連れ出し、それを竜弘の胸元へ向けて右手を振って投げ掛けたのだ。
「うわぁッ!?いきなり何するんだよ!?しょっぱッ……!!」
「…穢れを払う。変異した死徒は少なからず生きている人間にも影響を出す場合が有るから。後ろ向いて、次は背中に掛ける。」
竜弘は背中にも、足元にも塩を掛けられてしまう。
それから今度は「前を向いてから服の塩を払って、落ちた塩を踏んで」と言われて言う通りに動作をした。
「これでいい?」
「…穢れは祓えた、それとコレ返す。」
塩の容器を竜弘へ手渡した後、彼女が背を向けて数歩進んだ時に彼は咄嗟に少女の細い右手首を掴む。何故かは解らないがそうすべきだと思ったからだ。
彼女は背を向けたままピタリとその場に止まる。
「……離して。私の用は済んだ。」
「名前…未だ聞いて無かったから。僕は竜弘、キミの名前は?」
「……それ、何か意味が有るの?」
「深い意味は特に無いというか……でも知りたいんだキミの事。良かったら教えてくれないかな?」
間が空いてから少女はそのままの姿勢でポツリと呟いた。
「……
「冴月…変わってるけど綺麗な名前だね。ありがとう、教えてくれて。」
スッと無言で彼の手を払うと冴月と名乗った少女は無言で歩き出して左側の路地へ曲がると共に彼女は1人で何処かへ行ってしまった。学校が休みという事もあり、不意に思い立った竜弘は家の中へ戻ると部屋で着替えた後に冴月の後を追う事にした。
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人が滅多に通らない路地裏、そこを制服姿の少女がフラフラとさ迷っていた。焦茶色の髪をツインテールに纏めている彼女の目は黄色い。両膝には擦り傷が有る他に身に付けている制服のスカートやワイシャツは裂けてボロボロ。通りへ出ると彼女は誰かとぶつかって倒れてしまう。紺色のスーツを着た中年の男性は彼女へ手を差し伸べると声を掛けた。
「おっと…すまない、大丈夫か?その格好…どうした!?何かされたのか?」
彼女の姿を見た男性が身を屈めて声を掛けると少女はか細い声で呟いた。
「お腹…空いた……。」
「もしかして何も食べてないのか…そうだ、さっきコンビニで買った奴なら有るが……それで良ければ食べるかい?唯のチョコバーだけどね。」
彼は鞄からコンビニの袋を取り出し、中から1本のチョコバーを差し出す。それを彼女が受け取る…かと思われたが違った。少女は身体を起こして彼の左手首を右手で力強く掴むと空いた左手で頬に触れると顔を近付けてニヤリと笑う。彼女の赤い目は何処か不気味だった。
「お前……美味そう…喰って…良い?」
「な…何を…言ってるんだ…ッ!?おい、離せ!離してく─あッ…あぁあぁッ……あぁあぁぁッ──!?」
そして彼女は彼の首筋へ噛み付くと何かを吸い上げていく。断末魔の様なか細い悲鳴を上げた末に男性は身に付けていたスーツと持ち物である手持ち鞄だけを残して消えてしまう。彼は一瞬の内に灰色の塵と成り果ててしまった。再び立ち上がると次なる獲物を探す為に彼女は何事も無かったかの様に歩みを進めて行く。別の通りへ向かった際、次に狙いを付けたのは自分より背の高い若い男。通りを右側へ曲がって行く彼の背中を見た少女は次の獲物として認識した末、襲い掛かろうとした。しかし突然声を掛けられた事で立ち止まった。
「倉本さん…?
彼女が振り返るとそこに居たのは同じクラスメイトの葉山竜弘。キョトンとした顔で彼を見つめてはフラフラと近寄って来た。
「無事で良かった……クラスの皆が倉本さんの事心配してたんだ。それより…足にケガしてるじゃないか!?兎に角先ずは病院に行こう…ケガの具合を見て貰わないと……!!」
竜弘が彼女へ手を差し伸べた時、ポサッと寄り掛かる様に倒れて来たのだ。不意の出来事に彼は光織を受け止めて支える。体温と共に少しだが鉄っぽい臭いが鼻を突いた。
「く、倉本さん…大丈夫?」
「お腹……空いた…。」
「お腹が空いてるの…?解った、病院に行った後に何か食べようか。僕が奢るよ。」
竜弘が彼女を支えていた時に前方の方から来た冴月と目が合う。彼女は何かを訴えつつ此方へ駆け寄って来ると立ち止まった末に背中の袋から刀を取り出し、抜刀すると共に突然2人へ刀の刃先を向けて来たのだ。
「その子から離れて!!彼女はもう人間じゃないッ!!」
不意にそう言われると思わず光織を見る。彼女は竜弘の腕の中で振り返ると冴月の方を共に見つめていた。
「冴月!?な、何言ってるんだよ…倉本さんは…!!」
違うと訴え掛けようとした時、光織は竜弘を突き飛ばして転倒させる。そして威嚇する様な構えを取ると獣の様に冴月へ飛び掛って行った。
「がぁあぁあぁぁッ!!」
「ちぃ…ッ!!」
突進を避けた冴月は彼女の背面へ素早く回り込むと後ろから蹴飛ばして転倒させる。彼女と立場が入れ替わり、前のめりに光織が地面へ倒れるのだが再び立ち上がると尚も獣の様な唸り声を上げて冴月を威嚇する。竜弘もまた立ち上がって目の前の冴月と共に黄色い目を輝かせている光織を見ていた。
「やっぱり成代ったんだ…あの子と死徒が……!!」
「どういう事!?成代ったって…?」
「今は説明してる暇なんか無いッ!!」
2人が会話している最中に再び襲い掛かると今度は右手で引っ掻く様に振り翳して来る。冴月は前へ出て刀を左から右斜め上に素早く振り上げて反撃すると彼女の爪とぶつかって金属音が鳴り響いた。立て続けに今度は左手の爪が振り翳されるとそれを素早く弾いてから隙を見計らうと光織の胸元を刀で左斜め下へ袈裟懸けに斬り裂いた。風を切る音と共に鋭い一撃によって傷口から血が噴き出すと灰色のアスファルトの地面へポタポタとそれが垂れていく。
身に付けていた衣服も真っ赤に染まり出した。
「ぎゃぁあああッ──!?うぐぅッ…ふうぅぅッ……!!」
「……次がお前の最後。」
冴月が左足を少し前へ出し、右足を後退させると共に刀を自身の右側面で両手を交差させる様に握り締め、構えていると不意に竜弘が彼女の左肩を掴んで訴え掛けて来た。
「ダメだッ、お願いだから斬らないでくれ!!彼女は…倉本さんは未だ人間だ…!!現に血が出ているし、痛がっているじゃないか!!」
「うるさい!いいから離してッ!!あの子は死徒…あのまま放っておけば別の誰かが犠牲になる!!」
冴月が竜弘を振り払った途端、光織が後退したかと思えば走って逃げ出したのだ。冴月は彼を睨むと刀を鞘へ収めてから光織の後を追い掛けて行く。路地を抜けた先は大通りで人気の多い所。下手に戦えばそれこそ大きな騒ぎになり兼ねない上に変な誤解を招いてしまうかもしれない。
「ッ…倉本さん…!!」
竜弘も拳を強く握り締めると共に駆け出して冴月の後を追った。
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「あの傷ならそう遠くへ行けない筈…!!」
冴月が駆け付けたのは立体駐車場の中。
赤い液体が点々と続いていて、それを辿りながら更に奥へ進むと彼女の左横に停めていた車の真後ろから飛び上がって奇襲に近い形で襲って来たのだ。
冴月は光織に地面へ押し倒され、握っていた刀を手放してしまうと地面へ後頭部を強打してしまった。獣の様な呻き声を上げて光織は黄色い目で彼女を睨み付けると同時に口から唾液を零していた。光織の左手が冴月の右手を押さえ付け、左手で首を締め上げて来ると冴月は苦しそうに悶え始める。
「グルルウゥウゥッ!!」
「うぐぅッ!?かはッ……あぁ…ぐぅッ…!?」
冴月は必死に抵抗し、空いている左手で力一杯彼女の右側頭部を思い切り殴り付けては怯んだ隙に
右足で蹴って押し退けてから距離を取り、立ち上がって付近に落ちていた自分の刀を拾う。そして素早く抜刀して青白く光る刀の刃先を光織へと向けた。
「げほッ、げほッ…もうこれ以上お前と戯れるのは飽きた…此処で終わらせる!!遮断ッ──!!」
冴月が天へ刀を掲げると2人の周囲へ異空間が展開される。特殊な空間の中は黒い空と真っ白な地面が一面に拡がっているだけで他は何も無い。
光織は獣の様な四足歩行の姿勢となり、冴月を睨み付けて再び襲わんとしている。対する冴月もまた瞳の色が金色から紅色へ変化していた。
「……来いッ!!」
「ガァアァアァアァァッ──!!」
離れた位置に居た光織が素早い動きから駆け出し、冴月との距離を少しずつ詰めて行くと彼女は飛び上がって冴月へ組み掛かるべく両腕を振り上げて襲い掛かって来た。対する冴月は刀を両手に握り締めた状態から駆け出しては一刀の元、擦れ違う様に光織の身体を発火させた刀の刃で大きく斬り裂いたのだ。彼女の後方では悲鳴を上げる事もなく炎に包まれた光織の姿が有ったが冴月は見向きする事もせず、光織が燃え尽きたと同時に無言で空間を消した。
「…もうこれ以上、貴女は他の誰かを傷付けなくていい。だから……向こうでゆっくりお休みなさい。貴女の事は私が憶えておく……。」
そう呟いたと同時に冴月の瞳が金色へ戻ると刀を鞘へ収め、振り返ると地面へしゃがみ込んで右手の指先で光の粒を掴んだ。黒く細長い袋へ刀をしまって立体駐車場から出て来ると背後から呼び止められ、振り返ると彼女の右横に居た竜弘と目が合った。彼は肩を上下させながら息を整えている。
「はぁッ…はぁ…ッ……、倉本さんは…どうなったの……?」
「私が斬った。」
「ッ……どうして……!!」
「それは昨日も話したでしょ…私の役目は死徒を狩る事。あの子は死徒…だから狩った。他に理由が要る?」
竜弘へそう言い放った時に彼は冴月へ近寄ると両肩を掴んで冴月の事を睨んで来たのだ。
「そんなの本当は全部嘘じゃないのか!?キミが考えたデマかネットの単なる噂話か或いは──」
「…お前が今日見たのは全て現実。時期にあの子の存在は誰からも忘れ去られる……死徒に喰われた人間はその時点で生命の灯火が消える事が確定する…そしてその死徒が死ねば存在も全て消えてしまう。」
「そんな…じゃあ…誰も倉本さんの事を……。」
「…無論、あの子の肉親も彼女の事を忘れる。全て無かった事になる。それと死徒は最初に喰らった人間の姿を得る事が出来る…運が悪かったとしか言えない。」
冴月は竜弘の手を払い、距離を取ると彼の方を見ながら彼女は話し続けた。
「……それでも忘れたくないのなら、想っていたいのなら、お前がその子の存在を憶えておきなさい。そうすれば記憶に留めておける。」
そして冴月は竜弘の前から背を向け、歩いて去って行くと夕陽の光が冴月の腰まである黒い長髪を艶やかに照らしていた。
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次の日、竜弘が普段通り学校へ登校した時。
誰も倉本光織の事は憶えていなかった。
クラスメイトの誰に聞いても返って来る返事は全て同じ。「知らない」、「そんな子居たっけ?」、「解らない」、「幽霊とかじゃないの?」等、様々。
彼女の事を憶えていたのは竜弘ただ1人。
自分の席へ腰掛けて右手で頬杖を突いている彼の元へ浩介が来ると竜弘の肩を叩いて話し掛けて来た。
「何があったか知らないけど、切り替えて行こうぜ?大丈夫、竜弘にも青春は来るって!!」
「…違うってば!それよりどうかした?何か凄い嬉しそうだけど?」
「おっ、良く聞いてくれました!今日は転校生が来るんだってさ!!しかも女の子だぜ、女の子!!」
「女の子?浩介、そんなに嬉しいか?」
「バカだな、嬉しいに決まってんだろ!転校生だぜ?転校生!どんな子かなー♪俺好みの子が良いなー♪」
苦笑いする竜弘を他所に浩介はチャイムが鳴ると何故だか嬉しそうに席へ戻って行く。そして担任の女性教師が入って来ると教壇に立ってから転校生がこのクラスに来る事を一通り説明された。教師の合図と共にこの学校の女子生徒が着ている制服を着た小柄な少女が入って来ると教壇付近で立ち止まる。
見覚えのあるその姿に竜弘は思わず息を飲むと彼女の方をそのまま見つめていた。
自己紹介をと促された彼女は自分の名前を黒板へチョークで書くと振り返って話始める。
「…今日から皆さんとこの教室で学ぶ事になりました、倉本光織です。一日でも早く皆さんとお友達になれたら良いなと思っています…どうか宜しくお願いします。」
一礼すると彼女は拍手の後に教師から竜弘の右にある空席へ座る様に促され、そして彼の元へ歩んで来る。腰まで伸びた黒い長髪と吊り上がった金色の瞳に小柄な背丈。それは間違いなく冴月だった。
「冴月…何でキミが……?」
「……宜しく。」
彼女は竜弘を見て一言話して少し会釈すると右隣へ腰掛ける。これもまた現実…竜弘の信じていた当たり前でごく普通な日常は少しずつその形を変え始めていた。
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