第41話 剣舞と詩舞と

 漂白の舞踏、踏めど踏めど舞い上がれず。

――――――

ランスSide


「すみません。突然お邪魔してしまって…」

「良いよ良いよ。今日の予定はリハビリがてらリオンと組手するだけだから。アイツは用事が終わるまで時間掛かりそうって言ってたし」


 怪我の治りも良好で、用事があるリオンより一足先に戦士の訓練場に足を運んだランス。彼が戻り次第、エトワールを使って組手する予定だ。ランスのリハビリに付き合うと言うのが表向きの理由だが、リオンのエトワールが狙われていると聞き急遽、鍛える事にしたと言うのが本来の理由だ。リオンには内緒である。


 リオンが来る前にランスの元を訪れた客人、ルルトアを歓迎する。彼女は暫く無言を貫いていたが意を決して口を開いた。


「幼馴染と聞きました。マッチさんと」

「!」

「無理を承知で…お聞きします。マッチさんの事教えて下さい。舞子として知らなければいけない。才能に恵まれた、とても凄い人」


「うん、分かった。幼馴染って言うか偶々、同い年だったんだ。彼女は天才と呼ばれた」

「…」


 カノンの実の娘マッチ・リーズは舞子だ。ルルトアは彼女を知りたかった。だから幼馴染の元へ向かった。ルルトアがマッチに抱く感情はランスがリフィトに抱く感情と似ていた。

 才ある遠くの空の人、地べたから見上げるしかない自分。尊敬も羨望も凡人である自分達の方が余程多く見えている。


 ランスは思い浮かべた、かつての幼馴染を。リオンを待つ間の小話に花も綻ぶ。


――――――


「う〜ん、届かない……」

「早くしろ」


 翌日。天音、フォルテ、アカメに加えてリオンも欠片探しに参加していた。リオンの用事とは欠片探しの事だ。ランスに全て話す訳にはいかないので例によって、真正面から逸らかす。意味深な表情で避けられるよか、堂々と突っぱねた方が逆に清々しい。


 さて、欠片探しの行方だが時折休息を取りながらアカメの感じる範囲を徹底的に調べ、遂に見つけた。…見つけたのだが樹齢何百年の巨木に挟まり簡単に取れそうに無かった。そこで、天音はリオンの肩に足を掛け欠片に手を伸ばした。天音がバランスを崩さぬようにガッチリ足を握る。


「右かな…」

「ん、こうか?」

「そうそう!」


「なぁ天音、俺が取れば良くないか。これくらいの木なら登れるぞ」

「私が取りたいの!」


?「ちょっくら遅れた!」

「ロア、タクトさんの所行ってきた?」

「行ってきた」

「お久しぶりですロアさん」

「アカメさん懐かしい〜。今何やってんの」

「欠片集め、あっちに居るのが旅人さん達」


「俺も参加したかった…」

「次があるって!」

「次があっては困る」


 リオンの主張はド正論だ。彼ならば数分の内に巨木を駆け上がり、安全無傷で欠片を手に入れる事が出来るだろう。然し、天音は自分の手で取りたかった。掴みたかった。自分以外も出来る事を自分がやりたいと思った。


 欠片が取れずに齷齪している二人の方を眺めているとロアが合流した。昨日、フォルテから聞き出した欠片探しに参加したかったと嘆くロア。少年らしさが垣間見える。肩を落とすロアを励ますも冷静なアカメにツッコまれてしまうフォルテ。三人はリオンと天音を見守る。


「ちょっと行き過ぎ…左寄れる?」

「りょーかい」

「おっとっと」

(……白!)


「…」

「ロア!…こう言う時は黙ってるのが男同士の暗黙のルールだ」

「何も言ってないが」

「…。コホン、話変えるけどタクトさんと進路話したんだろう。舞子になるか、戦士になるか…決まった?」


「話変え過ぎじゃね」

「いいから」

「フン。そんなのとっくの昔から決まってる寄宿学校に通うって決めた時から。俺は戦士になる…!」

「戦士かぁ…少し寂しいよ。まぁ頑張れ!」

「おう」


 天音の要望通り左に寄った、それだけだ。偶然の産物なのだ。偶々天音の衣服がふわりと揺れ、偶々リオンが上を見上げた。其処には何の仕込みも無い、純粋で防ぎようも無い出来事。欠片に夢中でリオンに覗かれた事に気付いていないのが幸いだ。リオンが罪悪感を抱く必要は無い。何度も話すが偶然だったのだから。


 少年期真っ只中のロアに暗黙のルールを説いても逆に冷静になるだけで意に介さない。曇りなき眼のフォルテは自分で話しておいて馬鹿らしくなったのか、話題を変えた。舞子のフォルテは自分と同じ道に進まない選択をしたロアに寂しさを抱くも素直に応援する。下世話の話から一転し過ぎだとアカメは心の中で微笑むのだった。


「も、う…少し…っ」

(弾いちゃった…!!)

「!」


「俺が取る!」

「ロアさん、三歩前へ」

「っ取れた!アカメさんありがと」

「いえいえ」

「良く見てるね。欠片なんて小さいのに」


「降りろ」

「うん。欠片は…?」

「俺が取った!へへっ」

「誰だ?」

「可愛い子増えてる…!」


 ミリ単位で調整しつつ欠片に手を伸ばす天音だが、それでも欠片には届かなかったようで指先に当たり下方へ弾いてしまった。

 目を逸らすのも意識していると思われそうで、中々行動に移せずせめてもの情けを持ちリオンは薄目にしていたのだが、それが災いした。気付くのが遅れ欠片も掴み損ねた。


 放物線を描きクルクル回る欠片をロアは空中でキャッチしたいらしく、欠片から目を離さずに飛ぶ準備を始めた。そんなロアにアカメは欠片の軌道を見切り助言する。素直に聞き言う通りにしたロアは念願の空中キャッチに成功し飛び上がって喜ぶ。


 天音が降りやすいように姿勢を低くして、 降ろすリオン。最後まで薄目に気付かれる事は無かった。欠片の方へ振り返った天音達は満足げに欠片を手にする少年に注目した。


「誰だれ!?」

「ロア。俺の親戚で戦士見習い」

「ロアくん宜しく。私天音、コッチの無愛想な人はリオン。ナイスキャッチ!」


「誰が無愛想だ」

「寄宿学校ちょっとの間休んでフェスト見に来たんだ。そしたらフェストは延期されるし神器は盗まれるし変な事になってるなって」

「私もゴタゴタが終わって、皆でフェスト見たいなぁ」


「へぇ。寄宿学校今もあんのか」

「昔より人数は減ったらしいですが、一応の学び舎はありますよ」

「卒業しても騎士にはなれないけど…」


 天音はロアの手を取り自己紹介する。自分より可愛らしい年下が現れ興奮気味に、近付く。すっかりメトロジアに、この世界に慣れた様だ。欠片をアカメに渡しロア自身も自己紹介した。ちょこまかと動く天音に溜息を付いていたリオンだがロアの話す寄宿学校に食い付いた。


 彼自体は通っていないが昔馴染の知人二人が通学していた為、印象に残っていた。プクッと膨れた頬が物語る今は無き騎士団。かつての騎士長は今や一文無しの旅人だ。時の流れは人を変えてしまう。今の彼は割と楽しそうではあるが…。


「欠片、全部集まったな」

「はい感謝します。直ぐに報告しなくては。私は此処で失礼します」

「これで壁壊した事、不問になる…?」

「あぁ」


「天音、そのオッサンがさっき天音の」

「っこらガキ、余計な事は言わなくて良い。学校で教わらなかったか?あと俺はオッサンじゃねぇ…」

「学校は健全な事しか教わりません!」

「男のロマンを蔑ろにする気か?!」

「フォルテ…駄目だこりゃ」


「プッ」

「…?」

「フフフッ変なのリオンがオッサンって」

「笑い事じゃねぇぞ」

「だって〜フフッ」


 リュウシン達のと合わせ、欠片四つ揃った。上層への報告と、明鏡新星の再生を行う為アカメは早足に去った。彼を見送り天音はポツリと呟いた。隣に居るリオンは空返事で遠くを見つめる。胸の内に仕舞い込んだ少年時代が蘇る。


 不意にロアが名指しで偶然の産物をバラそうとした。もし天音にバレたら平手打ち程度は喰らう可能性がある。リオンとは関係ないが個人的に物申したいフォルテが一枚噛む。


 天音はと言うとオッサンに反応して爆笑していた。余程ツボに嵌ったのか、腹部の辺りを押さえ前屈みになる。冷静になって子供視点では自分はオッサンに見えるのだと気付き、騎士になるキッカケを与えてくれた青年の気持ちをようやっと理解した。


「さて、俺も稽古に行かないと」

「見学してって良い?」

「良いけどロアは戦士になるんだよな…今更見学しても意味ある?」

「舞踊も参考になるかも知れないだろ」


「あの〜…」

「天音も見学、する?」

「良いの!?」

「勿論!」

「天音が行くなら俺も行くか」

「どうして?」

「暇だからな」

「そう…」

(用事があるって言ってたような…)

「偶には賑やかな稽古も悪くないかな」


 欠片探しは無事終了。早速稽古場へ向かうフォルテを追い掛けるロア。戦士と舞子、一見すると真逆の立ち位置に見えるが身体を操ると言う点では同じだ。戦士見習いのロアは少しでも学校の同期に差を付けようと舞子の動きを参考にする。


 興味が次から次へと移ろう天音は稽古の見学を控えめに願う。快く承諾したフォルテと嬉々とする天音を交互に見つめながらリオンも決意した。待ちぼうけのランスが少々不憫ではあるが彼の事は忘れ、さり気なく天音とフォルテの間を陣取る。


――――――


「稽古場って意外と広いんだね…」


「刃物振り回すし、熱を逃がす為にも風通しは良くしないといけないから。此処で待ってて。急いで着替えてくる。ロア、エトワール出しといて」

「は〜い」


 稽古場に着き、フォルテは着替える為に一旦別室へ向かった。特に物が置いてある訳では無いがきょろきょろと視線を動かす天音。落ち着きの無さは相変わらずだ。


 慣れた手付きで壁と一体化した収納棚から鞘に納められた打刀タイプのエトワールを取り出し、定位置に置く。リオン、天音、ロアの順番に壁沿いに座りフォルテを待つ。



「誰かヘアゴム持ってる?俺の失くしたらしくて…」

「持ってるよ。今出すね」

「ありが…」

「俺の使え」


「…」

「ほらよ」

「うん…ありがとう」

「??」


 程なくしてフォルテが稽古着に着替え、戻って来たのだがヘアゴムが見当たらないらしい。一つは普段付けているが稽古の時は二つ必要との事。フォルテのお願いを聞いた天音はポーチに保管してあるヘアゴムを取り出そうとするが、リオンが会話に割り入る。


 リオンは自分の髪を結わえるヘアゴムを雑に解き、フォルテに渡す。真顔ではあるものの迫力満点の眼光が逆に怖い。だがフォルテの感情は恐怖より呆れに近かった。何故自分が一連の行為をしているのか、全て無意識か、知らないのはリオンと天音のみ。


(どのパートにしよっかな…)

「準備終わり!」


「ワクワク…!!」

「一人しか居ないし吟詠も無いから、ただの剣舞だけどな」

「ただのって…。よし決めた」


 髪を結わえ、吟剣詩舞のイメージトレーニングをしながら準備体操を行う。準備体操中に稽古内容を決めるのが彼のルーティンだ。剣舞でも、詩舞でも何方でも構わないが舞子を間近で見れるのは貴重な体験であり、つい逸る気持ちが声に出る。


「始まる!」

「「!!」」


「はぁっー!」

(飛んだ!?回った!?)

(凄えな…体術とは違う)


「ふぅ…こんな感じで。どうだった?」

「凄かった!!」

「その顔を見れるのが舞子の醍醐味だ」

「やっぱ筋の通った動きは参考になる!」

「ロアが使うのは弓だから刀のような動きは出来ないぞ」

「出来るさ!」


 エトワールを床に置き、背筋を伸ばし正座でお辞儀する。稽古開始の合図のような物だ。ロアが小声で呟いた直後、フォルテが舞う。稽古場から瞬時に広々とした舞台の上に移動した様な感覚に陥る程に彼に惹き込まれた。


 角帯の間に打刀を差す際には一切手元を見ず身体に染み付いた動作なのだと理解る。現実時間にして約一分。体感時間にして約数時間、詰まらないから長く感じるのではなく、一分の間に凝縮された剣舞を消化するのに感じた時間だ。抜刀からの袈裟斬り、全ての動作の基となる摺り足、打刀を操る器用な指先。


 掛け声と共に行われたのは、地面を踏み込み、身体と打刀を回転させる大技。一連の流れは流動的でありながらも力強い剣舞であり、ほんの一部分であると言う事実。此れに吟詠と雅楽と詩舞の舞子が加われば現在の比では無い、壮大な舞踊になる事は間違いない。


 涼しい顔で感想を聞くフォルテ。舞子である事を誇りに思っている様だった。此処に到るまでの努力を想うと自然と拍手が飛び出る。


「今のは俺のソロパート、狐の独白。ホントはもっと長いけど短くしてみました!」

「キツネ…?」

「狐……!」


「あれ?言ってなかったっけ…。フェストの演目、の生涯」

「まさ、か…!フォルテちょっと良い!?」

「なになに?」

「!…」


「〜〜ー…どう?」

「そう、だけど……どうして」

「子孫から直接聞いて約束したの!十六夜さんの故郷探すって」

「子孫…!?今後の参考にしたいから、詳しく聞かせてもらっても!?」


 狐と聞けば、思い当たる節が一つ。迷い人とセットで聞けば、天音の形相が変化する。彼女がメトロジア王国に来て初めて過ごした決して大きくはない街。口約束をした街。思考が答えを導き出した時には行動に移していた。フォルテの元へ駆け出し、彼にしか聞こえない声量で確認を取る。


 本人にその気はなくとも無闇矢鱈に男性に近付く天音の危機感の無さと言ったら…。複雑な表情を浮かべるリオンとリオンを引き気味に見つめるロア。葛藤が芽生え始める。無意識である理由は、彼が心の何処かで素直になる事を拒んでいるから。忘れられない人が死して尚、微笑むから。


(言おっかなぁ…。"パンツは見るのに手は握らないんだな"って。殺されるよな、…。でも言いたい…言っちゃえ)

「パンツは見るのに手は握らないんだな」


「なっ!?」


――――――

アカメSide


 自室に籠もり、アカメは明鏡新星の欠片四つと向き合う。僅かな光源を頼りに揺れ動く。行灯の火種も時期消えると言うのに彼は微塵も気付く様子がなく、それ程までに明鏡新星の欠片に対し真剣であった。


「一つ足りない…?」

(感じた気配は回収した…何故、足りない。霊族が持ち去った?何の為に…!?)


 アストエネルギーを流し込むと微弱ながら、欠片が反応した。再生方法は間違っていない様だ。然し、欠片同士を繋ぎ合わせようと何パターンも試すが一欠片分の空間が余る。街中を探っても欠片の気配は皆無。考えうる仮説は霊族が持ち去った、だ。


(もう一度…!)

「ーッ!!ハァハァ…」


 アストエネルギーの暴発。力を込めた瞬間に身体の内部から衝撃を受ける。流血は免れたものの暴発による身体の痛みで床に置かれた行灯を蹴っ飛ばす。風圧で中の火種は完全に消えた。暗闇となった部屋で胸元を押さえたアカメは苦痛に歪む。


(アストエネルギーを使えば使うほど記憶の色が流れ込む…純白、漆黒、真紅、…私は、一体…誰なのだ)


 記憶の色、恐らく記憶喪失になる前に視界に映した根付いた色の事。故郷で目にした景色に問うても返答はない。分かり切っている。記憶の色が脳内を支配する度、激しい頭痛に見舞われる。暫くして無理矢理、己の身体を落ち着かせ再び欠片と向き合う。



(今は己の事など二の次。仮説が正しければ霊族が舞い戻る日を特定出来る……)


――――――

カノンSide


「……報告は以上です」

「…」


 ビワから欠片探しの一部始終の報告を受け、思考回路を働かせる。失態は許されない。


「足りないのは一欠片のみですか?」

「と、伺っております」

「タクトと連携しましょう…先ずは霊族から一欠片を取り返す」


「はいっ。伝えて参ります」

「それと…」

「?」

「霊族は私が倒します。ファントムは戦士等に任せます」


 足りない一欠片を持って霊族は奇襲を掛けるだろう。いや、対峙した際に垣間見えた性格では奇襲では無く堂々とスコアリーズに現れ欠片の示す先へ向かう可能性もある。何方にせよ、対策は必要だ。明鏡新星が砕かれた事を知っている戦士、タクトとの連携を行う。


 徐ろに懐から取り出した扇を広げ、凛とした声で宣言した。来る霊族……頭主が動く。


(ソプラ…)

「覚えていますか。…初めて子供達がスコアリーズへ来た日を」


「覚えていますよ。丁度、同じように夕日が綺麗だった」


 夕焼けが知らせる時刻。ソプラとルルトアがスコアリーズへ来た日、つまりカノンと初対面した日も夕刻であった。感傷に浸っている訳ではない。覚悟の表れなのだ。必ずや来る脅威を打ち砕き子供達に安寧を齎すと。


――――――

ルルトアSide


「うっ」

「あんたの所為だ!!こうなったのも全部、あんたが怪我なんかするから!!!」

「……」


『彼女は天才と呼ばれた』

『あんたの所為だ!!』


 舞子、マッチの話を聞き終えるとルルトアは真っ直ぐ頭主邸の一角にある稽古場へと歩を進めた。居ても立っても居られなくなり自然と足先が稽古場を選んだ。怪我の具合を考えれば後二、三日は安静にする必要がある。稽古が出来ないのに稽古場に足を向けた理由を明言するのは少々野暮ったい。


 人が居た。彼女が苦手としている人物だ。稽古場に居る女性は檜扇で舞いの練習に打ち込んでいる様子。見つかりたくないので無言で去ろうとしたが杖の付く音で女性がルルトアに気付いてしまった。ルルトアを見るや否や、鬼の形相で詰め寄り、張り倒した。


「わたしが…!舞台に立ちたかったっ!!怪我したあんたの代わりに出る筈だった!」

「…っ」

「久し振りに帰ってきて見ればフェストは延期されてた…延期された理由あんたが怪我をしたからだった。何で…わたしが代わりに出たらいけなかったの!?!答えて!!」


(エトワールが壊されたから、何て言えない神器を狙って来た人達の事も、言えない…)


 彼女の名前はキャロル・ドルチェック。檜扇を扱う、言わばルルトアの控えの舞子だ。キャロルには知らされていない。魔鏡も襲撃も、フェストが延期された日彼女は上の指示で遠出し、今日帰郷した。表向きの理由が彼女を刺激してルルトアに危害を加えないか、危惧しての処置だったが余計に負の感情を溜め込んでしまったと見える。


 ルルトアはキャロルに対し苦手意識を持つ。気丈に振る舞う強気な姿勢がルルトアと相性が悪いのも理由の一つだが、一番はキャロルがルルトアより長く舞子の道を進んでいたから。当然経験の差は出る、二人を比べた時大多数の人間がキャロルのが巧いと口を揃える。判っていたから、ルルトアは俯いた。


「……キャロルのが巧いのに」

「は?当たり前よ!!わたしが聞きたいのはあんたの懺悔…この期に及んでよくもまぁ、平気な顔で過ごせるものね」

「…」

「なんとか言いなさいよ!」


?「何の騒ぎですか!?」

「「!」」


「お婆様…」

「キャロル、ルルトアから離れなさい」

「なんで…なんでっ?わたしはルルトアより扇を扱えます、わたしの方がフェストの舞子に適してます。なん、で…!!!」

「貴方が優れているのは皆知っております」


「…」


 口に出すつもりは無かった本音。ついつい溢れてしまったが、キャロルは受け流した。それが当然であるかのように…。尻もちをついたルルトアに近寄り胸倉を掴んだ。彼女の怒りは収まらない。今以上の痛みを警戒し、目を瞑った矢先ラヴィが仲介に入った。


 キャロルはルルトアから手を離して、稽古場の入口に立つラヴィに想いを吐き出した。気は強いがまだまだ年相応の泣き方をする乙女。涙声の訴えを聞きながらルルトアは静かに退出した。


(…この先、私が天才と呼ばれる事は無い。私より才能あるって全員が思ってる…。私が選ばれた理由って何だろう…こんな気持ちのままフェストが開催されてもきっと舞台には立てない)

「…十六夜様もマッチさんも悩んだりしたのかな。悩んだんだろうなぁ、…けれど私とは違って前を向くのも早かったんだろうなぁ」


 フェストの舞子、十六夜役のルルトアは只管に悩んだ。自分が選出された理由が、彼女には解らないから。


――――――

―――

オマケ


(リオン……来ねぇな)


 ランスは何時まで経っても来ぬリオンを待っていた。

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