第38話 休符
不揃いの音粒が、悪意の手を弾いた。
――――――
『ごめんなさい…、こうするしか無かった。同意を得たとは言え貴方を利用した事に変わりはない。スコアリーズへ行くと良いわ。貴方を歓迎してくれる…。本当の自分を取り戻せたら私を怨んで……』
不確かな情景の中心で女は泣いていた。贖罪の涙を女は流し続けた。メソメソと何度も何時までも、流し続けた。
____ _ ____ _ ____
(今のは…記憶?)
眠っていたらしい自分は目を覚ます。天井を眺めつつ記憶を掘り起こすも、女についてはそれ以外に心当たりが無く何者か判別出来ずにいた。
不確かな情景よりも鮮明にするべき事柄を思い出し、アカメは慌てて上体を起こすとベッドから降りようとした。
(…!私は眠っていた、あれからどうなった鏡は、皆は無事なのか?!)
「アーカーメ」
「!…フォルテ、何時の間に」
「ずーっと此処に居たけど?」
「気付かなかった…」
「だろうね。包帯が取れかかってる事にも気付いてないし、直そっか?」
「包帯ぐらい自分で直せる」
「怪我人って事忘れてない?」
(さっき確認した時より傷…治り掛けてる)
「フォルテ私はどのくらい眠っていた?」
「一日中。昨日運び込まれてから、ぐっすり寝てた」
アカメを引き留める人間が一人。ジト目で椅子に腰掛けたフォルテは敢えて目覚めたアカメに声を掛けずに様子を見つめていたが怪我人にも関わらずベッドを抜け出そうとする彼を見て溜息混じりに名を呼んだ。
怪我人と言う自覚がないのか、アカメは自分で包帯を巻き直した。全身包帯だらけだが、取れかかっていたのは首元の包帯で彼は他の箇所とは違う少々独特な巻き方で直した。
包帯の間から見えた傷口は既に塞がっており治りがけだった。昨日今日で完治出来る傷の深さでは無いと、フォルテは心の中で不審に思った。
「皆はどうなった…ソプラは、明鏡新星は」
「順を追って説明するよ。先ず怪我人は多数だけど死人は出てない。…建物の被害も想定より大分抑えられてる」
「良かった」
「昨日のアカメより重体なのが……ランスさん。治療が少しでも遅れてたら危なかった…」
アカメの要望に応える為に、順を追って説明するフォルテ。最初に話したのは死傷者の有無と重体の人間、ランスについて。
――――――
ランスSide
『事前情報の通り、弱者から狙うは至極当然。神器は貰い受ける』
「ゔっ!」
「怪我人なんだから手加減してくれ…」
「旦那は分かっているのか、ランスが何をしたのか!!」
「分かってるから乱暴はするな。ランスの傷が深くなる」
ランスの休む部屋には彼とタクトの二人が居たがリフィトは入室するなり、いきなりランスの胸倉を掴み手加減無用で殴った。一日、日を置いた事でランスは口が利ける程度には回復したが、絶対安静が必要なのは変わりない。怒るリフィトを落ち着かせタクトは自力で起き上がれないランスを補助しベッドに運んだ。
「神器を奪われた、自分で志願したくせして有言実行も出来ぬとは重罪だ…ランス貴様は何故生きてる?」
「リフィ詰め寄るな下がりなさい」
「叔父さんは断ったんですよね?…どうしてですか。僕に神器の継承権取られたからですか!?」
「貴様…」
「あちゃー…ランスもさ何で逆撫でするような事言っちゃうの。折角助けたのに」
「勘違いするな!自分の実力で継承権を得たとでも思っているのか!?」
タクトは甥に詰め寄る大人気ない叔父の襟を掴むと無理やり下がらせる。然し、叔父を遠ざけても今度は甥が黙っておらず余計な言葉を正面切って言うのだった。
ランスとリフィトは相性最悪。その理由は三叉槍タイプのエトワール、つまり神器継承のひと悶着があったからだ。リフィトより年上のタクトは当然諸事情を知っているのでランスの言葉に顔を覆う。宥めるタクトを無視し二人は煽り合う。
「よー!来てやったぞランス生きてるか!」
「…」
「オルクさん、エピックさん…」
「見舞いのフルーツ持ってきたぞ!食べろ。元気が出るぜ」
「助かる」
「ん?なんで旦那が助かってんだ?」
「…」
「貴様ら今まで何をしていた?」
「わっはっは怖い顔すんなって!ビワに報告しに言ってただけだ!めちゃくちゃ怒られたけどな」
「エスもか?」
「オルクが、だ」
(エピックさんが喋った…!!)
ピリついた空気が重くのしかかる中、ガバッと扉が開け放たれる。オルクとエピックが見舞い品の多種多様なフルーツを持って入室してきた。天高らかにフルーツ籠を掲げ、持ち前の元気過ぎる性格を存分に発揮した。
思っても見なかった救世主オルクの登場に覆っていた手を退けフルーツ籠を受け取りながらお礼を言うタクト。リフィトとランスの雰囲気で大体の事情を察したエピックだが相変わらず無言を貫いていた。
本人は至って普通に接しているのだが自然と救われる者も居る。オルクの明るさは太陽のように無くてはならない。先程の刺々しい空気をガラッと変えられる存在は貴重だ。
「一体何をしたら怒られるんですか…」
「俺、キャスって奴と闘ってたんだけど…靄が晴れたから…」
『キャス帰るのか?じゃあなーまた来いよ』
「え、帰したんですか敵を」
「おうっ!」
「そりゃあ怒られるわな」
「旦那までそう言うなよ。また来るって言ってたぜキャス。悪い奴じゃなかった」
「悪い奴も良い奴もあるか!街を脅威に晒した。神器を奪いに来た。闘う理由はそこだろ」
「お〜確かに。やっぱ旦那には敵わねぇな」
オルクはキャスとの闘いを回想し、悪びれる様子も無く素の状態でキャスを捕らえずに、帰したと説明した。隣のエピックは明らかに蔑みの視線を向けるが一切気付かない。戦士の中で最年少のランスも思わずドン引きし、タクトもやれやれと肩を竦めた。
「…」
「お、そうだった旦那!ビワが呼んでたぜ」
「分かった、連絡ありがとな。リフィ来い」
「報告は旦那で十分だろ、俺様が行く必要は何処にある?」
「良いから来い。一人にしておくとランスに何するか分かったもんじゃない」
「俺様を子供扱いするな」
「あの、叔父さん…さっきはすみません…。神器は必ず取り戻します」
「フン。俺様は謝らん」
オルクとエピックが来た目的は見舞いだけでは無い、さっさと本題へ入れと言いたげにエピックはオルクを軽く突いた。突かれるまで目的を完全に忘れていたらしいオルク。
ビワに報告が完了した後エピックは速攻で帰りたかったのだが、どうせ幼馴染の彼は頼まれ事を忘れるだろうと察し嫌嫌、後を追ってきた。
一時的に和やかな雰囲気にはなったものの、リフィトはランスを許してはいないので何時また怒りのボルテージが上がるかも分からんと半ば強制的にタクトはリフィトを連れ部屋を後にした。序でにエピックも出て行った。
「そんな落ち込むなって!」
「ですが、僕の所為で神器が奪われて…。叔父さんの言ってる事が正しくて余計ムキになりました…。今でも叔父さんが神器を継承した方が良いのにって本当は思います」
「その辺、俺にはよく分かんねぇけどリフィトは一夜戦争のとき無茶してな。後遺症で長期戦が出来なくなったんだ…」
「!?そんな事、一言も…」
(やべ、口止めされてたんだった)
「ま、まぁ…ランス次は勝てよ!あと怪我、治せよな」
「…はい」
意気揚々と元気づけるオルクにランスは胸の内を語った。オルクの曇りなき陽光は自然とランスに言葉を引き出させた。当のオルクは全くの自覚無し、なのが好感度が高い。
自分より優れた者の方が継承権を獲得する、世の常だ。自分の弱さに打ちのめされる度に他者を言い訳に使う。醜い性格だと俯いた最中、ランスは耳を疑った。初耳の事実を飲み込み切れないでいるとオルクは不自然に慌てふためき、話の途中で部屋を出た。
自分一人となったヒンヤリとした空気の中、痛む両手を握り締め敗北の跡形を味わった。
(当たったのは肩に一発だけ。全く歯が立たなかった…!!)
―――
エピックSide
『…』
(次は…闘う)
奪われた神器は一つのみ。エピックが守る弓箭エトワールの所へは誰も来ず、出番が無かった事を彼は悔いて密かに誓った。
――――――
アカメSide
「神器が…」
「俺も聞いたときは吃驚したよ。敵が神器を持って、のこのこ現れるとは思えないけど…奪われたのは一つだけだから、また来る可能性は高いってさ」
「そうか。次、ファントムと霊族が来ても力になれそうにないな」
「何もしなくて結構。何度も言うけどアカメは戦士じゃないから!俺だって何もしてないし、無理に動くより休む方が堅実だ」
「傷なら既に治りがけだ」
「!…。続き話すよ、ソプラさんについて」
「同じ撚り子として、親近感が湧いていた…。牙を向くとは思いたくなかった」
神器を奪われたと聴き、深刻な表情のまま目を見張った。元々別の街から流れ着いた撚り子とは言え、スコアリーズを思う気持ちはフォルテ等と何ら遜色ない。
次に語るは撚り子ソプラ。アカメが二番目に気になっていた事だ。
――――――
カノンSide
エトワール使い達が一室に集まる半刻前の事だ。
「ソプラくん、話してほしいな…そうだね、先ずは霊族とファントムと何処で知り合ったのか」
「…」
「言いたくない?実はね、戦士達から報告を受けていたんだ。ソプラくんがフェスト用のエトワールを壊したんじゃないかって」
「……」
「円形舞台に設置されたエトワールもソプラくんが?」
明鏡新星が置かれた部屋とは別の地下の部屋にて尋問が行われていた。縄に繋がれた男はソプラ、気絶する前は無かった顔の痣は先程訪れたフェスト用エトワールを造ったハモンに殴られた痕だ。
尋問する男はビワ、追い詰めて吐かせるような尋問ではなく問い掛けて零すような尋問をかれこれ半日は続けていた。ソプラは一切を黙秘していたが漸く口を開いた。
「頭主様は何も言わないんだ」
「ソプラくん」
「ビワ、下がって」
「然し、頭主様…」
「二人にさせてください」
「…」
捕えて間もない捕虜のようにカノンを睨み、敵意を向ける。彼の胸中は未だ不明だが煽りに乗りビワを下がらせ親子二人になる。
ビワはカノンを信用し、一度頭を下げ口数少なく退出した。
「ソプラ、あの時言いかけた夢って?」
「あんたには関係なくなった話だ。話す意味が無い」
(関係、"なくなった"?)
「何時から計画を立ててたの?」
「…フェストの開催日が決定したときだ…。と言うか、いい加減遠回しな言い方はやめろ。あんたが訊きたいのはただ一つ、明鏡新星の行方についてだろ?さんざ腹の中吐かせたら僕は用無しの極刑になる…。だがこの程度の縄で拘束出来た気になるな」
「たとえ縄を破ったとしても、貴方には居場所が此処以外に無い。だから大人しく縄に縛られているのでしょう。極刑には私がさせない。死なせてたまるものですか」
「あの頑固で古臭いじーさんばーさんが僕を許すわけない。今頃カンカンだろうよ」
「お二人にはソプラの事話してません…」
「!」
「表情が変わりましたね。ソプラを信じたい気持ちは私だけではない、皆が貴方を想っている。…何か理由があっての事でしょう?」
「話す意味が無くなったって話しただろ!」
向き合って最初にカノンが話したのはソプラが言いかけた夢についてだった。頭主としてではなく母としての質問にソプラは強気な姿勢を取り続けた。関係なくなったと妙な言い回しに疑問を抱くが今訊いたところで答えてくれそうにもない。
切り替えて次の質問、ソプラは一言だけ答え本題へ入れと早口に言葉を吐き出し自嘲気味に態度を一貫する。カノンもカノンで態度を変えずに目を逸らさない。
拘束されてから初めて表情を崩した。理解が追いつかないままに語られる一方的な気味の悪い信頼に腹を立て言葉を遮った。
「ソプラ、……私は貴方に気付いてあげられなかった。私が地下へ足を踏み入れた理由はルルトアが貴方の様子が変だと話したから」
「は?ルルトアが、なんで…。そうか、耳飾りを見たから…余計な事を」
「…霊族側に魔鏡が渡らぬよう、かつて神話戦争で活躍した明鏡新星は終戦後、力を失い先祖の手によって封印された。霊族側に渡る事、抑…存在を認知される事、自体あってはならない。良く言って聞かせた筈」
「そして、一夜戦争をきっかけに再び魔鏡の力を解放しようとフェストの裏で幾度と試したが未だ兆しすらない。本末転倒ってやつだ。肝心の解放に関する資料も何処にも無い」
「何度も行って当然。資料が無いならゼロから始めれば良いだけの話。明鏡新星を解放する理由が力を得る目的だけだと錯覚している内は貴方にも渡せない」
此処に居ない人物、義妹の告げ口で計画が台無しになったと聞き短く歯軋りをした。計画に支障がないと踏んで耳飾りを見せたのが裏目に出たらしい。アカメと言いルルトアと言い、自分の邪魔をしたのが同じ撚り子だったとは実に腹立たしい。
表情に険しさが増す中、カノンは明鏡新星について触れ始めた。教育の一環として言って聞かせたスコアリーズの歴史、あくまで冷静に諭すように言葉を選ぶがソプラはカノンを見ずに歴史の冒涜を語る。どうにかして会話の主導権を握りたいがカノン相手では上手くいかない。
「ソプラ、明鏡新星は何処?修繕が必要なのでしょう…」
「アカメに訊けば良いだろ?」
「ソプラの口から訊きたいの」
「!気安く触ってんじゃねぇ…手、退かせ」
「貴方を養子として受け入れた日から二度と悲劇を繰り返さないと誓った。貴方を想う心は永遠に変わらない、たとえ貴方が変わってしまったとしても…」
「く…手を退かせ!!これから犠牲になる人間の言葉なんか聞きたくねぇよ!」
「犠牲…?」
地下での出来事、霊族が呟いた鏡の再生。恐らく明鏡新星は今、修繕が必要な状態にある。スコアリーズの隅々まで探しても鏡は見当たらなかった。ソプラの肩に優しく手を置いたカノンだが、逆に逆鱗に触れたようで一回り低い声で指摘された。
暴れられても困るので直ぐに手を退かしたカノンは変わりに自分の気持ちを告げた。母の愛を、彼は虐げた。尋問を始めてから一際鳴り響く大声で自ら溝を深める。
「僕はあんたの本当の子供じゃない!!最初から理解出来る訳無かったんだ…。幾ら遠縁って言っても本当の家族にはなれない。気色悪いんだよ!馴れ馴れしく接するな!あんたの本当の子供は百年前に死んだ。僕にあんたの子供を透視して何の意味がある!?子育てのやり直しがしたかったらルルトアが居るだろ!!?」
「ソプ、…!?」
?「そんな言い方無いじゃない!!!!」
「ルルトア……?」
「あああすみません!頭主様、止めたんですけどね…ルルトアちゃん下がろう?ね?ね?」
絶句。息子の名すら碌に言えずに、突き放される。頭主の威厳は一瞬で地に落ちた。ソプラは大いに変わってしまった。いや、変わった事に漸く気付いたと言った方が正しいのかも知れない。彼の言う通りカノンの本当の子供は百年前の戦争で亡くなった。だからと言って透視などする筈ないと、言わなくてはならないのに呂律が回らない。言の葉が喉に詰まる。
背後から娘の声が聞こえた。溢れそうな大粒の涙を堪え、真っ直ぐに二人を見据えた。ルルトアの近くで、恐らく地下への道を案内させられたであろうビワが謝罪し、彼女を下がらせようとするも引き下がるどころか、寧ろ杖をついて近付いた。
「どうして分からないの!!?お義母さんが自分の子供の代わりに私達を養子にしたとか何でそんな酷い事言えるの!?」
「ルルトアには関係ないだろ?!」
「関係大あり!!だって兄妹だから、家族だから!自分の主張だけ言い並べて自己完結しないでっ!ソプラの言葉は説得力なんて微塵もない…自分が一番正しいとかって自分で決めるものじゃない!!!」
「正しい以前に事実なんだよ!!リーズ一族を絶やさないように態々遠縁の僕等が連れて来られた!!そこのビワによって!」
「うぇえ!?ビワ、はい連れて来ました…」
「偽物の家族ごっこに価値見出してる方がちゃんちゃら可笑しい!!」
「っ!私、話したよね…家族について、どう思ってたかって…!全部話したのに全部忘れちゃうなんて寂しいよ…」
「あぁ忘れた!!何時までもそうやって泣いてろよ!僕はルルトアの記憶の中のソプラじゃない!!」
「やめなさい!!!!」
「「「!?」」」
言い争う義兄妹。ソプラは兎も角、ルルトアが正面切って大声で意見を叫ぶなど今まで一度たりとも無かった。これは憶測に過ぎないがルルトアが成長したから、とかではなくソプラの発言を聞き知らず知らずの内に内面に湧き上がった憤りを自覚しないままに叫んでいるのだろう。
義兄妹の喧嘩に巻き込まれたビワは不憫で可哀相だ。リーズ一族の遠縁に当たる二人を探し出したのは紛れもないビワ自身なので言い逃れは出来まい。
ソプラとルルトア、何方が口喧嘩で勝てるか言わずもがな。徐々に圧されるルルトアは遂に大粒を床に落とした。寂しいと涙ながらに語るルルトアに対して、依然として態度を変えないソプラ。このまま平行線の口喧嘩を続けさせる訳にはいかないとカノンは制止の声を上げた。初めて聞いた荒げた声に二人の子供はビクッと肩を震わせカノンを見る。
「お義母さん…」
「ソプラ…貴方が今何を思って、何を考えているのか私には分からない。けれど貴方の言う犠牲にならない事だけは確か。今日は終いよ、ルルトア出ましょう」
「…」
「頭主様すみませんでした…」
「ビワ、貴方は直ぐにタクトと合流しなさい。明鏡新星についてはアカメさんが目覚め次第聞きましょう」
「はい、お先失礼します…!」
「ねぇルルトア、ソプラの夢って何かしらね」
「…!夢?……もうすぐ叶うって言ってた夢…?ソプラが話したの?」
「話してはくれなかった」
「違う」
「?」
「夢の為に今回の事を起こしたなら…ソプラは本当に全部忘れちゃったんだ……」
「ルルトア」
「なに?」
「ありがとう」
「っ!ううん…お礼なんていいよ」
再度、黙秘するソプラに別れを告げ三人は部屋を後にした。逃げ出さないように縄の強度と戸締まりをしっかりと確認し背筋を伸ばす。
ビワはカノンの指示に従い、一足先に地下を出た。親子の時間を長く取ってほしいとの配慮から来る駆け足を見送った後、カノンはルルトアに何気なく尋ねた。
カノンは敢えて、訊かなかった。此処で夢を聞いてしまったら感情の行き場を見失うと感じたから。変わりに袖で涙を拭うルルトアにハンカチを渡し、お礼を言った。娘は少し恥ずかしそうに顔を背けると年相応の柔和な笑みを見せた。
(ラルゴ、私は頭主としても母親としても失格ね…。貴方が側に居てくれたらと…どうしても、考えてしまう……)
――――――
アカメSide
「…」
「きっと何かしらの理由や信念ってやつはあるんだろうけど言わないなら無いも同然…。ソプラさんはこの先どうなるんだろうね」
ソプラの話を終えるとアカメの表情は苦痛に歪み、気を落とす。話には続きがあったがアカメの様子を見て、それ以上の話を打ち切る。身体だけでなく心まで傷を負わせたく無いとの考えはフォルテの優しさだった。
「信じたいと思うのはエゴ、か」
「…アカメが起きた事、知らせないと」
「私も早く言わねば…。ところで先程から聞こえる声は一体…」
「あ〜それは、旅人さん達だよ。隣の部屋でなんか言い争ってて」
一刻も早く、四方に散った明鏡新星の行方を伝えねばと思いフォルテに誰かかしらを呼びに行ってもらおうとしたが、気になる事が一つ。先程から妙な音が聞こえていた。フォルテ曰く、隣の部屋は旅人達が休んでいるらしく彼等が争っている雰囲気てあった。一体何を争っているのか。
――――――
天音Side
(あと何回傷付いた皆を見るんだろう…)
「……、それから…!少しは怪我人らしく寝ててよ!何で普通に動き回ってんの!?」
「ティアナ落ち着いて!」
「これが、落ち着いていられるか!!」
「悪いって思ってるよ…可愛い顔で笑ってティアナちゃん」
「〜〜!!!」
「反省してない人の台詞!ソレ!!」
眠るリオンの側に天音が座る。彼女は決して浅くはない傷を負ったリオン達が心配で見に来た、と言えばそうだが今まで寝泊まりしていたソプラの家がレコート発動時にぶっ壊れたので此処に居るしか無い、とも言う。
心配なのは事実であるので覚悟して入室したが、入った途端にツッコむ羽目になった。
今にも飛び出さん勢いのティアナとティアナを阻止するリュウシンと壁際で反省の礫も無いスタファノと爆睡中のリオン。怪我人らしくない暴れっぷりに心配性の天音ですら慣れつつある光景だ。
「一発殴らせろ…止めるなリュウシン」
「止めるに決まってるでしょ!」
「スタファノ!」
「…?」
「あんたがどんな選択をするのかあたしには興味ない!!勝手に色々考えてろ!だがあたしの邪魔はするな」
「邪魔だった?」
「非常に邪魔だった」
「ティアナ、攻撃態勢に入らないで!」
スタファノの考えなどティアナはビタ一文興味ない。ただの気まぐれで付いて来たスタファノにはティアナの気持ちなど完全理解は出来ない。対話で解決出来ないなら殴り合って気持ちをぶつけるしかない。リュウシンの声を無視し攻撃態勢に入ったティアナ。スタファノはティアナを止めずに避ける準備をしていた。
三人の様子をハラハラと見守る中、部屋の扉が三度ノックされた。気付いたのは天音だけなようで椅子から立ち上がり扉を開けた。
「はい…、フラットさん?」
「天音ちゃん少し良い?取り込み中?」
「…いいえ、全然。どうしたんですか?」
扉の先には困り顔のフラットが手招きしていた。怪我人らしくない人達を一瞥し、見捨てるとフラットと共に部屋を出た。
―――
「カラットが足りない?」
「そうなの…。フェスト用のエトワールに使うカラットが足りなくて…天音ちゃん、前に持ってるって話してたからお願いします!私共に譲ってはくれませんか!?」
部屋を出て、数歩歩きフラットから呼び出した訳を聞かされた。エトワールとカラットが如何に深い関係で結ばれているか、技巧師達から教わった。エトワールに対する熱意も十分に伝わっている。断る理由が無かった。
(カルムさんに悪い気もするけど…)
「どうぞ!確か加工品って言ってました」
「!…これ、何処で?」
「へ?カルムさんって人から貰いました…」
「しゃ、シャープさん!!見てください!」
「急に大声出すな…って、おい!!何処でこれを!?」
「??カラットタウンのカルムさんって人から、ですケド…?エトワールに使えないですか…?」
「「その逆だ/なの!!!」」
「あわわ…」
ポーチから取り出しフラットに差し出す。水晶玉のようなカラットは何時見ても褪せず透明な細工は朝日に照らされる青海原のように輝いていた。
フラットは加工カラットを見るや否や、目を満遍なく見開き動揺する。彼女は曲がり角で待機させていたハモンを急いで呼ぶと天音からカラットを受け取り彼に見せた。ハモンもフラット同様に驚愕し、少々不躾に出処を質問した。天音は二人が何に反応しているのか、サッパリ理解出来ず疑問符を浮かべ申し訳なさそうに使用不可かと問う。
瞬間、フラットとハモンが天音に詰め寄る。余りの迫力に天音は思わず腰が引け、二人から距離を取る。そんな彼女に構わず意気揚々と天音の疑問に答えた。
「エトワールを造るのにカラットが要るってのは話したな」
「はぁ…」
「そして!エトワールを造る上で最も大切なモードを行うのに加工したカラットが必要な事も聞いたよね!?」
「は、はぁ…」
「その加工品がコレだ!」
「そうなんですか…!?」
「しかも、しかもカラット加工って本当に大変で少しでも間違えると駄目になる、のにこの加工は一流なの!!!」
「まるで使ってくれと言わんばかりの出来だ俺には分かる。そのカルムって奴は意図して渡した!」
「私でもここまで精巧に加工するのは中々、難しい…。渡される時、何も言われなかったの!?」
「うーん……どうだったかな…」
勢いに押されに押され、大人しく技巧師二人の説明を聞く羽目になる天音。自分で語りたい欲を隠そうともせず交互に語る。ギラギラとした技巧師の目は加工カラットに夢中だ。
まさか、数週間前に聞いた話に登場した加工カラットがカルムとマリーに貰った代物だとは露程も思っていなかったのでシンプルに吃驚と言ったリアクションを取った。
(エトワール造ってたのは聞いてたけど…深くは訊かなかったからなぁ)
「じゃあ、リオンのエトワールには反応してたか?」
「これだけの加工が出来る人間なら一目見た瞬間に絶対気付く!加工が精巧であればある程エトワールに向き合ってきた時間は必然的に長くなる、沢山造ったんだろうなぁ…!」
「特に…飛び付いたりはしなかったです」
「いや絶対反応した」
「シャープさん、人の話聞いてました?ま…私も反応した筈と思ってますけどね!」
「もしかしたら見落としてるかも、色々合ったし…」
「何時か加工カラットが必要になる可能性を考慮して持たせた線もあるな…」
「そうですよね。エトワールには少なからず寿命があります。天音ちゃん本当に貰っても大丈夫?」
「どうぞ、お気になさらず!」
(て言うか、ハモンさんは離す気ないと思います…)
フラットから加工カラットを奪い取るとハモンは質問を変えた。唸りながら捻り出した回答を速攻で否定するハモンに呆れつつも同意するフラット。人の話を聞かないのはお互い様だ。
加工カラットを片手でガッチリ握るハモン。絶対離さないと言う意思がヒシヒシと伝わり天音はツッコむのを諦めていた。エトワールの話題に素人が付いていける訳もなく愛想笑いもそこそこにもう一人の技巧師の所在について尋ねた。
「そう言えばクリートさんは居ないんですか?」
「ナチュラさんならまだ探し物の途中」
「これからモードを行うつーのに何の?」
「えっ?それは…」
「怪しい…」
「じゃあね、天音ちゃん!」
クリートがバジル先生の資料を探している事は現状フラットしか知らない。また、資料を保管してある事もハモンは知らないので白々しく目を逸らすフラット。彼女はハモンの背中を押して無理やり工房へ戻らせる。問い詰めたいがモードを行わなければならない為、仕方なくハモンは流れに身を任せた。
――――――
―――
「やっと見つけた…!!」
クリートは散らかした部屋で古びた紙を数枚、手に取る。一番手前には打刀タイプのエトワールの図面が描かれており、端にはバジル先生のサインが記されていた。
彼の探し物は今、漸く見つかる。
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