第37話 子どもたち
幾重にも重なる音色が繋ぎ留めるものは。
――――――
オルクSide
「良いの持ってんなぁーっ!!!」
「君のも羨ましいぞ!!もっと熱くなろう!もっと闘おう!」
「トコトン付き合ってやんぜっっ!!」
場所は移って異様な熱気が取り巻く戦場。オルクVSキャスの戦況は均衡していた。敢えて言うならば、オルクが若干押され気味ではあったが傍から見ればどっちもどっちの強さだった。
オルクは両刃斧タイプのエトワールをキャスは大鎌タイプのエトワールを用いて闘う。何方の武器も自身の身長より高く、重量級であるが軽々と持ち上げ当然のように振るう。時には片手で持ち、オルクもキャスも重量を全く顧みず扱うものだから、軽いのではと思われがちだが総重量は20キロを超える。
「エトワール使いがスコアリーズ以外にも居るなんて嬉しいなぁ…!!」
「ハハハッ。俺達以外にも居るぞ、なんせエトワール技巧師はスコアリーズ以外にも居るのだから」
「ソイツに造ってもらったのか?かっけぇなかっけぇ上にバッチリ強いエトワール!」
「嗚呼!良くぞ言ってくれた。話が合うな」
「奇遇だ俺も思ってたぜ、お前名前は?!俺はオルク・トーマホック」
「キャスだ!オルク短い間だが宜しくな」
「良い名だなキャス!」
「残念だ。折角出来た友人も、殺さなくてはいけない…それだけが心残りだ!!」
「その心配はいらねーからな!俺がキャスを倒せばお前は殺さなくて済む。何回でも再戦出来る、だろっ?」
「本当に悲しくなる…。オルクは俺に負けてしまう。俺は強いから。せめて、この時間だけは共に刃を向けようぞ!」
チリチリと火花が飛ぶ勢いでエトワール同士が、ぶつかり合う。一歩も譲らない強靭な刃が相手の致命傷を求め熱を発する。
二人は良くも悪くも些細な事を気にせず、大雑把な性格で尚且つ誰にでも裏表無く接する為敵同士でありながらも馬が合う。
互いに攻撃を避けず受け止めてから反撃に転ずる辺り、性格が良く分かる。体格的にオルクが不利かと思われていたが彼は小柄な体格を活かした小回りでキャスに喰らいつく。
「面白ぇー!!!キャス、エトワール使い同士が会敵した時、やること知ってるか?」
「勿論、心得ている」
エトワール使い同士が会敵した場合は、
((エトワールをぶっ壊す!))
「〈エトワール式法術 バリスティック〉」
「〈エトワール式法術 デスバーン〉!!」
「はっ!」
「うおっ、アチッ!?!」
(む。少し当たってしまったか)
「雨が降ってなきゃ危なかった…」
エトワール式法術バリスティックは発動時に任意の大きさの正四角形キューブが現れ、オルクはソレをキャス目掛けて羽子板の様に両刃斧で撃ち込んだ。躱されてしまったがキューブが地面に着弾した瞬間、大爆発が起こった。予想していなかった爆発にキャスは脹脛を負傷する。然し負傷に気付いたのはデスバーン発動後だった。
エトワール式法術デスバーンは鎌の部分で斬りつけた箇所が着火する。少し掠っただけで無から直接身体に火が吹き出るのでオルクは焦った。雨のお陰で火の勢いはそれ程無く叩けば直ぐに鎮火した。
「キャス!思った通りの強さだな。何処で学んだんだ?俺は旦那にみっちり教え込まれた!!旦那は俺の何倍も強いぞ」
「ファントムだ。皆、ファントムで教わったそれはそれは血反吐を吐きながら。うんっ!今となっては懐かしさすら感じる。強き者は祝福され弱き者は呪詛され、やがて死ぬ」
「ファントムって霊族と繋がってるつー噂のあるところだろ?なんで、そんな悪い所に居るんだよ。スコアリーズに来いよキャス!楽しいぜ」
「フッ…霊族が悪人かは知らぬ。だが、…ファントムは悪では無いぞ。俺の育った場所だ。孤児だった俺を救ってくださった場所だ娯楽など要らぬ」
「!…。お前、良い奴だな!」
日常であったが為にキャスは懐かしいと手短に語り笑い飛ばす。性格に共通点はあれど、育った環境が真逆なので相容れない部分は必ず存在する。悪で育った人間が必ずしも悪に染まる訳では無い。オルクは言い倦ねた否定的な言葉よりニカッと笑うと一言、良い奴だと形容した。
――――――
スタファノSide
「〈法術 火箭・五連武〉…!」
(頑張ってるなぁ)
オルクとキャスの熱気から逃れたスタファノは、とある建物内で寛いでいた。濡れた髪を絞り呑気に乾かす。破壊された壁から見える景色にティアナが居た。彼女は投擲された巨大な屋根瓦を眼前に法術を放った。回避するだけなら容易だが二次被害を想定し、屋根瓦を粉砕する。
「ティ〜アナ、やっほー!!」
「?!見ていたなら協力しろ」
「気が向いたらね〜。ところで何処に行くの?…そんな身体で、傷だらけなのに」
「円形舞台の方に行く。そっちから屋根瓦が飛んできた」
「靄の中で?迷っちゃうよ」
「道覚えるのは得意なんだ。昔から。一度通った道なら分かる」
「…」
「協力しないならどっかいけ邪魔だ」
「相変わらずオレに厳しいね〜。そ~いう所も可愛いけど!」
「フン」
レコートをモロに喰らいティアナの身体は全身深手を負っていた。普通の人間であれば気絶していても可笑しくないほどの痛々しい傷を見えない振りをして前進する。戦場に居るとは思えぬ陽気な声が集中力を掻き乱す。
スタファノはティアナに訊きたい事がある。故に声を掛けた。然しながら一々前置きが長くなってしまう。今まで核心に触れずに生きて、地に足がつかない生活をしてきた弊害だ。本人に自覚が無いと言うのも質が悪い。ティアナの背中を見つめ、意を決した彼は彼女を引き留め尋ねた。
「ティ〜アナ待ってよ。訊きたい事が…」
「…あたしには無い」
「オレ、分かんないだ。傷だらけになってまでスコアリーズの危機に手助けする意味が…だってティアナには一切関係ないでしょ?あ、オレにも関係ないよね」
「関係ないで切り捨てられたら嘸かし楽なんだろうな。あんたは切り捨てりゃ良いさ誰も文句は言わん」
「ティアナは…どうして?」
「あたしは強くならなきゃいけない。その為にはどんな敵とも闘う。奴に辿り着けるなら喜んで茨の道を燃やしながら進む」
「…」
「それにこの街には世話になる、そんな気がするんだ」
「後者はティアナらしくない理由だ」
「自分でも分かってる」
スタファノの腕を払い除け、靄の中を進もうとするティアナ。彼女の話を聞かずに勝手に話し出すスタファノ。自分のペースで生きてきた彼に目くじらを立てるのも馬鹿馬鹿しくなり、仕方なく話に付き合う。
自分の母親を殺した男に復讐を遂げるまでの道は生半可な努力では辿り着けないと、理解しているからこそ茨の道を燃やし突き進む事が出来る。
紅葉焼印を施された人が自分以外にも居る。加えて予言老婆の言葉、自分にとって重要な街…。それが何を指すのかティアナは真意を確かめたかった。沈黙が流れ話は終わったと確信し再び足を動かすが、またもや衣服を引っ張られる。
「怪我増えちゃうよ?今闘わなくても万全な時に闘ったら…」
「あたしが怪我が怖くて尻込みするタイプに見えるのか?」
「全然見えな〜い。でもティアナな女の子だから傷は増えてほしくないんだ」
「!…フフッ、ククク……」
「?」
「女の子………か。なるほど。スタファノ!あたしからも尋ねる」
「なにを?」
ティアナを女の子として見るスタファノ。事実なのだから何も間違っていない。然し、ティアナは込み上げる笑いを抑えられずにいる様子だ。先程までのやり取りから一変したティアナに困惑するスタファノだったが自分の方を見向きもしなかった彼女が初めて振り向き話題を持ち掛けたので再度、緩ゆるとした笑みを浮かべた。
「大切な誰かを亡くした経験は?」
「ない」
「己の非力さを嘆いた経験は?」
「…ない」
「身内に殺意を抱いた経験は?」
「……少しある」
「そう、あんたにあたしの気持ちは理解出来ない。少なくとも今のあんたには。何処へでも好きな所へ行けば良い」
(っ…待って、ティアナ…待って)
実にティアナらしい単調とした三つの質問は彼女の動力源でもある幼少期の記憶だった。理解出来ないならそれで良い、関わるなと言いたげな陰りある微笑みを一度見せた後は靄の中を慎重に進んで行った。
背中が完全に見えなくなる前にスタファノは擦れ違ったティアナを追いかけ捕まえた。怪訝な表情を浮かべた直後、ティアナに予想だにしなかった衝撃が襲う。
「ティアナごめん」
「っ!?」
怪我で動作が鈍っていた事もありスタファノの手刀を回避出来なかったティアナは彼の腕に抱かれ、気絶した。目を覚ました暁にはどうなる事やら想像は付きそうだが、今の彼には精一杯の行為だった。
(これだけは知ってほしい。"分からない"を"知ろう"と思ったのは初めてなんだ。キミに出会って…ううん、キミ達に出会ってオレの中で変わり始めてる感情が幾つもあってどうしたら良いのか分かんない…)
知ろうと思っても自分には知る為の方法が解らなかった。だから繋ぎ止めたくて必死になり結果、他人と根本的な思想にズレが生じ始める。変わろうとする自分と視界を遮る靄が重なり、やるせない気持ちだけが雨のように降り注ぐ。スタファノはティアナを連れて安全な場所に避難した。
――――――
リオンに頼られモチベーションが上がったリュウシンは一層素早く立ち向かった。作戦未満の作戦を信じ、敵を足止めする。
『良いか?航海法術ってのは二種類ある。一つは船を操る術、そして俺が今から使うのが水を操る術だ。最後に使ったのが百年以上前の話だからな…感覚を掴むのに時間が要る…三分、時間を稼いでくれ』
(任せてよ)
「どうしたのかなぁ!?!エトワールのおにーさん、さっきから動いてないけど、そろそろボクにあげる準備でもしてるのかなぁ!?!欲しいなぁエトワール!!!」
「リオンの方へは行かせない。僕が相手だ!〈法術 辻風〉」
「効かないって何回言ったら…は!?くっ…ボクの雨を利用した!?!」
「使い方は色々ある…。三分間風使いに付き合ってもらうよ」
「…」
作戦を知らないソワレは見下した発言を吐き微動だにしないリオンの元へ駆け出した。リュウシンを相手にしない所を見るに、興味無い以前に彼を下に見ている可能性がある。
辻風の発動を察知したソワレは向けていた 背をリュウシンに向き直し、辻風を斬ろうとしたが自分が地を這う羽目になるとは露程も思っていなかった。リュウシンは辻風を敵に当てるのではなく、雨に当ててソワレの眼前を一面の雨で覆った。一瞬の目晦ましで怯んだ隙に腹部を狙い蹴り込んだ。
手応えを感じられず、反撃を警戒して一歩後退するがソワレは足技を回避した後、反撃には出ずに悪態をついた。内心穏やかではないソワレ、リュウシンを本気で相手取る事にしたらしい。目が本気だ。此処からの彼女は今までと比較にならないくらい強力になると感じたリュウシンは思わず唾を飲み込み、態勢を整えた。
「〈エトワール式法術 サメザメ〉ッ!!」
「っ!ーっっう!」
「ホラホラどうしたの!?風使いなんて大した事無いなぁ!!!」
エトワールを強く握り締め刀身を伸ばした。盾変化で喰らいつくも殺意マシマシのソワレの攻撃は盾を簡単に砕きその先のリュウシンの心臓を狙っていた。激しい剣技の数々に防戦一方で攻め切れず、終いには吹き飛ば されてしまった。何とか受け身を取ると思考を止めずに対抗手段を探す。如何に冷静に、如何に正常に、戦闘中に考える事の難しさを痛感させられた。
(彼女は強いけれど…付いていけてる)
「彼奴よりは弱い!」
「誰と比べてんのボクが強いに決まってる」
「法術…」
「技撃つ隙とか与えるわけ無いからッ!!」
「!…風使いの本領はこっからだ!」
「……技撃たずに風を操ってる…?」
「リオンのように水は操れないけど、風なら得意分野だよ…」
(…ただ法術無しだとアストエネルギーの調整が難しいから三分保つかどうか…。いや、必ず保たせてみせる)
カラットタウンでの惨敗、強者レオナルドと比べるとソワレの戦闘は荒々しく穴もある。あの日よりは自分も闘えていると鼓舞した。改めてレオナルドの強さが際立ち、五体満足でいる現状が奇跡のようだと冷や汗を掻く。
ソワレが弱い訳では無い。実際、法術を発動させる隙が取れず殆ど盾変化と体術で彼女の強烈なエトワールを相手にするしか無いほどだ。一度深呼吸をし、リュウシンが対抗手段を導き出す。
風使いは法術が無くとも風を操る力を持っている。発動の隙が無いならば抑、法術を使わなければ良いのだ。操る力は負担が大きい。大胆に一か八かの賭けに出るリュウシン。
(フゥー…。意識を集中させろ、感覚を思い出せ…!三分後必ず命中させる…。一度修得出来た術、出来ない訳ねぇ。思い出せ…くっ駄目だ。レグルスにしごかれた記憶しか蘇らねぇ……)
(リオンが凄い集中してる…!リュウシンもリオンも頑張って…!!)
(体内を流れるアストエネルギーを読め、大気中の水分を読め。全てを利用しろ…!)
片膝ついて俯き、意識を集中させる為に両目を閉じた。リュウシンとソワレの戦闘音さえシャットダウンし、感覚を思い出す為に記憶を飛ばす。航海法術を習った日、失敗する度に副団長にシメられたので真っ先に蘇る記憶が悲しい結果に。
そうとは知らずに、最低限邪魔しないように心の中で応援する天音。今の自分には、何も出来無いと悟り応援に全振りしたのだ。
悲しい記憶を振り落とし今度こそ航海法術に意識を向ける。水気の無い所では大気中の水分を利用して術を発動させる事が出来る。此処にはご丁寧に敵が降らした雨と僅かな水溜りがある。利用しない手はない。
(やりにくいッ!ボクの方が絶対強い筈なのに押されてる…!風の所為だ!!風に身体が持っていかれる)
「うざったい!!」
(普通の技なら全然効かないのにッ…)
(動きが単調になってきた)
「こうしてやる!!」
「えっ!?」
「!」
(単調=強烈な一発って訳ね…)
「視えた…」
(破片見つけた…っ!…けど、反対側に行っちゃった。飛び出すにはリスク高すぎるし。と言うかあんな所、横断出来る訳無い!早く靄が晴れるといいんだけど)
法術、つまりアストエネルギーを介した必殺技ならば、エトワールで切り裂く事が可能でソワレが脅威に感じる事など無かったのだが自然の風が相手では上手く事が運ばない。
自分で選択した安全の場所、開けた屋外では風を避ける一部の隙間すら見当たらない。たとえ無風だろうと風使いは風を起こし操るので逃げ場が無い。走ろうとすれば、足元を風が吹付け掬われる。飛びかかろうとすれば全身に風を受け逆に飛ばされる。リュウシンに近付く事さえ叶わなくなったのだ。
さりとて、リュウシンも無敵では無い。追った傷は確実に効き、徐々に身体を蝕む。たった三分に全力を賭す覚悟は出来ている。
舐め切っていたリュウシンの風の力により、状況が不利になったソワレ。靄に閉じこもり態勢を立て直す術も勿論合ったのだが頭に血が上った今の彼女に上記のような戦術を実行出来る訳も無く焦りが募った。
不利な状況を力尽くで打開しようとソワレはエトワールを地面に撃ち付けた。力任せに振るったサメザメは地面を"破壊"した。幾つかの断層に別れ、最初から目を瞑っているリオン以外の天音とリュウシンは衝撃と反射で目を瞑った。
離れていたお陰でリュウシンより先に目を開けた天音は割れた地面から飛び出した破片を見つけた。間違いなく彼女が探していた破片だが直ぐにでも駆け出したい衝動を抑え闘いから目を逸らし、靄が晴れるのを只管待った。
「風が止んだら終いだ!」
(しまった、リオンの方へ…!!)
(掴めてきた)
「十秒だ!」
「!…ああ、分かった」
「今更何やっても無意味だから」
目を離した隙にソワレは秒速でリオンの方へ向かった。此処から駆け付けても、もう遅いと歯を食いしばった瞬間リオンが開眼し十秒と叫ぶ。ソワレには意味不明の言葉でも諦めかけていたリュウシンには意味が伝わった。残り十秒で航海法術を放つと言う合図だ。
「〈法術 突風陣〉」
「チッ離れた所為で…けど、ただの技なら避けれる」
(ハズした…っ)
「まだだ」
「!」
(5…4…3…、動け足!!)
「貰った」
「あぁぁっー!!」
「!?」
(リオンの周りに水が集まってる…?!)
「〈航海法術 喫水波〉!!!」
「ゔっぁ!!?」
「はぁ…はぁ…」
「…ふぅ…」
リュウシンとソワレの距離が離れたお陰で突風陣の発動に成功する。また離れていても突風陣なら、一気に距離を詰める事が出来るので彼の選択は適切だと言えよう。
渾身の一撃、不意打ちの法術でもソワレは回避してみせた。回避する為大きく後退した彼女だが余裕の表情でリオンにエトワールの矛先を向ける。
突風陣の影響と外した失態により強張るリュウシンだったが、リオンの一言で我に返った。ソワレが眼前に迫っても一切動じず徐ろに立ち上がると右手を前に突き出した。
航海法術発動の準備だ。彼の助けになるべく遂に硬直を三秒で抜け出したリュウシンは急速で二人の元に戻ると、そのままソワレの背中を掴みリオンの前で固定する。
法術と風を操る力、両方一緒には使えない。背中を掴んだ後は逃げられないように風を操る力でガッチリ固定した。
辺り一帯の水気がリオンの右手に凝縮されて行き、遂に航海法術を放った。普通の法術よりアストエネルギーの消費が少なく、深手の彼でも威力は十分に発揮した。モロに直撃したソワレはその場でエトワールを手放すと、だらりと倒れた。
「靄が晴れた…!」
「やったな」
「うん。早く皆と合流しよう」
「この辺に…あった、破片」
(けっこー大きい…。それに、ぼんやりと光ってる)
ソワレが倒れ、靄も雨も晴れた瞬間に待ってましたとばかりに天音は駆け出した。不思議な破片を拾い上げると予想より大きさも重さもあり、破片と言うよりは何かの欠片のようだと感じた。不思議な事がもう一つ、破片は朧気な光を帯びていた。遠くからは判りづらく近付くと柔和な陽射しのように光り輝いていた。
風を操り固定するのに必死でソワレが倒れた後、リュウシンもその場にへたり込んでしまったが、共に闘ったリオンが手を差し伸べた。彼の言葉には突風陣が三秒切った事もきっと含まれているに違いない。珍しく親切な手を掴み立ち上がる。怪我の治療も必要だが最優先は皆と合流する事にある。
「…さない」
「「「!」」」
「ゆるさない…!!!」
「効いてない!?」
「く…」
(効いてるはずだ。手応えはあった)
「ボクが負けるとか有り得ない、てか負けてない。あ〜あ、雨止んじゃった。雨が止んだら終わりって決めてたんだっけ…ローグの奴が神器を持ってるハズだから帰ろ」
「待て、ファントム!」
「ボクがなんで待てしなきゃいけないの?!帰るから!!」
「…」
「おにーさんのエトワールはボクの物って決めたから次も来る…ボク一人でも来る!!負けてないからッッ!」
安堵の空気に包まれる最中、倒した筈のソワレがブツブツ文句を言いながら立った。流血を気にする様子も無く、撤退を宣言し踵を返した。ソワレの大凡の年齢は天音より少し上、丁度スタファノと同じくらいだがそれにしては節々の言動に稚拙さを感じる。まるで駄々っ子のようだと違和感を覚えた。
聴きたい事があるリュウシンはソワレを引き留めるが彼女は聞く気無しでリオンを指差すとエトワールの強奪、口頭での果し状を突き付け帰って行った。本当に帰った。
――――――
カノンSide
『初めまして、僕ソプラ!へへっ』
(靄が形状を保てなくなっている…。ソプラ貴方は今、何を考えているの)
地下へ急ぐカノンの脳内は、ソプラと初対面した日を思い起こしていた。純粋無垢な笑顔に問い掛けても記憶は応えてはくれない。
カノンが最後にスコアリーズの景色を見た時まだ靄が掛かっていたものの、徐々に形状が揺らいでいた。
「!」
程なくして明鏡新星の場所に到着した。地下へ入る直前から気配も足音も、完全に消して向かったのでカノンが扉付近に到着しても中の人間には気付かれていなかった。
…扉の先は凄惨な現場であった。余りの醜悪さにカノンは声を失った。
「ヴゥッ…」
「…」
「逆に興味が湧いてきた。何故だろうな、心臓を突き刺しても死なないとは。痛いだろ泣き叫べ命乞いしろ無様に!!」
「アカメ、何者だ君は…」
無数の杭のような細長い物体を打ち付けられ壁に磔られたアカメ。やったのは細長い物体を片手で持つアクト。今にも刺す勢いで悪態をついた。ご丁寧に心臓部にも突き刺さっており、アカメの意識は朦朧としていた。
不可解な点を挙げるならば、何故アカメが未だに息をしているのかだ。深く刺さった細長い物体は彼の心臓をとっくの昔に射貫いている。少なからず、アカメと交流があったソプラは異常な生命力に疑問を通り越して恐怖すら感じていた。アクトの執拗な粘着にアカメは血の混じった唾を頬を飛ばし、態度を表す。
「よくもクソ汚ねぇ唾飛ばしやがったな」
「…」
「ソプラ」
「「?!」」
「誰だ」
「…。とーしゅ様、この街で一番偉い人」
「へー」
「アカメさんすみません。明鏡新星を、ありがとうございました。直ぐに助けます」
「おいババア…誰に断ってる。助ける?テメェが助からねぇよ。今此処で死ぬんだ」
「貴方は霊族ですね。ソプラ、霊族等と一緒に此度の襲撃を計画した…のね」
「だったら何だよ」
「話は霊族が退いた後ゆっくり聞きます。靄も時期晴れる…」
アクトが今にも重体のアカメに細長い物体を打ちつけようと振りかざした瞬間、カノンが動いた。突然気配を現したカノンにアクトがガンを飛ばし、ソプラが頭主だと説明した。アクトには目もくれず磔状態のアカメに深々と謝罪と感謝の意を表す礼をした。
カノンの存在が気に入らないアクトと、一歩引いた位置からカノンを睨むソプラ。アスト感知により血みどろの部屋へ入る前から、
第三者が霊族だと知っていたが念の為ソプラに確認を取った。平静を装っている事にすら気付かない彼はアクト同様敵意を向ける。
女だからと、戦士でないからと、油断したアクトは細長い物体をカノン目掛けて一直線に投げた。明確な殺意を持っていたが万が一避けられても怯ませる事は可能だと彼は考えた。…のだが、
「杭一つ程度で頭主は揺るがない」
「!」
「〈エトワール式法術 脈楽音〉」
「植物…?オレが捕まるものか!!」
「ーゥ」
「ぐっ…僕まで捕まえるんだ」
「逃れられませんよ。全体を見なさい」
「部屋全体が植物に!?」
「生命を吸い取る木々の生成、エトワールの力です」
カノンは懐から取り出した扇で眼前に迫った細長い物体を眉一つ動かさず叩き落とした。次いで一度扇を背に隠し閉じてから、再び胸元で開いた。エトワール式法術を発動したと言う事は扇はエトワールだったと言う事になる。ソプラは信じられないとばかりに目を見開くと次の瞬間には捕まっていた。
脈楽音の発動に合わせ扇の模様が変化したのだが暗がりの部屋であった為にカノン以外は知る由もなかった。
アクトの体術も流石だがカノンのエトワールは一手、上を行った。巨木は二本出現しており一本目はソプラを捕らえ、不動のまま。
二本目はアクトを捕捉しようと太枝を伸ばしていたが一定時間が過ぎ、第二段階に入った巨木は床に、天井に、根を張ると部屋全体を植物で覆った。出入口はカノンが抑えているので何処にも逃げ場は無い。抵抗虚しく太枝に絡め取られ巨木に縛り付けられるアクト。
「オレを捕まえてどうするよ。生命を吸い取る?バカバカしい。……うっ」
「吸い取った生命は、別の者に」
「ーッ感謝します」
「いいえ。アカメさん、此方こそ御迷惑をお掛けしてしまいました。この際、貴方が何故地下の存在を知っているのかは不問とします。…応急手当は宛にできません」
「ビューさん早く脱出させろ」
「分かっている。気が散るから黙れ」
「…」
「いっときの拘束如きでオレを捕えたと思い上がるな。この程度造作もない」
生命の吸収と言う非現実的な能力を小馬鹿にするアクトだが直後の生気が抜ける感覚を味わい、虚偽で無い事を身を以て確かめさせられた。カノンが扇を振ると、巨木はアクトから吸収した生気を太枝を伝ってアカメに送った。太枝が細長い物体を取り除く様子はまるで意思を持っているかのようだった。
アカメに目を向けた僅かの間に、アクトとソプラは巨木から脱出した。最初にアクトが力尽くで脱出し、次にソプラを縛る太枝を引き千切った。二人の脱出は想定の範囲だったのか、これまた眉一つ動かさずにいるカノン。
「時に霊族、目的は魔鏡だけですか?」
「ファントムの奴等は愚かだな。目の前の神器に飛び付き地下の明鏡を見逃す。ま、ファントムなんてどうでも良いけど」
「明鏡新星は何処ですか」
「言うとでも?」
目的をハッキリさせる為、アクトに問う。出来れば手荒な真似はしたくは無かったと微かな表情が見て取れる。筋の伸びた背に頭主としての威厳が詰まっていた。
「言わぬなら吐かせるまで」
「ククッ無理に決まってる」
「ビューさん、そんな事より出直そう。魔鏡はどうせスコアリーズの人間が直す。機会を見てもう一度奪えば良い」
「…出直す…?面白い。…オレが君のようなガキ、連れて行く訳無いだろう」
「なに、言ってる…夢の為に協力すると…」
(夢…)
「まさか本気で信じていたのか?君も愚者の一員だ。おめでとう。だが一理ある、魔鏡の
再生が整い次第、奪おう。ソプラは土産にくれてやるさ。煮るなり焼くなりご自由に」
「ふざけるな。僕も連れて行け!!」
カノンそっちのけでソプラは撤退の選択を望むが、引き際アクトは悪徳な本性を現した。協力関係の人間を見下し、利用期限が過ぎれば即捨てる。彼の言動は目に余るが必要な時以外は嘘は言わないタイプだ。再度来る、と言い残し跡形も無く消えた。カノンは態と逃したのだがアクトは気付いて無い。
「〈脈楽音〉」
「ぐっ…頭主様……」
「おやすみなさい」
(待ってくれ…)
食い気味で懇願するソプラにカノンは脈楽音を発動させ、生命を吸い取り気絶させた。
アカメも一先ずの脅威が去り安心したのか、眠るように目を閉じた。
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