第36話 欠片散る
一欠片の亀裂視えずして、貴方は何を視た
――――――
『アカメ?何処行くんだ?』
『私用で…。すぐ戻る』
『雨、降りそうなのに?』
『遠くは行かん』
『教えてくれても良いだろう?それとも名付け親の言う事が利けないって』
『!』
「アカメ大丈夫かな…」
頭主邸よりも安全な場所でフォルテは外の様子を眺めていた。直前にアカメが明鏡新星の安置されている地下に行くと話していた事を思い出し、一抹の不安を覚える。
彼ならば大丈夫と断言は出来ない。戦士でも無い自分は出る幕も無く、戦況を見届ける他無かった。
―――――― ―――
アカメSide
「撚り子か…。哀れだな、寄る辺無き者」
「一応の心配で来てみれば、ソプラ…霊族に与し裏切るとは看過出来ぬ」
「記憶も経験も何もかも忘れ去ってしまう様な空っぽ人間には言われたくないよ」
「寄越せッ!」
「渡さん!!」
敵に与したとあらば、敬語の必要も無い。小馬鹿にしたような物言いの霊族、アクトを無視しソプラとの対話を試みる。言葉一つで改心させられれば苦労も無いのだが、現実は上手く行くまい。
対話を打ち切るようにアクトが飛び出す。明鏡を掴まんとアカメを追い詰める。攻めの姿勢を取るアクトに対して守りの姿勢を取るアカメ。明鏡を右手で抱え込み、左手と両足でしか対処出来ないが一つ一つを見極め確実に往なす。
(暗闇でも視えている…)
「話が違うぞソプラ」
「とっとと取り返せば済む話だ」
「一々癪に障る奴だ」
(明鏡を抱えてる分此方が不利か?…いや、不利なのは同じだ。向こうとて下手な攻撃で明鏡を傷付ける訳にはいかないだろう……)
「はっ!」
「く…!!」
暗闇でも煌々と浮き上がる赤眼。事前情報で戦士の数と特徴を聞いていたがアカメの情報は一切無く、彼が戦士でない事はアクトも分かっていた。アクトの計算では明鏡新星を奪い今頃スコアリーズを出ている頃だ。苛立ちが焦りを生む。
自分より一回り体格の大きいアカメに若干、姿勢を低くして足元を狙う。明鏡新星を抱えている上半身を狙い、万が一傷付けば元も子もない。アクトの素早い攻撃に一定の距離を保ちながらギリギリでジャンプし、躱した後大きく上体を捻らせ後退する。
(聞いてないは僕の台詞だ。アカメに体術の概念があるなど知らなかった…。フォルテが教えたのか?…それともタクトが?)
(このまま外に出たいが……そう簡単には行かぬか…。一人の隙を突いたところで二人目が黙って見過ごす筈が無い)
(何だコイツ、弱いのは確かだが…何故だ突破出来無い。踏み込んでも手応えが無い)
一撃を喰らっても喰らっても守りの一手を崩さず、アクトの憤りは最高潮に達していた。ダメージが入っていない訳では無い、傷は確実に蓄積されている筈なのだがアカメには目立った外傷は見受けられなかった。
…どころか、自然治癒している様にも見えた無意識か将又、意識しての事なのか現時点では判別の材料が少な過ぎる。
「!」
(天井に…!?)
「…っ」
(ここにきて、攻めに転じるか)
終始、維持していた距離を遂に詰めた。アクトは敢えて防御せずアカメの足元を掬おうと蹲み込みサッと足を伸ばしたが、同時にアカメがジャンプした事により又もや手応えを得られない。
両足に力を込め飛び上がったアカメはクルリと半回転すると天井に張り付き、再び両足に力を込めて天井から一気に下った。急降下でアクト目掛け拳を振るうも躱される。意表を突いたがアクトには効果が無かったようだ。
「やはり哀れ」
(今の動きで確信した。奴の体術は一朝一夕で体得出来るものでは無い…。それこそ幼少期から身体に覚えさせなければな。そして、奴は全てを忘れ鍛練を怠った。…証拠に息が上がってる)
「ハァ…ハァ…。フッ!!」
「ククッ。オレの術は明鏡を傷付けかねないテメェで決めろ!ソプラ!!」
「〈法術 アンプサウンド〉」
「ーッ!!ヴゥッ…!」
「呆気無い…。少々痛めつけてやるか」
「出しゃばらなければ楽に死ねたのにな…」
「ーッッ!」
ソプラの法術アンプサウンドは一般的な切り傷や擦り傷と言った外傷を付けるものでは無く内部、体内を直接傷付けるものだ。故に明鏡新星への影響は皆無で内部に傷を負ったアカメから血飛沫が飛ぶ。
数分間の攻防で既に息切れを起こしていたアカメに防ぐ術は無い。膝から崩れ落ち、倒れ込む。アクトは日頃の鬱憤を晴らすようにアカメを必要以上に痛めつけた。他人の粗を探し見下す人間は意外にもストレスが溜まりやすい。何故なら、常に神経が尖らせ心の器が狭いからだ。
止める訳でも無く、加勢する訳でも無く、一言呟き静観するソプラ。万が一の事がないように扉側に立ちアカメを牽制していた。立ち上がる余力すら残っていないアカメは、尚も明鏡新星を手放さず抱いていた。
「そろそろ寄越せ、君には関係ないだろ?」
「…、…」
「あ?」
「絶対に渡さん…!うっ!?!」
「何も出来やしないクセに頑張るなぁ」
(…?なんだ、アカメの血が動いて…!?)
「っ!ビューさん下がれ!!」
「!」
「……」
徐々に、"其の時"は近付いていた。流れ出たアカメの血液が彼さえも気付かぬほど微小に不自然な動きを見せていた。描きかけの方陣の隙間を埋める様に、血液は流れた。
最初に気付いたのは二人から離れた位置に立っていたソプラだった。暗がりであった事は最早言い訳にもならない。不味いと感じ、声を荒げた。
時既に遅し。ただならぬ叫びに従いアクトが後退したと同時にアカメの血液が明鏡新星に辿り着き、触れた。
瞬間辺り一帯が、正確には描かれた方陣から光を帯び始め明鏡新星が空中に浮かぶ。
(な、にが…起こって……!?)
「奴め、何をした!?」
「…アカメじゃない。こんな状態の明鏡新星は初めて見た…」
「魔鏡が、…真の力を取り戻した…のか」
(ひか…りが割れる……)
「「「!!!」」」
「バカなッ!!?」
「明鏡が割れ、四方に散った…だと?!」
「そんなバカな話信じられるかッッ!!!」
(…今意識を失う訳にはいかない……立て!殺される前に…)
方陣の中心で独りでに浮かぶ明鏡新星に一度亀裂が入り光が強まる。合計で四つほど繰り返された後、一際眩い光が部屋全体を包み無から強烈な風圧が生まれる。
暗闇に現れた光源と風から身体を守る為に、アクトとソプラは盾変化で対応した。アカメは壁際で横たわっていたので吹き飛ばされる事無く一連の流れを視界に収める。
四つ目の亀裂が入り、"明鏡新星は光と共に四方に散った"。予想の範疇を超えた出来事にアクトが切れた。怒りの矛先は当然散った欠片ではなくアカメに向かう。明鏡新星の事は二の次だと心の中で言い聞かせてアカメは立ち上がった。…今度は己の身を守る為に。
―――――― ―――
「こんなものかな?」
一方その頃、天音はソプラの家に残り汗を流していた。血で汚れた床を拭きピカピカに磨き上げる。何かしていないと落ち着かないのだが今掃除をしても虚しいだけだ。
(私も外へ出たい…)
「盾変化も練習してるし…、体力作りも頑張ってる!」
(私だって…!)
床にぺたんと座り両手を前に突き出し盾変化を行う。雨宿りの小屋で過ごした期間より、幾分かはマシな盾を出す。それもそのハズ、彼女はゼファロに居た時もスコアリーズに着いた後も暇さえあれば盾変化の練習をしていたのだ。彼女なりに前を向いていた。
然し、天音が出した盾は即座に消える事になる。正面と微妙にズレた位置から硝子の破片らしき物体が超スピードで迫り、盾を破壊して頬掠り傷を付けると、壁を貫通して直線上に消えていった。
「…。へ?痛い、なに!?痛い!」
後に残されたのは、朧気な光の軌道と現状に一人でツッコむ天音だけだった。盾を出していた事により直接的な衝撃は避けられたものの、シンプルに痛い。ツーっと流れ落ちる血を押さえ前後に首を動かす。
「何だったの……」
(…行く。…行かない。…行く。…行かない。…行く。…行かない。………〜〜…)
「決めた!」
―――
「この辺を飛んだような…」
靄の中を慎重に進む。心の底で疎外感を抱いていた天音は行くと決めたらトコトン、突き進む決意を固めていた。
普段の天音なら途中で迷子になり迷いまくり辺境に行き着いてしまう事だろう。だが、今度ばかりは違う。不思議な破片が残した光の軌道が彼女を導いていた。
草の根掻き分けて探すも中々見つからない。光の軌道は叢に到着した瞬間に消えてしまい靄と雨と言う悪天候もあり、諦めかけていたその瞬間、彼女が見つかる。
「あ」
「あ、…」
「…」
「…!」
(この人…!!リオンが言ってた敵!?)
女性が二人居た。一人は純白の長髪、天音だ。四つん這い状態で先客を見つめたまま固まった。もう一人は深緑色の短髪、ソワレだ。人気のない場所を選び後方支援を徹底していたが見つかった。
ソワレの特徴は以前リオンの話を聞いており数秒間を置いて敵だと気付く。
「おねーさん、確か…。ふふーん少しくらいボクも暴れたってイイよね!?一人くらい殺っても問題ないでしょ!!?」
「ひぇ…待って」
「ガマンするの嫌い。言いなりになるのも嫌いだから待つ訳ないっ!」
「まま、ま待って…話し合えば分かる……から落ち着いて…私を殺しても面白くないよ絶対に…っ」
「いーやーだ」
(来るっ)
?「天音!〈法術 水龍斬〉」
「はぁ!?くっ!」
?「リオン、その身体で動き回るのは危険だ!傷が広がるぞ、え天音!?」
迷い込んだ幼気な小動物を追い詰めるソワレの表情は悦を望んでいた。天音の気持ちなど微塵も考慮していない。自前のエトワールを抜きゆっくりと近付き、間合いに入った瞬間飛びかかる。
ソワレの攻撃は不発に終わった。青髪の彼が天音を守るように、二の腕辺りを掴みグイッと下がらせ反撃したから。意識の範囲外からの仕草に天音はバランスを崩し倒れかける。後から来たリュウシンが支えてくれなければ、尻もちを付いていた。
「リュウシン、リオン…なんで」
「外に出るなって言ったよな」
「っごめんなさい。どうしても確かめたい事があって」
「今じゃないと駄目か」
「今じゃないとって言うか…今起こったと言うか…」
「リオンこそ、傷が広がるから動き回るのは危険だって言ってるのに…」
「…」
「そうだよ!助けてくれたのはありがとうだけど…傷が広がるのは駄目だよ!」
「…」
リオンの攻撃も不発に終わった。ソワレには当たらず、地面が少し割れた程度だったが彼女を天音から引き離す事に成功したので初手は間違っていない。法術発動後怪我の影響でよろ付き片膝をついた。
間一髪天音は助かったが次も助けられるとは限らない。説教モードに入るリオンと萎縮する天音。一丁前に説教するリオンに対してリュウシンは当然とも言える一言を残す。指摘されたリオンはバツが悪そうに視線を逸らした。
「おにーさん久しぶりエトワール運んできてくれてありがと、ボクの事とーぜん覚えてるよね!?」
「良く覚えてんぞ。テメェ潰せば靄が晴れるって事を。後エトワールはやらん!」
「もしかしてボクに勝てるつもりでいるの?エトワールの使い方も、ろくすっぽ学んでないクセにっ!」
「エトワールの使い方は旦那から学んだ。…使えんがな。エトワール無くともお前一人潰す事なんか訳ねぇぞ」
「リオン下がって」
「おにーさんは嫌いだけどおにーさんのエトワールは好きなんだよねぇ…ボク。取り敢えずムカつくから、…こうしちゃえ!」
「「!?!」」
「うっ…」
「…何この嫌がらせっ」
「アハハハッー!!!イヒヒっっ!!」
「二人とも大丈夫!?どうしよ…ちょっと貴方!駄目だよこんな事したら!!」
一週間以上前にリオンのエトワールに目を付けていたソワレはリオンと視線を合わさず彼のエトワールに向かって喋りかけていた。
傷口は相変わらず深く、リュウシンは血の気の多いリオンを下がらせようと声を掛けるがリオンは聞く耳持たず相手の挑発に対して挑発で返す。好き勝手動き回るので両手の包帯もじんわりと血が滲み、数滴地面に垂れた。
ソワレは挑発の仕返しとばかりにリオンと序に近くに居たリュウシン目掛けて雨量を調整した。二人に超局地ゲリラ豪雨が降り注ぎ、ソワレは大爆笑をかましていた。
特別攻撃している訳ではなく、あくまで雨量調整のみなので痛みは一切無い嫌がらせだ。雨量にビビり雨の位置から離れた場所に逃げた天音は果敢にもソワレに注意する。
「何したってイイんだよ。おねーさんさ遠くから言ったって説得力無いって!」
「…ごもっとも」
(あ、ローグに怒られるかな面倒いなぁ…。でもあいつは神器のところに居るからボクの事は見えてない…何してもイイじゃん!!)
「…貴方達は神器を奪いに来たんだよね。どうしてリオンのエトワールも狙うの…?」
「見てわかんないの!?おにーさんのはボク好みの神器級エトワールだって!だからずっと前から目ぇ付けて楽しみにしてたんだよ」
(…話には聞いていたけど本当に凄いエトワールを持ってるんだ……)
「オイこら、んな無駄話よりコッチを解除が先だっ!!俺等が移動する度に雨ごと動かしやがって」
「するってするって、ボクは今、ホクホク気分。機嫌がイイって素晴らしい…!!!」
(闘ったら靄が乱れるかもだけど気にしない事にしよっ!そもそも、ネチネチ野郎の指示なんか従う必要ないんだ!!)
敵ですら認めるリオンのエトワール。技巧師と使いにしか理解出来ない惹かれる要素があるらしいが天音にはさっぱりだった。
リオン本人も少し前まではただの護身用だと思っていたほど、エトワール技術に関しては素人だ。敵の方が知識があるとは…。
ソワレの超局地ゲリラ豪雨は相手が移動すると同様に移動するので脱出は困難だ。そして絶妙に苛つく仕様となっている。彼女は雨雲への干渉は出来無いのでリオン達が移動に合わせ律儀に雨の位置を変えていた。
「貴方は何処でエトワールの知識を?」
「ファントム。いっぱい教えてもらった…。ソワレって名前も付けてくれた」
「?」
「!ファントムだって…?!」
「教会の奴らか」
「みんな知ってるの?教会?」
「ポスポロスのでっかい教会だ。孤児院と併設されてるな。昔っから、いざこざが絶えない連中だ」
「…〈法術
「!」
「早く出て、君が出れば彼女は自ずと解除ぜざるを得ない」
「お、おお…」
「リュウシン?」
「エトワールも持ってないおにーさんには興味ないから。そんな目で見られてもね」
ソワレの事が気になって仕方ない天音は彼女のエトワール知識について尋ねる。刺々しい口調から一転、静かにファントムと答えた。雨降りの空を見上げる横顔は、ファントムで過ごした記憶に浸っているようだった。
ピンとこない天音にリオンは短く説明を付け足した。リオンにしては丁寧に説明したが、雨音に遮られて天音にはあまり聞こえていなかった。残念。
故郷ゼファロにてジャオが伝えた真実。ファントムと聞いて黙っていられるほど彼に余裕は無い。
リュウシンは掌を地面に置くと無言で法術を発動させた。円形状の風が二人を囲み、雨から遮る。予め一人分の出口を作りリオンを超局地ゲリラ豪雨から 脱出させた。リュウシンの予想通りソワレは豪雨を解除した。リオンに即特攻されたら、豪雨どころでは無いので力を温存する為に解除したのだ。雨が通常量に戻ると風囲いも解除した。
「ファントムには訊きたい事がある…」
「ボクに訊いても無駄だよ。エトワール以外の事は何一つ知らない」
「君一人に訊く訳じゃないから大丈夫」
「あっそ。ムカつく」
「〈法術 辻風〉!!」
「みみっちい風なんかボクの雨で吹き飛ばしてやるよっ!!」
「俺も居る忘れんな〈法術 滾清流〉!」
「モチロン、エトワールは忘れない!!絶対僕の物にするって決めたから!」
「テメェがくたばんのが先だ」
「戦闘始まっちゃった…!飛んでいった破片も見当たらないし……帰ろうかな」
リュウシンがリオンより前に出てソワレと対峙する。如何に頭に血が上っていようと冷静さを失わずにいられるのがリュウシンの長所だが、逆に言えば現在、頭に血が上っている状態だと言う事。少々周りに気を遣わなくなるのも難点だ。
ソワレが自分から目を逸らした一瞬を狙い速攻を仕掛ける。一番馴染みがある辻風をソワレは雨を操り掻き消した。気にする様子もなくリュウシンは次の動作に入っていた。
二人が会敵し戦闘が始まった瞬間リオンは真横から回り込み現状の動ける範囲で攻撃に加わる。"忘れんな"は誰に対して言った台詞かは彼自身も知らない。
離れた位置で隠れる天音は一人で帰宅するか否かの瀬戸際に立っていた。リオン達の邪魔になる、戦闘に巻き込まれる可能性があるので帰った方が良いのは確かだが靄の中一人で帰れるとは思えない。彷徨い歩いた挙げ句別の敵と遭遇でもした暁には、今度こそお陀仏だ。
「…訊かないんだね」
「何がだ」
「アレとか…ソレとか……」
「何か思うところがあっただけだろ。別に訊かねぇよ。ティアナもそうだが、…目的の深入りは野暮ってモンだ。言えない事情を聞きたいほど興味もねぇ」
「アハッ。それもそうだね…うん!」
皆、何かしらの目的で旅をしている。今更目的が増えていたところで知りたいとも訊きたいとも思わない。それがリオンだ。
自分が一番目的が大きいからと言うのもあるのかも知れない。彼の言葉に勝手に救われた気になる自分に程々可笑しいと笑い飛ばすリュウシンであった。
「ボクのエトワール舐めないでくれる?!〈エトワール式法術 サメザメ〉!」
「!」
「リュウシン上だ!」
「ーっう…。助かったよリオン」
「大抵の人間は引っ掛かってくれるのにつまんな〜い!!何で分かった!?」
「前に会った時エトワール二つ持ってたろあんときは一つしか使ってなかったが、一応警戒しておいて正解だった」
さて、ソワレが二人の会話を黙って見ている筈も無く早速エトワール式法術を発動させた。法術サメザメはソワレが手にしていた小剣タイプのエトワールを活性化させるものらしい。発動後小剣の刀身が倍以上に伸びリオン達に向かって斬りかかった。刀身が伸びたと言っても、実際の刀身では無くエフェクトを纏った擬似的な刀身だが故に切れ味が鋭く盾を出し受け止めたが速攻で割れてしまった。
リュウシンは盾を出さずに後方に下がるがソワレは見透かしたように一手のタイミングで既に二手目の動作を終わらせていた。
派手な刀身長大を見せる事で後ろ手で放り投げた二つ目の小剣エトワールを暈し、
然し、リオンは一度ソワレと会敵している。その際にエトワールの数を確認しておいたのが功を奏した。二つ目の小剣も刀身が伸び、直撃すればただでは済まなかっただろう。
リュウシンが回避した事で小剣エトワールは地面に突き刺さったが数秒後にソワレの元へ自動で戻っていった。エトワールを手元に戻すソワレの表情は怒り色に染まっていた。
「ムカムカする。じゃあもしボクがあの女に向かって攻撃しようしたらどうする!?」
「え、私!?」
「その心配はしてねぇよ」
「はっ?何で」
「だってお前天音に興味無いだろ」
「…!」
「エトワール持ってないから!」
「なんか複雑…」
「じゃあじゃあ人質取ったらどうする!?」
「あ?そんときはぶっ潰すだけだ」
「リオンらしいね」
「じゃあじゃあじゃあ、あの女を盾にしたらどうする!?」
「?背後に回る」
「はぁ〜!やっと分かったボクがムカムカする理由。おにーさん自分がボクより動ける前提で話してるでしょ?!」
突然名指しで指を差され狼狽える天音。彼女の様子を全く気にせず興味無いと、バッサリ切り捨てたリオン。天音は独りでに傷付いていたが尚も知らぬ存ぜぬのリオン。
少し間を置いてリュウシンがポンッと閃いたように見解を示した。先程自分が言われた事だ。ソワレはエトワール以外興味が無い。
リオンに食い下がるソワレは次々に質問を投げつけた。通常運転のリオンは思った事を素直に投げ返す。納得はいってないが理解したと言った表情で彼女は質問を打ち切った。
彼らしいと相槌を打つリュウシンは、まるで旧知の仲の友人のように微笑んでいた。知り合ってから時は然程流れていないと言うのに。
「ったりめぇだ。じゃなきゃ勝てねぇ」
「すでにボロボロじゃん。調子乗ってるとボクにエトワール奪われちゃうよッ!!!」
「ふっ」
(敵の言ってる事は間違いじゃない…!リオンの傷は動く度に広がってる。早くケリを着けないと……)
「〈サメザメ〉!!」
「く…」
「まだまだぁ!!」
「〈辻風〉!」
「だからそんな風効かないって!」
「っっ…」
叫びながら突進し、二つのエトワールで交互に斬りかかる。後退気味で盾を出しつつ回避に追われるリオン。口だけ達者な人間は何人も居るがソワレは違う。彼女は強かった。
右手に持つエトワールをリオンの盾に突き刺し、次いで地を蹴ると十分な距離を確保する為に一旦下がり飛びかかる。同時に法術を発動させる事で盾に刺したエトワールの刀身も伸びて貫通した。リオンは咄嗟に盾を解除し、エトワールを弾き飛ばすと転がる様にしてソワレの追撃から逃れる。
容赦ない攻撃に防戦一方のリオンを助けるべく、リュウシンが動く。が辻風は返し手で真っ二つに斬られ消失した。ターゲットをリュウシンに変え、剣技で追い込む。リオンは片膝を付いた状態から立ち上がれず、息も明らかに荒い。
(僕がもっと強かったら…君に無理をさせずに済んだのに)
(リオン、リュウシン…私が闘えたら、少しは状況変われた…?)
「はっ!」
「うぐっ…!?」
「!」
(靄がブレてきてる…。これなら、…)
「よしっ終わり。今行くよ待っててボクのエトワール!!」
「っ!」
「え?何今の…態と攻撃受けた?」
"たられば"の思考回路は戦闘中役立つどころか足を引っ張る。隙が生じた瞬間を敵は絶対見逃さない。リュウシン身体にバツ印を刻むように左右のエトワールを振りかざした。
色鮮やかな流血の後、力尽きて倒れる。ソワレはリュウシンが倒れる前からリオンの元へ一直線へ向かった。とどめを刺さずに。
目線は地面でも迫りくるソワレの存在には気付いていた。必ず最初は右手側の大振りになる事も想定済みだ。リオンは態と盾の強度を弱め飛ばされた。リュウシンの近くに行くには手っ取り早い方法だったが当然ソワレには気付かれる。
「リオン…」
「リュウシン策がある。まだ動けるか?」
「!当たり前だよ。策って?」
「
――――――
「…逃げないと」
頭主邸の稽古場にて一人の少女が座り込んでいた。今にも崩れそうな建物内も外から聞こえる戦況も彼女に届かない。何故ならルルトアの心には暗雲が渦巻いていたから。稽古場付近の柱に二、三度亀裂が入ると漸く杖を支えに立ち上がった。
軽い捻挫、本来なら完治している筈の時期に未だ完治せず痛みは継続中だ。と言う事は、ルルトアがこっそり稽古をしたと言う事だ。一度注意されて以降は大人しく治療に専念しているが叱ったのは頭主では無くビワさんだった。
稽古場を出て頭主邸をトボトボ歩く彼女に、災難が降り注ぐ。支柱が完全に壊れルルトアに向かって倒れた。振り返った時にはもう遅い。
「はし、らが…!ーっ!?!」
(……。?)
「なっ、なんか出てる!?」
助からないと悟り、ぎゅっと目を瞑った。…何時まで経っても来ない衝撃を不審に思い恐る恐る目を開けた。支柱は確かにルルトアを狙ったが寸前で止まっていた。無意識に支柱に向けた杖から盾が出て彼女を守ったのだ。ルルトアは盾を出していない。ならば…。
「まさか…?!エトワールなのこれ!?」
(想像出来る…!クリートさん達が生き生きエトワール弄ってる姿…!!)
杖は、杖タイプのエトワールだった。所持者に危険が迫れば自動で盾を出して守る性能だ。知らされていなかったルルトアは驚嘆の声を上げ支柱が倒れても怪我をしない位置まで下がり此処には居ない技巧師達の満面の笑みを想像して少し引いた。とは言え、助かったのだから感謝も忘れてはならない。
?「ルルトア!」
「おかっ…頭主様」
「怪我はなさそうね」
「…うん」
(叫んでるところ見られちゃったかなぁ…)
「此処が安全とは限らない。行きましょう」
「…」
「ルルトア?」
「ねえ、…。ソプラは何処?」
「ソプラなら地下で魔鏡を守っているはず…どうかしたの?」
「…鏡。やっぱ狙いは鏡だったんだ……」
「!ルルトア、一体何の話をしているの?」
後方から声が聞こえた。頭主カノンは姿の見当たらない娘を探していた。母親との再会で口走りそうになった言葉を飲み込んで言い直す。それにしたって急ぎ足でも何て美しい動作なのだろうとカノンに対して母親や頭主以外の、舞子として惚れ惚れするルルトア。
一瞬時が止まった感覚に襲われるが、ハッとして現実に戻る。暗雲の原因と向き合う時間だ。義兄妹の行方を聞き、杖を握る手を強めた。ルルトアは消え入りそうな声でカノンに伝える。
「…趣味の悪い耳飾りをしてた。あれは絶対ソプラに似合わない…。あの耳飾りの歯車…前に見せてもらった円盤の模様と似てた。ソプラが何を考えてるのか分からないけど」
「耳飾り?」
「私は大丈夫だから、お願い。地下に、鏡のところに行って…!手遅れになる前に」
「…ありがとう教えてくれて。本当に大丈夫ね?」
「うん」
(私には行く勇気がない。何時もそう、背中と地面しか見えていない)
ソプラが内通者かも知れぬとルルトアに伝えられたカノンの気持ちは、どれほど自責の念で固められた事だろうか。涙ぐむルルトアに感謝を伝えたカノンは母親の顔をしていた。
振り返った時、ルルトアの見えない角度で頭主の顔に戻り再び駆け出した。
(…お気をつけて、頭主様)
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