第35話 糠雨

 身も心も天までもが靄の中、行き場を失う

――――――

NO Side


「さぁ開幕だ」


 雨模様を雨に。

 雨足、深く。其々の思惑を抱き参る。

―――――― ―――


「では、神器の警守は順調と…?」

「お婆様が心配なさるのも無理ありません。神器一つにつき、割ける人員は一人までと、不甲斐ない次第です」

「二度と百年前の大戦の様な悲劇を生み出しては、いけない。二度と…!」

「承知しております」


 頭主邸にて連日、会合が行われていた。討議内容は言わずもがな、敵襲についてだ。参加者は頭主であるカノン、向かい側にはお婆様と呼ばれた女性ラヴィ・リーズ、その隣には頑固な爺ゲン、カノンの隣にはソプラ、そして間を取り繕うようにフェスト責任者のビワ・シンガーが居た。


「それで神器は誰が守っているんですかね」

「ソプラ肘をつくな」

「はい、っと」

「…。弓箭にはエス・エピック、三叉槍にはランス・ベート」


 連日行われているとは言え、最年少のソプラが参加したのは今日が初めて。無理を言って入れてもらったのだ。開始早々、肘をつきゲンから忠告を受け第一印象はマイナス気味であった。マイナスと言ってもソプラの性格は全員知っているので印象は変わらずだが。


「エスは良いとして、ランス一人に任せられるほどアレはまだ強くない。せめて叔父のリフィトにすべきだ!」

「一理ある。カノンよ何故ランス一人に任せる?」

「それは本人の希望だからです。ランスは神器を継ぐ者、信じてやってください。リフィトは声を掛ける前から決めていたのでしょう。拒否されました」


「リフィトめ、拒絶しおったか」

「僕は良いと思いますよランスさん。神器は二つじゃないでしょう、扇には誰が?」

「必要無い。檜扇は無人で十分だ」

「どうして?」

「ソプラにはまだ早い。頭主を継ぐ時にでも話そう。抑この場に居るのも早いくらいだ」

「またソレですか?爺様、婆様から見ればひよっこなのは当たり前ですよ。教えてくれたって…」


「ソプラくん!ビワの顔に免じてね?ね??」

「ビワさん…分っかりました」


 リフィト・アーベントとランス・ベートは、叔父と甥の関係だった。叔父のリフィトの方が早くに産まれ、力関係も彼のが上だったのでその分の信頼度も違う。然し、カノンは本人の希望を尊重しランスに神器を託した。神器を守る二人は既に、殆どの時間を神器の保管場所で過ごしていた。敵が何時来ても、迅速に対応出来るように神経を巡らす。


 討議が少しでも熱く、悪い方向に流れようとすれば即刻ビワが熱を冷ます。世渡り上手のビワだからフェストの最高責任者に抜擢されたのかも知れない。余り納得の言っていないソプラであったがビワの手に掛かればスッと手を引かせる事も容易だ。


「カノン、明鏡新星の方はどうだ?門外不出の魔鏡が狙われたとあらば"スコアリーズの英雄アルコ様"に面目が立たん。街に漏洩者が居るやも知れんと言う事だ」

「それに付きましては…タクトから気になる知らせを受けまして」


「タクトからだと?」

「内通者…かは、分かりませんが明鏡新星が漏洩した可能性があるとの事で」

「なに!?まさか…フェスト用エトワールを破壊したのも漏洩者の仕業か!?」

「あくまで可能性の域は出ませんが…」


「魔鏡を知る人物が…有り得ん」

「僕も有り得ないと思います。スコアリーズの皆は家族同然じゃないですか。そんな人が居たら悲しいな…」

「…魔鏡は私が見ましょう」

「それなら僕が見ます。頭主様はお忙しいでしょうし」

「ソプラ…」

「必ず、僕の手から離さない。じゃ解散!」


「待ちなさい。ソプラ!」

「ソプラくん…!」

「一人で突っ走るのを止めてこそ母親だと思うが?カノン…!」

「ええ…」


 話題は神器から明鏡新星に移る。明鏡新星を知る者は一部を除いて全員把握している為、漏洩は有り得ないのだ。敵陣と密会出来る程彼等は暇では無い。場の雰囲気がピリピリと痺れを帯び始めた時、ソプラが半ば強制的に会合を終了させた。


 若者らしい飄々とした立ち振る舞いで場を濁すとさっさと出て行ってしまった。残された四人は単独行動のソプラを黙って見送る他無かった。


――――――

ソプラSide


(僕の家には何人居たっけな…)


 重苦しい空気が蔓延していた部屋を出て、人気のない道を通りながら髪を掻き上げる。耳元をスッキリさせると早速隠し持っていた耳飾りを付けた。歯車が三つ連なったような形状と、金属チェーンで繋がれた宝石が一つ垂れ下がっていた。

 真っ直ぐ家に戻るつもりだったソプラだが、頭主邸の中の稽古場から誰かが居る気配を感じさせる音が聞こえ寄り道をした。稽古場に居た人物は、


「ルルトア…?ルルトア!」

「っ!ソプラ…っ!?」

「大丈夫?怪我も治り切ってないのに練習再開するから転ぶんだ」

「うん…そうだね会議終わったの?」


「終わった。お義母さんに見つかる前に稽古場から出たほうが良いよ」

「そうする。…ソプラその耳飾りは…?」

「これ?これは買ったんだ、酒場で。僕は行くからくれぐれも見つからないようにね」

(酒場?)


 義妹、ルルトアが稽古場で詩舞の練習をしていたのが目に留まり入口から声を掛けた。ソプラに全く気付かず集中していた為に声を掛けられ、ルルトアはバランスを崩し転倒してしまった。怪我が治り切らない内に稽古を再開しようとしたルルトアに災難が祟る。


 ふと視線を上げると見慣れない歯車の耳飾りが視界に映る。普段、耳飾りなどしないソプラが遠目からでも判別出来るような飾りを付ける。違和感を覚えたルルトアは入手先を訊くが回答に理解が追いつかないままソプラは去ってしまった。


 酒場での提供は酒と情報、と相場が決まっている。あの様な飾りが店頭に並ぶ事など普通の酒場ではまず無い。ルルトアの義兄に対する懐疑心は益々深まるのだった。


――――――

NO Side


 雅楽の街、スコアリーズでは各々が思い思いの時間を過ごしていた。


在る者は、稽古の休憩中にて

「アカメ?何処行くんだ?」

「私用で…。すぐ戻る」

「雨、降りそうなのに?」


在る者は、円形舞台の付近にて

「ったく、アイツは何様のつもりだ!

呼び出しておいて自分は遅刻だと?!」

「まーまーリフィ、許してやれよ。俺等も訊きたい事山ほどあるんだ」


在る者は、煙立ち昇る工房にて

「仕上げ前だってのに…クソッ」

「困りましたね、どうしましょう?」

「どれも屑ばかりでとても使えたモンじゃあない。ここにきてカラットが足りないとは」

「なーんか見落としてるような…?」


 旅人も自由に過ごしていた。警戒は怠らず、何時来ても出陣出来るように身体を動かす。現在、家中にはリオンと天音とティアナの三人が居る。



 家の中で、家の外で、彼彼女は雨音を聞いた。


―――――― ―――

 会合から数時間後……。


「やっと時間が来た。暇だったよ〈エトワール式法術 レコート〉」


 指で弾いた宝石が一瞬のみ眩い光を放ち、エトワール式法術が発動した。不快な機械音が作動、耳飾りと連動した円盤状の物体が規則的な回転を始め襲い掛かる。


「…?舞台の円盤が機能していない?誰かが解除したのか…とんだ不良品だ。解除されても気付けないとは……まぁ良い。三人は足止め出来た」



 撚り子、ソプラは明鏡新星が安置されている場所へ一直線に向かった。


―――


「マズいっ!!」

「なにが起こってるの!?」

「!」


「うぐっ…!!」

「逃げられなぃっ…!」

「天音ぇ!!」

「りお、…!」


 何処からともなく、キュイイーンと機械音が聞こえソプラの家に居る三人に無数の飛矢の様な物体が多方向から撃ち込まれる。人差し指程度の大きさだが当たれば外見からは分からぬ鋭利な威力を発揮する。ティアナの太腿に刺さった飛矢は刺さった直後にサイズが大きくなり深く肉を抉った。


 動く物体を無差別に攻撃するらしいレコートは一度刺されば、動く度に針千本の完成が近付く。


(外に出なければ…!)

「なにが…っ?!」

「ーっ天音動くな。動かなけりゃ攻撃は飛んで来ない。大丈夫だ、目瞑ってろ」

(リオン…!)


 己の身体にも幾つかの飛矢が刺さり、痛覚も正常に機能している筈だがリオンは形振り構わず天音の元へ急いだ。

 幸いにも天音には飛矢は刺さっておらず、刺さる前にリオンが彼女の元に辿り着いた。混乱する天音に覆い被さるようにして壁に押し付ける。ダンッと両手を壁に打ち付け、天音を守るリオン。彼に言われるがままに目を瞑り硬直状態を保つ。



「ハァ…攻撃止んだみたいだな…くっ……、天音…少し協力してくれる、か?」

「ぇ…リオン、…大じょ…っ!」

(大丈夫な訳無い…)


「悪いな。右手の飛矢、抜いてくれるか?両手とも貫通してるみてぇで…」

「そんなことしたら余計、血が…!!」

「問題ねぇ。頼む」

「〜〜っ……。分かっ…た、……」


 程なくして攻撃は鳴り止み、そっと目を開くが、次第に状況を理解した天音の目は見開かれてゆく。腹部、太腿、脹脛、両手、その他、透明な飛矢が刺さり辺りは小さな血溜まりが出来上がっていた。言いかけた言葉を飲み込む。掛けるべき言葉が見つからなかった。尚も、平然を装うリオンは天音に依頼する。


 盾変化も間に合わぬほど脳内の処理が反射を上回った結果、天音を庇ったリオンは飛矢に射られ身動きが取れずにいた。天音の視線は壁に接していたリオンの両手に移る。両手共に飛矢が貫通し、壁にめり込んでいた。無理矢理抜けない事もないが天音の手を借りた方がまだ傷が浅い。


「一気に頼む」

「うん…!」

「ーーッ!!」

「っ…飛矢が消えた…」

「…はぁ助かった。ーっ、天音お前は此処に居ろッ!俺は外に出る」


「待って止血だけでも…!!」

「平気だ気合で何とかなる!」

「ならないって!」

「早く行かないと…」

「せめて両手だけでも手当てさせて…!」

「……急いでくれ」


 痛みを堪えながら真面目な表情で頼むものだから、承諾ぜざるを得ない天音。精一杯の背伸びで飛矢に触れる。攻撃が止んでも飛矢は実体化したままだが触れても害は無く、天音はしっかりと飛矢を握った。力を加えるに当たって不可抗力で目を瞑ってしまったが天音にとっては寧ろ良かったのかも知れない。無理に血飛沫を見る必要は無いのだから。


 抜き出した瞬間、飛矢は消え去り右手が自由になったリオンは刺さった箇所を次々と抜きその度に、血溜まりは広がった。


 間髪入れず駆け出すリオンを止め、手当てを提案する。引き止めたところでリオンが止まらないのは百も承知。ならばと思い、自分が飛矢を抜いた事で負ってしまった傷口の応急手当を願った。天音の気持ちを察してか、リオンは大人しく両手を差し出し手当てを受ける。


「包帯の巻き方なんか何処で覚えたんだ」

「ヤシロじぃさんに教わったの…。はい、出来た」

「外は危険だ。家に居てくれ分かったな」

「……」


 残念ながら血腥い空気に当てられた天音に感けている余裕はなく、彼女の手当が完了するとリオンは即刻外へ出た。


―――


「ぐっっ…!」


 ティアナもまた自ら飛矢を抜き出し、自力で立ち上がると街の中心部へと駆けて行った。彼女は飛矢が飛び始めた時に窓辺付近に居た為、危険を承知で窓を割り外へ脱出した。外を出るのは賭けだったが直感が当たった。外に出れば飛矢は襲って来ない。


 よろよろとした足取りでリオンより一足先に街へ向かう。

―――


「霧…いや、もやか?」

(視界が悪い…状況はどうなってる!?)

「!〈法術 水龍斬〉グッ…コレは、屋根瓦か…?にしちゃあ大きさが全然違ぇ」


 辺り一帯は靄が掛かり視覚は殆ど機能しておらず、状況の確認が取れない。誰かと合流しようにも闇雲に動く訳には行かなくなり、焦りは募るばかり。


 また、雨音が聴覚の邪魔をし疑似的に死角を生み出していた。隙を狙われたリオンは敵の攻撃であろう投擲された屋根瓦が付近に出現するまで気付けず対処が遅れた。ギリギリで法術を発動させ事無きを得たが次も上手くいくとは限らない。早いところ誰かと合流しなくては何も進まない。


(何処だ、敵は何処から来る)

「そこかッ!」

「リオン!」

「リュウシン、…状況は!?」

「それはコッチが訊きたいよ!どうして血だらけなんだ……天音やティアナは、一緒じゃなかったのかい?」


「先手を取られた。…いや、俺の事はどうでもいい過ぎた事だ。天音は置いて来た、ティアナは知らん。無事だろ。そう言う奴だ」

「…少し前、雨が降り始めて少ししたら遂に敵が来たんだ。最初は近くに居た戦士達と合流しようとしたんだけど此処ら辺で大きな音が聞こえて…心配になって来たんだ」


 神経を研ぎ澄まし、屋根瓦が投擲された方向に向かう。慎重に一部の隙も見逃さぬように進む最中、感じた気配に警戒態勢を取る。敵かと構えたが靄の中から現れた人物は、仲間であったので杞憂に終わった。


 リュウシンに状況を確認しようにも逆に突っ込まれる。自分の知らない内に血だらけになっていれば当たり前だが、今は悠長に過去の話をしている暇は無い。

 リュウシンは掻い摘んで現状を整理した。


――――――

―――

 状況は数十分前に遡る。レコート発動前、円形舞台にて敵の一人が派手に降り立った。


「しゃぁぁーーっ!!!来てやったぞ!!」

「「!」」

「はっはぁー!来やがったなッ!!!」

「リフィ!先走るな!」

「旦那が俺様に着いて来い」

「へーへー!っと」


「分かっているなコケラ」

「兎にも角にも暴れりゃあ良いんだろッ?」

「我等は陽動だ。ローグが神器を回収するまでのな」

「テメェは別のところ行きやがれコイツらは俺の獲物だ!!」

「無論そのつもりだ。だが羽目を外しすぎるのも良くないぞ?」

「ゴチャゴチャ言ってねぇで消えろ!」

「ハハハッそう急かすな」


 規則的な雨が不規則な動きを見せ、街全体を白い靄が覆う。誰が何処に居て何をしているのか余程近くに居なければ互いの行動を判別出来なくなったところで、円形舞台の付近に居たリフィトとタクトは眼前の敵、コケラを目視した。


 陽動目的のコケラとキャス。事前情報からスコアリーズの戦力の要であるタクトとリフィトを抑えるべきと指示を受けていたので二人を抑える動きを見せているがそんな事は既に頭から抜け落ち、一切記憶に無かった。

 コケラに急かされたキャスは一呼吸笑うと、舞台を降り靄の中に消えた。追跡しようにも手掛かりは皆無で思うように動けない。


「はっはぁー!!先手必勝!!〈エトワール式法術 上弦月〉ッッ!!!」

「チンケなエトワール攻撃なんか効くかよ!」

「!?俺様のエトワールを止めただと?」

「返しだッ!〈法術 サイズパフォーマンス〉」

「…唯の木片がデカく…!?」


「だから言ったろ。先走るな、と」

「だが今ので敵の技を知れた、違うか?」

「そーとも言うが…」


「ガハハッ!!被害を最小に抑えてみろ!〈サイズパフォーマンス〉」

「っ!俺は向こうだ!!」

「ならば此方は本体を叩くッ!」


 会敵したコケラの真横から飛び付き、法術を発動させるリフィト。舞台上に居たコケラは盾変化でガッツリ止めた。


 リフィトのエトワールは棍棒タイプで中でも黒色ブーメランを愛用する。法術、上弦月は通常よりも大きいブーメランを任意で黄色に"変色"させる。変色した部分は鋭利な刃物となり金属でも容易に切り刻む事が出来るようになる。アストエネルギーの込め方次第で、如何様にも変化させられるので攻撃の振幅は無数にある。


 二人の様子を嘲笑うかの如くコケラはサイズを変えた破片を後方に放り投げた。後方には民家もあれば一般人も居る。大多数は襲撃前に避難済みとは言え少数は未だ残っていた。投擲された破片を撃ち落とす為にタクトは後方へ、リフィトはコケラを倒す為に其々が行動を始めた。


「〈法術 辻風〉!」

「ほーやるなぁ」

「はっ!?あの音は一体、…!」

「ソプラの家の方角か…?」

(ちょっと待てアッチはリオン達が居る方向じゃないか!)


(内通は…まさか、…)

「ぐっ」


 必死に靄で目視不能になる前に破片を追い 掛けたが、どうにも間に合いそうになく民家に激突しそうになった瞬間別方向からの援軍に助けられた。


 然し、リュウシンの到着後ソプラの家の方向から崩壊音が聞こえた。視界が悪くとも風の流れを読む風使いは普通の人より特定の場所に辿り着きやすくリュウシンは早速リオン達の元へ向かった。

 一人、内通者について思案するタクトは憶測頼りの正体を信じられずに居た。


―――――― ―――

 現在軸。リュウシンからある程度の状況を聞き己の成すべき事を成す為に立ち上がった。


「舞台の方に一人か、不自然に湧いた靄は恐らく敵の仕業だ。ソイツを倒さない限り術中は解けん。行くぞ!…ゔっ」

「リオン!」

(…思ったより傷が深い)


 冷静に状況を見極めたリオンだが、自分の負った深手を計算に入れずに移動をしようと地を蹴り、踏ん張りが利かずその場に倒れ込む。


 刻一刻と変化する戦況で己を鑑みないリオンに一種の狂気すら覚えるリュウシンだった。


――――――


「!!来た!反応した!室内に居たからボクの雨で見つけられなかったんだ…くっっ〜!行きたいボク好みのエトワールのところに!ローグのアホ、バカ!なんでボクがこーほー支援しなくちゃいけないんだ!!?」


 安全な場所で雨役ソワレは後方支援に徹する。基本的には誰も居ない場所なので、ある程度暴れても叫んでも誰にも見つからないのだ。


―――


「陽動作戦も後方支援も必須項目。作戦成功の鍵を握る。皆が暴れている内に神器の元へ急ぐとしよう」


 戦士も旅人もローグの存在を知らない。故に成功確率は上がるのだ。神器回収の順番も既に撚り子と共に練ってある。

 一つ目は檜扇、二つ目は…。


―――

スタファノSide


「そこの金髪の男よ、待ち給え!」

「んげ…」

「俺の名はキャス!君は!?」

「オレはスタファノ〜…ていうか金色じゃなくて黄色なんだけど」

「スタファノ、分かる分かるぞ!君は強い!共に熱き闘いをしようではないか!!」

「……やだ」

「!」


 視覚に頼らずとも動ける人物がもう一人。聴覚を澄ましスタファノはゆるりと闘いの場から離れる。彼は闘う意思を持たない。だが雨音の影響で発達した耳でも捉えられない瞬間があった。敵の一人であるキャスが意気揚々と待ったを掛けた。


 陽動の任を命じられたとは言え、個人の願望でキャスは熱いバトルを求めて強者を探していた。ようやっと見つけた強者は逃げるように顔を背ける。


「どうしても闘えないと言うのか!?」

「気分じゃないから〜…」

「致し方無い。ならば待ち続けるとしよう。スタファノの気分が乗るのを」

「此処で待つつもり?」

「当たり前だ。幾らでも待つぞッ!スタファノの気分が乗らなければ闘う意味が無い。俺は正々堂々の勝負がしたい気分だ」


「え〜〜…。無理だと思うよ?」

「それでも待つさ」

?「じゃあじゃあ俺との勝負受けるよな?」

「!…それも良かろう」

「お互い楽しもうぜ!」

(此処だけ熱気すご〜…い)


 どうしてもスタファノと闘いたいキャスは濡れた地面を気にする事なくドカッと腰を下ろすと胡座を掻き、真っ直ぐに見つめる。この時点で陽動の欠片も無いが一切関係ないと言った感じでキャスはスタファノと会話する。当のスタファノは真っ直ぐ過ぎる敵に戸惑いを隠せず、回答を考え倦ねていた。


 ジャラジャラとした屋根上を駆ける音が聞こえたかと思った矢先、両刃斧タイプのエトワールを背負った男オルクがスタファノとキャスとの間に割って入った。

 オルクもキャスも根の部分で共通して、闘争本能があるので雨にも関わらず二人は熱気が凄まじい事になる。



 オルクが注意を引き付けている間にスタファノは音も立てずにゆるりと踵を返した。


――――――

ソプラSide


「ビューさん遅かったな」

「街を見てたんだよ」

「街を?そんな悪趣味があったとは…」

「ククッ。案外面白かった」


 レコート発動後、アクトの到着を待たずして彼は明鏡新星が安置されている頭主邸の地下へ向かった。己の立場を利用し最大限の情報を獲得したソプラはスコアリーズなど見向きもせず、灯りの無い地下に広がる暗黒のみを視界に映す。


 階段を下り曲がり角を曲がった次の瞬間にはアクトが当たり前のように隣で歩いていたがソプラは微塵も反応せず彼に話し掛けた。



「着いた。この扉の先だ」

「随分と厳重だな鍵は?」

「ここに」


「流石明鏡新星が置かれている部屋だ。物置部屋ってレベルの広さじゃない」

「僕が街に来るずっと前からこの部屋で明鏡新星の力を解放しようと神器を使って試行錯誤していたらしい。フェストの度に毎度毎度よくもまぁ飽きずにやれたよね」


「解放には神器が必要なのか?」

「さぁね。手元にあったから使ったんだろ。真の力を解放する方法は誰も知らない」

「奪ってから考えるさ、そんなもの」

「これが明鏡新星だ」

「!ククッ。ご苦労」


 灯りは相変わらず無いが、ソプラもアクトも夜目に慣らしているので全く持って問題は無かった。暫く歩き、外空の音が完全に切断された回廊を抜ければ如何にも重厚感溢れる扉が二人を出迎えた。


 数時間前に受け取った部屋の鍵を懐から取り出して扉を開けた。扉はギシギシと鳴り木製の床もミシリと音を立て部屋の古めかしさに拍車を掛ける。


 部屋の内装は至ってシンプル。扉から一際離れた百センチ程度の台座に安置された明鏡新星と床に直に描かれた方陣以外は何も無い。


(明鏡新星さえ有ればオレもアース様に認められ黒鳶の一員と成れる。力の解放などアルカディアに戻ってからでも探る時間は無限にある)

「ソレを此方へ」

「まだだ…」

「霊族に逆らう気か?」


「逆らう気は無い。条件を覚えているか?…協力する条件として僕の、の実現の為に協力してくれると」

「あ〜…夢ね勿論、協力する」

「その言葉に嘘はないか?!」

「早く寄越せ。話はそれからだ」

「…嗚呼」


 最初に明鏡新星を手にしたのはソプラ。彼は一瞬手渡しを躊躇った。ただ一言、確実な証拠が欲しかっただけだ。協力すると…。一瞬の躊躇いが、やがて水面に投じた小石の如く揺らぎ反響する。


 ソプラは扉を閉めずに居た。直ぐにスコアリーズを去る予定だったから。アクトも特に気にする素振りは無かった。二人の油断が"三人目の人物"を接近させてしまった。



?「ふっっ…!!」

「「!!?」」

「うぐっ、…おま、えは!?」

「チッ。何者だ」


「明鏡新星は渡さぬ」

「アカメ…、撚り子だ」

「ソプラ…」


 潜み、機会を窺った。気配を消し、尾行し、明鏡新星が敵の手に堕ちる前に助走を付けて渾身の蹴りを入れた。明鏡を手放しかけていたソプラは想定外の衝撃に手を緩め、その隙に三人目の人物アカメが明鏡を手にした。


 アクトは吹き飛ばされたソプラの側まで後退し、何者かと問い掛けた。

 ソプラと同様の撚り子だと判明し益々苛つきを隠せないアクト。撚り子を利用した自分が最後の最後で撚り子に邪魔をされる…相当な屈辱を味わっていた。



 アカメは依然として明鏡新星を手放さず、二人と対峙する―――。

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