第32話 護身用に御用心
職人技光らせてこそ達人を支うに価する。
――――――
「えーと…リオン、生きてたんだ。驚いたとっくの昔に死んだって…噂されてたから」
「あ、ああ…。一人だけ生き残っちまったランスは…そういやぁ、スコアリーズ出身だったな。忘れてたぜ」
(ついてこない…)
微妙に合わない目と目。折角の旧知との再会に流れる気まずい空気。後ろめたい事は何も無いが兎に角、二人にとって都合の悪いタイミングである事は否めない。
リオンと話す彼の名はご存知ランス・ベート。同期の騎士団仲間だった男だ。槍タイプのエトワールを自在に操り、時折リオンにエトワールの扱い方を指南していた。最後に会ってから大分時が過ぎているので彼の様相も少なからず変わっている。
ランスの茶髪はリオンよりも伸び邪魔にならないように高く結わえられ、右腕には包帯が巻かれていた。彼の様子を見るに怪我は殆ど完治しているようだった。
先を急ぐエピックは後に誰も続かない事を不審に思い立ち止まって振り返った。然し、振り返っただけで側には決して近付いたりはしない。ジッと黙ってランス達の話が終わるのを待っている。
「良い感じのエトワールの持主が見つかったって、リオンの事だったのか。……久しぶり何しに此処へ?」
「何しにだったかな」
「へぇー、ソコ逸らかすんだ」
「フェスト関係でちょっと、来たんです」
「君は…」
「あわっ…私は」
「天音だ」
「リオンとはどう言う関係で?」
「関係?!仲間?かな…成り行きで一緒に居るだけ……です」
「ランス」
「ん?」
「詮索するな」
「ハッキリ言うね」
(詮索されると直ぐボロ出しそうだ)
逸らかす必要は然程無い。適当にフェストで来たと説明すれば良いだけの話だがリオンは久方振りの旧知との再会で動揺していた。
目には見えないリオンの動揺を知ってか、知らずか、天音はランスを見上げニッコリと笑った。少女らしい無垢な笑みに笑い返すとランスは天音に追及する。既に前科持ちの天音がこれ以上ボロを出さないようランスに釘を刺す。
「ねぇリオン、ランス…さんって」
「同期だ。騎士団のな」
「初めまして天音。タメで良いよリオンにもそうしてるだろ?」
「ホントだ…意識した事なかったかも」
軽く自己紹介がてら握手を交わす。天音とランスは相性が良いようで出会って間もなく意気投合した。緊張していた天音も漸く自然体で笑えるようになったが二人の様子を眺め、少々複雑な感情をリオンは抱く。
「ランスが言ってた騎士長のエトワールはコレか〜。うー…ん俺は最初っから分かってたぞ」
「またまたー嘘は言ったらいけません」
「いやいや本当さ。騎士長ともなればエトワールにも箔がつくってモンだ」
「…」
「おわっ!?エピックさん何時の間に…!」
「…」
「分かってますって…直ぐ行きます行きましょう」
クリートとフラットは相変わらず親しげに冗談を言い合う。場の雰囲気が完全に談笑モードになりかけた時、エピックがランスの背後にヌッと現れ無言の圧をかける。待つにしても流石に限界が来たのか、独特の間でランスを睨んだ後、無言で奥の部屋へ向かった。
「心臓に悪いって…」
「奴も戦士の一人か?」
「そー。僕の上官に当たる人」
「寡黙な人なんだね…」
「寡黙と言えば寡黙だけど、エピックさんの場合は単に人と話すのが面倒臭いだけだってエピックさんの幼馴染のオルクさんって人が言ってたよ。喋る時はちゃんと喋ると…思う」
(殆ど見たことないけど…)
彼の本名はエス・エピック。一見近寄り難い空気を纏う寡黙な男性と思われがちだが、ランスの言葉通り単純に人と会話するのが面倒臭いだけの面倒臭がり屋だ。幼馴染曰く無言を貫けば相手は"そういう人"だと認識して、手短に済ましてくれるからエピックは口数が少ないのだとか。
エピックの腰元には細剣タイプのエトワールがキラリと光る。細身の形態は線の細い彼に良く似合う造りとなっている。細剣とは分かりやすく言えばレイピアの事である。
「エピックさんのエトワールはシャープさんが、ランスくんのエトワールは此処に居るナチュラさんが造ったの!」
「物造りって大変そう…フラットさんもエトワール造るんですか?」
「コイツは造らん。て言うか、俺が許可してない。まだまだ修行が足らないからな」
「未だに雑用しかやらせてもらえない…!!いつか私だけの工房を持って一日中、エトワール造りに没頭したいわ!!」
「…」
「どうやら着いたみたいだな」
先頭を進むエピックが足を止め最後尾のクリートに向き直る。ハモンの部屋に着いたらしい。実際の作業部屋では無く、食事をしたり睡眠を取ったりするプライベートな部屋に彼は居る。
「ハモン!へそ曲げてないで此処から出ろ!お前がもう一度造らないとフェストは開催出来ない。分かってるのか?」
「何度言われたって俺の答えは同じだ。犯人捕らえるまで動かねぇ」
(……犯人なら目星はついてる)
「何時まで閉じ籠もってるつもりですか!?奥の手だって用意してるんですからね!!」
「お前らが出てけ」
「〜〜!シャープさんの子供!利かん坊!」
「てめ、二度と工房に入れてやんないぞ!」
「!?!くっ…卑怯ですよ」
「てな具合に全く聞く耳持たん俺達じゃ、もうどうしようもない」
「それとエトワールが必要な事に何の関係がある?」
「関係大ありです!!騎士長のような、素晴らしいエトワールを一目見ればきっと機嫌も直してくれる筈です。ほんの少しで良いのでお貸しください…」
「すぐ返せよ」
「ありがとうごさいます!」
「騎士長、礼を言う。ありがとう」
「その騎士長ってのは止めてくれ。今は騎士長でも何でもないただの旅人だ」
部屋の前でクリートとフラットが再三ハモンを説得しようと声を掛ける。確固たる意志で二人の言葉を無視するハモン。彼の気持ちが理解出来るからこそ、扉越しに必死に呼び掛けるクリートと子供同士のような低レベルな喧嘩で真っ向から言い合うフラット。どちらにせよ、意地でも部屋から出ない気だ。
勝手に強奪する予言老婆よかマシだと考えたリオンは仕方無くエトワールをフラットに差し出す。一歩離れて様子を見守る天音とランス、更に離れたところにエピックが居る。エピックは何時でも扉を蹴破る準備は出来てるようだ。
「せーっの」
「!」
「驚きました?旅人が持っていたエトワールです。良く見たかったら扉を開けて出てきてください」
(今のは刀か?…鞘から抜いた長さから察するに恐らくは打刀タイプ。それだけじゃねぇ…。カラットの音が聞こえた…)
「ほぉー。確かにこりゃ凄い。フラット、俺にも見せてくれ」
「どうぞ!」
「無駄が無い完璧なエトワールだ。…っ!?コイツは"バジル先生"の作品…か?」
「なにっ!?」
「シャープさんが出てきた…」
「貸せッ!」
「あ!」
「取られちゃったよ」
「…俺のだぞ」
「リオン、ドンマイ!」
「ランス…面白がってるだろ」
「うん。面白い」
リオンからエトワールを受け取るとフラットは扉の前で構え、横一文字に抜刀した。雑に抜いたように感じるが見る人が見れば、エトワールの刀身を微塵も傷付けぬようにと配慮した抜き方だ。
部屋に籠もるハモンは扉越しにエトワールの形、長さ、そして音を感じ打刀タイプだと断定した。伊達にエトワール技巧師名乗っていない。隣に立つクリートが興味半分に覗き込み、フラットからエトワールを受け取る。
受け取った、までは良かったがエトワールの刀身を暫く見つめた後静かに"先生"の名を呟く。瞬間、ハモンが扉を開けエトワールを強引に奪い何事も無かったかのように扉を閉めて再び部屋に籠もった。
少々気の毒なリオンを面白がるランス。同期ならではの距離感だ。元々騎士団に居た頃から二人の間には割と交流が合ったので気まずい空気を抜け出せば、何て事は無い。
「…」
「ナチュラさんもシャープさんも良く話してましたよね。エトワール技巧師の中でも先生に敵う人は居ないって…」
「フラットは会った事無かったよな。バジル先生は出来の良い作品には決まって自身の名を体現する文様を焼入れた」
「騎士長がバジル先生の作品を…」
「知らなかったよ。リオンがバジルさんにエトワール造ってもらってたなんて」
「あのエトワールは親父からの貰いモンだバジルって人は全く知らん」
「じゃあ父親が知り合いだったんだ」
「そうなるな。シルヴァの口からは聞いた事ねぇけど」
クリートとハモンの二人が先生と崇める人物、フラットは実際に会った事は無いにしても技術の高さは聞き及んでいる。彼女は先生の文様を見た事がなく、先生の作品だと知らずにリオンのエトワールに目を付けたのだ。修行の賜物と言えよう。
そしてランスもまた先生の事を人伝で聞いた程度なので騎士団に居た頃に、バジルの作品だと分からなくとも無理は無い。義父かはたまた実父かバジル先生の知り合いは何方なのか、現在の持ち主であるリオンは露程の興味も無い。
「護身用武器も奥が深いなぁ…」
「「「!!」」」
「ひっ!なっに…、?……みんなしてそんな睨んで。何か悪い事言った私…?」
「その様子だと騎士長…いえ、リオンも分かってませんね!?宝の持ち腐れじゃないですか!」
「仕方ないよ。エトワールの真の力を知る人間は少数だ。ハモン説明してやれ。どうせ燻ってんだろ」
「…しょうがない俺が説明してやる。心して聴け宝の持ち腐れ野郎。部屋に入れ!」
「シャープさんがまた出てきた…」
「……」
何気なく呟いた言葉がリオン以外の全員の心を動かした。悪い方向に。無論、天音に悪気は無い。皆々の目付きに怯えリオンの背に隠れる彼女の反応は当たり前だがスコアリーズと言う特殊な街、エトワール使い、エトワール技巧師の前と言う条件が重なった結果だ。何故、彼等が目角を立てたのかは直ぐに判明する。
聞き捨てならないとばかりにハモンが扉を開け中へ誘う。
無言で回れ右して帰宅するエピック。最低限の任務は達成したので自分は不要だと判断した。最後まで無言を貫き通した彼は口には出さないが、エトワールについての誤解が解けるのを密かに願っていた。
―――
「エトワールとは護身用武器の事。……一般的にはそう云われている。然し、実のところエトワールは法術に与される必殺技だ」
部屋に招き入れるなり開口一番、ハモンは真顔でエトワールについて一言説明した。最後尾のランスは部屋に入る前に立ち止まり姿の見えないエピックを探しに辺りを見渡し遠目で遠ざかる人影を見つけ、変わらないなと彼を見送り扉を閉めた。
「順を追って説明する前に一つ尋ねる…リオン、エトワールの手入れはしてるか?」
「フッ目の付け所は一緒か。俺も気になっていた」
「手入れ?そーいや最近はしてねぇな」
「僕があげた手入れ布何処やったんだ?」
「失くした」
エトワールは実体化している武器なので当然手入れは必要だ。専用の布を用いて手入れをするのだが百年前の戦争でランスから貰った手入れ布をリオンは失くしてしまっていた。
布切れに気を回せるほど落ち着いた生活が今まで出来なかったのだから多少は勘弁してほしい。詮索するなと言った手前、説明するのも面倒だ。
「定期的に手入れしないとエトワールは使いモンにならなくなる。ランスお前が持ってる布貸しな。手入れするから」
「はー…い。…ん?」
(あれ??やばっ忘れてきた…!?)
「?…まさか持ってきてないなんて、初歩的なミスして無いよなランス?」
「あれー??ハハハッ持ってきた筈…イタタ、クリートさん…やめ、…」
「若造!エトワール使いは手入れ布を、肌見離さず持っとけとあれほど…!!言っただろう?!」
「うえ…スミマセン」
「私の出番ですね!?こんなこともあろうかと実は忍ばせてました、雑用たるもの常日頃備えあれば憂いなし…です!」
「なんか混じってないか?」
「フラット今回は褒めてやる。流石雑用だ」
「あんまり褒められてる気がしないです…」
「手入れしとくから説明宜しくな」
「言われなくとも」
「ん…」
(返してほしそうに見てる…ちょっとカワイイかも…)
仕方ないと妥協したクリートがランスの持つ手入れ布を一時的に貸すように話し、彼も同意したが肝心の手入れ布を忘れたか、紛失したかしてしまった。そんな筈は無いと身体中探しまくるが全然見つからない。ランスのエトワールを手掛けたのはクリートだ。布を持ち合わせていない彼の頭をグリグリして、灸を据える。
待ってましたと言わんばかりの勢いで手入れ布を懐から取り出すフラット。雑用の立場を活かしたフラットに素直に褒めるクリートとハモンだが彼女が何故持ち歩いているのかの本当の意味を知る事は無かった。
「嬢ちゃん、後ろの棚から適当な武器出して真ん中に置いてみ」
「はいっ。どれにしようかな…?うーん……じゃあコレで!」
「良いの選んだな。杖タイプだ」
「他のは刃が剥き出しだったので…」
ソプラの部屋よりも整頓されており、棚の中にも隙間なく大小、様々な物が仕舞われていた。幾らプライベートな部屋と言っても日常からエトワールの事ばかり考えていれば必然的に部屋中専用の道具類で埋め尽くされる。
天音の直ぐ後ろには丁寧に区分けされた小物サイズのエトワールが仕舞われており、彼女は杖タイプのエトワールを選出して机を退かした部屋の真ん中にそっと置いた。ハモンは杖タイプを選んだのを確認してから逆サイドの棚に仕舞われている類似したエトワールを取り出し隣に並べた。
然し、コレらのエトワールはまだ説明には使わない。
「『護身用に御用心。侮るなかれ、御容赦致しません』バジル先生っていう俺とクリートにエトワールの造り方を教えた先生の言葉だ。エトワールは神話時代から存在している…。神話戦争にも導入され、爆発的な力を有した。
…が然し今や護身用と呼ばれるまでに成り下がってる何故だか分かるか?」
「!」
「フラット…お前は答えなくていい」
「造り手が居ないからとか、か?」
「そう。単純だろ」
「ちぇ、私が答えたかったです」
リオンがハモンに答えを促す問い掛けをした瞬間、フラットはサッと挙手した。無言でも溢れる答えたい欲を無視してリオンは単純な答えを導き出した。答えを言えずフラットは両手指をちょんちょんと合わせ不満げに沈む。
「元々の数も少なかったが
「カラット!知ってます。綺麗な色しててアクセサリーにも使われてますよね!私も持ってます」
エトワールとカラットは切っても切れぬ関係にある。神話時代から代々絶やさず受け継がれてきた製造技術は、度々起こる戦争により今や貴重技術となってしまった。深刻な後継不足に直面したエトワール技巧師達、造り方にも原因はあるようだ。
カラット、と聞き覚えのある単語に真っ先に反応したのは天音だった。装飾品にも好まれて使われており、天音のポーチにも仕舞ってあるカラットは彼女にとって身近な鉱石だ。ハモンは相槌を打ち言葉を続ける。
「カラットをそのまま使うタイプと加工して使うタイプがある。…そのまま使うタイプは護身用武器と呼ばれ、加工して使うタイプは必殺技"エトワール式法術"を繰り出す強烈な武器になる。嬢ちゃんが置いたコレが護身用で俺が置いたやつは必殺武器。ランス使ってみろ。名はテイク」
「了解!〈エトワール式法術 テイク〉」
「っ!すご…」
「エトワール使いってのは、エトワール式法術を扱う奴の事を指すのか…なるほどな」
「まだまだこんなモンで満足してもらっちゃ困るぜ!ココにあるのは試作品だから威力は無いに等しい…。少し話が逸れた戻すぞ」
(話を逸したのはハモンだ)
天音が床に置いたエトワールを指差し、説明する。自分で置いた杖タイプのエトワールはランスに向かって投げ背後にあるクッションを構え、指示を出す。意図を察したランスはエトワール式法術を発動させ、クッションに的中させる。幾ら威力の低い試作品だからといっても狙った場所に的中させる能力は、その人次第。つまりランスの今までの修練があってこそ成せる技だ。
説明にも力が篭もり始め、ノリに乗り始めるハモン。エトワール式法術を見つめるキラキラとした眼差しは物造りにのめり込む少年を彷彿とさせた。自前のクッションから綿が飛び出し使い物にならなくなってもお構いなしにランスからエトワールを受け取り丁寧に仕舞う。手入れ布でエトワールを磨くクリートに心の中で突っ込まれても気にしないのが漢、ハモン。
「護身用の方が流通してる理由はただ一つ。必殺武器には命懸けの"モード"を行う必要があるからだ!カラットの加工までは誰でも出来る。最高難易度はその先」
(誰でも出来る…ねぇ。よく言うわ)
「…ごくり」
「加工したカラットを己のアストエネルギーでエトワールに注ぎ込む過程を特別モードと呼ぶ。さっきの試作品は十秒程度のモードだが、時間が長ければ長いほど威力は増すッ!エトワールの最高レベル、
「ちなみにランスのは半日掛かってる」
「本っ当に感謝してます…。技巧師の方には頭が上がらない」
「ハハッ良い心掛けだ。他の戦士達もランスを見習って頭下げりゃ良いのに、無理な注文ばっか寄越す」
「でも、アストエネルギーが切れたら眠くなるのにどうやって…?」
「アストエネルギーってね、完全に切れる前に強制的に睡眠によって回復させてるんだけど技巧師はそれに抗って寝ずに注ぐの。無理矢理ね…。アスト量は生まれ付き決まってる。修行を積んで増やせない事も無いけど、大抵は決められた量でやっていかなければならない。モードの過程が難し過ぎて跡を継ぐ人が少なくなってしまったのが今の現状。だってモードでヘマすると最悪生死に関わるし。馬鹿でしょ?それが私達エトワール技巧師」
エトワール技巧師が後継不足に陥った最大の原因は加工したカラットを扱う過程、モードにある。加工方法も難易度が高く、技巧師を目指す人達に訪れる最初の挫折ポイントだ。クリートやハモンはカラット加工に至っては簡単に成功させてしまうので、少々語弊が生まれフラットはバレない程度に溜息を付く。
文字通り命懸けのモードは最高難易度に位置され、失敗すれば生死に関わるほど重大だが何処か楽しそうに弧を描くハモンとクリート。二人は間違い無く、少年の心を今でも持っている物造りが大好きな大人だ。二人のような人間が大勢居れば後継問題も皆無だが現実は当然違う。モードに挫折した人間達が一般的な護身用武器を開発してしまったばかりに益々、後継不足に悩ませられる羽目になった
造り手が少数と言う事は使い手も少数と言う事。故にエトワール使いも貴重なのだ。
「生死に!?…そんな大変なエトワールを護身用って言ってしまってごめんなさい…」
「全然良いわよ!気にしないで。ずっと気にしてるシャープさんは子供なだけだから!」
「おい…聞こえてるぞ」
「私は聞こえてませーん!それに護身用にも大切な役割がある。戦えない人の命を守る砦って言う大切な役割がね」
態とらしく耳を塞ぎ、ハモンから目を逸らすフラットは天音が自分の失言を引き摺らないようにウィンクして彼女のフォローをする。エトワールの事しか目に入らない男共には成せない技である。
「…!」
「リオンが考え事?珍しい…嵐が来たりして、わっ!危ないなぁ」
「俺だって考えるときは考えるぞ」
「で何考えてたの?」
「此処に来る前にエトワールを狙って来た奴がいたんだがあれはそう言う事か。スコアリーズを狙ってたのにも合点がいく」
「「「……」」」
「?」
「狙ってた…て?」
「言ってなかったか?」
「言ってないよ!?そう言う事はもっと早く話して!だから君は考え事に向かないんだ」
「わ…悪い」
「じゃ、じゃあエトワールを狙う人が此処に来るかも知れないって事!?」
昔のリオンを知るランスが珍しいと呟くのも無理は無い。リオンだって、思考能力は持ち合わせているが知的タイプと問われれば彼を知る人間なら首を横に振るだろう。ランスの無視し難い言葉に思わず拳が出るリオン。一連の行動が全てを物語ってるのは言うまでも無い。
気分屋のスタファノが皆に話す筈もなく、エトワールを狙う仇者についてほぼ説明無しだったリオンはランスに叱られる。当然だ。技巧師達も空笑いが張り付いていた。天音に至っては顔面蒼白でリオンの服を引っ張る。
「そうかもな…」
「何人?一人?二人?!」
「襲ってきたのは一人だったがあの女、仲間が居るっぽい様子を見せてた。二人以上は確実に居るな」
「僕、エピックさん達に知らせてきます!」
「待て。妙だとは思わんか?タイミングが良過ぎる」
「!フェストの延期でゴタゴタしてるときを狙って来た…?」
「その推理だと延期させたのも敵の策略って事になりません!?」
スコアリーズに危機が迫っているとあらば、絶賛犯人探し中の戦士達に早急に知らせなくてはならない。部屋の扉を開けかけたランスを止めたのはエトワールの手入れを終わらせ、顎に手を置き考え込むクリートだった。彼の推測も一理あるとして可能性を付け加えるランスと戸惑いを隠し切れないフラット。
「……俺の造ったエトワール壊したのも予定の内だって、そう言いてぇのか?!」
「そうなりますね!」
「可能性があるって話だ。落ち着け」
「と、兎に角この事知らせてきます!!」
「リュウシンとティアナにも知らせた方が良くない?丁度頭主さんのところに居るし」
「そーだな」
「頭主様!?」
「ランス」
「分かってるって、詮索するなでしょ」
「ああ」
「騎士長辞めても大変そうだね」
フェスト用のエトワールを破壊したのも敵の計画の一部だった場合が脳内に過ぎりハモンは怒りを顕にする。此方は隠す気が全くない怒りのオーラがビリビリと伝わってくる。エトワールの製造方法を聞いた今、彼の怒りも理解に至る。
クリートに止められていたランスが扉を完全に開け放ち飛び出そうとするも頭主との単語が聞こえ、またしても足を止めた。リオンは兎も角として、一介の旅人がそう易易と頭主様に会えるとは思えない。
「…でもリオンばっかり隠し事は面白く無いな。良い考え思い付いた」
「こんなときに何だ?」
「頭主邸の手前まで勝負して勝った方が秘密を一つ暴露するってのはどう?負けたくないならこの勝負受けなくても良いけど?」
「なっ…!俺が勝つに決まってんだろ!」
(単純だな…)
「じゃあ早速ヨーイドン!」
「待ちやがれッ!」
事情を全て知っている訳では無いし、リオンは自分から事情を話す事も無いだろうが物事に対しての察知力はランスの方が高い。彼なりの勝負と言う名の気遣いをする。煽り性能はやや低めだが、リオンには取り敢えず効果ありなようだ。普段のリオンなら気遣いに気付いた可能性もあるが勝負と聞いて、浅はかな少年のように釣られていた。此れには釣った本人も思わず単純、と零す。
「えっ…待っ……」
「あんなにエトワール返してほしそうだったのに持たずに出てったよ。天音さんだったかな代わりに届けてやってね手入れ布も一緒に」
「あ、はい…」
「天音ちゃん!ああいうタイプの男ってのは彼女を放ったらかしにしがちだから振り向いてほしい時はビシッと手綱を引くのよ!」
「手綱を…!……ん?私別に彼女じゃ…!」
「あら、そう?まぁ彼女じゃなくても手綱は握らないとね!その内いてほしい時に居ないなんて事に…なったりして」
「いてほしい時って…」
「ふふーん」
「〜〜っからかってます!?」
((早く行け))
当然一緒に頭主邸に向かうものだと思っていた天音を無視してリオンは駆け出す。目の前を突っ切っていった風を浴びながら、天音は伸ばした手を持て余していた。手入れ布と共にエトワールを受け取り一人で向かおうとトボトボ扉の方向へ歩いていたら、真横からフラットが人差し指を立てお節介アドバイスをする。
突然始まった女子トークについていけず、居心地悪いオジサン二名は心の中で即刻の退出を望み、明後日の方を向く。
――――――
「シャープさん機嫌直りました?」
「直ってなくても造り始めろよ?」
「…造る前に謝らなきゃならねぇ奴が居る。フラット、工房からありったけのカラット集めて来てくれ。量は言わなくとも分かるな?足りなかったらクリートの工房からでも良い」
「分かりました!」
リオン達が去った後、技巧師二人と弟子一人が残っていた。日は落ち始め赤らむ光が部屋全体を照らす。
ハモンの機嫌は結果から言えば直っていないのだが、気持ちを切り替えたらしくフラットに指示を出した。複雑な胸の内は何もハモンに限った事もなく、クリートも胸中に苦い思いを抱いていた。
「クリート…まだ居たのか」
「出て行くよ直ぐに。一言ハモンに言っておこうと思って」
「?」
「俺は悔しかった。同じようにバジル先生に育ててもらって、同じように腕を磨いてきたが今回のフェストで使うエトワールの造り手に選ばれたのはお前だった」
「!それは頭主様が決めた事だ。今更…」
「だから、悔しい。だから、ハモンには最高のエトワールを造ってほしい。次のフェストは俺が造る。絶対な!」
「クリート……くくっ望むところだ!!」
――――――
―――
オマケ
「…」
工房を出て帰宅途中、エピックは落とし物を発見した。拾う前から察していたがこのまま砂まみれになるのも如何なものかと思い至り、ランス用の手入れ布を拾う。
一度、工房を振り返り戻ろうとも考えたが帰りたい欲に負け、砂を払い落として再び地面に戻す。風で飛ばされないように小石を乗せ無言で去って行った。
心無しか、しょんぼりとしていた。
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