第31話 撚り子の夢
寄る辺無き者の夢騙る拠り所にて。
――――――
NO Side
フェスト。
古雅な街、スコアリーズ切っての大規模な催事でありフェストの前後は街全体が普段以上に雅楽音で溢れ愉快に浮足立つ。皆の目的はフェスト一番の目玉である吟剣詩舞の宴。老若男女問わず吸い寄せられる様に街の中心部に聳え立つ開放的な空間、円形舞台の前に集まる。舞台には二人の舞子が剣と扇を持ち優雅に、力強く、吟詠に合わせて舞う。
フェストの規模は日を追うごとに拡大し、今ではスコアリーズの住人だけでなく王都や地方からも大勢の人間がやって来る。街の様子を綴った文献によれば神話時代には既にフェストの様な催事の土台が完成していたと云う。
―――――― ――――――
「自由に座ってください。散らばっていますがお気になさらず」
「どうして俺達に話す?」
「意味なんて無い。敢えて言うなら暇潰しかな?時間が来るまで暇なんだ」
案内された部屋は小ぢんまりとした落ち着く一室。資料や巻物、何かの道具類など無防備に散らばった物を適当に片し足場を確保する先程まで見えていなかった床の青緑の矢羽根模様が現れ、天音は床に注目していた。
物量の割には家具は殆ど無く、真ん中に机が一つと奥に四段箪笥が設置されているのみでソプラは案外ミニマリストなのかも知れない。
箪笥の上に置かれた伏せられた写真立ては、長らく掃除をしていないのか微かに埃が溜まっていた。
「ソプラ・リーズ。それが僕の名だ」
「リーズって…」
「そう。この街、スコアリーズの由緒あるリーズ一族の名を継ぐ頭主の子どもが僕。子どもと言っても"撚り子"だけど」
「撚り子?」
「撚り子は孤児みたいな意味、スコアリーズ独特の言葉…僕の他に同じく養子で撚り子の妹と後、さっき会ったアカメも撚り子だよ」
「裏事情知ってても可笑しくない訳だ」
「あとで頭主さんに怒られない?勝手に話しちゃって」
「バレなきゃ問題無いよ。アカメは基本的にフォルテ…フェストの舞子の内の一人ね。彼以外には口が堅いしフォルテも今は部屋から出て来ないし大丈夫」
彼の名前はソプラ・リーズ。"リーズ"の単語に真っ先に反応したのはリュウシンで、ソプラは自らの地位について軽く説明を入れた。スコアリーズの長は頭主と呼ばれており、彼は頭主の養子兼撚り子と語る。
「話してくれ」
「…事件が起こったのはフェストの前日、関係者はフェストの準備で大忙しだった。僕もやる事があったから意識がそちらの方に向いて無かった…間もなく有り得ない事態が起こる、
起こってしまったんだ。フェストには吟剣詩舞の宴って言う舞台の舞いがあって打刀タイプと檜扇タイプのエトワールを用いる。その内の打刀タイプのエトワールが何者かによって壊されたんだ。今日まで然るべき場所で保管されている筈だった…何者かが侵入した形跡が残っていたが特定には至らず。
表沙汰には出来ない話だ。頭主様上層の人間は丁度良く怪我をした舞子を理由に延期を公表した。…これが真実の裏事情」
「話してくれてありがと、礼を言うよ」
「暇潰しにお礼は要らない。僕の知る限りではフェストが延期されたのはただの一度も無かった」
「保管場所を知ってんのは?」
「数人しか知らないと思う。僕も知らないから…でも、大戦後にスコアリーズを離れた吟遊詩人が情報の横流しを行った可能性もゼロじゃない。彼女なら保管場所ぐらい知ってるだろうし…」
起こってはならぬ有り得ない事態を真剣に、けれど他人事のように話すソプラ。前髪が邪魔で表情が読みづらい上に淡々と感情を付けずに一連の出来事を話すものだから他人事のようだと感じた。まるで与えられた台本を読み進めるだけの大根役者のようだ。
暇潰しにしては街の秘匿情報を話し過ぎだと誰もが思うが知りたがっていた情報を知れて有り難い気持ちも存在する。素直にお礼を伝え、一息つく。間髪入れずに追質問を投げ掛けるリオンは貪欲に全てを知ろうとしていた。
「ソイツ、深緑色の短髪でエトワール使ってたか?」
「え?…髪は黄色の長髪だと聞いてる」
「此処へ来る前に襲いかかった人…?」
「そんなとこだ」
「……リオン達が無事で良かったけど…」
「?」
「エトワールと言えば彼も…リオンと言ったかな?持ってますよね。見たところフェスト用と同じ打刀タイプのようだ。何処でソレを?」
「親父からの貰いモンだ」
「騎士長時代も持ってたよね」
「騎士長?」
「あ」
「知らなかったのか?リオンは元騎士長で、天音は王…」
「ティアナ、ストップ!!」
「ムッ…リュウシンなに、を!?」
「失言した僕も悪いけどさぁ!ティアナまで続く事無いから…!!」
「オウ…?」
「ははっ…気にしないでください」
「うんうん!何でも無いんです!!私が王族なんてそんな事無いです!」
「オイこら」
「あ!」
リオンには一つ心当たりがあった。スコアリーズへ着く前にエトワールを狙い、急襲した人物だ。然し、彼の心当たりも意味を成す事無く別人であると判明した。会話を続けるリオンに対し、何か言いたげな天音は俯きがちに呟くが隣に座るリオンには言葉が途中で途切れ最後まで伝わらなかった。
話題をエトワールに移す。ソプラが興味本位で出処を訊けば、何故かリュウシンが口走り失言をする。続いてティアナが失言に気付かず有ろう事か天音の正体までも言いかけて、リュウシンに口を塞がれる。ギリギリ正体がバレずに安心した天音が最後の最後でポロッと自ら墓穴を掘った。真面目な空気も形無しだ。
「…王族は聞かなかった事にしておくよ。それにしても騎士長リオンが生きていたとは戦士の一人がよく話していたらしい、騎士長のエトワールについて」
「戦士?」
「スコアリーズのエトワール使いです。いつかスコアリーズに招待したいと言っていた」
「そんな知り合い居たか…?」
「名前は確か…」
「ソプラ!」
「!ルルトア、…」
「やっほ〜〜みんな〜〜!」
「その子は?」
「ルルトアちゃん、お姫様だよ〜」
「私と一緒だ〜」
「天音…」
「はっ…。一緒、じゃない…!!」
「怪我をした舞子ってのは彼女か?」
「そうです。僕の妹でもあります」
「…」
スコアリーズのエトワール使い、と聞いただけではイマイチ反応が薄いリオン。昔の知り合いは余程印象深い出来事が無い限りパッと思い出せる物では無い。詳細を尋ねる前に部屋の外、つまりは縁側に二人組が現れた。一人は華奢な女の子で、もう一人は良く知る頭のネジがゆるゆるの人物。
ルルトアと呼ばれた少女はソプラと同様に紫色の髪と瞳の持ち主で少女らしい無垢な顔立ちであった。お姫様と聞き親近感を覚えた天音は、またもや失言する。幸いにもソプラはルルトアに注目しており天音の言葉は聞かれずに済んだ。
「ソプラどうして…旅人に裏事情なんか」
「暇潰しだよ。ただの旅人って訳でも無い人達だ。お陰で暇を潰せた」
「…可笑しい。ソプラ少し前から様子が変だよ…」
「ルルトア、僕の家には入るな」
「っ誰も気付いてないけど…性格変わった?昔はもっと優しかった」
「何も変わってない。僕は今も昔も変わらずに夢を追ってる。あと少しで夢が叶うんだ」
「…ゆめ……」
遠縁通しの家族と言っても、血の繋がりは互いに感じず最近の二人は多忙を理由に距離を置いて暮らしていた。離れていても義兄の変化には気付く。仮にも二人は兄妹なのだ。屈託ない笑みもルルトアから見れば可笑しな仮面。剥ぎ取れば二度と顔を見せなくなりそうで、深くは追及出来ず言葉を失った。
「スタファノ!怪我してない?」
「してないよ〜何時も通り元気いっぱいの皆のスタファノだよ」
「怪我したら言ってね。包帯の巻き方は教わったから!」
「天音ちゃん頼もし〜」
「どこまで聞いてた」
「んー?皆が座り始めたところから」
「つまり全部ね」
(騎士団の中で誰か…スコアリーズ出身の奴が居た気がする誰だ?思い出せん)
再会して直ぐ怪我を確認する天音。彼女を心配性にしたのは周りの四人だが、真実を知る術は無い。彼女自身も知られざる変化だから。ちゃっかり全ての会話を聞いてから現れるスタファノに相変わらず美味しい所を持っていかれる一同だった。
――――――
アカメSide
「失礼します」
「アカメ…?」
「食事の用意、出来ました」
「アカメが作ったのか」
「誰かさんが食事も摂らないで寝込んでいると連絡を受けた。体調はどうだフォルテ?」
「ご覧の有様さ。食事も喉を通らない」
頭主の住む一定の敷地より更に最奥に、彼は居た。スコアリーズで最も安全な場所に一人で住み日々稽古に励む彼の名前はフォルテ・リッツ。ルルトアと対を成す舞子であり、彼は剣舞担当だ。例の事件後、フォルテは体調を崩し寝込んでいた。アカメの呼び声に気付き漸く、のそっと起き上がると次々と食事が置かれる机の前に足を運んだ。
「体調不良は精神面のようだ」
「嘲笑ってくれ、…場数は踏んできたつもりだった。…メンタルだって鍛えてきたつもりだった。なのに舞台で振るう筈だった粉々に砕けたエトワールを手にした時、俺の中でも何かが砕けてしまった…。当たり前に立てると思っていた舞台が突然消えてどうしていいか解らなくなったよ」
「新しくエトワールを造り直せばフェストは開催される可能性もあるが…」
「どうだろう…。犯人も見つからないままに開催するとは到底思えない」
「開催しても舞子がコレでは盛り上がりに欠けるな。いっその事、中止も有り得る」
「中止になってしまったら……それこそ俺は二度と立ち直れなくなるだろう。フェストの舞子が夢だったのに情けないよ。…アカメは夢とかある?」
「特には…。強いて言うなら故郷を知りたいぐらいかな。昔の記憶は戻らなくとも生まれ育った故郷を知りたいと思うのは当然だ」
「もし、故郷を知ったら此処を出てく?」
「それは分からない。…が此処での暮らしには十分満足している。出て行かないよ」
「良かった。君まで居なくなったらと弱気になってしまったよ」
フォルテには夢があった。順風満帆だったなら今頃、フェストは開催され夕刻の舞台準備の為に最後の調整をしていた事だろう。舞台に立つ事が彼の夢であり誉れだった。当たり前に開催されるものだと信じて疑わなかった。
報告を受けて、粉々に砕けたエトワールを見た瞬間、夢が砕かれる音が脳内に反響した。長年見続けた夢は何者かの仕業により潰えた。
気力を失ったフォルテを見て、アカメはフェストに人生を懸ける人間を垣間見た。アカメにとっては流れ着いた街の行事事程度の認識だったが特定の人間にとっては特別な一日なのだと認識を改めた。
「父親とは離れて暮らしているのだったな」
「嗚呼。何だかアカメを見ていると遠くに行ってしまった父の面影を感じる不思議だ」
「私が父親か…。何もかも忘れるような私が父親だと子が可哀想だ」
「……アカメ、街の様子はどうだった?」
「予想以上に混乱が広がっていた…。誰から知りたい?」
「じゃあ頭主様からで」
「頭主様方、上層はフェストの延期に伴う対処に追われているらしい。今も寝ずに話し合いを続けている筈だ」
「大変だな。俺も協力しないといけないのに身体が動かない。初めてなんだ稽古を休んだのは。初めて離れの稽古場に目を背けた…」
「素直に休息を取る事を薦める」
「…休み方が分からない」
「出掛けたり寝たりするのが休み。食事を終えたら出掛けてみては?」
「何を言われるか分からないのに出掛けられないよ」
「なら稽古着を脱いで寛ぐのはどうだ?」
「稽古着…普段の癖でこの服だけは目覚めと同時に着てしまったんだ。休み方は考えとくから続けてくれ」
仕事の関係上、遠方で暮らす父親を懐かしむフォルテ。彼の年齢はルルトアと然程変わらず親に甘えても良い時期だ。されどフォルテは只管稽古を続けていた。フェストには父親も見に来る予定だったが延期となった今、父親は何処で何をしているのか。
物心付いた時から舞子を目指し、努力を怠らなかった。故に休暇らしい休暇を体験した事が無く意外なところで不器用さを発揮した。寝込んでいても稽古着だけは手放さずに着用する辺り彼の中で情熱はまだ消えていない。
「戦士達は犯人探しに夢中、…と言うか依頼した時には既に動き出していたと話していたよ。内部の人間か、外部の人間か、おおよその目星はついてるかもな」
「犯人…外部の人間であってほしい。もしも知り合いが犯人だとしたら、どんな顔して相手を見ればいいものか…」
「エトワール技巧師の内、此度のフェスト用を造ったハモンさんはフォルテと同じように部屋に籠もっていると聞いた」
「だろうね。俺なんかより、よっぽど悔しいはず…。命懸けで造り出したエトワールが壊されて。犯人が見つかってもハモンさんには近付けさせないように気を付けないと」
「あれは犯人を殺しかねない形相だ。だが、クリートさんとフラットさんは何やら隠れて画策中の様子だった。彼が機嫌を直して新たにエトワールを造らなければフェストは開催出来ない。計画が裏目に出なければ良いが」
「…完全なエトワールを造るには、それなりに時間を要す。計画の成功を祈ろう」
稲荷寿司をパクリと一口で頬張り、湯呑みを傾け新緑の香り立つ御茶を飲み切ると言葉を続けた。戦士等は言われるまでもなく、自ら率先して犯人探しをしていたが特定までには数日時間を要すだろうとアカメは見通していた。
食事もままならなかったフォルテはアカメと話す内に徐々に気力が戻り、少量ではあるものの目の前の食事に手を付け始めた。生気付くフォルテを微笑ましく見守るアカメは空になった彼の湯呑みに御茶を注いだ。
「あの子は…ルルトアはどんな様子だった?」
「相当堪えていた…。無理もない、表向きの理由にルルトアさんは利用されたのだから」
「昔から何かある度俯いてしまう子だった。周りの人間からの誹謗中傷は半端じゃない。とても耐えられるような子とは思えない…。ルルトア、…」
「お、伝え忘れていた。実は今ソプラさんが旅人さん達に裏を話しているところだ」
「え?…最近会ってないな彼とは。一体何をしようとしてるのか…」
「さあ?」
食事の手を止め、覚悟を決めたフォルテは遂にルルトアの様子を訊く。彼にとってルルトアは特別な女性だった。恋愛感情云々の話ではなく、舞台において自分の対となるルルトアは分身の様な、鏡写しの様な複雑に絡み合った仲なのだ。心配しない訳が無かった。
フォルテの心配を余所目にアカメはたった今思い起こした記憶を告げる。お互いが秘事をしない間柄故に、重大事項であろうと何でも話してしまう。良くない事だが今更忠告したところでもう遅い。
「旅人さんってフェストを見に来た人?」
「のようだ。四人か五人くらいの男女だった賑やかな人達だよ。エトワールを持ってる人も居たな…打刀タイプの」
「凄い偶然だ。誰が造った物だろうなぁ」
「少なくとも、フェスト用のエトワールと比べても見劣りはしなかった」
「見たいような見たくないような…。…ん?アカメどうかした ?」
「いや…あの焼印は…」
「アカメ?」
「旅人さんの中に紅葉の焼印をしてる子がいたような気が……」
「!?見間違いじゃないのか…似てるだけの別物とか」
「…間違い無い、同じだ。私の記憶を信じるのならば、の話になるが」
話は街の様子から旅人に変わる。打刀タイプのエトワールと聞けばフォルテは如何なる造形かを想像する。フェスト用のエトワールが破壊された事が、彼の心を蝕むトラウマにならずに済みそうで一先ずは安心するアカメ。
ホッと息付いたのも束の間、己の脆弱な記憶力が旅人の内の一人に焦点を当てた。ほんの小さな欠片とて、見逃せぬ程に彼は人間観察が上手くなっていた。
「ルルトアと同じ焼印を持つ旅人…」
――――――
「どう言う事か説明しろっ!!」
「っ!」
突如として、脇目も振らず縁側に直行するティアナ。裸足のままルルトアに近寄り、強引に腕を掴むと彼女に問いただす。ティアナの迫力と腕の痛みで多少姿勢が崩れるが何とか踏ん張り転倒を回避する。
「ティアナ急にどうしたの?」
「…嫉妬?」
「違う!!」
「腕の焼印…」
「!同じだ」
「何故あたしと同じ焼印をしてる!?」
「それは…」
「まさか、あんたも刻まれたのか?あの大男に!!」
「"あんたも"って…私の他にも両親を目の前で殺された人が居たなんて」
「あたしの場合は母親が殺された。父親は家に居なかったから目の前では殺されていない。…」
「私は…両親を殺されて、…そう、大きな人だった。私の身長の何倍も大きくて……怖くて何も出来なかった。…左腕に紅葉の焼印を刻まれても両親の亡骸に縋るしかなくて…」
「…っ」
ティアナが逸早く気付いたのは、彼女が一番良く知る焼印だったから。思わず腕を強めに掴んでしまうのは、幼心の感情がフラッシュバックしたから。悪気などあろう筈もない。
ぽつりぽつりと経緯を話し出したルルトアの瞳から透明な雫が零れ落ちる。過去の出来事に釣られた感情が呼吸を乱れさせ、視界を暗闇のドン底に落とす。"同じ思い"をしたルルトアの乱れた呼吸にティアナは掴む手を緩めた。彼女の瞳も大きく揺らぐが俯いていた為、側に居たスタファノ以外は見えていない。
「二人ともよしよし」
「うぅ…」
「…」
「頑張ったね〜もう大丈夫だよ。オレがついてる」
「ありが、…とうごさ、……」
「…スタファノ」
「な〜に?ティアナちゃん」
「邪魔だ」
「んえ?、ぎゃっ!?」
「?!」
「あたしは母さんの仇を取る。必ずだ。親殺しの大男を探してこの手で葬る!」
「探すって宛は?!この国に居るのかも分からないのに…」
「居る。この国の何処かに居るのは分かってる!宛なんかじゃない。直勘だ!」
「…勘、か。その仇討ち私の思いも乗せて!そして仇を討っても生きて…ほしい」
「他にも被害に合った人が居るかも知れない…。全員の思い、背負う覚悟だ!…仇討ちの後で生きてる保証は出来ないが出来る限り善処する」
「うん…」
二人の少女を囲むようにして、スタファノは抱き締めた。お得意の甘い声と言葉で優しさを表現し、ティアナに拳で殴られて顎を強打した。スタファノを全力で無視してルルトアに向き合い宣言する。彼女なりの覚悟の現れだ。自分の生死を顧みないティアナだったが宣言を聞いてしまったら周りは仇討ちを否定出来なくなる。
「いたい、…なんで?」
「お疲れ様…」
「ルルトアにそんな過去があったなんて知らなかったよ」
「!…知ってるかと思ってた」
「全然」
「そっか…。ねぇソプラ、…」
「皆さん、フェストまで数日かそれ以上の時間が掛かりそうだけどずっとスコアリーズに留まる予定?」
「ああ。の予定だ」
「それは良かった。僕の家空き部屋が沢山あるんだ。是非使ってよ。勿論、宿代は少し頂くけど」
「それより頭主様ってソプラの親だよな。何処に居る?」
「頭主邸。…会いたいの?」
「出来れば今すぐ。直接訊きてぇ事がある」
「訊きてぇ事、ねぇ…。良いよ。但し条件がある。僕から聞いた内容はくれぐれも秘密にしてほしい」
拳を直に受けたスタファノは顎を擦りながら不貞腐れたように叢に座り込む。不憫な彼を労いに近くに移動するリュウシン。ティアナを口説くには一筋縄ではいかない…。
過去を知らなかったと話すソプラにルルトアは一瞬目を見開き、言葉を失った。何かを言う為に開いた口を一度閉じて別の台詞に置き換え、会話を切ろうとした。が然しルルトアは再び震える唇を開いた。確かめようとソプラの目を見るも彼の目は既にルルトアを映してはいない。
頭主に話す事と言えば例の予言についてだ。地に足がついていない頼りなさそうな印象の息子に伝えても話が進まないだろうと判断しリオンは頭主の居場所を尋ねる。
「分かってる」
「僕も行くよ」
「無論、あたしもだ」
「オレは遠慮しておく…」
「天音?何やってんだ」
「…うん今行く。へへっ」
「早くしろ」
(足痺れたーっ……。正座は危険……)
ソプラの家から各々が移動の準備をする中、天音は正座のまま微動だにしなかった。否、出来なかった。何となくで正座をし話を聞いていたが限界が来たようだ。引き攣った笑みで場を濁らせ、痛みを隠す。見つかればまた呆れられ引かれるに決まっている。
「天音、ゆっくりで良いからね」
「ありがとうリュウシン」
「?」
リュウシンは優しかった。
――――――
「あ」
「…お前は」
?「ふふーん。通りすがりのアカメさんに訊いて良かった!待ち伏せ成功…!!」
玄関を出て直ぐの物陰から不審者が現れる。黒髪ミディアムヘアの女性はリオン、と言うよりはリオンのエトワールに話し掛けニヤリと笑う。先程別れたばかりの女性に見つかり、リオンは不機嫌そうに視線を下げた。
「フラットさん、どうかしました?」
「リーズさんお願いです!彼を少しだけお貸しください」
「どーぞ」
「ではでは遠慮なく…!」
「!」
「そりゃ!とりゃ!」
「エトワールは貸さねぇぞ」
「お待たせ。…あの人は……誰?」
「フラットさんはエトワール技巧師だよ。理由は良く分からないけどリオンに用があるらしい」
「エトワール技巧師…あの人、カルムさんと同じ職業なんだ」
「逃げ足早いわね」
「だから、構ってる暇なんかねぇって」
「いいえ。構ってもらいます!」
フラットはソプラの許可を得るなりいきなりエトワールに向かって手を伸ばし、掴もうと齷齪する。ただの一般女性なので避ける事は容易いが中々に諦めが悪く、しぶとい。
誰も居なくなった部屋でこっそり痺れた足を治し遅れて合流する天音は状況の理解に数秒を要した。遅れては無いがティアナとリュウシンも彼女の正体を知るまでは、状況を理解していなかった。
「じゃあ僕は先に行くから」
「本当に行っちゃった」
「あたしも先行くぞ」
「え?…ティアナも行っちゃった」
?「俺からも頼む。この通りだ」
「ナチュラさん。遅かったですね」
「ちょいと戦士達と話してた」
「どっ…どうでした?」
「いや〜此方の苦労も知らずに言いたい事言われまくったよ。案の定タダ働きを要求された。まぁお前さんの言う通り全部ハモンに擦れば良いか」
「と言う事でスコアリーズの未来の為と思って…お願いします!」
「勝手は承知で頼んます」
フラットの乱入にも動じずソプラは先へ先へと進む。ティアナも関わっていられないとばかりにソプラの後を追う。ティアナ達とリオン達を交互に見つめリュウシンは歩幅が合わないなと感じ引き止める為に上げた行き場の無い右手をだらりと下げた。
リオンの前に現れたのはフラットともう一人黒髪短髪で筋肉質の男性だった。彼は現れるや否や気疲れした様子でフラットに結果を報告し、二人揃ってリオンに頭を下げる。尚も拒み続けるリオンに天音が一言発した。
「困ってるよ?」
「!」
「助けなくて良いの?」
「!!」
「あ〜。…リオン!予言は僕が話すから悩める民の力になってあげなよ。じゃあ!」
「そうです!何の事か意味不明ですが助けてください!!」
「う…」
「私も一緒に行くから助けてあげよ?」
(頭主さんの前だとまた正座しちゃいそうだし…)
「……はぁ今回だけだぞ」
「前も聞いたよソレ!」
天音の言わんとしている事に気付き、サムズアップで勝手に事を進める。人懐っこい笑みで別れを告げると、リオンを置いてソプラとティアナを追い掛けに小走りした。リオンの中身は単純な上に騎士長だったので悩める民を放っておけない性分なのだ。何処かの街で聞いた事のある台詞を吐き、彼が折れる。
―――
「これから何処に行くんですか?」
「ハモン・シャープって言う子供みたいな人の工房。…羨ましい、寧ろ恨めしい」
「恨めしい…?」
「工房前に戦士が待機してる筈だから先に合流しないと」
「戦士は何の為に呼んだんだ?」
「扉をぶっ壊して引き摺り出す為さ」
「ひぇ…」
「安心しな。最後の手段だ」
ハモン・シャープとやらの工房はソプラの家とは距離が遠いが目立つ建物なので遠目からでも一発で分かる。二つ隣接する建物の内、特に外装に拘った造りとなっている建物がハモンの工房。隣は勿論クリート・ナチュラの工房だ。騒然とした街の声は今も収まっておらずルルトアに対する小言もチラホラ聞こえた。
「エピック待たせたな」
「…」
「シャープさんの様子どうでした?」
「変わらず」
「何時まで拗ねてんだか…あの人は」
工房前に待機していた戦士二人と合流する。エピックと呼ばれた男性は淡白に答え、天音とリオンを一瞥すると何も言わずに工房の中へと入って行った。もう一人は槍を背負ったリオンと同年代くらいの男性で、エピックの背後からひょっこり顔を出すとリオンと目が合う。
「あ、リオン…」
「ん、ランス…」
「「は!?!リオン/ランス!!?!」」
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