スコアリーズ編

第29話 朝駆け

 朝ぼらけ小雨降られて、月見えず。

――――――


《少女、舞子。少女は眠らない、少女には成すべき事があるから。舞踊の才を存分に発揮出来る催事に向けて少女は爪先立ちを止めない。研いた舞いに皆が見惚れる。誰が為に少女は眠らない、月明かりの下で今宵も舞い焦がれる。少女は口元に弧を描き、誰よりも高く愛しの十六夜月の側まで飛び立つ》


____ _ ____ _ ____


 予言を受けた翌日、ゼファロを発つ者達が出立の準備を始めていた。


「天音…またね。ワタシはまだ依頼が残ってるから……」

「メリーさんまたね…きっとまた会えるよ依頼頑張ってね!」

「早く行け」

「ふん!」

「仲良くしてよー…」


 天音との別れを惜しむメリーさんは心なしか鈴の音にも元気がないように思えたが、破顔する彼女を見て元気を取り戻したらしい。鈴の音をシャンシャンと奏でる。

 必要以上に天音に近付くメリーさんをリオンは強制的に追い出す。傍から見なくとも険悪ムードは変わらず二人の仲が良好になる事を天音は半ば諦めかけていた。


「ねぇスコアリーズってどんな所なの?」

「"雅楽の街"と言われている」

「音楽かぁ…何だか楽しそうな所だね」

「楽しそう、か。盗賊時代に一度だけ足を踏み入れたが…街中ピリピリとした空気だった。少なくとも楽しそうには該当しないな」


「何時も楽器の音で溢れているような街だったが何か合ったのかもな……予言も気になる」

「…あ、楽器と言えばリュウシンも楽器弾いてたよね。もう一度聴きたかったなぁ」

「へぇ〜、初耳だ。今楽器は何処かに仕舞ってあるのか?」


「それは…」

「俺の方見るな。あれは事故だったんだ」

(壊したんだな恐らくは…)


 リオンとバチバチ睨み合っていたメリーさんが立ち去り、ふと気になっていた疑問を口にした。予言については昨日の就寝前天音にも伝えられたが肝心のスコアリーズなる街の詳細は知らずにいた。


 雅楽の街、昔は至る所から玲瓏たる音色が共鳴し合う街だったが現在はどうやら真逆な様子らしく先行きに一抹の不安を覚え、話題を変える。


「それより、スタファノは分かるがリュウシンは何処に行った?」

「すぐ戻ると言った切りだ」

「多分だけど、ジャオさんのとこじゃないかな…二人って仲良しだからさ!」


――――――


「頼む…お願いだ」

「何時まで頭を下げるつもりだ」

「教えてくれるまで下げ続けるよ。時間が無い…どうかこの通り!」


 風見殿入口横にリュウシンとジャオの二人が不穏な空気を纏っていた。昔馴染の友人に頭を下げてまで懇願する彼は切羽詰まった状態で地面を見つめる。


「お前まで頭を下げないでくれ…」

「え」

「…っ、…わたしは三秒に縮めたら手掛かりを教えると言ったんだ。然し四秒に留まっている。約束は無効だ」

「そこを何とか…!!分かるだろ…。たった一人の大事な兄妹なんだ…!」


 心に留めておくつもりだった言葉がスルリと飛び出してしまいハッとして長代理の威厳を保たせる。リュウシンは妹の事で余裕がなくジャオの微妙な変化に気付かずにいた。


「………分かった特別だ」

(そんな顔されたらわたしが折れるしか無い)

「ジャオ、ありがとう!」

「お礼など要らん。手掛かりを伝えた後ではお礼を言う気も起こりはせんよ」


 中々どうして、幼少期を一緒に過ごしたからなのかリュウシンに甘い自分が居る。しかも二人っきりなのも合間って甘やかしたい自分が顕著に表れていた。

 鬱陶しい不穏な空気を追い出すように一息付くとジャオはリュウシンの妹の手掛かりを口にした。


「覚悟して聴け!…従姉妹から聞いた話だ。確かな筋だ。見間違いなどでは無い」

「…」

「彼女は"ファントム"に居た、と」

「!?!ファントム…だって!?」

「知っているなファントムの事は」


「ファントムは、…大戦以降はと呼ばれてる教会。以前から霊族に肩入れしていたらしいと噂話もあった…。そんな組織に妹が……"ライラン"がなんで!!?」

「だから言っただろ覚悟して聴けと!!わたしだって信じたくない!リュウシン、教会に乗り込むのだけは絶対にやめろ!!!約束しろ今!で無ければゼファロを去る事を許可出来ない」


「?!ジャオ…君は」

「どうなんだ!」

「…約束、する…危険な真似はしない」

「従姉妹の姉さんはリュウシンの何倍も強い。お前が教会に行く必要は全く無い……」


 前置きは長く、本筋は短く一言。孤児院と隣接する教会ファントム。古くは神話時代存在したであろう女神様を信仰する組織でありながら大戦以前から霊族信仰を示唆される程きな臭い組織だった。大戦以降は顕著。最早隠す気がない霊族信仰を掲げ、特異な存在となっていた。


 得体の知れない組織に妹、ライランが居る可能性がある。それだけで声を荒げるには十分過ぎる理由だった。リュウシンだけの事では無くジャオも同じ気持ちだ。長代理の仮面を脱ぎ捨て一人の友人として彼に約束を取り付けた。従姉妹の強さをリュウシンはまだ知らない、故に約束すると嘘を吐いた。



「ねぇ!そんなにキョーダイって大事?」

「!」

「!スタファノ…そりゃあね、たった一人の妹だから大事だよ」

「君には居ないのか?兄や妹が」


「どうだったかなぁ…居たような〜、居なかったような〜。覚えてないかも」

「お前…変な奴だな」

「よく言われる」

「ジャオ僕達もう行くね」


 突然のスタファノの乱入で風使い二人の言い争いは有耶無耶になり代わりに笑みが戻った。勿論スタファノがこれを想定して話し掛けた訳では無く単純に気紛れ気質だっただけに過ぎない。


「リュウシン、…羽織りを預かる。貸せ」

「え?どうして」

「わたしの、ただの我儘だよ。何時でも取りに戻って来い。こうでもしなければ、戻って来ないだろうお前達兄妹は」

「確かに言えてるねソレ。…預けるよ」


「忘れるな。風無きところに風を起こし渓谷を羽ばたく成鳥が我ら風使い。常に…」

「常に風と共にでしょ。忘れないよ」


 最後の最後に我儘を残した。リュウシンから外套を受け取るとジャオはようやっと本調子に戻り、前を見据えた。


 ゼファロの謳い文句はこの街の住人なら知らぬ人は居ない、記憶に焼き付く言葉。今は無きゼファロの地の渓谷を記憶の中で受け継いでゆく。リュウシンとジャオは互いの拳を合わせた。二人の合間に優しい風色がスリ抜け柔らかな髪を揺らした。


 リュウシンとスタファノは結界の入口で待つ皆に呼ばれ、今度こそ去って行った。


「で、君何処まで聞いてたの?」

「さぁ?どこまでだろう〜忘れちゃった」



「集まったな。行くぞスコアリーズへ」


――――――

ジャオSide


「ジャオさん良かったのですか?」

「何がだ」

「名残惜しそうにしてましたよ」

「な訳無いだろう。風は動いてこそ真価を発揮する。リョウ、マシュー、わたし達も仕事に戻るぞ!」

「はい!」

「了解ッス!」


――――――

―――


「久しぶりの地上だ〜!」

「ゼファロも地上だったけどね」

「今日中に着くには駆け足になる。遅れんな」


「走るの!?」

「疲れたら一緒に休もうね天音ちゃん!」

「はぁ…今日中に着けると思うか?」

「疲れても無理矢理動け」

「ひどい!」

「あはは休憩も挟むよ勿論」


 結界を抜けた五人は談笑を交えながらリオンを先頭にスコアリーズへ向かって行く。相変わらず体力が皆無の天音は駆け足に文句を言う。便乗するスタファノを一瞥し、幸先どうなることやらと溜息をつくティアナ。五人の中では中和役を担うリュウシンが最後尾で彼等を宥める。


――――――

―――

――――――

NO Side


「あ…!イタッ…!!」

「何をしているのですか」

「!直ぐに立ちます…!」


 某日某所。稽古場にて二人の人間が向かい合っていた。一人は若く華奢体型の女性で、もう一人は和装に身を包む厳格な中年女性。今しがた正座する中年女性の前で少女は練習の成果を見せていたが、足元が覚束なく中盤辺りで転倒してしまった。


「立つ必要はありません。座りなさい」

「すみません…イタッ」

「軽い捻挫、…大事の前に」

「っ」

「致し方無い。舞子まいこは控えに頼みます。貴方は部屋に戻って休みなさい。杖を取ってきます」


「っ待ってお義母さん!私はまだやれます」

「やれません。…恥の上塗りをしたく無くば大人しくしていなさい」

「…すみません」


 転倒の際に生じた違和感を中年女性が見逃す筈も無く、言われるがままに両足を伸ばして座る。腫れた片足を触診し捻挫の具合を判断して少女をから降板させた。少女には捻挫よりも耐え難い苦痛だ。杖を取りに稽古場を去ろうとする中年女性、義母を引き止め必死に説得するが義母の決定に変化は無い。


「貴方を後継に選んだ事、一度たりとも後悔していないからしっかり休みなさい」

「ー!ま、…いかないでおかあさん!!」



「頭主様大変です!!!」

「何事ですか」

「実は……でして」

「!…有り得ない」

「自分は担当の者に伝えて参ります」


「お義母さん何があったの…?」

(…嵐が来る)



 バタバタと騒がしく現れた人物が告げた有り得ない事態。ここ数日、微々たる不穏分子が"大事の前"にも関わらず潜み続けていた。前日になって爆発した様だ。嵐の前の静けさは終わった、嵐が来る。

―――


「ふざけるな!!!」

「道具に当たるな」

「そ~ですよ!誰が片付けると思っているんですか!?私ですよ!わ・た・し!」


「これが当たらずにいられるか!?」

「気持ちは分かるが道具に当たったところで解決はせん。道具が無駄に壊れるだけだ」

「クソッ!俺が造った最高品をよくも…!…頭冷やしてくる。暫く部屋に籠もる…誰も入れるな」


 三人の男女が急変事態の詳細を告げられた。彼等には即刻伝える必要があったのだ。二人が危惧した感情の変化、案の定三人の中でも最も重要になる紫髪の男性が部屋に積まれた道具に当たり散らかす。鬼の形相のまま態とらしくバンッと音を立てて自室へ戻る。


「暫くって…何時まででしょう?」

「ん〜。機嫌が治るまでかな」

「直ぐ作業を始めさせないと大変な事に…」

「頑固だからな。納得のいく理由が無い限り部屋を出るどころか口も利かんだろう」


「頭主様と他に…報告、…どうしよう」

「部屋は俺が片付けとくから先に報告してきなよ。物の位置は覚えてる!」

「そうですね…って、厄介な役目押し付けようとしてません!?」

「いやいや、押し付けなんてただ俺は仕事を少しでも減らしてあげようと…」


「だったら!代わりに報告お願いします!」

「扉はお前さんのが近い。お前さんが行くべき運命にあると言う事だ」

「どう言う事ですか!!!そもそも此処は私の部屋なので!私が片付けます」

(こっそり貯めた秘蔵コレクション見られたらまた稚児しくなりそうだし…)



 後に残されたのは散らばった道具と上への報告。相手が相手なだけに誰しもが報告を押し付けたがる。二人も例外では無く、地味な心理戦が繰り広げられていた。部屋の掃除の方が何倍もマシだ。


 此方は別の意味で嵐が訪れていた。

――――――

 場面は戻って雨模様崩れた空の下。


(この感じ…!)

「みんなは先、行っててよ〜」


「?どうし…わわっ」

「天音先に行くぞ」

「余り大勢で対応すると目立つからね。直ぐに追いついて来てくれ」

「雨の中進むの?!ちょっと待ってよ〜」


「オレ一人でも良かったのに」

「二人の方が早くて済む」


 雨に降られ一時凌ぎに雨宿りして数十分、ポツポツだった雨が次第にザーザーと勢いを増していき何時止むのかと雨音に問い掛けたが返ってきた返事は雨音に忍ぶ足音のみ。


 足音にはスタファノが気付き、遅れてアスト感知によりリオン達が、状況を全く理解出来ていない天音をティアナとリュウシンが連れ出し、場に留まったのはリオンとスタファノだ。


「オレはただ彼女と話がしたかっただけ」

?「おにーさんに興味は無い。ボクは彼の…エトワールが欲しいんだ。くれよ」

「あげる訳ねぇだろ」

(霊族とは関係無さそう…か)


「じゃあ力尽くで奪うまで!!」

「雨音が更に激しく、…!」

「奴のアスト能力だ。道理で位置が感知しにくい。オマケに視界も最悪ときた…」


「アッハッハッ!ボクは雨量を自在に調節出来る!!雨の日にしか発動出来ない事以外は弱点なんて無いんだよ!ボクはおにーさん達の身体に雨粒が当たる限り居場所はお見通しだ。エトワール寄こせ!!」

「くっ…!」


 短く切り剃られた前髪とギザ歯が特徴的な女はエトワールにしか興味が無いようで自分達を生け捕りにしようと画策する霊族等とは無関係に見えた。天音を逃したのは杞憂だったと安心したのも束の間、女のアスト能力により雨量が増し彼女の姿は疎か居場所さえ不明になった。全身を研ぎ澄まし一撃離脱を繰り返す女に完全に攻守権を奪われていた。


「言っておくけど建物に入ったって無駄。だって既に濡れてるからね。雨が降った時点でボクの勝ち」


「位置は何となく分かるけど…雨音が邪魔だな…。雷が鳴らなくて助かっているけど……オレは位置把握に専念するから」

「分かった。反撃は任せろ」


「なにゴチャゴチャ言ってるのか知らないけど術中に嵌ったんだから諦めろ!!」

「来るよ!位置は…正面。…イタッ」

「見えた…!」

「なに!?」

「はぁっ!!」

「うぐっ!?!」

(浅い。雨で踏ん切りが甘かった…)

「出血…足音より位置が特定しやすい。助かるよリオン」

「一撃で仕留められなかった悪い」


 位置を特定されないように移動しながら話す彼女だが、自分は相手の位置を分かっていても会話内容までは雨音が遮るので聞こえていなかった。リオンとスタファノは簡潔に作戦をまとめ、敢えて定位置から動かず女を誘い込む。


 誘い込まれているとは甚だ思っていない女は自身の術中を利用される形となった。堂々と正面から現れ小剣タイプのエトワールを振りかざす。出現場所が分かっていれば避ける事など造作もない。ふわりと足を浮かすと後退し、動揺した隙を狙った。既に抜刀していたエトワールで斬りかかるが泥濘となった地面では踏ん切りが甘かったらしく女の傷は浅い為、再び雨の中に隠れてしまった。


(なんでボクの居場所がバレたんだ!?)

「…おにーさん達やるね。無駄な足掻きだ」

「声が震えてるよ。大丈夫〜?」

「次で決め…っ!?」

(何だ?エトワールが…)


「!?…ククク、アハハッ!おにーさんから奪ったら適当な技巧師引っ捕らえて造り直して貰おうと思ったのに必要無かったね。ボクは運が良い!!益々欲しくなった」

「リオン、危ない…!!!」

「しまっ…!」


「…ぎゃぁあ!?」

「?!」

「前に見た時と一緒だ」


 次の攻撃に備え、力強く柄を握り締めた瞬間エトワールから微小な光が溢れ出し剣先から徐々に水面のように揺れだした。エトワールの現象を理解した女は高らかに笑うと、より一層雨量をゲリラ豪雨の如く集中させリオンに渾身の一振りを注ぎ込む。


 突然のエトワールの変化に戸惑い手元を凝視するリオンと耳済ましを怠ったスタファノ、死角からの攻撃に反射神経が追いつかず水面揺らぎのエトワールを構えた状態で刺傷を覚悟する。


 然し、結果は想定と違っていた。水面がいっとう激しく揺らぐと女の胴体を貫通し一秒の時間差で血反吐を吐かせ更なる流血を誘う。

 カラットタウンで己の意識が無い状態だったあの日の出来事を聴いていたとは言え、実際目にしたところで完全理解には時間が掛かる。エトワールの不思議な変化にリオン自身が一番戸惑っていた。


「コレが…」

「どうして急に。何かした?」

「してない、…コレが何なのか聞き出す必要がありそうだ」


「あ〜…ははっ。この感覚、イイ!これだよこれこれ、エトワールはこうでなくちゃ!雨の日はボクの運気が上昇する…!スコアリーズに行く前にイイ物に出会えた」

「聞き出す内容が増えた」

「雨上がりのカフェでまったり彼女と二人で過ごしたかったけど諦めるか…」


「!…狼煙」

「?」

「雨で気付かなかった。遠くに狼煙が上がってる。彼女のお仲間さんかな?」

「逃げる気か!!」


「運気だだ下がり…。エトワールは欲しくて堪らないのに帰らなきゃ。おにーさん達もスコアリーズに行くんでしょ、知ってるよ。この道を通ってるからね!ぜ〜ったい手に入れるから精々エトワール磨いて待ってな」


 独り言が多い女が何かしらの情報を持っている事は明白だった。捕らえて尋問、に抵抗は無い。会敵したのであれば当然の駆け引きだ。リオンの持つエトワールは既に元の形に戻っており、まるで役目を終えた聖剣のように静謐に眠り微動だにしなかった。


 女はアストを斬られ出血したにも関わらず、平然としていた。寧ろテンションが超絶に上がってスルスルと口から言葉が流れ出す。目的は定かでは無いが彼女もスコアリーズへ行くらしい。勿論、此処へ来て観光などと抜かしはしない。出来れば即刻仕留めてしまいたいのだがそれも難しそうだ。


 彼女の仲間と推察される者が狼煙を上げた。程遠い場所から立ち昇る煙、視界最悪の雨の所為で気付けずに見過ごしかけた己の不甲斐なさが悔やまれる。去り際の台詞を最後に、雨が上がるが彼女の姿は何処にもなかった。


「奴の出血は止まったみたいだな…」

「オレの耳でも追えないくらい遠くに行っちゃった。狼煙も雨で消えたから深追い出来ないね」


「早めに合流したいが…耳、平気か?」

「何言ってるの〜?平気に決まってるって早く皆のところに行こう」

「…一応服が乾くまで此処を動かない方が安全だ。少し休む」

「それも、そうだ。いちおーね!」


 女の出血が止まった事と狼煙が消えた事を踏まえた上で深追いの選択肢を削除した。血痕は中途半端に途切れ、疑問だけが心の奥に引っ掛かる後味の悪い雨上がりとなった。


 スタファノは隠しているつもりでも共闘したリオンは彼の変化に気付いていた。両耳から微量の出血をしていたのだ。恐らく、近場で痛々しい雨音を聞き続けた結果だろう。見てしまえばリオンは無視出来まい。建前を話し無理にでもスタファノを休ませる。

 否定をせずに一息つくところを見るに余程、雨音が煩かったと思われる。天音達との合流は暫し先になりそうだ。



 雨上がり、されど虹は出ず暗雲心映したり。

――――――

―――

NO Side


「単独行動など言語道断。…ソワレよもや言い訳する気では無いだろうな」

「はぁ〜嫌だよ。ボクの前でネチネチ煩い。そんなんだから友達が居ないんだよアホ!」


「友達の数と単独行動の共通点など無い。話を逸らすつもりか」

「あぁあ!!分かった分かった。謝るよ!!ごめんなさい。大満足した?!」


 狼煙の発生源に数名が待機していた。ソワレと呼ばれた雨女が現れた途端、説教を垂れる糸目の男。彼の説教ほどネチネチした言葉は無いと適当にあしらうソワレに対して男は更なる反省を促すが別の男に遮られ、呆れに似た溜息をついた。


「む?怪我をしているではないか!誰かと闘ったのか!」

「そうなんだよ!ネチネチ野郎より話が分かるね、聞いてくれ。実は出遭ったんだ!最高のボクの好みのエトワールにさあ!!」

「熱き闘いだったのだな。まっこと羨ましい限り。叶うなら参加したかったぞ…!!」


「羨ましいだろっ?!」

「して、そのエトワールは何処に?」

「狼煙なんか上げる所為で取り逃がしたんだ。だからボクは今、機嫌が悪い!本当なら君らを殺すところだが……エトワールの持ち主もスコアリーズへ向かってると来た。まだ狙うチャンスは残ってる…。特別に半殺しで許してあげるよ」

「願ってもない事だ。受けて立つ!共に熱き闘いをしようではないか」


 男は近くに居るだけで熱が鬱陶しくなるほどの熱血漢だった。怪我の心配など更々なく、ソワレの戦闘を羨む一風変わった人物だ。半殺しと言われ怒るどころか彼女を焚き付け益々手の付けられぬ事態へと悪化していく。


 糸目の男は二人が殺し合う行為自体に興味は無いが忽ち戦闘開始となれば周りの建物、人の被害は尋常でなく凄まじい事になる。仮にも彼等を率いてる身としては止めざるを得ない。熱血漢の男が背から、糸目の男が腰から、ソワレは既に剥き出しのエトワールを其々が手に掛ける。


「仲間同士のいざこざ、無知蒙昧を吐露せずとも良い…」

「誰が仲間だってぇ?偶々目的が同じだったから組んでるだけだっ!」

「浅はか。任務遂行前に得手勝手が過ぎる」

「〜〜ネチネチ煩い!!」

「闘いの邪魔は幾ら君でも許さんぞ!」


「ケッ。安っぽい武器なんかに執着するからこうなる。エトワールだかエドワードだか知らないがオレがへし折ってやる!」

「あ!コケラ!!エトワールのこと馬鹿にしたな!?」

「試してみるか?てめぇのは粉々に砕く!オレが一番強いに決まってんだ最初から!」


「コケラ…今の言動聞き捨てならない。訂正、若しくは撤回を選択するべきだ」

「ボクはこの目で見たんだ!あれはに間違いない。ぜ〜ったい手に入れてみせる。スコアリーズへ向かおう今すぐに」


「待て、"彼"の現着にはまだ少しばかり時間を要す。待機命令は未だ発令中だ」


 コケラと呼ばれた男は唯一エトワールを所持しておらず所謂、肥満体型に値する人物だ。前々からエトワールを蔑む言動が悪目立ちしソワレからは嫌われていた。ソワレだけでなく周りの連中も彼の実力を認めているとは言え限度と言うものがあり、忠告するが当の本人は歯牙にもかけない。


 彼等がこの地に留まるのには理由がある。現着が遅れているもう一人のメンバーを待っているのだ。彼がひとたび合流すれば速攻でスコアリーズへ向かう事だろう。



     嵐の時は、間もなく。

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