第27話 願掛けも程々に

 風吹けば鈴鳴る日中、空見上げて星を待つ

――――――


「こんな言い伝えを知ってる?昔々の御話、まだこの地がゼファロではなく、名も無き街だった頃の男女の恋情話」


「男女の…恋情」

「知らん。誰だあんたは」

「最後まで聴けばきっと貴方達も星に願掛けしたくなるよ…」

「おい」

「面白そうだし聴いてみよ?」


 雛子の手伝いにも慣れ、偶の休暇に街を散策中とある店の前で特徴的な高音の声帯の持主に話し掛けられる。一度聞けば忘れられない声に思わず耳を傾けた。 面倒事は御免とばかりに逃げようとするティアナの腕を掴み、天音は語られる恋情に心を弾ませた。



―渡り人が去り千年と少し経った頃の話。


星座になりたい女性の名はサイ

不慮の事故で盲目となった男性の名はシキ。サイとシキは仲睦まじい恋人同士だった。


盲目となりとも心一変せず、サイはシキを献身的に援助した。何時の日か籍を入れ、恋人以上の、夫婦となりたかったのだ。


シキは伝えた。別れたいと、愛してるからこそ迷惑をかけたくなかった。貴方の愛する星一つ、見れやしない。自分を忘れてどうか幸せを手に入れて欲しかった。


サイはシキの想いを痛いほど理解していた。理解しても行動には移せなかった。サイの幸せにはシキが居ないと意味がないと伝える事も出来なかった。…代わりに星に願った。


一夜、二夜、三夜…。絶えず煌めく星にサイは生きる希望を十分過ぎるほど貰った。シキの治療費の為に、彼に贈られた簪も売り今日も貴方と星を見つめる。


想いは擦れ違い始めた。二人、満天の星の元 …彼は別れを告げる為、…彼女はプロポーズをする為、向かい合う。


瞬間、星光りがサイとシキを包む。

シキは光が止むと目を開けた。盲目の彼が刮目したのだ。サイとシキは互いの目に星が浮かぶのを確かに視た。願掛けは実り、奇跡は咲いた。二人は永遠の愛を誓い、降り落ちた星欠片でマリッジリングを造り最後の時には彼女の愛した星の様に夜空を彩る星座になったとさ。



「素敵な話…!!」

「…」

「あーっ!その顔は信じてないね?!」

「いい話だが流石に星座になったは無理が」

「いいの!御伽話はそれで」


「そしてこの店で売ってるのが星欠片で造った指輪……を基にしたリングネックレス星空の下で願掛けして意中の相手に贈れば二人は結ばれ、願いが叶うと云われてる」


 身振り手振りで話し終えると天音はパチパチと拍手し空想に浸かっていた。イマイチ話の壮大さに乗り切れないティアナは当たり前の疑問を呟くが天音に諭される。現実とファンタジーは切り離して楽しむのが一番穏便に済む。


「一つ買いなよ!意中の相手、居ない?」 「商売上手だな。だがあたしは居ないから買わないぞ」

「う〜ん…意中で思いつく人居ないなぁ…」


「相手を想って願掛けすればその内容も叶っちゃうかもねー。意中の相手とまではいかないけど日頃お世話になってる人とか、リングネックレスあげるから!渡してね?」


「え、でもお金…」

「大丈夫、要らないよ」

(私この店の人じゃないし)

「待て、あたしは要らない。押し付けるな」

「それなら直ぐに捨てればいい。お二人さんはいどうぞ」

「ありがとうございます」

「ん…」


 通り掛かる人を呼び止めては繰り返し恋情話を伝えリングネックレスを売りつける。無理矢理ではなく本人の意思に委ねているのでまだマシな方だ。彼女の正体は店に居候する身寄りのない子供だ。無料で店の商品を渡してしまった彼女は当然叱咤されるのだがそれはまた別の話である。


「天音は誰かに渡すのか?」

「お世話になってる人…一つしかないからリオンかなぁ。でも受け取ってくれなさそう…ティアナは誰に渡すの?」

「…渡すような人は居ない」


「〈法術 辻風〉!」

「青いのが残ってるぞ!!」

「また外した…」

「やってるな」

「リュウシン頑張ってー!」


「切が付いたらあたしと勝負しろ!リュウシンあんただけが強くなりたいと思ってたら大間違いだ」

「切が付いたらね!」

「余所見するなよ」

「うわっ!?」


 贈る相手が居ないと断言するティアナはリングネックレスを渡された時より仲間と手合わせの約束をした時の方が明らかにテンションが上がっていた。


 本日ゼファロの上空には赤、青、黄、緑の風船が無数に浮かんでいた。如何に少量の力加減で風船を撃ち落とせるかの修行中だ。風の扱いが不安定な内は突風陣も巧くならない。しかも地面ではなく上空で法術を発動しているので抑の場も不安定なのだ。ジャオが操る風に乗るだけでも神経が削がれる。一度に全て撃ち落とせれば愈々突風陣の修行に入る手筈だ。


「もう一度…!」

「その調子だ」


「リングが…」

「天音!」

「あ!」

「あ?」

(あ〜あ、あたしは知らんぞ)


 殊更強く風が吹いた拍子にリングネックレスを落としてしまう。甲丸形状のリングは地面をコロコロ転がり、猫背になって追いかけた天音の目の前でバキャッと…。

 運悪く天音を呼びに来たリオンはリングの存在に気付かず…。


「?」

「なになにどうしたの?」

「…」

「り…」

「リオン何か踏んでるよ」

「んだコレ、金属片か?」

「リオンの…リオンの馬鹿!知らない!」

「!?な…な…」

「リオン何かしたの?」

「何もしてねぇよ。ティアナどう言う事だ説明しろ…何で泣きながら去ってくんだ」


「不慮の事故。自分で考えろ」

「「??」」


 上空から見えるリオン達の様子が何時もと違い、不思議に思ったリュウシンもその場に駆けつけた。リオンの靴底に光り物を発見し彼に教える。無残に砕けた金属片を持ち上げリオンが理解する前に天音は涙目で走り去った。益々理解から遠ざかる男二人に説明する気が起きないティアナだが、事の顛末を知る人物は後一人だけ居る。長耳の彼が都合良く現れてペラペラ舌を回す。


「それ天音ちゃんがリオンに贈ろうとしてたリングネックレスだよ。日頃のお礼でね」「!」

「天音ちゃんカワイソウ……今頃泣いてるよリオンを想ってのプレゼントだったのに、目の前で本人に砕かれちゃって…イテッ」


「口を慎め」

「そうそう、ティアナも持ってるでしょ?オレには?オレには?ちょーだい!…うっ」

「あんたには拳で十分だ」


 向かいから現れたスタファノは口を開くなりいきなり真実を包み隠さずに話し出す。最早何故彼が全て知っているのかについては説明不要だ。天音の心情も勝手に想像して喋り出す口減らずなスタファノにティアナの拳がめり込む。殴られてもニッコニコで自分の分を催促する彼の腹部にもう一度しっかりと拳を入れてティアナは去って行った。

 スタファノも後を追いかけに行き、残されたのはリオンと気まずいリュウシンのみ。


「あー…やっちまった。どうすりゃいい……リュウシン?」

「……僕は修行があるから……」

「裏切る気か!?」

「ちゃんと仲直りしなよ!じゃあ」

「くっ…」

(直す?…無理だろ、バラバラになってんだぞ。代わりの物…どうすっかなぁ)


 人目も憚らずにソロソロとしゃがみ込む。蹲踞のような姿勢で両手は口元付近で合わせ長大息をつく。頼みの綱であるリュウシンを見上げるがこれはリオンと天音の問題であり自分は関わるべきではない、余り関わりたくないと思考し修行を理由に逃げ出した。

 取り残されたリオンはどうする事も出来ずにバラバラになった金属片を拾い上げた。


――――――

天音Side


「あーっ…やっちゃった!!」

(リオンは何も悪くない。悪いのはリングから手を離した私でしょ天音!!)

「今更戻って謝っても気まずいし…」


 感情に身を任せ吐き出した言葉を後悔しても遅い。涙を拭いながら走り、徐々に速度を落とし最後にはトボトボと脇道を歩いて立ち止まった。彼女は分からず屋では無い、悪い事をしたと自覚しているが金属片を前にムキになってしまい正常な判断が遅れた。然しながら今更、理性の通りに動ける程人間も出来ていない。


「〜〜怒ってたらどうしよう…」

?「だーっれだ?」

「!その声は…メリーさん!!?」

「久しぶり天音!」


 その場で百面相をし齷齪する天音はふわりと視界を遮られる。一声で声の主にピンときた彼女は視界を遮る両手を退かし彼を見上げメリーさんと呼ぶ。霊族と出会う前、カラットタウンで別れて以降別行動を取っていた彼が何故、此処に?


「ど、どうしてメリーさんが…ゼファロには結界が張ってあった筈じゃあ…」

「ワタシの能力ティアナから聞いてない?透明になれるから結界の隙間に気付かれずに入れたんだ」


「アスト能力の事…だよね」

「どうして来たのか不思議って顔してる」 「うん…吃驚しちゃった」


「依頼を受けて…正規ルートの依頼だよ。もう盗賊は辞めた!天音が悲しむからね。依頼で此処に来たけど天音にも会いたかったから会えて嬉しい!」

「そうだったんだ……。私も会えて嬉しいよメリーさん」

「天音、泣いてる…宝石が落ちそう。リオンに泣かされたんだね」


 メリーさんが動くとドールハットの装飾品、金と銀の鈴が鳴る。久方ぶりの再会に距離感も忘れて話に夢中になった。

 不意にメリーさんが天音の目を見据えると彼女の宝石のような瞳から零れそうな涙を掬い上げ眉を垂らした。彼が首を傾げると鈴がシャンシャン鳴る。純粋な思慮を向けられ身勝手な行動を取ってしまった自分に罪悪を感じ、少しだけ目を逸らした。


「泣かされた訳じゃない…私が悪いの」

「天音は悪くない。ワタシなら泣かせないのに…」

「え…もしかして見てた?」

「ちょっぴり。…天音!ワタシとデートしてください!」

「ん!?ちょ…わっ」

「ワタシと過ごせば忘れるよきっと」

「…ありがとメリーさんっ」


 ぐぐっとメリーさんに手を引かれ駆け出す。少々強引なデートのお誘いだが今の天音には効果的だ。沈んだ気分を忘れるように彼とデートをする。メリーさんなりに天音を励まそうとしているのだろう。あわよくば天音の気持ちが自分に向いてくれたらと想う心は天音には気付かれない。


――――――


「どうした。技にキレが無いぞ」

「そうは言っても…」

「気になるか?」

「気になるよ。……そこの君!気が散るから出てってくれないかな!?」


「…」

「さっきから圧を感じるんだけど?」


 場所を移し、風見殿北の間。此処は風使いの修行に適した広間となっている。広々とした部屋の隅に威圧感のあるオーラを出す男が地べたに座り込み、組手中のリュウシンとジャオを一心に眺めていた。ジャオは別段気にした様子は無いがリュウシンは沸々と込み上げた感情を男に…リオンにぶつける。


「で、騎士長は何かあったのか?」

「天音がプレゼントしようと思ってたリングネックレスを壊しちゃって…ちょっとした喧嘩中ってところ」


「リングネックレス…ああ、あの店のか!」 「騎士長リオン、リングネックレスの他にプレゼントにとっておきの物がある。星欠片の話にも出てくる。これを贈れば天音とも直ぐに仲直り出来るだろう」


「本当か!?」

「店に行って買ってこい」

「すまねぇ助かった!」

「星欠片の話って?」

「昔話。結構好きな話なんだ。わたしも大概ロマンチストと言う訳さ」

「え、ジャオが?」

「フフ…覚悟しろッ!リュウシン!!」 「おわっ!?!」


 長代理のジャオが、かの昔話を知らない訳がない。話に登場する指輪以外のアクセサリーを贈れば話の内容を知っている天音とは直ぐに仲直り出来ると言う寸法だ。内容を知らないリュウシンは組手の手を止め彼女に訊くが、余計な一言を吐露してしまい内容を知る事なくジャオに制裁を下された。


――――――


「天音!」

「リオン!?あの…その、…」

「天音…コレを」

「?」


「げ…リオン」

「なっ…んでテメェが此処に!?」

「会いたくなかった…」

「俺もだ。…メリーさん」

「アナタにだけはメリーさんと呼ばれたくないです…天音行こう!」


 メリーさんが団子を二串購入しに天音の元を一時的に離れる。メリーさんの帰りを待つ間に気まずい別れ方をしたリオンと再会した。 先程の事もありリオンと会話しようにも呂律が回らず言い倦ねていると、購入した団子を片手にメリーさんが合流した。

 再会早々、険悪ムードのリオンとメリーさん。何故にこうまで相性が悪いのかハラハラして見守る天音は交互に二人を見比べ、さり気なく団子を受け取る。


「天音逃げよう!」

「へ?逃げっ…?!」

「待ちやがれ!」


「手、離したら駄目だよ…〈法術 スター・トリック〉こっち!」


「!消えた…透明になったのか」

「リオンから見えてない?」

「ワタシの能力、嫌な追手は撒けるよ」 (何か…渡そうとしてた……?)


 団子を受け取ったのを確認したメリーさんは天音の手を握り法術を発動した。瞬間的にメリーさんと天音の姿が透明になりリオンから見えなくなる。能力を発動すればアスト感知も出来ないらしく簡単に追手を撒く事が可能だ。

 これがメリーさんの法術スター・トリック。 天音達を見失い、立ち止まるリオンを彼女は振り返って見つめる。彼の手には細長い小包があり、疑問は解決しないまま距離が開き確認しようもなくなってしまった。


――――――


「……なんで更に不機嫌になって帰って来るのさ…!!」

「渡せなかったのか?」

「メリーさんが居た」

「!」

「なに!?クリスだと?」

「そんな奴ゼファロに居たか?」

「メリーさんは多分、透明化で結界を抜けたんじゃないかな…」


 相手を変え、ティアナと組手中。またもや隅で威圧オーラを発するリオンに本日二度目のツッコミを入れた。恐らくジャオに言われた通りに買ったであろう細長い小包を持て余している様子を見るに作戦は失敗したらしい。

 不機嫌さは声にも表れ、一段と低い声で理由を話す。メリーさんと聞き覚えのある名前に真っ先に反応したのはティアナだった。次いでリュウシンが冷静に分析する。


「結界を抜けた…」

「悪い奴じゃない。あたしの仲間だった男で今は別行動しているだけだ」

「…実害が無いなら放っておいて問題無いか念の為に結界強めておけ、リョウ」

「分かりました!では」


「実害はある…」

「あはは…リオンは、うん。そうだね」 「へー知り合いだったんだ〜」

「気付いてたなスタファノ」

「声が聞こえただけだって!知り合いかまでは分からなかったし…ティアナの仲間だったなんて妬けちゃうな」

「そのまま燃え尽きてくれ」


「でも、メリーさんって天音に惚れて無かったけ?」

「…」

「じゃあやっぱりティアナはオレのだ!」「物扱いするな」


 安全の筈の結界空間に侵入され、内心穏やかでは無いジャオにメリーさん基、クリスの事を話すティアナ。元仲間で、それなりに情があるティアナは表情には出さないものの何処か声が弾んでいた。


 スタファノが風見殿で確信した侵入者とはメリーさんであったが彼が皆の知り合いだとは予想していなかった為、一驚を喫した。


「透明になって逃げやがった」

「ふっ消息掴めんだろう?」

「全くだ。してやられた…」

「何だか嬉しそうだねティアナ」

「透明化は既に解いてる筈だ。スタファノ居場所分かるか?」

「耳を澄ませば分かると思うけど…オレに頼るのは違うんじゃない?これはリオンと天音ちゃんと後、メリーさんの問題だから」


「…」

(うわ…すっごい不機嫌になった)

「彼女の場所なら大体予想つくぞ」

「どこだ」

「マシュー教えてやれ」

「あの話を聞いたなら星が一番綺麗に見える場所でしょうね。夜と言う条件付きですが」


「上?」

「風見殿の屋上。展望台になってるので」


 長時間の透明化は現実的ではないので法術は解かれたものとしてスタファノに天音達の居場所を聞き出すがやんわり拒否され負のオーラが更に強まり不機嫌さを増大させた。


 誰も非常に面倒臭い状態のリオンに近付かずにそれとなく距離を取る中、ジャオが一歩前へ出る。マシューと呼ばれた男性はリョウと同様に長直属の人間で臙脂鼠色のボブヘアと色素の薄い垂れ目が特徴的の優男だ。彼の付ける丸眼鏡は伊達眼鏡らしく本人曰くオシャレで装着しているとの事。

 マシューは一旦話を区切ると頭上を指差し展望台と自信満々に回答した。


「と言う訳だ。夜まで気長に待つと良い。サイとシキが永遠の愛を誓ったのも満天の星空。その前にも二人は擦れ違ったままだったのだ。仲直りにはピッタリだ」

「えぇ…」

「何か言ったかリュウシン」

「なーんにも」


「取り敢えず組手でもして時間を潰したらどうだ?力、有り余ってるだろう。マシュー相手してやれ」

「ああ、久々の組手だ。手加減はしねぇ」

「自分っスか!?いー…や、止めた方が……やる気満々っスね…?!」


 意外な一面が垣間見えるジャオに俄には信じられないリュウシンが無意識に声を漏らす。問い詰められてから気付き、尚も白を切る。昔馴染の仲だから許される言動だ。

 今日一日雛子の手伝い以外で身体を動かさなかったリオンは体力が有り余っており尚且つ突然のメリーさんの登場で気分も宜しくなく、組手で時間潰しと言う名のストレス発散に乗り気で巻き込まれたマシューには同情せざるを得ない。


――――――

天音Side


「凄い…星が広がってる」

「特等席。アナタに贈り物があって此処を選んだ。受け取ってほしい…」


「贈り物?」

「うん」


 時間は瞬く間に過ぎ去り、メリーさんに連れられ風見殿の屋上に位置する展望台へと足を踏み入れた。人も疎らで夜景が満遍なく視界を覆う特等席の長椅子に座る。

 デート中は笑みを絶やさなかったメリーさんが何時になく真剣な顔でリングネックレスを取り出した。


「天音と別れてからずっと考えてたけど、やっぱりワタシと一緒にタカラモノを探す手伝いを…」

「前にも言ってたよね。タカラモノ…宝石とかのアクセサリーってこと?」


「わからない…探さないといけない事以外は手掛かりも何も無い。ワタシの記憶の中で小さくてキラキラした金と銀のタカラモノに微笑んでいる人がいて…記憶は何時もそこで途切れる。天音と一緒にいたら見つかる様な気がする…」


「メリーさん……。誘ってくれて嬉しい、ありがとう。でも私にも旅をする目的があるから一緒には行けないの、ごめんね」

「うん…天音、ネックレスを掛けたいからもう少し近付いてくれる?」

「分かった」


 タカラモノについて話すメリーさんは苦しそうに胸元に手を当てリングネックレスごと握り締めていた。記憶の中、妙に鮮明なフィルターが掛かるワンシーンは気になって仕方無い。不安感と使命感を駆り立て胸中を掻き乱す厄介な存在だ。

 多くは語れないが自分にも旅の目的がある事を伝える天音。返事を聞く前から既に答えを知っていたメリーさんの金の双眸は一瞬揺れ元に戻る。リングネックレスを掛けたいとはただの口実で本当は少しでも彼女の側で彼女と共に星を見ていたかっただけだ。


  一歩、二歩、近付く距離。天音がクイッと首を伸ばす。ネックレスを掛けやすいようにとの気遣いだったがメリーさんにとっては恋心を刺激するには十分で、頬の紅潮が一気に広がり吐息が漏れる。満天の星空に男女のシルエットが映り、そのまま……。


「ほぎゃ…!!」

「!?メリーさん…え!大丈夫!?」 「〜…天音聞け、逃げるな」

「リオン…!?あ、でもメリーさんが…」 「ぐっっ…り、りおん…!?」


 そのままシルエットが重なる事はなく…。メリーさんの頭部を鷲掴み思いっきり椅子に叩きつけ、リオンが登場した。何方を対処していいか分からず混乱する天音と中々起き上がれずに両手の開閉を繰り返しリオンへの恨みを募らせるメリーさんと手を緩める気など毛頭無いリオン。眼下のメリーさんをガン無視しリオンは口を開く。


「悪かった。リング砕いちまって…」

「あの…メリー、…さんが」

「奴は今此処に居ない」

(居る…すごく居る)

「コレで相子だ。受け取れ」

「かん、ざし…?」

(あ…!『治療費の為に、彼に贈られた簪も売り…』)


 リオンと向かい合ってもメリーさんの安否が気になり視線は下へ。天音が漸くリオンだけに意識を集中し始めたのは細長い小包を受け取った時だった。包みを丁寧に剥がし青と赤の交差模様が可愛らしい簪を取り出す。シキとサイの星欠片の噺にも登場した簪だと直感で感じた天音は目元を細めて簪を抱き締める。


「それじゃあ不満か?」

「ううん…ありがとう!…私もね謝らないとって思ってた。…あの時は咄嗟に言葉が飛び出しちゃってリオンは何も悪くないのに…ごめんなさい」

「プハッそんな事考えてたのかよ」

「!今笑うところ無かったけど?!」

「わりぃ。何時も通りで安心した」


「何時もの私ってどう見えてるんだろう…ま、いっか簪の使い方知らないしポーチに仕舞っておくね!」

「お、おう」


 プレゼントしようと思っていたのに逆に簪を貰い受けてしまい、誤解されないように謝罪した。自分が悪かったと言えばバツが悪そうにしていたリオンは驚き、そして吹き出す。意固地になって言い返せば、彼が少年のようにニカッと笑みを零す。歳上のリオンを身近に感じた瞬間でもあり天音もニコッと笑った。互いの目に星一つ、浮かんだ気がしたが目を瞑ってしまっては確かめようもない。


「…!!リオン!」

「おっと」

「メリーさん無事!?」

「心配してくれてありがとう天音。どっかの誰かさんと違って優しいね」


「どう言う意味だ」

「そのままの意味です!ワタシ、……益々、リオンが嫌いになった…」


 仲直りは出来たが良く思わない人物が一人。頭を押さえ付けるリオンの魔の手から逃れたメリーさんは益々リオンに嫌悪感を抱く。こればっかりはメリーさんに同情心が生まれる。


「仲直り出来て良かったね〜」

「クリス、あたしも持ってる。お揃いだ」


「ティアナ…!」

「元気出せ!まだチャンスはある」

「うぅ…ティアナ」

「あれ?オレの分は?」

「無い」

「ひどい…オレも抱き着いちゃえ!」

「!あんたは来るなっ!」


 遠目からリオン達の様子を窺っていた元仲間のティアナはリングネックレスを取り出し、メリーさんを慰める。中々に距離感がバグり気味の彼はティアナに抱き着き、しれっと スタファノも彼女に近付くが渾身の蹴りを喰らい拒絶された。


(誰も星見てないね…)


 満天の星空は生まれたばかり、賑やかしい空気を吸って星は瞬いた。


――――――

オマケ


「ねぇリオン、メリーさんの事どうしてそんなに嫌いなの?」

「…大した理由じゃないがアイツは……何て言うか、人間ぽく無いんだよ」

「どゆこと?」

「俺も分からん。ただ得体の知れない何かがアイツの中にある…そんな感じだ」

(人の事言えない気も…)


 リオンも大概人間離れしているとは口に出来ず、心の中に留めるに終わった天音だった。

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