第26話 甘味茶屋 雛子

 時に休息、時々ホッと一息、時流れ。

――――――


「お父さん寝心地はどう?寝心地が悪かったら何時でも起きていいからね…」


 風見殿最奥、最重要拠点の更に奥に位置する微風吹き抜ける一角、長代理の重荷を一時的に捨てた少女が自身の髪に添えられた一輪花を取り、真新しい花瓶に挿し直した。


「名簿リストが更新されたよ。最近はばっかりだったから久しぶりだよね…しかもリュウシンと会えたんだ。もう一度、三人でお菓子食べながら過ごせるかな……」


 付き人も誰もがジャオが居る時、部屋への入室を許可されていない。父親と娘の一時の会話を邪魔する程野暮な人間はゼファロには居ない。


――――――


「ね!いいでしょ?!」

「メリットが無い!」

「なんであたしがそんな面倒臭い事をしなきゃいけないんだ」

「メリットとか面倒臭いとか悲しいこと言わないでよ〜!」


「リョウ、何やってる?」

「ジャオさん!…実は人手不足の茶屋の話をしたら食いついて来て…口が滑りました」


 風見殿に戻るなりムスッと頬を膨らませた天音がリオン達を説得している場面と出会す。リョウから羽織りを受け取り事情を訊いた。ゼファロの人手不足は深刻なもので猫の手も借りたいほどだった。


「口が滑った?…確か茶屋の手伝いはリョウの担当だったな。丁度良く現れたリュウシン達を誘導して体の良い人員を確保したかったの間違いじゃないのか?」

「そうとも言います!ジャオさんは何でも、お見通しですね」


「リュウシンはっ!?」

「アハハッ楽しそうだから賛成!」

(…このメンバーで果たして真面目に働けるのかって疑問は残るけど…)

「オレも働くって興味あるな〜」

「よしっ三対二!決まりね。旅費を稼ぐと思ってさ。働かざる者食うべからずです!」

「旅費など尽きたら奪えば、…」

「!だめ、絶対!」

「はぁ…分かった」


 茶屋の手伝いよりも熟さなければならない仕事が山積みでリョウは息抜きのタイミングを密かに見計らっていた。彼の性格を知るジャオは笑みを零し、リュウシン達を見守っていた。


 故郷に帰りテンションが地味に上がってるリュウシンと気まぐれなスタファノの賛同を勝ち取り三対二となった言い合い、旅費の為と言われてしまえば了承せざるを得なくなるリオンと元盗賊で強奪を提案するティアナ。


 リュウシンの疑問は最もで、果たして彼等は本当に真面目に働けるか否か…。


――――――

in甘味茶屋


「お待たせしましたっ抹茶パフェです!期間限定であんこ乗せ放題を実施しております!お好きなだけどうぞっ」

「…」

「イメトレ完璧…!」


 話は既に通してあるようで甘味茶屋店、雛子に訪れると温和な女性が出迎えバックヤードへ案内された。都合良く男女別の制服が用意されており女性陣は一足先に着替え終わっていた。


 着替えに手間取る男性陣を待つ間、厨房で何も乗っていないトレイを両手で持ち天音はイメトレに励んでいた。その横でティアナは何とも言えない表情で佇む。


「着替えるの早いね待たせた?」

「退屈はしなかった」

「こっちはベテランのナコさんが着替えを手伝ってくれたから。皆、似合ってるよ」


「ありかと〜、天音ちゃんも似合ってるよ。リオンも勿論そ〜思うよね?」

「わっリオン?」

「…ああ似合ってる似合ってる」

「お世辞感が凄い…」


「〜…なぁ本当にこの服しか無いのか?もっと動きやすくて地味な物は…あたしにこんなヒラヒラ、ピラピラは似合わんだろう」

「ありません。私の趣味ですので」

「そうか…んー…」

「ティアナだって似合ってるよ!!」

「ティアナだって可愛いよ!!」

「!…フン」


 雛子に勤めるナコさんとは、大ベテランで祖父が始めた店の唯一の正社員に当たる人物で男女別の制服は彼女の趣味と化している。


 流石、自称手が早い男スタファノ。天音をくるりと回転させリオンへ向けると感想を求める。状況が分かってない天音は終始疑問符だらけで急に話を振られたリオンは髪を掻きながらポツリと呟いた。適当に話を合わせたようにも取れる一言に素直に喜べない天音だった。


 普段着る女性用の制服は気合の入り方が特に一段と違い、ティアナが気恥ずかしくなる程可愛らしいタイプの制服だった。ポニテから一変、団子ヘアーに結った彼女は苦言を呈するもスタファノと天音に似合ってると再三言われて、そっぽ向いてしまった。


「この老いぼれの為に若い男女が……五人も嬉しいのお、この一つとて取り柄の無い無能の為に集まってなんと感涙ポロポロじゃよ」

「そんな…!自分を卑下しないでお爺さん私達は好きでお手伝いしたいの!」


(好きで…ねぇ)

「街の人達から愛されてる茶屋の助けになりたいんだ」

「ふぉおお…!愛されてるなど一度たりとも言われた事ないわい。先立ったバアも見合いでハッキリバッサリ嫌いと言われたのお」

「気にしないでください。何時もの事です。ところで全員接客と言う訳にもいきませんし料理出来る人っています?」


「「「「……」」」」

「俺か?!」

「料理してる所リオンしか見た事無い…」

「意外。ガサツそうなのに」

「ナコさん、ハッキリ言うね…」


 雛子の亭主はフサフサの髭が特徴的な低身長のお爺さん。隙あらば自分を卑下してしまうネガティブ思考の持ち主で、度々ナコさんを困らせている。最近はお爺さんの扱いにも慣れてきたようで、態度が冷たい。


 亭主に任せていたら何時まで経っても話が進まないので無理矢理お爺さんを下がらせ一番重要な調理担当を決める。ナコさん曰くガサツそうなリオンが調理担当になり、少々驚いていた。人は見かけに依らないを学び、一つ賢くなったナコさんであった。


「スタファノは料理出来ないの?」

「出来そうに見えるけど?」

「ぜ〜んぜん出来ないよ。だってオレが作らなくても周りの子が作ってくれるから」

「あっそ。言っとくがあたしも料理は全く出来ないぞ」

「ははっだろうね」

「リュウシン後で覚えとけ」

「え!?」


「俺しかいないのか…やるからには本気で飯作ってやる!」

「私も作ります。接客は皆さんに任せます。開店時間、宜しくお願いします…!」

「いざ、バイト開始!」


 スタファノは器用なので作ろうと思えば料理もお手の物になるが残念な性格故に今の今まで料理に触れてこなかった。ティアナに関しては言わなくとも全員一致で、最初にリュウシンが即答して犠牲になってしまった。


 調理担当をリオン、ナコさん、亭主爺さん、その他のお手伝いさん、接客担当を天音、リュウシン、ティアナ、スタファノ。と言った具合に決まり開店時間を迎え各々の持ち場に就いた。


 いざ旅費を稼ぐバイト開始!

―――


「おや見ない顔だね新入りかい?」

「ほらよ。数日間だけだ」

「ほぉ…」

「なにジロジロ見てる。帰れ」


「お客さんに帰れなんて言っちゃ駄目だよ。ご飯まだ食べ終わってないよ?」

「それ以前の問題じゃない?!」

「オレ、女の子専門になろうかな」


「ま、こんなモンだろ」

「アレンジしてる…!此方の方が見栄えが良い気が…、!しかも食べやすさ重視?!」


 雛子の中は意外と広々としており接客の仕事が捗る。ウキウキで勤しむ天音を余所目に少しでも気に入らない客に当たると店員らしからぬ発言を連発するティアナ。リュウシンがついていれば何とかなりそうだ。


 一方、厨房では既存商品をリオンが勝手にアレンジしてより見栄えよく、食べやすく、改良していた。ベテランのナコさんも唸る程完成度が高く如何に本気であるかが窺える。


 噂は立所に広まり新入り見たさに雛子は繁盛し素人も玄人も忙しく動き回っていた。



「あら、御茶碗が…」

「どうかしたのか?」

「御茶碗が足りなくなってしまって…元々、近い内に買わないとと思っていたけれど…」

「それなら僕が買ってくるよ」


「でももうすぐ休憩に入るからその間に」

「休憩するなら尚更行くよ!ゼファロの街も見て回りたいし…」

「そう?じゃあお願いね」

(先越された…!)

「抹茶パフェ出来たぞ」

「…運んでくる」


 予想以上の反響で休憩時間に入る前に元々、品薄だった御茶碗が切れひょっこり現れたリュウシンが休憩ついでに買い出しに行く事になったが、密かに立ち聞きしていた天音は買い出しに行けずに落胆した。


 天音の隣で抹茶パフェを完成させたリオンが彼女の持つトレイに完成品を乗せた。肩を落としたのは僅かの間のみで仕事モードに切り替えて一旦のラストオーダーを運ぶ。


――――――

リュウシンSide


「…この店で合ってるかな。すみませーん!雛子の御茶碗を取りに…」

「おーボウズ店まで来てもらって悪いんだがちょっくら待っててくれねぇか?今、両手が離せない状況でよ」


「分かりました!」

「外で待たす訳にゃいかん店ん中入ってくれせめぇ店だけどよ!」

「お気遣いなく、その辺散歩しながら待ちますんでー!」

「そうかそうかなら散歩行ってら〜」


 ナコさんから渡された手書き地図を基に常連の店に着く。御茶碗だけでなくその他の食器もこの店から購入しているらしく雛子の名前を言えば店の使いだと直ぐに理解して中から元気な声が聞こえた。


 本日のゼファロは実に散歩に相応しい天候で店の中で待つより風の赴くままにフラフラとしたい気分にさせた。


「〜良い風だ。歌でも歌いたくなる」

「お、リュウシン!」

「ジャオ?」

「手伝いは順調か?」

「順調だよ。時間が空いてるならジャオも何か頼むかい?」

「丁度暇してたんだ。そうするか」


 気ままな陽気を道標に街を見て歩いていたリュウシンは一息つく為に散歩に出掛けていたジャオと鉢合わせし、成行きで雛子に誘う。彼女と話していると実感する。ゼファロに帰ってきたのだと。


「それにしても君が長代理になってたなんて驚いたなぁ」

「わたし一人では成せなかった。父が倒れても支えてくれる者が大勢居たから今のわたしが居る。最近はかつてゼファロに住んでいた者達だけでなく、故郷を失った者や住処を奪われた者も保護している」


「へぇ〜…道理で全く見かけた事無い人も居る訳だ!」

「旅を…続けるのだな」

「妹に会う為にね。きっと生きてる」

「妹か…。旅を続けるならその内、結界術を教えたわたしの従姉妹にも会えるかもな」


「あれ従姉妹なんて居たっけ?」

「わたしも実際会うまで知らなかった。……それよりリュウシン"突風陣"はどれだけ使い熟せる様になった?」

「!それが本題…だね」


 薄々感じていた。ジャオの眼が変わっている事に、自分が出ていったゼファロにジャオは父と共に残り再興の道を選んだ。決して楽な道程では無かった。ジャオの眼は昔の強気な少女ではなく、上に立つ者に宿る威光を図らずも携えていた。リュウシンはそれを話す事をしなかった。昔のままの距離感を態々壊す必要はないと判断したから。


「完全完璧!と言いたいところだけど…中々思うようにはいかないね。突風陣を発動してから5秒は動けない」

「3秒に短縮してやろうか?」

「!」


「何を驚いてる。失礼だな。父の技を娘が使ってても可笑しくないだろう?わたしとて血縁だけで代理になった訳ではない。修行をつけてやる、返事は?」

「決まってるよ!返事は…」


「よーボウズ!両手がガラガラに空いたぜ。御茶碗安くしとくからな〜。ほれ店に入れ!ん?ジャオさんも一緒か!!」

「…」

「…」

「返事は手伝いが終わってからで良い」

「…うん。雛子にも戻らないと」


 法術、突風陣は元々ゼファロの長であるバオの技だった。ある時からリュウシンは法術を学び始め師として長を選び懇願した。寛容な長はリュウシンの特訓に付き合い、突風陣を教えたのだ。ジャオとはその頃から知り合いになった。彼女が父親の法術を使えても何ら不思議では無い。


 タイミングが良いのか悪いのか、散歩道を一巡し戻って来た店から元気な声が再び木霊する。返事も曖昧に御茶碗を受け取る為に入店し、ジャオは店の前で待つ事にした。


――――――

―――

in甘味茶屋


「もどっ…!?」

「はははっリュウシン大変だな!」


 予感的中。非常に悪い予感だった。ジャオとの会話に夢中になっていた所為で休憩時間が過ぎている事に気付いたのは店の時計を確認した時だ。御茶碗が割れない様に丁寧に運びつつ急いで雛子へ戻った。



戻ったのだが…。


―――


ティアナは、

「この店の何処見たら黒髪店員が居るってんだ!?黒毛が混じってだぁ?鏡見ろ!あんた以外に黒髪の奴なんか一人も居ないだろ!」

「きゃ…客にこんな態度取って!」

「客、だから何だってんだ!!」


―――


リオンと天音は、

「ごめんなさいっごめんなさいっ!」

「証拠は押さえてんだ。くっだらねえ事してんじゃねぇぞ、言い訳してみろよ?」

「ひぃぃ!!出来心だったんだ!ちょろっとちょっかい出しただけだっ」


「ごめんなさいっすぐに拭きます…!」

「ほんと?身体もお願いしても??」

「俺が拭いてやるよ。テメェのド腐れ出来心ごとまっさらにな!」


―――


スタファノは、

「野蛮な人達が多いね〜。キミの為に特別に用意した餡蜜、どうだろう…?二人で個室に移動したら食べさしてあげる。餡蜜よりも甘いサービスしたいなぁ…」

「うふふっどうしましょう」


「スタ様の為にどんどん注文するわよ皆!」

「無茶しないでね〜」


―――


「ふぉ!」

「凄まじい。一人居なくなっただけなのに」


「君達!!!!」

「!おかえりなさい。御茶碗買えました?」

「はい、勿論ですどうぞ!」

「わぁ〜ありがとうございます」


「リオン、天音、ティアナ、スタファノちょっと裏に来てくれないかい?」

(顔が笑ってない…)


 四人の悪癖が存分に発揮され雛子の店内はカオス状態に…。戻った瞬間リュウシンはカオスを作り出す旅仲間達に声量を上げ、立ち止まらせる。然し大声を出したくらいではカオスは元に戻らない。一度深呼吸して全く動じてないナコさんに笑顔で御茶碗を渡してから旅仲間に向き直る。


 久方ぶりの大爆笑で腹を抱えるジャオはふと隣に目をやる。目元が笑っていないリュウシンを見るのも久しぶりなので一瞬動きが止まった。普段穏やかな人程、怒ると怖いとは現在の彼を表す言葉としては最適解だ。



 名指しされた四人も重々承知なようで、大人しくリュウシンの指示に従い裏に集まる。お説教タイムの始まり。

――――――


「順番に答えてね?」


 右からティアナ、天音、リオン、スタファノの順で正座させられ申し訳無さそうに反省の色を見せているのが天音のみと言う。

 一気に接客が減ったのでジャオが臨時で店員を勤める事に、本人は割と楽しそうではあった。


「ティアナ…どうしてお客さんの胸倉を掴んでたの?」

「あたしをとっ捕まえて突然飯に髪の毛が入ってたから責任取れって抜かしたんだ。あの客以外、黒毛の奴なんか居ない!!」


「だから?」

「…だから教えてやったんだ!どうせ女だから店員だから強気に出れないと踏んで、あんなダサい事思ってたんだろう」


「分かるよ分かるけども!胸倉は駄目だよね!?横暴過ぎない!?」

「横暴な客に横暴な態度取って何が悪い大切なお客様だから丁重に扱って言うのか?舐められたままで我慢できるか!!」

「そうは言ってない!!店員には店員のやり方があるの!少なくとも暴力は解決にはならないって!」


ティアナ・メイプル

客も客だが沸点の低い彼女は煽りを受けて、倍にして返してやろうとする魂胆が見える。珍しく怒るリュウシンを前にバツが悪いのか少しだけ、本当に少しだけ反省した。


「何となく想像出来るけど天音は…どうしてそんなに水被ってるんだい?」

「はい…ごめんなさい。アイスに添えるコンポートを運んでて思いっきり転んで自分とお客さんにぶちまけました…」


「…気をつけて運んでね」

「気をつけます…っ」


諸星天音

素直に反省しているので深くは責めずにいるが接客担当としては致命的なミス、自分だけに留まらず転倒時にしっかりお客さんにも甘いコンポートをかけると言うベタをやらかしていた。


「リオン、君は接客じゃないよね?」

「お前の抜けた穴を補ってたんだ」

「それは…ありがとう。続きは?」

「天音は転ばされたんだ。あのおっさんに。俺が間に合えばよかったが…」


「え?そうなの?てっきり私がまたドジってやらかしちゃったのかと…」

「だから俺は悪くねぇ」

「いや悪いよ!?暴言は良くない!!」

「…暴言は……まぁ、…いいや悪くねぇ!」


リオン

リュウシンの代わりに調理兼接客として店内を回り運悪く?天音が引っ掛けられる場面を目撃してしまう。結構な量の皿を運んでいた為、投げ出す事が出来ずに間に合わなかった。おっさんの客に八つ当たりしていた自覚はあるものの頑なに悪くないの一点張りだ。


「リュウシン、ゼファロの治安悪いぞ…大丈夫か?」

「ティアナ後で覚えてて」

「はっ!?」


「スタファノは?」

「オレは何もしてないよ〜?女の子専門としての仕事を全うしただけ…みーんな良い子ばかりだったよ」


「君、接客の意味勘違いしてない!?雛子はそういう店じゃないよ!!?」

「ふー…ん。向こうも満更でも無さそうだったから何も問題無いと思うよ?」

「駄目だって…!!!せめて店以外でやって!」


スタファノ

働いた事も無ければ働く人を見た事も無さそうな彼は誰よりもケロッとしていた。悪気は勿論無いのだが、我が道を行き過ぎる世間知らずの男は一番質が悪い。



「次は、真面目に働いてね?」

「「「「はーい…」」」」


 一人に付き、一言以上ツッコミを入れるリュウシンは既に息切れていた。時間を巻き戻せるのなら戻りたい、四人を置いて雛子を出て行った愚かな自分を引き留める為に。

 リュウシンの苦労は尽きそうも無い。

――――――

―――


「疲れた…」

「お疲れさん!」

「ジャオ…本当に手伝いが終わるまで待ってたんだね」

「待ってる間も仕事はしていたがな」


 個性が強い彼等との付き合いは順風満帆とは行かず無事では済まなかったが何とか本日の業務を終えた。いの一番に制服を脱ぎ去って宿屋に戻ったのはティアナだった。リオンも着替えるのは早かったが、天音が賄い料理のスイーツを食べ始めたので側で待つ事に。スタファノに至っては知らずの間に、綺麗さっぱり居なくなっていた。


 雛子の裏手で腰を下ろし彼等から解放されたリュウシンの背後に、ひょっこり現れたジャオはせめてもの労いの言葉を掛け隣に座る。


「して返事は?」

「勿論、受けるよ。強くなって霊族に攫われた妹を探し出すんだ」

「…うん。わたしは今すぐ始められるが…」

「明日で良い?今日は…流石に疲れた」

「じゃあ明日からだな!しっかり休めよ?」

「ジャオもね」


(あの時とは…強くなる理由が違うのだな)

「突風陣を今よりも使い熟せる様になれば妹の在処、手掛かりを教えよう」

「え…?!今、なんて……!」


 リュウシンの旧友なら当然彼の妹の事も昔から知っていて当たり前だ。彼が如何に妹思いなのかもジャオは知っている。修行もつけずに送り出して黒塗りに、なんて事は御免だ。修行に集中させる為に態と強引な手を使う事を今だけは目を瞑っていてほしいと願わずにはいられない。

 そんなジャオの思いを知り得ず、リュウシンは目を見張った。


――――――


「美味しいっ!リオンも……て甘い物苦手、デシタネ…」

「苦手なのね…残念。腕に縒りを掛けて作ったオススメ商品なのに…」


「う…何だよその顔、…一口だけなら」

「ほんと?無理してない!?」

「嬉しい!絶対美味しいので食べてください。そして甘い物好きになってね」

「はは…」

(一生好きになれそうにねぇ…)


 賄いスイーツを美味しそうに頬張る天音とナコさんはリオンにも是非一口だけでも食してほしいと画策し、口裏を合わせる。


 良い意味でも悪い意味でも意図しない天音に振り回されるリオンは仕方無く一口だけ、口に含んだ。



 ゼファロの風は様々な所で巻き上がる。

 温風、冷風、操るは風使い。

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