第24話 未来へ繋ぐ

 途方もない星廻り、未来へ鞘走る。

――――――

 後悔しなかった日はない。

 あの日、あの瞬間、一秒が届いていれば…。


―――――― ――――――


「もうすっかり騎士団長ね。ヒールを履いているのに身長越せないなぁ」

「カグヤも立派な姫様だよ」

「ありがとう。今日のような穏やかな日が何時までも続いてほしいわ…」


 バルコニーの手摺に触れる。和やかな陽射しの中、静謐な時間が流れる。不思議な客人の話は過去の出来事。少年と青年の狭間だった彼は今や立派な青年だ。


 城のバルコニーは国全体を眺望出来る絶好の場所であり二人が同じ時を過ごすのも此処と決まっていた。賑やかな広場を見つめカグヤは頬を緩ます。少女の笑みではなく、国民を想う王女の微笑みだった。ふとカグヤが此方を見上げ寄りかかる。履き慣れたハイヒールは彼女を転倒させるアイテムではなくなったが安心する反面、支える機会が減り我儘な寂寥を抱いていた。


「ゆっくりしていて大丈夫?アルカディア調査は今日でしょう」

「それが…俺は参加しないんだ」

「えっ?初耳。だって航海術も勿論、訓練も続けていたのに…どうして」


「急遽、決定したんだ。上からの命令には従うしか無い。仕事が無くなった訳じゃねぇけどな!」

「そうだったの。大変なのね……騎士って。リオン、お仕事頑張れ!私も頑張るから!」

「俺なんかよりカグヤの方が大変だろ?」

「私なら平気!幸せだからね」


 航海術をマスターするのに月日を跨いでしまったが、それでもより完璧に仕上げるには仕方ない事だった。満を持して迎えたアルカディア調査、ところがリオンは不参加だ。昨夜、急遽決定したと彼は話す。理由は巧くはぐらかされ分からなかったが上の命令では従う他無い。


「今夜、だよな」

「ええ。暁月の日、日没が普段より早く、そして月が紅く染まる日。アルカディア調査と被ってしまったけれど、お城は夜会の準備を始めているわ。夜会には参加できそう?」


「側には居られそうだがあくまで護衛って名目だ。参加とは言えねぇな」

「なら護衛様と抜け出しちゃおうかしら」

「はっ俺が殺されるから止めとけ…」


 特別、暁月だからと言う訳ではないが今夜は夜会が催される日だ。騎士の大半は調査から帰り疲れも取れぬうちに護衛に就く。夜会の日程を延期する事は出来ないので王族に振り回される騎士達は少しばかり可哀相だ。


「カグヤ様お時間です」

「ギル!…延長は…」

「駄目です」

「は〜い…仕方ない。切り替えなきゃ!夜になったら迎えに来てねリオン」

「じゃあな」

(俺もそろそろ行くか)


 心弾む楽しい時間は瞬きよりも短い。王女を呼ぶ執事の声が二人の耳に届く。一人残された騎士団長はバルコニーから改めて城下の様子を一瞥すると伸びをして、場を離れる。



 今宵、暁月。空、移ろう星々も暁月に染まらぬよう一等輝く。

――――――



「こんな所に人が住んでいた形跡が…ね」


 アルカディア調査を欠席するなら、自分の代わりに霊獣の墓場の調査を頼まれてほしいと親しい友人に依頼され遥々不気味な森の中へとやって来たリオン。


 森の中には苔生した枯れ泉と何処からか漂う煤けた匂いが森全体にこびりついているのみで、特に人が生活した形跡は見当たらない。


 友人が話すには森の奥深くに人間の所有物と思われる衣服やナイフが置かれていたとか。投げ捨てられた物であれば散乱としていて、事件性を感じるが友人が発見した物は丁寧に保管されていたらしい。


「…これが例のナイフ。錆びてる?」


 ザクザクと奥まで進むと外からは視認し辛い大規模な樹海が広がっており中には樹齢が計り知れない程、巨大な木々も聳えていた。程なく樹洞の先に光り物を発見する。膝を付き確かめる為に取り出した。友人の話に登場したナイフだろうか。随分錆びれており長く使われていないようにも見える。


「ーっ!誰だ!?」

?「………」


 気配を察知し反射的に枝折れ音の方向に視線を送る。木々の合間から人間が一人飛び出し三本のナイフを投げた。ナイフと言っても柄の部分は無く、剥き出しの刃だけだった。


 迫りくる三本のナイフを手にしていた錆びたナイフで叩き落とす。三本目を落とすと同時に用事の済んだ錆ナイフを雑に投げ捨てる。


「子供……此処に住んでる奴?いや違うな、その服は騎士団の物だ。テメェ何モンだ?」

「…、…!」

「…っ話す気は無いってことか…上等!そのフードと仮面、引っぺがしてやる」


 突然現れた人間と対話を試みる。騎士団の制服に身を包み、外套のフードを深く被り、仮面を装着する子供と思しき人物は間髪入れずにリオンに攻撃を加える。子供の行動に対話を断念したリオンは闘いを選択し無理矢理にでも身ぐるみを剥いで正体を暴こうと攻防を繰り広げる。


「〈法術 水龍斬〉!」

「!…っ」

(コイツ俺の動きを完璧に把握して?!)

「…」


 リオンの攻撃がヒットしたのは最初のみ。カウンター狙いでの法術が当たり子供は巨木に衝突し小さく息を漏らす。攻撃は当たり、効いている筈だが、スクっと立ち上がると何事も無かったようにリオンを狙う。


 大人と子供の体格差を鑑みてもリオンの方が有利に変わりはないが、子供はリオンの動きを完璧に把握していた。法術発動前の攻防戦で動きの癖を見極めたとしか思えない程巧みに先回りする。


「クッ!…ッ?!」


 余程、戦い慣れているのか子供は如何に俊敏に動こうと一向にフードも仮面もズレる気配が無い。渾身の蹴りを容易く盾でガードし、リオンの態勢が戻らぬ内に即座に屈み足元を崩しにかかった。蹴りを入れた筈が逆に入れられ苦痛で顔が歪む。痛みが届いた瞬間に態とバランスを崩し受け身を取り距離を取る。


 実力の底が見えぬ相手には一度距離を取り、有効手段が見つかるまで観察を続ける事が大切だ。が然し、今回はその慎重さが仇となってしまった。数メートル離れた瞬間に目の前の子供が"消えた"のだ。超人的な俊足で移動したのではない。


(どこだ!!…っ上か!?)


 咄嗟にアスト感知をする事で子供の居場所を辛うじて把握出来た。子供はリオンの真上を取り、懐から注射器の様な物を取り出した。空中では行動が制限されると考えたリオンは地を蹴り子供に向かって手を伸ばす。いくら襲い掛かってきたとは言え相手は子供だ。出来れば無傷で捕らえ事情を聞き出したいところ。


「なにっ…!?」

「…ふぅ。っ!!」

「ゔっ!?!…てめぇ……っっ」


 伸ばした手は空を切る。一度ならず二度までも眼前で子供は消えた。消えた、と脳が反応した瞬間にアスト感知を行い子供の行方を追うが間に合わなかった。リオンの背後に出現した子供は液体の入った注射器を力いっぱいに刺した。


 液体が体内へ侵入する感覚を味わいながらも彼は子供を捕らえる事を諦めない。薄れゆく意識の中、彼が最後に目にした光景は無機質な仮面だけだった。


「…」


 リオンが気絶した事を確認すると子供は仮面をスッと取り外し、右足で踏み付け砕いた。靴底に付着した仮面の欠片をトントンと払い、霊獣の墓場を後にした。

 髪色すら分からぬ子供の行方など、誰が分かろう。


――――――

―――


 ……けて…。…もう、いや。…たす…けてーっ。助けて!誰か!!!


「うぐっ…。…はぁ。なんだこれ、全身に力が入んねぇ。あの液体の影響か…?!」


 筋弛緩剤でも入っていたのか、強烈な身体の重さと眠気が襲いかかる。身体の自由が全く利かず、地面に這いつくばった状態から付近の幹を掴み強引に立ち上がった。


「可笑しいのは身体だけじゃねぇ…街もだ。どのくらい寝てた?…何が起きてる?」


 彼が立ち上がるのには理由がある。大勢の民の声が聞こえたから。遠く、離れていても街の様子の異変には気付く。


「動け、…身体。そろそろ行けるかっ!」


 注射器に入った謎の液体、薬品の効果が消えないままに乱暴に脳機能を覚醒させ、身体を動かす。垂れた汗すら拭えずにリオンは霊獣の墓場を出た。此処から一番近い街はクラールハイトだが、少し遠回りすれば直接カラットタウンに行く事が出来る。カラットタウンへ行けば最低限の情報を手にする事が可能だ。

―――


「……嘘だろ」


 街へ出て、呆然と立ち尽くす。街が、国が、平和だったものが、崩壊した。


「助けて…」

「いーじゃん、いーじゃん。それ寄越せよ」

「これは…主人の形見です。ご勘弁を…!」

「じゃあ殺すか」

「ひっ」


「ーっさせねぇ!」

「いってぇ…何すんだよ!?お?なんかイイ感じに派手な服じゃん。あーでも駄目だわ。今、青色は興味ないの。今は黒がキてんだよッ!」


(馬鹿な……コイツ!!)

「霊族だと?!」

「良くわかったな?当たり前か、やっぱ強い感じ?でも俺はやる事があるからここいらでサヨナラ、バイバイ」

「待て!!!くッ…まだ身体が……!!」


 恐怖で顔が歪む女性に近寄る男性。派手な装束にアフロヘアー、至るところにアクセサリーがジャラジャラと。女性を見下し剰え、殺すと宣言した男性に条件反射で飛び出したリオン。女性を守るように間に割って入り一撃を加えようとしたが余裕綽々と言った表情でスルリと回避されてしまう。


 会敵した相手をアスト感知して"有り得ない"事態を連想した。派手な男性のアストは普段感知している星の民のアストではなかった。質が違ったのだ。霊族だとアストが告げていた。ひょろりと霊族である事を認めた男性はリオンに興味を示さず、南の方角へ去って行った。逃げた女性を追う事もせずに一目散に去る男性の後を追いかけるが身体の硬直により調子が戻らず見す見す取り逃がした。



?「居ましたっ!!」

?「ドンピシャだ」

「っシオン!ノーヴル!!一体何がどうなってんだ!?俺はさっきまで霊獣の墓場で…」


「リオン!何も言わなくて良い。分かってる。だから避けるな…」

「は…?」

「〈法術 記憶共有メモリー・ノート〉!!」

「?!今のは、映像?」

「僕の力じゃ断片的にしか伝わりません」

「十分。ぶっつけ本番で良くやった!持ち場に戻れ」

「はいっ。リオン……死ぬなよ」


「リオン、今のはシオンがコピーしたアスト能力"記憶共有"…今から話す事だけ覚えろ。霊族の封印が解かれ戦が始まった!早急に城へ戻り王女を守れ!!俺は付添えん!」

「ーっカグヤ…!」

「それで良い。行け」


 激しい目眩に立ちくらみ、膝をついたリオンの前に星の民が二人現れた。右はノーヴル、左はシオン。彼等に状況の説明を求めるより先にシオンはリオンの額に手を翳す。


 法術 記憶共有は脳内に映像が流れる。名前の通り見聞きした記憶を共有する法術だ。本人は駆けつけられない為、シオンがコピーしてリオンに対し法術を発動させた。断片的な映像だが状況を口で話すより伝わり易い。

 霊族の封印が解かれ戦は始まった。被害は拡大し続け、騎士団は民を守り奔走する。霊族と対峙し命を落とす者も中にはいた。


 映像の中で伝わった国王と王妃の死。王女の死は映像の中に無い、生き延びている証拠だ。メトロジア城からは火が吹き、瓦礫が安易に近付く事を拒否していた。ノーヴルが短く伝えた命令に従い、屋根伝いに最短でカグヤの元に向かう。



 あと一歩、早く向かえ。あと一歩、早く守れ。

――――――

 如何ほど最短であると言っても彼は紛れも無く騎士団団長であり、仲間から甘い男だと比喩される様に優しく、助けを求める声を無視する事は出来なかった。


 崩壊する家屋から赤子を助け出しペリースで包み感謝する母親に渡す。杖が無いと真面に動けぬ老人を被害の少ない場所に隔離する。霊族を前に立ち向かう青年を退け守護する。時には仲間を援護して立ち回った。



在る者は、

「リリック何やってんだ…、!」

「お前を助けてんだよ見て分かんねぇのか」

「バカヤロウ!!俺はもう助からない。それに、今成すべき事は民を守る事だ。俺を助ける事じゃないッ!!!」


在る者は、

「イロカ、霊族は多分…貴方の誘惑には乗らない。ちゃんと戦ってね」

「はいはい。分かってますよ。私だって時と場合を考えてるって!イケメンも倒さなきゃなんて嫌だなぁ」


在る者は、

「ウィル…!外に出てはいけない。此処でジッとしていれば安全だから!!」

「だからって誰かが今も殺られてんだよ?見過ごせない。でも自分の力は自分が一番、よく知ってる。絶対に死なないから行かせてパパ!!」


――――――


?「クククそんなモノか。弱いな…」

「弱いかどうか、決めつけるには早いぜ」

「アレン…!!」


「拍子抜けと言ったところか。余り、手は汚したくない。さっさと姫を寄越せ」

「〈法術 滾清流〉!」

「次から次へと…。グライシスと別行動を取ったのが仇となったか?」


「…騎士長、遅かったな……」

「リオン!…リオン、無事で良かった…」

「カグヤも会えて良かった…。ッアレン、お前…腕が?!」

「出来る限り気にするな。集中しろよ?」


 辿り着いた王都メトロポリスは今朝方王女と過ごした場所とは到底思えぬ濁った空気が淀んでいた。

 霊族の長髪男とカグヤとカグヤを庇うアレンが変貌したメトロジア城前に居た。


 霊族の背後から先制攻撃を仕掛けるも最低限の動きのみで躱される。霊族と距離が開き、急ぎアレンとカグヤの元へ駆け寄った。カグヤは泣き腫らした痕はあれど五体満足で無事だ。…アレンは、軽口を叩く余裕を見せているが五体満足とはいかず左腕を失っていた。


「アレン…ここは俺に任せてくれ。早くカグヤを連れて身を潜めろ…もう戦うな!」

「"例の件"、リオンのが適任だと思う。…死にかけの俺より。な?カグヤ…」

「っ!!アレン!」

「何を、話して…?!」


 リオンが合流した事でアレンは生き長らえたが同時に止むに止まれぬ決断をしてしまった。合流前、アレンとカグヤは何やら心に決めていた事があるようだった。例の件について話が見えないリオンは言い合う二人を背に庇い眼前の霊族を見張る。


「勝機はそれしか無い。リオン、カグヤを連れて城の地下へ行ってくれ。託したぞ」

「アレン…貴方、死ぬつもりでしょ?!させない、見捨てる選択なんて出来ないわ」


「残された選択肢は"見捨てる"じゃない…"未来へ繋ぐ"だ。リオン、いや騎士長腹括れ分かったな!?」


「…リオン私に考えがあるの。霊族に対抗する手段、城の地下に私と一緒に来て!!」

「アレン…カグヤ…」

「させるとでも?無駄話はよそう」

「先ずは隙を作る…!!!」


 リオンもカグヤもアレンの限界を悟っていた。アレンに説得されてカグヤは選択した、リオンと共に城の地下へ行く事を。返事を聞く前に痺れを切らした霊族が一歩、前へ出る。


「霊族…何故カグヤを狙う?!」

「王族だから、以外に理由は無い。うっかりその他の王族は殺してしまったから、最後に遺った彼女を狙ったに過ぎない。……騎士長と言ったか、位に敬意を評し名乗ろう。我はアース・アルカディア。人々は我をアルカディア王と呼び称える」

「霊族の王アース…!!」


「手を汚すのは後、二人で最後だ」

「今此処でぶっ倒す!〈法術 水龍斬〉」

「呼吸を合わせよう!〈法術 火龍弾〉」


「効かぬぞ」

「ぐぁっ!?」

「ーっ…!!まだまだぁ!!!」

「勘違いしていないか?…法術に秀でた強者が霊族を名乗ったのだ。卑劣で醜悪な星の民如きが、我に敵うとでも?驕るな!」


 アレンとリオンは双龍の力を合わせ、同時にアースに向かって技を撃つ。挟み撃ちは成功したかに見えたが、手負いのアレンがリオンより一瞬出遅れる。霊族の王が隙を見逃す筈無かった。迎え撃つ姿勢のアースだったがアレンの方に移動し鳩尾に肘を入れ、そのまま振り返り動揺したリオンを蹴り上げた。倒れ込む二人を眼光鋭く言葉を吐き捨て、一直線にカグヤに向かっていく。


「!」

「守られるだけじゃないわ。うっかり殺した?私に死なれたら困るんじゃない?」

「浅はか。その程度の自死行為、手出し出来ぬと」

「一瞬止まってくれたら良かったのよ」

「…」

「カグヤ!!」

「〈法術 火龍剛光輝〉…!」

「成程」


 アースの接近直後、カグヤは盾を出し両手を火属性の炎で焼く。痛みを押し殺してアースを見据えそれ以上近付けば自ら焼失する覚悟を見せつける。歯牙にも掛けない様子のアースだがカグヤに注目していた所為で二人の騎士を見落としていた。


 アレンは右拳に炎を纏い法術を発動させ、リオンは爆風からカグヤを守る為に背で庇い後退する。一回転しながら着地しカグヤから手を離す。会話している余裕はなく目配せの後、速攻アースとアレンの元まで駆けた。


「アレン避けろ〈法術 海廻天水龍〉!」

「何故…」

「あ゛ぁぁっ!」

「ゔぅーっ!!」

「勝てる気でいるのか…」


 後、一歩。後、一瞬。早く、速く、駆けろ。リオンの合図でアレンがアースから離れ、力の限りで技を振るう。…一点突破の必殺技さえもアースには届かない。広範囲に及ぶ"風圧"を放つ。盾変化の応用技、アストを全身から溢れ出し狙った相手を吹き飛ばす。

 盾変化よりアストエネルギーのコントロールが困難で取得難易度は高めなソレをアースは予備動作無しで放った。


「…愛する者を失うのは辛いか?」

「ぐっっ…!!」

「はぁはぁ…リ、オン」

(出し惜しみはしない…)

「貴様は知らないのだ。知れば理解出来よう。星の民の大罪を…!」

「〜〜ーぅゔ…!!!」

(ビクともしねぇ!!マズ……い)

「〈法術 リミット・ブレイク〉!!!」

「アレン!!」

「…最後の足掻き」


「リオン、早く行け!!なぁに時間ぐらいは稼いでやるさ…!」


 風発により逆方向に飛ばされたアレンとリオン。アレンを無視しリオンの飛ばされた方向に向かい、片手で持ち上げ首を締める。感情を殆ど表に出さずに薄ら笑いを浮かべていたアースが僅かに声を荒げた。


 手も足も出ず弄ばれ挙げ句、締め上げられたリオンは必死にアースの魔の手から脱出する事だけを考えていた。リオンの体重は決して軽くはない。鍛えている分、平均より筋肉量も上回る。然し苦肉を浮かべる事なく平然と持ち上げアースは是非を問う。


 アスト能力リミット・ブレイク。修行を続けた結果、肉体強化のみならず全身の細胞を活性化させ限界突破を可能としたアレンのアスト能力。最後の砦の技だ。リオンとカグヤが目的地に着く為の時間を彼は稼ぐつもりだった。


「…絶対に死ぬなアレン」

「早く行け。長く保たん」

「っリオン、アレンの稼ぐ時間を無駄には出来ないわ!行きましょう!!」



「!……誤解していた様だ。非礼を詫び認めよう。力試しにはなるだろう」

「レベル2…上等!」


 アースを右手で拘束し全ての力を解放した。届かぬと分かっていても、片翼の戦士に願いを乗せる。失いたくない…愛する者も赤子の頃から共に育った片割れの様な存在も。

 アレンとリオン、背中合わせに未来を託した。

―――――― ―――

 進み続ける、前へ。


「霊族の対抗手段ってなんだ!?」

「初めてペンダントを受け取った日、使い方も学んだわ。今からペンダントを使って扉を開き、力を取りに行く。神話時代…ソレを用いて霊族に勝ったと云われているの。一刻も早く地下へ!」


 二人、手を取りメトロジア城内に入り地下へ向かう。光るペンダントが示す先は希望か、絶望か。案内をカグヤに一任しリオンは彼女を横抱きにする。此方の方が速く到着する。


 ペンダントを受け取った日は騎士団長さえ護衛に呼ばれない程、重要な客人を応対していた。今となってはどうだっていい事実だが一つでも可能性があるならペンダントに頼る他無かった。


?「!星の民、…王族の者」

「「!」」

「霊族…急いでんだ。そこ、通してくれ」

「戦う気は無い…が、一つ答えろ」


 銀髪ウルフカットの霊族。幼い見た目はとてもでは無いが戦士に見えず、戦闘力皆無の少年に見えるが城内に居るという事は少年も戦士なのだろう。城の内部から現れ屋外へ上がる最中の彼とエンカウントした。…つまりメトロジア城は既に霊族の手に堕ちたと見て先ず間違い無い。


 戦う気は無いと伝えた上で少年は質問した。


「何故、戦う?…戦う理由は?」

「そんなモン霊族の封印が解け戦争が始まったからだ。答えたぞ退いてくれ」

「…」

「待って!私達は未来へ繋ぐ為に戦ってる…それだけは確かよ」

「!…未来を」

「貴方は一体…」

「カグヤ先を急ごう」

「そう、ね」


 柔軟な考えが及ばぬリオンは至極当然の言葉を早口で伝えた。普段の彼ならば違ったかも知れないが如何せんタイミングが最悪だ。俯く少年の横を一瞥もせず走り抜けるが擦れ違った瞬間、カグヤはリオンを止める。


 アレンの受け売りである事は否めないが彼女の心を動かした大切な言葉だった。少年は振り返らず、無言となり名前も知らぬままに何処かへと消えていった。後ろ姿が寂しそうに見えたのは…。


――――――


「未来へ繋ぐ為…か」

『レイガ様はきっと強くなります。わたくしが保証して、断言しますから!』


 見上げた空は今にも崩れそうな荒んだ天井。少年は何を思うのか、星の民には関係ない、少年は霊族なのだから。


――――――


「此処が、扉…」

「ええ。ペンダントにアストエネルギーを注いで開くの……。ねぇリオン、ごめんね。ありがとう。…ありがとう」

「カグヤ?」


 目的地へ辿り着いた。扉を前に横抱き状態のカグヤを降ろす。ペンダントにアストを注ぎ込み開かれる最中静かに独り言を呟く。曖昧に微笑む仕草が、忘れられない。


 何時までも溶け残りガラスコップを支配する半透明な氷の様に貴方は居座り続けた。

……百年経とうが変わらずに……。



――――――

―――

――――――

―――

 現在軸。


「ん…」

「寝ちまったか。まぁこの先は面白くも無いから聞かなくて正解だ」


 スヤスヤ寝息を立てる天音はリオンに寄りかかる形で寝てしまった。碌に寝ずに看病をしていたので無理もない。心配させてしまった。だが問題は無い。


 カラットタウンに吹く風は少量の冷気を纏い無垢な少女に安眠を齎す。



 名もなき少年は青年となりて、過去を背負った。未来を貫く刃は青年の手に――。

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