第23話 とある客人
実りある時々に、お客人共々袖振り合う。
――――――
時と共に、髪を切らなければそれなりに伸びよう。鍛錬を続けていればそれなりに強く成ろう。少年は青年へと成長した。然し本日は少年と青年の狭間の出来事だったりする。
「くっ…!」
「ハッ!」
一回り、二回り成長した身体で扱う刃はその鋭さを増していた。心地良い日和の中、訓練を励む若者の声が聞こえる。騎士団の一員として職務を全うする傍ら身体が鈍らぬように演習場で己を鼓舞する。
騎士団長リオンの相手は"ランス・ベート"
同期で入団しリオン達と同じく寄宿学校へは通わず独学で騎士を目指した男性だ。リオンとの共通点は他にもある。エトワールを所持している事。ランスの持つエトワールは槍タイプ。長槍を彼は常に背負っていた。
単純な盾組手ではなくエトワールを交えた歴とした実践形式だ。シルヴァはエトワールの細やかな扱い方は教えなかった。扱った事が無いから。数少ないエトワール持ちのランスは自らエトワールを実践に織り込む闘い方をリオンに提案した。
「良い太刀筋。だが大振りだ…例えばこんな使い方もある」
「っ!」
「どう?」
「俺の負けだ。流石だな」
「ありがとう。リオンだって強いさ。これがただの盾組手なら負けてた」
真正面から大振りで斬りかかるリオンに対し、太刀筋を予測して当たらぬギリギリのラインで回避する。後退した瞬間エトワールを地面に投げ刺し、ポールダンスの如く柄の部分に乗り体重をかけ身体を捻らせると直ぐに降り尖端部分を掲げ、リオンの背後を取った。反射的に振り返るが喉元に迫ったエトワールに観念し負けを認める。真剣勝負を終えた二人は終了の合図として相手の手を取り握手をした。
「幼少期の頃からエトワールの扱いを叩き込まれた。エトワールは僕にとって身体の一部みたいなモノさ。もう一本勝負をと言いたいところだけど、そろそろ実家の手伝いに行かないと怒られそうだ。許可証は副長に渡したから後で確認しとけよ団長!」
「聞いてねぇぞ。まずは団長に報告だろ」
「ほら…そこは君、副長の方が上だからさ」
「ったく…」
「リオン!次は俺とやろうぜ」
「見舞い行ってくっから今日は終わりだ」
「見舞い?ああ、アイツのか。副長候補も大変だな。代わりに誰かやろうぜ!!」
「よっしゃあ!このリリック様が相手になってやる!!」
現時点における権力は副団長のレグルスのが遥かに上だって事は周知の事実だ。リオンも着実に団長としてのスキルを高めてはいるが当分追いつきそうにない。
まだまだ熱気が有り余っている騎士団の仲間に別れを告げランスは実家へリオンは医務室へと向かった。
―――
「よ!リオン、これから何処行くんだ?」
「アレン!医務室だよシオンの見舞いだ」
「そーか俺も今行ってきたところだ」
道中の近道で洒落た格好のアレンと出会う。雑草が自由に伸び盛り、日差しを万遍なく浴びている小道は少々、庭師の手入れが必要かもしれない。帰りにでも専属の者に一言伝えようとぼんやり考えていた。
「ところで許可証の日付は今日だったな。アレンこそ何処に出掛けるんだ?」
「スコアリーズにな。デート!」
「なっ!?デートだと…何時の間に…て言うか誰と?俺の知ってる奴か?」
「それは…」
アレンも本日は出掛けるようで、成長しても尚変わらぬ笑顔は太陽の輝きにも負けない。恋人の気配をアレンに感じていなかった鈍感なリオンは予想外に飛び出した言葉に驚嘆し相手を訊くが、恋人の正体にまたもや声を荒げる事になる。
「エリサーナ?!…ドラグ家の双子の…。んで言わねぇんだよ」
「別にいちいち言うような事じゃないだろ。それにお忙しい騎士団長様と姫様は二人の時間が取れないから嫉妬するじゃないかと」
「フン。俺だって出来る限り時間は作る。だけどギルが勉強しろって煩いから中々…」
「勉強苦手だもんな。帝王学だっけか?」
「俺には何がなんだかサッパリだ。シオンなら全部理解しそうだが…」
「ハハ確かに。勉強頑張れよ。じゃあな」
ドラグ家の四女であり、オリヴィアの双子の姉であるエリサーナと言うリオンもよく知る人物の名前に驚くが、恐らく見知らぬ人間の名前でも同じような驚き方をリオンはするのだろう。
カグヤの執事であるギルに帝王学を半ば強制的に学ばされ頭は既にパンク寸前だ。必要な事だと自覚しているからこそ断りにくい上にシオンのように勉強を好むタイプではないので日付で区切った分の勉強量が間に合わず終わる頃には日付は変わっている。騎士団長としての仕事、訓練、王女の恋人としての教養、一遍に学ぶには時間が幾らあっても足りない。
鯔の詰まり一区切りを付ければカグヤに会いに行けるのだが頭が悪い所為で勉強が捗らず中々、二人の時間が取れないと言う訳だ。しかもギルの抜き打ちテストが時折あるので油断が出来ない。
――――――
医務室に読書好きの利用者が増えた事で訪れる度に本棚が増えていた。当の本人は相変わらず難しそうな本を楽しそうに読み進めており、運び込まれた病人には見えなかった。
「元気そうだな。心配して損したぜ」
「そう言うリオンは複雑な表情だね…。何かあった?」
三度ノックで人影に気付いたシオンは開いていた本を閉じ扉の向こうの人物を招き入れる。普段は見せない神妙な面持ちのリオンに疑問を抱き、彼はポツポツと理由を話すが訊いたシオンは爆笑してしまった。
「アハハッ!今頃気付いた?」
「シオンは知ってたのか?!」
「だって分かりやすいもん。出掛けるときは厚着だし、この前だってのプレゼント用のアクセサリー買ってたし」
(全然気付かなかった…)
「…そんな事より、体調は戻ったのか?」
「ご覧の通り。完全回復!」
「最近よくぶっ倒れるからな。無茶してると医務室が書庫になっちまう」
「ただの貧血の様なもの。それに無茶したくもなるよ。霊獣の墓場、枯れ泉の研究が楽しくって!薬だって常に持つ様にしてる」
「その薬も自作なんだろ?」
「うん。自分で作った方が早い…!」
近頃、シオンは突然意識を失うようになり高頻度で医務室を利用していた。原因は不明だが医者が言うには過労による貧血だと。シオン自身も大して問題視しておらず、また医者が処方する前に薬を自作していた。
「ねぇ、…リオン。枯れ泉の泉はどうして枯れたんだろう。リオンはどう思う?」
「ん?んん〜…素人の俺に訊くよかシオンの方が答えに辿り着けるんじゃ?」
ふと、シオンの口角が下がった。四角い窓から見える景色を眺め問い掛けた。リオン達より遥かに蓄えられた知識は任務中でも執務中でも彼等を助けれくれるが、シオンは時折今のような質問をしては深く考え込む。
「たとえ素人だとしても、時にはそれが一番最適解に近い答えだったりする…。直感で良い。リオンの意見が聴きたい」
「そういうモンか?そうだなぁ…単純に泉の管理者が居なくなったから…とか、か?」
「良いねソレ。管理者…」
「…いや泉の管理者なんて聞いた事ねぇな。まさか墓場に棲んでいる訳じゃ無いだろ?最寄りの街だって態々、泉の所まで行って何すんだって話だ。クラールハイトの連中は枯れ泉に興味なんか…」
「霊獣の墓場は暗い森の中だから隠れてでも無ければ住む必要ないよね…。森の中と言えばガーディアンの里…彼等は滅多に外に出ない事で有名だから関係は無さそうだ」
「少しは参考になったか?」
「勿論。感謝するよ」
腕を組み頭を捻らせ悩んだリオンは実に単純明快な回答をした。意見を聴き、シンプルな答えであっても真剣に考察するシオンの横で自分の意見をぶった切るリオン。連想ゲームのようにガーディアンの里まで派生して唸るシオンの両眼はサプライズ計画する親のようにキラキラと輝いていた。
素人意見など役立つものかと思うリオンだがシオンの表情を見れば如何なる意見だろうと研究者にとっては貴重なサンプルらしい。否定意見は心に留める事にした。
?「入っていいかしら?」
「どうぞ」
「カグヤ!」
「リオン、少し良い?」
「俺?」
「行ってきなよ。ぼくは寝るから。ここに居座ってもつまらないだけだ」
「シオン…!ありがとう」
「また戻ってくる」
「ふっ戻らなくて良いって」
扉を少しだけ開けてリオンを手招きする少女はカグヤ。礼儀作法を学び、出会った頃より幾分か大人びて見えるカグヤは旧友と情人の前で幼さの面影を残す。
シオンの気遣いに微笑み、感謝を述べる。喋り足りないリオンはカグヤとの用事を終えれば、また戻って来ると言った。折角の二人の時間を大切にしたら良いのに。
――――――
「何でここに居るって分かったんだ?」
「アレンが教えてくれたの。どうしても、貴方に見せたくて…これから人と会う約束をしているのに抜け出して来ちゃった!」
「!それは、レベッカ様の…」
「お母様が私に譲って下さったの。今日から貴方が持ちなさいって…。王家を象徴するペンダントの世代交代よ」
当然、騎士団団長ともなればレベッカ……カグヤの母親の身なりを知っている。目立つ装飾品なら尚更の事。首元に提げられたペンダントを丁寧に外して見せた。
楕円形の煌々と輝く宝石が一つ。カグヤの瞳と赤の造形美が交わり一等美しく在るべき姿を嫋やかに映していた。思わず、息を呑み魅入る。時間の流れを忘れてしまうほどに似合っていた。
カグヤが宝石の赤ならば、リオンは宝石を守護するかの如く添えられた装飾の金色と言ったところか。
「ただのペンダントじゃないの……。もし、もしも使う日が来てしまったらその時は…私を守ってね」
「使わなくたって守る。…なんたって俺は騎士長だからな!」
「使わない事を祈るわ。世代が私達を選ぶ前に……。後、ペンダントを見せる為だけに来たわけじゃなくて、勇気をくれない?これから会う人達の中にとっても気難しい人がいるの。緊張しないように応援してほしい」
国に仕えてから時は流れた。王族の全てを知り尽くす事は出来ない、言えない事も沢山有るだろう。だからこそ、リオンはカグヤに訊かない。訊かない距離が心地良いから。
騎士団長と言えど介入不可なエリアがある。これから会う人達とは王族の者か、同等の者である可能性が高い。護衛にすら呼ばれないリオンは不器用なりにカグヤを勇気づけた。
「がっ頑張れ!」
「!…リオン、ふふふ元気出てきたわ」
「何笑ってんだよ…」
――――――
仄暗い部屋の一部、読書の為に付けた灯を消し何周もした本を閉じる。必要以上に伸びボリュームも増えた髪を雑に掻きあげる。
リオンとカグヤが視界から消えた直後、シオンは拳を握り締めた。
(この本は理解出来ない方がよかった…)
一筋、片目から哀が流れる。彼の涙は誰も知らない、誰にも見えない。透明な雫は光に隠れてしまうから。
「泉の管理者か……」
知らぬが仏。触らぬ神に祟りなし。俗世の言の葉で濁せど、かの器は潤わない。
幾星霜
―――――― ―――
「いけないっ!早く戻らないとギルに叱られるわ…。リオン、行ってくるね!」
「気ィ付けてな」
「最後になるけど手、出してみて」
「?」
「お裾分けっ。今朝採れたばかりで新鮮よ。シオンの髪色みたいだったから御見舞品に、と思って。ちゃんと渡してね?」
「おう。任せとけ!」
外したペンダントをカグヤたっての希望でリオンが付け直す。邪魔にならないように血色の良い指先で髪を掬う。露わになった項にひんやりとした金属を感じる。ペンダントの付け方など知らないリオンは手間取っていたがそれすらも愛しい。
途中まで同行を、と提案したがギルにバレるといけないので遠慮しておくと彼女は断り、最後に小さな小瓶を差し出した。中には幾つかの青紫色の果実が入っており微かに程良い芳香を放っていた。
庭先に実っていたブルーベリーのお裾分けを確かに受け取ると手を振りカグヤを見送る。
「シオン今戻ったぞ…本当に寝てやがる」
「…」
小瓶を片手に扉を開ければ先程まで元気に爆笑していたシオンが今は静かな寝息を立て眠っていた。眠りの早さに驚きつつ、新鮮なブルーベリーを一粒だけ口に放り込む。
「この本まだ持っていたんだな」
(相変わらず全然読めねぇ)
本棚の上に置かれた一冊の本を手に取る。かつてカグヤがシオンに贈った古本だった。パラパラ捲り流し見する。不可思議な文字の羅列は何時まで経っても解読させる気が無くある種の不気味さに拍車をかけていた。
時折現れる挿絵を眺めるだけでも十分に満足出来る。意味は伝わらなくとも想像は捗る。譬えば後半の少女と少女の数倍巨大な物怪。物怪の姿は猛々しく、雄々しく見据える瞳は頁の境を曖昧にする迫力ある三白眼だった。何処か水龍を彷彿させる物怪は霊獣ではと思わずには居られない。
(…少し仮眠をとるか)
読書家ではないリオンは眺め始めてから数分も経たずに眠気に襲われる。古本を元の位置に戻し大きく欠伸をした。椅子に掛け直し、腕を組んだ後は目を閉じるのみ。窓から射し込む陽気な風が夢の世界へと誘う。
――――――
―――
?「……!」
?「リ……ン!」
?「リオン!!」
「んあ?!…アレン?戻ってきたのか?」
「あぁ戻った。…て言うか外見ろ何時まで寝てんだ?」
「ゲッ!?今日は日が沈むのが早いな…」
「なぁに寝ぼけてんだよ。シオンはとっくに宿舎に帰ったぞ」
肩を強く揺さぶられ、姿勢を崩しかけた拍子に目を覚ます。デートから帰って来たアレンは既に騎士団の制服に着替え呆れた顔で転寝のリオンに時刻を教える。
一秒前まで陽光を浴びていたのに気付けば日は落ち、赤焼けの空が眼前に広がっていた。
「シオンめ…」
「俺達も戻るぞ。そ〜だ、副長が鬼の形相でリオンを待ってたな…」
「忘れてた……確実にシメられる。アレン、お前も道連れだ。こい!」
「は?!俺よりシオンだろ!…その様子じゃこの位の子供一人見掛けてない…か」
「子供?何の話だ?」
「城で迷子になってたらしいんだ。此処に来てないかと思ったが知らないなら良い。無事に見つかったらしいしな」
「そんな事があったのか」
起きた序に自分も起こしてくれれば良いのにと薄情で掴みどころの無いシオンに小言を漏らす。副団長のシメは一段と重く、翌日に響く激痛を残すので誰もシメられたくはない。道連れを回避しつつアレンは話題を変えた。
メトロジア城内で迷子になったらしい子供について。親に連れられ遊びに来た子供は少し目を離しただけで居なくなり見つかった場所は城内ではなく親の仕事場付近だったとの事。アレンも戻ったばかりで実際のところはよく知らないので会話は直ぐに途切れ、別の話題へと移り変わっていった。
――――――
「言い訳は言い終わったか、団長?」
「レグルス…待ってくれ。待てやめろ!!ゔっ!?!」
「団長としての自覚あんのか!?成長しねぇ奴だな!!俺の仕事が増えるんだよ!!!」
「ま…ったギブ!!ギブ!がっっ!?!」
アレンに逃げられ、覚悟を決め副団長室を訪れる。目元が笑っていないレグルスに遅刻理由を尋ねられ嘘は言うまいと素直に話す。
長く感じた沈黙を五七五で破る。座っていた椅子を蹴飛ばしゆっくりとリオンに詰め寄り一気にシメかかる。狭い部屋の中では小柄なレグルスが優勢だ。部屋の縛りが無くとも、彼が勝つに決まっている。関節技を鮮やかに決め抵抗する術を持ち合わせていないリオンの絶叫が木霊した。
「許可証確認しとけ。立て、話はまだ終わっちゃいない。アルカディア調査の事だ団長就任後、初の大仕事。心してかかれ!」
「!アルカディア…封印が弱まってるって言ってたな。直ぐに出発するのか?」
「直ぐにでも出発したいが…事態が変わった。アルカディアへ向かう為には海を渡る航海法術が必要になってくる。前回は航海術に優れた一族が要となり動いた」
「じゃあ今回もソイツに任せれば…?」
「突如、行方不明になった。生死不明だ」
「何で…」
「何故、どうして、はこの際どうでもいい。奴には一人息子がいたが航海術を扱うには幼すぎる。そこでだ、リオンと他数名に航海術を学んでもらう!無論、俺も学ぶ。拒否権は無い。幸いにも航海術を記した資料は残されていた」
「航海術…!完璧にマスターしてやるぜ」
だらしなく床で敗北を味わうリオンにランスの許可証を投げつけ、手の動作で立てと命令する。全身を襲う痛みに身体を擦っていたがアルカディア調査と聞き、瞬時に真面目な顔に戻り立ち上がった。
行方も生死も不明な人物を探し出すより、残された資料を元に導き出した航海術を倣う方が効率的だ。前例のない事態を団長に知らせる前に考案し解決する。副団長と謂われる所以である。
「アルカディアへ行くとして、俺達は何をするんだ?封印の上書きか?」
「あんな化物じみた所業出来るか。俺等は主に霊族の生活様式やらなんやらを調べる。その辺の内容も此方で思案済。人が居ないだけの視察と思っとけ。他に質問は?無ければ、回れ右して部屋を出ろ」
―――
「団長!」
「"ゼンマ"じゃねぇかどうした?」
「団長に客人だ。応接室で待ってる」
「客人…どんな奴だった?」
「隙だらけの婆さんだった。なんか88ってずっと呟いてた」
「何だそれ?ま、行って確かめるか。連絡助かったぜ」
「トウゼン!」
自室へ向かう中途、少年が駆け足でリオンを呼ぶ。彼の名はゼンマ。両目を隠す灰色の髪が特徴的で元々は身寄りのない孤児だった。
盗みを働いて暮らしていたが騎士団に保護される形で捕まり、本人の希望を尊重しリオンはゼンマを使用人として城に迎えた。
目元が隠れている為、表情は分かりにくいが少年らしい元気な声が感情を物語っていた。受け入れてくれた団長には速攻で懐き、団長の連絡等の伝通を積極的に行っていた。
伝通の感謝を伝えると頭を二、三度撫で応接室に向かった。撫でられ嬉しそうに顔を綻ばせるゼンマはハッとして表情を元の真顔に戻し辺りを見渡す。誰も居ない事を念入りに確認して、もう一度だけ口元を緩ませる。
――――――
「おや、騎士団長は随分可愛らしいなぁ。待った甲斐があったあった」
「待たせて悪かったな。騎士団長のリオンだ。婆さんの名前と目的は?」
「60か70じゃったかな?よく似ておるわ。あやつも見たかったじゃろうなぁ…おっと、名前だったか、名前は婆さんで十分十分。団長様が産まれるずーっと、前から婆さんじゃったからのぉ。次会う事があれば教えてもいいかな?…目的、ふむ目的は団長様に88番目の言葉を伝えに来た。それだけさ」
応接室には老婆が一人、飾られた著名な人物の彫刻品を執拗に眺めていた。リオンが入室すると彼に向き直り挨拶する。漆黒の杖を慣れた手付きで動かし、カウチに腰掛けた。
老婆が一息ついたのを確認してから同様に向かい合わせに座る。早速、単刀直入に質問するリオンに対して老婆は独り言のように頷きながら本題に入った。
「88番目?」
「88番目。お主の順番が来たのじゃよ。私しゃ、世界を渡り歩いとる
「予言とかってのはその時になってみないと分かんねぇからな…何とも言えないが、頭の隅に置いとく分には聞いても良いぜ」
「素直な奴じゃな。聴かせてやろう。予言其の88!お主は数多の物怪と共に生きる者と運命が絡み合う。勝敗を別つは覚悟の差。切り札はエトワールに在る!」
「!それ、だけか?」
「うむ。どう思った?」
「…分かりにくいな…予言内容はハッキリしてほしいモンだ。一応、隅には留めておく。いまいちピンと来ねぇが…」
「フォフォ。素直で結構!!しがない老婆はさっさと退散するとしようかの。余り言いふらすんじゃないぞ。さてて、また世界を巡るかね」
「婆さん、見送りなら」
「要らん。大丈夫じゃよ。そもそもあの少年以外は誰も知らないからなぁほぼ不法侵入!じゃから早めに逃げるのさ」
「なっ…」
「捕まえるか?」
「見なかった事にする。今日だけだぞ…」
「情が厚くて涙腺弱くなるのぉ。またな」
告げられた88番目の予言。リオンでなくとも全てを理解する事など不可能に近い。老婆自身も実際の情景が浮上する訳では無いので、何処まで理解してるか甚だ疑問は残る。
仕事が終わった老婆は杖をコンッと鳴らし立ち上がる。さり気なくメトロジア城へ、不法侵入したと暴露し立つ瀬が無いリオン。今日、訪れた老婆の事はゼンマとリオン、後にリオンの口から伝えられたアレン、シオンのみが認知するに留まった。メトロジア城への侵入ルートが何故か完璧だったので、明日から警備を厳しくしようと心に決めた。
逃げ足が速く、瞬きの瞬間に不思議な予言を残した老婆は居なくなっていた。彼女が消えた回廊を見つめていたリオンだが先程レグルスに叩き込まれた痛みが今になり再び襲い応接室のカウチにだらりと息をつく。
(勝敗……誰かと闘うのか?)
「おっと言い忘れておった!」
「!!まだ居たのか婆さん」
「情の厚い団長様に忠告。其の者はお主と同族の者、と言っても主はハーフじゃけどな。如何なる相手だとしても歩みを止めるでないぞ!」
「ちょっと待て…!……益々分かんねぇ」
城を出た筈の老婆が突然、踵を返しリオンの戸惑いを他所に早口で喋ると、次の瞬間には得意の逃げ足で去って行った。
背臥位の姿勢を中途半端に起こし、老婆を引き止めようとするが遅い。最早、杖すら使っていない老婆は姿形も無い。追いかけたところでこれ以上の有益な情報を得られるとは思えず、再び仰向けに寝そべり予言内容を反芻する。
「エトワールは、コレの事か……」
シルヴァは打刀タイプのエトワールをリオンの父親の持物だったと言った。父親と聞いても実感は湧かず、そんなエトワールをこの先使用する機会は有るのだろうか。エトワールとはあくまで護身用武器であり切り札になるとは到底思わなかった。
腰に差したエトワールを取り出し掲げる。本日は不思議な客人を招き入れてしまった。リオンとカグヤ、其々が出会った客人らは今後絡み合う運命に大きく作用するのだが、其れは知る由もない事であった。
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