第22話 騎士団団長

 少年は騎士となる。目に映る世界を信じて

――――――

 "人の噂も七十五日"と言えど噂の当人が国にとって重要人物ならば長引くのも致し方ない。


「…ほらあの子よ」

「あの子がルイス様を差し置いてカグヤ様と付き合っているって噂の子?」

「王子様より見習い騎士を選ぶカグヤ様もねぇ…」


「気にすることないよ」

「別に、気にしてねぇ…」

「の割にその顔は何だ?」

「カグヤまで悪く言う必要ねぇだろって」

「そんなモンだ」


 誰しもが祝福出来る程、良い噂では無いし誰しもが寛容に受け入れられる程、人間が出来ていない。ギルだって最初は良い顔をしていなかった。加えてカグヤには同い年の婚約者が居た。カグヤの意思を尊重したギルには感謝してもし切れないがその分周りとの温度差が明確になり、リオンは言いようのない感情に悩まされていた。


「切り替えよう。もう時期鐘が鳴る」

「…」



 浮かない顔に鳴る鐘。叙任式挙行の合図だ。壮大に、厳かに式典は執り行われる。ラップと太鼓の音が規模を物語っていた。


「どこ見渡しても有名人多いな。教会の奴らまで居る…。あっちが騎士団の人か…!」


 当たり前だが叙任式には錚錚そうそうたる顔ぶれが揃っていた。右を見れば教会関係者、左を見れば騎士団の面子。後方には名だたる多数の一族の高官達。アレン以外の騎士見習いの少年少女が緊張するのも頷ける。アレンは、彼等が出揃う重要度を然程理解してないのでのんびりしていた。肝が据わってるのか据わってないのか。


 騎士団団長と思しき人物も視界の端に映り堂々とした存在感が緊張状態に拍車をかけていた。


「国王様よ…!!」

「いつでも素敵ね…」


「あの人が…カガリ様」


 浮かない顔は国王カガリ・A・メトロジアの登壇でも変わらず、やるせない気持ちが募っていた。国王は騎士になる者に祝辞を、次いで"騎士の誓い"を述べる。騎士団団長が国王に向き直り跪き頭を垂れるのを合図に同様の姿勢を取る。合図を見ていなかったリオンはシオンに肘を突かれコンマ数秒遅れで膝をつく。


「霊獣より賜りし【アスト】

女神様より賜りし【かの器】

跪く者、誓いの儀典を追従せよ

王族に忠義を、民に導きを、同士に博愛を、

武勇を掲げ安寧を、情人に慈愛を。

渡り人と会敵せし時、不屈の精神を携え、

勇猛精進したる力を奮い矛となり盾となれ

之より、汝らを騎士と命ずる」


「渡り人って誰だ?」

「霊族」

「ふーん…」


 国王の有難い言葉に疑問を呟くアレンと両耳を擦り抜け聴こえていないリオン。自由度が高い二人に若干、苦笑いしつつアレンの疑問に答えるシオン。場の規律を乱しかけ、離れた場所にいるギルに睨まれ慌てて口を閉じる。既に目を付けられていた。


(どうしたのかしら…リオン何だか元気が無さそう)


「アコレード後の挨拶…忘れて無いだろうな団長」

「ハハハ大事な事は忘れんよ!俺が忘れた事あったか?」

「…あんたは常に忘れてるよ!まさか挨拶の内容考えてないって事は…!?」

「そうカッカしないで隣が煩いと王様の言葉入ってこないわ〜」


「あんたはその露出グセ治したらどうだ!」

「やぁ〜よ。ありのままの私を見てほしいの魅惑な私に魅了されてね。ほぉら!純情な坊やが私を見て戸惑ってる〜。かぁわいい」

(駄目だ…手遅れだ……規律の欠片もない…なんだか悪い予感がする…とんでもない事が起こりかけてる気がする…)


 直前になっても再三、騎士団団長に確認する彼は団長の側近であり言わば副騎士団団長だ。砕けた物言いは信頼関係の現れでもある。隣から苦言を呈したのは騎士とは思えぬ露出の高い服を着た女性だった。余りの露出度に周りからチラチラ視線が送られるが彼女は、それが狙いなのだ。魅惑の笑顔で視線の相手に手を振る。規律の欠片も無い騎士団の様子に絶望を覚える副長だった。


 国王は長剣タイプのエトワールを抜刀し、一人ずつ周り跪く騎士の右肩を長剣で三度程叩く。俗に言うアコレードだ。全ての人間を叩き終わると正式に騎士の称号が与えられる。


「娘を宜しく頼むよ」

「!」

「愛を知る者は強くなる」

「…っはい」


 地面ばかり眺めていたリオンは初めて国王の眼を見た。自然と合う眼に水龍とは違った敬畏を抱く。王たる威厳を自然に醸し出すカガリはカグヤとよく似た笑みをリオンに向けた一言残す。アコレードの合間の半刻にも満たない一瞬の出来事だったが何時間も経ったような気分をリオンは味わう。


 言葉を絞り出し返事をするリオンはアコレードを終え正式に騎士となった。跪く者、全てが騎士団の一員となり立ち上がる。残すは現騎士団団長の挨拶だ。



「…随分貧相な顔立ちだな。カグヤ様も所詮はその程度だった訳だ」

「っ!!」

「お前ごときが怒ったところでこの俺に敵う訳無いだろ、やってみろよ阿保ヅラッ!」

「…」

「リオン抑えろ」

「とっとと別れろよ身分違いの勘違い者!」

「…ざけんな」

「リオン!?待って!」

「我慢できねぇ…!!」


 批判する人間は決まって口が悪い。何故なら相手を見下しているから、自分が安全な場所に居ると思っているから。王が定位置に戻り愈々、騎士団団長が登場する矢先に騎士団の内の一人がリオンに態と絡みだす。アレンとシオンはリオンに言い聞かせるが言葉一つで抑え込めるような性格ではない。口の悪い男の付近にいるメンバーも流石に言い過ぎでは無いかと意見するが此方も聞く耳持たず。


「黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって、テメェは騎士の資格なんか持ち合わせちゃ居ない…!!俺の前から消えろッ!」

「…フッ」

「ーっ」


?「この辺でいいか…」


「団長!?」

「…」

「あ〜あ、やっちゃった」

(シルヴァの言葉何一つ聞いてない?!)


 我慢の限界を超えたリオンは遂に飛び出した。エトワールをサッと抜き口の悪い男目掛けて刃を振るう。まさか反撃されると思っていなかった男は不意を突かれ無けなしの抵抗をする。厳正な叙任式で、王国の式典で、相手が悪いとは言え騎士の称号を与えられた直後にリオンは現騎士に刃を向けた。本来なら反逆と捉えられ断罪されても可笑しくない場面だが騎士団長は真逆の行為を取った。

 団長は二人の間に割って入るがリオンは団長と気付かず寸でのところで標的を邪魔した男に切り替え真っ直ぐに喉元を狙った。嘸や素晴らしい身の熟しで躱すかと思いきや団長は一切微動だにしなかった。流石のリオンも無抵抗の人間に斬りかかるほど心を捨ててはいない。眼前の男を睨みながらエトワールを鞘に戻す。


「リオン!…大丈夫かしら?」

「ハハハ強いな、参った参った。名はリオンだったか。今日からリオンが騎士団団長だ。よっ団長!団長の業務頑張れ!!」

「…はぁ?」


「何を……何を言ってんだあんたは!?団長の業務そんなにやりたく無かったのか?…いや八割は俺に押し付けてたが……いや、その態勢から立ち上がる方法いくらでもあっただろ!何参ったしちゃってんだ!?"イロカ"俺を止めた訳を言え!!」

「え〜?」

「どうせ面白そうだからだろ?!顔に書いてあんぞ。面白そうで止めるな!!」

(副長煩い…)


 団長の…否、前団長の爆弾発言により厳格な雰囲気はブチ壊され辺り一帯は騒然となる。当人であるリオンも戸惑う終いだ。

 前団長が爆弾発言をする前に阻止しようとした副長を露出癖のあるイロカと呼ばれた女性が止めた。"面白そうだから"止めなかったに過ぎない。副長以外は誰も自由度の高すぎる近衛騎士団を統率出来きない。


 これには国王も目を丸くしてしまう。国王の隣に座るカグヤはリオンの元へ行こうと慣れないハイヒールで小走りした。ギルや後方のシルヴァに至っては駆けつける気すら起きず、唖然とし頭を抱えた。


「リオっ…きゃ?!」

「カグヤ!大丈夫か?」

「ありがとう…。でも大丈夫か?は私の台詞よ」

((他人の振り…しとこ))


 案の定、ヒールがグラリと傾きカグヤは転びかけたがカグヤの声に反応したリオンが咄嗟に受け止め事無きを得る。アレンとシオンはリオンに注目が集まっている合間に列に戻り今更、他人の振りをする。少し離れた場所に並ぶリリック&ライムの二人は突っ込む事も受け入れる事も出来ず顔を失っていた。


「あんた本気で言ってんのか…」

「本気だ。若い芽にはどんどん前へ出てほしいんだよ」

「若過ぎたろ!?……あんたが団長だから俺は副団長を名乗ってんだ」

「こういやぁ良いのか?それが"みち"となるから」

「!…そうか、決めたのならあんたは絶対突き通す。そういう奴だ」


「騎士団長…?……俺が、か!?!」

「やっと飲み込めたようだな」


 前団長は副長を説得する。如何に副長が否定しようが結局、折れるのは副長の方なのだ。前団長と副長の会話を側で聞き、ようやっと自分がとんでもない任命を受けたと自覚したリオンは言葉に詰まり、カグヤを支える両手に手汗が滲み出た。

 目の前の少年にペリースを羽織らせ前団長はニカッと笑ってみせた。笑い事では無い。


「次は近衛騎士団団長の御言葉ですが…!」

「そうだった、そうだった」

「団長…!!」


 ギルは感情を出さぬようにあくまで冷静に滞った進行を促すが傍から聞かなくとも怒りで声が震えているのが分かる。全員が前団長の言葉に色んな意味で注目した。


「俺は"ノーヴル・マキシム"騎士団長を名乗ってたが今日で終わりだ!そんで式典もお開きだ!新たな騎士団長、リオンと君達の門出を祝って饗宴と行こうじゃあないか!」

(めちゃくちゃだ…)

「戸惑ってるウブな反応、かぁ〜わいい」

「そんじゃ!おいら達は頭のお硬い高官様の護送してくるから飯残しといてよ」


 威勢の良い声を空高らかに投げつける。前団長、もといノーヴルの声に最初に乗ったのは騎士団のメンバー達だった。彼等は常にノーヴルと共にいたので盛り上げ役を一役買っていた。ガタイの良い筋肉質の男性が気さくに飛び出る。彼を含めた数人は高官方の護衛があり饗宴の始まりに間に合わないので仲間に念を押す。体格から見ても分かる通りの健啖家だ。


 騒めき冷めぬ内に叙任式に集結した者達は散会し始めた。名だたる一族の者達も何が起きたのか分からず消化不良のまま王都を後にする。騎士長リオンの名は彼等に深く刻まれた事だろう。一見、滅茶苦茶な終わり方だが…実際、滅茶苦茶である。


――――――


「まさか最年少で騎士団長に成り上がるとは思わなかった」

「アッハッハ!!ソレ言いたいだけでしょ!騎士団出来てから一世代しか経ってないじゃない!!」


 饗宴の喧騒。右から左から、兎に角どんちゃん騒ぎ。メトロポリスの一角にある騎士団専用の寄宿舎にて新たに入団する皆に豪勢な料理が振舞われる。本日からこの場所に住み騎士としての業務を熟す。


 騎士と言っても最初は騎士見習いから初めるのが定石だ。見習いとして先輩騎士に付従う。見習いが成長すれば立派な騎士として国王に忠義を果たす。ただ一人を除いて。


 何故か素っ気ないアレンとシオン、心当たりがあるので深く追求出来ないリオンは一人寂しく肉を頬張っていた。同時期に入団した者も微妙にリオンと距離を取り、先輩騎士は前団長が挨拶するまで絡みに行けずに結果、物凄い形相でリオンを睨み誤解されていた。



「改めて御挨拶を、団長っ!俺はノーヴル・マキシム。そんでもって隣が…」

「"レグルス・ジィーゼル"副団長だ。団長の…いやノーヴルが認めたのであれば俺も認めよう。だがこれだけはハッキリさせておこう。ノーヴルとあんたじゃ実力が天と地ほどの差がある。ツケ上がるんじゃねぇぞ」


「分かってるよ。そんくらい…俺はリオン、宜しくなノーヴルさん、レグルスさん!」

「団長、気を遣う事は無い。さん付けなんかいらんいらん。窮屈になるだけだ」

「そうか?ならそうするぜ。俺も窮屈だと思ってたんだ。ノーヴル!レグルス!」


 食事も中途半端に副団長は前団長に連れられリオンの元にやってきた。何処までも気さくなノーヴルは対等の仲間としてリオンを受け入れる。心の中では絶対認めてないであろうレグルスの表情に冷や汗を掻きながらも、成長し切っていない少年は秒速で呼び捨てにし副団長をピクつかせる。


 改めて紹介しよう。前団長ノーヴル・マキシム。金髪金目で誰に引けを取らないガタイの良さは歴戦の積み重ねでもある。朗らかな笑みに安心感を覚える。

 隣は副団長レグルス・ジィーゼル。褐色寄りの肌に黒髪がよく似合う。右耳にはインダストリアルピアスが目立ち、レグルスの恰好の良さを際立たせていた。成人男性にしては少々小柄だが圧は誰にも負けない。


「リオン、団長の業務は大変だろうから後でコッソリ副団長に押し付ける方法を教えてやる」

「聞こえてんだが…!あんたが団長の頃は仕方ないから俺が代わりに熟してたんだ!ノーヴル以外の元で働く気はない。自力で精々頑張るんだな」


「その心配はねぇよ。俺にはアレンもシオン居るからな!」

「!」

「リオンと一緒に居た赤髪と紫髪の奴か。大変かもだが三人なら大丈夫だ!」

(その大変を作り出したのはあんただよ)

「はい…勿論です」


 副団長は嫌味のつもりで頑張れと言ったがリオンはストレートな本音で言葉を返した。名前を呼ばれビクッと反応し、静止する二人を見つけ出し両肩に手を置くノーヴル。初日で目を付けられたくないシオンは辺りの眼光と目を合わさないように小さく返事をした。


 これがキッカケで先輩騎士達はこぞってリオンに絡みに行く。揶揄いたい者、応援したい者盛り上がりたい者、唾つけたときたい奴など様々な者がリオンを取り囲む。お調子者のリオンも騎士団の勢いには勝てず引いていた。


「今帰った。おいらの飯残ってる?」

「団長に挨拶行ってきます」

「行ってら〜相変わらず真面目だねぇ」


「団長、どうも。初めましてラーニャです。お見知りおきを…それでは」

「お、おう…?何だ急に」

「あ〜あの子はラーニャ。無口、無愛想、無表情のスリーコンボの子だよ。最低限の事しか話してくれないんだ。偶に男に間違われてる場面見るけど立派な可愛い女の子!」


 護送組が出戻り騎士団全員が合流する。ヌッとリオンに近付き伝えたい事だけ伝えるとさっさと部屋を出て行ってしまった一人の騎士について近くにいる男性が解説を入れる。黒髪黒目の中性的な見た目の女性はラーニャと言い、コミュニケーション能力に欠けるが根は真面目で良い子だと話す。


「ねぇ〜私も見て、だんちょ!リオンかぁいいね…食欲を唆られる私好みの見た目。そんなに火照ってどうしたの〜?」

「!?」

「あんたがドサクサに紛れて酒飲ますから」


「リオンこいつは厄介な相手だぞ…。強敵だ。イロカ・ラヴァーネット男を手玉に取るのが趣味な悪趣味女だ。大体の男は引っ掛かるぜ。ここら辺の連中は皆、引っ掛かった」

「お前もなッ!」

「おうよ。分かってても見ちゃうよな〜」

「ウンウン」


「イロカ、その辺にしろ」

「副団長…私が本気で狙ってると思ってる?冗談よ!お姫様の恋人奪ったりしないわ〜ほんの少しだけ味見したいの。それとも私の誘いに乗る気になった?」

「冗談は十分だ。消えろ」

「つまんない男ね。こんな奴になったらだめよ。だんちょ〜」


 イロカ・ラヴァーネット。桃色髪と桃色目の彼女の好みは高身長イケメンではなく純朴で純粋な男の子。少年だと尚良いらしい。

 リオンをバックハグし態と豊胸を押し当てる。ちょっとアレな悪戯が好きな彼女はリオンのグラスと自分のワインが入ったグラスを何時の間にやら入れ替えていた。


 明らかに引っ掛け目的で近付いているにも関わらず世の男性方は大体騙される。その気にさせてタダ酒を飲み時々夜を共にする。翌朝には彼女の熱は冷め、振られるのがオチだ。悪事に使わないだけマシな方と言われてしまう始末である。

 すっかり冷静さを取り戻したレグルスがそんなイロカを遠ざけ摘み出す。


「向こうにいる奴は誰だ?」

「でっかいな何センチだろう…」

「えっ!?私のバストの話ししてる??私のは…触って確かめてみて」

「あんたの事じゃねぇ!どっか行ってろ!」

「え〜…あ!かわいい子発見!一緒に飲みましょ?ほらほら二人だけで」

「ぼく!?いや、あのちょっと…。アレン、リオン!見てないで助け…!?」

「シオンお前の犠牲は無駄にはしない」


 摘み出された直後に戻ってきて好みの少年を食らおうと色香を醸し出すも再びレグルスに引きずられる。文句の一つでも言ってやろうかと思った時、別の好みの少年を発見した。シオンの抵抗虚しくイロカに拘束され逃げ出せない。御愁傷様とでも言いたげな目でシオンを見送る助ける気がない一同。


「でアイツは誰なんだよ」

「レス・ワース。…身長は二メートル超え。ノーヴルさん以外と話してるとこ見な事ないから下手に話しかけない方がいいぜ」

「そういやぁ前に彼女とデートしててよ。広場でワース見掛けて何やってんだろってさり気なく近付いたら子供にギャン泣きされててさ。ちょっと可哀想だったな…」

「ふーん…」


「お前が近付いても踏み潰れるだけだぞ。体格が違いすぎるからな。ハハ踏み潰されてこい。違いすぎる体格と言えば副団長も中々の小柄だな!もしや踏み潰された後なのか」

「…」

「バッ!?副団長に身長の話題は禁句だぞ。小さい事気にしてんだから」

「小さいなんて言ったら死ぬぞ!!」


「…ほう。遺言はそれでいいんだな?」

「ま〜たやってらぁ」

「アイツさっきの…!」

「イータってんだ。アレの名前は覚えなくていい。悪癖だよ息を吸うように人を罵る」


 レス・ワース。茶髪金目で伸びた襟足よりも特徴的なのが二メートル超えの長身。立っているだけで迫力があり、座っていても迫力満点だ。よく幼児に泣かれている可哀想な奴だが本人に悪気が無いのは、彼の申し訳なさそうな表情からも明らかである。ノーヴル以外とは話そうとせず話を振られても無言を貫く徹底ぶり。


 人相の悪そうな男がリオンに突っかかる。彼はイータ、先程の叙任式でもリオンを見下すような発言をしていたが最早治せない悪癖だと皆が口を揃えて話す。リオンの序でにレグルスの小柄な体型に言及し、墓穴を掘った数名と共に塵に消えた。幾度も繰り返しているのに全く懲りていない…不思議だ。


「イータよりも面白いやつ紹介してやるよ。ワースのすぐ近くで大食いチャレンジ中のビル・グリズリーって奴なんかは頼りになるぜ!使用人からの渾名は森のクマさん。困った事があればグリズリーに相談すると良い。大抵は一日足らずで解決する。他にも……」


 ビル・グリズリー。豊満な体型で絶賛大食いチャレンジ中の男だ。出された料理を美味しそうに頬張る物腰穏やかな優男の渾名は森のクマさん。個性強すぎる騎士団のメンバーも彼の前ではついつい気が緩んでしまう。そんな安心感を芽生えさせるクマさんなのだ。


 リオンの肩に手を置き指を差しながら次々と騎士達を紹介する。一度に全員を覚えられるとは限らないがそれでも紹介する側は何だか楽しそうでなにより。


「この部屋に居る奴で全員か?」

「そんな事は無いよ?今の時間、真面目に自主練続けてたりさっきのラーニャみたく賑やかなのが苦手な奴もいる」


(流石に直ぐには見つからない…か)

「誰か探してるみたいだな」

「あぁ…けど、居ないなら別に良いんだ」


「ぜぇ…ぜぇ…。僕はここに居るけど?」

「シオン?!無事でなにより……」

「よく戻ってこれたな。水飲む?」

「飲む。レグルスさんが派手に暴れてたから隙をついて戻ってきたんだ。二人ともよくも見捨ててくれたねぇ……」


「落ち着け、落ち着けシオンっ!!」

「ほんと悪いと思ってる謝るから!な?」

「もしかして酔ってんのか?」

「は…そんな訳無いじゃん……」

「いーやっ!酔ってるだろ」


 誰かを探してる風なリオンはお目当ての人物が見つからず、ボーと愉快な騎士団を眺めていたが背後から息切れ声が聞こえ振り向くと顔色が最高に悪いシオンが空のグラスを持ち猫背の状態で現れた。差し出された水を一気に飲み込み、二人に仕返しの積りでジリジリ獲物を狩る獣のように近付く。


 シオンらしからぬ行動に仮説を立ててみる。顔面の紅潮具合や漂う香りからも仮説はほぼ間違っていない。シオンは酔っ払っている。まさかの絡み酒に逆に冷静になる二人。


「覚悟っ!!」


―――


「頭痛ぇ…」

「団長、目が覚めた?」

「寝てたのか俺は」

「他の新人は皆先に帰したから団長ももう部屋に戻ってもいいよ」


 何時の間にか寝てしまったらしいリオンには毛布が掛けられていた。饗宴は既にお開きで一部の人間以外は残っていなかった。

 目覚めたリオンにグリズリーはコップ一杯分の水を差し出し宿舎への帰宅を促す。残っている彼等は部屋の片付けと掃除を徹底的にしていた。律儀なところもあるようで、イータが余計な事を言わなければ掃除は直ぐに終わる。


「手伝うよ…団長だからな」

「よく言った。これとこれも頼む」

「私のもお願いだんちょ〜!」

「人に擦り付けんな!!」


「木材…?」

「副団長の破壊した机だったものだ。野蛮な奴だ。小さいのによく暴れる」

「シメ足りねぇようだ」

「〜掃除全然終わんないだけど?面倒くさ」

「元使用人が面倒くさがるなー」

「て訳で大変だけどお願い」

「片付けた端から散らかるんだな…」

(この人達をまとめられるのか俺…)


 アレンもシオンも居ない中で団長らしく?手伝う選択をしたリオンは彼なりに騎士団の一員となった自覚をしていた。グリズリーとの会話を聞いていたイータがゴミ袋を二つ程持たせ、便乗したイロカもリオンに片付けを擦り付けた。副団長の命令でイヤイヤ身体を動かす二人。そして、余計な事を当然の様に呟くイータ。道理でゴミ袋に入る木材が、どんどん増える訳だ。

 元団長の姿も見当たらないがリオンの探し人は別人なようで、ノーヴルの事など頭から消えていた。


――――――

―――

 やっとの事で全て片付き、掃除が終わった時には太陽は完全に満月と役割を交代していた。したのは回廊の途中、宿舎の帰り道での事だった。


「驚いた。一日で団長になるなんて、遠くから見るだけに留めておくつもりだったが団長となれば話は別だ。流石あの人の子だ性格は然程似てないが…」

「!やっと見つけた。探しても居ないから何処行ったのかと思ったぜ!」


「…覚えていてくれて嬉しいよ。"カイリ・フロート"俺の名だ」


 リオンが探していた相手カイリ・フロートとは、かつてのワープケイプにて子供達に騎士の格好良さを見せた青髪の青年だ。壁を背に凭れ掛かりあの頃と同様の笑みを見せる。


「団長就任おめでとう。リオン、序だ覚えておいてほしい。―――と言う組織を。俺は騎士団だが本業はそっちなんだ。この組織は騎士団が成立する前より国を支えてきた。……リオンがもう少し大きくなったら全容を教えるとしよう」

「しち…?」



「他言無用。但しリオンが心底信頼する人間には話してもいいかな。…最後に君は己の信念に従うんだ。正義を掲げた者が正義とは限らない。八方塞がりにならないよう仲間は増やしておくに越した事はない。また今度会える日を心待ちに……」

「待てよ!…消えるの早」


 耳元で呟いた聞き慣れない単語と意味深な台詞の深堀りを、と思ったが隙を見せないカイリは速攻で消え折角再会したにも関わらず、リオンの心には疑問しか残らなかった。


 こうして一日は終わった。そして始まる。

 リオンの騎士団長としての忙しい日々―。

――――――

―――


「来る頃だと思った。掃除おつかれさん」

「あんたが掃除放り出して一人酒とは珍しい。呼び出した訳と関係ありそうだ」


「是非聞いてほしい。路に現れた客人の話と先の未来について…」

「そうだな。俺も訊きたい事、言いたい事、山ほどある。晩酌の肴にはちと苦えがな」



 ノーヴルとレグルスは夜の月に盃を掲げた。夜明けには程遠い、陰の話を―。

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