第20話 水龍の力
畏れを抱くもまた生死の分かれ目なり。
――――――
少し前。
「ドラグのとこは此処より気温が低いから着込めよ?ほれ、着替えろ」
「誰が一番寒いのガマン出来るか。勝負しようぜ。勝った奴は昼飯のおかず一品多めに食べれる。どうだ?!」
「乗った。着替えなくても平気だ」
「言うと思った、やると思った…後悔しても知んねぇぞ」
「寒いのは苦手だからぼくは遠慮しておくよ」
ドラグ家へ出掛ける準備を整える為、シルヴァ達は家にカグヤ達は城に戻り支度をする。この年頃の大体の男子はあらゆる方面での勝負をしたいのだ。寒冷地の我慢対決など勝負にはうってつけだった。シオンだけは早々に勝負を辞退し、暖かな衣服に着替える。よくよく思い返せば最初に会った時もタートルネックを着ていたり寒さには本当に弱いらしい。
「ジャーン!どう?似合ってるでしょ」
「っ〜…。白い」
「白いって何?確かに白いけどもっとあるでしょ?似合ってるとか、可愛いとか…さ」
合流地点はシルヴァ達の居るワープケイプとカグヤ達の居るメトロポリスの丁度、境目に位置する"機械仕掛けの街ポスポロス"。少し遅れて合流したカグヤはクルリと優雅に回るとリオンに着替えた服装について感想を問う。
ふわふわモコモコの純白のコートは普段より一段とプリンセス仕様で見慣れていないだけだと心の中で唱えながら羞恥で居た堪れなくなった青目を逸らす。カグヤも釣られてほんのり頬を赤らませ視線を明後日の方向に向けた。
「顔が赤いぞ〜リオン」
「んな事ねぇって…?!」
「耳も赤いよ〜」
「っ!とっとと行くぞ!」
「っそうね。…早く涼しい処に……」
「ククッそっちは逆方向だぞ」
「!!わざとだ。わざと……っ」
挙動不審で非常に分かりやすい二人の距離の変化に誂い追い打ちをかけるアレン達。様子が可笑しいのは今日に限った事では無く前々から友情では片付かない感情が芽生え、リオンとカグヤは距離感を掴め切れずにいたのだ。
――――――
そして現在。
「此処が龍の遣い手が住む家…!!」
「モコモコでも寒い!」
「本当に気温が低くなってる」
「お待ちしておりました。どうぞ此方へ」
街外れの山麓に数軒の家が建ち並び小さな集落を作っていた。その内の一軒が今回の目的地である。
高峰に積もる雪は麓にこそ届かないものの此処ら一帯の気温を下げていた。アレンとリオンは未知なる力に対する高揚で一時的に寒さを忘れていた。一方で寒さに耐性がないシオンとカグヤは早く暖炉の熱に当たりたいと考えていた。
山麓と言っても秘境の地と噂されるだけはある。裏手に回り込まないと辿り着かないのだ。建物の構造も見事なもので一見のみでは視認出来ない様に辺りの景色に溶け込む造りとなっていた。
「今、ケミストさんを呼びますので中でお待ちください。ウィリアムさんは擦れ違いで出掛けてしまって…直ぐ帰って来ると思います」
「ありがとう。お邪魔します」
「あったかい…!」
「暖まる」
真っ先に家に上がったのはカグヤとシオン。強がりなアレンとリオンは後からゆっくりと扉をくぐった。カグヤは後方に居るであろう騎士団の面々も家の中へ誘ったが仕事一筋の彼女らは外での待機を決めていた。
「シルヴァさん!お久しぶりです」
「久しぶりケミストさん。変わってないな」
「ウフフ今では五姉妹の母です」
ふかふかのソファーに腰掛け、程なくして二階から一人の女性が茶髪の男性に連れられ現れた。ゆったりやおっとりと言った言葉が似合う女性はシルヴァを見た途端パッと目を光らせ駆け寄り笑い掛けた。
「初めまして皆さん。ドラグ家当主の妻、ケミスト・ドラグです。"アロマ"、"イリヤ"お客さんよ。お茶をお願い」
「はーっい」
「お茶ぐらい俺が…」
「だめ。カシワには何時もお世話になってるから……それにアロマは初めての接待をしてみたいって言ってたからね。シルヴァさん!話はギルポットさんから伺っております。双龍の力を求めに、ようこそドラグ家へ!」
寒冷地に住んでいる所為か、ケミストは少し肌が白いようにも感じる。青色に似た緑目と淡い
ケミストの呼び掛けに二階から元気よく乗り出し返事をする娘は駆け下りたついでに腰掛ける客人達に軽く会釈をしてからキッチンへ向かった。母譲りの明るい黄色の髪を揺らす彼女はアロマ、ドラグ家の長女だ。
「…広い、な」
「あぁ広い…」
(そうかな?)
出発時の勢いは何処へやら。あからさまに強張る肩を震わせシルヴァの家の何倍も広々としたドラグ家で冷汗を掻き心臓の鼓動を落ち着せようとして繰り返し深呼吸をするアレンとリオン。普段が城暮らしなので普通の家のサイズ感がバグっているカグヤ。反応は様々でそんな彼彼女の前に温かいお茶の入ったコップか差し出される。
「どうぞ。温かい内に」
「ありがとう」
「どうぞ!」
「"ウィル"じゃない?イリヤはどうしたの」
「イリヤはまだ寝てる!」
「あの子ったら…、何時まで寝てるのよ…。ごめんねウィル、イリヤ起こしてくれる?」
「もち!」
イリヤはドラグ家の次女。彼女はどうやらまだ寝てるようで代わりにアロマと一緒にお手伝いをしてた子はウィル、三女だ。ケミストの表情から推察されるにイリヤの寝坊癖は日常茶飯事であり困った子と思いながらも仕方無いと何処か諦めかけていた。
そわそわ忙しないアレン達にはドラグ家の娘達より、双龍の遣い手とやらの登場を今か今かと待ち望んでいた。
「では、本題に入りましょう。まず、双龍の力を手にしたいのは誰と誰?」
「二人しか無理なのか…」
「アレン、リオンぼくはいいから双龍の力手に入れなよ。いざとなったらコピーすればいいしね」
「と言う事でこの二人な訳だが」
「ウフなんとなく予想ついてました。矢張り血は争えないのですね。説明は詳しく?それとも簡易な方で?」
「簡易で頼む。神話時代から話せば長くなる多分コイツらは飽きて寝る」
((ちょっと聴きたかった…!!))
歴史大好きのシオンとカグヤからすれば、神話時代の物語ほど惹きつけられる物はない。ほんのちょっぴり悔しそうにお茶を啜る。
「双極の力、名を火龍。水龍。霊獣遣いより離れし者。水晶石の地を求めるならば双龍に認められる他無い。双龍の力は措く能わず、何故なら大地を割る力なのだから。…です」
「??つまり……なんだ?」
「もっと分かりやすく言えば、…」
?「あーっ!!!?」
「!イリヤ、起きた?おはよう」
「おはようママ。そんな事よりさ……きみ」
「?」
初見では誰が聞いても理解不可能な説明に聞き覚えのあるシルヴァは苦笑いをする。子供達には、特に頭の弱いリオンには到底理解出来る筈もなく透かさず聞き返す。
ケミストも聞き返される事を前提として話してるので間髪置かず丁寧な説明をしようと身を乗り出した時、デカイ声で叫びながら階段を駆け下り割って入ってきた娘、イリヤがリオンを見るや否や興奮気味に話し掛ける。
「同じ髪色!!きみも先祖返りしたの!?」
「先祖返り?知らねぇよ。誰だ?」
「イリヤよ次女のイリヤ!同じ青色…御揃いだよね!!!?」
「オソロ…?同じ色なのがどうしたんだ」
「初めて。…見た。私以外の青色」
「前の人も同じ青色だったけどイリヤはまだ生まれる前だったもんね」
「きみさ、名前は!?」
「り…リオン」
「…ライバルになる予感がする」
「ライバル?」
「ケミストさん、ウィリアムさん達が帰ってきました!」
イリヤの登場で場が一気に賑やかになり気張っていた肩が下りる。イリヤの距離を詰め方は鈍いリオンでも頬の色がほんのり変わってしまうほど大胆且つ真っ直ぐだった。余りに近い距離感にそれまでプリンセススマイルを崩さなかったカグヤに嫉妬心を芽生えさせる。間に挟まれ訳が分からずリオンは只管に戸惑っていた。
広々とした部屋がゴタつく中、漸く扉の開閉音が聞こえた。ドラグ家の当主が帰ってきたと報を受け、双龍の説明はまた先送りになりそうだと考えるシオンであった。
「おお!シルヴァさん、お待たせしました。お久しぶりです。お変わりないようで安心しました」
「久しぶりウィリアムさん。あのときは世話になった。コイツらも世話してやってくれ!まだまだガキンチョだが根性はあの人達にも負けてない」
「ただいまお母さん。それから、……皆さんこんにちは"エリサーナ"です。……こっちは
"オリヴィア"双子の妹」
「オリヴィア……です」
柘榴色の髪と黄色よりの緑目。ダンディなちょび髭が絶妙に似合わない男性の名はウィリアム・ドラグ。現ドラグ家当主であり双龍の遣い手でもある。ウィリアムとシルヴァは会うなり親しげに握手を交わす。
父親の背に隠れ後ろから控えめに自己紹介するエリサーナとオリヴィア、彼女等は双子だ。末っ子のオリヴィアは誰よりも恥ずかしがりやで自分の名前だけ伝えると直ぐに二階に駆け上がり逃げてしまった。エリサーナもオリヴィアを追いかけトタトタ行ってしまった。
「お前ら自己紹介しとけ。ウィリアムさんが龍の遣い手だからな」
「アレン!絶対手に入れるぜ」
「俺はリオン!!」
「シオンです。双龍の力はアレンとリオンが使うからぼくはアスト能力でコピーしようかなって思ってます」
「初めまして!カグヤ・A・メトロジアと申します。メトロジア王国の秘法術、双龍について見識を深めるべく…ついてきましたっ」
「こちらこそ初めまして。一応当主を名乗ってますウィリアム・ドラグです。見たところ火龍がアレン、水龍がリオン……でよろしいかな?」
「属性的にそうだな。火属性の火龍はアレン水属性の水龍はリオン」
流石お姫様。座ったままの三人と違って、立ち上がるとスカートの裾を摘み優雅に御辞儀をする。社交辞令に馴れ親しんでいるカグヤはこの手の挨拶はお手の物。
「双龍の力を得る為には彼等に認められる必要がある。然し、彼等は気紛れな性格で機嫌を損ねてしまったら二度と力は手に入らない。どうしたら彼等は認めるのか…それも気分次第、それでも双龍に会いたいかい?」
「認めさせればいいんだろ。カンタンだ」
「おう!!」
「うん。良い眼だ。二人とも付いておいで、水晶石まで案内しよう」
「行ってこい!」
「その格好で行くつもり?…アレンもリオンもなんで寒いのに薄着なの?」
「勝負だって」
「変なの!バカじゃないの?」
「変だと!?」
「これにはなぁ男のプライドってものがあってだな。…つまりだな男の勝負だ」
薄着のまま外出しようとする二人を止めたのはイリヤだった。悪意のないシンプルな言葉ほど刺さるものは無い。所詮は子供の勝負…と言われればそれまでだが子供なりにプライドがある。真っ当な意見を持つイリヤにムスッとするリオンと言い訳し口籠るアレン。
「雪山でその格好は普通に死ぬからね。……どうだろう?何方が先に龍の力を手に入れるかの勝負に変えてみるのは」
「…俺はどっちでも良いが」
「俺も…アレンがどうしてもと言うなら」
「は!?」
五姉妹の父親は子供の扱いに長けている。プライドを傷付けずに勝負の変更を提案した。アレンもリオンも実は寒さを痩我慢していただけなので少々捻くれながらも提案を受け入れた。
「パパ私も行っていい?興味あるなぁ…」
「!珍しい事もあるもんだ。おいで。イリヤも遂に関心を示してくれてパパは嬉しいよ」
(ウフ仕事じゃない方に関心が向いてるけど黙っておこ!頑張れイリヤ!!)
「何だか私も行かなきゃいけない気がしてきたわ。私も行く!絶対に」
「お姫様は雪山に馴れてないから安全な此処で待っていた方が良いと私は思うけど?」
「だったら馴らす為に尚更行かなきゃね。現場に行った方が新しい発見も多いのよ?」
(…こわ)
イリヤの関心は父親の仕事ではなく、完全に同じ髪色のリオンなのだがケミストは敢えて黙秘を決めた。愛娘の初々しい想いを無碍には出来ず、心の中でそっと応援する。
カグヤとイリヤもバチバチ視線を交わす。子供とは言え女の静かなる攻防戦を見せられ引くには十分の恐怖を感じたシオンは知らない振りをしてお茶を飲み干した。
――――――
「ねぇ!先祖返りって?」
「私の髪色の事…私だけ皆と違う色だから、きっとパパの子じゃないんだって思ってた」
「正真正銘ママとパパの子だよイリヤ」
道中、ライバルとは言いつつも自身の興味には抗えず気になっていた事を訊いた。リオンの隣にさり気なく移動したイリヤは髪の毛を弄りながらポツポツ話す。
「ご先祖様が私と同じ青色だったって聴かされてたから…リオンも先祖返りをしたのかなって…」
「イリヤのお祖母さんも薄い青色が混じっていたんだよ?」
「そうらしいけど私が生まれる前にさ居なくなっちゃったじゃない?」
「今まで青色を意識した事無かったな…。先祖どころか両親も知らん。髪色なんて別に気にしたことないぜ」
「俺の髪は赤色だけど両親は別に何色でもって感じだな〜」
「……私が気にし過ぎなのかも……」
「それは違うわ。あの二人が気にしなさ過ぎなのよ。ご先祖様はきっと立派な人なのね青は空と海、両方の色を映しているから」
「うん…。どんな人だったのかな」
血族に関心がなさ過ぎる二人はさておき、イリヤを励まさんとするカグヤは持ち前の声音で優しく語る。自分と同じ髪色のご先祖様とは如何なる人物だったのか、思い馳せる。
天候にも恵まれ、辺りの雪景色もはっきり視認出来るくらいには晴れ渡っている今日この頃、子供達の息が上がるタイミングでこじんまりとした小屋が見えてきた。
「見えてきたよ。あの小屋が目印だ」
「小屋の中に龍がいるのか!?」
「小屋には居ないよ。あの場所は双龍を呼び出した後、休む為に造ったんだ」
「遂に…!火龍に会える…!」
「準備するから少し待っててね」
「折角来たから私も手伝う」
小屋の中は食料や簡易暖房器具などと言った備蓄品が揃っており数日間の滞在を想定した造りとなっていた。ウィリアムはリュックを下ろすと二つの水晶を取り出した。赤と青の水晶をイリヤに渡し今度はペンダントトップを首に掛け始め準備完了。
「準備できたよ。君達も覚悟はいいかい?」
「あ、エトワールは置いて行って…」
「?じゃあ此処に置いとくか」
「私が持ってるよ」
「!いや私が持つ。お姫様は重い物持てないでしょ」
「!!エトワールは重くないわよ!?」
「これも私の手伝いの範囲だから!!!」
「お手伝いの負担減らしてあげるわ!」
「仲良くしてね…」
「何をあんなに言い合ってんだ?分かるかアレン」
「ま…あ。おこちゃまリオンには分かんないか!」
「おこちゃまだぁ……!?もういっぺん言ってみろッ!」
「仲良くしてね…!?」
火に油を注ぐシルヴァが居なくて本当に良かった。だが火の消化をするシオンは居てほしかった…。ウィリアムの苦労は子供には伝わらないのが世の中の世知辛さだ。
―――
「よく見ておくんだよ。いつかイリヤも扱う日が来るかもしれない」
エトワールはカグヤとイリヤ二人で持つと言う何とも奇妙な状態でウィリアムの様子を見守る。リオン目線だと本気で理解が出来ない状況なので彼の中でカグヤもイリヤも変な奴らだと一括にされつつあった。
「ドラグ・ドラグーン水晶石呼応せよ」
「!?!すげぇ…」
「水晶がデカくなった」
水晶石と呼んだ赤と青の掌サイズの代物を空中に放り投げた瞬間、両手を合わせ短く詠唱する。首元に掛けられたペンダントと水晶石が共鳴するように光り始め地面に落ちる頃にはウィリアムの三倍ほど大きくなり、水晶石はゆっくりと地面に着地した。
「赤の水晶石はアレン、青の水晶石はリオンそれぞれ前に並んでくれ。中に入る準備を」
「中にって…どうやって、…」
「大丈夫。君達はリラックスしていれば良い。俺が法術で連れて行くから」
「並んだぞ」
「〈法術 レッド・インパクト/ブルー・インパクト〉」
「きえた…」
「水晶石の中に行ったの……」
ペンダントトップを光らせ秘法術を連続で発動させる。辺り一帯が一瞬、ペンダントに負けず眩い光に包まれ収まる頃にはアレンとリオンの姿が見えなくなっていた。初めての体験に呆然とするカグヤにイリヤは一言、言葉を残し同じく呆然とする。
「龍の処へ…すごい。二人とも頑張って。殺されたりはしないよね?」
「それも大丈夫。縛られている限りは殺せない。小屋の中で経過を待とう。傷の一つや二つは作ってくるかもしれないから手当の準備をしなければね」
―――――― ――――――
「水…?此処が水晶石の中なのか?」
眩い光に包まれ思わず目を瞑ったリオン。次に目を開けた時には目の前に水晶石は無く辺り一面、薄く水面が張っていた。ポツンと時折、音が鳴る。行く宛は無いが取り敢えず歩いた。ふと、鼻筋に雫が当たり音の正体に気付く。青天井の空から降る雨水に似た雫が水面を揺らす音なのだと。
?「…キ!……おい、ガキ!!」
「えっ?」
「お前の事だ。ガキ!!!次は誰かと思えばただの乳臭いガキではないか!」
「ーーっ水龍…なのか?」
「当たり前だ。逆に水龍じゃなかったらワシは何もんだ!?水晶石にへばり付く虫か!?帰れガキ。前の奴の方がまだほんのちょっぴり毛一本分マシだったぞ!!」
背後の頭上で低く唸る様な声が降ってきた。振り返り目を見張る。少年の何倍にも勝る全長は鎮座していても迫力は抜群だ。青白い体色と鱗に覆われる全身に加え鋭い牙と爪、聳える翼は美しささえ覚えてしまう。両の眼に映る少年は水龍に圧倒され、屈していた。畏怖の念とは如何なるものかを一瞬、其処に現れただけで悟らせてしまったのだ。
「あ゛ぁー!!!」
「っ!?」
「前の奴にもムカついてんだ!!来るなりいきなり惚気話をしてんじゃねぇ!!!!何が好きな人と結ばれた、だ!!人間のあれそれはどうでもいいんだよ!」
「の…ノロケ?……好きな、人…?」
「おいガキ!今、何を思った!!?誰が頭に浮かんだ!ゴラァ!?!」
「!うるせー!!誰も浮かんでねぇって」
「カーッ!!ウ・ソ・だ・な。此処は恋愛成就スポットじゃねぇんだ!!」
「何なんだ。鼓膜が破れるから叫ぶな!」
好きな人と聞き、特定の人物を思い浮かべた青臭い純粋なリオンは案の定水龍にモロバレで鼓膜が破れるほどの雄叫びでツッコまれる。第一印象の崇高たる水龍像は崩れ去り、水龍のツッコミに対して真っ赤になりながら反論する。然し、余りの地声のデカさに耳を押さえ精一杯の嘆願を叫ぶ。
「フゥーッ…。ワシとした事がつい叫んでしまった。おい帰れ何時まで居るつもりだ」
「水龍の力ってやつを手に入れるまでは絶対帰らねぇよ。だから早く、くれ。力!」
「ガキにやるほど易い力じゃない。ワシの視界からとっとと消えろ」
「嫌だね。どうしたらくれんだよ?」
「そんなモン自分で考えろ」
「前の奴は何したんだ?」
「…あの男は兎に角ワシに頼み込んだ」
「それだけで?」
「それだけではない。頭から血を流そうが、腕折られようが笑顔で頼む様なヤツだった。ウザったいから力をやって消えてもらった。ガキには出来ない芸当だ。フン!!」
「確かに……腕が折れたら心も多分折れるなぁ、ソイツその後はどうなったんだ?今も生きてるのか?」
「あ?知らんのかガキのクセに!とっくに死んだ。アイツもその前の奴も…人間ってのは弱すぎる。最初の奴以外はあっさり死んじまう」
「最初の奴?」
「フン。ソコまで教える義理はない消えろ」
素直に弱音を吐くのは自分の考えが筒抜けだと知ったから。
(どうやって認めさせる…か。力じゃ敵わないだろうし、頼んでも無理そうだ。アレンよりも先に戻って勝ちたいし…)
「ガキの癖になんでまたワシの力を欲する」
「ん?かっこいいから」
「帰れッッッ!!訊いたワシが馬鹿だった」
「だから帰らねぇって。……最初の奴はやっぱ強かったのか?」
「何度も言わすな。教える義理はない」
「俺がソイツより強くなってやるよ」
「!矢張りガキだ。ワシを撃ち落とした人間ぞ。ガキを相手にするのは初めてだが生意気な事を言う。敵う筈無かろう!!ガキはガキらしくメソメソ泣いてろ!!」
「ガキの力舐めんじゃねぇ。大人より伸びしろたっぷりだ。ガキ一人信用も出来ねぇのかっ?!」
「カーハハッ!!それで発破かけたつもりかぁ?!伸び切る前に死ぬのがオチだ!!!それとも今此処で殺してやろうか?」
「……ない」
「?」
「死なない。俺は前の奴とかと違って水龍の力を使い続けてジジィになってもしぶとく生き残ってみせる。ガキを相手にするのは 初めてならもう前科はついてんだ。認めろ」
「…」
水龍に負けじと言い返す。死を恐れていない訳では無い、死を軽んじている訳でも無い。リオンは水龍の前で最初の奴より強くなり、誰よりも生き残る事を宣言してみせた。
水龍の力を授かった者が死ぬとき、水龍にも死が伝わる。繰り返し繰り返し伝わる。認めた相手の死。無意識の内に吐き出される単語にリオンが気付いたとは断言出来ない。
水龍は静かに目を細めた。ガキだと罵った人の子を見定める為に。突然無言になる水龍に戸惑い、合わせられなかった目を合わせる。雫の音が無言の空間に響き水面を生み出す。
「ガキ……名は?」
「リオン!」
「リオン…今一度誓え。……死なないと」
「何度だって言ってやる死なねぇって。あ、寿命が来たら流石に死ぬけどな!!」
「……」
「…?」
「リオン。お前はガキで馬鹿だ」
「急になんだよ。悪かったな」
「しかし、なるほど。何時の時代も人間の眼は変わらず遠くの夢物語を映す。ガキの眼は大人より透き通っておる。信じてやろう。愚直な言葉を、ワシもまた愚直にアヤツの面影を探していたという事か。力を与えようさぁ手を出せ」
「ーっ!!ああ!」
水龍は咆哮した。鼓膜を破るような劈く雄叫びとは違った声、神に祈りを捧げる巫女のような鈴の音を鳴らす唄声だった。
再び世界は光に包まれる。水龍の声はもう聴こえない、水面の雫のみが一滴、光の世界で反響した。
―――――― ――――――
―――
「お疲れ様。その様子だと無事に水龍の力手に入れたようだ」
「へへっあんまし実感はねぇけど」
「遅かったなリオン。待ちくたびれたぞ」
「アレン?!」
雪景色に朱く映える暁は風情ある時の流れを感じさせた。水龍に差し出した右手を眺めていると小屋の壁を背に気取るアレンが勝利の宣言をした。
「火龍にあったのか?」
「会った。そしてリオンよりも早く此処に戻ってきた。俺の勝ちだ!」
「次は勝つ!勝負だ。水龍の力試してやるっ」
(怪我が無くてよかった…)
「リオン、おつかれ!はいっエトワール」
(しまった何時の間に…!)
「あんがとな!」
何時までもエトワールを持っている訳にはいかないのでリオンが戻って来るまでの間、小屋に置いていたのだがカグヤが油断した隙にちゃっかりエトワールを持ち出しイリヤはリオンに手渡す。
「試し撃ちも良いけど今日は帰ろう。日が落ちれば一層寒くなる。君たちが思っているより山の天候は変わりやすい」
「勝負は明日までお預けだな」
「朝一で負かしてやる!!!」
夕暮れの帰路は少年を大人へと変えて行く。
銀世界の足跡は少女を大人へと変えて行く。
――――――――――――――――――――
おさらい
当主:ウィリアム・ドラグ
当主の妻:ケミスト
長女:アロマ
次女:イリヤ
三女:ウィル
四女:エリサーナ
五女:オリヴィア
分家のお手伝いさん:カシワ
エリサーナとオリヴィアは双子です。
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