第18話 その少女、

 好奇心の好機、余所見厳禁の月合いの折。

――――――


「ポスポロス?それともカラットタウン?ここからの近さならワープケイプかしら?決めた。ワープケイプに行こ。きっと居るわ当たるのよね私の勘!」


 紫に近い青髪はストレートに伸び、上品に整えられた艶は陽射しを浴び一際美しく少女を照らしていた。とは言っても立ち止まる事なく駆け足で人々の間をすり抜けるので誰も少女を気に掛けない。

 古めかしい二冊の本を小さな手でぎゅっと握り締めキラキラと輝く両目は暁月を閉じ込めたような幻想は有れど、少女の可憐さには叶わない。


「やっと成功したの。無駄にはしない。はきっとワープケイプに居るわ。七…しち、なんだっけ?まぁいいわ。本人に訊けば。それから…訊いた後はバレないようにそっと帰る。私史上最大の冒険よっ」


少女の名は、

――――――

―――


「その調子、その調子。バランス良いな」

「くっ…」


 時は巡り少年等は一歩青年へと成長した。成長したと言っても保護者から見れば、まだまだ子供で手の掛かるやんちゃ盛りだ。アレンとリオンの髪は短いままだがシオンは出会った頃から切らずに伸ばしていたので結わえられる程度には伸びていた。彼曰く、背中の文様を出来るだけ隠したかったらしい。


 そんな彼らが今何をしているかと言うとシルヴァの家にあった本を数冊頭に乗せ、室内でバランス感覚を鍛えていた。修行と呼べるのか、余りに地味な見栄えにリオンは遂に投げ出す。


「だーっ!なんだよこれ!モデル修行かよッ。修行と言えばもっと派手なモンだろ!?必殺技とか撃ったり!」

「ぼくも本は乗せるよりも読みたいな」


「ふぅー解ってないな。バランス感覚ってのは大事だぞ。いざってとき体勢なんか崩したら即殺られちまう。だが、そこまで言うなら別の修行するか…」

「次はなんだ?」


 重い腰を上げたシルヴァは別の修行と言い放ち、道具を取る為に隣の部屋へ向かった。いよいよ自分が望む修行が始まるかとリオンは期待値を上げ待機していたが思い通りにはいかなかったようだ。呼ばれてシルヴァの言う通りに手を動かすも、またもやリオンは叫ぶ事になるのだ。


「均等に切り分けてじっくり煮込めよ」

「う、うん…?」

「花嫁修業かよッ!!ただ自炊押し付けてるだけだろ!?」

「修行…なのか?」


「自炊も大事だぞ。大切な修行だ。料理が出来なきゃ美味い飯にありつけない。美味い飯にありつけなけりゃパフォーマンスが落ちる。そう言うことだ」

「シルヴァよぉ…俺らはツッコミの練習したい訳じゃねぇんだ!とっとと修行つけてくれ!!」

(ツッコミを入れてるのはリオンだけだけどね…)


 落ち着きのないリオンがただの料理に納得する筈もなく熱々鍋を掻き混ぜた玉杓子をシルヴァ目掛けて投げつける。当の本人は眉一つ動かさず玉杓子を右手の人差し指と中指でサッと受け止めると自分理論を話し、指を器用に動かし飛沫を飛ばさずに玉杓子を鍋に投げ込む。


「このままだとアイツらに先越される…」

「アイツら?」

「戦友だ。越されたくはねぇ」

「あぁ、…リリックとライムの事か」


 戦友の一言で例の二人を想像できるくらいには聞き慣れてしまったシオンだった。彼の脳裏に浮かぶは騎士団の青年に遭った翌日の出来事。


『俺たちは寄宿学校へ行く事が決まった。羨ましがれ!すぐに突き放してやる。次会うときはじょ…じょに?』

『叙任式』

『次会うときは叙任式のときだ。それまでせいぜいごっこ遊びでもしてるんだな!!』


 リリックとライムも本気で騎士に憧れてるのだ。凄まじい親子喧嘩だったに違いない。最後には泣きながらも納得した様子で我が子を見送る母親の姿があった。


「勝手に修行して勝手に大怪我して責任取られても知らないからな!」

「そうだ!そうだ!」

「何言ってんだ…。あ〜……分かったから勝手な事はするじゃねぇ。場所移動するぞ」

「どこに?」

「ある程度暴れられて人が居ない所だ」


 澄まし顔に成りきれないツンとした面持ちで仕掛けるアレン。アレンやシオンのような知能が足りないリオンは合いの手を入れて多数派を増やす。渋る理由は勿論あるが子供達には言っても納得しないだろう。やれやれと根負けしたシルヴァは場所移動を提案する。


――――――


「ここがワープケイプ…!あ、あのおっきな水溜りが海!?お部屋からだと小さくてよく見えなかったけど、現物は本当に大きいのね…。現場に行かないと分からない事が沢山ある…。どうしようあの人探さないといけないのにもっと間近で見たくなってきた。…うーん、少しくらいならいいよね!すぐ戻れば間に合うわ」


―――


「ほんじゃ始めっぞ」

「確かに海だったら誰も寄り付かないし修行にはうってつけの場所だ」

「必殺技、撃つのか?!」


 "ある程度暴れられて人が居ない所"とは、リオン達が高頻度で遊びに来る海の事だ。待ち切れないと言った面持ちで砂浜を軽くジャンプするリオンとシルヴァの方をガン見するアレン、余所見のシオン。三者三様の行動に個性が現れる。ジャンプに合わせて腰元のエトワールが音を立て、その存在感を顕にしていた。


「必殺技は後だ。今日からは組手を行う。所謂、体術修行のこった」

「また地味そうなモン…」


「地味なものか。寧ろ体術が一番大切だ。必殺技を格好良く決める為には必殺技までの道のりを正確に進まなけりゃ殺られるだけだ。そして、その道のりを体術を使って駆ける。決まれば自分も気分が良い上に相手の戦意も削ぐ事が可能だ。分かったか?」

「全然わかんね」


「つまり全部極めたら格好良い。基本は体術、最初に学んだ方が楽って事だ」

「なるほど。理解した!」

(三人の中だと頭一つ分頭悪いなリオン…)


 やる気が出てきたシルヴァの解説も虚しく頭一つ分低いリオンには効果が無いようで結局簡潔にまとめ、修行に移るのだった。


「今日は只管、体力が無くなるまで組手を行ってもらう。二人でも三人でも形態は好きにすればいい。じゃあ始めろ。俺は寝る」

「え!本当に寝てる」

「今ならイタズラしてもバレないか」

「早く始めろ。ある程度慣れてきたら二段階目に移るから」

「!…わ〜ったよ」


 ドカッと豪快に胡座をかき砂浜に腰を下ろす。三人の男児を育てる彼は大きな欠伸の後、本当に寝てしまった。三人と言っても特にヤンチャ盛りのアレン、リオンは修行以外の時間は毎度何かしらの問題を起こしている。寝る間も惜しんで対処するシルヴァの心持ちなど到底知る由もなくやる気が無いと思われても致し方ない。因みに、シオンに至っては巻き込まれ損なだけだ。


 アレンの言葉にリオンは何気なくその辺で拾った木の枝を眠るシルヴァに向かって振りかざすが、直前で腕組みを解き木の枝を受け止め薄目を開いた。シルヴァにだけは数々の悪戯を仕掛けても尽く失敗に終わる。

 通用しないと分かったアレンとリオンは不満気味で諦め漸く組手を始めた。一対一の勝負で余った一人は審判役だ。


 恐らくシルヴァは眠っていても子供に危機が訪れれば透かさず助けに入るだろう。無慈悲にも組手に邪魔なエトワールはポイッと捨てられ、審判シオンの合図でアレンとリオンは同時に相手に向かって駆け出した。

―――


「キャッ」

(びっくり…まさか人が居るなんて……)


 自問自答が続き、自らの欲に負け海へとやって来た少女。周りの大人から海には誰も寄り付かない、偶にアルカディア調査の通過点として騎士団所属の数人が居るぐらいだと聞かされていた。アルカディア調査を行う際はその日程が少女にも伝えられる。そして次の調査日程はまだ先だと知らされていた為、人が居るとは思わず驚いて近くの幹にしがみつく。少女の目には組手に勤しむ少年三人の姿があった。


(何をしてるのかしら?…見つからないように帰ろうかな。海、とっても奇麗なのに見向きされないなんて…勿体ない)

「あれって…エトワール?大変…!流されてるっ」


 奇麗な海を眺めているとフヨフヨ揺蕩う長物を発見した。水に浸からないギリギリの位置まで接近して確かめる。水面に負けず陽光に照らされキラキラ輝いており、まるで存在感を光らせ見つけてくれと言わんばかりだ。


(確か、青髪の子が持っていた物。言わないと!……でも話しかけづらい!!)


 人見知りでは無いが如何せん同い年と接したり話したりする機会などほぼ無かったので少女は距離感を掴めず一歩踏み出せずにいた。齷齪してる間にも揺蕩う長物、エトワールは沖に向かって流れていく。


(どんどん流されちゃう)

「こうなったら…私がエトワールを助けなきゃ!」


 木の枝を拾いエトワールを引き寄せようと腕を伸ばすが、長さが全く足りず届かない。めげずに代案を考え辺りをウロウロ彷徨う。


「全然足りない…何か、何かないかな?」

(この木の枝なら届くかも…!当然、普通に引っ張っても取れない…。習ったばかりで余り使ってはいけないけれどこの方法しかない!)


 海辺の末端位置には小規模の木々が密集しており中でも長く靭やかな木の枝が目に止まる。小さな手で扱うには難ありだがエトワールに届く長さでもある。手にしていた古本を安全な場所に置き幹に近づく。問題は如何にして木の枝を取るのかだ。幹と枝はがっしり繋がり引っ張ったところで無駄に怪我をするだけだ。


(そ~っと…そ~っと。少しだけ…!!)

「!成功…うっ意外に重い」


 意識を集中させ密着部分に手を翳すと僅かな火炎が彼女の手に宿る。少女は火属性だった。扱い方を習ってから然程、日を跨いでおらず火炎はすぐに消えてしまうが幹から枝を焼き離す程度の火力は無事出せたようだ。

 想定以上の重さが身体全体にのしかかり枝を支え切れずに先端と地面が激突する。持ち上げる事は出来ないと早々に判断し引きずって運ぶ。


「届いて…!」


 不確定に揺らぐ水面は殊の外、見極めが困難で苦戦を強いられる。少年等は少女の行動もエトワールの窮地も一切知らず組手を続けているので若干の苛つきが少女を襲い、木の枝を握る手に力が入る。


 高波のタイミングで木の枝をグッと押し込むとエトワールが弾け飛ぶ。救出作戦成功だ。勢いよく空に打ち上がったエトワールは砂浜に真っ直ぐ向かって刺さる。


「ヒッ!?危なかったわ…。右に避けて正解…あ、当たるのよね私の勘」


 落ちてゆくエトワールに直撃しない為に右に避け頭を覆いしゃがみ込む。彼女に当たらずに砂浜に突き刺さったエトワールにソロリと接近しバクバクと鳴る鼓動を抑え強がる。


「闘い終わった…?今なら話しかけられるかも知れない……!!深呼吸…深呼吸!」


―――


「疲れたぁ!!」

「腹減ったぁ!」

「もう動けない」


 砂浜にベッソリ倒れ込むアレン、リオン、シオンの三人。昼前から空が朱く変化するまで相手を変えながら組手を行っていたが疲れ尽きたようで大の字になる。吹き出す汗で高くなった体温熱も冷まされて正常に戻った。


「結局アレンの勝ち越しで終わりか…」

「次は負けないよ」

「次もその次も勝ち続けてやるさ!」

「あれ…リオン、エトワールって…?」

「ん、あ!無い!!確かにこの辺に…」

「適当に投げるから!」

「探そう。どっかにはあるだろ」


 ようやっとエトワールの存在を思い出し、探し出す。疲れた身体で砂浜を探索するが何処にも見当たらない。シルヴァは彼らが大変な時も呑気な鼾を噛ましていた。


?「あの…!お話を」

「誰だ?」

「俺のエトワール!」

「そう。貴方のエトワール流されてたから助けたの」


 見知らぬ少女が砂浜に足を取られながら三人に話しかける。クルリとした赤目が印象的な少女の言葉を遮りリオンは手に握られられているエトワールを発見する。


「流されてたのか。……リオンお礼」

「なんで俺が?」

「当たり前だろ」

「リオンのエトワール、助けてくれてありがとう!」

「ううん。ちょっと大変だったけれどお部屋に籠もってたら経験出来なかったわ。こちらこそありがとう…!」


「シオンに先越されてどうする!」

「ー…。言えばいいんだろ。おいお前、エトワール…そのありがとう。俺の親父の物だったんだ。助かった」


 肘を二、三回突いて礼を促す。小声で言い合うアレンとリオンを見事スルーして素直なシオンはありがとうと笑顔で言ってのける。知性のみならず人間性においても完敗した事に気付いていないリオンだった。


「リオン、だったかしら?」

「ん」

(変な口調…)

「大事な物なら手を離したら駄目よ。しっかり握って守ってあげなきゃね」

「次からはエトワール持ったまま修行する。そういえばお前、名前は?何でこんなトコにいるんだ?」

「えっ!名前…はちょっと……私の事知ってるかも知れないし…?」


 エトワールを両手で差し出す少女は何処か達観した物言いでニッコリ笑いかける。名を訊かれ、途端に挙動不審になるも笑い声で誤魔化す少女に戸惑いながら片手でエトワールを受け取る。瞬間、うねる高波。


「えっ」

「「「!!?」」」


 ギョッとしたシオンが息を漏らす。疲弊した身体では…いや疲弊していなくとも避けられないので少女を含めた四人は思いっ切り全身に水を被る。

 高波の直前で水の気配を察したシルヴァは流石の身のこなしで高波を避け、伸びをする。自分だけ助かると言う何とも子供達が怒りを顕にしそうな裏切りであった。


「?…一人増えた」


 すっかり眠気も冴え、三馬鹿の組手はどうなったのかと視線を向けてみれば、なんと一人増えてる。シルヴァとアレン達の距離は絶妙に遠く、四人目の子の身なりや顔立ちが見えず揺れるフレアスカートで辛うじて女児と断定出来るくらいだ。


「ペッ!!水飲んじまった…」

「フフフッほんと来て良かった!飛び出して良かった。水、被るのなんて初めて!!」

「服もびしょ濡れだ」

「男の子はいいわね。濡れたら直ぐ脱いで乾かせて!羨ましい……」


「羨ましいならお前も…」

「バカッ」

「痛ッ何すんだよ!?」

「それは言うな」

「リオン…ぼくもそう思うよ」


 女心など考えないリオンの失言を既のところでアレンが止める。止め方はシンプルに叩くと言う強引な方法だが致し方ないだろう。


「私、その…とある人を探しているの。きっとワープケイプに居ると思う。シルヴァさんって人、知らない?!」

「シルヴァ?!それなら其処で寝て…あれ?どこいったんだ」


「俺がどうした?ずぶ濡れ小僧共」

「シルヴァ!」

(また全然気付けなかった…)

「この子が探してるみたいだったよ」

「君は…?」


 アレンの背後に音もなく出現したシルヴァは早速、自分を探していたと話す少女に微少の引っ掛かりを覚える。よもやよもやと言う内に表情が引き攣っていくシルヴァを余所目に、リオンは何故に足音に気付けなかったのか悶々としていた。


「私の勘、当たったわ当然ね。シルヴァさん!貴方はやはりワープケイプに居た!確かめたいの。貴方は七…何とかって組織に所属してて…。お父様の姉を知っている…!そうでしょう!?」

「!!…君は、いやまさか」

「質問に答えて…!!」

「ええ。おっしゃる通り」


「シルヴァ知ってる子なの?」

「知ってるも何も……彼女はメトロジア王の一人娘、"カグヤ・A・メトロジア"様だ…」

「です!余り聞かれたくはないですが…。と言うか敬語は不要です!けれどシルヴァさんは私が思っていた通りだったわ!」


 その少女、名を"カグヤ・A・メトロジア"。メトロジア国王の一人娘であり、正統な王位継承権を所有する姫君だ。シルヴァ以外の一同はカグヤの正体を知り目を見張る。

 リオンが密かに感じていた馴染みない口調もお嬢様の教養の一貫として身に着けたものであれば成程と納得もした。


「はぁ〜満足した!私の勘、冴えてるわ。流石ね。…待ってと言うことは貴方が私の」

「?」

「いいえ。なんでもないわ。貴方達も将来は国に仕える人になるの?えっと…」


 メトロジアの姫君は嬉々として達成感に浸っていたが、不意にアレンを見つめる。首を傾げる彼に意味深な笑みを浮かべて皆に向き直った。


「コイツらの名前はアレン、リオン、シオン馬鹿なことばかりやってる三馬鹿だ」

「お、おう騎士目指してるぜ!」

(アレンとリオンは…お姫様の前で半裸になってたって事!?…不敬だ)


 三馬鹿の一括にされた事よりもお姫様と判明した状態で尚も変わらずに服を着ない二人に不敬だなと感じざるを得ないシオンだった。


「あら、シオンの背中の文様どこかで?」

「!…見た事、…あるんですか」

「む〜敬語は不要と言ったら不要!命令すればいいの?!私の前で今後敬語を話したら許さない!!……ね?」

「わかり…分かったよ」

「もしかしたら…!待ってて今取ってくるから」


 お茶目で真面目な命令に従い敬語を外す。カグヤにとって敬語は当たり前だった。自分が敬語を話すのではなく周りが彼女に話すのだ。当然と言えば当然だが年頃の少女には窮屈な言葉でもあった。同い年ぐらいは対等に会話をしたいのが少女の健気な思いだった。

 水を被り顕になったシオンの背中の文様に見覚えがあったのか、フレアスカートをふんわりと翻すと木々の密集地帯に向かい二冊の古本を取りに行く。


「これよ!この本の表紙の絵。似てると思わない!?」

「…!」

「似てる」

「なんの本だ?」

「それがね、開いても全然分からないの。劣化が酷くて…そもそも私達が普段使ってる言語と違うみたいで読めないのよ」


 程良い天候でシャツが乾き、カグヤが戻る前にやっと不敬な二人はシャツを着た。内心ホッとしたシオンに戻ってきたカグヤは古本の表紙を見せる。背の文様とは微妙に異なる幾何学的デザインだが所々似通った文字列や記号の配置があり類似関係を勘繰りたくなる。古本の内容が判明すれば問題ないのだが肝心の内容が誰にも分からず、困惑が増えただけだった。


「貸してみな」

「シルヴァさんなら分かるかしら?」

「!コレは、…古代言語だ。神話時代の産物

…分からなくて当たり前。今の時代に解読出来る人間は殆ど残っちゃいない」

「そっか…」


 古代言語、神話の産物と並べられシオンは自らの背に視線を注いだ。洗っても消えない謎文様の得体が知れなくなり益々自分が自分でなくなる感覚を味わう。



?「カグヤ様」

「!!"ギル"…ど、どうして此処に?!」

「それは此方の台詞です」


 カグヤの前に一人、数メートル後方に三人、突如として現れる。後方の人間はかつて青年が羽織っていた物と同様の外套を身に着けている為、騎士団所属の者と考えられるが前方に居る男は騎士団とは違い、黒を基調とした質の良い衣服を身を包んでいた。


「ごめんなさい。…怒ってる?」

「怒っています。無断で城を出るなど国王様も心配しております。無論、私共も」

「だってでも絶対、反対するじゃない!?だから直ぐに戻れば良いかなって……。それにお部屋に籠もっているばかりでは正しい教養は身に付かないわ」


 ギルと呼ばれた長髪の男は膝を折りカグヤと目線を合わせて淡々と言葉を伝える。位の高い衣服に身を包むギルは大層な身分だと覗える。ピリピリとした空気から察するに、心配していたのは事実だろう。


「水に濡れる事が教養に繋がるのですか?」

「これは、その…予想外の出来事だったの。あんなに波が高いなんて知らなかっただけ。お部屋に籠もってたから分からなかったの」

「謝ってんだから許し…」

「首を突っ込まいでいただきたい」

「な…」

(コイツとはぜってぇー合わん。苦手なんだよ。こう言う堅っ苦しいタイプ)


 責められるカグヤに助け舟を出すつもりで口を挟みかけたリオンを、ギルは一瞥もくれず冷淡な一言で黙らせる。リオン唯一の苦手なタイプはギルのような無駄と決めた相手には目も合わせないタイプだ。


「さぁ帰りましょう」

「はい…」

「カグヤ」

「?」

「何時でも遊びに来いよ。じゃあな!」

「うん…!!」

「呼び捨てですか」

「私がお願いしたの」


 シュンとして悲しげに去るカグヤを呼び止め生粋の笑みでリオンは別れを告げる。朱い空に映えるキラキラはカグヤの沈んでいた気持ちを一気に押し上げた。


「俺らも帰るぞ」

「あ!すっかり忘れてた腹減ってたんだ」

「昼も食べ損なっちまったしよ」

「色んな意味で疲れたぁ」

(そりゃあコッチの台詞だ。寝てたらいきなり姫様が現れるんだ。目が離せないったらありゃしない)



――――――

―――


「んで、今日は何すんだ必殺技撃つのか」

「まだだ」


 カグヤと別れてから太陽が五度沈み、迎えた六度目の太陽。組手を続けていたアレン達はシルヴァの次の段階へ入るとの言葉に、遂に待ち望んだ必殺技を撃てるのかとテンションが上がっていた。


「じゃあ何するんだ?」

「"目隠し組手"」

「また組手かよ」

「目隠し?」

「の前にリオン、本気でずっとエトワール腰に携帯したまま修行続ける気か?」

「本気だ。大事な物だからな」

「そうか。前へ出ろ。俺と一戦手合わせしてもらう。一瞬でも触れられたら勝ちだ。それから両手は攻撃に使わない。どうだ?」

「へっ一瞬で終わらせてやるよ!」


 目隠し組手とやらの前に、シルヴァはリオンに苦言した。手に馴染むとは言えエトワールとリオンの体格は合っておらず時折、組手に支障を来していた。頑なにエトワールを携帯するのならばとシルヴァは勝負を申し出た。

 アレンの合図で組手が始まる。シルヴァは左手を背中に回し右手を構え飛び込んで来るリオンに備えた。


「…は?」

「え!?」

「こういう事だ」


 言葉通り一瞬で勝敗は着いた。勝者シルヴァ。リオンがシルヴァの懐へ入った瞬間に彼の身体を軽く往なし、腰元のエトワールを引き抜くと右脚を踏み込んだ。そのまま背後に回り鋭利な刃をリオンの首に押し当て終了。


「覚えておけ。実力差があるなしに関係なく相手を観察するタイプの奴は利用できる物なら何でも利用してくるぞ。奪われるな」

「カグヤの言った通りだ。大事な物だから守るんだ。もう一本、勝負だっ!」

(やれやれ、めんどくせぇ)


 エトワールを柄に戻し目隠し組手よりも普通の勝負を続けようと提案する。妙に焚き付けられたリオンを前に、シルヴァは短く吐息をつくともう一本だけの勝負に乗った。



 目隠し組手は明日になりそうだ。

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