過去編

第17話 その少年、

 出逢い、出遭われ、星巡り、初めまして。

―――――

 その少年は誰よりも強き刃を宿していた。


――――――

―――

 一夜戦争末期、二人の赤子が親を亡くした。赤子は孤児院では無く、親代わりの男の手によって育てられた。友を喪い、故郷を去った男は不器用ながらも愛を注いだ。


 赤子は少年になり、男は父親になった。一人は、赤髪の少年に。一人は、青髪の少年に。少年らの名は、


「なぁー"シルヴァ"早く名前つけてくれよ」

「またその話か。自分で付ければいいだろ」

「それじゃ意味ねぇーんだって!」


 少年らの名は、まだ無かった。


「シルヴァ帰ったぞー…げ、また酒飲んでやがる。真っ昼間だってのに…そんなに旨いのか」

「ははは旨いぞ。だが大人の嗜みだ。お前らも大人になったらタップリ飲ませてやるよ!ガキンチョ」


 父親代わりの男の名はシルヴァ・ケルトラ。白銀色の髪に酒の臭いが付いて回る。一見どうしようもない飲んだくれの男だが街の人からは親しまれている。結成されて随分経つ騎士団が駆け付けるより素速く街の厄介事を解決するからである。


 赤髪の少年が夕飯の買い出しから帰宅しシルヴァの飲む酒に興味を持つ。大人を強調しガキンチョを強調するシルヴァに誂われガキンチョ達は、短気にキレて外出する。夕飯時にはしれっと戻ってくるのが毎度お馴染みの流れだ。


「フンッ!行こーぜ!」

「おう!」

(ちょっとは両親に似てきたかな…?)


――――――


「いたぜッ!!ナナシ野郎ども」

「テメェはライム&リリック!」

「「今日こそ決着の時だ!!」」

「いいぜ。かかってこいよ!?」

「返り討ちにしてやる!」


 此処は王都メトロポリスより東に位置する海辺の街"ワープケイプ"。海の先はアルカディアに繋がっており、一番霊族に近い場所だ。


 一夜戦争以降、海沿いに立ち寄る人も海を渡る人も殆ど見掛けなくなり波立つ青海原も何処か淋しそうだ。漁師や一部許可が通った者のみ海を渡る事が出来、一般人の立ち入りは許可されていない。…そんな街で彼等は育った。


 幾ら大人が禁を口にしても子供の好奇心は揺らがない。寧ろ唆られるばかりで赤と青の少年はコッソリ海辺で遊んでいた。

 ライム・フロウ&リリック・ロック、近所の悪ガキ仲間の二人も思考回路は同じで二組の少年等は仲良くすれば良いものの、毎度出会い頭に何方のコンビが最強かの決闘が始まり今日まで続いていた。自然でそれでいて阿呆だ。


「リリック、ナナシ野郎なんかに絶対負けんじゃねぇぞ」

「へっ次会うときは一番に名乗ってやるからタンコブ作って待っとけよ!!」


 少年の意地の張り合い。緩ゆるな家庭で育つ青&赤髪の少年達とは違い、リリック達は比較的厳しい家庭で育っている。そんな彼等が立ち入り禁止の海辺に近付く行為は最早、ギャンブルに近い。バレないように夕飯までには切り上げ帰宅しているが。


―――


「シルヴァさん!!なぜわたしくが此処へ来たか分かりますか!?」

「ハハ……そりゃあ勿論えっと…お宅らの子にタンコブ作ったからでしょう…?」


 夕飯の用意が出来てもまだ子供達が帰って来ない。心配はしてないがどうしたのもかと椅子に腰掛け考えていた矢先、扉を二、三度叩く音が聞こえた。鍵は掛けておらず二人の少年が悪戯でもなければ態々遠回しにノックはしない。また子供達にしては扉のノック音が高い位置で鳴っていたので厄介事を抱えた来客かと思い扉を開けたのだが、四人の傷だらけの子供と怒り顔の女性と、オドオド気味の気弱な女性が立っていた。これはまた随分な厄介事が来てしまった。


「それもあります!が!!海に近付いた事が問題なんです!?!わたくしも子供達によく言って聞かせますが海は危険です!シルヴァさんも今後子供達が近寄らないようによく!よく!言い聞かせてくださいね!全く…最近帰ってくる度に傷が増えるから問い詰めたら海で闘っていたとかなんとか……」


「まぁまぁロックさん…その辺にした方が」

「そうだぜ。顔の皺増やしたくなかったら」

「あんたは黙ってる!」

「痛ッ!…ちぇババアのくせして」

「なんか言った!?」

「!…なんでも〜……」


「はぁ分かりました。伝えときますが多分、意味無いと思いますよ?この頃の子供ははしゃいでなんぼですから。それに漢ってのは子供の頃から勲章の傷を刻んで強くなる生き物です……」

「シルヴァ…!」

「逆効果にしかならないんじゃ」


 お怒り気味の黒髪のロックさんはリリックの母親だ。その隣にいる気弱な女性がライムの母親でありロックさんの宥め役でもある。最近皺の数を気にしている為か、リリックに指摘され渾身の拳骨を自分の子に喰らわす。涙目のリリックは側にいるライムに笑われ再び一触即発の雰囲気だ。


 海は危険だと皆が口を揃えて言う。間違っていないから困る。本当に危険なのは海の先のアルカディアだ。封印されているとは言え、神話時代の神話戦争や一夜戦争の様な悲劇が何時起こるとも限らない。恐れているのだ、霊族が封印を解き海を渡るのを。


 シルヴァは子供達をフォローしているようで逆効果を驀地まっしぐらに進む。男子にとって傷痕は誇れるもので有れと常日頃、飲んだくれの彼は言うが母親には一切効かない。


「傷は勲章ではなく痛みです!!それにですねぇ…!強くなる必要もありません。良いですか!?しっかり子供の面倒を見てくださいね」

「ロックさん…シルヴァさん…そろそろ私達はこれで…失礼しました…!」


「オイ、決着はまだ着いてないからな!」

「ったりめぇだ!次こそ勝つ!!」

「ライム、何か言った?」

「!…さ、さぁ〜…?」


 ライムの母親は平静な状態で諭す。笑わない目元が何とも恐ろしい。母親を知らぬシルヴァの子供らは母とは怖い生き物だと改めて知り彼女の去り際、引いていた。


「すっかり夕飯冷めちまったな。温め直すから待っとけ」

「…シルヴァ一つ訊くが」

「なんだ?」

「勲章を刻んだ漢、知り合いにいたか?」

「…いたぞ。そりゃあ格好良かった。今のお前よりも何倍もな!」

「ふーん…」


 厄介事を抱えた来客は程なくして立ち去りシルヴァと赤髪の少年は玄関を後にした。只一人、青髪の少年は閉じられた扉を数秒眺め何の気なしに尋ねた。深い意味はなく、明日には忘れてしまうような一言を少年はシルヴァから受け取った。


――――――

in海辺


「アイツら来ねぇ」

「ああ。って事は俺らの勝ちだ」

「不戦勝か…」


 翌日、反省の色を見せない赤髪、青髪の少年は昨日と同じく海辺に来ていた。リリック&ライムのコンビは帰宅後、無茶苦茶叱られ数日は外出を許可されず謹慎状態にあった。そうとは知らずに勝手に不戦敗扱いをされ彼らが知れば、またもや子供らしい決闘になってしまうであろう。口が滑らなければ良いが。



「ん、なんか打ち上がってるぞ」

「人…か?」


 木の枝片手に散策中、人の寄り付かない海辺に人が倒れているのを発見する。小岩から飛び降りると小走りに駆け寄り生死を確認した。


「死んでる訳じゃ無さそうだ」

「どうする?」

「どうするって起こすしかないだろ」

「だな。起きろ!おいっ!」

「ちょっと待てこの背中のやつなんだ?」

「ほんとだ。…見た事ねぇ変な模様、……」


 海の塩気で傷んだボサボサの紫色の髪に身長に合わない長めの灰褐色のタートルネック、同色のショートパンツ。衣服の所々には走り回らなければ付着しないような泥や焼跡のような焦げ目が付いていたり煤けた臭いが染み込んでいたりと不可解な点は幾つもあるが、一番は背中の幾何学文様だ。


「う…」

「起きたか?」

「ゴホッゴホッ…!?火が…!はや、く逃げなきゃ…!!…え、だれっ……?!」


 水に浸かっていた事もあり背中が透けて見えていたのだが幾何学文様への興味は秒で失われ、目の前の背丈がほぼ変わらない少年を強引に叩き起こす。


 緑玉色の瞳が薄っすら世界を捉え始めると唐突に苦しげに咳込み目を覚ました。独り言を呟いていた少年は自分の他に人間が居る事に気付き警戒してか、彼らと距離を取るようにして弱々しく立ち上がる。


「誰って言われても…なあ?」

「おう。名乗る名は持ってない、お前こそ誰だよ!此処ら辺じゃ見掛けないが何でこんな所で倒れてたんだ?」


「ぼく、は…、あれ?ーっ誰だ…わからない、ただ走ってた。森の中を…でも森が何なのかわからない……う、頭がいたい。ぼくは誰」

「森?」

「どっちかってゆーとここは海だ」

「海……?」


 混迷状態の彼は自分の名前は疎か、今まで何をしていたかさえ分からないようだった。少年は頭を抱え振り返ると、それっ切り海を眺めたまま何も話さなくなってしまった。不思議な少年を余所目に本人に聴こえないように二人の少年は小声で話し合う。


「どうする?」

「シルヴァなら何か知ってるかもな」

「今頃は酒飲んでるぜ。それよか医者だろ」

「医者に診せたら間違いなく孤児院送りだ。コイツが誰なのか二度と分かんなくなるのは面白くねぇ」

「…分かってるな」

「ふっ…いつでも来やがれ!」

「!…何、してるの?」


 互いの意見が対立した場合、決まって勝負をする。闘って勝った方の意見が採用される為、時には何時まで経過しても勝敗が決まらない場合もある。そんな事とは露知らず、紫髪の少年は突然始まった闘いを理解出来ずにただ眺めていた。


(…っなんか急に眠気が、…!)

「?あいつ」

「隙アリ!!」

「!?」

「よーっし!俺の勝ちだ!」

「待てって、あいつぶっ倒れてるぞ」

「あ?」


 不意に目眩と眠気に襲われ、紫髪の少年は前のめりに倒れた。ドサッと音が鳴り赤髪の少年が逸早く気付くが余所見した隙に青髪の少年に面を取られ、勝負に負けてしまった。


―――


「ハッハッハッー!!それでアオが勝って俺のところへ来たわけか!」

「そうだ!文句あるか!?」

「ハッハッいや全然無い…。ちょいと酒が効いてきただけだ。ククッ」

(駄目だなこりゃ。両親よりもだいぶ頭が悪い)


 赤髪の少年は"アカ"。青髪の少年は"アオ"。と言った具合にシルヴァは二人を適当に区別する為の仮名を付けていた。適当にも程があるとツッコミを入れたのは言うまでもない。

 酒を嗜み豪快に笑うシルヴァは最高に機嫌が良い。両親と比べていたなど少年らが知る必要も無い事だ。


「コイツ、何も憶えてないみたいでよー。自分の名前も、今まで何してたかも」

「記憶喪失…。医者には診せるぞ」

(この症状、アストの過剰流失…欠乏症か?)

「ほらな」

「うっせぇ…」

「本当に何も憶えてないのか手掛かりは?」

「そーいや背中に変な模様があったぜ」

「変な模様?…これは……変な模様だな」

(どっかで見たぞ…どこだ?)


 気を失った紫髪の少年を雑に運びシルヴァに見せた。一難去ってまた一難とは言ったもので厄介事は尽きず、ベッドに寝かせた少年を仕方なく診査する。シルヴァは頼れこそすれど医者でもなければ治療が出来る訳でもないので彼が診る診断が正しいとは限らない。


 阿呆の少年とは違い、意識のない子供を無理矢理起こしはしないシルヴァは手掛かりは無いかと問うた。問われて思い出した赤髪の少年は背に視線を向けた。

 シルヴァは濡れた背をしかめっ面で確認する。彼は背中の文様に見覚えがあった。然し脳をフル回転させても文様の正体が掴めず、表情が一段険しくなる。酔いなど回っていないが、シルヴァはどうにも思い出せなかった。文様を視認したのが記憶に残らない一瞬の出来事だったのか或いは旧懐を抱くほど昔の出来事なのか。



「………」


――――――

―――


 海の出会いから数日が経過した。医者に診せ、案の定孤児院送りにされそうになったが何とか粘り勝ちした。孤児院よりもシルヴァの方が幾分かマシだろうと考えた紫髪の少年の意思でもあり、彼から目を離す訳にはいかないと言うシルヴァ自身の判断も含まれていた。

 結局、背の文様が何を指すものなのかは分からなかったが今となっては議題に出す事も無くなった。


「シルヴァ!名前付けてくれ!!」

「…目的はそれか」

「へへっ。まぁな」


 三人の男児を育てる義父になり、ごく少量だが酒の量も減らし近所の主婦らに助けてもらいながら育児に勤しむシルヴァ。そんな彼の元に青髪の少年がフラッと現れ、 口癖にもなった名付けを要求する。彼は三人となった今なら流石に名前を付けてくれるのでは、と幼心ながらに思ったのだ。


「しょうがねぇなぁ…三人そこに並べ」

「!格好良いの頼むぜ!!」


「じゃあ右から"アレン""リオン""シオン"」


「アレン?」

「リオン…?」

「シオン…」

「テキトーかよっっ!!!」

「単純…」

「ぼくはこの名前気に入ったよ」


 右から順に、赤髪の少年がアレン。青髪の少年がリオン。紫髪の少年がシオン。


 リオンの言う格好良い名前、ではなく三秒で考えたような単純な名付けになり頭を抱えて壮大にツッコむ。シルヴァらしいと言えばらしいが血気盛んな年頃のリオンは不満顔だ。対してシルヴァの単純さに呆れつつも満更でもなさそうな表情のアレンと満足そうなシオン。三者三様の反応は本日の酒の肴である。


(リオン……リオン?)

「適当だが悪くないだろ?」

(適当って認めた…)

「……まぁ、…くっアレン、シオン海行こーぜ!」

「あ、うん」


 意外と気に入ってたのか、曖昧に返事をして認めたくない意思から会話も中途半端に切り最早隠す事すらしなくなった立ち入り禁止の海にアレン、シオンを誘い、家を飛び出す。

――――――


「やっと来た。ナナシ野郎ども!」

「チッチッチッ…俺らはナナシを卒業した。れっきとした名前が付いたんだ…!!」

「なに!?」

「だれ…?」

「リリックとライム…戦友と言うべきか」

「はぁ戦…友?」


 荒海を背景に颯爽と登場するお馴染みの二人リリック&ライム。彼等は母親に激怒されお揃いのタンコブを作り今日まで外出許可を貰えなかった。勿論、海など行けば更に追加して叱られるのだが子供達にとっては些細な事でしか無い。


 二人に負けじと人差し指を左右に振りナナシを否定するリオン、渋い顔で紹介するアレン、状況がよく分かっていないシオン。


「俺の名はリオン!」

「同じくアレン!」

「…おい」

「えっぼくもやるの?」

「うん」

「シ…シオンです。初めまして」


 名乗りに合わして謎ポーズを決めるバカ二名にシオンは肘で突かれ催促される。流石にポーズまでは決めなかったが二人よりも控えめな性格の彼は少々恥ずかしそうに名乗る。


「それに…コッチは三人だ。今日こそボコボコにしてやるっ!」

「えぇっ?ぼくも参加するの!?」

「とりゃ!」


 完全に巻き込まれたシオンは若干ヤケになりリリックとライムに突撃した。シオンを合図に子供の乱闘が始まる。



「ん、何の音?」

「あぁ昨日が帰ってきたらしくてよ。アルカディアの調査から。さっきあの辺で見掛けたぞ」

「キシダン…」

「おお〜!面白そう!行ってみようぜ」

「良いな!行こう!!」

「俺らも行こー」


 音と言うより声だ。アレンはワープケイプにしては珍しい賑やかな声を聞き取り、拳を引っ込めた。アレンの疑問に答えたのはライムだった。彼は謹慎中、暇を持て余し外ばかり眺めていたので此度の騎士団に気付けた。


―――


 思い立ったら即行動。リリックとライムを先頭にアレン、リオン、シオンが横並びに騎士団とやらが居るであろう場所に向かう。


「あれじゃね?」

「どこだ?」

「見つけた。あそこだ赤い屋根の家の手前に一人いる!誰かと話してるみたいだ」

「…?誰かって言うか…」

「シルヴァ!?何で騎士団の奴といるんだ?」


 長閑やかなワープケイプの街を駆け抜け、赤い屋根の家の手前まで辿り着く。何時もよりも二割増しで賑やかな辺りに二人の男が居た。一人は何故か腰に剣を携え普段とは似ても似つかない真面目顔のシルヴァ。もう一人は暗緑色の外套に身を包む青年。フードの隙間から垣間見える青髪はリオンとお揃いだ。


「……か、……残って…たとは」

「懐か……だろ?……、…からエト……ルも……保……て……だ」


「なんて言ってる?」

「ここからじゃよく聞えない」

「もう少し近付こうぜ」


 シルヴァ達とは距離が開いており、会話は

途切れ途切れしか聞き取れず何を話しているのか子供達には理解出来なかった。樹木と住宅の角から二人を観察するには離れすぎていると判断したライムが接近を試みる。


「なーにやってんだ?お前たち」

「元気な子供達ですね」

「なっ!?」

「何時の間に背後に…!!」

(全然気付かなかった…)


 一歩を踏み出す前に肩をポンと叩かれる。声の聞こえる方に目を向けるとシルヴァと騎士団の青年が背後に立っていた。瞬きをしたつもりは無かったが一瞬の内に視線の先から消え背後に現れた二人を子供達は只、呆然と眺め同時に目の前で見た出来事に微かに高揚した。


「騎士団の人…ですか?」

「んー…一応ね。騎士団の制服着てるし」

「なんでシルヴァと一緒にいるんだ?」

「何でって言われても…シルヴァさん、この子達は?」

「良い事教えてやる。この赤髪と青髪がだ」

「そうか。なるほど道理で面影がある訳だ」


 シオンが控えめに尋ねると視線を合わせる様にして膝をついた青年が少しばかり曖昧に返事をする。アレンの率直な疑問には明らかに言葉を濁しシルヴァにバトンを渡す。


 バトンを渡されたシルヴァは快く受け取るとリオンとアレンの髪をワシャワシャと掻きながら笑みを浮かべた。青年はシルヴァの言葉にハッと目を見開き、同じような柔和な笑みを子供らに向ける。


「俺にも息子が一人いる。子供たちの成長はあっという間だ。いつか俺の息子にも会ってやってほしい…。きっと仲良くなれるさ」

「「?」」

「なぁなぁおっさん強いの?」

「おっさん!?…いやおっさんではないよ?お兄さんと呼んでくれ。お兄さんは強いよ」

「ほんと〜?どんくらい??」


 アレンとリオンは青年の言葉に首を傾げ不思議そうに見上げる。子供には理解出来なくともシルヴァには十分伝わったらしく短く笑い声を上げ、何処か遠くを見つめた。大人とは実に狡い生き物だ。子供が知らなくて良い事を簡単に隠せてしまう。


 棒立ちの会話だけでは刺激が足りない遊び盛りの子供は青年に実力を訊く。おっさんと呼ばれショックを受けた様子の青年は自分はまだ若いのだと主張気味にお兄さんを強調し質問に答えた。


「そうだなー…、こんくらいは余裕だ」

「「「!!!」」」

「あんま派手なことしてっと怒られるぞ」

「おっと…すみません。ついつい力んじゃいました。故郷だからですかね…」


 リリックの興味に答えるには言葉より実践の方が分かりやすいと思った青年は左腕を海の方向へと向けた。一秒後、海で水飛沫が上がる。ただ上がったのではない。建物に遮られリオン達からは海など見えなかったが高く巨大な水飛沫が見えたのだ。離れた場所で手を翳しただけでこれほどの威力、子供達が興奮しない訳がない。

 加えてアレンとリオンだけは直前まで青年を見上げていたので水飛沫が上がる一秒間、彼の真剣な眼力を目の当たりし益々高揚する。


「スッゲェーッ!!どうやるんだ今の!?」

「おっさんやるな!」

「だから、俺はお兄さんだから!まだ!」

「カッケェ…!」

「騎士って面白いな!!」

「うん。びっくりした…凄い」


「決めた、決めたぜ。俺は騎士になる!騎士になってカッケェ技いっぱい作る!!」

「俺もっ!面白いそうだ!!」

「本気で言ってんのか?…ソレ」


 余韻冷め止まぬ内にリオンが空高らかに宣言した。続けてアレンも同様に宣言し、遅れてリリックとライムも意気込んだ。すっかり憧れてしまったらしい。思い立つのも行動に起こすのも子供は一段と早い。


「本気だ!!強くなっていつかおっさんを超えてやる!」

「おっさん…」

「血は争えんな」

「もちろん俺とライムも騎士目指すぜ!そうと決まったらすぐ母ちゃんに報告だ!!寄宿学校の入学手続きしてもらわねぇとな」

「じゃあなリシン!ライム、家まで競争だ」

「オイこら、俺はリシンじゃねぇ!俺はリオンだ!なんだよリシンって」


 バタバタと忙しくリリックとライムは一斉に飛び出して行った。良い意味でも悪い意味でも世界を知らない彼らは再び母親の怒りを買う事になるのだが、それはまた別の話である。適当な覚え方でリオンの名を口にして本人にツッコまれたが既に聞こえてない様だ。


「俺らも寄宿学校に通っていいだろ?」

「それは無理だ」

「なんで!?」

「なんでもだ」

「多分お金が無いんだよ…」

「そうだ」

「シルヴァさん……そんなはっきり、…」

「酒なんか飲むからだッ!」


 コソッとシオンが二人に自分の予想を伝え聞こえていたのか、隠しもせずはっきり金が無いと断言するシルヴァは最早清々しい。リオンからは至極真っ当な意見が飛び出る。


「ところでシオンは騎士目指したいのか?」

「ぼく?…ぼくは、二人が目指すなら一緒に騎士、目指そうかな」

「寄宿学校が無理ならシルヴァさんに修行を見てもられば良いんじゃないかな?」

「シルヴァが〜?」

「こう見えて俺より強いよ。シルヴァさん」

「全く…余計な事を」

「血は争えないって自分で言ったじゃないですか」

「ふ〜ん」

(シルヴァがだめだったら学校にでも忍び込めばいいし…いっか)


 だらけた姿や巫山戯た姿が日常なので俺より強い、との話に信憑性を感じられない子供達は疑いの眼差しをシルヴァに向ける。


「俺はそろそろ失礼します。メトロポリスの叙任式で会える事を祈ってるよ」

「おう!ジョニンシキが何かは知らないが多分会えるぜ!」

「叙任式は王都で行われる騎士任命式の事。本に書いてあった」

「そうなのか」



「あ、そうそう。シルヴァさん"裏の再生"も整いました。一枠空けるので何時でも戻ってきてください。歓迎しますよ。ではこれで」

「戻らないつもりで抜けたんだ。今更…」


(裏の再生…?)

「裏ってのは…」

「リオン、受け取れ!」

「うおっ急に投げるなよ。危ねぇ…。てかコレなんだ?」


 青年は子供達に別れを告げるとリオン達がやって来た反対方向の道を進み、ふと思い出したと言った様子で足を止めた。シルヴァにだけ伝わる用語を敢えて選んだのは子供達に知られたくないから。予測を立てる事は容易だが、それを知るには彼等は子供過ぎた。

 聞き慣れない言葉の意味を彼に訊こうとしたがシルヴァは遮るようにリオンに"とある物"を投げる。


「ソイツは"エトワール"…護身用の武器だと思ってくれればいい。リオン、お前の父親の持物だった。少し訳有で俺が預かってたんだ。騎士を目指すなら今日からお前が持て…!」

「俺の……親父?!」

「必要なとき以外は振り回すなよ」


「リオンだけズリーぞ。俺のは?!」

「ない。リオンの父親が偶々渡しただけだからな。そう拗ねるな」

「ちぇ、別に拗ねてないけど?」

(凄く拗ねてる…)


 白を基調としたデザインの打刀タイプのエトワールは見た目以上に軽く、最初からリオンの為に造られたと言っても過言ではないくらいに恐ろしくリオンの手に馴染む。柄から刀を抜くと鋭利な金属が顔を出す。一太刀掠っただけで相手を傷つける事が可能な代物だと子供ながらに想像し唾を飲んだ。


「親父のエトワール…よく分かんねぇが受け取った!修行開始だっ!!!」


――――――

―――


 その少年、名はリオン。

 後世の脅威に立ち向かう者なり。

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