第14話 瞳に映る光景
水面に投じた一石が、水面を狂わせる。
――――――
天音がかつて通っていた学校、育った世界で会えなくなった友達が彼女を探すように空を見つめていた。
(糸帆さんに泣きながら天音の事を話してから、もう一ヶ月以上経ってるんだ……)
教師の声も遠くに机に伏せた。体育終わりの五限目、窓側席の特権である外の景色と心地良い風に吹かれる。
あの日から私は空っぽの心を持て余しているのに世界は何も変わっていない。
同じように朝が来て、昼が来て、夜が来る。を繰り返して時間が流れているだけ。変わった事と言えば私のスカートの丈が少し短くなった事と晴が部活動を始めた事ぐらい。
『俺、部活始めるよ』
『え?何で急に…何部に入るの?』
『んー…薙刀部。剣道がなかったから。何でだろうな、じっとしてられなくてよ』
『…そっか。頑張って』
『おう!』
(あいつは前に進んでるのに…悔しいな)
私は知っている。晴があの日、純粋な目でリオンの刀を、リオンの姿を見ていた事を。好きな人が居なくなるってのに何が彼を突き動かすのか理解不能だった。天音にもリオンにも、二度と会えないのに。
「み、宮本さん!」
「?あなたは確か…」
「そんな事より先生に当てられてる…から」
「あ」
「宮本ー起きてるかぁ」
「はい。起きてます」
―――
「ねーツムは前世何してたと思う?」
「前世?何でそんな事訊くのさ」
「なんとなくだよ。さっきウチらその話で 盛り上がっちゃって、どーせなら他の人にも訊こうかなって思っただけ!」
放課後、帰宅部の私は帰り支度を終え教室を出ようとした所で机に座る自称ギャルの女に呼び止められた。ホームルームの時からヒソヒソと話し声が聞こえていたが、くだらない話で随分と盛り上がっていたようだ。
「さぁ?…前世とか余り信じてないし」
「あっそ。じゃあレンレンはどう??!」
「へ?私、ですか…前世…」
嘘つきなのも変わらない。友達が前世、別の世界のお姫様だったから嫌でも存在を認めなくてはならない。私が否定したら私の友達まで否定する事になる。
自称ギャルは私の隣で同じく帰り支度をする女の子にも質問する。五限目で私を起こしてくれた丸眼鏡の女の子だ。自称ギャルと接点が無いので本気で手当たり次第に訊くつもりらしい。
「そう!前世!例えばどっかの国のお姫様だったり外国人だったりとか!」
「…」
「性別が違ったりして……?」
「確かに!」
「お姫様も好きだけど私は…なんとなくお姫様を守る人の方が好きかな……」
スクールバッグを肩に掛けたまま漠然と彼女達の会話を聴いた。聴いたからと言って何かする訳でも無い。お姫様の単語に身体が勝手に反応したに過ぎないのだから。これ以上教室に留まっていたも意味が無い、早く帰って漫画の続きでも読もう。
「私はお姫様を守る人、嫌いだよ」
「?それってどう言う…」
無意識の言葉は隣の彼女に聞こえていた。
――――――
in下校中
「あの、宮本さん…!」
「え?有馬レンちゃん?」
三人で通った通学路は私だけが通るには少しばかり広くて寂しくて。家に帰っても漫画を読む以外に暇潰しの方法が思いつかない。ニュースは昨夜の地震の事と誰でも知っているような有名な女優のスキャンダルが繰り返し流れ既に見飽きていた。
背後からドタバタと足音が聞こえ振り返ると丸眼鏡の彼女が息を切らしていた。名前は有馬 煉。大人しげでクラスでも目立つタイプでは無いが体育の授業で偶に見せる凄技は目を引くものがある。申し訳ないが運動神経が良いとは言えないので偶然が重なっただけなのだろう。
「宮本さんに渡しておこうと思って…本当は本人に直接渡せればよかったんけど」
「これって…天音が使ってたハンカチ?」
「うん。少し前に諸星さんが走ってるのを見かけて…その時に落とした物なんだけど急いでる様子だったから渡せなくて……。月曜日に渡そうと持ってて、でも月曜日に諸星さん転校したでしょ?だから一番仲が良かった宮本さんに渡せば届くかなって」
本人曰く、私にハンカチの事を伝える機会を窺っていたら何時の間にか一ヶ月も期間が過ぎてしまったのだとか。久しぶりに人から天音の名を聞いた。シンプルな真っ白のハンカチ、ワンポイントに赤眼の白狐が一匹刺繍されているのが特徴的だ。私と晴が誕生日プレゼントに贈った物だから見間違える筈が無い。
「…分かった。ありがとう。天音に会えたら渡しておくから」
「良かった。私と諸星さんは似た立場…これがキッカケで仲良くなれるかなって考えてたから諸星さんと話す機会がなくて残念……」
「…似た立場?」
「私も一緒なの。親が居なくて孤児院で過ごしてた時期があったから」
「あぁ、そっちの方か…」
「そっちの方って…?」
「ううん!なんでもない。ハンカチありがと!!また学校でね!」
似た立場に一瞬だけ耳を疑う。有り得ないと分かっていながら身体が強張った。孤児院の方だと判明してボロを出さない内に悪いと思いつつ会話を終わらせレンちゃんと別れる。
「はぁぁ…天音に渡す…か。どうやって渡すの?今頃何してんだろ。天音と、後ついでにリオン……」
―――――― ――――――
―――
「〈法術 海廻天水龍〉!!!」
「〈法術 ブレイズシャード〉!」
勝負は決した―。勝者レオナルド。
「がはっ…!!?」
(さて、どうなる?)
法術 海廻天水龍は水龍斬の強化版だ。斬撃型の水龍斬に回転・速度を加え威力を五倍にまで引き上げる。但し裏を返せばアストの消費と負担も五倍増になると言う事。連発は出来まい。ここぞと言う場面で使うとリオンは決めていた。決めて、放ったが。
一瞬のズレが勝敗を分けた。レオナルドの放つブレイズシャードもフレイムシャードの強化版だ。互いの強化技が衝突し合い、制したのはレオナルド。リオンは決して弱い訳ではないが、本人も気付かない
レオナルドは戦闘開始時より庇い気味だったリオンの腹部に、思いっ切りブレイズシャードをブチ込む。一瞬のズレ以前にリオンは激しい戦闘の最中、クラールハイトでの古傷が開き図らずしてハンデを背負っていた。
血反吐を吐き停止するリオン。普通なら倒れても可笑しくない場面で彼はミリ単位も動かず静止し、雨水の滴り落ちる音だけが異様に辺りに響く。
『リオン…』
(誰だ?)
『もうこれしか対抗手段が残されていない』
(カグ……ヤ?)
『ごめんね。…
記憶の中の彼女が苦しげに目を瞑る。
大切な人、守りたい人、守れなかった人、記憶のアルバムが薄らいでゆく。
?「リオンッッ!!!!!」
「あ、まね?!」
―――
轟く爆音が天音を駆り立てた。部屋の隅で腰を抜かしていた弱い彼女を立ち上がらせる。
ラルカフスに縛られた状態で爆音の鳴る方へ、リオンの元へ。弱い心は今にも不安に押し潰されそうだ。
(痛い…でもこんなのリオン達に比べたら痛いの内にも入らない…!)
たとえ、選択が間違っていたとしても後悔はしない。
(リュウシン!ティアナは何処?それから)
赤く染まる水溜り。誰の血か……誰の名を叫ぶ。
辿り着いた場所で私が見た景色、瞳に映る光景、気絶しているらしいリュウシンと姿が見えないティアナ。今まで感じた事無い異質な雰囲気を纏うリオンが、赤色の瞳に映る。
"貴方の力が暴走しかけた時、怖いと感じた"
――― ―――
身体が熱い。体内の熱が全て一点に集まっている様だ。熱に呑み込まれてしまう。辛うじて意識を手放さずにいられたのは天音が数メートル後ろに居たから、守る人が視界に映ったから。
「ぐぅぅっっ…!!!!」
「おいおいおい、何だ
「…リオン」
姿が変容してゆく。
左頭部付近には"角"が生え伸びる。牛の角を模したような外形は底知れぬ力の発動を意味した。眼光鋭く、"牙"らしき物も左右に二つ生え出し彼は
「まるで…獣」
「口利けるほどの余裕は無いみたいだな」
「フゥッー…!」
(〈水龍斬〉!!)
「クッ、…?!」
水属性のエフェクトがリオンの周辺に周回する。一見無害に見えるが、レオナルドは感じていた。掠りでもすれば熱に殺されると。此処で言う熱とは単純に温度の事では無く攻撃の圧、イメージの事である。
予兆なくパッとエフェクトが消えたかと思えば次の瞬間にはレオナルドは吹き飛ばされていた。直前で盾を出し威力を相殺するがそれでも尚、全てをガード出来ずに後退させられた。盾を出すまでも無く避けていたレオナルドが盾を出しても押し負けたのだ。
(馬鹿な…何だ今の威力!ありえん。騎士団長サマに法術が撃てるほどのアストエネルギーが残されているようには見えなかったが…こりゃあ、
(〈滾清流〉!)
「はっ〈フレイムシャード〉」
「くっ…ぐぅっ!?!」
間髪入れず二倍にも三倍にも跳ね上がった身体能力で攻撃を繰り出す。リオンの力を呼び起こした張本人、レオナルドと言えど大人しく殺られる訳にはいかない。最大の警戒で四方の攻撃に対処する。
攻撃は時に防御にもなる。真正面から向かってくるリオンに対し、此方も真正面で迎え撃つ。但し彼より低い態勢で、古傷を再三抉るように。滾清流とフレイムシャード、互いの技が決まった。
「はぁ…、はぁ…今度は何だ」
(呑み、込まれ…るな。抑え、ろ。使いこな…せ。今、が解放………!!)
苦しむ原因も力を正しく使う方法もリオンは知っている。愛しかったあの人の言葉を忘れる筈も無い。そして彼自身に抗う力が無い事も理解していた。ギリギリ力に呑み込まれない、暴走しない、現状維持が精一杯の抗いだった。
(まだ、だ。まだ使え、ない…ならば!)
(エトワール?)
抜刀した。攻撃方法をエトワールに切り替える。柄を握り締め、相対するレオナルドに刃を向けた。リオンがエトワールを使う頻度は高くない。一度しか、それもハッキリと見た訳では無い天音や抑の初見のレオナルドでもエトワールの様子が普段と異なる事に気付く。
真っ白な刀身の部分が淡い青色に変色し、微かに水面のように揺らいでいた。
「フッ…!!」
(ーッ早い!)
「?…斬られていないだと?」
瞬きの一瞬、リオンは超俊足でレオナルドの懐へ入り込み胸元に真一文字の斬撃を喰らわす。だが揺らぐ刀身はレオナルドに触れた途端に音も無く
束の間の疑問に答えるように直後、真一文字に血が吹き出す。
「ガハッ!!?…な、に…!?」
(あのエトワール何を斬りやがったッ!!)
「っ…」
停止した時間が嘘のように流れる手付きで只管、斬り込む。左肩、脇腹、太腿、無数の斬撃波が比喩的な表現ではなく文字通り、目に見えていた。防げないのならと白羽取りを試みるが矢張り、レオナルドが触れれば刀身は消えてしまう。
優勢なのは誰がどう見てもリオンだ。それでも呻き声と血腥い現場に居合わせる天音は目を背けたくなった。
(観察してる暇がねぇ…このままじゃコッチが殺られる…!)
空中でレオナルドの右肩を斬った瞬間にクルリと身体を回転させリオンは天音に刀身を向ける。カッと見開かれた眼で彼女を射抜く。正確には彼女を縛るラルカフスに向かって。
「ぇ…うっ、ラルカフスが切れた?」
「そーいう事か、なんとなく読めてきたぜ」
「ーーグゥッ!」
迫る斬撃波に目を瞑り身構えた。幾ら待っても衝撃は来ず、恐る恐る目を開けるとラルカフスが見事、真っ二つに切れていた。落ちゆく身体で流れを観察したレオナルドの脳内に確信めいた説が浮かびニヤリと笑う。
身体を天音に向けていた所為で一瞬生まれた隙を上手く使い、リオンのエトワールを握る右腕を掴み空中で上下を入れ替え地面の激突をレオナルドは回避した。代わりに全衝撃がリオンに向かい激痛が全身を襲う。
「そのエトワール、斬っているのはアストエネルギーの流れだな」
「アストエネルギーの流れ?」
「俺が触れたとき消えたんじゃない。体内に侵入し流れるアストエネルギーを斬っていた。だから一瞬の時間差が生まれる。それにラルカフスの中にも微量なアストエネルギーが流れているからな」
(ガラクタじゃ無かったみたいだぜ王サマ)
独り言に近い呟きを真面目に聴いているのは天音だけだった。未だ正常に戻らないリオンは力の制御に精一杯で、戦闘以外で聴覚を働かせる余裕が無かったのだ。限界が近い事を天音だけが知らない。
「カラクリが分かれば問題ない。動きにも慣れてきた」
(〈水龍斬〉!)
(〈テレポート・アイ〉!)
「!?」
「〈ブレイズシャード〉!!」
「グワァッッ!!?!」
(あ…………まね…逃げ…)
超俊足を見切りテレポート・アイを発動する何処へと飛ばす必要は無い。お互いの位置を入れ替え続けざまに残りのアストエネルギーが切れないギリギリの量を調整し無防備状態のリオンに決め手を放つ。
変容した姿が元に戻ると同時にリオンはその場で意識を失いバタリと倒れた。彼の霞む瞳に映った光景は、涙目の天音が駆け寄る姿だった。アストエネルギーが切れれば強制的に意識を失くす事になる。人間の本能が働き"最悪な終幕"を回避する為と思われる。
「…り、おん……!」
「騎士団長サマの名は伊達じゃ無かったって事だ。…俺に使わないと言った法術を使わせたんだからな」
決着が着く少し前、雨が上がり雲間からの陽光が此方を覗き込んでいた。地面に腰を下ろしたレオナルドは雨が止み、戦闘が終了したので漸く煙草に火をつける。彼も限界だったがリオンの元へ駆け寄る天音と擦れ違う瞬間に彼女を拘束するぐらいは容易い。行動に移さなかった理由は勿論、煙草をじっくり味わいたいから。もあるが最後くらいは側に寄り添わせたい彼の優しさが無意識に素通りさせたからだ。
「リオン、……血が止まらない」
「急所は外してある」
力無く横たわるリオンにそっと触れた。生暖かい鮮血は腹部から流れ、彼女の小さな手では到底、覆い切れない傷の深さを残酷に表していた。
「そーだ。ジャンヌが何処行ったか知ってるか?」
「…友達に会いに行った。その後は知らない」
(どうしよう、どうしよう、どうしよう。私しか居ない、私がやらなければ…)
「そいつは良かった。吸い終わったら一緒に来てもらう。王サマの命令だからな」
見た事も無い量の流血を何時までも眺めていれば気分も悪くなる。自分が流血している訳でも無いのに貧血のような症状に陥り息遣いは若干、速くなった。
リオンの無事を祈り既に血に塗れ切った手を添えたまま、煙草を吸うレオナルドを涙目でキッと見つめた。涙を落とさずにいられたのは、彼女が拙い覚悟を決めたから。
「ど、どうして生け捕りにするの?」
「ん?王サマの考えてる事は分からん。霊族の一部とナントカって組織に命令してた事ぐらいしか知らんな」
(私が…戦わないと!アストエネルギーを集中させて何か戦う為の術を…)
「姫サマじゃ俺に勝てんぞ。アストを使おうとしてるようだが、あれは精神エネルギーだ精神が乱れている状態じゃ何も出来ない」
「っ!」
(バレてる)
図星の正論。目の前の霊族はアストエネルギーをほぼ使い果たした満身創痍の敵だが否が応でも認めてしまう。彼は強い、勝てる気がしないと。
「目を逸らさないのは良い事だ。褒美に一つ教えてやる。王サマは"暁月"を待ってる」
「あか、つき?」
「百年の周期で宵の月が赤く染まる。それが暁月だ。暁月の起こる日は何故だかアストエネルギーの量が通常の倍になる。…お、タイムリミットだ」
「リオンは連れて行かせないっ私も行かない!」
「大丈夫、直ぐには殺されないと思うぜ」
一頻り、煙草を堪能したレオナルドは重い腰を上げる。休息の合間に騎士団長と姫を連れて行く程度の体力は回復した。
百年周期の暁月、普段なら興味が湧き目を輝かせていた事だろう。今の天音にとってはゲームオーバーの合図でしかない。恐怖で引き攣る心が助けを呼んだ。
(誰か助けて、リュウシン…ティアナ!)
?「〈法術
「!…妙に視線を感じると思ったがお前か」
「やっぱバレてたか〜」
「貴方は…!?どうして、…」
(名前は確か、スタファノ)
「さあ?どうしてだろうね」
ピンチを助けたのは仲間であるリュウシンでも、ティアナでも無く、一度きりの医者だった。天音とレオナルドの間に分厚い
屋根の上で彼等を見下ろす彼の目的は
一体……。
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