第12話 紛れた決断
雨が落ちる、心に落ちる、音が聞こえる。
――――――
『私と友達になろうよ!』
『うんっ!』
「待ってるからねジャンヌ…」
待ち人来る時を信じ、前だけを見据える。
雨宿りの小屋に水音が交じる迄。
――――――
「どう、します?また移動しますか?」
「…そうだなぁ。この技は多用するもんじゃねぇが…やるか!」
「了解です。動きます」
静まり返る旧カラットタウンで最初に動き出したのはジャンヌだった。天音に一番近いリュウシンを狙いチェーンクナイを伸ばす。
「〈法術 辻風〉」
「くっ」
「〈法術 水龍斬〉!」
「〈法術 火箭・三連武〉」
「後で相手してやるから待ってろ」
リュウシンの反撃を見越していたジャンヌは辻風の発動に合わせ一歩後退する。チェーンクナイと辻風、双方の技が外れ空気は淀む。
ほぼ同時にレオナルドに向かってリオン、ティアナが技を出すが、盾を出すまでもなく余裕で回避され擦れ違いざまに先程破壊した建物の瓦礫をリオンに投げる。難無く瓦礫を避けたリオンだが気付いた時には既に遅かった。
「?!あまっ、…」
「ジャンヌお前に判断を任せる〈法術 テレポート・アイ〉」
「はい!」
「りお、…!!」
再度、リオンは天音に天音はリオンに手を伸ばすが互いが数センチの距離に達した所で天音とジャンヌはレオナルドのテレポート・アイによってこの場から消えた。
何度も掴み損ねた役立たず手が空を握る。何の為に伸ばした?守る為では無かったのか?やるせない気概がリオンの脳内を駆け巡る。
「さっきのアスト能力か…!」
「今度は何処に?!」
「……霊族ッ」
「そー怖い顔すんな、安心しろ。近くには居るぜ。悪いようにはしない。それにこの技は無駄にアストエネルギーを消費するから使うのはこれで最後だ」
「直ぐに探そ……うっ!?」
「おっと、ソイツは残念ながら出来ない」
影が増した表情はイマイチ何を考えているか分からない。無言で無力な握り拳を見つめるリオンに、リュウシンが檄を飛ばす。
然し、視線をリオンに向けた事でレオナルドの攻撃を避けきれず鳩尾に肘打ちが直撃する。
「リュウシン!…っおい!!しっかりしろ。天音よりも今は目の前の敵を見ろ!あんたに付いてきた意味が無くなる!」
「…」
「その女の言う通りだ。姫サマ助けたかったら俺を倒してからだな」
「はっ!?」
天音が消えた途端リオンの様子が変わる。何をしているのだと胸倉を掴み、空いた片手でレオナルドを指差し諭すが反応が無い。
その間にもレオナルドは迫る。背後で跳躍し、背を向けるティアナにダブルスレッジハンマーを喰らわせようとするが、ティアナは間一髪で右方向に避ける。
地面にめり込んだ両の拳は不発に終わったが土煙混じりにレオナルドが視線を這わせるとティアナの左腕の印が目に留まる。彼女の焼印を視るや否や口を開いた。
「なんだお前…その焼印、"印付き"か」
「印付き…だと?何を言って!?」
「ならパスだ。〈法術 フレイムシャード〉」
「ーーゔぅっ!!?」
まるでティアナの焼印の正体を知るかのような口調で口をつくとレオナルドは表情をフッと変え面倒臭そうに、振り向きざまに攻撃を放った。体勢を立て直しながら放つフレイムシャードはティアナの盾を物ともせず、遥か後方数十メートル先へ彼女をぶっ飛ばした。
「ティアナ、…!リュウシン…!!」
「僕、なら平気」
「闘う気になったか?騎士団長サマ」
何軒もの建物が破壊する衝撃音でハッとしたリオンは盲目になっていた意識を正常に戻す。状況を確認する為に、辺りを見渡すとリュウシンと目が合う。
鳩尾に攻撃を喰らったが気絶は免れたようで身体を起こし隣に並ぶ。
「ティアナも天音も無事を信じよう」
「ああ。もう大丈夫だ…」
リュウシンの言葉に短く頷き、深く呼吸を整える。敵を鋭く射抜く双眸は迷いとの決別でもあった。
「良いツラだ。手加減はしない」
力の前後関係は兎も角、蒼き瞳に宿る精神に敬意を評しレオナルドは手加減を止めた。彼の底知れぬ強さは十二分に感じていた。
「行くぞ」
「さぁこい!」
――――――
ティアナSide
(…飛ばされた、何処まで。それよりもあの男何て言った?"印付き"…焼印の事か)
体感、十軒先まで飛ばされ書斎らしき場所で崩れた本棚に巻き込まれた。全身に激痛が走り思うように身体が動かない。加えて頭部からの出血で思考回路も普段より鈍っていた。
(お母さんを殺した男が言っていた。"この焼印は決して消えない。焼印がある限り俺はお前を見ている"と。あいつに訊けば居場所が分かるかも知れない……)
「早く行かなければ…!」
瞳孔に滲まないように流血を拭う。幸いにも傷口は思ったより浅く、止血まで時間は掛からなかった。天音を救う目的と自分の目的が一致し身体を起こそうと四肢に力を込めたティアナだが。
"最中、影が覆う"
?「やっほーっ大丈夫?ティアナちゃん!」
「?誰だあんた」
「ヒドイなぁスタファノだよスタファノ」
「知らんな。と言うか邪魔だ」
「ティアナちゃんが心配で来ちゃった〜!」
鬱陶しい気配に気付くのが遅れた。鈍っている証拠だ。壊れかけの玄関から堂々と入り満面の笑みでティアナを覗き込む彼はスタファノ。ガーディアンの里出身のチャラチャラした男で長身長耳の持ち主。マリーの治癒を終え何処ぞへ消えたのやらと思っていたが、まさか目の前に再び現れるとは。
ティアナが条件反射でスタファノの言葉を否定した理由は相手をしている暇が無く、またスタファノの立ち位置が彼女にとって邪魔だった、それだけの事だった。
「怪我痛そ〜治してあげようか?」
「必要ない。触るな」
スタファノの治癒は現場こそ見てないものの正確性は良く知っていた。然し素性も分からない男に触れられたくはないので彼の右手を弾き立ち上がる。
「大体、あんたこんな所で何してんだ」
「さっきも言ったでしょ?ティアナちゃんが心配で……」
「何故此処に居るって分かった?あと、ちゃん付けであたしを呼ぶな」
「偶々だよ〜!オレとティアナは初めて会った時から初めてな気がしない…まさに運命の出会いってこと!心が通ってるから分かったんだよ」
隙きあらば口説くスタファノに怒筋が一つ、二つと増えていき我慢の限界を迎えた。ティアナは低い声で唸るように圧をかける。
「あんたに構ってたあたしがバカだった。もういい…絶対付いてくるなよ」
「わ!ま、待って冗談だよ冗談、ね!本当の事言うからさ!…"耳"だよ」
「耳?」
「そう。オレ耳が良いんだ物凄くね。コッチの方が騒がしくて聞き耳を立てたら声が聞こえて此処に来れたってわけ」
耳を澄ます仕草で微細な音を聴き取る仕草をして見せる彼は先程までの飄々とした態度から一変、真面目にティアナの質問に答える。スタファノを信用した訳ではないが不思議と嘘を付いていないと思えた。
「ガーディアンの人間は皆、あんたみたいな奴なのか?」
「…違う違う。オレが特別なのっ!」
「天音の居場所も分かるのか?」
「う〜ん。それは分からないかなぁ」
「何故だ?…あたしが分かったなら天音も分かるだろう?」
「さぁ何でだろう〜」
(嘘。本当は知ってるけど…)
スタファノには聴こえていた。天音とジャンヌの声が。敢えて言わなかったのはティアナを口説きたいも勿論あるが本音は彼女らの会話を中断させたく無かったから。
こればっかりはティアナには知る由もない。
「ティアナ…キミに戦場は似合わない。オレと一緒に行こう」
「あたしは、あたしの判断で此処に居る。あんたに指図される筋合いは無い」
端正な顔立ちのスタファノに一切揺るがないティアナは彼の言葉をバッサリ切り捨てるとリオン達の元へ急速に向かった。
「行っちゃった」
(自分の判断…か。オレはこれから何しようかな〜?)
取り残された彼は追いかける訳でも振られて悲しむ訳でも、何をする訳でもない。旧カラットタウン内に於いて只独りだけ呑気に背伸びしていた。
ぼんやりと流れる雲を追い掛けて、追われて。
――――――
「…っ」
「やっと捕まえた…」
二人の少女の息遣いが室内に淡く消える。旧カラットタウンのとある一角にジャンヌと二人飛ばされ、天音は逃げ回っていた。が長くは続かない。逃げ場の少ない空家に入ったのが失敗だった。チェーンクナイで掠り傷を太腿につけられ動きが鈍った所を捕捉された。
「もう逃げられないよ」
「コレは…?」
「"ラルカフス"。アストエネルギーを封じる手鎖、さっきみたいに飛ばれたら困るから」
「あれはマグレみたいなもので…」
懐から取り出した金属製の黒い手鎖は生け捕りにする為に用意した"ラルカフス"と呼ばれる物だった。アストを封じる手鎖を掛けられてしまえば天音にはどうする事も出来ない。手鎖が無くとも彼女は自分からアストを使えるとは思っていないのだが。
「任務完了。レオナルドさんのとこ行かなきゃ」
「あの…」
「なに?言っておくけど逃さないよ」
「違う…そうじゃなくて…行かなくていいの?友達のところに」
「!…は?」
忘れようとしていた。心の隅へ追いやり見ないようにしていた。…が天音に言及され閉じていた蓋が開き、ジャンヌの空気がいっとう重くなる。
「マリーさん小屋で待ってるよ?」
「…何言ってるか分からない。星の民に知り合いなんて居ない。ましてや友達なんて…」
「だったら、苦しそうにしたりしない。マリーさんは確信してるみたいだったし」
「っ関係無い!!黙って!」
「!」
ガンッと壁に突き飛ばされ痛みで目を瞑るが赤目は直ぐにジャンヌを見つめ返す。マリーの想いを知っているからこそ、天音はジャンヌと対話する事を選んだ。対しての彼女は真逆で、気付いていながら避けていた。
「マリーさん言ってた。"幸せの選択"を迫られたらって」
「…」
「最初は分からなかったけど今なら少しは分かる気がする。マリーさんにとっては恋人のカルムさんの事も友達である貴方の事も、どっちも大切で…このまま待っていても待つのを止めても二つある幸せの内どっちかは諦めなきゃいけない…」
「…何が言いたいの」
「悩んでいた時に友達が現れた。…」
「!」
「私なら嬉しくて直ぐにでも色んな話がしたい。…と思う」
「っ私は話す事なんて、…」
「話したいって顔に書いてある!それにレオナルドさんだっけ?の判断を任せるって言葉…も自己紹介もそう言う事じゃないの?」
「!!っ…ここを動かないで……!」
「あ!」
ジャンヌは独り言のように呟くとフラフラと去って行った。涙を落とさずに。
緊張が解れた天音は壁に背を預け尻もちをついた。未だ、煩い鼓動は鳴り止まない。
マリーとジャンヌ、二人の友達の再会を願う。自分が助かりたい一心だったのも事実であり、純粋な願いではなかった。譬え助かりたいが当たり前の事だとしても天音の心には小さな蟠りが残った。
「悪い人ではない。…逃がす気もない」
両膝を抱えて座り直す。レオナルドもジャンヌも悪い人ではないから憎み切れない。怖いのも痛いのも発散場所が見当たらず、地面ばかり眺めていた。
「紬生たち…今頃何してるのかな?」
会えなくなった友達を想い、想われて。
――――――
ジャンヌSide
(なんで、なんで。……分かるの、そうだよ色んな話したいよ。また昔みたいに遊びたい少し、元気な姿見るだけで良かったのに…)
遂に泣き出した空は身勝手に感情を膨らませ、熟れた果実を洗い流そうともしない。移動中、気を紛らわす為に百年前を思い出していた。地を弾く水音を足跡で固めて。
気持ちの整理が上手くいかない。
突然の出来事。光の粒子に包まれパッと意識が消えたと思ったら次に目覚めた時は約170年後の世界だった。幼い自分が理解した時には既に全て終わっていた。封印されていた事も人伝に聞いた。停戦協定は形ばかりで、実際は二種族の対立を益々煽っただけに過ぎない。
『私を弟子にしてください!』
『ん?』
メトロジアに行こうとしたら止められた。
所詮自分は一般人でメトロジアに、星の民に、会う事は出来なかった。思い返せば、何時でも思い出せる。メトロジアで遊んだ事も星の民と友達になれた事も。世界が変わったしまったのか、はたまた。
どうしても友達に会いたかった。約束を果たす為に。だから出入りしている霊族の戦士を観察した。そして決めた。
戦士なら、黒鳶の配下ならメトロジアに行ける。
誰でも良かった。話を比較的訊いてくれる人なら。レオナルドさんに話し掛けたのは偶然だ。
『一生のお願いです…!!何でもします。どうしても強くなりたい理由があります!』
何度も何度も言い続けた。断られるのを承知で相手が折れるまで続けた。煙草の匂いもすっかり覚えてしまった頃、レオナルドさんが折れてくれた。
『はぁ分かった。分かったから騒ぐな』
『ありがとうございますっ!』
覚悟していたけれど、修行は甘くなかった。
エトワールを貰った。アストエネルギーを制御出来るようになって法術修行が一段落したタイミングだった。まだまだ弱い自分は無理に法術の強化を図るより、武器と法術の二つで互いの隙間を無くす方が良いとレオナルドさんが判断したからだ。努力を重ねて気が付けば何年も経過していた。
やっとメトロジアに行けた。レオナルドさんが会合に呼ばれ同行が許可された。任務内容は人探し。友達を思う余り理性が任務内容の奇怪さに目を瞑った。
『"カラットタウン"なんてどうでしょう?』
二百年以上前の話だ、私の事を忘れているかも知れない。霊族が起こした戦だ、霊族とは関わりたくないと思っているかも知れない。過る不安を必死に打ち消した。会えなくても良い。元気な姿を一目見れたら十分。
「待っていてねマリーちゃん」
実際に見つけるまではそう思っていたのにね。
きっと苦手なんだ。ポーカーフェイス。
――――――|
―――| |
雨は好きだ。雨音を聴くと落ち着く。雨は私に出逢いを運ぶ。雨宿りの小屋で雨を待つ。
とんだ雨女だと笑い飛ばしたら人生の重みが和らいだ。
雨、降り出す時、物音、紛れる。
背中に濡れた熱がかかった。誰かが背に寄りかかっている。誰ではない、私はこの体温を待っていたのだから。大切な友達の体温を。
「ジャンヌ…!」
――――――
オマケ
「はっ!ふっ!ほっ!」
(……無理だよねそりゃあ……)
手鎖、基ラルカフスを引き千切ろうと腕を振り力を込めるがビクともしない。十回も繰り返せば腕は疲れ上がらなくなった。…当たり前だ。
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