第11話 約束の結び目

 約束した。解けてしまわないよう強く固く

――――――

NO Side


 時は数日前に遡る。


「煙草止めてって言ってるでしょ!」

「へいへいっと。おっかない雪娘だ」


 日常。グライシスの緊急召集によりメトロジア城の一室で黒鳶の会合が始まった日。


(半分も集まっちゃいねぇ)


 椅子に体重を掛けながら何処か俯瞰した態度で、"レオナルド・ヴィンス"は会合の様子を流し見していた。自分以外に使用者がいない灰皿に吸いかけの煙草を押し当てる。


(今、来てんのは俺と雪娘と仮面野郎と派手髪だけか?…弟君は来てねぇのか)


 そもそも、此度の会合は意味があるのだろうか。黒鳶は合計13名選出されているが現在此方に来ているのは半分ほど。そして一室に集まったのは更に半分未満。4名程度で果たして会合と言えるのだろうか。


 グライシスは騎士と姫の生け捕りについて協力して任務遂行するように、その為の話し合いの場を設けたと言ったが…。


「…何度も言わせないで!この私に従えばいいの。なんか頼らずとも直ぐに見つけるわ!分かった!?」


「あ゛ぁ?だから、んでテメェに従うんだよ!!?ぜってぇ嫌じゃん!!!」


「はぁ…会合に来たのが間違いだった。自分は自分のやり方でやらせて貰う」


(お、一人減った)


 黒鳶同士の相性の悪さは序列を付け始めた頃から明らかだった。にも関わらず協力プレイを黒鳶の現状を知るグライシスが要求する。"騎士長リオン"はそれ程までに苦戦を強いられる相手と解釈しても良いものか。


 雪娘と派手髪が火花散らし取っ組み合いの序列変動が始まる前に仮面野郎がガタリと音を立て席を離れた。これにより元々少ない人数が更に減り僅か3名になってしまった。

 協力など端から出来る訳がない。


「んじゃ俺も退散するか」

「レオ!」


 煙草の火は消しても静止の声は利かない。残された苛立ち気味の雪娘と沸点の低い派手髪は互いの話を受け入れず延々と口論し、飽きれば解散するだろう。



(王サマが変わっちまってからだよなぁ…)


―――


「カラットタウンなんてどうでしょう?」

「カラットタウン?随分ピンポイント指定だなぁ。何か在るのか"ジャンヌ"?」


「そ、れは…っ別に何も無いです」


 基本的にメトロジア城にはグライシスが認めた者しか入れない。故に蜜柑色の髪の彼女は外で待たされる羽目に。

 会合も中途半端に抜け出したレオナルドが彼女と再会し、騎士と姫についての内容を伝えると最初の捜索地点にカラットタウンを提案した。


 彼女の名は"ジャンヌ・コールド"。レオナルドを師とし、戦士として日々鍛練を続ける少女には目的があった。深堀するつもりは無いのだが興味本位で言い返してみれば図星と言った顔で言葉を詰まらせる。意地悪が過ぎた。


「強くなりたい理由がその街にあるんだろ。良いじゃねぇか。向かうかカラットタウン」


「…ありがとうございます」

「浮かない顔だな、まだ何か有るのか?」

「いえ」

(どいつもこいつも荒んでんな……)


 暗い表情のまま御礼を言われたって嬉しいどころか何かしらの勘繰りを入れたくなる。鯔の詰まり、御礼を言われた気がしない。



 数分振りの煙草は変わらず美味であった。

――――――

―――

 そして現在軸。黒鳶のレオナルドと彼の弟子であるジャンヌはカラットタウンの上空にて標的を発見する。


「こうも簡単に見つかるとは。さてどうやって捕まえるか、だが何か案は?……ジャンヌ?」


「っ!…様子見した方が良いと思います。騒ぎは、デメリットでしかない」


 騎士長を見つけた時から、否。家の住人を見つけた時から動揺を隠し切れないジャンヌは震えながら感情を殺す。強がっている少女ほど扱いづらいものはない、レオナルドは煙草臭い溜息をやれやれと零した。


「そうだな。姫サマが誰かも分からない状態で襲撃しても後手に回る可能性のが高い」


「…です。はい」

(さっき出て行った"星霊族"は俺らの存在に気付いてやがった。余程の手練か、能力か)


 害は無い。自分達の邪魔をする気も無い。ならば思考を巡らす必要も無い。考えるべきは他にある。


 レオナルドが思考を巡らせている横でジャンヌは両おさげを揺らし、吐き出しそうになる感情を持て余していた。



(失敗した。煙草親父なんか放っておけばよかった…まさか一緒に居るなんて普通は思わない。探してる時に隙を見て離脱する暇も無かった。この人に隙なんて無いけど。落ち着け私!まずは任務遂行が優先だ。そして、悟られるな。チャンスはまだある)


 口元がゆっくり動く。されど声は出ず。音に乗せられない名をジャンヌは呼んだ。彼女の視線の先は任務遂行の対象ではなく、雀斑そばかすの女性だった。

――――――


「マリー、もう小屋に行くのはよそう」

「…まだ"約束の日"が過ぎてません。私が行かなければ、…今日こそは友達が待っているかも知れない。今日こそはっ…会えるかも知れないから!」


 彼女は意地でも妥協しない。スタファノが去った後、ゆっくりと上半身を起こしたマリーは眼鏡の奥を曇らせる理由を知りながらも、せめて約束の日までは通う事を許可してほしいとカルムに願った。


「約束…そうだね、約束した。自分を大切にするなら籍を入れる日まで口出ししないと」

「これは私の問題、だから行かせて!」


「今のマリーは自分を大切にしていない。身体を壊してまで所在が分からないに会わなきゃ駄目?」


「れ、いぞく?」

「霊族と知り合いだと!?」


 霊族と聞こえた瞬間、木製の扉を乱暴に開き説明を求めに部屋の外に居たティアナが入室する。

 ティアナの荒げた声はマリーを診察する際に追い出されたリオンとリュウシンにも聞こえ、互いを見合わせると彼等は急ぎマリーの元へ向かった。


「子供の頃、当時賑やかだった旧カラットタウン。私の生まれ育ったあの街で霊族の"ジャンヌ"に出会った」

「…だが奴らは封印されていた筈だ」


「メトロジア王がアルカディア王と和睦を締結した時だな。俺が生まれる前、一度だけ星の民と霊族が争いを止めた数十年間があったと聞いた事がある」

「争いを止めた……平和だったとき…」


「ええ。私とジャンヌは直ぐに意気投合して、初めてできた友達だった。…目の前で友達が封印…ううん子供だった私は封印なんて理解していなくて只、友達が消えて…最後にまた再会できるように指切りをした…」


 リオンはティアナの言葉を訂正する。彼が生まれる以前の僅かな期間の話、リオンより歳下のティアナが知らないのも無理はない。流れるままに話を聞いていた天音は思うところでもあるのか、平和だった期間を遠い目で見つめた。


 因みにリュウシンも皆が集まっている部屋へ行こうとしたがカナがリュウシンの服の裾を掴んだまま離さないので仕方無く移動を諦めカナの世話を焼いていた。懐かれたものだ。


「会えなくなった友達、…」

「私はジャンヌに伝えたい事がある。体調も戻りました。動いたって平気よ」

「!待っ…」

(止められない。待ってくれの一言も言えやしない…何て情けない)


 万全の体調だと自分に言い聞かせマリーは家を出た。恐らく小屋に向かうだろう。彼女を止めようと伸ばした手が虚しく空を切る。カルムの心配はマリーに伝わっていなかった。


「私も行く…!」

「おう。行って来い」

「は?行って来いじゃねぇ!天音お前まで行く必要は無い!!」


 天音が何を思ってマリーの後を追いかけたかリオンに解る筈がない。勿論ティアナにも。然しながらリオンは天音を呼び戻す必要があった。

―――


「マリーさん、…!」

「え?」

「私にも会えなくなった友達がいます。私は再会の約束なんて出来なくて、でも…」


「天音!!一人で行動するな。分かってんのか?自分の立場を」

「リオン…」


 誰の責任でも無いがマリーが大人しくベッドで休んでいれば、天音が外に出なければ、リオンが"自分の立場"と発言しなければ。或いは世界線が一つ違ったのかも知れない。鬱陶しくなる曇天、空を見上げる気分にもなれない。



?「ソイツが、だな」

「!!!あまね逃げ、…!」

「ーっ…」

「ちょいと場所変えさせて貰うぞ」

(〈法術 テレポート・アイ〉)


「これはっ…!」

「ティアナ一体何が?!」


 遅かった。上空から不意に現れた不穏な二つの気配、中でも一際鋭い気配はリオンが天音に指示するよりも早く先手を打った。


 法術テレポート・アイは片眼で視認した相手を自分ごと移動させる能力だ。移動する際、自分に触れていれば対象となり同様に法術の効果を受ける。


 霊族の気配を察知したティアナは直ぐ様、飛び出すが既に全員消えた後だった。数秒遅れで駆けつけたリュウシンはリオンと天音だけでなくマリーも消えた事に気付くが疑問よりも先にカナを抱きかかえるカルムに事実を掻い摘んで説明しなくてはと思い立ち行動に移した。


――――――

in旧カラットタウン


「便利だな。人が居なくて」

「霊族が何の用だ…!!」

「レオナルドさん何故です?無関係な人間を何故巻き込んだのですか!?」


「ミスった。運が悪かったと思いな」

(嘘だ。この人がミスなんて……だとすれば態と?まさか気付かれていた…?)


 一変した景色と情報。理解が追いついていない天音とマリーを背に庇い、霊族とリオンは対峙する。一分の隙も見逃さぬように彼は意識を集中させた。


「〈法術 フレイムシャード〉」

「!」

「ーーっ」

(なに、が起きたか全然分からなかった)


 煙草を投げ捨て右手を突き出したところまでは、見えていた。気付けば目の前に盾が現れて衝撃音で天音は尻もちをついていた。

 どうやらレオナルドと呼ばれている男性が右手から圧縮した炎を放ち、リオンが天音に当たる前に盾を出しガードしたらしい。


 リオンは天音から霊族へ視線を戻すと眼光鋭く睨む。法術の威力を下げていた事はリオンにも伝わっていた。とは言え様子見の先手が天音に直撃すれば気絶は免れなかった。


「ほう守るか。だが守ってばかりじゃ剣にはなれないぜ」

「はっ上等。世界一殺意の高い盾になってやらぁ」


「自己紹介がまだだった。俺はレオナルド・ヴィンス、そしてコッチがジャンヌ・コールドだ。王サマの命令で、お前達を生け捕りにする霊族だ」

(お前、"達"を生け捕り?)


 聞き逃す訳が無い。口を両手で覆い徐々に見開かれる目でマリーは確かに少女の名前を聴いた。天音は彼女に視線を向けるが何も言い出せず口を半開きに吐息だけが漏れる。リオンですら真新しい名を聞きマリーに一瞬視線を送っていた。


「ジャン、ヌ…?」

「!」

「ジャンヌ、…ジャンヌ!そうでしょ!!私の事憶えてる?!マリー・ウォーム…私の名前よ。君と友達の…!」

「…っ知らない。誰ソレ?星の民に知り合いなんて居ない。無関係な人間は黙って…!」


 冷たく鋭く心を突き立てる言葉。時のズレが二人の溝を深める。否、彼女は諦めなかった。ジャンヌと二人、かつて約束したから。


「待ってる…から。あの小屋で待ってる。ジャンヌに伝えたい事がある!」

「〜〜っ黙れ!黙れ!!知らない!」


 少女の仮面は脆弱に崩れ、走り出したマリーの背に苦し紛れの感情を吐き出す。荒い息遣いが落ち着く頃を見計らってレオナルドは静かに指示を出した。


「ジャンヌ、姫サマを確保しろ」

「天音走れ!」

「走るってどこに…?!」

「兎に角霊族から逃げろ、早く!」

「逃げられんぞ」


 ジャンヌが天音の元へ距離を詰めようとするが、透かさずリオンが間に割って入り阻止する。直前でリオンの回し蹴りを回避したジャンヌだったが同時に天音が辿々しい足取りで逃げ出したので標的との距離は遠退いていく。


 一瞬でリオンの視界から外れたレオナルドが死角からの攻撃でサポートした。空家の壁をブチ抜き建物内へ飛ばされ何とか受け身を取るが、レオナルドがジャンヌとの間に入った事で彼女に容易に近付けなくなった。


「クソッ…」

「まだまだ、こんなもんじゃねぇよな?」


――――――


「マリー無事でいてくれ…」

「マリーさんもみんなもどこ行ったの?」


 残された父娘に軽率な言葉をかける事がリュウシンには出来なかった。大丈夫、無事だ、なんて無責任な気休めは自己満足に過ぎない。


「せめて場所さえ分かれば」


 カルムは何も言わず言えずに、カナの小さな頭を優しく撫でた。少しでも緊迫した雰囲気や不安要素を悟られずにカナの中から追い出したいと願いを込めて。


「私ね、マリーさんの事大好き。お父さんに内緒でいろんなお話聴いた…お話するときのマリーさん楽しそうに笑ってた。早くね、お母さんになってね、もっといろんなお話聴きたい……」

「カナ…ごめん。情けないお父さんで…」


 幼心は時折大人が隠す知る必要のない縫い目を察してしまう。カナは思い出話をする様に父親に笑いかけると寝てしまった。きっと遊び疲れて…そして目を開けた時、当然マリーが居ると確信したのだろう。


「ずっと気になってたんだが友達が霊族だと知ってたなら止めなかったのか?たとえ昔の友達だとしても霊族と会うリスクが高い事くらい分かるだろう」

「ティアナ…」


「止めても無駄でした。彼女の願いに何も知らない僕が口出しできる訳が無い。どこから話しましょう。…マリーと出会ったのは停戦協定が締結され暫く経っての事です」




 雨の日の出来事だったと語る。


妻を亡くした戦争は停戦協定により一時的に終わりを迎えた。今よりも小さな身体を支えカルムはカラットタウンへ帰郷した。戦争の爪痕が深く刻まれた地は放棄されていたが、そんな事は露知らず誰も居ない旧カラットタウンを歩いていた。


天の気まぐれか悪戯か、雨が降り始めた。カナに雨が当たらぬように雨宿りしようと近くの小屋に入り出会った。


女性が一人倒れていた。

駆け寄り呼び掛けた。息はある生きている。


何をしていたか理由を訊けば友達を待ってたと女性は話す。雨宿りの最中、他愛ない会話を続けた。此処が旧市街地であると教わった。雨が止み一期一会の出会いに感謝したカルムは街を目指し女性とその日は別れた。


生活が落ち着いた頃、再び小屋に向かった。雨の日だった。態々、雨の日を選んだ理由は知らない振りをした。


『また会いましたね』

『雨宿りを、と思いまして』


女性は表情一つ変えずに今日も友達とやらを待っていた。明日も明後日も食事や睡眠を碌に取らずに待つらしい。


他人事だと割り切ってしまえば良かった。

惹かれたのは初めて笑みを浮かべた瞬間。

雨の日、暮方の出来事。後悔はしない、貴方には笑顔が似合うから。


『霊族?』

『信じるも信じないも自由です』


月日の巡りに足を止めた。

体調不良でも構わずに小屋で待つマリーを家に招き入れた。心配だったカナとの相性も問題なく、寧ろ懐いていた。交際の申し出をマリーが受け入れ半同棲生活が続く中、友達の詳細を訊いてしまった。


『約束したんです。目が覚めたら再会しようと。…それから"あの子の事"についても伝えなきゃ私の気が晴れません』


明確な意志が陰りの報せを遅らせる。

雨に似た雫が流れ落ちた。溢れる雫を掬う。惚れたのは初めて感情の雨を流した瞬間。


『信じるよ。だから約束を、してほしい』


自分を大切に。自分を一番に考えてほしい。友達に会う前に斃れたら元も子もないから。止めても止めても行くのなら約束を、した。


 大切な人を失うのはもう御免だ。



「つまり惚れた弱みに付け込まれたって事だな」

「ティアナ…!」

「その通り、何も間違っていません。霊族が封印から解かれたとき彼女だけは他の人とは違う感情を抱いていたのでしょうね」


 スヤスヤと寝息を立てて眠るカナが図らずとも辛うじて緊張を和らげていた。



 カルムがマリーの心情を推察した同時刻、旧カラットタウン方面にて土煙が舞う。


「…場所分かったぞ」

「…うん。分かりやすくて助かるよ」


――――――


(追いつかれる…!)

「捉えた」

「〈法術 水龍斬〉」

「うっ…!!」

「やるなぁ」


 鍛練を続けているジャンヌと今まで平和に生きてきた天音とでは何方に軍配が上がるか一目瞭然だ。後一歩でジャンヌが天音に追いつく、と言った所でレオナルドを押し退けリオンが法術を発動させる。


 一進一退の攻防が続いているように見えるが、実質二対一なので何れ限界が来る。ジャンヌ単体だけならいざ知らず、リオンと同等かそれ以上の強さのレオナルドがサポートに回っており分が悪い。


「まぁ落ち着けや」

「くっ!?」

「リオン!」

「構うな…!!」


 相手を牽制しつつ、走る天音の背に盾を出し彼女が傷つかないように具つぶさに守る。元騎士長の彼だから成し得た行為だがレオナルドの方が一歩上手だ。

 天音と距離を取らせる為に再び遮断物の多い建物内に大胆にもリオンを投げ込み建物を破壊し瓦礫の山に埋まらせる。同時に天音を守っていたリオンの盾も消失した。


 リオンの身を安否した天音が立ち止まった事で、ジャンヌが武器を取り出す猶予を与えてしまったが彼女は気付かない。チェーンの先に繋がれたクナイのような刃物が天音目掛けて投げ飛ばされる。


「逃さない」

「っ!」

「…外した」


 エトワールの一種らしきチェーンクナイは捕獲を目的とした物だが、天音の手の甲にクナイの先端が当たっただけで捕獲には至らなかった。

 偶然外れた訳ではなくジャンヌの心の揺らぎが彼女も知らない内にパフォーマンスを落としていた故の必然だった。


「次はちゃんと当てろよ?」

「分かってます」

「当てさせねぇ…!」


 鋭利な刃物が少しでも当たれば手の甲の流血は免れない。ドクドクと流れる赤色を片方の手で押さえ止血を試みる。

 走った距離は短いにも関わらず息は上がり心音も煩く鳴る。天音はとっくに限界を迎えていた。


(逃げなきゃ…痛い、怖い…)


 瓦礫の山から飛び出したリオンはレオナルドと向かい合う形で着地すると血を含んだ唾を吐き口元を右腕で拭う。


 天音を追うジャンヌ、ジャンヌを追うリオン。リオンを牽制するレオナルド。

 遂に絶妙に保たれていた均衡が崩れた。それまでは手を抜いていたのか、一段アップしたスピードでレオナルドが一気にリオンに詰め寄り、リオンの身体が反応するより先にレオナルドは青髪を雑に鷲掴み地面に叩きつけた。


「ッまだ、だ!」

「いや、終わりだ」

「今度こそ逃さない」

(来る…!!逃げ切れない何か、何か…)


 リオンが身体を起こそうと踏ん張る度、レオナルドが力を込め中々に抜け出せない。完全に抑え込まれていた。拘束を解くだけなら幾つか方法はあるが関節を完璧に抑えられており、リオンと言えどそう上手く行くまい。


 彼が手間取っている内に走りながら視線だけ振り返った天音に迫るチェーンクナイ。

 …彼女だって伊達にこの世界を生きていない。思い出したのはアストエネルギーを盾に変化させる感覚、"あの日手を握った幼い黒羽"。


「…え?」

「飛ん、だ!?」

「飛んだなー」

「なっ…」


 気付けば遥か上空、遠退く地面。逃げなければとの思いが具現化した結果、翼が生えた。烏族の黒ではなく彼女の髪色と同じ純白の天使の羽だ。"生えた"と言ってもアストエネルギーを変化させた擬似的な翼だ。故に気が抜けた一瞬、翼も消える。


「わわ…ー!」

(ぶつかるっ!)


 意表を突かれ立ち止まるジャンヌ。天音を目で追うレオナルドが意図せず拘束を緩ませた隙にリオンは脱出した。

 宙を舞い、落ちる天音にリオンが手を伸ばすが経験を積んだ彼だから間に合わないと察してしまう。華奢な身体が地面に激突すればどうなるか、誰でも分かる。経験が何だ、間に合わせるんだ。


「〈法術 辻風〉!」

「〈法術 火箭・三連武〉!」

「!」


「ジャンヌ!」

「分かってますって〈法術 アクアカーテン〉」


 天音を救ったのは間に合わない掌ではなく辻風だった。地面に激突する前に天音を包み、ふわりと着地させる。辻風に助けられたのは二度目だ。翠緑の天然パーマがふわふわ揺れる。


 次いで発動した法術は桃髪の彼女のもの。天音から気を逸らさせる為にレオナルドとジャンヌに火箭・三連武が襲い掛かる。範囲技でなく近接攻撃向きの法術だったが霊族二人の位置が良かった。炎を纏った矢で三方向から相手を攻撃し同時に体術で攻め込む。それが彼女の法術だ。


 連動した動きにジャンヌは水属性の法術アクアカーテンを繰り出し、火矢を対処する。片手を上下に振り翳せば全面に水で出来たカーテンが出現して、火矢を相殺した。アクアカーテンに遮られ体術での攻めを一旦取り止めると彼女は近くに着地した。


「リュウ、シン…!ティアナ!」

「危ないところだった…でも無事で良かったよ」

「チッ防がれた」


「お前達…」

「リオン、お礼は?」

「…ああ、…助かった」

「よろしい!」

「そんなもの後回しにしろ…!」


 旧カラットタウン内にて、戦士5名が揃い踏み。リオン、レオナルド、ジャンヌに加えて新たに駆け付けたのはリュウシン、ティアナ。戦況が変わり、静かに燃ゆる熱をリオンは其の瞳に宿した。勝負は始まったばかりだ。



「あの人たち……」

「増えただけじゃ何も変わらんぞ」

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