第10話 雨模様⇆心模様

 陰る空から雫が一粒、逃げ出した。

――――――

NO Side


『……約束だよ』

『うん。約束』

『もう一度会えたら………』


 目元から溢れる雫が、地に触れる前に君は光の粒子に覆われ深い眠りについた。



 交わした約束を今も憶えている―。

____ _ ____ _ ____

 今にも降り出しそうな雨模様が空を彩る。



「まずはその状態で力を込めてみろ」

「……ん〜?」


 天音は両手で三角形を作り前へ突き出す。目の前にリオン、両隣にはリュウシンとティアナ、三名に見守られるのは中々に圧が重いが言われた通り力を込める。成功する気配は無い。

 さて、天音達が何をしているかと言うと…


『天音、防御は出来るのか?それくらいは出来た方が良いんじゃないか?』


 最初は何気ないティアナの一言だった。彼女に賛同したリオンは旧カラットタウンに点在する小屋を借りて天音に防御の方法、つまりアストエネルギーの扱い方について軽い指南を始める事にした。防御の術は幾らあっても損はしない。


 当初はティアナとメリーさんの住処だった空家で行う予定だったが二人が過ごした家は天井は剥がれ落ち至る所の損傷も激しく崩壊寸前だった為、耐久力が比較的高そうな小屋を選び移動した。そして現在、悪戦苦闘中の彼女は既に心が折れかけていた。


「いいか。アストは精神エネルギーに直結してる。扉を開いた時と同じ要領で盾をイメージしながら力を込めれば出来る筈だ」

「盾…をイメージ…」

(一度上手くいったんだ。私ならできる)


 身体に負担をかけないように割座姿勢で瞼を閉じる。初めてアストエネルギーを使い扉を開いた日は強烈に残る彼女の大切な思い出。今でも鮮明に思い起こせる。

 間もなく三角形の中心にアストエネルギー特有の純白の粒子が光を帯びる。微かな暖かさに閉じた瞼をゆっくりと開けると、三角形越しにリオンと目が合う。


「その調子だ」

「あっ…」

「あ?……ウッ!!?テメェ……」

「だっ大丈夫……そうだね」

「うっ…ゴメンサナイ」


 順調だったのは途中まで。力加減が上手くいかず盾が完成する前に純白の粒子でリオンにしてしまった。間の抜けた声に気を取られたリオンは回避が間に合わず無様に直撃した。幸いにも、攻撃力はほぼ無く体感としては紙扇子で叩かれる位の衝撃だけなのだが微妙に痛い、嫌がらせのつもりか。


 流石に悪いと思ったのか天音は素直に謝り自分には才能が無いのだとしょんぼりする。


「雨が降ってきたな」

「本当だ。何時の間に降ってきたんだろ」

「さあ余所見してないで続き、やるぞ?」

「…」

「天音?」


 腕を組み一人だけ座らずに壁に凭れ掛かるティアナはリオン達のやり取りを右耳から左耳へ受け流し提案者らしからぬ無関心さ、自由人さを早くも発揮して雨の気配に脇目を振る。


 アストエネルギーをコントロールするのに必死で雨の降り出しを見逃した赤眼は憂いを帯びた表情で徐々に強まっていく雨に自身の不甲斐なさを重ねていた。


「少し休憩しようか。リオン、天音?」

「…ぶっ続けだったしな」

「私なら平気、ただ…盾を創るのと法術は何が違うのかなって思っただけ!」

「平気な顔色には見えないけど?」

「う…!でも本当に大丈夫だよ!!」

「無理して倒れられても困る。休憩がてら話してやるから」


 何度も失敗し折れかけていた心に雨が降った事により発生した重い湿気が重圧となり伸し掛かる。不調を隠したつもりが容易く見破られ、気遣う二人に天音は素直に頷くしか無かった。

―――


「まず、これがアストだ。人によって色が違う。恐らく"属性"が関係している」


 右掌に淡色の液体の様なものを浮かばせリオンは説明を始めた。出会って間もない頃に霊獣とアストの関係性を説明したが思い返してみれば彼女が理解に苦しむのは当然だった。此方の世界を知らずに育ったのだ。受け入れるには多少なりとも時間が掛かる。かつての大雑把さを反省し出来る限り噛み砕いて丁寧に話し出す。


「俺の場合は水属性だから青色で尚且つ雫のような見た目だ」

「僕は風属性でこんな感じになるよ」

「あたしは火属性だから赤色だな」


 リュウシンは翠色の風が掌サイズに収まり若干、前髪を揺らしていた。ティアナは三人の中で一際明るい赤色の炎を宿していた。


 この世界には個人個人に属性というものが割り振られている。属性は火、水、風、地の四つから成り属性ごとに放たれる色も違う。説明に無かった残りの地属性の色は黄色だ。


「このアストを盾に変化させる防御技が今やってる"盾変化"だ。法術は戦闘に必要な必殺技だな。単純な属性に加えて"アスト能力"が加わったりする」

「属性と能力?」


「属性とは別にその人自身が持つオリジナルの業を"アスト能力"と呼ぶんだ」

「例えば肉体強化したり相手の技をコピーしたりな」


「クリスの透明化もアスト能力の一種と言っていた」

「なるほど…!」


 リオンの説明の合間を縫うようにフォローを入れるリュウシンとティアナ。その甲斐あって天音も順調に理解が進んでいた。やはり歳の近いリュウシンや同性のティアナの方が彼女も気が楽なのかも知れない。


「私は何属性で何の能力なのかな?」

「普通は属性やら能力やらは物心付けば自然に自覚するはずだが…」

「っ!あ〜…あの箱入り娘だったから?」

(ハコイリ?監禁……いや軟禁か!!)

「あんたも苦労したんだな」

「凄い信じる」

「天音…声に出てるよ」


 単純で真っ直ぐなティアナは深く考えずリオン達にとって都合の良い解釈に逸れると天音の肩に手を置き同情する。

 咄嗟の嘘を疑わず信じるティアナにポロリと無意識の内に本音が零れ落ちた天音にリュウシンは自身の口元に手を当て知らせた。


「王家は火属性が多い…が能力に関しては何とも言えねぇな。発現しない場合もある」


「…そうなんだ…」

「まぁ後天的に発現する人もいるし気長に待とう」

「うん」

「一通り説明は終わった。再開するか」

(アスト能力…天音が理解せずに発現させてる、又はさせる可能性だってある…)


 リオンが危惧した事はアスト能力が発現した場合彼女が制御出来るかどうか、だった。

 暴走の危険を捨てきれないのは霊獣の墓場でリュートの音を聴き取ったり、視えない筈のアサギの赤い糸が視えたりと"既に未知の能力が発現しかけている"為だった。


(激しくなってきたな、雨)

「ねぇ訊くの忘れてたんだけど…ポスト何とかって街に行く理由って?」


「ポスポロスな。王都メトロポリスに一番近い首都だと思ってくれて良い。俺の知り合いが居る、かも知んねぇ。ソイツなら停戦協定を結んだ星の民の情報も持ち合わせてる筈だ」

「君、心当たり無いんじゃなかったっけ」

(リオンの知り合いかぁ…興味あるかも)

「待て。誰か来る」



?「あ…」


 滴る雨は奇縁を結ぶ。最初に気配を察知したリオンは相手の敵意の有無を瞬時に判断して警戒を解いた。


 駆け足で小屋に辿り着いた女性は先客を見つけると水滴を拭いかけた手を止めた。カールがかった色素の薄いショートヘアに両頬の雀斑そばかすが特徴的な落ち着いた雰囲気の女性だった。敵意どころか戦士ですら無い。


「た、タオル!これ使ってくださいっ」

「ありがとう。助かるわ」

「ここ使うか?使うならすぐにでも出て行くが…」


 反射的に声を上げたのは天音だ。ポーチから取り出したミニタオルを雀斑の女性に差し出す。自身が濡れている事に余り頓着する様子は見られなかったが嬉しそうにミニタオルを受け取り感謝を述べた。


 天音の優しさ故の行動を一頻り見守ると早速尋ねる。小屋へ来た目的ではなく小屋を使うかどうかについて。戦士では無いにしても見ず知らずの他人に態々関わる必要が無いとの決断に至ったからだ。


「お気遣いなく、雨が止んだら帰ります」

「だってさ。どうするリオン?」

「俺達のことは、あんまし言いふらすなよ。お前の為でもあるからな天音」

「は〜い」


 リオン達を一瞥し小屋の隅に腰を下ろす雀斑の女性。雨が止むまでの間だけなら、と妥協した理由は雨風が降り出しの頃よりも激しく天音を連れ出し、万が一にでも風邪を引かれてしまったら非常に面倒だからだ。それと天音の純粋無垢な視線。


(旧カラットタウンは無法地帯、普通の人は寄り付かない。ただの雨宿りと言う訳でも無さそうだけど…)


「あの、どうして此処に?」

「え?…友達を待ってるだけよ。ずっと前に別れて会えなくなった友達をね」

「会えなくなった?」


「突然の出来事だった。別れるときに"約束"したから待ってるの」

(でも…あと数日で終わる……)

「私の事より、大事な事があるんじゃない?怖い顔で貴方を観てるわよ」


「ひっ!そうだった…」


 リュウシンの疑問は皆が感じていたが実際に口にしたのは早々に興味が移り変わった天音だった。アストエネルギーを盾に変化させる為には微細なコントロールが必要で不慣れな内は彼女が投げ出すのも無理はない。


 とは言え、行く先で何が起きるか分からないので一刻も早く盾変化を取得してもらいたいリオンが許容する訳も無く無言の圧で天音を呼び戻す。


 雀斑の女性は寂しげに"会えなくなった友達"を想い連ねる。



 雨は誰の心模様を映し出す…。

―――


「止みましたね」


 昼過ぎ、陽光射す。軽快な雨音が消え、ふと見上げると陽気な光が世界を照らしていた。


 熱心な特訓と逃走不可な圧のお陰で、アストを盾らしき形に漸く変化しかけホッと胸を撫で下ろした天音も空を見上げた。継続的に維持出来るようになる為には、まだまだ特訓を続けなくてはならない事実に少しだけ目を瞑る。


(今日も来なかった…)

「では私は帰りますね。タオルありがとう」


?「"マリー"…迎えに来たよ」

「"カルム"さん…!?」

「雨が降っていただろう?君は必要ないと言うかもしれないけど濡れていないか心配だったんだ」


 雀斑の女性こと、マリーは小屋の入口に立つ眼鏡を掛けた短髪の男性、カルムと知り合いらしい様子だったが迎えに来るとは思ってなかったのか、驚いて立ち上がるのを忘れていた。男性の手には使用済みの傘と未使用の傘の二つが掛かっていた。


「この方たちが親切にタオルを貸してくれたから傘もタオルも、もう必要ないわ」


「…そっか。何方か存じませんがありがとうございました。僕達はこれで失礼します」


 心配して迎えに来る、カルムのマリーに向ける視線は恋心のソレに似ていたがマリーの態度は家族や恋人といった大切な人に向けるものと言うよりは、一歩引いた関係性を保ちたい他人に対する態度だった。


 然し、一緒に暮らしていると言う。


 カルムがリオン達に一礼して小屋を去ろうとしたときに限って地味に我慢していた天音が遂に限界を迎えた。雨が止み天気の音が消えた今、はっきりと可愛らしいお腹の音が全員の耳に届く。


「っ!!……ほらアストエネルギー沢山使ったからお腹が空いたんだと…おも、…思います……」


「アストエネルギー使ったらお腹空くより眠くなるだろう?」


「そ、う……なの!?」

「ティアナ…」


 真っ赤な顔で訊かれてもいない言い訳を読む空気を知らないティアナがトドメを刺す。余計な一言だと教えれば更に恥の上塗りにしかならないのでリュウシンは言葉をグッと飲み込み事の成り行きを見守った。



「良ければ御一緒にお昼でも」


――――――


「お兄さんたちだれ?」

「マリーのちょっとした恩人さんだよ。遊び相手になってくれるって」


「ホント!?やったぁ!じゃあね、カナはまず青髪のお兄さんと遊んでそれからね…」

「その前にお昼ごはんを食べようか」


 カルムからタオルの御礼も兼ねていると強調され渋々了承したリオンは早速、カルムの娘カナに懐かれていた。



 昼食後、遊びたそうにしている天音にカナは「お姉ちゃんは後で!」と無邪気な子どもらしい残酷な言葉で一蹴し席を離れたリオンに飛びついた。


 リオンを連れて庭に移動しキャッチボールをするカナは満面の笑みで燥ぐ。一方のリオンは子どもの、特に女の子の扱い方が絶妙な下手さで想像しなくとも想像出来てしまう。男の子と女の子ではやはり異性の方が扱いづらいのだろう。


 そんなリオンの様子をティアナは勝ち誇った表情で眺めていた。尚、後に同じ目に合う事を彼女はまだ知らない。

―――


 リオンとカナがボール遊びをしている頃、天音とマリーはリビングで食後の紅茶を飲みながら庭の様子を眺めていた。


「私も遊びたかったなぁ」

「子どもは無邪気で可愛らしいものね」

「カナちゃんはお父さん似なんですね。髪と目の色がそっくり」

「でしょう?私の子ではないもの」

「!?えっ…」


 マリーは平然と前触れなく予想外の回答を口にした。訊いてはいけない事だったのかと慌てて謝ろうとするもマリーはやんわり天音の言葉を遮った。


「そんな顔しないで。そうね…天音さんならどうする?」

「?」


「"幸せの選択"を迫られたら」

「幸せの…?」


「…いえ。やっぱり何でもないわ」


 マリーは何の気なしに尋ねた。尋ねたと言っても恐らく答えを求めるような問いではなく、独り言の延長線だ。紅茶のお供にするには少々苦い独り言にマリーは微笑みと言う名のシロップを垂らした。

―――


「へぇー。これがオルゴール…」

「まだ修繕中ですが、少しだけなら音が鳴ります」


 日向に当たりに庭に出ようとしたリュウシンだが微かな音漏れに気付き引き返した。リビングを抜け真っ直ぐ突き当りの部屋が音の出処だ。微かな音楽が聞こえ微妙に開いていた扉をソロリと開けた。


 中には作業中と思しきカルムが小箱と向き合っていた。話しかけると邪魔になりそうで無言で立ち去ろうとした矢先、小箱が小さな爆発を起こし咳込むカルムが意図せず此方を振り返った。


 リュウシンにとって音楽とは身近な存在で音鳴る絡繰箱に興味を唆られない訳が無かった。


「不思議な箱だね…ここら辺じゃ見かけない物だ」


「亡くなった妻の出身地の物です。僕もカナもオルゴールから鳴る音楽が好きだったのですが…部品が足りないらしくこれ以上は直せないのです……」

「残念だけど仕方無いね」


「カナの為を思えば直してあげたいのは山々です。が足りない部品は遠出しなければ手に入らない物でして、まだ幼い娘を置いて行く訳にも連れ歩く訳にも行きません。それに…マリーは僕が居なくなればきっと前の生活のように無茶な生き方をしてしまう」


「オルゴール直らない?」

「大丈夫!任せて私達が足りない部品持ってくるから!!」


 リュウシンは天音とカナが入室した事に気付いていたが敢えて黙秘した。普段、触ると危険な物があると作業部屋を立ち入り禁止にしていた為にカナは初めてオルゴールの現状を知った。


「カナ!?そこまでお世話になる訳には…」

「私もオルゴール聴いてみたいですし何より直してあげたいんです!」

「御礼の御礼って事かい…?」

「しかし…」


「天音お姉ちゃん…!ありがとうっ緑髪のお兄ちゃんと留守番して待ってる!」

「僕と?」


 不安げなカナを元気付けたい一心な天音。

 その実、前者のオルゴールを聴きたいが最大の理由だったりする。


 すっかり遠出気分になり、心弾ませながら準備しリオンにも報告した。後から知って勝手に出掛ける約束をした天音がリオンに怒られたのは言うまでもない。

――――――

ティアナSide


 カラットタウンの隣街メルメイス。古今東西ありとあらゆる品々が揃う市場通りは眺めるだけでも満足度が高い。行き交う行商人も何処か活き活きとしていた。


 足りない部品は三つ。リオンと天音、ティアナの二手に別れてメモに書かれた部品を探していた。天音は盾変化が不安定な点と方向音痴な点を考慮してリオンと共に行動する事に。


「中々見つからないモンだな…ん?」


 リオン達と別れたティアナは早速近くの店に入り辺りを物色する。オルゴールを知らない彼女等にも伝わるようにメモには名称の他に簡易イラストが描かれていたが、リオンと天音が探す物より希少性が高く一向に見当たらない。



 最中、"花が咲いた"


 掌に咲く桃色の花を辿り下げていた視線を上げた。長身の男性が目の前で笑いかける。自分を映す瞳より、黄色の髪より、ティアナは只管に長く尖った耳を見つめていた。


?「キミに似合う花は桃色のアサガオ。出逢えた印に花を贈ろう」

「そうか」

?「!待って、…!」

「なんだ?あたしは忙しいんだ」


 彼女にはチャラ男の甘い囁きは一切効かない。上辺だけの言葉だと理解しているから。


 チャラ男は自分を押し退け表情一つ変えずに去る彼女の行動は想定外な様で焦って引き止めた。ティアナが大人しく足を止めたのは、チャラ男の正体が余りにも"有り得ない"が似合う人種でイレギュラーな存在だった為。


「オレは"スタファノ"…キミの探し物はオレが見つけたよ。ほら?」

「確かにあたしが探していた部品だが…何故あんたが知ってる?」


「メモが目に入ってね。偶々だよ〜。キミの助けになりたいと身体が勝手に動いたのさ。キミの名前、どうか聴かせて…」


「助かった。じゃあな」

「え」


 興味は失せた。スタファノは懐から取り出した部品を手渡すとティアナの手を握り自分の側へ引き寄せたが、ティアナは握られた手を思いっ切り振り解くと合流地点へ足を向けた。


(そうだ)

「なぁ、あたしの名前はメイプル、ティアナ・メイプルだ。聞き覚えは無いか」


「聞き覚え?は無いけど、教えてくれてありがとう。素敵な名前だ。ティアナ…此処は人が多い。二人っきりになれる場所に……」

「知らないなら用は無い。じゃあな」


――――――

in合流地点


「あ、ティアナ!こっちこっち!!」

「!ティアナ、ソイツは…」


「勝手に付いて来た」

「勝手って酷いな〜。オレはティアナが野蛮な男に襲われないか心配で心配で…!」

「ふざけるな」


 予定時刻より少し遅れてティアナが姿を見せた。彼女の手にはメモに書かれた部品が乗っており無事に買えたのだと天音は安堵した。


 ティアナの後ろから現れた長身長耳の男を視界に入れた途端リオンは訝しげに彼を凝視した。


(耳ながーい…)

「お前は"ガーディアンの里"の人間だな」


「げっ…ああ、そうだよ〜スタファノ、それがオレの名前」

(やはり"ガーディアン")

「ガー…ディアン?」

(また知らない言葉)


「アッチに巨大樹が見えんだろ。其処が"ガーディアンの里"だ。ガーディアンの人間は耳が特徴的で、滅多に里の外に出ない。外の人間と交流を避ける独立した街だ。こんなところにいるのが珍しいくらいにな?」


「意味なんてないよ〜。オレにとってあの場所はつまらなかった。それだけの理由。本当さ、そんな警戒する必要無いって」


 指差す方へ視線を上げてみればリオンの言う通り巨大樹が聳え立っていた。此処からでは遠いので何とも言えないが桜の木の様だと天音は感じた。堂々たる巨大樹に対し、掴みどころが無い飄々としたスタファノの態度は何処かチグハグで余計にガーディアンの里とやらに住まう人間の本質が解らなくなる。


?「良かった。皆ここに居たんだね」

「リュウシン?」

「カナちゃんとお留守番してたんじゃ」

「実は、……」



「倒れた?」

「だから医者を探してるんだ」


 リオン達がメルメイスに向かって暫くの後、突如マリーが倒れてしまい医者を探すついでにリュウシンは彼等に報告を入れに来たのだ。


「あ〜オレ医者かも。こう見えて得意なんだ。治癒」


「君は…」

「あんたみたいなチャラチャラした奴に出来るのか?」


「やだな〜オレは意味の無い嘘はつかないよ。でもどうしてもと言うなら諦めようかな。どうする?」


「コイツはこんななりだがガーディアンの連中は独自の技術を持ってる。コイツ連れてさっさと行くぞ」


「分かった」


 スタファノは長耳をピクリと動かし四人と共に駆け出した。



 この瞬間、この決断が後の五人の人生を大きく左右させる事になるのだが彼等はまたしても其れを知る術を持ち合わせていなかった。

――――――


「〈治癒法術 フェリチタ〉」

「マリーさん…」


 スタファノはベッドに寝かされたマリーに右手を翳し光の粒子を当てる。数秒、症状と原因を把握する為、長耳以外は微動だにせずにいたが優しく治癒に特化した法術を繰り出した。胡蝶蘭の花冠が現れると苦痛の表情のマリーも次第に柔らかく落ち着いた。


「花が消えるまでは安静にした方がいいよ。じゃあね。天音ちゃん」


 現在、寝室には四人居た。眠るマリーと彼女を治癒するスタファノ、急に名前を呼ばれて頭を撫でられ戸惑う天音と寝室を出ようとするスタファノに御礼を伝えたカルムの四人。


「もう行くのか?」


 スタファノが扉を開けると寝室の側で待機していたティアナが彼に気付き声を掛けた。


「オレもティアナちゃんと一緒に居たいけど…から止めておくよ」


「オレも〜?あたしは別にあんたと居たい何て一言も言ってないが?!それに、あたしをちゃん付けで呼ぶな!!」


「はぁ〜いティアナちゃん!」

「!!」


 一切の改善の色が見えないスタファノに手が出そうになるが僅かに働いた理性で拳を収める。巫山戯た調子を崩さないスタファノに気を取られティアナは彼の言葉の真意を見落としていた。

――――――

―――


「髪の色、目の色、…そして打刀タイプのエトワール間違いねぇ…メトロジア王国の騎士団長サマだ」

「……」


 四人と一人が家に戻る様子を"上空"で眺める人物が二人いた。円形盾に乗れば上空に留まる事など容易い。一定距離を保てば"察知される"心配も無い。


 髭を生やした中年男性は強者の気を纏わせ、ニヤリと笑うと徐に取り出した煙草に火を付ける。中年男性には目もくれず胸に当てた手を握る蜜柑色の髪の少女は感情を殺し、固唾を呑む。



 煙立ち昇る曇天は今にも泣き出しそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る