カラットタウン編

第9話 探しモノ

 大切が壊れた日、記憶を閉じ込めた日。

――――――


『うぅ……おかあさぁあああん!!!!』


 あたしは探してる。生涯を懸け探してる。

 フラッシュバックする記憶を閉じ込めて姿見の前で桃髪を結わえる。空家の姿見は手入れされていない為、黒ずみが酷く汚濁していたがお洒落するつもりは毛頭ないので動作の雰囲気さえ判れば良い。


 盗賊と成り果てた今、幸せは捨てた。目的達成の為ならばと左肩に刻まれた焼印に誓った。


 毎朝のルーティンは奪った金品諸々を確認する事。我ながら腐った人生を歩んだものだ。早めに売り捌いてしまうのが妥当。



「"クリス"起きろ」


 それが終わったら仲間を起こす。単独で活動中に出会った男は偶々、目的が一致したので行動を共にしている。朝に滅法弱いのが玉にキズだ。


「"ティアナ"…今日は休もう?」

「駄目だ。此処も時期足がつく。そんなんじゃ何時まで経ってもあんたの探し物、見つからないだろう?」


「そう、だね…。じゃあ少し寝たら起きる」

「……少しだけだぞ」


 今日は特に瞼が重いらしく一度も開ける事なく再び寝息を立て始めた。こうなってしまったら起きるまで待つしかない。厄介だがクリスが居ると仕事は捗る。

 活動時間を何時もより数刻遅く調整した。




 ―.思えばクリスのこの行動が無ければ、彼等と出会う事も無かったのかも知れない。

――――――

―――

 此処は鉱石の街カラットタウン。予定より幾分か早く着き、天音建っての願いで辺りを散策する事に。


「あの像、リオンに似てるね」

「そうそう。目付きの悪いところとか」

「あ?似てるか?」


 何処に行っても何を見ても新鮮に感じる天音は早速カラットタウンの四体の銅像の前で立ち止まり目を輝かせた。


 エトワール製造発祥地と謂われ、その最大の理由は地名の由来にもなっているエトワールに使用する"特殊鉱石カラット"の生産が盛ん故だ。辺りを見渡せば剥き出しのカラット群晶が至る所で存在感を顕にしている。




「お嬢さんこの街は初めて?」

「初めてです。賑やかですね!」


「ははっのお陰だよ。昔はもっと賑やかだったがね〜」

「一夜戦争の英雄?」

「この銅像の人物達の事さ!」


 活気溢れるカラットタウンには賑やかな人々が行き交う。近くの店から愛想の良い男性が銅像に惹かれる天音に話題を振る。彼女が訊き返した瞬間待ってましたとばかりに彼は饒舌に説明した。街を訪れる人が減り彼の楽しみの一つである一夜戦争の英雄を語る行為も滅多に出来なくなった。


「一夜戦争の英雄、霊族を封印し一夜にして戦争を終結させた英雄達さ。


フレイヤ・ルベウス、ホムラビ・ルベウス、

ミラ・サフィアライト、そしてお嬢さんの目の前の銅像がイザナ・サフィアライト。

ホムラビ様とイザナ様は此処、カラットタウン出身さ!」


「霊族を封印…」

「270年前の一夜戦争…聞いた事あるよ。被害が全域に及ぶ前に霊族全員を封印したらしいね」


(270年?この数字どっかで……?)

「銅像は四体だけか?」

「ああ、四人で封印したと伝わってるよ」


 天音は想像し難い不穏な戦争よりも"270年"の単語の方が引っ掛かったようで思い出そうと記憶を掘り起こすが、既にクラールハイト内だけでも色々な事が起こり過ぎて脳内の記憶整理の棚にある筈の答えは埋もれて見つからない。リオンなら何か知ってそうだと彼を見上げ訊こうとするが彼もまた銅像を見つめて考え事に耽けていた。


 二回目だ。話し掛けづらい横顔を見るのは。


 一回目は"霊獣の墓場"

 二回目は"一夜戦争の英雄像"


「そりゃそうか…。悪かった変な事訊いて」

「構わんよ。同じような質問、この前も紫髪の不思議な奴に訊かれたしな!」

「!なぁ、おっさんソイツの名前は…」


 独りでに解決し、次にリオンが反応を示したのは"紫髪の不思議な奴"。初見の人間でも明らかに動揺が伝わる勢いで目を見開いた彼は銅像から離れ店のカウンターに身を乗り出して詰め寄るも、予想外の出来事に妨害され欲しい答えは得られなかった。



?「失礼」

「えっ?!」

「天音!大丈夫!?」

「大丈夫…だけどポーチが取られっ…!」

「なッ!!」


 天音とリュウシンの間をすり抜けるように機敏に"彼女"は行動し、狙った獲物を確実に仕留める。身構える隙も無く腰元のポーチを器用に盗み出して跳躍すると男性の店の屋根に乗り上げた。本来のリオンなら盗賊如き、近付けさせないが別の事に気を取られ油断していた。


「ペンダントか。高く売れそうだ…」

(このペンダントはっ!?)


 桃色のポニーテールを揺らしポーチの中身を漁る。一つを除いて目星い物は入っていない…一つを除けば。盗賊が高価な物を見逃してくれる筈もなく案の定、ペンダントを取り出し目を瞬かせると屋根伝いに走り出した。


「逃がすかッ!!」


 数秒遅れで動き出し盗賊に追いつく為にリオンも屋根に飛び乗ると駆け出した。衝撃で瓦が二、三枚零れ落ち愛想の良い男性は短い悲鳴を上げ姿の見えなくなった二人に文句を飛ばす。


「あ~あ、どうすんのコレ?」

「本当にごめんなさい…!!」

「フン全くだ。娘っ子捕まえてくれるなら許してやらん事もないがね」

「あちゃー…また"例の子"か」

「例の子?」


 瓦の割れる音に足を止めた通行人が苦笑いで欠片を拾い上げる。カラットタウン内では、桃髪の彼女はちょっとした有名人らしい。


「あの盗賊の子だよ。最近現れたんだ。彼女の名前は"ティアナ・メイプル"何度も捕まえようとは、したんだけどね追い詰めても逃げられ……いや突然消えるんだよ」


―――


「追ってくるか」

「たりめぇだ!返せ!!」

(この辺でいいか…)


「なぁ!」

「あ?」


 地形戦ではティアナの方が一手も二手も上だった。俊敏だが追い付けない速さでは無いのだが、路地裏に回ったり空家を突っ切ったり時にはその場にある手に取れる障害物を投げ追走を妨害して一定の距離を保つ動きを見せている。


 暫く逃走していたティアナだったが地面から再び屋根に登ると後方に視線を向けリオンが同様に音を立てて屋根に着地したのを確認し、身体ごと右足を軸に捻り振り返る。保険の為に二歩後退りしてから口を開く。


「あたしの名前はメイプル。ティアナ・メイプルだ。この名に聞き覚えは無いか?」

「無いな」

「そうか……。ならあんたに用は無い」


 リオンは油断した自分と天音のポーチを正確にはペンダントを強奪され苛ついていた為にティアナの言葉を熟考せず、聞き覚えは無いと即答した。


 返事を聴き"今回もハズレ"かと残念そうに空を見上げた後、両手を広げてそのまま地面に降り立つ。

 苛つきはコンディションをも崩す。追走を継続しようと地面に着地するが時既に遅し。


「消えた…?感知にも引っ掛からねぇな」


 気配も視線も全て消えていた。疎らな人通りに一瞬にして隠れられるような場所は存在しない。譬え視界から消えたとしても訓練された戦士ならいざ知らず、素人の盗賊娘が足音まで誤魔化せるとは到底思えなかった。


「おい。誰かここを通らなかったか?」

「誰か?いいえ見てませんね…」

「どうなってんだ」

「誰かをお探しですか?」

「いや、見てないならいい」

「そうですか、ではワタシはこれにて…」


 偶々通りかかった金髪の男性は誰も見てはいないと言う。古典的な機械仕掛けを彷彿させる衣装は金糸の造形美をより際立たせていた。ドールハットに装飾された金と銀の小さな鈴は動く度シャンシャンと鳴る。


 拭い切れない疑念は何処からか漂う甘ったるい香りに絡み付きリオンの思考を妨害した。

―――


「美味しい〜〜〜〜!!」

「だろう?自慢の一品だからなぁ!」


 リオンがティアナを追いかけている一方で、天音とリュウシンは店のスイーツに舌鼓を打っていた。当初は"消える謎"を、早急に知らせねばと焦る天音だったが追いかけた所で入れ違いになりかねないとのリュウシンの見解に納得しリオンを待つ間、どうせなら先程から匂う甘味を食したいと考え今に至る。

 甘い甘い香りは少し近寄っただけでも匂いが身体に付きそうだ。


 硝子製のスフレカップに生クリームでコーティングしたスポンジを敷き詰めて特殊鉱石カラットをイメージした透明な琥珀糖を乗せその周りに生クリームをトッピングしバニラエッセンスを数滴振りかければ、更に甘い香りが引き立つ。

 甘い物好きの天音としては食べずにはいられない逸品だ。


?「天音…」

「っ!…」

「あ、リオン」

「おか、…えりなさい……は、ハハッ」

「人が必死に取り返そうとしてるときに何呑気に食ってやがる!?」


 背後から音も無くフラリと帰って来たリオンに苛立ちを含んだ低音で名前を呼ばれ、天音は気まずそうに唾を飲み込む。

 然りげ無く食べかけのスイーツを隠すも店で寛いでいる時点で効果はない。


「だ、だって美味しそうな甘い匂いがしたらスイーツ食べたくなるでしょ!!ほら食べてみて!」

「生憎、甘いモンは苦手でな」

「っそんな…」


 逆ギレもいいところ。スプーンで琥珀糖を掬い上げリオンにズイッと差し出し対抗する天音だが、相変わらず空回りが得意なようだ。リオンの怒りを鎮めるどころか益々悪い方へ流れていく。


 リュウシンは二人のやり取りの最中に残りのスイーツを完食すると、意気消沈する天音に助け船を出した。


「それで結局天音のポーチは取り返せたのかい?」

「それはまだ…逃げ足だけじゃねぇ。突然目の前から消えやがったんだあの女」

(どんなカラクリ使ってやがる?)


「お兄さんでも駄目だったかぁ」

「今回こそはいけると思ったが……」

「またしてもティアナちゃん捕まらず…!」


 盗賊娘の騒ぎを聞きつけた騒ぎたい外野が昼前にも関わらず集まり各々言いたい放題に酒の肴にする。一部の人間には人気な様だ。


 盗賊の身でありながら自らの名前を名乗るティアナの目的も気になる所ではあるが、何よりも先に解き明かさなければならないのが消えるカラクリだ。


「やっぱりそのティアナって子の法術なのかな…」


「俺もそう思ったんだが発動するならそれなりの動作があるはずだ。少なくとも見た限りじゃティアナは法術を使ってない」


「その子じゃないなら別の子が使ったんじゃない?…よく分からないけど」

「確かに仲間がいてサポートしてるなら説明はつくよね」

(別の子、仲間……待てよ)


 天音の率直な感想は一理ある。彼女は法術の事は言葉通り余り理解しておらず特に深く考えてはいないが、どうやら役に立ったようで。


「…天音、今食べてるスイーツはこの店限定のオリジナルか?」

「え?う、うん…。甘い物扱うお店はこの辺じゃ一軒しか無いって」


 突拍子も無く話題が変わり戸惑いがちに取り敢えずは答える。最後の一口を頬張りながら目を瞑り思案中のリオンの横顔を眺める。



「おっさんカラットタウンの地図あるか?」

「それなら俺が持ってるよ。ホレ!」

「この丸印は…」

「その辺にあるカラットの目印だよ。仕事柄、常に把握しておかないとだからね」

「バーカ!お前が把握しないといけないのは嫁の機嫌だろ!」

「ハハハッ違いねぇ!!」



「!……これならイケるぜ…!!」


 地図を受け取りカラットタウンの詳細を知る。至る所に点在する透明なカラット。店の外からでも匂う限定のスイーツ。

 盗賊娘の仲間、ベストタイミングで現れた鈴鳴るの男性。全てが繋がり甘い香りが漸くリオンに冷静さを取り戻させる。



「ごめん。…全然分からない」

「どゆこと…?」


――――――

ティアナSide



「クリス今日はこれで終わりにしよう」

「ティアナ?珍しいね」


 追手を振り切った後、普段なら少し休んで再び活動しているが"消える"直前にクリスに投げ渡したポーチの中身、ペンダントは活動を中断させるほどティアナにとって重要な代物だった。


「そのペンダントは王族の所有物だ」

「!王族……でも王族は血脈が途絶えたって専らの噂…だったよ?」

「クリスの探しものはコレか?」

「んー…綺麗で貴重な物なのは分かったけどワタシの"タカラモノ"とは、違うような…」


 クリスの手にあったペンダントを回収し見つめる。彼の探していた"タカラモノ"とは異なるらしく、内心ホッとした。

 やっと手掛かりが見つかった。やっと見つかるかも知れない。ティアナが探すたった二人の人間が。


「本物ならこうして陽射しに翳すと王族の紋章が浮かび上がってくる筈だ」

「本当だ…。でも何でティアナが……?」

「……実際に見せてもらったから」

(必ずペンダントを取り戻しに来る…青髪と青髪の仲間に訊くならソコしかない)


 捕まる訳にも空家を知られる訳にもいかない。ならば逃走しながら訊き出す他なかった。


 問題は追手が青髪一人だと言う事。盗賊を生業としている以上は仕方無いが出来れば、ポーチの持主である赤目の少女に直接尋ねたかった。


「クリス、あたしの我儘聞いてくれるか?」


――――――


「来たな。盗っ人…!」

(やはり追いかけて来るか)


 リオンから指示を受けた翌日、盗賊は何時もの手口で犯行に及ぶ。


 必ず捕まえる約束で囮役を了承して自らの貴重品を差し出した、あの時店に居た青年に感謝しつつリオンはティアナを、リュウシンと天音は彼が動いたのを確認して別方向へと走り出した。


「返してもらうぜ」

「あたしを捕まえられたら、な!」


 初対面時と同様のルートを辿る。唯一の相違点はリオンが地形に慣れた事だ。二回目だから、と言うよりは正確な地図を頭に叩き込んだお陰、だから。


 余程、脚力に自信があるらしく互いの距離を詰められそうになると跳躍して場を凌ぐ。リオンとティアナでは彼女の方が華奢体型で小回りが利くので狭い通路も速度を落とす事なく移動できる。


(〈法術 水龍斬〉!)

「クッ…!?」

(危なかった…)

「?あたしに投げる気か?」

「かもな」


 後方から殺気を感じ水龍斬を間一髪で避ける。気付くのが一歩遅ければ直撃していた。

 ティアナが避けた事で代わりに透明な鉱石に法術が当たり歪な形のカラットがリオン目掛け飛び散る。


 疎らとは言え通りには何も知らぬ人が歩いている。透かさず抜刀し被害が最小限になる様にカラットを残らず打ち切る。エトワールを鞘に仕舞うと最後に小石サイズのカラットを背面キャッチで左手に収め、そのまま走り出した。


「本当にあたしの事知らないのか?」

「知らんな」

「…"あたしの父親"の事もか?」

「…名は?」

「名前も顔も憶えてない…最後に会ったのがずっと昔、まだ戦が起こる前だった」

「……ならやっぱり知らんな」


 昨日と同じ場所で足を止める。ティアナの名も姿も分からぬ父親、それだけではリオンが知らないと答えるのも当然だ。次の一言を聞くまでは。


「あのペンダントは、王族の所有物だろう?一度だけ父親にメトロジア城に連れられた事がある。その時、ガクヤ様から直接この目で見たんだ…!」

「ッ!!カグヤ…」


「あたしの父親は城に出入り出来る人間だった。赤目の女にも訊きたい。会わせて…」

「ペンダント返しやがれッ!」

「っまだ出来ない。そもそもここには無い」

「…」


 既にティアナの話は聞こえていなかった。彼にとって"カグヤ様"は忠誠と深愛を誓った相手だったから。己が命を賭してでも、守護しなくてはいけなかった今は亡き愛した人。ある意味触れてはならない地雷に、元々リオンには話すつもりが無かった事まで口走り触れてしまった。


 リオンは自らが立てた作戦を無駄にせぬように冷静さを維持したままティアナを見据え、作を実行した。


「カラットを投げた!?」

「見つけた。鈴野郎!」

「しまっ!?」

「〈水龍斬〉!」

「クリス!!」


 先程左手で背面キャッチしたカラットを弧を描くようにして上空へ放り投げる。透明な鉱石は三人の人物を映し出す。リオンとティアナと、後一人。

 物陰に潜むドールハットの青年を見つけると直ぐさま技を繰り出す。咄嗟に動けなかったクリスは呆気なく拘束された。


 これがリオンの立てた作戦だ。カラットは人が写るほど透明度が高い、至る所に剥き出している。カラットを使えば見えない相手も割り出せると言う寸法だ。


「何故、クリスが関わっていると…?」

「お前が消えた謎は法術だ。そしてお前は法術を発動した気配が無かった。それだけだ。どんな法術なのかは、この際どうでもいい」


「ワタシの他にも人はいた……のに」

「"甘い匂い"だよ」

「甘い…」

「匂い?」


「お前らが奪ったポーチには甘い匂いが移っていた。消える直前にでも渡したんだろティアナと鈴野郎、…クリスだったか?は同じ匂いだった。気付かなかっただろ」


 リオンは特別甘い物が好きと言う訳ではなく寧ろ本人も話していたように苦手だった。だからこそ余計に甘い匂いが印象深かったとも言える。リオンから言われティアナは思わず己の体臭を確認する。確かに甘い。


「終わりだ」

「…違う、始まりだ」

「!ティアナ行って!!」

「なっ!?」

「ーっ」

(バレていないとでも思ったか!?青髪の仲間が真っ直ぐあたしらの空家に向かっていた事に!!)


 クリスを拘束したままのリオンに言葉を被せると右足に力を込めて、駆け出した。


 "ティアナの我儘"を交わった視線で感じ取り彼女の行動に差し支えないようにリオンを足止めするが、数秒しか保たなかった。


 予想外の行動の真意を探るリオンは僅かにクリスの拘束を緩めていた。彼はその隙に掴みかかろうとしたが失敗に終わる。伸ばした腕を逆にリオンに掴まれ思いっ切り捻られる。最低限の対処でクリスから離れるとティアナの後を追いに駆け出した。


『我儘?』

『手掛かりを失うわけにはいかない。だから…もしものときはコンビ解消だ』

『…分かった。その時が来たらワタシは自分の意思で動いてみる』


(ティアナの邪魔はさせない…!)


 捻られ、感触的に恐らく骨折した左腕を押さえティアナの後を追うリオンの後を、クリスは追おうとする。痛みで動きが鈍くなり彼等に追いつく頃には全て終わっている可能性すらあるが今のクリスには関係なかった。

――――――


「ここも違う…」

「…ペンダント売られてないと良いな…」


 大戦被害が大きく、復興不可能と見なされ放棄された旧カラットタウン。ご丁寧に地図に記載されていた人の寄り付かない閑散とした街は賑やかの面影もない。盗賊が住処とするには十分過ぎる環境だったので、リオンの指示で天音とリュウシンは空家の何処かにあるポーチを捜索していた。



「僕は二階を見てくるよ」

「うん。じゃあ私は一階だね!」


 二階へ上がる階段の手摺は埃が溜まっており手前の部屋にある姿見の汚れ具合から見ても人が住んでいる気配は無かった。


「風?…窓が割れてるのか」


 頬を撫でる柔らかな風に釣られ警戒を怠った。一瞬の気の緩みが起こした油断。乱暴に開けられた扉の音と天音の悲鳴が両耳を通過しリュウシンは急いで階段を駆け下りたのだが遅かった。


「動くな!」

「リュウシン…」


「あんたに言ってんだ」

「リオン…!」

「ごめん。僕が油断したせいだ」

「俺も油断した…謝んな」


 他の空家よりも広い二階建ては盗賊の住処で間違い無く転がり込んで来たティアナが天音を人質に取り睨む先は手出し出来ないでいるリュウシンではなく遅れて姿を見せるリオンだった。

―――


(人質に、取られてしまった……!)

「質問に答えろ」

「……!はいっ」


 何が起きたかも分からずに悲鳴を上げ気付いたら自分は人質に取られていた。鬼のような形相を向けられ情けなく首を縦に振る。


 人生であと何度、人質になってしまうのかとネガティブに考えながら今にも落ちてきそうな天井の照明を眺める。効力は消えており灯りは無いが、ミシミシと音を立てて存在感を表す。


「あのペンダント…陽射しに翳すと王族の紋章が浮かぶ。王族の物で間違い無いな」

「…ペンダント……はい」

(そんな機能あったの!?)

「それを持っていたあんたは王族、そうだな!?」

「っそう…です」

(コワい…!!)


 正直に話す天音はリオンとティアナの二人から睨まれ心臓の鼓動がハッキリ聴こえる程バクバク鳴る。ティアナは兎も角、正面に立つリオンの表情が何気に一番怖い。生きた心地のしない板挟みに天音は切に願う。早く終われ。


「あたしはカグヤ様から直接見せてもらった。カグヤ様の物を何故あんたが持ってる?どんな関係だ!?」

「か…かぐや様とは……その」

(本当の事は流石にもう言えないよね…。どうしよリオンの目が一番コワいよ…!ええい!こうなったらなるようになれ!!)


「っカグヤ様とは…し、姉妹なの!私はカグヤ様の歳の離れた妹!離れて暮らしてて最近知ったの自分が王族だって!ね!」


「い、いもうと…」

「フフッ、…」

「妹…そうか。離れて暮らしてたならあたしの事もあたしの父親の事も知らないか、誰かから聞いた事もないか?」

(信じた?!)

「あ、うん。…全然知らない!!」


 突拍子もない巫山戯た出任せに頬を引き攣らせ固まるリオンと口を腕で覆い笑いを堪えるリュウシン。そんな二人の様子を気にせず天音の言葉を真に受け、信じるティアナ。拘束が緩んだ隙に小動物の如くサッと距離を取る。



?「ティアナ…」

「ん、クリス?」

「っ危ない!」

「〈法術 辻風〉!!」

「!ありがと…大丈夫?」


 全員が沈黙中、新たな来訪者が腕を押さえ現れるとタイミング悪く照明を支える器具が限界を迎え金髪の青年に向かって落ちる。


 叫ぶと同時に身体が勝手に動いた天音は助けようと青年を突き飛ばし覆い被さった。リュウシンの機転で照明は彼らに当たる事なく地面と衝突した。


「だれ…?」

「私?私は天音だよ。貴方は?」

「ワタシは"クリス・シャン・メリー"…」

「くり…?じゃあメリーさんだっ!」

「メリーさん…」


 突然押し倒され混乱していたメリーさんだが吸い込まれそうな赤眼と屈託のない笑顔に魅せられた結果、爆弾発言を落とす。



「ワタシ、アナタに惚れました!!」

「へ?」

「は?」

「え?」

「あ?」


「天音、ワタシと一緒に二人で!タカラモノ探しませんか?」


「ちょっ…ちょっと待って!おお、お誘いは嬉しいけど私はリオン達と一緒に…ん?一緒に何処に行くんだっけ、リオン?」


「…」

「リオン…?」

「……」

「リオンってばぁ…」

「…"ポスポロス"に向かう予定だ」

「ポス?」


「メトロポリスに一番近い街じゃないか。あたしも行く今決めた!流石にメトロポリスには入れないが、そこなら母さんの敵と父親の手掛かりがきっと…!」


「ワタシ、リオンのコト嫌い…………」

「手ェ離せよ、メリーさん?」

「アナタにメリーさんと呼ばれたく無いです」

「メリーさん…そろそろ手を、…」


「僕もしかして今完全に空気……?」



 起き上がったクリス、基メリーさんが天音の両手を彼女よりも一回り大きい両手で包み指を絡ませる。近距離の告白とお誘いに真っ赤な顔で天音は戸惑い、ティアナは何故か勝手に同行を宣言し、メリーさんに別の意味で絡まれるリオンは冷静さな思考を捨て険悪ムード突入。




 自由気ままにも程がある。悲しい事に特に絡まれないリュウシンは本人も自覚するほど完全に空気であったが、この場を取りまとめられるのは彼を於いて他に居ない。

――――――

―――

 リュウシンが取り仕切る話し合いの結果、ティアナは同行する事になりメリーさんはどうしてもリオンと相性が悪く、これから先は単独行動をする事に。天音との別れを最後の最後まで名残惜しんだメリーさんは必ず惚れさせるから。と言い天音の頬に軽く口付けをして益々リオンと溝を深めていた。


「天音またねっ」

「またねメリーさん」

「二度と出て来んな」


 無事にポーチとペンダントは返され、勿論 今まで強奪した金品やらは可能な限り持主にティアナ自ら返却し謝罪した。


 こうして二日間に渡り行われた盗賊との鬼ごっこは幕を下ろした。



 新たに加わったティアナを含めた四人は、暫くカラットタウンに留まるようだ。

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