第8話 宴に酔う

 今宵酔わせて宵の月、故郷まほろばにて。

――――――


「天音!!!」

「あ…!!」

(怒られる…!)


 烏族や狐族の穏やかな再会と打って変わって棘のある声が天音に刺さる。とうとう遂に天音がリオンに見つかった。普段から良いとは言えないリオンの目付きが更に鋭く迫り咄嗟の条件反射で先程と同様に降参ポーズをかます。


「……お前なぁ、…怪我は?」

「へ?」

(お…怒ってない?)

「怪我してないかつったんだ」

「してないよ…ってリオンの方が怪我してるじゃん!?」


 身構えていたが効果はなく、両肩をガシッと掴まれ来るであろう説教に備えたが天音の考えとは裏腹にリオンは怪我の有無を確認してきた。一応は答えたが状況が飲み込めず、天音は困惑した。彼なら呆れ顔で屋敷へ来た事を咎めるものだと思っていたが意外と心配性なのかも知れない。


 不可抗力でお互いの距離が狭まり段々目を合わせづらくなると天音は視線を下へ追いやった。然し今度は腹部から衣服に血が滲む様子が視界に映り思わずギョッとしてリオンに苦言する。

 血の匂いに気付いていなかった訳では無いのだがそうで無ければいいと己の中で言い訳を並べ見えない振りをしようとしていた。


「こんなのただの掠り傷だ」

「掠り傷て…そんな訳無いでしょ!?掠り傷はその頬の傷の事を言うの!!」

「んで、主様はこの先の部屋か?」

「まっ待って!」

「ッ何なんだ…」

「アサギが居るから…二人の邪魔したく、ない」


「アサギ?……皆集まってきたのか」

(つーか、アイツ動けなかったような…)


 天音の言葉を撥ね除け先へ進もうとするリオンの外套を慌てて後ろから掴み引き止める。


「だからもう暫く待ってほしい…」

「分かった分かったから離せ、俺が死ぬ」

「うわっ!ごめん」


 後ろ側に、しかも俯きながら話す彼女は見えていなかったが天音が外套を掴んだ時、留め具がリオンの喉を地味に締め付けていた。天音は軽く驚嘆し慌てて手を離す。危うくリオンを絞めるところだった。


「待つっていつまで?」

「明日までとか…?」

「とっくにその明日になってると思うが…そーだな。ここにいても仕方ない取り敢えず合流が先だ」

「…うん……」



(私は少しだけ……ほんの少しだけ腹部の怪我を掠り傷と言って平気そうなリオンが怖くなった…でもこのときには気付けなくて怖いって本当に分かったのは……"貴方の力が暴走"しかけたときだった)


 名付ける前の不要な一欠片の感情は脳内の奥底に押し込み、前を歩くリオンに追いつき隣に並んだ。


「敵と戦ったんだよね…その人は今どうしてるの?」

「さぁな。丁度、真上に居ると思うぜ」

「真上…大丈夫?襲ってきたりしない?」


「戦意は削いだ」

「これからどう、なるの…?」

「俺は少し手助けしただけだ。後の事は主様とこの街の奴らがどうにかするんだろ」



(…?私、結局何もしてなくない!?)


―――

 夜が明けた。


「天音?」

「よぉ話は訊いた。ミツとミワも来てたんだってな」


 窓や扉が破壊されていたり屋敷の壁面が崩壊していたり裏口付近は随分と派手に戦った跡がくっきりと残されていた。気絶1名。怪我人2名。茂みの奥に貂1匹。良くも悪くも怪我人らしくない人達は日の出を眺めながら、のびのびしていた。


「リオン達が心配で来ちゃった…」

「……ウヅキだな。アイツ何考えてんだ」

「うっ」

「あはは…冗談のつもりだったけどまさか本当に居るとはね。ミツ達とは一緒に行動してなかったのかい?」


「一緒に居たんだけど、途中ではぐれて…二人がどこに居るか知ってる?」

「カンナギと一緒に居るから心配すんな」

「ほんと!?良かった…再会できたんだ」

「アサギも向こうに居るらしいぞ」


 親指を突き立て先程通った道を指差しで指し示すリオンにカムイは此処には居ないウヅキに対して溜息混じりに言葉を濁すがそれも彼女の思惑通りだったのか、照らし合わせたようにひょっこりと現れ、満面の笑みで仁王立ちしていた。


「昔は存外大人しかったんだがな…」

「よ!誰が大人しかったって?」

「ウヅキ!!…とヤシロじぃさん!」

「全く…老人をこき使いおって……」


 愚痴を零し少々独特な巻き方で包帯を巻いて怪我人の応急手当を済ませると一人ずつ丁寧に老人をこき使った分と負傷してきた分と二発デコピンを入れる。


「お主もじゃ」

「え…いっ!?……たぁ」

「自業自得だな」

「調子に乗るな小僧!」

「っいて…」


 無傷な天音も危険な場所に無闇に足を踏み入れたと言う正当な理由でデコピンの制裁を受けた。隣に立つリオンは当然だと鼻で笑った直後同じく制裁を受け、額を押える涙目の天音にフッと笑い返された。


 リオンと天音のやり取りはさておき、屋敷に着く前に何発か喰らったであろうウヅキの額も赤くなっていたが彼女は一切の反省の色がなくカムイやリュウシン等から状況を訊くと徐ろに誰をいない茂みに向かって叫んだ。


「フムフム…なるほど。いいねぇ!アンタ達聞いたか!?出番だよ!!」

「「「おう!!!」」」


「ひゃ!だれ!?」

「ウヅキ余り目立った行為は…」

「何言ってんだい!屋敷から煙が上がってる時点で目立ちまくりさ!いいじゃないか……人も集まってきた。主様のお披露目だ!!」


 総勢20名の夜兎族が老若男女問わずウヅキが叫んだ方向から現れた。これが夜だったら眼光鋭い夜兎族の登場はさぞ怖かっただろう苦言を呈するカムイを一蹴しスキップで屋敷に、主様の元へ赴くウヅキであった。

――――――


「ん…」

「起きた?」


 隣に好きな人が居る幸せを噛み締めていた。何時の間にか寝てしまったようで瞼を開くと向かい合って寝転がるアサギが視界を遮る髪を丁寧に掬い上げ愛おしそうに微笑む。じんわりと暖かい掌は眠っている間、ずっと離さずに繋いでいてくれた証だった。


 再会したときは心の余裕が無かった所為でマホロは気付いていなかったが、彼女の知らない内にアサギは声も体格も逞しく変わっていた。記憶の中の小さなアサギを追い掛けてこれからゆっくり当たり前の日常を更新していこうとマホロは心に決めた。


「ごめんな」

「ふふっ何が?」

「…マホロからは見えないと思うけど……」

「え?」


 文末に連れて徐々に消え入りそうな声で伝えられた事実に体温が上昇し、沸騰寸前のところで空から新しい声が降ってきた。


「いやーお熱いねぇ…旦那様!」

「黙ってろウヅキ…盗み見しやがって」

「そんな真っ赤な顔で言われても…ねぇ」

「ウヅキ!?」


 腰に手を当てて覗き込む夜兎族のウヅキは隠し切れない…否、隠す気がないニヤリ顔でアサギを誂う。彼は理解していた、当分の間弄られ続ける事になるだろうと。マホロには覗き込んで来たウヅキ以外は見えていないが夜兎族数名も口元に手を当てニヤけていた。


「マホロ様、さぁ外に出ましょう」

「……その前に一つお願いがあるの」


――――――

―――

 マホロ様の生存は瞬く間にクラールハイト中に広まり震撼させた。皆が一様に嬉し涙を流し歓喜すると同時に猫又族のユナについて疑念を感じていた。ユナの姿が一向に見当たらない事も彼彼女の疑念に拍車をかけた。


 表向きの理由をあらぬ噂が飛び交う前に主様の口から伝えられ、納得と安堵を与え真相を知る者はごく僅かに留まった。


 噂好きの紅化粧師は美味しい部分を全てかっさらうと宴の合図を鳴らした。彼女に絆された住人らは朝から晩まで自ら望んで酒に酔わされる。宴は真相から遠ざける意味も含まれていた。



「…」

「やっぱり"追放した事"後悔してる?」

「ううん…少し疲れただけよ。後悔してないと言ったら嘘になるけれど……」


 永らく陽光とは無縁の生活を強いられていたマホロは宴の中心から外れ休息を取る為に人混みの少ない日陰で腰を下ろした。

 簡易的ではあるが控え目な装飾が施された杖が贈られ彼女は一人でも移動する術を入手し、贈り主であるヤシロじぃにもう一度御礼をするように杖をそっと撫でた。


 息付いたタイミングを見計らって天音も側に座り込む。右手には何処かで貰ったらしいコップを抱えていた。お酒の飲めない天音や子ども達でも飲めるようにと厚意で淹れてくれた。柑橘系の爽やかな香りが心地良く辺りに漂う。


 特に重体のアサギとカンナギは宴に参加せず治療に専念した。ミツとミワは軽傷だったがカンナギの側を一切離れようとせず、遠目で宴の空気感を楽しんでいた。



『その前に一つお願いがあるの…ユナと話をさせて……主様としての最初に行わなければならない事よ…。処遇を決める為に……』


――――――

―回想―


 宴の起こる前、屋敷の一室に話し合いの場を設け中心に夜兎族に支えられたマホロと手鎖を掛けられたユナが膝をついた。マホロを一目見た瞬間、生気が失われ意気消沈していたユナは目を見開き彼女を睨む。あまりの形相に後退りしそうになるが息を呑んで再度、覚悟を決めユナの瞳を見据える。


「妾に何の用じゃ」

「分かって、いるでしょう…」

「掟に従えば、貴方は追放される…でも私は追放ではなく貴方の力を在るべき場所で、…活かしたい…本来の使い道は人を縛るのではなく人を…結ぶ為に在る。だから…!」


「ふざけるな!!」

「っ!」

「妾の力は妾の物じゃ…!!どう使おうと誰に指図される筋合いは無い!勝手に決めるなっ!!!」


 話し合いは実に無意味だった。誰もが分かっていた。マホロ自身もユナの性格を身を持って知っていた。"活かしたかった"…優しさではなく甘さから出てくる本音は手鎖の重苦しい音と共に打ち砕かれた。


「どうしても…きいてくれないのね」

「妾はマホロが大嫌いじゃった。今更、聞く訳なかろう……!」

「………では、掟に則り貴方を追放します。今後、如何なる事があろうとも私の許可なくクラールハイトに立ち入る事を禁じます」


 屋敷の外にいる野次馬達に気付かれる事なく裏口から屋敷を出てクラールハイトの外へ連れて行かれた。すれ違いざまに彼女が呟く一言はマホロにしか聞こえなかった。


「妾は羨ましかっただけじゃ…」

「!!!」


 ハッとして振り返るもユナは既に部屋を出た後だった。空白の空間を何時までも眺める訳にはいかない。一旦、彼女の事は隅に置き残りの処遇を決定させる。

 アウールは規定期間の投獄。テマリは規定期間の監視員付き。


 皮肉にもアサギを監視していた彼女が今度は自分自身が監視される羽目になった。ルファに関してはカムイが自ら面倒を買って出た。仕立て屋で働かせるのだとか。ルファ自身もテマリから離れられるならと容認してくれた。先ずは表情筋を鍛えるところから!


「権力ごっこも仕舞いですね」

「ウチ、なんも悪くないし……」


―回想終了―

――――――


「天音!ここに居たか。おいで、アタシの仕事見せてやるよ」

「!うんっ」


 ラフな格好から仕事用の服装に着替えたウヅキは予てから受け持っていた仕事を態々、一日延長していた。彼女の性格と話術が無ければ成し得なかっただろう。


 「一日待てば大物が来てくれるさ」と笑顔で言い切る自由人なウヅキに対して紅化粧師仲間は再三、頭を抱えた。


「マホロちゃんも行こ?」

「ええ…!」



「アイツら何してんだ?」

「さぁ…て言うか君、ソレ何杯目…?」

「まだまだ有るぜ。飲まねぇのか」

「僕お酒は飲めないかな………」


 リオン、リュウシン、カムイの三人も勿論、宴を満悦していた。何やら楽しそうに歩く天音を見つけリオンは酒を飲みながら自然と、恐らく無意識に目で追った。


 知り合いに酒飲みが多く、お酒への抵抗が皆無なリオンはリュウシンに突っ込まれる程何杯も飲み進めていた。そんなリュウシンもカムイに酒器を勧められるが酒の匂いだけで十分だと断った。


―――

inウヅキの仕事場


「ウヅキの言っていた大物がマホロ様だとはさすがに分からんよ…」

「一本取られたなこりゃ」

(大物はマホロ様だけじゃないけどね…)


 勝ち誇った顔で手を差し出し、仲間から当然のように金銭を受け取る。どうやら賭け事をしていたらしい。大物が誰かを当てる賭けをして外れたらウヅキに支払う手筈だ。彼女らしい賭け内容だ…。



「お待たせ。じゃあ点していくよ」

「はい。お願いします…!」


 宴の中心で酒呑み対決を吹っ掛けられ見事、優勝し時間差で吐くような彼女からは想像もつかない靭やかな手付きだった。直前の陽気さは仕事を始めた瞬間消え失せ真剣に向き合う姿は一目置かれるだけの実力を持ち合わせている証拠だ。感嘆の声を漏らす事さえ憚られる厳かな雰囲気に息が詰まりそうだ。


 狛犬族の番はウヅキに全て委ねていた。夫婦と成る為の契約代わりでもある紅化粧を施され、より美しく煌く。


「お疲れ様…終わったよ」

「ありがとうございます……」

「お世話になりました」

「いいっていいって!それよりもさ"最後の仕上げ"に取り掛かりな!」


 筆を置く微音が現実世界に引き戻す。種族ごとに紋様は異なり一定期間を過ぎれば消えてしまうらしく紅は正に新婚であると認知させる役割を担っていた。


「最後の仕上げ?」

「"夜行"…!」

「ん?や、ぎょう?」

「本来は主様の婚儀にしか行わないが折角の宴さ!盛り上げていこうじゃないか。はいよ、天音達の面だ。渡しておいで」


 夜行とは夜行一行やぎょういっこうとも表され主様のような特定の、それも相当な地位でなければ行われないクラールハイト全体の祝い事。


 夫婦を先頭にそれぞれの種族から高位高官が後列に並び、街を歩く。夫婦以外は仮面を付ける伝統的な為来たりだ。見た目的には百鬼夜行と大差ない仰々しい儀式に詳細を聴いた天音は若干、引きつつも鼓動は高鳴り、仮面をリオンとリュウシンに渡す為にパタパタと忙しくその場を離れた。



「マホロ様、良く観ておくんだよ…旦那様の怪我と貴方の体力が回復次第、直ぐにでも行う予定さ」

「ええ、勿論です…」


 幸せそうに笑い合う番を見つめ、将来の自分と彼を心の中で重ねていた。


「…それまでは"恋人"の関係を楽しみな。出来る限り、主様としての仕事は支えるさ」

「!!……はい…」


 何気ない言葉にカッと頬が紅潮しあんな事やそんな事を想像してしまい段々と重ねる事が恥ずかしくなり俯く純情なマホロであった。

――――――

―――

 宴の最後を飾ったのは約二百年振りの夜行一行。日の入りと共に執り行われ宴の賑やかさとは一転、厳かな雰囲気に街全体が包まれた。ウヅキ、ミツ、ミワ、カムイらも後列に並び歩を進める。


 マホロは体力を、アサギとカンナギは怪我の具合を考慮して参加を断念したが確りと両の眼で見届けた。


 烏天狗、大天狗の代理をミツとミワが務める事になったと本人達に伝えると片時でもカンナギの側を離れたくはない二人は不満を漏らしていた。カンナギ本人から頼まれ漸く渋々合意した次第だ。


 皆は敢えて口を噤んだが、カンナギ引退後、又は亡き後、自動的にミツとミワが地位継承する事になり今回の代理は謂わばその予行練習だった。


 天音は無論、初めての夜行だがリオンとリュウシンも初体験で住人らの見守る姿勢のような落ち着きとは異なり、新鮮な心持ちで見届けた。



 儀式が終盤に差し掛かると仮面の下でリオンは人知れず、とある決意を固めクラールハイトの遥か先遠くを見つめた。

―――――― ―――

天音Side


「そう言えば、あのとき言いかけた伝承話って?」

「あれは…"迷い人と九尾狐"の逢瀬の話よ」


 明日の朝にはクラールハイトを出立する予定で早めの就寝を。と考えていたが一度、高揚した気分は中々収まらず夜風に当たろうと天音は縁側に向かった。誰も居ないと思っていたが既に先客のマホロが月夜を過ごしていた。


 絵に描いたような見目麗しい光景に思わず足を止めてしまったが、足音に反応した狐耳がピクリと動きマホロに見つかった。微笑みながら一歩右へ場所を空けると彼女は手招きで天音を歓迎した。暫く他愛のない会話が続いていたが、会話が途切れたタイミングで不意に聞き損なっていた"伝承話"を思い出し天音は思い切って尋ねてみた。


「今からずっと昔の話……クラールハイトの結界が未だ外界との接触を遮断していた頃、十六夜と言う名の迷い人と私の御先祖様の纏様が出逢い、結界を壊した話……」


 繊細な声音で語り出した彼女は遠くの過去に想いを馳せる。



―遥か昔、遡ること神話時代。

クラールハイトの獣人らは異質な存在だった。己が何者か、始祖は何者か、彼らにも正体は証明出来なかった。故に結界に依って外界を拒絶し、お互いの距離を保っていた。次第にクラールハイトの存在さえ外界の人々から、忘れ去られていった。


然し、宴や祭と言った皆の気が緩む行事には結界が曖昧となり稀に"人間"が迷い込む。普段なら何事も無かったように、一種の幻覚と錯覚するようにして追い返していた。


其の日も追い返した筈だった。

当時の主様だった九尾狐の纏は迷い人の十六夜に興味を惹かれた。

何度追い返しても彼女は再びクラールハイトに足を踏み入れる。此処で暮らしたいなどと戯言ばかりの十六夜を只の気まぐれで住処を与えてしまった。


興味本位の出逢いは"人間"と"獣人"の恋情を伴い、交わる事が無かった二つの魂が逢瀬を重ね深く結びついた。身分も種族も何もかも正反対な二人は当然ながら祝福されなかった。

十六夜の覚悟を見せ付けられるまでは。


現在では禁止級の"獣人変化法"を執り行った。

失敗すれば死に至る超法術を成功させ、纏と同族に、つまり人間から獣人へと身を化かし共に歩む覚悟を文字通り身を削って見せた。


二人は晴れて結ばれ、人間の覚悟を魅せられクラールハイトを覆っていた結界も徐々に透明になって消えてゆき外界と、種族の差を超えて少しずつ手を取り合い"メトロジアの一つの街"として栄えていった。



「……当時の文献も資料も私の知らない間にきっと全部捨ててしまったと思うわ…。この街にはもう残っていないけれど十六夜様の故郷なら……何かしらあるはず」


「もし、その故郷で見つけたらさ…マホロちゃんに知らせるよ!!もちろん!」

「ふっ…ありがとう。待ってるね」


 時間の経過も忘れ夢中になって話し込んで最後に一つだけ、約束を交わして解散した。

――――――

―――


「何だ。折角見送ろうと思ったが、お前だけか。言わなくて良いのかよ?」

「カムイ…別に必要ねぇ」


 夜明け前クラールハイトの抜け道にリオンが姿を現した。忍び装束ではなく仕立て屋の店主としての服装で、木陰から話し掛ける。見送る為だけに抜け道で待機していたかと思うと何ともカムイらしくない行動だが…?


「一人で行く気か?」

「…俺といるより此処に居た方が安全だ。天音を頼んだぞ」


「そうか。確かに連れ回すよりは安全かもな。リオン、色々と世話になったな。それと……巻き込んで済まなかった」


 多く語らずとも一度、共闘した仲なら十分に惜別の念は伝わった。足を止めていたリオンは別れの合図に片手を上げヒラヒラと振ると再び歩き出した。カムイも片手を上げて別れを告げたが、木陰から一歩出ると遠くなる背に聴こえるように言葉を発した。


「"三人とも"元気でな…!!」

「は?三人?」


 疑問を抱き振り返ったリオンはカムイの方向ではなく先程、自分が通った道を凝視した。

 白と緑の髪が風に揺らいで駆け寄ってきた。離れようとした所で結局、縁は繋がって更に強固となるのだ。


「リーオーン!ヒドイよ置いてくなんて」

「そんなに僕達は頼りないかい?」

「リュウシン、天音…!カムイ図ったな」

「やっと気付いたか、リオンの行動は大天狗様にはお見通しってワケだ」

「っな!はぁ…解ってんのか?特に天音!この先安全とは限らねぇんだぞ」


 裏を返せば"何時も守れるとは限らない"と言っているようなものだ。彼女もそんな事は覚悟の上である。


「自分の身は自分で守れるようにするよ。マホロちゃんとの約束もあるし…何より私はリオンとリュウシンと一緒に行きたい!」


「僕にも妹を探す目的があるんだ。君達と一緒にいれば会えるような気がする。だから拒否されても付いていくよ!リュートも弁償して貰わないとだしね…………」


 リュウシンに至っては寧ろ文末のリュートが一番の目的かも知れない。


「アサギから伝言預かってるし!」

「伝言?」


――――――

―回想―


「えぇえ!!?リオン出て行っちゃったの!??」

「そうなんだ…起きたら居なくって…一人で行くとは思わなかったよ」


 翌日、衝撃のニュースが入り寝起き絶叫が部屋に響く。当たり前のように三人でクラールハイトを出立し次の街へ向かうと思っていた天音はリュウシンに起こされウトウトと脳を活性化させる途中で眠気が吹き飛んだ。


「今から走ったとしても追いつけるかどうか…」

「そんな…」

(天音を守る為…か)


 同室のリュウシンに気付かれる事なく部屋を去った彼はそれだけで実力の高さが伺える。天音は"どうして"とは言えなかった。理由は誰に訊かれるでもなく明白だから。ただただ悲しかったのだ。出会って日は浅いものの、少なからず繋がっている彼との縁を絶つなど 出来る筈が無かった。


?「大丈夫だよ」

「ミツ!?どこから入って…いやそれよりも大丈夫ってどう言う意味?」

「カンナギ様が教えてくれた」


 ミツが言うには夜明け前にカンナギがリオンが出ていくのを見掛けたらしく、リュウシンと天音が居ない事に気付き足止めする為にミワをカムイの元へ、ミツを二人を呼びに、と指示して動けぬカンナギの代わりに此処まで飛んで来た。


「感謝しなきゃだね」

「ホントだよ。一人で居るってだけで全部、分かるなんてカンナギ様は凄いね」

「!…うん」


 憑き物が落ちたかのように年相応の笑顔を見せるミツ。仔烏達にとってカンナギの存在が如何に大切か、の答えだった。


「じゃあ出ようか」

「もっとゆっくりお別れしたかったなぁ」


?「だな。行ってこい…!」

「アサギ?」

「起きてたの!?」

(そりゃあ…あんだけデカい声で叫ばれたらな……)


「ここに居ない奴らには俺から伝えてやるよ。リュウシン、天音…それからリオン、お前達のお陰で救われた。…ありがとう。何時でもまた遊びに来い。それに…」


―回想終了―

――――――


「『それに言っただろ。泊めるのは七日間だけだって』」

「…」


 決して上手くない物真似を自信満々で披露しリオンの返答を待つ天音。本人はそのドヤ顔からも分かる通り上手いと思っており狐耳を再現した手をパタパタ動かす。


「…勝手にしろ」

「「勝手にしまーっす!!」」


 一人で行こうとしていた自分が馬鹿馬鹿しくなり諦めた様子でリオンは外方を向く。テンションの高い二人にまたもや押し切られ思う事はあれど気張っていた心が弛緩されて随分と甘い判断に自嘲気味に笑みを零した。



 クラールハイトに別れを告げて、リオン、天音、リュウシンの三人は揃って次の街へ出立した。其の先で何が待ち構えているかも知らずに。


――――――

―――


「カンナギ様!伝えてきたよ」

「皆、行ったよ」


 日が昇り始めた。療養中のカンナギはミツとミワが暮らしている家で休んでいた。これからはカンナギが家に居ると思うだけで仔烏達は上機嫌で毎日を過ごすのだろう。


 初めてカンナギから指示を受けた二人は誇らしそうに外へ飛び出して行った。普段よりも幾分か早い起床だったが、眠気はなく子供らしく元気一杯に目覚めた。


「ミツ、ミワありがとう。朝食にはまだ早い。もう少しだけ寝ようか」


 一人で出ていこうとするリオンの行動を偶々、見掛けたのだと説明したが真相は見掛けた訳ではなく視ていた、だ。


『守りたいものは遠ければ遠いほどいいんだ』


(リオン、"守りたい"は"守りたい対象"を引き寄せてしまうのだ……どうしたってね)


 かつての自分の行為と重ね、カンナギはリオンの行動を先読みした。守りたい対象であるミツとミワを撫で側に居る事を確かめる。




 クラールハイトは穏やかな朝を迎えた。百年の縛りは解かれ番狐は何時までも一緒に、烏族は家族として新たな一歩を進む―――。

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