第7話 ただ一人を求めて

 十六夜の御月様、猶予いざよう心を照らして。

――――――

「旦那様は無事でしょうか?」


 抵抗する術が無くなり、大人しくなったユナとアウールに手鎖を掛けているとカンナギが神妙な顔つきで…と言っても表情は殆ど見えないが狐の彼を心配する様子は十分に伝わる声質で訊ねた。


「無事とは言えねぇが、取り敢えずは生きてるぜ。立てるか?」


 傷だらけの身体は直ぐにでも処置が必要だ。医者に見せる為リオンに肩を借り立ち上がる。リオンもそれなりの怪我なのでリュウシンが代わろうとするも平気だと言って彼からの提案を断った。


「そうだ。確かカムイが主様も屋敷に居るって言ってたような…」

「あー…屋敷の地下だったか」


 ユナとアウールに集中していたのですっかり忘れていたがたった今、思い出したようだ。悪気は決して無い。


「主様が、屋敷に!?」

「もしかしてって思ってたけど知らなかったの?」


「はい…。常に監視されていましたし、…まさか、主様だけ屋敷に居るとは…」


 カムイとは違い、嗅覚は然程優れぬカンナギが知らなかったのも無理はない。加えて眼も潰されていれば尚更の事。アストエネルギーを感知する特殊な面を付けなければ今頃視界は闇の中だ。

 如何に正当な理由を並べたところで自責の念に駆られる彼の心は救われない。


「リオン……すみませんが、…」

「行かねぇ。先ずは自分が助かれ」

「!はい…」

「アハハ、ごもっともだ」


 カンナギの言葉を遮り提案を却下するリオンは彼なら主様の今すぐに元へ駆けつけたい、と言うだろうと分かっていたらしい。先導をリュウシンに任せ部屋を移動しようとするが直前で項垂れたユナの独り言が吐き出される。


 活力を失った声は掠れていた。


「煮るなり焼くなり好きにすればいい…」

「それを決めるのは俺じゃない。この街の主様だろ」


――――――


「フフーン」

「ヒッ…お、俺っち何も知らないから」


 天音を見失ってからミツとミワは二人で行動していたが、矢先バタリと出会ってしまった。暗がりの廊下は彼等の接近に一役買ったらしい。


 現在進行形で後退りする彼は烏族の二人より年下で猫又族の名はカゲマ。三毛猫の毛色を連想させる髪は所々跳ねていた。

 同族のユナとは似ても似つかないひ弱な性格で怖がりなカゲマが一歩、後退ると仔烏達が二歩近づく。勝てる相手を見つけ獲物を狙う狩人のようにジリジリと距離を詰める。


「ッ!」


 後ろを確認をしないカゲマが躓いて転ぶのを合図に一気に飛び掛かった。


「言え!!あの人はどこだ!」

「誰のこと!?俺っち知らない!!!」

「カンナギ様だよ!!」

「知らない!!!!」

「にゃあ゛ぁあ゛ああ〜〜〜!?!!」


 理不尽に襲われ哀れな悲鳴が反響する。子供の喧嘩と言うか何と言うか…可哀想な事にカゲマは本当に何も知らないのだ。涙目の彼は悲鳴によって新たな人物達を引き寄せてしまう事になる。二人の手が緩み自分以外に気を取られている内にそっと脅威を抜け出し震えながら逃げ出した。

――――――


「あ…」

「どうしたリュウシン?新手か?」

「?」

「新手では、ないね」


 万が一の会敵に備え比較的軽傷のリュウシンを先頭に辺りを警戒しながら屋敷の出入り口に向かっていたが数メートル先で彼は何故か足を止め苦笑いで振り返った。リオンは怪訝な表情を浮かべ不思議がるが、理解するまで時間は掛からなかった。


「!お前ら…」

「リュウシン…」

「リオン、…」

「ーっそれに……」

「!!ミツ、ミワ…っ!?」


 リオンとリュウシンなど眼中にない様子で、目を見開き一点を凝視する二人は硬直状態のまま様々な感情を幼い思考回路で処理をする。


「「!!!」」


 言葉より先に身体が動いていた。ゆっくりと二人の元へ歩いて行ったカンナギは小さな身体を強く抱き締めた。


 野暮ったい理由は訊かない。三人の再会を邪魔しないようにリオンとリュウシンはそっとその場を離れた。

 カンナギを支える役目はミツとミワに移されていた。

―――

《慕った人がいた誰よりも美しい翼を持ち、誰よりも優しかった、徐々に崩れていく記憶の中心に居座るあの人。オレ達を抱き寄せるあの人》


「よかった…!!!」

「うぅ…かんなぎ様っ!!」


 逃げ癖のあるミツが思わず前を見つめたまま後退りするが身体の硬直が解けず、実際には半歩しか動けなかった。そうこうしている内にカンナギに引き寄せられ逃走は失敗した。


 溢れてしまわないように必死に堪えていたのに優しい声が、広げた翼が、包み込むからさめざめと流れる涙を止められなかった。


「カン、ナギ様…」


 コツンと一度カンナギの胸に拳を当てる。"もう一度会えたら今度こそぶん殴ってやる"かつて強気な自分が吐き捨てた言葉を実行しようとするも拳に力が入らずただコンコン叩いているだけで有言実行とは言い難い。


 怒り、悲しみ、喜び…込み上げてくる感情が透明な大粒の雫が頬を濡らす。拭う気など更々無いがまた今夜もきっと目を腫らす事になるだろう。


 幼少時代の自分達が追いかけていた存在。物心ついて会えなくなった親のような存在。暖かな慈しみに包まれて今だけはどうか、余計なプライドも何もかも流れてしまえ。



(…大きくなった)

『もし私に何かあったらこの子達を頼みましたよ。カンナギ…』


 大天狗様、百年越しに貴方の願い受け取らせて頂きます。遅くなって申し訳ありません。


 記憶の中の二人は、覚束ない足取りで自分を追いかけニコニコと笑っていた。記憶の中とは違う成長した身体を抱き寄せ久しく感じていなかった肌の温もりを確かめる。


 会えない日々を過ごし、彼等の成長を見過ごし、今更親代わりになど都合が良過ぎる。


 それでも、これからを共に生きたいと願った。家族になりたいと願った。二度と開かぬ眼からは流れぬ涙の代わりに、今一度強く抱き締めた。

――――――


 カンナギと別れた後、リオンとリュウシンは別ルートで屋敷の出入り口を、と言うかカムイが居る裏口を目指した。


「でも驚いたな〜。ミツとミワが居たって事は天音もどこかに居たりして」

「!?」

(まさかな…いやアイツならやりかねない)


 隣で歩くリュウシンが軽い口調で笑いかけるが笑い事ではない。烏族の二人が来ていると言うのに手綱を引かなければ自由奔放に駆け出す少女が来ていない筈が無いのだ。


「…悪い。俺は天音を探してくる」

「え?」


 言い終わる前に駆け出したリオンに静止の声を上げれず一人取り残されたリュウシンは、去って行く背中に呆然と呟いた。



「………冗談だって」


――――――


?「!……随分、可愛らしいお客さんね」

「貴方は…」


 羞月閉花の四字熟語が似合う女性だった。澄み切った金色の双眸は数時間前に仰ぎ見た十六夜月のように美しく、純白のヴェールを彷彿させる髪は永らく断髪していないのか床に付くまで伸びていた。同じ髪色の筈なのに艶と品の良さには到底勝ち目が無く恐れ多くてお揃いなどと口にできる程自惚れていない。


 長く尖った耳と九尾の先端は瞳の色を帯び、繊細な声音は耳を澄まさなければ届く前に掻き消えてしまう。時折、咳込む彼女は喉元を押え言葉を絞り出す。


「さぁここは危ないからお行きなさい…」

「…ぁ、貴方が"マホロ様"?」


 一挙一動が様になるものだから同性であっても不思議と見惚れてしまい、思考整理に時間が掛かり実際に言葉にする為の声は上擦っていた。


「私のことをなぜ…」

「私は、天音。この街の人に聞きました。今、皆闘ってる…。貴方を救う為に…!」

「!私を救う…?」

(まさかユナの力が消えたのも…?!)


 僅かに息を呑んだ。徐々に見開かれていく瞳の奥に宿るのは希望ではなく不安だった。法術が消えたところで百年の縛りが無くなる訳では無い。


「私のことなど…」

「アサギはちゃんと生きてるよ」

「!!あさぎっ…」


 私の事などと言いかけ諦めようとしていた。何度、何度その名を呼んだだろうか。助からないと分かり口に出さなくなった大切な人の名前。法術が消え密かに身を案じていた大好きな人の名前。絶対防音の部屋は何一つ情報が得られない。突然現れた少女が齎す彼の安寧はマホロの心を動かすには十分だった。

――――――

―回想―


 ―.百年前のその日も、変わらずに平穏無事に過ぎていくと信じて疑わなかった。


 あの頃の私は現実から目を背けていた。お父様のようにクラールハイトを護り導く主様に成りたいと思う気持ちは嘘ではない。けれど小さな身体には重過ぎる地位に怯えていたのもまた事実。


 毎日、アサギとカンナギを連れて街中を歩き回って暗くなるまで遊んでを繰り返して当たり前の日常に少量の反抗心と言う名のスパイスを添えた。



 ―.その日は朝起きて、出掛ける支度をして、私とアサギとカンナギとで少し遠出した。昼食を済ませ昼寝中、狐耳がバサバサとした羽音を捉える。眠い目を擦って音の出処を探した。



「……、…!」

「……か………は…、…!?」

「ん、なに?」

「かんなぎ?」


 烏族の仲間に報告を受けたカンナギの顔が強張っていき優しい赤眼が険しくなった瞬間ただならぬ事態だと私もアサギも悟った。

 今までカンナギが私達の前で怖い顔を見せた事が無かったから余計に混乱した。


「マホロ様、アサギ様、失礼します」

「!」


 疾きこと風の如く。私とアサギを抱えたカンナギは翼を広げ当時住んでいた家に迅速に向かった。


「なに?!」


 大空の先に見えた景色が脳裏焼き付いたのを憶えている。遥か遠くに位置する王都に火の手が上がり、クラールハイト中が逃げ惑う人で阿鼻叫喚の嵐。街中の戦士達が正体不明の敵と交戦中、そして……傷付き斃れる。

―――


「一体、……何があったのですか…?」

「あ…」


 "安全な場所"で降ろされカンナギの顔色を窺う。その間にも何人かの戦士とやり取りする彼は私を安心させるように優しく頭を撫でる。真剣な眼差しが物語る"悪い予感"、夢から醒めて私はまだ悪夢の中に居た。


「…その前にアサギ様、此方へ」

「っ!」


 負傷した烏族の戦士が庭園で苦痛の表情を浮かべているのが視界の端を過りアサギは駆け寄った。私は一歩も動けなかったのに。

 負の気配を打ち消すように無言で傷の手当てを行うアサギ。祖父が医者であり両親もまた医療関係者だからこそ動かずにはいられない。


 カンナギに呼ばれ隣に来たアサギの手は血で汚れていた。一瞬、慣れない血腥い臭いに逃げ出しそうになった。きっと負傷した烏族の戦士の血だ。


「"霊族"は知ってますね?」

「封印されている人達…の事です」

「アルカディアの人間…」

「その霊族の封印が解かれました。王都を中心に攻め込まれ今、戦が起こっています。クラールハイトにも被害が出始め…戦士らが戦っております」


「れい、ぞくが何で…?」

「…それは分かりません」

?「マホロ様!」

「ウヅキ…!ウヅキもきてた、のね」

「…アタシだけでもここにいなさいって」


 最後の砦としてカンナギは三人を守る為、一人残る事にした。彼ならば十分な戦力になり得ると上が判断したからだ。


―――

 日常が非日常に変わり数時間後、遠くの街で雷雨が勢いを増した頃。


?「報告しま、す…!」

「カムイ!戦況は!?」


 アサギの血塗らた手を握り締め早く終われと目を瞑り祈った。狼族のカムイが告げた言葉は祈った結末とは程遠く繋いだ手は痛かった。


「はい…コチラに流れてきた霊族の掃討は少数だった事もあり、既に終わりました。……っしかし大天狗様、並びに烏天狗様、両名…惜しくも亡くなられました…!」


「!!!…報告ありがとう、子らは?」

「無事です……」


 死に物狂いで戦い抜いて果てに、喪う。伝令係が烏族から狼族に加えて本来の役割ではない戦士のカムイが報告しに来たという事は暗に伝令係が全滅したと伝えていた。

 カムイも一歩間違えば死んでいた可能性すらある程、酷い怪我だ。彼が生還できた要因はその若さ故の生命力だった。



?「ね!ウチの言う通りカムイについてけば居場所が分かったでしょ!」

?「流石じゃな」


「ユナちゃん?!」

「妾をその気色悪い呼び方で呼ぶな!」


「ーー!!?」

「幾らカンナギと言えどこれでは抵抗できまい」

「アウール、こんな時に反逆する気か!?」

「カンナギさまッ…!ヴゥ?!テマリ、…何の、マネだ…!?」

「カンナギ!!カムイ!!」

(なに、何が起こってるの!?)


 テマリの声が正面から聞こえたかと思えば、上から死角をついて現れたアウールが手甲鉤でカンナギの赤眼に真一文字の傷を刻み込み鮮血が私の髪とアサギの頬に飛び散り、同時に深手を負って思うように身体を動かせないカムイをテマリが押え、嗤っていた。


「ユナ様、制圧完了です」

「よくやった〈法術 朱殷〉!」

「っあ?!」

「マホロ!」

「何をしてっ」

「ウヅキ!!…賢い判断、してね!」

「!」


 "赤い糸"が二人を繋げ、引き離した。連れ去られ意識が途切れる瞬間に見えたのは手を伸ばすアサギの姿。


「アサギ……」



―回想終了―

――――――


「生きてるよ」

「本当に…」

「うん」

「貴方もたたかうの…?」


「え…、そうだ!私、リオン達が心配で屋敷に来て迷子になったんだった…!!」

「リオンって?貴方の仲間?」

「!リオンはその…」


(あれ?リオンと出会ってからそんなに長くないし仲間って言うほど…じゃない気がする…友達な訳無いし私にとってリオンは……??)


「私の…」

「?私の?」

「っ私の連れ!そう連れよ!!うん」

「連れ?フフッ…連れかーっ…」


 鈴のような音色で笑みを零し、暫く考え込んでいた彼女だったが意を決した表情でポツリと呟いた。


「ねぇ、私と友達になってくれない?敬語もなし!天音ちゃんって呼んでいい?」

「友達?…もちろんいいけど………」

「何でも話せる友達が欲しかったの…ユナちゃんとも本当は友達になりたかった。あ、私のことはマホロちゃんって呼んで!」


 突拍子も無い台詞に肯定はするものの意図を掴み切れず天音の脳内は疑問符で溢れていた。咳込みは相変わらずなのだがマホロの行動は耽美とは程遠く本来の彼女を垣間見た気がした。


「天音ちゃんって何だか不思議ね。普通の人じゃ無いみたい…まるで、お姫様みたいな…天音ちゃんのことも教えて?」

「…実はね」


 まただ。また、大袈裟に反応してしまった。ビクリと肩が飛び上がり勢いで両手を胸元まで上げ、所謂降参ポーズの姿勢の状態でマホロを見つめる。不思議そうに首を傾げる彼女に合わせて同じ動作をする。


 リオンに怒られたくは無いがそれ以上に話してしまいたい欲に駆られ心が揺れ動く。唾を飲み込むと天音は自分の事情を打ち明けた。


 将来的な立場はマホロも天音も同一だ。地方の主様か、国の王様か、と言った違いしかない。寧ろここで打ち明ければ彼女達にいつかのしかかるであろう重荷も少しは軽減できるかも知れない。



「………ていう訳で、…」

「…話してくれてありがとう」


「マホロちゃん、私はリオン達が心配で来ちゃったけど勝つって信じてるから…。勝ったらマホロちゃん主様になるんだよね。やっぱり主様は大変?」


「それは、なってみないと分からないけどお父様は何時も忙しくしていわ。きっと、大変よ。でも支えくれる人が居るから大丈夫!天音ちゃんも同じでしょう?」

「そう、かな…」

「そうよ」

(そうだといいな…)


 何度か外へ出ようと提案するもマホロは頑なに首を縦に振らなかった。彼女曰く、幽閉されていた間に体力が落ち一人では歩けないのだとか。たとえ自分が彼女を支え外へ出ようとも会敵すれば意味がない。現実は残酷だ。闘えなくともせめて守れる力があればと十六夜月に、こっそり願った。


「マホロちゃんにも見てほしかったな…十六夜月とっても綺麗だったんだ〜!」


「!…そっか今は夜なのね。クラールハイトの住人にとって十六夜月は特別…そんな日に出会えて嬉しいわ」


「特別?」

「そう。ずっと昔の伝承話にね…」



 話を最後まで聴く事は出来なかった。突然、扉が乱暴に開けられよく見知った人物が立っていたからだ。


 出血箇所を押え、今にも倒れそうな身体を押え、彼は其処に居た。

 アッシュブロンドの毛先に深緑の瞳。



「…アサギ」

「…マホロ」


「…私そろそろ行かなきゃだから……!」


 空気を察した天音は適当な理由をつけ二人の邪魔をしないよう足音を立てず、前屈みで扉をくぐると早足で駆け出した。開閉音が止まり静寂が戻ると一度だけくるりと振り返って百年越しに再会した二人にそっと祝福を贈った。

――――――

アサギSide


 走っていた。


『コレなーんだ?』

『それは…傷薬か、…!?』

『惜しい!痛み止めさ』

『痛み止め?』

『あぁ、コレを使えば少しの間、痛みが軽減される…さてアサギ使うか?』


(ありがとうウヅキ、感謝する)


 立ち止まった。


 目の前には呪い紛いの赤い糸で繋がれていた彼女が居た。会えない日々、忘れた日は一度もない。身を案じた大切で掛け替えの無い人が目尻に雫を浮かべていた。


 あの頃に戻れたら、戻れたらと何度も繰り返し後悔した。


 平和だったあの頃に戻れたらきっと幸せだ。けれど募った想いが振り出しに戻るのは、とても悲しい事だ。

 だからもうあの頃に、と願うのは止めた。



 差し伸ばされた彼女の手に触れる寸前で激しく咳込む。前のめりになっていた身体の軸がズレてスローモーションのように倒れる彼女を支える。



「ッ!アサギ…会いた、かった…しん、ぱいした…!」

「マホロ遅くなってごめん。ありがとう…」


 より近づいた距離で彼女は必死に伝えようと辿々しく口を開き、途中で止めてしまった。繋がれた左手を固く握り締めた後は、微かな咳込みと泣き声だけが静かに空気を揺らした。


 彼女の体温が左手を伝い、軈て二人の体温に変わってゆく。

 会いたかった。逢えてよかった。離さない。二度と離したくない。



 空が太陽に気付き始めた。夜明けは近い。

――――――


「あ〜あ、遂にアタシ一人…かぁ」


 ウヅキは一人、白々しく溜息を零す。賑やかだった部屋も閑散とし独り言がやけに大きく聞こえた。痛み止めの薬を託してくれたヤシロじぃには感謝しても感謝し切れない。



『絶対安静』


 楕円形の薬瓶を弄りながら素直じゃないヤシロじぃの言葉に思い出し笑いをした。彼なりに孫の行末を見守りたかったのだろう。



 無事に帰ってくる皆を気長に待つ間に自分にも出来る事を考えた結果…。


「さぁて、どうせ怪我して帰って来るんだ。ヤシロじぃでも連れ戻す、かな…?」



 連れ戻されたヤシロじぃがウヅキにデコピンをかましたのは言うまでもない。

――――――

オマケ


「何やってんの?」

「見りゃ分かんだろ…!」


 冗談を真に受けたリオンに置いていかれ仕方なく一人で裏口に向かったリュウシンだが這いつくばっているカムイと目が合い見下げる。


「チッおい!緑!ユナ様とアウール様は?」

「みっみどり…って僕の事?!」

「他に居ない!」

(まさかテマリが起きていたとは…)


 気絶するように技を繰り出した筈だったが見立てが甘かったようだ。言葉通り本当に這いつくばって止めていたとは…。それにしても「緑」は地味に傷付く。


「僕はリュウシンだよ。ユナとアウールに関しては解決済み。…リオンがね」


「敗けた…」

「気絶した…のか?」

「みたいだね。やっぱり効いてたのか」

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