第6話 細流の如く
朱殷色の悪夢よ、
――――――
テマリとルファが侵入者を排除しようと駆け出した同時刻、とある場所でとある変化が生まれようとしていた。
「リオン達、大丈夫かな…?」
円窓の縁に手を掛け景色を眺めるも天音の目的である屋敷は此処からでは視認出来ない。新鮮な空気が風に乗って運ばれるが心は休まらず緊張感が増すばかりだった。慌てていた事もあり行ってらっしゃいの一言も言えずに送り出してしまったと今更ながら後悔が押し寄せ長い溜息が漏れ出る。
「心配?」
「そりゃあ…まぁ、半分私の所為みたいなものだし……」
「なら屋敷に行くしかないねぇ」
「そうそう、屋敷に…、え?やし、き?」
「は?」
危うく釣られそうになった言葉をグッと呑み込んで笑みを浮かべるウヅキの方を見つめた予想外の台詞に近くにいるミツとミワも驚きを隠せなかった。
「心配なら屋敷に行けばいいさ」
「え!!……えぇと…、でも…」
(もし私が行って状況が悪化したら、…それに!人質とか取られたら………!何より……絶対リオンに怒られる…!!)
ネガティブな単語ばかりが浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返しあたふたと落ち着きのない天音だったがウヅキの次の問い掛けには数秒の間の後、答えを出した。
「行きたいか行きたくないかで言ったら?」
「!」
「………」
「……っ行きたい…!」
会話の途中で目を逸らした理由は不安と勝手に行っていいものなのかと言う後ろめたさが原因である。行きたいに嘘は無いが、迷惑を掛けたくないのも事実だ。天音の気持ちを察してかウヅキは態とらしく咳払いをしてチラリと仔烏達の方に視線を移した。
「んんーそうだな…一人じゃ不安なら護衛が必要だねぇ…二人くらいいると頼もしいし…空も飛べたら便利じゃないか…?」
「「!」」
「ボッ…ボク行く!行こう!!」
「ミワ!?待てオレも行くに決まってる!」
「ちょっ…ちょっと待って!窓から行くの!?私飛べないっ…!」
屋敷が聳え建つ方向を見つめ先程からウズウズしていた二人だったが"キッカケ"を貰い、勢い余って窓から外に飛び出した。感情的になると癖で窓から入退出をするらしい。
大人になれば窓から行くどころか、そもそも窓に身体が通らなくなるので子供の内にしか出来ない行為ではあるが、それにしても周りの大人達が悪癖だと叱れないのは二人から親を奪ってしまったと言う負い目を感じているからなのか。……もし咎める事ができる人がいるとするならば、大天狗様、烏天狗様と呼ばれ慕われていたあの人しかいない。
そんな難儀な環境で育つ二人を慌てた様子で窓から顔を出し呼び止めた天音はふんわりと髪を揺らしながら急いで階段を駆け下りた。
「天音!」
「ん?わっ…!!なに?」
名前を呼ばれた気がして振り返ると笑みを浮かべるウヅキが立っていた。口を開く前に彼女の手入れされた靭やかな手が伸びてきてワシャワシャと頭を撫でた。一頻り撫で終えると満足げに一言残し去って行った。
「行ってらっしゃい。冒険しておいで!」
「!…うんっ!行ってきます!!」
――――――
ウヅキSide
「なに企んでんだ?」
「アサギ…起きてたの。静かだからアタシはてっきり寝ているもんだと思ってたよ」
部屋に戻るなり絶対安静の男が天井を眺めながら話しかけてきた。痛みのピークは過ぎたらしく顔色は数時間前よりも良くなっていた。
「こんなときに寝れる訳無いだろ。と言うかはぐらかすな質問に答えろ…」
「フッ何も企んじゃいないさ。ただ…そうだねぇ、待ちぼうけはつまらないってだけだよ。そんな事より…置いてけぼりのアサギに一つ朗報…コレなーんだ?」
話題転換する為に一度の瞬きで気持ちを切り替え出来うる限りの明るい声で袖から取り出した楕円形の包を仰向け状態のアサギにも分かるように見せびらかした。
「それは…!?」
――――――
「もう月が出てる…」
「十六夜月だよ」
昼と夜の境目が曖昧な暮方、風に誘われて空を見上げると既に月が太陽と役割を交代するようにクラールハイトを照らしていた。満月より少しだけ欠けた月の名をミワが教えてくれた。
「おい…なんだあれ……」
「煙!?」
先行していたミツが震える声で指差す先は屋敷が如何なる建物か知らない私でさえ確信を持って屋敷だと断定できる程、不穏な空気が漂っていた。
"何かあった"を体現したような黒煙が空高く闇に消えていく光景に思わず立ち止まった。火の気配が無いので火事では無さそうだ。
「どうしよう…戻った方がいいかな」
「ここまで来て戻れるかっ!」
「だよね!」
「!」
流石は育ち盛りの男の子。弱気な天音に対して直ぐに振り切った二人は彼女の手を取り駆け出した。最初こそ戸惑っていたものの心の何処かで抗えぬ"ワクワク"が急上昇していく感覚に、自然と走る速度と心臓の鼓動が速まった。
(そうだよね…"冒険"しなきゃ!)
裏口はカムイ達がいるかも知れないと考え、堂々と正面から屋敷へ足を踏み入れた。……までは良かったのだか……。
「あれ?ねぇミツ、天音がいない…」
「はぁ?……マジか」
屋敷に着いたと同時に手を離してしまったのがいけなかった。後ろをついて歩いていた筈の気配がなくなりふと、振り返ると彼女は居なかった。
「……その内会えるだろ」
「……だよね」
下手に引き返しても擦れ違うだけだ。取り敢えず自分達だけでも前へ進む事にした。
一方の天音はと言うと…
「迷った!!?どーしよー!!!」
ハチャメチャに動揺していた。
――――――
「カムイ、起きてる?」
「ギリな……」
決着が着いた後、横になっているカムイにそっと近付くと獣耳がピクリと動きゆっくりと上体を起こした。
「僕はリオンの所へ行く。テマリは気絶してるからしばらく起きないと思うけど…」
「ああ、二人の事は任せろ。もし起きたら這いつくばってでも止めてやる」
――――――
「ハァハァ…」
「これで終わりだカンナギ!!」
(思ったよりも早かった…)
募る焦燥感が発汗を促進し眉間に皺を寄せる身体の自由が封じられ、力無く床に押し倒された。出来る事といえば相手を睨みつけるぐらいだが面を着用するカンナギにはそれすらも無意味だった。
狐を一匹逃した事実がバレるまで、時間は掛からず問い詰められていた所にカムイ達が来てしまった。何とか"狼煙"を上げねばと自らのアストエネルギーを暴発させた。
逸早く気づいたアウールは同室のユナを咄嗟に庇い、無事を確認すると更に怨恨の籠もった殺意をカンナギに向け、今に至る。
トドメを刺されるー。と、死の覚悟を決めた次の瞬間"彼"が現れた。
「〈法術 水龍斬〉!!!」
「なに!?」
地を蹴り高く飛び上がると瞬時に室内にいる三人の人物の位置を確認し、迎撃対象の梟族に向かって水龍斬を繰り出した。初手は躱されてしまったがカンナギを守るように前線に降り立ったので、アウールは一旦距離を取らざるを得なくなった。
―――
「まさか、本当にあの騎士長が来るとは…」
「元だ。それよりもカンナギはお前で間違い無いな?」
「はい」
「アストエネルギーの暴発もお前だな」
「はい…」
「二度とするな。それから下がってろ」
前を見据えたまま壁を背にして座り込むカンナギに話しかけた。見なくとも感じる息遣いの荒さ、出血量、ボロボロの衣服、暴発について訊けば隠さず短く肯定した。烏天狗が如何様な地位かの詳細は知らぬが、暴発の危険性は十二分に承知の筈。今回は小規模だった事もあり奇跡的に生還したが何時も生き残れるとは限らない。思わず語気を強めてしまったが言葉を正す気もなかった。
「何者じゃ!?」
「恐らくアサギと一緒に居た人間ですユナ様。人間風情が我々の事情に踏み込まないで戴きたい。邪魔をするなら排除します…」
「やってみろよ」
決して狭くはないがそれでも同室に居るユナとカンナギを巻き込まないように立ち回れるのは二人の技量の高さの表れでもあった。
『アウールはどんな技を使う奴だ?』
『奴は…法術は使わない、使えないんだ。その代わりエトワールを使う…手に注目してみるといい』
(手に注目…)
出立前の会話を思い起こたリオンは先制攻撃を仕掛けてきたアウールを受け止める為、打刀タイプのエトワールを鞘から抜き数秒足止めする。
細身の体型からは想像できない重い一撃がのしかかる。法術が使えないなりに相当な努力を重ねてきた結果が垣間見えた。
金属製の音が火花を散らした。猛禽類の爪を模したようなフック状の手甲は刀の牙を受けても亀裂が入るどころか益々、威力が増していき攻撃を受け止めたリオンは押し負けぬように全身に力を込める。
(なるほど…手甲鉤タイプか)
これ以上踏み込めないと判断するや否やバサリと翼を動かし二歩後ろへ着地した。法術は使えないが鳥類の特徴である翼がある分アウールの方が若干動き回りやすい。
リオンは慣れた手付きで刀を鞘に納め、足幅を数歩調整し直す。
「…カンナギの眼を潰したのもソレだな」
「一、二度の接触で気づくとは…」
「お見事です」
僅かな時間で気づけるヒントは無かった。気付く必要も無かったが、元より騎士を目指し始めた頃から育ての親に動体視力は執拗に鍛えられた。手甲鉤の威力を正面から受け止め、また面の奥にある真一文字の傷痕を視認出来て漸く真実に辿り着く。
「貴様にも深く刻み込んでやろう」
「受けて立つ…〈水龍斬〉!」
幾ら体術が凄かろうが流石に法術を身一つで受ける訳にはいかないので相手の動きを予測し見切り反撃する。実に有翼人らしい戦法で空中の有利と翼を用いた視界の遮りでリオンを追い詰める。
水龍斬で突破口を開こうにも一向に当たる気配はなく、喉元を狙う手甲鉤をシールドのエフェクトを出しガードする。危うく深手を
負うところだったと冷や汗が一筋頬を擦る。
アウールをギリギリまで引き付けてから技を繰り出そうとするが少しでも力を込めれば、空中に逃げられ中々に隙を見せてくれない。
このままでは互いの体力がジワジワと削られるだけで埒が明かない。
(こうなったら…!)
「〈水龍斬〉」
「稚拙な!!!」
再度、翼を翻し空へと逃れる。空中で態勢を立て直し回転斬りの如く身体全体を回転させ右拳を振りかざす。アウールの追撃を避ける為にタイミングを予測し一歩後ろに飛び上がるようにして躱した。
「っ!」
然しアウールもまた、"予測"していた。手甲鉤が床に突き刺さった衝撃で埃が舞い上がると、右拳に装着していた手甲鉤を一秒にも満たない速度で手放した後、左拳に装着していた手甲鉤でリオンの腹部を突き刺しそのまま壁側へ押し込み追い詰める。
鋭利な武器が腹部からの流血を誘い、ガクンと視界と意識が消え掛かるも意地で耐え凌ぎ前に、眼前の男にガンを飛ばす。
「気ィ抜くよな…一瞬」
「!?」
「アウール…!」
突き刺さったままのアウールの左腕を渾身の握力で掴み不敵な笑みを浮かべるとリオンは左腕を前に差し出して、目を見開くアウールに向かって技を繰り出した。掴まれた左腕を必死に抜こうとするがリオンの右手はビクともせず、回避不能の一撃がアウールを襲った。
「降り注げ
(ーーっ!?間に合わっ…!!)
『法術が使えない…?』
――――――
―回想―
クラールハイトの紋章は扇狐。故に神話時代より主様は九尾狐と決められていた。
然し、ある時から猫又族が台頭し権力を徐々に伸ばしていきユナが産まれる頃には二大勢力と比喩される様になった。
狐族は烏族を主戦力と位置付けた。同じく猫又族は梟族を主戦力と位置付けた。
「法術が使えない…?」
「ええ稀にあるらしいです」
(何故…)
「…武芸の才はある。引き続き主戦力となれるように鍛え上げなさい」
「勿論です」
(何故…わたしは"半分"なのだ)
稀にある事象、クラールハイトの獣人と外の人間が結ばれると宿す子は半分となり法術が上手く扱えなくなるそうだ。一説では"霊獣の呪い"がクラールハイトにも影響を及ぼしたのかと仮説が立てられたが、真相は誰にも分からない。
アウールもまた人間と獣人の子であり、出産時に亡くなった人間の母を恨んでいた。同い年のカンナギは既に周りの大人達が目を見張り、感嘆の声を上げるほどの力をつけているのに自分はなんと情けない。置いていかれた気分だ。
死に物狂いで努力を重ねた。自分に合った戦闘スタイルを徹底的に研究しエトワールを身に着けた。
これが正解だった。結果、法術を使える者よりも数段強くなった。主戦力として烏族と同等かそれ以上の強者となった。ユナ様が産まれてからは、彼女の望み全て叶えてきた。主様になりたいと言う望みだけは唯一叶わなかったが。
かの大戦が起きて全ての日常が狂ったあの日、天からのチャンスだと受け取った。カンナギを真っ先に潰したのは一番厄介だからと、比較され続けられた一方的な私怨からだった。…………これで良かった。ユナ様の望みが叶うなら他はどうだって良い。
…今にして思えば、誰かに止めてほしかったのかもしれない。カンナギを直ぐに殺さなかったのもカムイを追わなかったのも、止めてほしいと言う私の望みが無意識に働いた所為……と思いたい。
「……憎い」
(……凄い)
余所者のしかも人間に気付かされるとは…。
―回想終了―
――――――
「ユナ様すみません…」
「ーッ」
気絶したアウールに代わり手甲鉤を抜き捨てるが思った以上に腹部に突き刺さっており激痛が走る。
(カンナギには二度とするなと言っておいてコレか…俺も人の事を言える立場じゃねぇな……)
百年振りの初陣で少々燥ぎ過ぎた。とは言え動けない出血量ではないので構わずに事を進める。
「まだ抵抗するか?」
「……るな…」
「…」
「ふざけるな…!こんな事で妾の…っ妾の積み上げてきたものが崩れて良いはずが無い!!アウール!起きろ…起きて妾の望みを叶えろ!!!」
「…」
「アウールは何時だって妾の望みを叶えてくれるのじゃ…今回も同じじゃって直ぐに起きて妾を助けてくれるのじゃ!!」
「直に俺の仲間が来る。そうすれば…」
「ぐっ…!嫌じゃ」
(こうなったら、ほうじゅ……!?)
"我儘なお嬢様"の叫び声が木霊する。到底受け入れられないと言った面持ちで現実を見ようとしない。最後の抵抗で彼女は法術、朱殷を発動させようとするが陽気な声が終わりを告げた。翠緑の天パがフワフワ揺れる。
?「はい。終わり!」
「!」
「リュウシン…それは手鎖か?」
「そう、カムイについでだから寄って行けってさ」
ガチャリとユナの両手に手鎖が掛けられた。カムイに頼まれカンナギが居るであろう部屋に行く前にアサギが拷問を受けていたと言う一室に立ち寄り手鎖を持ち出していた。結果的にユナの法術発動を阻止し捕える事ができ功を奏した形となった。
主犯二人を取り押さえ、奇襲は成功したが…全てが解決するまでは後少し。
――――――
「マズイよね…やっぱ」
(勘で進んだのが駄目だったのかな…)
余所見している内に二人が居なくなった事に気付き探し回るも一向に再会できる気配が無く仕方なくトボトボと屋敷を彷徨う少女が居た。天音だ。
ミツとミワどころか誰とも鉢合わせせず、不安は募るばかりだった。
(?私、この道知ってる……?)
何度角を曲がっても同じような回廊が広がるのみだったが、ふと既視感に襲われ足を止める。見たこともない景色が脳内を支配した。
(ここの突き当りを左に曲がったら…)
「部屋が、…!」
(…思い出した。ここ、夢と同じだ)
部屋の前まで引き寄せられるように歩き扉に手を翳した。高鳴る鼓動が数日前の夢の光景を鮮明に映し出し、理解した。不可思議な既視感が現実味を帯びてゆく。
少し力を込めれば扉は容易く開いた。鍵が掛かっていない事に違和感を覚えるが、室内の人物と目が合い浅薄な思考は吹き飛ばされた。
?「!……随分、可愛らしいお客さんね」
「貴方は…」
――――――
オマケ
「ウチを離せ!!この、変態!!!」
「は!!?お前こそいい加減諦めろって!」
リュウシンを見送った後、テマリが目覚め動かせない筈の身体を無理やり動かし匍匐前進で屋敷に行こうとするので此方も無理やり身体を動かし、這いつくばりながら彼女の右足を掴み屋敷から遠ざけようと引きずるが、もう片方の足で思いっきり蹴りつけ罵倒される。何も知らない人が見掛けたら俺は危ない奴のレッテルを貼られることに…それは困る。
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