第5話 灯り始める意志
火種が恐ろしい、我が身に宿る
――――――
NO Side
「私を呼び出した、と言う事は予言の通り捕獲は失敗したのですね?」
「話が早くて助かりますよ星の民。貴方方"組織"に動いてもらいます」
ガラス窓は無残にも割られ散々し、蔓延る血模様は既に乾ききっており残酷な凄惨性のみが一際目立っていた。
メトロジア城謁見の間に三人の男が居た。
一人は玉座に君臨するアルカディア王アース
一人はアースに悦服する従者グライシス
一人はスカーフェイスのとある星の民。
グライシスとスカーフェイスの男が話す予言とは翠色の少女に依って齎された短い言の葉。
『姫、転生術を用いて騎士の元へ還る。
騎士、姫と共に"開闢の歪"を開く。
女神、失われし魔鏡を用いて此れを導く』
(チッ忌々しい女神め…)
「お任せください我々組織は常に霊族の為に存在しております。騎士と姫の捜索ですね」
心底、女神を怨み悪態をつくスカーフェイスの男は一切の表情を変えずに話題転換する。姿を変えた二人の行方を国中探し回るには少々骨が、折れるがアース様の為ならばと身を捧げる彼はそれ程までに心酔していた。
姫に関しては完全に姿を変えている可能性が高いが騎士は隠し切れない特徴の一つや二つあるのではと尋ねるとアースは、それまで興味無さげにグライシスとスカーフェイスの男の話を聞き流していたが不意に口を開いた。
「…エトワール、リオンと言ったか百年前に一戦交えた時には打刀タイプのエトワールを所持していた」
「ほう、エトワールですか」
聞きようによってはただの独り言だったのかも知れない。ポツリと呟く言葉が厳かな空間に反響する。割れた窓から射し込む光が赤みを帯び、三人の男の会合に似合わぬ柔らかな風が通り過ぎる。
「実に羨ましい。"エトワール使い"と一戦交える機会などそう多くはない」
「……奴はエトワール使いではない。あれはただのガラクタだ」
「それはそれは残念です」
「フッ…容姿が知りたくば"ルネピス"にでも訊けばよかろう。よく知っているらしいからな」
"暁月"まで残り―――。
―――
僅か数分で
スカーフェイスの男は景観に関心がない。移ろいゆく茜色の空に心は動かされず、彼が惹かれるものといえば霊族の延いては…
「おや?"レイガ様"ではありませんか?」
己と対等に闘える者のみ。
謁見の間を出て城門に向かう途中の回廊に彼は居た。色彩の薄いウルフカットにこれまた色彩の薄い瞳の持ち主は幼い少年。彼の強さ、眠れる才能を一見で見抜ける人間はごく一部だけだろう。
「……」
「これから何方に?」
レイガは一度立ち止まったものの男の質問には答えずそのまま立ち去ろうとしたが擦れ違いざまに囁かれた言葉に無視は出来なかった。
「貴方は何時見てもお若い。百年前と変わらぬお姿何故でしょうね?」
「…言いたい事はそれだけか星の民」
「お望みならば答えて差し上げましょう。レイガ様の成長が止まった原因は、……」
「黙れ。お前には関係ない」
スカーフェイスの男の言葉を遮り牽制する。それ以上は踏み込むなと他人を拒絶し、レイガは再び歩を進めた。
静かに燃ゆる瞳に宿る火種は脆く幼く。
「一度お手合わせ願いたいものです」
少年の背中に語りかけた一言は誰にも聞かれることなく暗闇に消えた。
―――
レイガSide
『戦う理由も強くなりたい理由も人それぞれですよ。ただ…そうですね
久しく会っていない
(師匠、オレは今メトロジアに居るよ。星の民に会ったんだ。メトロジアだから当たり前か…。でも霊族もメトロジアに居るんだ。オレもその内の一人。アルカディアに星の民は居ないのに何でだろうな……。師匠、教えてくださいオレは、オレの力は…何の為に)
書きかけのまま筆が止まる。日記でも手紙でもない、ただの言葉の羅列だった。やるせない気持ちを綴ったに過ぎない。成長と同時に心まで止まってしまったようだ。
(クソッ…)
違う、違うだろ。成長が止まったのは扱いきれない"力"の副作用みたいなものだ。心はオレが勝手に止めた。楽な方に苦しまない方に逃げたいから止めたんだ。
ビリビリと紙を破り捨てる。慣れない事をした。外出しないせいか、最近は頭の中に靄がかかったみたいに思考の邪魔をされる。何も考えられなくなって生きてるのかそうじゃないのか分からなくなる。
?「レイガ様!」
「何の用だ?"シエラ"」
ノックもせずに突然扉を開け放つ女性の名はシエラ・セルサス。何度言ってもノックせず改善する気配が無いので早々に諦めた。頼んでもいない世話係、お目付役といったところか。年齢、素性共に不明。
「昨日、"
「話したな」
「なら何故、参加しなかったのですか。私が怒られますのに」
「別に」
(あの場所は好きじゃないってだけだ)
(理由くらい教えてくれてもいいのに)
黒鳶とは簡単に言えば霊族の中でも精鋭を集めた幹部のような感じだ。十三名、王自ら選出した訳だが何時の間にか序列が生まれ優劣を付けたがるようになった。
十三名の内、何人かは故郷アルカディアに居る為、全員が揃う事は現状無い。集めたところで仲良く話し合える筈がなく、くだらない言い争いが始まるだけ。行くだけ無意味な会合だ。
「まぁ…それはそれとして、言伝を頼まれました。例の騎士と姫が既に此方に来ているらしいです。見つけ次第生け捕りに、との事ですよ」
「オレが…、此処から出て探しに行けるとでも?」
「一応です」
「……用は済んだ筈だ。出てけ」
「いいえ。ここからは私情です」
「は?」
シエラは不敵に笑う。世界を見定めるように。奇妙な私情はメトロジアの一室から。
――――――
―――
「…最後に確認するぞ。準備はいいか?アウールとユナさえ抑えられればコッチの勝ちだ」
「問題ない……がリュウシン、んで楽器背負ったままなんだよ……」
「アハハ…慌ててたらつい癖でさ」
先頭はカムイ、リオンとリュウシンが後に続く形で屋敷を目指す。戦闘に邪魔なリュートを癖で持ってきてしまうとは。
酉の刻、屋敷の裏口に着き最終確認を行う。数分前の出来事を思い出し苦笑いを浮かべるリュウシンは足手まといにはならないから、と強気に意気込む。
「よし、行くぞ……………っ!?!」
「何だ…?」
「あれは…!?」
何事も順調にとはいかず、カムイの合図の直後に屋敷の、恐らく最上階であろう部屋の一室が突如爆発した。黒煙が上がり周辺の人も何事かと屋敷を見上げた。幸いにも周りに被害は出ずまた奇襲組の姿も影に隠れ見つかることはなかった。
「誰かが法術を…」
「違う、…"アストエネルギーの暴発"だ」
「暴発だと!?」
アストエネルギーの暴発。体内のアストを瞬時に膨張させ暴発させる一種の技だ。
偶然か故意か。誰が何の為に、は今はどうだっていい。だがもしも故意だったならアストエネルギーを暴発させるのは自殺行為。正気の沙汰じゃない。
?「隙あり!」
「ーっ!!」
(俺を狙ってる!?)
「!リュウシン借りるぞ」
「え!は?ちょっ…!!?」
「カムイ!下がれっ!!」
状況が飲み込めずにいると裏口を蹴破って刺客が二名、カムイ目掛けて強襲した。リオンとリュウシンには目もくれず俊敏な動きで確実に一撃を喰らわせんとする二人とカムイを引き剥がす為に、リオンはリュウシンが背負っていたリュートを許可が出る前に思いっきり刺客に向かって投げた。
刺客の内の一人、テマリはカムイとの間に突然現れたリュートに気を取られ距離を置かれてしまう。
因みにリュートは嫌な音を立てて半壊した。人間に置き換えると丁度右脇腹のあたりだ。テマリによる条件反射の賜物である。
「リュ…リュートが……僕のリュート…」
「スマン助かった」
膠着状態の睨み合いが続く中、リュウシンだけはリュートの亡骸を前にして膝から崩れ落ちていた。戦闘に邪魔な楽器を背負って来た末路である。
刺客の名は獺族のテマリ、貂族のルファ。出る前にアサギが話していた猫又一派の伏兵だ。
「リオン、リュウシン…お前らだけでも先に行け!!コイツらの目的は恐らく俺の足止めだ」
「正解〜!でもウチが行かせると思う?」
「置いていけるわけねぇだろ。それにこっちは三人、あっちは二人、勝機はある」
「……リュートが…」
「聞いてくれ…確かに勝機はあるかもしれんが全員が足止めされると向こうに間に合わなくなる。もし、アストエネルギーの暴発が大天狗様だったら……!!」
「!大天狗…カンナギか」
「もう一度言うぞ。先に行け」
リオンにとって手負いのカムイを置いて行く選択は苦渋の決断だった。
彼をお人好しと評した人がいた。間違ってはいない。切り捨てる場面で判断が鈍る。リオンの脳内はあの日の"とある人物"の言葉を光景を思い起こさせていた。
『リオン、………』
「時間がない、か…リュウシン!」
「聞こえてたさ…!」
「行かせないよ!ルファ!!」
「…っはい!」
「させねぇ!!」
ユラユラと立ち上がったリュウシンは、殺意のオーラを醸し出していた。決して許した訳でも立ち直った訳でもない。殺意を向ける相手にリオンも含まれているが当の本人は気まずそうに目を逸らす。
誰かがスッと息を吸い込んだ事を皮切りに膠着状態が一気に解かれ戦闘が始まった。
「〈法術 水龍斬〉!」
「〈法術 水鞠〉ー!!」
リオンとリュウシンがカムイの声に応え、屋敷の扉へ向かう。二人を行かせまいとカムイと距離が離れたのを良い事にテマリが正面に回り込む。
瞬間、リオンの法術 水龍斬が炸裂した。技名から察する通り水属性の斬撃技は単純明快で扱いやすい。水龍斬を生身で受けるのを避けて、テマリも法術を発動した。空中に無数に浮かぶ円形状の水鞠をリオン目掛けて放つ。技同士が衝突し弾け合う。
「まだまだ!」
「〈法術 辻風〉!!」
テマリの法術は一つ、二つ破壊したぐらいでは止まらない自動追尾型。対してリオンの法術は純粋な斬撃型。テマリ本人の体術と合わせても捌き切れない訳ではないが、時間がない。リュウシンと目配せでタイミングを合わせ、リオンは空中に飛び上がった。
空いた一直線の空間にリュウシンの法術が放たれる。広範囲攻撃の辻風は水鞠を一気に破壊し、リオンは元の位置に着地した。即席のチームにしては上出来だ。
「少しはやるみたいだね…!」
「早いとこ行かなきゃなんねぇからな」
水鞠の破壊に巻き込まれぬようにお互い距離を取る。数秒の会話を交わし言い終わる前に地を蹴り再び一進一退の攻防が始まる。
「ルファ、お前じゃ俺には敵わないぞ」
「………分かってる、でも…」
「"言う通りにしないと怒られる"…か?」
「!……っ〈法術 弾骸飛礫〉!!」
「〈法術 狼爪〉!」
幾ら手負いであろうと戦闘経験の浅いルファと大戦を生き抜いたカムイでは何方が優れているかは、一目瞭然である。
ルファの法術、弾骸飛礫は文字通り無数の飛礫が弾丸のように襲い掛かる技だがテマリのような追尾機能は備えていない。カムイは法術を繰り出し飛礫を打ち砕きながら距離を詰める。身体に直接作用する狼爪は鉤爪部分に火属性をエフェクトを纏わせながら迫る。
「………!」
「はっ!?ゔっ…!!」
「リオン、リュウシン!今だっ!!」
遂にゼロ距離まで詰められカムイの攻撃をモロに喰らう。必死に抵抗するもののやはりカムイが一歩上手だ。勢いよく投げ飛ばし、テマリとルファが衝突し倒れ込んだ隙に二人は屋敷の破壊された扉に向かう。
「うぅ…」
「チッさせないよ!〈水鞠〉!!」
「そう来ると思ったぜ…リュウシン!俺らに向かって風を…!!」
「!そうかなるほど…〈辻風〉!」
流石、ユナの側に置かれるだけの実力はある。想定外の出来事だったにも関わらず、秒速で上に覆い被さるルファを押し退け法術を繰り出し扉の前に立ち塞がる。が然しテマリの行動を読んでいたリオンは直ぐ後ろにいるリュウシンに指示を出し切り抜けた。
「しまっ…!?」
「〈水龍斬〉!!」
リオンとリュウシンの立ち位置のお陰で成功したと言っても過言ではない。前方のテマリには決して見えない位置でサインを送る。指差す方向を辿り意図を理解したリュウシンは地面に片手を置いてリオン共々風の軌道に乗せた。先程の攻撃と違い殺傷力は皆無だ。
扉とは少しズレた高位置の窓に向かって二人の身体がふわり浮く。窓は固く閉ざされていたが水龍斬を斬り込み何とか潜入に成功する。硝子破片がリオンの頬を掠り少量の血液が滲み出たが、気にも止めていない様子で二人は暴発が起こった部屋に急ぎ駆け出した。
「ルファ!!!」
「っ!」
「今度はコッチが足止めする番だ!」
明らかに不機嫌で苛つきの隠せないテマリの叫びにルファは肩をビクッと震わせて尻もちをつき上目遣いで彼女を機嫌を窺う。
目は口ほどに物を言う。追いかけろと眼で訴える彼女に応えるべくこれ以上機嫌を損ねないように立ち上がり扉に向かうが二人の行く手を今度はカムイが阻む。
(保ってくれよ…俺の身体)
数日前の傷から鮮血が服を伝い滲み出る。二対一となった現場で友人思いの狼は一人静かに冷や汗を拭った。
――――――
カタカタと風が鳴る。夜の訪れを告げる風は少量の冷気を纏わせ、二人の間をすり抜けていく。
「…言っておくけど許してないからね。リュートを壊した事」
「悪かったって…だいたい楽器なんか持ち込む方が悪いと思うんだが…?」
「それは僕も悪いさ。でもあの時、リュートじゃなくて君のエトワールでも投げれば良かったんじゃない?」
「!これは…、御守みたいなもんだから壊したくなかったんだ……」
「ふーん…」
(壊すの前提だったんだ)
「それより、……」
「それより…?」
会話の最中にふとリオンが立ち止まった。釣られてリュウシンも足を止める。楽器破壊をそれよりで済まされ不機嫌顔になっていたがリオンは至って真剣だ。彼の次の言葉は、リュウシンの表情を変えるには十分だった。
「リュウシン…カムイの所へ加勢しに行ってくれないか?」
「何、を…チャンスを無駄にする気?」
「分かってる…!が幾ら戦士だったからと言って手負いを一人にはできねぇだろ…!」
余りにも真剣に拳を握り締めるリオンに反論する気がなくなり提案を受け入れた。まるで過去の経験を後悔している言い草だと心の中で密かに思うリュウシンは、来た道を振り返り戻って行った。
『リオン、早く行け!!なぁに時間ぐらいは稼いでやるさ…!』
彼の横顔は悔しそうに歪む。かつての仲間は今、何処に居るのだろう。
――――――
カムイSide
流血を伴いながらも何とか食らいつく。動く度に傷口が広がるのでテマリもルファも既に気付き執拗に傷口に狙いを定める。
元々、近接戦闘向きのカムイが広範囲攻撃が可能な二人を相手にするのが無謀だった。
(グッ…!?)
体術では此方が有利だったが如何せん出血量が多い。左腿の踏ん張りが一瞬効かなくなりぐらりと傾いた身体にテマリが覆い被さる。ご丁寧に出血量が多い左腿を踏みつけながら右手で首を絞める。足止めが出来ればよかったがそれも叶いそうにない。
(ここまで、か…)
「…っテマリお、…姐さん!!」
「は!?チッ…!」
?「あれ外れちゃった…ま、いっか」
(誰だ…?)
朦朧とした意識を呼び起こしたのは切羽詰まったルファの叫び声だった。瞬時に反応したテマリは窓から飛び出してきた"何か"を避ける為に後方へ下がる。咳込みながら上半身を起こし状況を確認する。"何か"は"誰か"でゆっくり視線を上げれば、先程別れたばかりの翠緑の彼が立っていた。
「リュウ……シン?」
「助けに来たよカムイ!」
「っ…バカヤロウ!何で来た!?」
「今さっき殺られそうになってたのによくそんな事が言えるね…。向こうはリオンに任せてきたから大丈夫。なんてったってリオンは暴走する四輪駆動を受け止められるんだ心配はないよ」
(四輪駆動?暴走…?)
後半の問わず語りは理解出来なかったが前半の台詞は御尤もだ。耳が痛い痛い。差し伸べられた掌に安心した自分がいたのも事実だ。心に余裕ができて自然と掌を握り返していた。この際痛みは無視しよう。
「〈水鞠〉!!」
「!」
「ーっぶね!?」
視界の端に映る水鞠を二、三度バク転で交わし後退した。俺とリュウシンは其々に襲い掛かる水鞠を迎撃する。テマリにも疲労と焦りの色が見え始め威力が落ちてきたので難無く対処できたが上手く分断されたようだ。
カムイVSルファ リュウシンVSテマリ
第二ラウンド開始ーー!!
「リュウシン、そっちは頼んだぜ」
「任せてリュートの仇は取る…!!」
「お、おお…」
(趣旨違くねぇか…?)
突っ込みはさておき、一度の目配せで同時に目の前の相手に立ち向かった。
「〈弾骸飛礫〉!」
「〈狼爪〉!!」
「ルファ!そろそろ自分で考えて行動する歳なんじゃねぇのか?分かってる筈だ。こんな事したってお前にメリット何か無い事は!」
「!……」
(メリットは無いけど…デメリットはある)
飛礫を避け、時には破壊し接近を試みる。会話を続けながらルファの心を揺らす。効果がイマイチだったとしても瞬間的な隙を作り出す事はできる筈。
地面についた右手を軸に回し蹴りを喰らわす。顔面スレスレの所を両手でガードされて
しまったが構わず力任せに脚を回し切る。完全にキマったとは言えないが数歩よろけたルファに体勢を立て直し再び体術に持ち込む戦闘経験が少ない故に生じたチャンスだ。
「ちゃんと自分で考えたのか?自分の意思でここにいるのか!?」
「それ、は……」
徐々に曇っていく顔色にトドメを刺す。テマリに届かないように声量を落とし囁く。
「テマリに言ってもいいんだぜ…。お前が心ん中でおばさんって呼んでる事を」
「!!だめっ、!」
胸倉を掴まれたときよりも分かりやすく顔つきから恐怖が伝わってくる。言ったが最後、確実に殺される。それでも尚心の中でおばさん呼びをしているのは微量の反抗心からきているのだろう。
「………ない」
「?」
「……わから、ない。自分の意思なんて……どれが正解…なのか……だから、従うしか…でも、でも……痛いのは多分、好きじゃないと………思う?」
ボロボロになりながら拙い言葉で己の心と向き合う。心臓の鼓動が何時もより早い。 彼にとっての限界である。
(そうだ…)
「それでいい…時間はたっぷりあるからな。気絶したフリ、しろ…終わるまで待っとけ」
「………っ」
ドロンと貂姿に変化すると茂みの奥へ隠れて縮こまるルファを背にして守るように尻もちをついた。万が一に備えて最低限の警戒態勢を敷きながら…と言ってもカムイに戦える
だけの余力は残されておらず、止血ぐらいでしか身体を動かせない。
怯えているのか、泣いているのか。ルファは小刻みに揺れながら次第に落ち着きを取り戻し静かに寝息を立てた。緊張が解けたようだ。
決着が着いていないリュウシンの助太刀をしようとするも立ち上がるどころか、情けない事に倒れ込んでしまった。止血はした筈だがアストエネルギーを使いすぎたらしく急激な眠気に襲われ気絶するように意識が闇の中へと向かった。
カムイVSルファ 勝者カムイ
―――
リュウシンSide
「ウチ、今イライラしてんだけど!」
「…アハハ、だろうね……」
(痛いと言うか、重いと言うか…ものすごく感情的だ)
一撃を確実にキメるテマリに防戦一方で対応するも勢いは止まらない。水鞠は自動追尾な為、自分で制御する必要が無く体術に専念できるが辻風はそうはいかない。水鞠を辻風で破壊しつつテマリ本体に当てるのは至難の業だ。
「とっとと倒れて〈法術 アクアード〉」
(なんだ!?……っ!!)
何だと思ったときには既にやられていた。衝撃波で脳機能が一瞬、停止し再び活性する状況を把握すべく薄っすらと目を開けた。
(血が…背中もやられた……)
一直線に突き飛ばされ屋敷の壁面に衝突した。額からは鮮血が滴り落ち、背中は鈍い痛みをガンガンと鳴らす。テマリの法術アクアードはどうやら身体機能を強化する技のようだ。カムイと同じくエフェクトをその身に纏う。余程早急に決着を付けたいと見える。
瓦礫を退け目に沁みないように額の血を右腕で拭い立ち上がる。追いつけない速さではない、一度目は不意を突かれたが二度目はヘマをする訳にはいかない。
「〈アクアード〉!」
洗礼された無駄のない動きが脅威に変わる。跳び蹴りを躱し法術の発動を試みるもテマリは地面に着地する直前で軌道を変えて後ろに回り込み、直撃とまではいかないが重い一撃が全身を駆け巡った。
一言で言えば年季の差が違う、只それだけだ。然しリュウシンもいいように翻弄されるばかりではなく反撃の機会を見極めていた。
(使うか?……"突風陣"を)
リュウシンとて術が一つだけとは限らないが法術 突風陣は少々リスクが大きいのだ。逆転できる可能性を秘めた一撃必殺の技だが発動後五秒のインターバルを要する。強力な技故に身体の成長が追いついてない。素人ならいざ知らず手練の相手なら尚更、五秒の差は明確に表れる。
(考えろ…何かあるはずだ)
『リュウシン!俺らに向かって風を…!!』
(…!この方法ならいけるか?迷ってる暇は…ない!!)
思考整理の途中、リオンの声が蘇りとあるアイデアが浮かぶ。辺り一帯を見渡しカムイらを巻き込まないように後退気味に誘導する。
「〈辻風〉!」
「当たらないよ!」
(当たらなくていい…!)
テマリは基本相手しか見ない。"ソレ"を浮かせた事にも気づいておらずリュウシンを仕留めにかかる。
(ここからは時間勝負だ)
「〈法術 突風陣〉!!!」
突風陣の発動には助走が必要なので一旦、距離を置く。相手に距離を置かれるとテマリは距離を詰めたがる。防戦一方だったから知る事ができた突破口である。
「!?」
(五…四…三…二…一……!)
お互い一気に距離を詰める中、リュウシンが一歩早く懐に入るがそのまま擦れ違う。振り返り技をキメようとするテマリだったがリュウシンのインターバルが三秒を切ったと同時に上空に視線を上げざるを得なかった。
「チッ…!」
(あのとき…か!!)
テマリ目掛けて降り注ぐ無数の瓦礫を彼女が無視出来る訳なく飛び上がって破壊する。
リュウシンが浮かせたソレとは瓦礫の事。アクアード使用時に崩れた壁面の瓦礫を利用出来たのは法術を攻撃以外の用途で活用させたリオンの言葉を思い出せたからだった。
そうこうしている内にインターバルは五秒を迎え、尚も瓦礫処理中のテマリに今度こそ法術を繰り出す。
「〈突風陣〉…!!」
「ゔっ!!?」
いくら彼女でも避けようのない衝撃が直撃し、空中で気を失う。地面に叩き落されぬようにテマリを抱え込み着地した。五秒のインターバルがある為、自由落下となったが然程問題はなかった。
リュウシンVSテマリ 勝者リュウシン
見上げた空は月夜を迎え入れていた。
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