第4話 秘密の一矢

 濡羽色に会いて、夜を見上げる。

――――――

『みて!!きれいな夕暮れ!』


ー.あの頃は何時も出掛けてた。大好きなクラールハイトの街を探索しまくった。


 俺とマホロとカンナギと。

 あの頃に戻れたら、戻れたら…

____ _ ____ _ ____

アサギSide


「ん…」

(ここは、俺の家か?…そうだ帰った所までは覚えてる…今は何時だ?あれからどれだけ経った?!)


 薄っすらと目を開けると見知った顔が二、三、四と心配そうに覗き込んでいた。まだ完全に目覚めていない脳は人数が多いなと呑気な事を感じ取る。


「良かった…。目が覚めたんだね」

「周りの連中に感謝しろよアサギ。ワシに知らせてくれたんだからなぁ。おっとまだ起き上がるんじゃないぞ」

「ヤシロじぃ…」


 ホッと胸を撫でおろす天音の隣で皺の増えた医者が一人胡座をかいていた。言われなくとも傷だらけの身体を動かせるほど俺は鍛えていない。視線だけを動かしてみれば旅人三名と、少し離れて懐かしい忍び装束姿のカムイと紅化粧師のウヅキ。ああ、部屋の入口付近にはミツとミワまで…。


 街で唯一の医者であるヤシロはアサギと同じ狐族で系列上はアサギの祖父に当たる。アサギとよく似た顔でアサギよりも丸っこい耳が特徴的だ。


「全く…。カムイに続いてお前まで無駄な血を流しおって…ワシは出るが、もう一度言うぞくれぐれも絶対安静。起き上がるな」

(まぁ言うても無駄か……)

「…ありがとうございました」

「辛気臭い顔をするな」

「いてっ!」


 去り際にヤシロじぃがお礼を言ったカムイに対してデコピンするのが見え、相変わらずの性格だなと心の何処かで変わっていない祖父に安心した自分がいた。因みにヤシロじぃのデコピンは結構痛い。


「何があったんだい?」

「その前に確認させてくれ。リオン、お前が騎士長のリオンで間違いないのか?」


 ヤシロじぃから楕円形の何かを受け取り袂に仕舞い込んだウヅキは痺れを切らして一歩前に出た。帰宅するまでの間に何があったのか、話したいのは山々だが俺には確認しなきゃならない事実があった。


「…嗚呼。黙ってて悪かった。俺は百年前の戦で死んだ事になってんだ…。だから"元"騎士長だ。それに騎士団もなくなっちまったらしいしな」


「そうか…。よかった、本当によかった。賭けてたんだ。騎士長だったら頼もうと」

「?」

「リオン、協力してほしい」


 痛々しい治療の痕が残る腕を見つめながら屋敷での出来事を思い起こしながら話した。


(…ミツとミワにとっては少し辛い話になるだろうな)

――――――

―回想―


「がはっ!!!」


 鈍い痛みが全身を襲う。息つく暇もなく身体のいたる所から痣が広がっていく。血反吐を吐いても収まるどころか益々、憔悴していくばかりで辛うじて意識だけは保っていた。

 血腥い部屋に案内されたときから嫌な予感はしていたが出来れば手鎖の無機質な冷たさは知りたくなかった。この手鎖は牢獄に備付けられている手鎖に酷似ている。特にアストエネルギーを封印する点において。手鎖をつけている限り、アストは封じられ狐姿にも変化出来ない。


 一体誰が何の為に造ったのか、大凡の見当はつくものの自分には到底理解し難く目を逸らさずにはいられない。


「…アサギ、自分が何故拷問されているか分かるか?」

「サッパリだ。…拷問なら質問ぐらいしたらどうだ?」

「………うん」


 背中を曲げ屈むとそれっきり眼前の褐色肌の男は縮こまってしまった。


「テマリおば………お姐さんは俺に押し付けてどっかに行ってしまったから…何を聞けばいいのか分からない」


『ウチの仕事終わり!拷問よろしくね〜ルファ!』

『拷問って何を…?』

『じゃあね〜』

『え』


「…だからって俺に訊くなよ」

「……うん。本当は俺もこんな事したくないけどテマリおば……お姐さんの頼みだから」


 深い溜息をついて更に縮こまる男の名は貂族のルファ。一言で言えばテマリの走狗。

 普段から表情が乏しく、口数も少ない為、彼の思考は誰も読めないが獺族のテマリとは正反対の性格である事は短い付き合いでも分かる。


「…取り敢えずこうすればいいかなって」


 取り敢えずでただただ傷つけられていたかと思うと甚だ馬鹿らしくなり、突っ込みそうになったが既の所でぐっと抑え込む。代わりに猛烈な眠気が時間差で襲ってきた。


「あ、今は寝ててもいい…と思う。でも夜になったらユナ様が来るからその時は…多分、起きなきゃいけないかな……?」

「だから俺に訊くな……」

「ごめん。痛いよね…。でもテマリおば………お姐さんやユナ様に逆らうともっと痛い…」

「ゔっ!?」


 閉鎖空間内では眺める空も無い。呻き声と謝る声が一晩続く。一方的にやられていればいずれ限界が来る。狐族の彼から声が聞こえなくなった。力無くぐったりとしている。


 ルファは一割にも満たない己の意思を振り絞り最後に申し訳なさそうに目を逸らすと

その場を後にした。

―――


「妾は心苦しいぞ…アサギ」

「そうかい」

(そんなこと、微塵も思ってないだろ…)


 閑散とした部屋に新たな音が加わる。扉の開閉音と足音で意識が戻り視線を上げた。露出の多い衣服を好む艶姿の彼女は猫又族のユナ。現在のクラールハイトの主様でもある。

 微笑みの下に隠した狂気の本性が牙を向く。


 何はともあれユナが現れたという事は既に日は落ちたらしい。ジリジリと気力を奪う痛みを悟られぬようにあくまで冷静を装う。


「して、答えは出たか?」

「?何の事だ」

「なんじゃ何も聞いておらぬのか。仕方ない

妾のものになるかどうか聞いておるのじゃ」


 語尾が甘ったるく熱を持つ。手鎖をなぞりながら至近距離で甘美に囁く。


「今更何を…!その話は何度も断っただろ」

「フフッ可愛らしい抵抗じゃな。妾はアサギがどうしても欲しい……もう我慢の限界じゃ。だから、逃げ場を失くすぞ」


 クラールハイトの主が変わり、マホロと離れ離れになった日から彼女の熱い視線は感じていた何度も『妾のものになれ』と誘われその度にはっきり拒否し断った。最近は姿すら見かけなくなったが、まさか強行手段に出るとは。なるほど、その為の拷問か。


「逃げ場を失くそうが俺の答えは変わらない。お前のものにはならない…!!」

「焦るな焦るな。確かにこの状況も逃げ場を失くしたと言えるがな…。アサギが妾のものにならぬと言うなら公開処刑じゃ。…アサギではないぞ?マホロじゃ…。目の前で愛するものを殺されたくはなかろう…?」

「ーっ!!マホロ……だと?」


 たったの三文字、それだけで全ての抵抗は無に帰してしまう。聞きたくなかった。ユナの口から彼女の名前だけは聞きたくなかった。

 ほくそ笑むユナから視線を外せず、ただ目を見開くしか出来ない。己が如何に無力であるか突きつけられたようだった。ジワリと肌を覆う布に滲む血が酷く気持ち悪い。


「……っそれだけは、…やめ」

「妾はとーっても優しい。一晩やろう、特別じゃ!場合によっては朱殷しゅあんを…解除してやってもよい。悪くない条件じゃろうて明日の晩よい返事を、待ってるぞ」


 なんて情けない。情けないを通り越して最早無様だ。

 今日まで誰もアサギを責める事はなかった。踏み込まない優しさの気遣いが却って彼が彼自身を執拗に責める結果となったのだ。


 上機嫌な猫又の彼女は優雅に去る。残された狐族の彼は見えもしない空を見上げ緊張の糸を解すように長い溜息を吐いた。

 悔しいのか、悲しいのか、苦しいのか…泣けもしないのに悲運振るのはやめろ。と俺の中で誰かの声が反響する。




 広く感じる部屋で心だけが未だ狭いままで。

―――


「さぁ返事を…」

「俺は………」


 来てほしくない明日に限って来るのが早く

感じるのは何故だろう。考えたところで何かが変わるわけでもないのに余計な事ばかり頭の中に繰り返し浮かんでは消える。現実逃避がしたいだけなのかも知れない。

 幼い頃に眺めていた空は少なくとも人工の天井ではなかった筈だ。もっと遠かった。


 俺の回答に満足したのか二対の尾はゆらゆら揺れ動く。法術を解除する気がないのは、彼女の性格を鑑みれば火を見るより明らかだ。


「っ!」

「愉しみじゃな」


 靭やかで形の良い爪先から紅が滴り落ちる前に痛みを感じ首筋を傷つけられたと気付く。


(…一体どうすればよかったんだ)


 これだけは言える。俺の心はこの先曇り空だ。月も太陽も雲隠れ、霞んで見つからない。

―――

 正確な時間も分からなくなり曖昧になった頃、扉のノック音が二、三度聞こえた。


(誰だ…?)


 ユナが丁寧に扉を叩いて入ってくる訳がない。もしやユナの側近のアウールか?テマリやルファの可能性もある。入室し姿を現す人物に途切れ欠けの気力を再集中させ神経を尖らせた。


?「旦那様、ご安心を。幼少期より主様と貴方様だけに仕えております。…私を憶えておいででしょうか?」


 胸に手を当て片膝を付く。前髪が揺れたのはその所為。存在感のある黒羽を、物腰の柔らかい声を、忘れられる筈がなかった。まるで重苦しい曇り空の隙間に陽光を見つけた瞬間のようだった。


「な…んで、カンナギ………」


 上手く発声できないのがもどかしい。記憶の中の人物と眼前の人物が一致した途端言いたい事が溢れ喉に詰まるから何度も唾を飲み込んだ。首筋に残る傷痕が地味に痛い。


「話せば長くなりますが…先日誰かを探しているらしいカムイを屋敷で見掛けました、…真っ直ぐこの部屋へ向かっておりましたので旦那様が捕われたのではないかと隙を見て本日、お迎えに上がった次第でございます」

「カムイが…っ!?」


 何故とは言えない代わりに気づけば自傷めいた一言を呟いていた。


「俺の事なんか放っておけばいいのに…」

「旦那様、手鎖を外しましょう。貴方様まで捕らわれる必要はありません。どうかお逃げください」


「!!何言ってんだよ……そんなことしたらカンナギは、マホロはどうなる……それに、法術がかかってる状態で逃げたところで意味なんか…っ!」

「お任せください。これ以上、主様や旦那様に傷を増やす訳には参りません」


「駄目だ…そんなのカンナギに余計、怒りの矛先が向かうだけだろ!」

「私めの心配は御無用ですから、どうかお気になさらず」


 カンナギの表情は分からない。百年前は確かに付けてなかった筈の面を被っていたから。視線と視線が妙に合わないのもその所為。


 手鎖は実に呆気なく外れ、自由の身となった。錆び付いた感覚の残る腕を動かしながら、どちらからともなく立ち上がった。


「さぁお逃げください」

「俺は認めない。カムイもいる…。俺の家に泊まってるリオンもリュウシンもいる。……だからカンナギもマホロも助ける、助けたい俺だけが助かったって意味ないんだ…!!」


 勢いに任せて口を動かせば自分でも知らない感情と思いが初めて舌に乗った。カンナギの表情は相変わらず分からない。驚いているようにも見えるし、苦しんでいるようにも見える。


「リオン……!?リオンとは、もしやあの騎士長のリオンですか?」

「騎士長?そんな事一言も、いや…」

(訳有だって言ってたよな……)


『訳有なんだ。泊めてほしい』

『赤い糸?』


「もし本人なら確かに助けてくれるかも知れませんね……旦那様、お時間です。お逃げください」


 恐らく、カンナギは冗談で放っただけだろう。だが然し賭ける価値は十分にあった。

 月が回ればツキも回るらしい。ドロンと狐姿に変化し、早足で駆け出した。


「カンナギ、リオンが騎士長だったら必ず助けに来るからな」


―――

 彼は一度も足を止めなかつた。


 数日振りの夜風が傷に染みる。歩を進める度に傷口が裂け足元が覚束ない。


 痛い痛い痛い。心臓の音がやけに耳に付く。搔き消すように脳内を支配し、反響する楽しかったあの頃の思い出たち。色褪せない穢れなき思い出たち。


『アサギ!』

『旦那様…』


あの頃に戻れたら、戻れたら…


―回想終了―

――――――


「…だから協力してくれないか?」

「勿論だ、ハッそれに元々救出しに行くつもりだったんだ。状況がちょっと変わっただけだ」


「他でもないアサギの頼みだ。任せろ」

「僕がいる事も忘れないでよ?これでも"風使いの街ゼファロ"の出身だからね」

「!……ありがとう」


 傷付いた民を見棄てる筈がなかった。安心させるように笑ってみせるリオンの姿は正に頼れる騎士長そのものだった。続くカムイも友人の頼みに快く承諾し頷いてみせた。


 風使いの街ゼファロとは、王都付近の街で多くの風使い達が住まう活気溢れる街だが故に大戦被害も大きく王都同様に壊滅状態に陥ってしまったらしい。態々、ゼファロを強調するあたりリュウシンは自分が生まれ育った街や住人等を最期の瞬間まで戦い抜いた戦士だと考えており、自慢したいとみえる。


「奇襲つってもタイミングがある……一番勝率が高いタイミングはいつだカムイ?」

「それなら深夜から早朝に掛けてだな。作戦の練り直しもしなきゃなんねぇし兎に角大天狗様が稼ぐ時間を無駄にはできない」


 多少の変動は有れど事は順調に進んでいた。ただ………気掛かりが一つ、


「嘘だ!!!そんなの…絶対嘘だっ!」

「ミツ…」


 肩をワナワナ震わせて紅潮する肌を隠しもせず仔烏が一羽叫ぶと未熟な羽を広げ、開け放たれた窓から飛び去って行った。


「ミワ、ミツに伝えてくれないか?カンナギは裏切ってなんかいない。ずっと二人の事を見守っていると」

「えっあ、そのボク…まっ待ってよミツ!」


 ミワはミツがいなくなった事とアサギの言葉で戸惑い、途中まで何かを言いかけていたがミツを追いかける事を優先し同じように飛び去って行った。直前、窓の縁に足をかけようとしたミワにリオンが一声かけた。


「もう一ついいか?ミツを見つけたらこう言っとけ」

「?」


―――


「大天狗様って…?」


 二人が消えた円窓を眺め天音がふと遠慮がちに尋ねた。彼女だけではない、リオンもリュウシンも何度も聞く大天狗とカンナギについて関心を持っていた。あまりクラールハイトの事情に深く突っ込むつもりは無かったが、どうにも根深い因縁があるらしく思い切って訊けば、ウヅキとアサギが交互に答えてくれた。


「大天狗・烏天狗…簡単に言えば烏族の頂点ってやつさ、本来ならそれぞれの地位に一人ずついる筈だったが前にも話した通り烏族はほぼ全滅したからね、最年長で主様に仕えていたカンナギ様がその地位を継承したのさ」

「…あの日以降カンナギはユナの私物になった。二人の目線からしたらユナ側につき裏切ったように見えてしまうんだ」


――――――

 何時もの場所に何時もの影。片割れは今日も誰もいない暗い森を見つめる。


「やっぱりここに居た…ミツ、戻ろ?」

「アサギ言ってた。カンナギ様は裏切って

なんかいないって…」


 機嫌が悪い時のミツは数秒遅れて返事をする。普段よりも低い声で。門番の仕事があるからと大半の時間を森で過ごす彼だが本人が勝手に言ってるだけで門番の仕事なんて存在しない。


 森の奥深く、特に"霊獣の墓場"には何があるか分からない危険な場所。ミワもアサギも行かせたくないが止める事もできない。


「……オレに構うな」

「でも…ミツ!」

「だからオレにかまうな…っ!?」

「!」

「あ…、悪い」


 少しずつ変化していく環境につい前のめりになった。ミツの振り解く腕が運悪く、ミワの顔面に直撃し、衝撃で尻もちを付く。瞬間ミワは初めて堪忍袋の緒が切れたような感覚になり今まで抑えていた感情が溢れ出た。


「ミワ?大、丈夫か…?」

「ミツの……、ミツの意気地なし!!!泣き虫!弱虫!!何かあるとすぐ逃げる癖に!」

「ーっ!はぁぁ!?取消せよ!!」

「取消さない!!ずっとそうやって逃げてればいいだろ!!」

「取消せ!!」

「嫌だ!!!」


 口喧嘩だけで収まるほど冷静な状態では無かった。最初に手を出したのはミツ、余程罵倒されたのが癪に障ったらしい。ミワも意地を張り、やり返してしまった。手が出て足が出る。体格も力も変わらない。二人は血が出てもお構いなしに取っ組み合う。大人からすればくだらない喧嘩かもしれないが本人達は真剣だ。



「…はぁはぁ」


 暫く殴り合っていたが、時間の経過で怒りも落ち着き息を整えた。雑に汗を拭い向き合う決着が着かない事は最初から分かっていた。然し、感情の発散には効果的だったようで、ミワはとある人物からの伝言を思い出した。


「伝、言…リオンから」

「は?」

「『この国を変える前にまずはこの街を

変えてやる』」

「!…なんで今言うんだ…待てってミワ!」


 確かに伝えたからと早口で呟くとミワは踵を返し振り返ることなく翼を広げて飛び去った。


 ノロノロと移動するからミツはすぐにミワに追いついく。互いに話すこともなく無言で向かう先はアサギの家。仲直りの握手は要らない、証が無くとも片割れには伝わるから。


(また、だ。…また、あの人に言ってほしかった言葉をアイツが……)


――――――


「あ、帰ってきた!おかえりなさ…って」

「アンタ達まで怪我してどうすんのさ……」


 ウヅキの大きな耳が小さな羽音を捉えた。烏族の二人が無事に帰ってきてホッとした半面、喧嘩でもしたのか擦り傷だらけの二人の顔を見て若干呆れながらも迎え入れた。

 心配する天音は急いで戸棚から簡易救急箱を取り出そうと立ち上がった。


「他の皆はどこ行ったんだ?」

「まさか、もう屋敷に…?」


 家に入る前、近くの溜池で土汚れを落としていた為二人の髪からは雫が滴り落ちていたがそんな事よりも人数が減っている事の方が気になったらしい。それもそのはず、奇襲組だけが居ないので既に屋敷に向かった後かと勘繰りたくもなる。計画では夜出発と話していたのに今はまだ夜前、空模様が変わり始めやっと日が傾きかけてきた頃だ。


「あ〜…それは、だな」

「うっ…本当にゴメンナサイ……」

「?」

「アハッアタシ的には面白かったけどね!」

「??」


 一瞬固まった後、分かりやすく縮こまる天音にフォローになっていないウヅキのトドメが彼女の胸に突き刺さる。

 疑問符を浮かべる子供の為に楽しげに耳を動かす夜兎族の紅化粧師はこれまた楽しそうに語りだした。


「アンタ達がいなくなった後にね…」

――――――

―回想―


「ねぇアサギ、その赤い糸触れるの?」

「俺は触れるが他はどうか分からん…何なら試してみるか?」


 奇襲組が作戦を練っている頃、話し合いの邪魔にならないように移動し少し遠目で眺めていたが流石に静かに眺めているだけでは、飽きたらしく天音は安静状態のアサギと会話していた。時折、暇そうに欠伸するウヅキも会話に加わった。


「ああ構わんがそんなに気になるのか?」

「えっと…気になるっていうか、…運命の赤い糸が呪いみたいになるのは嫌だなって」

「運命の赤い糸?」

「うん…!私が元々居た場所では好きな人と自分に赤い糸が視えたら運命なの!」


「ハッそりゃいい!アタシの紅と似たようなモンだね。無事に全部終わったら紅化粧師の仕事見せてやるよ」

「本当!?」


 弾む会話の合間にそっと糸に手を差し伸べると、パッと光り輝き赤い糸は"消滅"した。


「!!法術が消えた…!?」

「今のは一体……」

「……ェ」

「何だ」

「リ、リオン…どうしよう」

「どうしようって…天音何したんだ?」

「さっきの光、何かあったの?」


 瞬間的な光を見逃すほど気を抜いてはいない。リオン、リュウシン、カムイの三人にも光ははっきりと見え、そして光と共に一瞬だけ姿を現した赤い糸も見えていた。血の気が引き顔面蒼白の天音はリオンに助けを求めるも、この状況を理解している人間は天音とアサギだけである。


「……バレたかもしれない」

「いや、……確実にバレたな」

「簡単に言えばユナ側に俺が逃げた事が知られた……」

「!」

「え!?それって結構マズいんじゃ…」

「…計画変更今すぐ出発だ…」


―回想終了―

――――――


「それで居ないんだ」

「……」

「そっそんな目で見ないで…!!」


 ジト目のミツとミワ、涙目の天音。三者三様に過ごす夕暮れに願い事一つ、無事であります様にと心の奥底から祈っていた。祈る事しかできない自分達に一欠片の悔しさを混ぜながら。


(他の人が触ると消えちゃうなんて…あ、でも他の人にはそもそも視えないんだっけ?じゃあ何で私には視えていたんだろ…)


――――――

―――

 運命の赤い糸に似たアサギとマホロを縛る朱殷が消えた直後、二人の女性が対極の反応を見せていた。


 一人は激しく憤怒し、

朱殷しゅあんが消えたじゃと!?」


 一人は狐の彼を憂慮し、

「法術が…っアサギの身に何か……?」



 今宵の月は何方に行くのだろうか。沈む夕陽に映る十六夜の月は確かに此処に。




 透明な世界に音色がカラカラと滲み始めた。

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