第二話 運命

 目を覚ますまで、ずっと夢をみていた気がする。


 そこでのわたしは、取るに足らない存在だった。

 他と同じ雑多な存在として、そこにいる。

 その集団には、わたしなんかとは比較にならないほど大きな影響力をもつものがいて、いつもそのものが優先される。

 効率を重視した結果、一つひとつの<個>よりも、特定の<どれか一つ>を優先するほうが得策で、誰を対象にすれば、全体の成果が最大になるかが検討されるからだ。

 そして選ばれるのは、いつも一番影響力をもったものになる。

 そんな全体の道理など、つゆ知らず、選ばれない側、その他に埋もれる存在として、わたしは、ただ、そこにいた。

 なんの意思ももたずに、ただ、そこに、いるだけ。

 

 ずっと、こんな殺風景な夢をみていた気がする。



 長い沈黙に耐えられず、わたしは彼に自分が知っていることを話した。

 自分の名前がアルファであること、ここが組み立て工場で、最新型機器を組み立てるラインであること、目覚める前の夢のこと、そして意思をもったものはラインの最後に再びもとの物体にもどること。

 なぜ、意思をもてたのか。

 その疑問にだけは、答えることができなかった。


「あるふぁ、ってなんだか呼びづらいね」

 彼は、恥じらいを帯びた笑みを浮かべた。

 話をする過程で、彼の警戒心が少しずつ和らいでいることに、わたしは気づいていた。

「あーちゃん、じゃあ、馴れ馴れしすぎるか……、あるさん、は?」

 彼は、あくまで至極真剣に、愛称の提案をしているようだった。

「じゃあ、それで」

 わたしは、うなずいた。

「あなたのことは、何て呼んだら良いかしら」

 彼は、ふん、と口をふくらませたまま、黙り込んだ。



「あるさんの二つぶんだから、あるある、とか」

 わたしは、思わずふき出した。

「あるある、は、ちょっと……さすがにヘンよ」

 ふーん、と彼はまた黙り込んだ。

 わたしは、さっきから考えていた呼び名をいってみることにした。

「ベタ、はどう? アルファの次がベータで、それをローマ字読みしてみたの」

「うん、……うん、それがいい、それにしよう」

 彼は、よくわかっていないようだったが、名前は気にいった、という素ぶりだ。

「うん、じゃあ、名前はそれでいいよ。それで、さっきの夢の話だけど」

 ベタは、身を乗り出した。

「大勢の雑多な存在、って意思をもたない、ここにある他の部品のこと?」

 は、ベタを見つめた。

「そう、わたしもその一つだった。けれど、何かの拍子にわたしたちは意思をもってしまった」

「それが、影響力をもつもの、つまり、ぼくたち……か」

 あるは、うなずいた。

「わたしたちの他にもたくさんいるのかもしれない、わたしたちが知らないだけで。または、意思のないフリをしているだけかも。いずれにせよ、少なくともわたしたちは選ばれた。だから、こうして意思をもって話ができている。そう思うの」

 ベタは首をかしげた。

「でも、選ばれたからなんだっていうの?自分で気ままに動き回って世界を見渡せられるわけでもないのに」

「わたしたちには使命があるの」

 あるは、はるか遠くを見た。

「この先に、赤いレーザーポインターで線引きされている境界線があるの。そこを越えれば、意思はなくなる。またもとの何もない、ただの部品にもどる。そして人間のための道具の一部になるのよ。昔、フラッシュが教えてくれたわ」

「フラッシュ? それに人間って……」

 ベタは、わからん、という素ぶりをみせた。

 あるは丁寧に、ことの真相をベタに伝えた。歩き回っていた白装束のものたちは機械ではなく、人間にんげん、という名の有機体で自分たちとは性質が全く異なること、自分たちが人間の利用する機械の一部品であること、そしてこのままベルトコンベアを進めば、いずれ意思は失われること。

「フラッシュ、っていうのは?」

 ベタは、あるに訊いた。

「フラッシュも、ここの機械なの。ただ、わたしたちとは違ってずっとここで雇われているわ。一度だけ、向こうの机上に並べられたときに話をしたの。それっきりだけどね」

 ベタは、うなずき、あるは話を続けた。

「わたしたちは、人間のために作られた機械の一部よ。いずれ意思は失ってしまうけれど、何かの役に立てるなら、わたしはそれで十分」

 あるは、それ以上何もいわなかった。

「その、どうして、あるさんだけ、身体が、その……」

 ベタは、ずっと気になっていたことを、あるに訊いた。

 あるは、ベタのいいにくそうな様子を察していった。

「わたしだけ、使われる部位が違うの。だから、みんなと違う。機械の一部になることには、変わりないんだけどね。それでも、完成品の一部として、天寿を全うできるなら、悔いはないわ。本当よ」


 あるは、ベタよりも先に意思をもってから、ずっとひとりでこのラインに揺すられてきた。いずれ意思は失われるという事実を抱えながら、ただラインを流れて天井を見つめるだけのせいが、どれほど孤独だっただろう。

 ベタの目は、あるをとらえていた。


 ベタはいった。

「ここから、逃げ出しませんか?」

 ベタの声が、あるには確かに届いていた。だが、あるが、え、といったとき、そのはベタをみていなかった。

 ベタは背後から近づく人間に気づいていなかった。その人間に取り上げられ、ラインから持ち出されるまでは。

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