有機の檻

神崎諒

第一話 目覚め

 初めに見たものは、長短さまざまな鉄骨が複雑に組みあがってできた、吹き抜けの天井だった。

 ここがどこで、何が起こっているのか、なにひとつ分からないが、ぼくがわずかな振動とともに進むマットの上に横たわっていることだけは、確かだった。


 あたりには破片のようなものや、両先が丸まった器具のようなものなどが転がっていて、そうした在り様から、ここが何かを組み上げるための施設のような場所なのだろうと思った。

 ほこりっぽさと酸化しきったオイルの匂いが混じり、鼻を突き刺してくる。

 

 手もとを見た。

 ぼくには自分の身体を自由に動かすためのすべはなく、薄汚れた鈍い灰色のボディが、くもった蛍光灯の明かりで照らされ、そしてその光は、すべからくボディに吸収されている。

 身体二つぶんほどの間隔をあけて、前にも自分と全く同じ姿形のがいる。

 その前にも、さらにその前にも、いる。

 長い一本道は、ぼくたちを乗せて彼方かなたまで続いている。


 やがて、ぼくは自分がそれまでのから、意思をもったに変異を遂げてしまったのだと悟った。

 自分も、もとは周りと同じだったのだが、どういうわけか、ぼくだけが意思——自分で考えられる能力——をもってしまったらしい。


 一本道のまわりでは、白装束の機械のようなものたちがうろついていた。

 機械は、マット上のものを持ち上げたり、なにやら凝視したりしているのだが、どうも彼ら——ぼく以外の——には、自分にはあるような意思が、無いらしい。


 なぜ自分だけが、どういった経緯で意思をもてたのか、しばらくそのことだけを考えてみた。だが、てんで見当がつかない。


 そこにさっきの機械(のようなもの)が、またやってきて、ぼくをもちあげた。

 ぼくは他と同じ、あくまで従順な存在として、

<無>を演じた。


 幸い、機械は、ぼくが異物であることには気がつかず、もとの位置に戻してから立ち去った。


 一本道の微妙な揺れが、吐きけをさそうほどに気持ち悪かった。


「もしかして、しました?」

 後ろからだ。

 ぼくの前に、ものが続いているように、後ろにも、ものは続いている——と、勝手に思っている——。

 声がしたのは、すぐ後ろ、後ろのものが、声をかけたのだ。

 突然のことで、声が出なかった。

「落ち着いてください、大丈夫です。わたしもあなたと同じで意思をもっています。あなたよりも、かなり早い段階で目覚めました。わたしはあなたの味方です」

 

 透き通った風鈴ののような声だった。

 ぼくはそのものを信用していいのかわからず、黙っていた。

「わたしのいうことが信じられなくても構いません。ただ、わたしはあなたと少しお話がしたいのです。他の同じ方とお話をするのは初めてですから」

 言葉の語尾に、恥じらいを感じた。

 このものが果たして信用に足るのかどうか、話をしてから決めることにした。

「あなたにも、意思があるのですね、驚きです、自分だけのことだとばかり思っていました。意思をもつと、話ができるようになるのでしょうか」

「はい、ご返答くださってありがとうございます。どうやら、そのようです。どういった成り行きでこうなったのかは分からないのですが、少なくとも、ここは何かの完成品をつくる工場で、わたしたちはその<部品>らしいのです」

 何の話だか、さっぱりだった。

「カンセイヒン、とは、つまりぼくらが……」

「静かに。来ます」

 そのものが言葉をさえぎると、さっきの機械がまたこちらに近づいてきた。標的は、ぼくのようだ。

 息をのみ、他のものに同化しようとする。

 機械は、ぼくをもちあげて、全体をじろり、と見回す。


 しばらく品定めの時間が続いた。

 だが満足したのか、機械は、ぼくをさっきとは前後が逆になるようにして置くと、再び立ち去っていった。

 ぼくは、はじめて声のぬしを見た、そして絶句した。

 見て明らかだった。そのものは、身体の左半分が欠落していたのだ。









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