【第2章】第2話「厳しい現実」

まず目に飛び込んできたのは、かつての人類文明の名残を示す廃墟の数々。かつてのビル群は長い年月を経て崩れ落ち、その上を覆う植物たちは新たな命の証しとして鮮やかに繁茂していた。


さらにその先には、灰色の砂漠が広がっている。広大な砂の海には、かつてここにあったであろう文明の残骸が、風に吹かれて砂丘の中にあちこち埋もれている。

「何だあれ……」

思わず息を呑む。今更ながら自分の向かう先がどんな場所なのかと不安になってきた。

ディックも黙って窓の外を眺めている。

「俺が運ばれる先はどんな場所なんだ? 俺たちに何をさせるつもりなんだ?」

内心の焦りや怯えを隠すように鋭く聞き返すサキトに、操縦士は穏やかな声で答えた。

「《外》には、いくつもの集落がある。これから君たちが行く場所は、その中でもかなり厳しい環境のところだよ。まあでも最低限ではあるが政府からの補助もあるだけマシだと思うけどね」

今後の君たちの生活がどういうものになるのかまでは分からないよ、と操縦士はすまなさそうに肩をすくめた。


「もうすぐ着くよ」

一応集落と言えば田園地帯のような場所だろうと、わずかながら希望を抱いていたサキトは、地上の様子を見て思わず息を呑んだ。

一言で言うなら、荒れ地。よく見ると、畑や田らしき場所もあるが、ほとんどは岩がごろごろしている荒れ地だった。林は黒々としていて、ところどころ崩れたコンクリートの壁や折れた鉄柱が見えている。

やや開けた場所に支援物資の入ったコンテナを下ろした後、ヘリコプターはゆっくりとその近くに着地した。

「さあ、降りて」

降り立ったサキトがまず感じたのは、うだるような暑さだった。暦の上では夏は終わっていたから油断していた。黒いシャツなど着ているから、よけいに暑い。思わず袖をまくると、強い紫外線が、容赦なくジリジリと肌を焼いた。


先にヘリから降りたディックへと視線をやると、暑さにやられたのか、ぼうっとしている。何か声をかけようとしたとき、いきなり後ろから声をかけられた。

「ようこそ、プライム・リージョンへ」

その声はやや低いが、女性のものだ。

振り返ると、長い黒髪に黒い瞳の美しい女性が立っていた。突然のことに戸惑っていると、彼女は腰に手を当てたまま、サキトとディックを値踏みするかのようにじろじろと見た。

「ちっ。若い働き手が増えると思ったけど、イマイチだね。特にそっちの小さい子」

その態度と外見のあまりの差異に、サキトはますます戸惑う。小さい子と呼ばれたディックは、シュンとしてうつむいてしまった。

「まあいいわ。言い忘れたけど、私がプライム・リージョンの統率者、カヤよ。以後よろしく。黒髪が人殺しのサキト、金髪が逃亡者のディックね」

二人の少年に口を挟む隙も与えず、てきぱきと自己紹介を終えると、カヤは後ろを向いて合図をした。

「はいはい。全く人使いの荒い・・・・・・」

ぼやきながら現れたのは、白衣を着た銀髪に淡い青色の瞳の青年だった。

「やあ、初めまして。カーティと言います」

 愛想よく挨拶しながら、手に持っていた服と農具をサキトとディックに手渡す。

「何だよ、これ」

サキトが怪訝な顔をする。

「決まってんでしょ、それ着て働くのよ。農具もちゃんとあるし、問題ないわ」

「はあ? 何でそんなこと俺がしなきゃなんねーんだよ」

「あんた見たでしょ? ここがどんな状態か。とてもじゃないけど、あんたたちにタダで食わせてやるほど豊かじゃないのよ」

辛辣なカヤの言葉に、穏やかそうに見えるカーティまでもが大きくうなずく。

「まあ最初は、政府が援助する食料も多少は分けてあげます。でも正直、それがなくなったら面倒見きれません」

サキトは早くも、ドームの外に逃げたことを後悔した。これならおとなしく自首して少年院にでも入った方がましだった。

「やってられっか」

ぽいっと作業着と農具を放り投げる。途端にカヤの顔色が変わった。農具の中から鎌を手にして、サキトに詰め寄る。予想外の事態に、サキトは青ざめた。

「わああ! 何すんだ、あぶねーだろ!」

「うるさい! 甘ったれるな!」

ぶん、と鎌が顔を掠める。サキトは思わず尻もちをついた。その喉元にカヤが鎌を突きつけ

る。息を詰めていたサキトは、やっとの思いで息を吐き出した。カヤは今度はディックへと視線を移す。

「そっちの坊やも、わかった?」

ディックは引きつった顔で、何度もうなずいた。カヤはやれやれという表情で、カーティの方を振り返った。

「この二人はあんたに任せるわ」

その言葉にカーティはやや不服そうな表情を浮かべつつもしぶしぶと引き受けた。カヤが邑の畑へと向かうのを見届けた後、カーティは二人の少年へと向き直った。

「さあとりあえず、邑を案内しますか。立てるかい、少年」

まだ座り込んだままのサキトへと手を差し伸べる。しかしサキトは立ち上がろうとしない。

「おやおや、もしかして腰でも抜けましたか?」

サキトはカーティを無言で睨みつけた。どうやら図星だったようだ。

「仕方ないですねえ、しばらく待ってあげましょう。君も座りなさい」

カーティはサキトの隣に腰を下ろすと、ディックに向かって手招きした。

「なあ。……あいつって、いつもああなのか?」

「あいつって、カヤさんのことですか? 怪我せずに済んでよかったですね。まあ最近はまだおとなしくなった方ですし」

事もなげにカーティは答える。

「あれで……おとなしくなった?」

サキトは今更ながら、ぞっとした。

「無法地帯っていうのは、本当なのか?」

無法地帯だとわかっているつもりだった。だけど、カヤの言う無法地帯は、サキトの思っていたものより、ずいぶん厳しいもののようだ。

「罪を犯しても罪にならない、犯罪者の楽園だと思っていたのに。それにびびっちまうなんてな」

「君なんて、犯罪者としてはまだまだ甘いってことですよ。私に比べてもね」

さらりと言われた言葉に、サキトは思わず目を見開いた。どう見てもこの優男風の青年が、そんなことをするとは、とうてい信じられなかった。

「まあ、だから私が君たちの世話役に選ばれたんでしょうけどね」

さあ行きましょうか、とカーティは穏やかな口調で続ける。ディックもずっと強い日差しの下にいたせいか、ひどく辛そうだった。

「これをやらなくていいのか?」

とサキトはちらっと農機具に目をやる。

「今日はヘリでの長時間移動の疲れもあるでしょうし、明日からで構いませんよ。少し診療所で休んでから、邑の中でも案内しましょう」

そう言われ、ディックはホッとした表情を浮かべた。

今度こそ立ち上がろうとして、サキトは顔をしかめた。どうやらまた、腰を抜かしてしまったようだ。

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