第17話 親父が残したもの
腕輪のオーブでテレポートが出来ることが分かって、俺は暇を見つけては実験を繰り返した。
距離はどのぐらいテレポートできるのか、複数の人を連れてテレポート出来るのかなどだ。
それによると、一度行ったことがある場所ならどこにでもテレポートできるし、行ったことがない場所でも距離や方向を強く思い浮かべればテレポートで行けることが分かった。
ただその場合は、高度にも気をつけなければいけないこともわかった。
実は、距離と方向だけ念じてテレポートしたら、高度はそのままでテレポートしてしまい、出た先で三メテル程落下してしまったのだ。
幸いそこは砂地だったので事なきを得たが、よほどのことがない限り、一度も行ったことがない場所に地図などだけを見てテレポートするのはやめたほうが良さそうだ。
そして、テレポート先に何か障害物が有ると、テレポートできないことがわかった。
また人数については、俺と触れていれば複数人を連れていける。
そこで今日は、後回しになっていた親父が俺たちに残してくれた物を見るために、俺とユリー、エレナ博士とイーサンの四人で、テレポートを使って再びスフィンクスがあった洞窟にやってきた。
親父のメッセージによると、ここはステイシア大陸ではないらしい。
テレポートから出ると、あれから何も変わっていないようだ。
例の巨大な扉は開いたままで、スフィンクスの石像も壊れたまま床に散らばっていた。
「私まで来てよかったの? ショウとエレナ博士でっていうメッセージだったんでしょ?」
ユリーが聞いてきた。
「俺たちは、もう仲間だからな。どうせ後で説明するなら一緒に見たほうがいいさ」
ユリーが笑顔になった。
「ありがとう」
「ユウタはもったいぶってるけど、どうせ大したものじゃないわよ」
と、エレナ博士。
「でも、この腕輪も残してくれたんだ。いいものの可能性もあるさ。さあ、入ろう」
俺がそう言って先頭になり、扉の中に入る。
「この腕輪はそこの台座の上にあったんだ」
俺がそう言って台座の近くに行くと、再びあの立体映像のメッセージが出てきた。
「この人がショウのお父様なのね?」
ユリーが立体映像を見て。
「ユウタ……」
と、エレナ博士はつぶやく。
俺たちはそのまま、メッセージを聞いていく。
すると、途中でエレナ博士が何かに気がついたようだ。
「ん?」
「どうした?」
俺が聞いた。
「今、女性の声が聞こえなかったか?」
「え? そうか?」
エレナ博士がもう一度聞きたいと言うので、一旦離れてから再び台座に近づいてメセージを聞くことにした。
「ほらここ」
「ああ、たしかに」
親父がメッセージを録画する際に、近くに女性がいたようだ。
もちろん、姿などは映っていない。
鮮明には聞こえないが、
「あなた、移住先は言わないほうが良いわ」
と、彼女が言っているようだ。
ああ、彼女が言わないように止めたんだな?
なぜかな。
でも、エレナ博士は違う所に引っ掛かったようだ。
「あなた、だと!?」
エレナ博士が怒り出した。
「ああそうか。もう戻れないから向こうで結婚したのか」
「私というものがいながら!」
「しょうがないじゃないか」
「ショウ、帰るぞ!」
「せっかくだから、あの扉の先を見てからにしよう」
「むー」
エレナ博士の怒りは簡単には収まりそうもない。
「もしかしたら、金銀財宝があるかもしれないし」
「本当だな?」
「いや。わからないけど」
「もしなかったら、どうしてくれよう」
俺はなんとかエレナ博士をなだめて、親父のメッセージにあった奥の扉の前にやってきた。
「えーっと、開け方は……」
「あの紋章じゃない? ほら」
ユリーが指した扉の脇の壁には、バロア邸の地下遺跡の扉にあったような紋章があった。
「ああ、これか。それじゃあ開けるよ」
俺が腕輪をそこに近づけると、その金属製の扉がカチャリという小さな音とともに開いた。
俺は手を掛けて扉を大きく開く。
すると、その扉の奥の通路に自動的に明かりが点いた。
そこから先は石造りではなく、白っぽい壁で、それは見たことがない素材で出来ているようだ。
皆で扉の奥に入り短い通路を抜けると、十メテル四方ほどの部屋に出る。
その部屋の中央には椅子が一つ置いてあった。その横には台座もあり、その台座には複数の水晶がセットされている。
さらに、部屋の奥には別の扉もあるようだ。
「これって、もしかして」
俺の言葉に、エレナ博士が返す。
「レリックの教育装置ね……」
「つまり、何かの知識を得られるわけだ」
エレナ博士がちょっと考えを巡らせた後、その椅子に座ろうとする。
「大丈夫なの?」
ユリーが聞いた。
この教育装置のレリックは、水晶に保存された知識を他の人に転送することが出来る。
逆に、空の水晶を台座の所定のスロットにセットすると、椅子に座った人が思い描いた知識を水晶に記憶させることも出来る。
この教育装置はステイシアで子供の教育などにも使われているが、それで水晶から転送される知識は検証済みのものだ。
例えば個人の日常生活の記憶などが転送されると、二重人格のようになってしまう危険性が知られている。
「大丈夫だろう。それに、あいつが残したんだ。つまり私の知らない知識。レムル文明に関する知識を得られる可能性が高い」
「なるほど」
と、俺。
親父はエレナ博士が魔導工学や物理の知識があることは知っているから、すでに知っている知識であるわけがない。
つまり、レムル文明の失われた知識を残した可能性が高いわけだ。
そして、学者にとって新しい知識は、お金以上の価値が有るに違いない。
先程まで帰ろうと言っていたエレナ博士が、自ら進んでそこに座った。
すると、椅子のヘッドレストの部分から黄色い光が出る。
黄色のオーブの力で、横の台座にセットされている水晶に保存されてる知識を、頭に送り込んでいるわけだ。
十分ほどすると、知識の転送が終わったようだ。
エレナ博士がため息をついた。
「ふう」
「どうしたんだ?」
俺が聞いた。
すると、エレナ博士が興奮気味に勢い良く立ち上がる。
「すごいぞ、ショウ。今までわからなかったレムルの知識が……ほら、私が前に言っていた半魔導体を利用した自動計算装置。あれも、すでにレムルでは実現されていたんだ。実はイーサンもその技術が使われているらしい。……そうか……ああなるほど……え? そうだったのか」
エレナ博士が得た知識に興奮し、一人で納得しているようだ。
すると、ここでイーサンが言ってきた。
「みなさん。私のメモリーのロックが只今解除されました」
え?
そういえば、引き出そうとしても引き出せない知識が有ると言っていたな。
「そうか。私がこの知識を得るまでは、オーバーテクノロジーだったから封印されていたのか」
と、エレナ博士。
「それだけではありません。私はこの奥にある工房で、二千年前に前社長によって作られた事も思い出しました」
「でも、ショウのお父様は、イーサンを見つけた後に二千年前のレムルに飛ばされたのよね? もーよくわからないわ」
ユリーはちょっと混乱しているようだ。
「それって、親父が自分で作って未来の自分に渡るようにしたってことか」
俺が言った。
「うーん。なんとなく分かるけど……もし、イーサンを見つけていなかったらどうなったの?」
「鶏が先か卵が先か、というのと同じかな?」
俺はエレナ博士が何か答えをくれるかと思ってチラッと見るが、エレナ博士はまだ先ほど得た知識に夢中のようだ。
俺は肩をちょっとすくめて、話題を変える。
「それでイーサン。あの扉の向こうに工房があるのか?」
「はい。私たちのようなヒューマノイドや、魔導具などを作れる工房や、レムル文明の粋を集めて作られた飛空船と造船ドッグもあります」
「なんだって!?」
「飛空船といっても、現在主流のボロいものではありません。海にも潜れたり、宇宙にも行けるぐらいの高性能な船です」
「宇宙?」
「行こうと思えば、この星の外に行けるということです」
「どうせ、何もないんだろ?」
「そうでもないようですよ」
「ふーん。まあ、そのうち行ってみるのもいいかもな」
「あとはたしか、紫のオーブの在庫も多数あるはずです」
「売ろう」
と、エレナ博士。
いつの間にか俺たちの話を聞いていたようだ。
「でも、紫のオーブが急に市場に大量に出ると、やばいんじゃないか? バレたら絶対どこかの国が手を出してきたり、下手をすると犯罪組織などからも目をつけられるだろうから、売るにしても目立たないようにやらないと」
俺が言った。
紫のオーブは戦略物資と言っても過言ではない。
これがあれば、各国は軍艦などを作れるからだ。
「やり方は考えないとね」
「そうでした。向こうの応接室に、さらにエレナ博士や社長宛のメッセージがまだあるはずです。ご案内します」
イーサンがそう言って、俺たちを奥へと案内していく。
イーサンの後について廊下に出ると、廊下は結構長く奥まで続いていそうだ。
「この施設は、けっこう大きいんだな」
と、俺。
するとイーサンがすぐ近くに有る廊下の窓へ案内する。
「この窓から、造船ドッグと飛空船が見えますよ。施設の大きさが実感できると思います」
俺たちは、その窓の向こうを覗いてみる。
すると、二千年も前に作られたものにも関わらず、未来的で巨大な造船ドッグと、俺たちのフロンダーと同じぐらいの大きさの飛空船があった。
ただしその飛空船のデザインは今まで見たことがないような、かっこよさだ。
「あれか。すごく、かっこいいな。船の名前は?」
あれにくらべれば、俺たちがいつも使っているフロンダーなど原始時代のおもちゃだ。
「社長が付けてください」
「そうだな。宇宙にも行けるなら……『スターダスト』ってどうだ?」
「社長にしては、センスがいい名前ですね」
「社長にしては、は余計だ」
「そして、ここのドッグは戦艦クラスの飛空船も造れる大きさがあります」
「戦艦クラスか。なんかすごいな」
「それに、ここにはこれからご案内する応接室以外にも、宿泊施設や台所など、生活をする上で欠かせないものも揃っています。旧大陸やステイシア大陸からも離れていますので、いざとなったら身を潜めるには最適ですよ」
「身を潜めないといけないことんなて、そう起きないだろ?」
「わからないわよ」
と、エレナ博士。
「でもいくら工房や造船ドッグがあっても、材料がなけりゃあ宝の持ち腐れだな」
「そう言うと思ってました。実はこの島は資源が豊富で、大抵のものは島内で揃います」
イーサンが言った。
「もしかして、この島って大きいのか」
「ステイシアほどではないですが、ステイシアの十分の一ぐらいはあると思います」
「待ってくれ。それって旧大陸の一つの国ぐらいあるんじゃないか?」
「そうですね」
「そうですねって、簡単に言ってくれるな」
「そして、この島の周りには一種の結界が張られているので、今の人類がここを見つけるのは困難です」
「そうなのか。……それで、あの飛空船はすぐ飛べるのか?」
「飛べますが、先に前社長のメッセージを聞かれたほうがいいのでは?」
「ああ、そうするか」
俺たちは、そこからすぐ近くに有る応接室にやってきた。
「でも、二千年経っているわりには埃一つないし、建物も朽ちてないのね?」
ユリーが聞いた。
「ここには、私のようなヒューマノイドも多数いてメンテナンスをしていますし、レムル文明の技術は高度ですから、二千年ぐらいで朽ちる様な作り方はしていません」
「そのヒューマノイドは、何人ぐらいいるんだ?」
今度は俺が聞いた。
「現在は千人です。工房で作ろうと思えばいくらでも追加できます」
「千人だって!?」
「しかし、素材を集めてきたり、ドッグで船を作るにはギリギリの数だと思います。現在は五十人だけ稼働していて、あとは休止状態のはずです」
「なるほど」
でも、この施設や飛空船は予想外だったな。
俺たちが応接のソファに腰掛けると、イーサンが魔導具を操作する。
「では、再生します」
「エレナ、ショウ」
親父の立体映像が現れた。
エレナ博士はもう吹っ切れたのか、もう表情は平常に見える。
親父のメッセージが続く。
「前の部屋のメッセージにも残したが、俺は二千年前のレムルに飛んでしまい、元の時代に戻れなくなってしまった。俺はこちらでレムル女王の庇護を受けて難なく暮らしているが、お前たちのことがずっと気になっていたんだ」
「ん? 女王?」
エレナ博士が女王という言葉に反応したようだ。
「さっきの女性の声は……もしかしたら」
と、俺。
親父は女王と結婚したのかもしれないな。
親父のメッセージは続く。
「そこでお前たちに、この島やドッグなど、それと知識を残すことにした。そうすれば俺がいなくなっても、なんとかやっていけるだろう」
なんとかって……。
でもやはり、最大の権力者である女王と結婚しなければ、こんなものは残せなかっただろう。
親父のメッセージは続く。
「ところでショウ。お前にこれを言ってあったか気になっていたんだが、母親のことだ。言ってあったかな?」
「え? 一度も聞いたことがないぞ」
「仕事が忙しくて、おまえに言う機会がなかった気がするからな。この機会にちゃんと伝えておく。ショウの母親はエレナだ」
「「「えええええーーーー!?」」」
そこにいる皆が声を上げた。
「記憶がないから、てっきり私は……」
エレナ博士は言いかけてやめた。
おそらく俺が、親父と他の女性との間に出来た子供だと思っていたのだろう。俺もそう思っていた。
「まってくれよ。どういうことだ?」
と、俺。
親父のメッセージが続く。
「エレナは大病を患って、その当時は医者から余命二年と宣告された。そこで、治療方法が見つかるまで魔法による仮死状態に入ることになった。しかし、仮死状態は長くなる程記憶が薄れていくというデメリットがある。そこで俺とエレナは相談し、念の為にエレナの記憶をレリックの教育装置で水晶に保存しておくことにした」
「それは覚えているわ」
と、エレナ博士。
「その後エレナは、もしかしたら永遠に戻れないと思ったのか、子供が欲しいと言った。そこでショウが生まれた。その後産後の体調が戻った後、エレナは魔法による仮死状態に入った。そして十四年後、病気の治療法がやっと見つかってエレナを仮死状態から戻したわけだが、恐れていた通り記憶はほとんど失われていた。そこで再び水晶から記憶を戻しわけだが、その記憶にはショウを生んだ記憶が無かったはずだ」
「そういうことか」
エレナ博士がもう助からないかもしれないと思っていた親父は、俺には母親はもう死んだと言ったわけだ。
だから俺は、母親は死んだのだとずっと思っていた。
しかし、十四年後エレナ博士は仮死状態から戻されて、病気も治った。
退院すると親父はエレナ博士を連れてきて、そのまま親父はエレナ博士について何も言わなかったものだから、俺はてっきりエレナ博士は親父の愛人だとずっと思っていた。
「その後仕事が忙しくて、二人にはっきり言っていなかった気がする。すまん。というわけだから、あとはうまくやってくれ」
「あとはうまくって……まったく。あいつはいつもアバウトなんだから」
エレナ博士が怒っている。
「急に言われてもな」
俺はそう言ってエレナ博士を見た。
「そういえば、過去見のヨネばあさんが言っていたのはこのことか」
そういえば、なんか言ってたな。
「あっ。ところで前から疑問に思っていたんだ。俺が魔法を使えるのって、かあ……じゃなくてエレナ博士が魔法を使えるってことか?」
照れくさくて「かあさん」なんて言えない。
エレナ博士がニヤリとする。
「今、母さんって言おうとしただろ」
「い、いや。これからも、エレナ博士でいいいだろ?」
「ふん。まあ、いいけどね。でも、これで心置きなくこき使えるわ」
「くっ」
「ああ、それで魔法だっけ? 私が使えるのは言ってなかったっけ?」
「聞いてない。でもそれって、どこかの貴族だったのか?」
庶民でも稀に魔法が使える者がいるらしいが、それは本当に稀だ。
「私がどこかの国の王女だったらどうする?」
「え? ……また、からかって。そんなわけないだろ!?」
エレナ博士は片方の口角を上げたが、本当なのか冗談なのかわからなかった。
「冗談はさておき、あの飛空船やこの施設を有効活用しないとね」
「やっぱり冗談なのか。でも、あの飛空船は目立つよな」
「カモフラージュ装置が付いているから、見た目だけ変えることができそうよ」
「カモフラージュ装置ってなんだ? それは、さっきの教育装置で得た知識か?」
「そう。ショウやユリーも、話についていけなくなるから、あとで教育装置でレムルの知識の概要だけでも学んでおいたほうが良いわね」
「そうするか」
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あとがき
これで第一章は終わりです。
第二章はしばらく経ってから、開始予定です。今後ショウ達はレムル文明の高度な技術を駆使して敵と戦ったり、新たな女性が押しかけてきたりします。
この話と並行して、現代ファンタジー「月には魔力とダンジョンが有る」をカクヨムで連載していますので、そちらの第二章を書き終えてから、こちらの第二章にとりかかる予定です。
しばらくお待ちください。
平民の俺に王侯貴族の令嬢が押しかけてきて、どうすればいい? 中川与夢 @AtomNakagawa
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