第13話 怪物

 俺とユリーはピーターの情報を得るために、一時間ほど住宅街を歩いて聞き込みをしたが、未だに決定的な情報は得られずにいた。

 

「ちょっと休むか」


 ユリーがちょっと歩き疲れたようなので、俺が提案した。


「そうね」


「喫茶店でもあればいいんだけどな……」


 そう言って俺は辺りを見回すが、住宅ばかりで店などは無さそうだ。


「それじゃあ、あの公園でいいんじゃない?」


 ユリーが指した先を見れば、公園が見えている。そこに行けばベンチもあるだろう。


 俺はエレナ博士に魔導フォンで連絡を取る。

「エレナ博士。ちょっとこの先の公園で休憩するから」


(公園ね? 私たちも車を近くに持っていくわ)

 

 俺たちはそのまま歩いて公園にやってきた。 

 すでに日は落ちて辺りはだいぶ暗くなってきているので、公園内の所々にある魔導灯が点いていた。

 公園の中心には直径二百メテルほどの芝生の広場があって、その周りに遊歩道や木々が配置されている。

 地方都市の住宅街にしては、わりと大きな公園だ。

  

 俺とユリーは、その遊歩道の途中に置かれたベンチに腰掛けた。

 

「しかし、聞く人によって様々だったな」

俺が言った。


「人によっては猿とか、怪物とか、白くぼやっとして空を飛んでいたとか、緑だったとか、みんな違うことを言っていたわね」

「どういうことだろう。怪物や幽霊、魔物や動物と色々なものが同時に徘徊しているとか?」


「え!?」

ユリーが嫌そうな顔をした。


「さすがにそれはないか」


 すると、後ろでカサッという音がした。


「キャ」

ユリーが小さく悲鳴をあげて、俺の腕にしがみつく。


 俺はショルダー・ホルスターの魔導ガンに手を掛けながらすぐに後ろを振り向くが、何もいないようだ。


「何もいないよ。風だったのかもしれないな」

「そ、そうなの?」 


 ユリーはハッとして、俺にしがみついていた手を離して、恥ずかしそうにする。


 えーっと。


 俺もちょっと照れくさくなり、話題を探すために公園を見渡した。

 カップルとかが歩いていてもよさそうなのに、公園には俺たち以外誰もいないようだ。

 いや。カップルがいちゃいちゃしていたら、かえって気まずかったかもしれないから、これはこれでよかったか。


「そういえば、この公園って人が全然いないな」

「時間が中途半端なんじゃない?」

「そうか。そろそろ夕飯の時間か」

「美味しそうなレストランがあれば夕飯にしたいけど、ここは住宅街だし」 


 俺たちが公園のベンチでそんな話をしていると、今度は上の方からバサッという音が聞こえた。

 

「ん?」

俺は上を見上げてみる。


「どうしたの?」

「今、何か音がしたような……」


 すると、俺の向こう側を見たユリーが悲鳴を上げた。

「キャーーー!」


 俺はすぐにその方向を振り向いて見ると、そこには怪物がいた。

 体が猿のようで、頭は豹の様。そして背中にはコウモリのような翼が生えている。

 

 な、なんだこれは! 


「グギャーーー!」

その怪物もユリーの悲鳴に反応するかのように叫び声を上げてきた。

 

 その怪物はすぐに襲いかかってくるかと思いきや、どうやらユリーの悲鳴で一瞬だが怯んだようだ。

 俺はその一瞬を使って、ユリーの手を取ってすぐにベンチから立ち上がって怪物から距離を取った。

  

「シールド」


 俺はすぐにユリーと俺の周りにシールドを張って、ショルダーホルスターの魔導ガンを抜いて、改めて怪物を観察してみる。

 ユリーはシールドを張っているにも関わらず、まだ俺の背中に隠れていた。

 

 遠くから見れば、確かに猿と言えば猿に見えなくもないな。


 次の瞬間怪物は俺たちに飛びかかり、長く鋭い爪で攻撃して来ようとしている様だが、シールドに阻まれてそれ以上近づけないでいる。

 

 俺は魔導ガンを発砲した。

 銀のオーブによるシールドは、内側からの攻撃はそのまま通してくれる。


 怪物も、魔導ガンを見てとっさに避けようとしたみたいだ。

 しかし、俺が撃った魔弾は怪物の翼の部分に当たって小さな穴をあけ、怪物は悲鳴を上げた。


「ギ、ギャーー!」


 怪物は、もしかしたら反撃されるとは思っていなかったのかもしれない。たいそう驚いているような表情だ。

  

 街の中で魔導ガンを携帯できるのは警察や軍、そして免許を取得した者だけなので、あの怪物は今までは一度も反撃をされたことが無かったのかもしれない。

 もちろん俺は、レリック・ハンターを始める時に免許を取っている。

 

 怪物は後退あとずさりして、俺たちが追ってこないと見るやきびすを返して逃げ始めた。

 猿のような走り方だ。

 

 どうするか。仕留めるべきか。それとも……。


 そこに、エレナ博士とイーサンが到着した。

「どうしたの!?」


「怪物だ! あそこ!」

俺が指をさした。


 怪物は逃げながら時々飛ぼうとするが、すぐに着地する。翼を痛めているからか、木々の間をうまく飛べないのかもしれない。

 飛ぶのを諦めて猿のような走り方でそのまま公園の外に出るようだ。

 

「車で追うわよ」


 エレナ博士がそう言ってイーサンと一緒に車に戻り始めたので、俺もシールドを解除してユリーの手を引いて二人の後を追った。

 

 車に戻るとイーサンがそのまま運転席に座り、すぐに発進できるように準備を済ませ、その間に俺とユリー、エレナ博士が追いついた。

 俺は助手席に座って、エレナ博士とユリーが後ろに座る。

 皆が乗ると、イーサンがすぐに車を発進させた。

 

「どこ行った?」


 俺の言葉にイーサンが家の屋根の上を指す。

 

「あそこです」

 

「やはり飛べるのか?」   

「しかし翼を怪我しているようで、上手く飛べていないようです」

   

 少し飛んでは次の家の屋根に着地し、再び少し飛んで屋根に着地を繰り返している。


 しかも、飛ぶ際には翼が少し光っているようだ。

 

「あれって……あれが白い幽霊の正体なのね。これで噂や目撃者の証言がまちまちだった理由がわかったわね」

と、ユリー。


「逃げていく後ろ姿しか見えなかったけど、どんな怪物だったの?」

エレナ博士が聞いてきた。


「体が猿で頭はたしか……豹、背中には見ての通りコウモリりのような翼が生えているんだ」


「そんなのは、動物にも魔物にもいません」

イーサンが言った。


「まって。それって伝説上の怪物、ガーゴイルみたいだわ」

と、エレナ博士。


「あの、屋根の上にある彫刻ですか?」


「しかしあれは想像上のもので、そんな生き物はいないはずなのよね?」

ユリーが聞いた。


「考えられるのは……魔法生物か」

エレナ博士がそう言って腕を組んだ。


「え? 魔法生物?」

「そう。二十年ぐらい前かしら、そういうものを作る実験が行われたと記録に残っているわ。魔法技術で、二つ以上の動物や魔物を掛け合わせるのよ」

「そんな事ができるの?」

「その時は失敗して、その掛け合わされた動物は死んでしまったらしいわね」


「今回、誰かがそれをやったということか」

俺が言った。


「二十年前に行われた実験についての資料は読んだことがあります。実験を行ったのは、魔物研究家のジェルマンという名前でした」

と、イーサン。


 そのジェルマンが研究を続けていて成功したのか。それとも別のやつがやったのか。

 

「それで、あの光っているのはなぜなんだ?」


「おそらく、風魔法か何かを補助にして飛んでいるんだろうけど、魔力に敏感な人には白や薄緑に光って見えるのね」

エレナ博士が答えた。


「そういうことか」


「風魔法を使っているなら、あの体の大きさでも人を抱えて飛ぶこともできそうですね」

と、再びイーサン。


 ワシなどの猛禽類は自分の重さと同じ獲物を運べることもあるそうだが、コウモリの様な哺乳類翼手目は通常は自分の体重の半分ぐらいまでが限度らしい。

 ガーゴイルがコウモリの一種かどうかはわからないが、仮にそうだとして、あのガーゴイルの背格好は人間と同じぐらいだったから、普通なら人間の子供程度の大きさの獲物を運ぶのがやっとだろう。

 しかし、風魔法を使って飛べるのなら、成人男性を運ぶことも出来そうだ。


「それじゃあ、失踪したピーターは、あれに連れ去られたのね?」

ユリーが聞いた。


「そういうことななんだろうな。しかし、なんのために? 食べる為なら、普通はその場で食べるだろ? しかし、遺体も血痕も発見されていない」

俺が前方右上の屋根の上を飛ぶガーゴイルを見ながら。


「巣に連れ帰ったか……あるいは、誰かの命令でさらったとか?」


「そうかもしれないな。あの怪物の戻る先で、その答えも見つかりそうだ。イーサン、見失うなよ」

「大丈夫です」 


 もう夜なので俺は何回も見失いかけるが、イーサンにはわかっているようだ。

 古代文明が残した魔導人形。その能力は人間を超えている。

 

 

 俺たちはそのガーゴイルの後を車で追いかけた。

 幸いだったのは、そのガーゴイルの知能がそれほど高くないことだろう。

 俺たちが追っているのに気がついていない可能性もあるが、振り切ろうとしたりせずに、どこかにまっすぐ向かっているようだった。

 

 やがて、そのガーゴイルは大きな屋敷の裏庭に入っていった。


 イーサンがその屋敷の裏門を通り過ぎた所で車を止める。

「どうやら、この屋敷の中に入ったようです」 

 

「この屋敷は?」

俺が聞いた。


 エレナ博士が地図で確認している。

「これはバロア男爵の屋敷だわ」


「なんだって!?」  


「まさか、バロアが関係しているの?」

ユリーも驚いている。


「たまたま逃げ込んだのか、それとも関係しているのか。中に侵入して確かめるか……」 


「私も一緒に行ったほうがいいですか?」

イーサンが聞いてきた。


「イーサンは車に残って、ユリーやエレナ博士を守っていてくれ」


「わ、私も行くわ」

と、ユリー。


 ユリーは行くとは言ったものの、ガーゴイルに対して少しは恐怖心も残っている様に見える。


「ガーゴイルが相手だ。無理しなくてもいいよ」

「ここは貴族の屋敷だから、私がいたほうがいいわ。私なら彼よりも位が上だから、なんとでもなる」


 男爵に降格され謹慎中とは言え、バロアは貴族だ。

 俺たち庶民が屋敷に無断で侵入して見つかれば、ただでは済まないだろう。

 

 その点ユリーは貴族の頂点、公爵家の令嬢だ。

 実際には公爵令嬢は爵位がないので位が上というわけではないのだろうが、親である公爵の庇護があるし、王位継承権第二位ということもあるので、事実上位が上と言ってもいいのだろう。

 侵入してもし見つかっても、男爵は処分を受けたばかりで肩身が狭いし、遠回しに嫌味を言ってくるぐらいで済む可能性が高い。

 

「なるほど。じゃあ、いっしょに行ってくれるか?」

「うん」


 俺とユリーは車から降りた。

 

「一応、オートシールドを掛けてから入ろう」

「わかったわ。オート・シールド」

「オート・シールド」


 まずは俺たちは銀のオーブの力で、オート・シールドを起動しておいた。

 これで、急に襲われても大丈夫だ。

 

「でも、この中にどうやって入るの? まさか、門でバロアを呼ぶわけじゃないわよね?」


「これを使う」

俺はそう言って腕輪を見せた。


「そうか。紫のオーブも付いているんだったわね?」


 紫のオーブだけだと浮遊するだけだが、それにプラスしてまだ何色かはわからないがもう一つのオーブの機能を組み合わせれば、自由に飛び回ることができることは実験済みだ。


「じゃあ、飛ぶぞ」 

「うん」


 ユリーは返事をして、俺に両手で抱きついてきた。

 

 え?

 そんなにきつく抱きつかなくても、大丈夫なのに。


 銀のオーブもそうだが、手を軽く触れているだけでその人にもオーブの力が及ぶし、本来はオーブの持ち主が思い描いた対象を含めることができるので、触れていなくても大丈夫だ。

 

 俺は一応ユリーの肩に軽く手を添えて、オーブの力を使ってゆっくりと飛び上がる。

 上から見た限りでは、見張りの兵士などは近くにいないようだ。

 俺はそのまま、バロア男爵邸の壁を乗り越え裏庭に降りた。

 

「さて、問題はこの大きい邸内のどこにガーゴイルが行ったかだ」


「裏庭に降りたようには見えたけど……あっ。あそこは?」


 ユリーが指したところを見ると、男爵邸の裏庭の地面から少し突き出た土台のようなものがあり、そこには扉が付いていて、今はその扉が開いたままになっている。

 

「あそこに逃げ込んだのか」


 俺たちは周りに注意をはらいながら、その扉のところに近づいた。


「見回りの兵士がいないのね?」

「もしかするとだけど、兵士がガーゴイルと鉢合わせしないように、この場所はわざと巡回していないのかもしれない」

「そっか。あのガーゴイルはそれほど知能が高くなさそうだから、兵士に会ったら味方でも見境なく襲う可能性があるからね?」

「でも、もしそうならバロアがこの件にも関係しているということになるな」

「やっぱり、降格と謹慎ぐらいじゃ甘すぎね」

 

 その扉の所まで行って下を覗くと、その先は階段になっていて、どうやら地下室につながっているようだ。

 所々に小さな魔導灯があるようで、薄暗いが先が見えていた。

 

 俺たちは顔を見合わせて、一緒に階段を降りていく。

 そして、服のボタンの魔導具に魔力を流して、これから起こることを録画しておくことにした。

 

 階段を静かに降りながら足元をよく見ると、階段の所々裸足の足跡がついている。


「これって……」

ユリーが小声で言ってきた。


「たぶん、あのガーゴイルの足跡だ」

「やはり、ここで間違いないわね」


 二十段ほどの階段を降りきると、数メテル先に木製の扉があった。

 俺たちはその扉に近づいて、まずは耳を着けて中の音を聞いてみる。

 

「ギャギャッ」

「おー、どうした。怪我をしているではないか」


 中からあのガーゴイルの鳴き声と、しわがれたような声が聞こえてきた。

 

「ギググギ、ギギ」

「そうか。それは可哀想に」

「ギッギ、ググギグギ」

「まさか、つけられたのか?」 

「ギ?」

 

 すると、俺たちがいるドアの方に向かって歩いてくる足音。

 俺たちは顔を見合わせると、それぞれ魔導ガンを抜いた。

 

 どうやらこの扉は内開きで、体当りすれば開きそうだ。

 先手を取るか。

 

 俺がドアに体当りすると扉は勢い良く開き、俺とユリーは魔導ガンを手に持ったまま部屋の中に走り込んだ。

 すると、今の足音の主と思われる男が五メテルほど先で、俺たちの方を向いて立っていた。五十歳ぐらいで背中が曲がっている。

 その男の片手は壁際に有る何かのレバーに掛けられていたのだが、その男がニヤリとしたように見えた。

 次の瞬間、男がそのレバーを倒すと、俺たちの頭の上で何か音がした。 

 

 なんだ?

  

 上を見ると、俺たちの上には大きなおりが吊る下げてあり、その檻が落ちてきた。

 

「あっ」「キャ」 


 ドーン!

 大きな音とともに檻は床に落ちて、俺たちはその中に捕まってしまった。


 しまった。

 

 檻は金属製で重くて頑丈そうだ。一人や二人の力ではどうにもならないだろう。 

 

「うぉっほっほっ。人間が二人もかかったぞ。おかげで捕まえに行く手間が省けたな」

その背中が曲がった男が、さも楽しげに言ってきた。


 捕まえに行く?

 やはり、前回ピーターをさらって、今回もまた人間をさらおうとしていた、ってことか。

 でも、何のために?


 俺は魔導ガンを彼に向ける。

 

「ここから出せ!」

「無駄だ。そのおりは魔法を遮断する機能がある」

「なんだって?」


 特殊な魔法金属でも使っているのか?

 それとも、何かの魔法陣でも設置してあるのか。

 しかしそれが本当なら、魔力を使う魔導ガンは使えないってことだ。

 

 いや、もしかしたら逃れるための嘘かもしれないな。

 

 俺は試しに引き金を引いた。

 すると発射された魔弾は、その鉄格子の隙間を通り抜けずにその付近で霧散してしまう。

 

「わかったか?」

 

 いったい、どうしたらいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る