第12話 失踪事件
公爵令嬢のユリアナは、結局家を出て俺たちのところにやってきた。
どうやって説得したかはわからないが、父親の公爵がよく許したものだと思う。アシハラ王国には「可愛い子には旅をさせろ」という
ただ、家を出る条件として、ユリアナはどこにいても居場所が分かる様なネックレス型の魔導具を持たされた。
先日誘拐にあったばかりだから、ご両親が心配するのは当然だろう。
とにかく、ユリアナは俺たちの仲間になって皆からユリーと呼ばれ、今はそのユリーと俺、イーサンで事務所のソファで暇を潰していた。
ユリーは洋服のカタログを見ていて、俺とイーサンはチェスをしている。
エレナ博士はというと、ユリーからそのネックレスの魔導具を預かって、今はその魔力パターンを解析しているらしい。
それがわかっていれば、ユリーが再び誘拐されるようなことがあっても、俺たちでも居場所が分かるようになると言っていた。
エレナ博士が自分の部屋から戻ってきた。
「ユリーありがとう」
エレナ博士がそう言って、ユリーにネックレスを返した。
「私のためでもあるから、お礼を言うのは私の方。ありがとう」
ユリーはすぐにそのネックレスを自分の首に着ける。
「解析できたのか?」
俺が聞いた。
「わかったわよ。これでもし再びユリーが誘拐されても、私たちでも居場所がわかるから。ショウも持つ?」
「俺が誘拐される理由はないから」
「これは初めて持たされたんだけど、どうやって私の場所が分かるの?」
ユリーが聞いた。
「そのネックレスの中には、十六個の火、水、土、風のごく小さな魔晶石が規則的に配置されていて、それが出す魔力波動を特殊な魔導具で探知するのさ」
「それじゃあ、その探知する魔導具があれば、他の人にも居場所がバレちゃうんじゃないか?」
俺が聞いた。
「その十六個の魔晶石の組み合わせは数億通りのパターンがあるから、そのパターンを知らない人が探すのは事実上不可能ね」
「ふーん?」
エレナ博士は説明しながら、ユリーの前のソファに座って新聞を読み始めた。
「さて。何か面白い記事は……?」
俺はチェスの駒を動かしながらユリーに聞く。
「ところで、あのスパイとかから何か分かったのか?」
「どうやら、センテカルド王国のアルペルド伯爵が黒幕らしいわね。センテカルド王が後ろにいるかどうかまでは、わかっていないみたい」
「アルペルド伯爵? でも、よくそこまでわかったな」
「千里眼のユニーク魔法使いに頼んだみたいよ」
千里眼ということは、おそらく水晶玉か何かで、遠くで起きていることを見通す力があるんだろう。
攻撃魔法や生活魔法を使える人はかなりいるが、ユニーク魔法使いは数十万人に一人と言われている。
さらにそのユニーク魔法は個人によって千差万別なので、同じ千里眼のユニーク魔法使いは世界にもう一人いるかいないかというレアさのはずだ。
「そんな魔法使いもいるんだな」
「千里眼を持っているユニーク魔法使いは王宮にいるわ。……あれ? これって言っちゃいけないんだっけ」
そうだろうな。
そんな魔法使いを囲っているなんて情報は、王家も秘匿しておきたいはずだ。
「はは」
俺とユリーが話している間ににも、イーサンがチェスの駒を動かした。
「次、社長ですよ」
「おう……それで、バロア伯爵は罪を認めたのか?」
俺は駒を動かしながら、続きをユリーに聞いた。
「ジェイムスにそそのかされて、あの誘拐犯たちを雇う為の資金を提供したし、あとで自分が遺跡に乗り込んで私を助ける芝居をしようとしていたって自白したそうよ」
「それじゃあ、バロア伯爵は処分されるのか?」
「男爵に降格の上に一年間の謹慎ですって」
「他国の言いなりになるような人間に、国の要職は任せられない、ということか」
「でも、処分が甘いわよね。もっと厳しくしてくれればいいのに」
ユリーはまだ怒っているみたいだ。
そりゃあそうか。
今の所黒幕であると思われるセンテカルドのアルペルド伯爵の目的は、ユリアナと結婚していずれ国王になるかもしれないバロア伯爵を通し、影からのステイシア王国の支配を目論んでいたのだろう。
そしてアルペルド伯爵が資金を出すのではなく、バロア伯爵に資金を出させたのは、彼を共犯にしたてあげて弱みを握るのが目的だったに違いない。
旧大陸の鉱山の埋蔵量が減ってきていて、今や旧大陸の多くの国がステイシアの資源に頼っている。ステイシアが輸出を止めれば死活問題なのだ。
そのステイシアを影響下に置けば、旧大陸の他の国に対しても影響を与えることができる。
すると、新聞を読んでいたエレナ博士が、興味深い記事を見つけたようだ。
「ほう? そのバロア男爵の領地、プリア・シティで失踪事件だと」
「それは?」
俺が聞いた。
「十五才の少年らしいが、警察が探しても全然行方がわからないらしい」
「なんだろうな」
「どうせ失踪するなら、バロア男爵が失踪すればいいのよ」
と、ユリーがクッキーに手を伸ばしながら。
そうとう嫌わているな。
エレナ博士が次の記事に目を移した。
「こっちもプリア・シティだけど、幽霊や怪物の目撃情報だと」
それを聞いて、ユリーが少しビクッとする。
「プリア・シティで何が起きてるのかなっ……と」
俺はそう言いながら、目の前のチェスの駒を動かした。
それを受けて、俺の向かい側でチェスの相手をしていたイーサンが駒を動かす。
「チェックです」
王手だ。
「えっ? ……ちょっと、まった!」
「だめです」
そこに、「ピヨピヨ」と、チェス盤の横に置いてあった仕事用の魔導フォンが着信を知らせた。
以前はもっとかっこいい音だったが、ユリーが「かわいくない」とかで、この音に変えてしまったのだ。
俺はこれ幸いと、魔導フォンに手を伸ばす。
「もしもし……はい……はい。ちょっと待って。皆に確認するから」
「どうしたの?」
「ギルドからの仕事の依頼だ」
俺は魔導フォンを保留にし、もう片方の手でチェス盤を勢い良く脇にどけて、魔導フォンをそこに置く。
すると駒がいくつか倒れて、イーサンが何か言いたげな顔をしたが、俺はそれを無視する。
「魔導フォンで依頼されるの?」
ユリーが、意外だという表情で俺に聞いてきた。
「昔は依頼を受けるのにギルドに行って依頼が出るのを待っていたみたいだが、今は魔導フォンがあるからな。ギルドはその依頼にふさわしいと思ったチームに、まず打診してくるんだ。そして受けると、あとで詳しい資料を魔法郵便で配達してくれる」
ギルドはその仕事内容に応じて、過去の実績やチームのスキル、こちらの装備を考慮して依頼をしてくる。
失敗でもされたら、信用がなくなるからだ。
だから、難しい依頼はこうやって指名で来ることが多いし、難しい依頼は報酬もいい。
そして、もし俺たちが依頼を断ったら、次の候補に依頼がまわる。
あとは、ギルドに行けば皆が受けたくないような報酬が安い依頼が残っていたり、誰でも受けられるような簡単な依頼があるので、それを選んで受けることもできる。
俺は依頼内容を皆に言う。
「さっきのプリア・シティでの失踪事件の捜索依頼だ。失踪者の家族からの。……受けようと思うけど、みんないいな?」
「えっ? もしかして、さっきの幽霊とか怪物も関係してる?」
ユリーが、ちょっと嫌そうな顔をした。
ははーん。ユリーは幽霊とか怪物が怖いのか?
エレナ博士がそんなユリーに言う。
「幽霊や怪物なんて何かの見間違いの可能性が高いわ。それに、失踪事件と関係あるかどうかもわからないしね」
「そ、そうかなー。それなら……」
「じゃあ、受けるよ」
俺はそう言って、魔導フォンで待たせている相手に伝える。
「おまたせ。それじゃあ、依頼を受けるので……それで大丈夫」
依頼を受けたことによって、失踪者のデータや写真、依頼者である親からの情報などが、ギルドから届くはずだ。
昔の賢者が考案した仕組みらしいが、ギルドに登録してある座標に魔法郵便で配達される。
噂では転移魔法の一種らしいが、その仕組みは秘密にされているので、ギルド側からの一方通行だ。
すると、バサッと音がした。
ギルドに登録してある座標、つまりこの事務所の片隅の空中に紙の封筒に入った郵便物が魔法で転送されてきて下に落ちたのだ。
俺は封筒を拾って開封して、中の資料を読み上げる。
「今回の捜索対象は、ピーター・スミス。年齢十五才、男性で髪はブラウンに瞳は淡褐色。旧大陸アンソニア王国系移民三世。三日前、夜の七時前に近くの店に買い物に出たきり戻らず。家出の動機は無く、遺書なども見つかっていない。警察が捜索しているが手がかりがなく、身代金などの要求も無い。親の仕事は商会の社員」
「失踪って、考えられる可能性は何かしら。うーん、やっぱり誘拐?」
ユリーが斜め上の方を見ながら。
「誘拐だとしても犯人からの連絡もないなら、身代金目当ての誘拐とは違いそうね」
と、エレナ博士。
親が金持ちならともかく庶民らしいから、誘拐しても身代金は大して望めないと思われる。
「こういう場合はどうするの? 目撃者を探すの?」
「おそらく警察がすでにやっているだろうね。そして、親の仕事関係の線も警察が洗っているだろう。それでも見つからないから私たちに依頼が来たんだと思うわ」
親の仕事関係というのは、勤め先の商会とのトラブルの相手とかだろう。
「それなら、あの過去見のヨネさんに見てもらうか?」
俺が聞いた。
「そうね。手がかりが全然無さそうだから、そうしようか」
「過去見のヨネさん?」
ユリーがそう言って首をかしげる。
「千里眼の過去版だな」
俺が答えた。
「へー? そんなユニーク魔法使いがいるのね?」
「でも、ユニーク魔法使いなんて貴重なのに、なんであんなところにいるんだ?」
俺がエレナ博士に聞いた。
「本人が宮仕えが嫌なんだろう?」
「あー、なるほど」
「でもたしか、旅行に行くとか言ってましたよ」
イーサンが言った。
「あ」
「そうだった。それじゃあ、プリア・シティに行って情報を集めるしか無いわね」
と、エレナ博士。
「と言っても、警察が探して見つからないんじゃ、手がかりは非常に少なそうだな」
「それなら、地道に聞き込み?」
ユリーが聞いた。
「そうなるかな」
「私は、怪物や幽霊が関係していると思いますよ」
いつの間にか新聞のそのページを見ていたイーサンが言ってきた。
「どうして?」
「少年の失踪と怪物の目撃の場所と時刻が近いです」
俺は新聞をイーサンから受け取って、目を通す。
本当だ、時刻は近いな。場所は……。
俺は次に、書棚からプリア・シティの地図を持ってきて机に広げた。
「ピーターが失踪したのはこのあたりで、夜の七時頃。怪物と幽霊の目撃は……六時五十分頃でこのあたりだ」
「近いわね」
エレナ博士。
「ということは、関係がある可能性が高くなってきたな。そこからたどってみるか」
おそらく警察は怪物や幽霊の話を信じていないから、たどり着けていないのだろう。
「本当に怪物なの?」
ユリーが聞いた。
「もしかしたら、何かの魔物が市内に紛れ込んだ可能性もあるな」
「そんなことがあるの? 町は高い塀で囲まれているし、見回りの兵もいるのに」
「あるいは、誰かが持ち込んだか」
エレナ博士が腕を組みながら。
「そっか。でも魔物ならシールドでなんとかなるわね」
「それなら、念の為にシールドが張れる俺たちで聞き込みをしようか」
と、俺。
「じゃあ、カップルに扮していかない?」
「え?」
「その方が聞く相手に警戒されないでしょ?」
「まあ、そうかもな。それじゃあ俺たちは、ピーター・スミスの友人ということにしようか」
「それがいいわね」
相手からなぜ探しているか聞かれた時に、評判があまり良くないレリック・ハンターだと答えるよりも、友人を探していると答えたほうが、おそらく身構えないで教えてくれるだろう。
事件が起きているプリア・シティは、首都アーム・シティの南南西、約二千ケメテルの場所にある。
俺たちはフロンダーに車を積んで、プリア・シティの空港まで飛ぶことにした。
プリア・シティは、首都のアーム・シティに比べれば少し見劣りするが、それでもこの地区の中心都市だ。人口は五十万人を超えている。
プリア・シティの空港に着くと、俺たちは積んできた車に乗りかえて市街へ出発した。
空港から幹線道路に出てオフィス街を抜けると、こんどは住宅街になる。
その建物のデザインは首都とあまり変わらない。だいたい中世から続くデザインが多く四階建てから六階建てのアパルトマンだ。
そこから今度は南に進むと、戸建ての家が目立つようになってきた。
戸建てと言っても、庭はそれほど大きくなく、家と家の間隔も狭いようだ。
南地区はピーター・スミスの家がある場所で、俺は南地区の
ここからは俺とユリーで、歩いて街の人に聞き込みをするつもりだ。
その間、イーサンとエレナ博士は、いつもの様に車に残る。
もしこれがなにかの事件で犯人がいるなら、聞き込みをしていると、俺たちのことを邪魔に感じてちょっかいを出してくるかもしれない。あるいは本当に魔物の仕業で襲ってくるかもしれない、
そういう時、エレナ博士やイーサンたちがすぐに駆けつけてくれたり、手に負えないような相手だったら警察を呼んでくれるだろう。
「じゃあ、俺たちは歩いて地元の人にピーターや幽霊と怪物の情報を聞いてみる」
俺がそう言ってユリーと車を降りようとする。
すると、イーサンが真面目な顔で俺に言ってきた。
「もし幽霊がいたら、ぜひ捕まえてきてください」
「え? 幽霊をどうやって捕まえるんだ?」
「社長が、いつもの様につまらないギャグを言えば、凍りつくかもしれません」
くっ。
「いつも、つまらないギャグを言うのはお前だろ?」
「私のは洗練されたギャグです」
「はいはい。じゃあ、行ってらっしゃい」
と、エレナ博士。
「じゃあ、行ってきまーす」
ユリーが明るく言って車を降りる。
今回俺たちはカップルに扮するということで、俺の服装はユリーに選んでもらった。俺はいつもの上下つながりのコンバットスーツ兼作業服のような服でも良かったのだが、それはデザインより動きやすさや丈夫さを重視していたため、ユリーからダメ出しを食ったのだ。それで今日は、二人ともデートらしい少しおしゃれな格好をしている。
俺はジャケットの下にショルダー・ホルスターを着けて小型の魔導ガンを忍ばせ、ユリーはバッグに小型の魔導ガンを入れた。
そして俺とユリーの服のボタンは、エレナ博士特製の録画の魔導具になっている。
なにかあれば、そこに魔力を流せば証拠の映像を録画できるのだ。
「じゃあ、行ってくる」
俺も車を降りて、ユリーと歩き出した。
俺は歩きながらポケットから地図を取り出して、だいたいの現在位置を確認し、ピーターが行方不明になったあたりから、怪物の目撃情報があった方向に向かった。
ところが、エレナ博士たちが乗っている車から直接見えないところまで歩いて来ると、ユリーが俺の左腕に手を回してくる。
ええっ!?
俺は焦ってユリーの方を見ると、
「カップルなら当然でしょ!」
と、言ってきた。
「あ、ああ」
まあ確かにそうだ。カップルに扮して聞き込みをしているんだからな。
住宅街を歩いていくと、まだそれほど遅い時間ではなので、買い物帰りの主婦も歩いているし、犬の散歩をしている年寄りもいる。
俺たちは向こうから歩いてきた主婦に聞いてみることにした。
「すいません」
「なにかしら」
「先日行方不明になった友人の手がかりを探しているんですが」
「もしかしたら、あの新聞に載ってた?」
「そうなんです。警察も探してくれているようなんですが、俺たちもと思って」
俺に続けてユリーも聞く。
「何でもいいんです。何も手がかりがないので、変わったこととか。もしかしたら新聞にあったように怪物や幽霊も関係あるかもしれないので、そういう噂でもいいですから、何かご存知なら」
「そうねー。噂だと怪物は猿みたいだったって」
「そうなんですか?」
「私が聞いたのは、それぐらいね」
「ありがとうございました」
「あまり、お役に立てなくてごめんなさいね」
その主婦はそう言うと歩いて去った。
「猿?」
と、俺。
「猿じゃ怪物とは言えないわよね?」
「でも、町では噂が広まってるんだな」
「みんな、噂話が好きなのよ」
俺たちは他の人にも聞いてみる。
「俺は見たぜ」
「どんなでした?」
「白く光って空を飛んでいたが、
「場所はどこで?」
「向こうの通りを歩いていたら、町の中心の方に飛んでいったな」
「ありがとうございました」
町の外じゃなくて、町の中心か……。
その後何人かに聞いて回ったが、ある人は「羽があった」とか「牙があった」、またある人は「薄緑でぼやっとしていた」とか、聞く人によって違う事を言っていた。
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