第11話 スパイ
アデル教授を含めた俺たち四人は、迎えに来た黒塗りの飛空車で公爵邸に向かった。成行きで今回はイーサンも来ている。
今日はリスル少佐は向こうで待っているようだが、俺たちを迎えに来た運転手と助手席に乗っている兵士が前回と同じ人間だったので、安心して後部座席に乗り込んだ。
「いったい何があったんだ?」
俺は動き出した車の中で、助手席の兵士に聞いた。
「申し訳ありませんが、我々にはお答えできません。後ほど少佐から直接お話があるはずです」
口は硬いか。
「それなら、それ以外のことを聞いていいかい?」
「なんでしょう?」
「リスル少佐は特殊部隊みたいだけど……」
俺たちは移動する車の中で、差しさわりが無さそうなことを色々と質問をしてみた。
それによると、リスル少佐たちは軍の特殊部隊の中の警護班、つまり近衛兵と宮廷警察を合わせたような部署だそうで、リスル少佐は公爵家担当の副官だが、上役がいつも王宮の方にいるので実質の公爵家担当のトップだそうだ。いつもは、公爵邸内にある指令室にいるらしい。
ユリアナはリスル少佐がお気に入りで、外出するときはちょくちょくリスル少佐を警護に指名しているということだった。
しかし先日誘拐されたときは、たまたまリスル少佐がいない時だったそうだ。その時の護衛は男性だったそうで、それで試着室の外で待っていてのだが、そのスキを突かれたそうだ。
公爵邸に着くと、リスル少佐が俺たちを玄関に出迎えてくれた。
「すまない。急に呼び立てして。今から公爵閣下の寝所へ向かうので、ついてきてほしい」
おや? 公爵に何かあったのか?
それで公爵邸を離れられなかったのか。
前回公爵邸に来たときは武器のチェックをされ、玄関の兵士に魔導ガンを預けたが、今回は免除された。
どうやら、俺たちは信頼されているらしい。
そして邸内に入ると、先の廊下をメイドが小走りで横切るのが見えた。屋敷内が少しあわただしいようだ。
少佐の後について公爵の寝所らしきドアの前に来ると、一人の兵士がドアの横に立っている。
少佐がその兵士にうなずくと、兵士が外開きのドアを開けた。
高貴な人の部屋は外開きのドアが多い。なぜなら、いざという時に外から押し入りにくくなるし、逆に火事などのときは外に出やすいという利点がある。
おや? この兵士って……?
俺はその兵士の口元の大きなホクロを見て、過去見のヨネさんの言葉を思い出していた。
もしかして、こいつのことか?
「イーサン?」
「わかってます」
俺とイーサンは小声でやり取りした。
俺はドアを通りながらリスル少佐に言う。
「実は、この屋敷にいるだろうスパイの情報があるんだ」
その兵士の反応を見るために、わざと聞こえるように言った。
「それは?」
そう会話しながら部屋に入ると、部屋の中央の壁際に天蓋付きの大きく豪華なベッドがあり、公爵が横になっている。
そのベッドの横の椅子にはユリアナが座っていて、看病していたようだ。
ユリアナが俺たちの姿を見ると軽く会釈してきたので、俺も会釈を返した。
全員が部屋に入って、先程の兵士によってドアが閉められた。
「実は……」
俺はそう言いながらイーサンを見る。
「彼は今の言葉を聞いて、焦っていたようです。体温と脈拍に変化が見られました」
イーサンが小声で言ってきた。
あたりだな。
そしておそらく、あの兵士は俺が何を話すのかを知るべく、今はドアに耳を当てて中の会話を聞こうとしているだろう。
そこへユリアナがこちらにやってきたので、俺は小声で言う。
「これからちょっと捕物があります。念の為に、シールドを張って父上殿を守ってください」
ユリアナがうなずく。
「わかりました。では、皆さんもこちらに寄ってください」
もちろん、外で聞き耳を立てている兵士に聞こえないように、小さい声だ。
ユリアナは、シールドを張ることができる銀のオーブを持っている。
公爵が寝ているベッドを含め、エレナ博士やアデル教授をシールドで包む様だ。
「やるぞ。イーサンはドアを」
「はい」
イーサンは今閉められたばかりのドアの横に立つ。
そして俺は先程アデル教授から習ったばかりのオート・シールドを起動しておいた。
後ろを見ると、エレナ博士やアデル教授はユリアナとともに公爵のベッドの近くまで下がっている。
リスル少佐は俺たちの少し後ろで、成り行きを見守っていた。
スパイの情報があると言っておいたので、俺たちが外の兵士を疑っていることは察しているはずだ。
俺はそれを確認すると、イーサンに目配せする。イーサンは、入ってきたドアを勢い良く外に開けた。
すると、先程の兵士がドアに突き飛ばされて廊下に倒れ込んだ。
普通ならドアを守る兵士はドアを締めたらすぐにドアの横まで下がるはずだ。
まだドアの前にいるとしたら、それは部屋の中の声を盗み聞きするためにドアの一番薄い部分に耳を当てていたに違いない。
リスル少佐も、その兵士の行いの不自然さで確信を持てたようだ。
「まさかと思ったが」
イーサンが廊下に出て、すかさずその兵士を拘束する。
ここで俺は、前に公爵邸に来た時にこの兵士を見ていたのを思い出した。
公爵とリスル少佐が俺たちに誘拐犯の捜査を依頼していた時に、部屋のドア口にいた兵士の一人だ。
それで過去見のヨネさんから聞いた時に、どこかで見た気がしたわけだ。
それで、ジェイムスに俺たちが誘拐犯を捜査する情報が伝わり、俺たちの特徴も伝わっていて、軍事会社の前で気づかれたわけだ。
そしておそらく、牢屋にいた傭兵たち六人を殺したのも、この兵士に違いない。
「ここで聞き出してもいい?」
俺がリスル少佐に聞いた。
「かまわない」
俺はその兵士の横に回って頭に黃のオーブの光を当てる。
「お前がスパイだな?」
「そうだ」
「他にこの屋敷内に仲間はいるのか?」
「いない」
「ジェイムスを知っているか?」
「知っている」
ここまで聞き出せば、あとはリスル少佐が自白剤などを使って、他にも聞きたいことがあれば尋問するだろう。
「他の兵士が来るまで、じっとしていろ」
「じっとしている」
リスル少佐は、すぐに魔導通信機で他の兵士を呼んだ。
「三人程来てくれ」
通信が終わると、リスル少佐が俺に礼を言ってきた。
「ありがとう。助かったよ」
「いや」
リスル少佐の後ろを見れば、ドア口ではエレナ博士やアデル教授、そしてユリアナまでが今の自白の様子を覗き見ていたようだ。
兵士たちがやってくると、リスル少佐が指示する。
「スパイだ。持ち物をチェックして、拘束しておくように。それと、自害をされない様にしておけ」
「はっ」
そのスパイは三人の兵士に連行されていった。
「しかし、どうして今のやつがスパイだとわかった?」
リスル少佐が俺に聞いてきた。
一応ヨネさんのことは、本人の了解が無いうちは言わないほうがいいだろう。
「口の横の大きなホクロで。実はそういう特徴の情報が入っていたんだ。そして、なぜ俺たちのことがジェイムスにバレていたか不思議だったが、前回来たときに応接間の入口であの兵士が俺たちが依頼を受けるのを聞いていたのを思い出したんだ」
「なるほど。その情報源が気になるところだが、それは詮索すまい」
「話せる時が来たら話すから」
イーサンがニヤッとする。
「しかし、今日は冴えてましたね」
俺はジロっとイーサンを睨んだが、言い返せない。確かにこのところヘマをやらかしているからな。
証人になるはずだった軍事会社の社長も殺されてしまった。さらにあの時、白のオーブがなければエレナ博士も取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
俺はイーサンを無視して、少佐に聞く。
「それで、今回呼ばれたのは?」
「では、中で話そう」
ユリアナは父親のベッドの横に戻り、リスル少佐はベッドから少し離れた入口の辺りで俺たちに説明を始めた。
「今日の昼のことだ。宮中で行われた他国の外交官を集めた昼食会に公爵閣下が出席していたところ、閣下が急に体調を崩された。宮廷医師が診たところ、旧大陸で流行っている新型の熱病らしかったが、ステイシアにはまだ入ってきていなかったので、よく効く薬がなかった。そこに、昼食会に来ていた外交官の一人が、公爵閣下を気遣って尋ねてきた。新型の熱病のことを話すと、自分の大使館勤務の医師がよく効く薬を持っているはずだという事で、急遽その医師を呼んで診てもらった」
そこまで話すと、俺たちを公爵が寝ているベッドに連れていき、話を続けた。
「それで、閣下がかかったという新型の熱病は特効薬のおかげで回復に向かっているが、閣下のご様子がおかしいのだ。ちなみに、その熱病は蚊が媒介すると言われているので、伝染る心配はない」
蚊に刺されたのか?
俺たちは少佐と一緒に、ベッドで横になっている公爵に近づいた。
公爵の顔色は悪く、うなされているようだ。
「お嬢様、申し訳ありませんが、閣下に声を掛けていただけますか?」
リスル少佐がベッドの横にいるユリアナに頼んだ。
ユリアナがうなずいて、公爵の手を握って声を掛ける。
「お父様」
すると公爵は目を開いて、ユリアナの方を見た。
「ユリアナ、私はもう長くはない。早く結婚して私を安心させてくれ。先日の事件にバロア伯爵が関与していた事実はない。彼はお前にピッタリだと思うぞ」
「ずっとこの調子なのですよ。それにお父様は、誘拐にバロア伯爵が関与していること知ったときは、あんなに怒っていらしたのに」
ユリアナがそう言って、俺の方を見た。
「え? それならどうして……」
「ショウ。閣下の表情はどこかで見た覚えがないか? 私は、もしかしたら黄のオーブで催眠暗示にかかっているのではないかと思うのだ」
リスル少佐が俺に言った。
先程も使った黄のオーブの機能。
そういえば公爵の表情は、言われなければ気づかないほどの微妙な表情だが、この黄のオーブの影響下にあるときの表情だ。
少しだが、目がトロンとしている感じだ。
「なるほど。そういうことか」
「私もあの軍事会社の社長の自白の映像を見ていなかったら、気が付かなかったところだ」
アデル教授が補足する。
「そして、黄のオーブの影響を解除するには、黄のオーブの力が必要だわ。私の知っている限り、すぐに呼び寄せられるのは、あなたしかいないから」
俺の腕にはまっている腕輪には、黄色も入っている。
リスル少佐は専門家のアデル教授に、黄のオーブを持っている人間を教えてもらうために連絡してきたところ、俺たちがそこにちょうどいたわけだ。
それで、俺たちがここに呼ばれることになった。
黃のオーブのアーティファクトは二種類あり、脳に直接知識を転送できる教育用の椅子型の物は百ほど見つかっていて、現在は国の教育機関などが保有している。
一方、催眠暗示などができる単体の黄のオーブは、遺跡から二十個ほど発見されていて、そのうちのいくつかは旧大陸の貴族が持っているらしい。
今回は、そのうちのどれかが使われたのだろう。
「もしかして、医者を連れてきた外交官って、センテカルドのか?」
俺がリスル少佐に聞いた。
「実は、センテカルドの隣国の外交官だった」
「俺はてっきり、ジェームスのセンテカルドかと思ったが」
「それでは、いくらなんでも警戒されるだろ」
と、エレナ博士。
「両国の間にどんな関係があるかは、調査中だ」
リスル少佐が言った。
「まあ、かなり昔の事だけど、あのあたりは一つの国だった時代もあるから、何か裏で繋がりがあるかもしれないわね」
少なくとも今回もジェームスか、その仲間が関わっているのは間違いないだろう。そうでなければ、バロア伯爵とユリアナを結婚させようとしていることの説明がつかない。
もしかしたら、その医者はジェームスが変装していた可能性もある。
いずれにせよ、その者が連れてきた医者が、治療するふりをして黄のオーブを使い公爵に今回の睡眠暗示を掛けたに違いない。
もしそうならば、新型の熱病を公爵に感染させたのもそいつらの仕業だろう。
その医者が黄のオーブを使ったことなんて簡単には実証できないので、疑われたとしても言い逃れは簡単そうだ。
そうなると先日の誘拐の際も、もしかしたら遺跡でユリアナ嬢に黃のオーブを使って、無理やり結婚を承諾させようとしていたのかもしれない。
ところがそれが失敗したから、今度は父親をターゲットにした。
それでもし、ユリアナが病床の父親の願いを聞き入れて、バロア伯爵との結婚の承諾をすれば目的を達成できるわけだ。
センテカルドか。
最近旧大陸で、婚姻で勢力を伸ばしている国だ。でもこうなると、単純な婚姻というわけでは無いかもな。
「それでアデル教授? どうやれば解除できる?」
俺が聞いた。
「頭にオーブをかざして、『催眠暗示を解除』と念じるか、口に出してもいいし」
ではやってみるか。
俺が少佐を見るとうなずいた。やってくれということだ。
俺はユリアナがいる反対側から公爵のベッドに近づき、公爵の頭にオーブをかざした。
「催眠暗示を解除」
俺が言うと俺のオーブから黄色の光が出る。
わずかな変化だが、公爵の表情は戻ってきたようだ。
すると間もなく公爵が気がついて、上半身を起こし周りを見回した。
「ん? 皆、なんでここに集まっている?」
「お父様!」
ユリアナが涙ぐんで公爵に抱き着いた。
「閣下。実は……」
リスル少佐が、公爵に経緯を報告していく。
俺たちは公爵から礼を言われ、これから帰ろうとしているところだ。
リスル少佐が俺たちを玄関まで送ってくれる。
「そういえば、あのバロア伯爵はどうなるんだ? 今回は未遂ばかりだと思うけど」
俺がリスル少佐に聞いた。
「そそのかされたのだろうが、今回の一連の騒動にかかわっていることは間違いない。詳しく調べ、後日国王陛下から何らかの処分が下されるだろうな」
「あの社長の証言映像だけでは、貴族を処分する為の証拠としては弱そうだけど」
「おそらく、センテカルド側は伯爵の弱みを握るために、共犯になるように何らかの物を残していると思うわよ」
と、エレナ博士。
「後で脅せるようにするためか。でも、どんな?」
「おそらく、傭兵を雇う金を出させたことがわかる書類とか、あるいは事が成就した後の取り決めの内容を文章にして残してあるとか。伯爵邸を家宅捜査すれば、何らか証拠が出てくるんじゃない?」
「なるほど」
俺たちは、用意された黒塗りの飛空車に乗り、公爵邸を後にした。
さて、その二日後のこと。俺たちにとって思いがけないことが起きた。
場所は俺たちの事務所。そして俺の目の前のソファには、ユリアナが一人で座っている。
「だから、それはちょっと無理でしょう?」
俺は困った顔をした。
「絶対聞いてもらいます」
頑として、譲らないユリアナ。
「でもねー」
「私、レリック・ハンターになりたいんです。もう政治の道具にされるのは嫌なんです。仲間に入れてください」
ユリアナが俺の目をじっと見る。
俺は、ため息をついた。
「これって、あなたが思っているより危険な仕事なんだから」
もし公爵令嬢に何かあったら、例え俺たちに責任がなかったとしても、俺たちはステイシアにいられなくなってしまうだろう。
下手をすると投獄なんてことにもなりかねない。
「私には銀のオーブがあるから、たいていの危険は回避できます」
「第一、お父上が許さないでしょう?」
「お父様は、私が説き伏せました」
おいおい。
「と言ってもねー。みんなも反対だろ?」
俺はそう言って、エレナ博士とイーサンを見た。
「あっ、そいえば、私が入るのなら、お父様があなた方のローンを肩代わりしてあげてもよい、と言っていましたわ」
と、ユリアナ。
すると、エレナ博士の目の色が変わった。
「本当? じゃあ大賛成!」
一番弱い所をつかれたか。
「これからは、ユリーと呼んでもよろしいですか?」
と、イーサン。
うっ。三対一か。
「はい。皆さんよろしくおねがいしまーす」
ユリー(ユリアナ)は笑顔で挨拶した。
「おまえらなー」
俺は頭を抱えた。
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