第10話 アデル教授

 二日後。

 俺たちはアデル教授に会いにアーム大学に向かっていた。

 俺の腕輪について、何か新しいことがわかったら報告をする約束をしていたからだ。

 もちろん始めは魔導フォンで報告を済ませようとして連絡しのだが、アデル教授はすぐでなくてもいいから来て欲しいと言ってきた。

 実際にオーブの機能が発動しているところを自分の目で見たいのかもしれない。

 

 今日は午前中に東地区で簡単な仕事が入っていたので、その帰りがけに南地区にあるアーム大学に寄ることにした。

 俺たちは出先から、まずはアーム・シティの中心方向に向かい、途中で環状線に入って南下する。

 

 ちなみに、今俺たち乗っている魔導車はもちろん値段の安いタイヤ式で、年式も古い五人乗りの乗用車だ。

 一般的に仕事用の乗用車は、魔導車が普及する前の昔の馬車が黒い色をしていたので、その流れを受けて黒にする場合が多いらしいが、うちの場合は仕事と自家用の兼用なので色はグレーにしてある。


 いつものように俺が運転して助手席にイーサンが座り、エレナ博士は後ろの席に座っていた。

 イーサンも運転はできるのだが、俺は運転が楽しいから、よほど疲れているときを除いて自分で運転をすることにしている。


 俺は運転しながら、後ろの席に座っているエレナ博士をルームミラーでチラッと見て話しかけた。

「アデル教授は、なんだか苦手だよ」


「ショウにも苦手な人がいたのね?」


 すると、助手席に座っているイーサンが真面目な顔で言ってきた。

「私は、アデル教授には見習うべき点が多々あるように思えます」


「たとえば?」

俺が聞いた。


「目的を達成するためには、手段を選ばないところです」

「だからそれが苦手なんだ。それは見習わないでくれよ」


 先日は火炎放射器で焼かれそうになったし、被害を受けるのはいつも俺だ。


「まあでも、浮遊大陸の欠片の報酬を減額しない代わりにと、七号遺跡の調査の依頼料を値切ってきた時には、私もやられたと思ったわ」

と、エレナ博士。


「アデル教授は、やり手ってことか?」

「というか、少ない研究費でなんとかしようと、必死っていう感じね」

「大変なんだな」



 さらに三十分ほど走るとアーム大学の正門に着く。すると、いつもの警備員が門を開けてくれた。

 最近よく来ているので、顔パスになっているのだ。


 俺はその警備員に軽く挨拶すると、そのまま車を校内に入れて、アデル教授の研究室がある研究棟へと車を走らせた。


 この大学はステイシアでは一番大きな総合大学で、敷地は一辺が二ケメテルぐらいはあるらしい。敷地が広いので、学生は自転車や校内の循環バスを利用しているそうだ。

 そして校内ではスピード制限が低く設定されているので、俺は周りの景色を見ながら、ゆっくりと走らせた。

 中央の広い道の両脇には木が植えられていて、その奥に校舎や研究施設が建っている。


「大学はどこも同じような雰囲気があるな」


 俺がそう言うと、イーサンがからかってきた。


「まるで、大学に通っていたような言い方ですね?」


「いいだろ? ……あれ? そういえば、エレナ博士もこの大学の出身?」

俺はふと気になって聞いてみた。


「あまり詮索しないで」


 おや? どうしたのかな?


 するとイーサンが、後ろを気にしながら、

「昔、爆発事故を起こして、肩身が狭いそうです」

と、小さい声で言ってきた。


「イーサン! 言っちゃダメって言ったでしょ!」


 なるほどー、そういうことか。

 そういえばアデル教授が、前に爆発事故を起こした院生がいるとか言っていたが、犯人はエレナ博士だったわけだ。


 俺は、エレナ博士をからかうネタができたのでニヤッとする。



 俺たちは研究棟の前に車を停めて、アデルの教授の研究室に歩いて行く。

 研究室に着くと、ドアをノックした。


「はーい、どーぞー。待ってたわー」

アデル教授がすぐに戸口まで出迎えてくれる。


 おっ。今日は、なんか機嫌がいいな。


 部屋に入ると、入り口近くのソファを勧められて、四人で座る。


 俺の正面にはアデル教授が座った。

「で何? 新しい機能って」


「報告は二つあるんだけど、一つはすでに発見されている黄のオーブの機能だよ」

「催眠暗示ね?」

「そう。このオーブには黄色も入っているから試しに使ってみたんだ。それで、事件で犯人を自白させることが出来た」

「まあ、それは予想はしていたわ。で、もう一つは?」


 俺は一昨日の状況を説明する。

「実は銃撃戦になってね。エレナ博士が撃たれたんだけど、オーブから白い光が出て、それを当てたら傷が治ったんだ」 


 受けた依頼の内容に関しては、守秘義務があるので話せるところだけを話した。


「……でね、私はここを撃たれたのよ。まったくこんな美人を撃つなんて」

エレナ博士は胸元を少し開けて、アデル教授に撃たれた辺りを見せる。


「軍人の中には同性愛者もいるようですから、無理もありません」

イーサンが、また適当なことを言った。


「失礼しちゃうわ」


 するとアデル教授が、何かに気が付いたようだ。

「あれ? でも他の肌より艶がいいんじゃない?」


「ほんと?」

エレナ博士が自分の撃たれたところを、しげしげと見ている。


「エステを始めようなんて言わないでくれよ」

俺は釘を刺した。


 今度はエレナ博士が、俺の方を驚いた目で見てくる。

「一昨日もそうだけど、私の考えを読めるようになったの?」


「これだけ一緒にいれば、エレナ博士の考えていることぐらい予想がつくさ」



「ふーん? 癒しの力ね……」

アデル教授は、そう言ってソファから立ち上がり、奥の自分の机に向かう。


 すると、机の引き出しから何かを取り出してきて、再びソファに座るかと思いきや、いきなり俺の右手をナイフで切りつけてきた。


「何するんだ!」

俺はとっさに手を引っ込めて、体も後ろに引くが、あまりにも不意を突かれて逃げ遅れた。

 右手から少し血が流れている。


「治せるんでしょ? 見てみたいのよ」

と、アデル教授。


 目がすわっているぞ。


「あのなー!」

「男の子がなによ、そのぐらいの傷で! 実験動物を用意する予算なんて無いんだから」


 俺は実験動物か?

 それに普通なら、自分の手で試すだろ?


「まったく。……とりあえず、ナイフをしまってくれよ」


 やっぱり、被害を受けるのはいつも俺だ。


 アデル教授がナイフを脇に置くと、俺はため息をついて、右手の傷を皆からよく見えるように応接テーブルの中央に突き出す。そして、左腕のオーブを近づけて、自分の右手に癒しの光を当てた。


 みるみる傷が治っていく。

 その様子を、アデル教授とエレナ博士が、顔を近づけてじっと見ている。


「体の本来の修復機能を高めて、細胞分裂を促進しているみたいね。……この様子だと、もしかしたら免疫機能も高めているかもしれないわ」

と、エレナ博士が推測して言った。


「つまり?」

アデル教授は、あまり医学の知識は無いようだ。


「もしそうだとすると、ケガだけではなく、たいていの病気は治せるかもしれないっていうことよ。さらに、肝臓の解毒機能を高めることができるなら、毒に対しても効くかもしれない」


 アデル教授が何か考えている。


「頼むから、毒を盛るのはやめてくれよ」

俺はアデル教授に言った。


「ばれたか」

「あのなー」


 俺の手とオーブを見ていたアデル教授が、顔を離してソファに座りなおした。

「えっとこれは、未発見の『白のオーブ』の機能ということよね? ……どこかの遺跡に、癒しについての記述がないか探してみるわ。何か新発見があったら、また協力してね。無料で!」


「えー?」

エレナ博士はちょっと不満そうな声を上げた。


 まあ経費ぐらいは出してくれると思うが、依頼料の方はあまり期待できなさそうだ。

 王様ー、どうかアデル教授の研究費を増やしてやってくれー。


「じゃあ、こちらからも、いいことを教えてあげる」

と、アデル教授が俺に。


「本当にいいことなのか?」


 先程いきなり手を切られたばかりだから、素直には信じられない。


「疑り深いわね。女の子にモテないわよ」

「よけいなお世話だ」

「じゃあ、教えてあげるのやめようかなー。仕事で役立ちそうなんだけどね」


「焦(じ)らすなって」

「いいわ。じゃあ、また一つ貸しね?」

「くっ」


「実は、昨日学会誌で発表された銀のオーブの最新の研究報告なんだけど、『オート・シールド』機能があるらしいわ」

「それって?」

「予めセットしておけば、不意打ちをされたときに、自動的にシールドが張られて攻撃を防いでくれるらしいのよ」

「そうなのか!?」


 初めにそれを教えてくれていれば、さっきも怪我はしなかっただろうに。

 まあ、そうなると白のオーブの実験はできなかったわけだが。


「私の手元には銀のオーブがないから、今試してよ」

「また、俺が実験動物の代わりなのか?」

「いいじゃない。今度は傷つかないはずだから」

「まあ」

 

「じゃあ、発動してみて」

「オート・シールドって言えばいいのか?」

「他の機能と同じ様に、心の中で言っても大丈夫」

「じゃあ、『オート・シールド』……何も変わらないぞ」


 いつもの、銀のオーブでシールドを張ったような感覚はなかった。


「だから。いざという時に自動的にシールドを張ってくれる、って言ったでしょ?」

「ああそうか」


 すると、アデル教授が先程机の上に置いたナイフを取って、俺を刺そうとする。


「わっ! いきないり!」

「どうやら、ちゃんと発動したみたいね」


 アデル教授が持っているナイフの刃が、俺の体から五ミリぐらいのところで止まっていた。


「すごいな。でも、もし発動しなかったらどうするつもりだったんだよ」

「その時は、自分の白のオーブで癒やせばいいじゃない」

「まったく」 


「それで実験では、魔導ガンの魔弾でも大丈夫だったらしいわ」

「そうなのか?」


 魔導ガンの魔弾は結構なスピードで飛んでくる。

 それを自動で察知してシールドを張ってくれるなんて、いったいどういう仕組みなんだ?


「それで、だいたい三時間経つと切れるらしいから、必要なら掛け直せばいいみたい。もちろんオート・シールドが有効なのは、銀のオーブを持っている本人だけだからね」

「なるほど。でも、これは役に立ちそうだ」


「じゃあ、今日の報告は終わり?」

「また何か発見があったら連絡するよ」

「よろしくね」


 そこに、研究室の魔導フォンが鳴った。


「あっ、他に用がなければ、俺たちはこれで……」

ちょうど切もいいので、俺たちは上着を着て帰り支度を始めた。


 その間に、アデル教授が魔道フォンに出ている。

「はい、もしもし。……はい、そうです……。なるほど……それなら、ちょうどここに対処できる人間がいます。……レリック・ハンターのショウさんです。……はい、では」


 ん? 俺の名前が出たか?


 帰ろうとしていた俺たちは、アデル教授に呼び止められた。

「リスル少佐が、私と一緒にあなたたちも来てほしいって」


「え?」


 なんだろう。

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