第9話 追跡
俺たちは急いでエレベータで降りていく。
「相手は私たちが追ってくることを予想しているようです。急いで車を発進させました」
イーサンが言ってきた。
「それで西に向かったんだな?」
「はい」
この道を西ということは、第二空港に逃げ込むに違いない。
手前には工場地帯もあるが、この時間なら門はもう閉まっているはずで、隠れる場所は無いはずだ。
おそらく、空港に停めてある自分の飛空艇で逃げるつもりなんだろう。
エレベーターが一階に着くと、俺たちは急いで外に出て自分たちの車に乗り込んだ。
俺は車を発進させるとすぐに、ジェイムスの車のナンバーをイーサンから聞き、リスル少佐に魔導フォンで連絡する。
「リスル少佐」
(どうした?)
「あの実行犯たちを雇った軍事会社をつきとめて来ていたんだが、社長を自白させていたところ……」
俺は今起きたことをざっと伝え、ジェイムスという誘拐を依頼した男を追っていることと、そいつが第二空港に方面に逃げたことを伝えた。
もちろん車のナンバーもだ。
(わかった。こちらでも追跡する)
リスル少佐が動いてくれるようだ。
しばらくして、リスル少佐から連絡が来た。
(今上空に来ているが、逃走した車はそのまま第二空港へとまっすぐ向かっているようだ。先回りして空港の検問で車を止める)
やはり飛空艇で逃げる気だな。
第二空港に入るには、検問所を通らなければならない。
普段は検問所は開放されているが、警備上必要な場合には閉じて検問を行うことが出来るようになっている。
おそらく、その検問所で追いつくはずだ。
もしリスル少佐たちが間に合わなくて、そこで止められなかった場合でも、ステイシアの国外つまり旧大陸に向けて出国しようとすると、今度は税関の審査が待ち受けている。
プライベートスペースに個人の飛空艇が停めてある場合は、そこに税関の職員がやってきて、積荷や飛空艇内部の検査が行われてから出発することになる。
そしてもし管制塔に国内の移動だと虚偽申告をして国外に出ようとすれば、今度は国境警備船に停船させられるはずだ。
あいつもそれをわかっているだろうから、おそらくステイシアの他の都市に逃げるつもりだろう。
はたして、バロア伯爵のプリア・シティまで逃げるつもりだろうか。
ジェイムスとバロア伯爵がどの程度の親密な関係かはわからないが、今回は公爵家と特殊部隊が相手だから、バロア伯爵も
もしかすると、今回の件に自分は関係ないと白を切るために、バロア伯爵はジェイムスを見捨てるかもしれない。
ああそうか。
牢獄で傭兵らを殺したのもジェイムスの仲間なら、公爵家が追っていることを把握しているだろうから、ジェイムスはバロア伯爵を頼ることはないかもしれないな。
まあステイシア国内なら、どこに逃げてもリスル少佐が軍の追跡網を使って追跡してくれるはずだし、各都市に常駐している軍の飛空艇にいずれは止められるだろう。
だから、ジェイムスが捕まるのは時間の問題だと思われた。
約十分後、空港の検問所に到着すると、リスル少佐が先回りして俺たちを待っていた。
ところが、先程のジェイムスはいないようだ。
「あいつは?」
俺が車に乗ったまま窓から顔を出して聞いた。
「彼を逮捕しようとしたが、外交官特権っていうやつで、我々には手出しできなかった」
リスル少佐は悔しそうに応えた。
「外交官だって!?」
外交官ということなら、警察や軍は現行犯でない限り逮捕できない。もし現行犯で逮捕したとしても一時的で、外交問題になるからすぐに釈放せざるをえないだろう。
それでも取り調べや裁判にまで持ち込みたければ、犯罪に加担した証拠を突きつけて、外交ルートを通じて相手国に身柄の引き渡しを要求することになる。
だだし要求はできるが、相手の国がすんなり要求に応じるとは限らない。
しかも今回、ジェイムスが誘拐の依頼をしたことを証言できる軍事会社の社長は消されてしまったから、現時点では身柄の引き渡しはむずかしいかもしれない。
そしてもちろん、外交官なら国外に出る際に税関のチェックも無い。
「ここで少し引き留めてやったので、やつがここを通ったのは二分前だ。管制塔には君たちのことは連絡してあるから、すぐに後を追って飛び立てるはずだ」
「しかし……」
外交官なら俺たちも、これ以上追跡してもむだになるかもしれない。
「私たちはこれ以上追えないが、君たちなら個人の権利で追えるはずだろ? それにもしステイシアの外に出れば、そこではステイシアの法律は適用されない」
「なるほど、そういうことか。ありがとう」
首都アーム・シティはステイシア大陸の東の端にあって、旧大陸に一番近い都市だ。
東に向かえばすぐに海の上に出て、国外に出るのも簡単だ。
俺たちが追えば、ジェイムスは俺たちを振り切るために国外に出る可能性が高い。
なぜかというと、ジェイムスは外交官だから国外に出る際に誰にも止められないが、俺たちがジェイムスを追って税関のチェックを受けずにそのまま国外に出ようとすれば、今度は俺たちが国境警備船に停船させられて足止めされるのを利用するだろう。
その点、今回はリスル少佐が手を回してくれたので、奴を追って国外に出ても国境警備船は見逃してくれるはずだ。
そしてステイシアの領空外に出てしまえば、俺たちが追いついて私闘をしてもステイシアの法律違反にはならないわけだ。
もちろん、ジェイムスに何かあれば相手の国から何か言ってくるだろうが、ステイシア王国の王族である公爵令嬢の誘拐に関わっているとあれば、今度はステイシア王国が俺たちを守ってくれるだろう。
俺は軽症ですんだがエレナ博士が撃たれたことは伝えてあるし、リスル少佐もこの国で好き勝手なことをされて、一泡吹かせてやりたいという思いは一緒のようだ。
そして、俺たちの船が武装していることも知っているのだろう。
「健闘を祈る」
奴が検問所を通ったのはほんの二分前だ。まだ発進前に間に合うかもしれない。
そして間に合えば、ちょっと法律的には灰色だが黄色のオーブの機能を使って、ジェイムスのやつに自主的に出頭するように暗示を掛ける手もあるかもしれない。
俺は車のスピードを上げた。
俺たちが空港内に車を乗り入れ、自分たちの飛空船フロンダーの近くを通り過ぎようとした時に、少し先で小型の飛空艇が飛び立った。
間に合わなかったか。
「あれだな? それなら、こっちも乗り換えて追うぞ」
俺たちはすぐにフロンダーに乗り込み、皆が所定の位置に座ってベルトを締め終わるか終わらないうちに、俺はフロンダーを発進させる。
管制塔にはリスル少佐が手を回してくれたので、すぐに発進出来た。
一分半の遅れか。
向こうもスピードが出るようになっているみたいだが、この船はエレナ博士が改造を加えて、高性能の魔導エンジンが付いている。
魔晶石も先日の報酬で買い足してある。
この船なら、追いつけるに違いない。
全速で後を追うと、やがて海上に出る。
やはりジェイムスは国外に出る気だ。
前方を飛ぶ小型飛空艇との距離がどんどん縮まてきた。
もうそろそろステイシアの領空外に出るはずで、俺たちが引き返さないのを見て焦っているに違いない。
「たしかあの飛空艇は、長距離飛行には向いてないだろ?」
俺が聞いた。
「あれは船体が軽く出来ていてスピードは出ますが、長距離には向いていません」
イーサンが答えた。
「それなら、いったいどこまで逃げるつもりだ」
「まって、前方に大型船がいるわ」
エレナ博士が前方を指した。
ステイシア領空の外のギリギリ出たあたりに、大きな軍艦がいるようだ。
「まさか、あれに逃げ込む気か?」
「巡洋艦クラスだわ」
「巡洋艦だって!?」
「そして、あの国旗はセンテカルド王国の軍艦みたいね」
そこに魔導通信が入った。その巡洋艦からだ。
「こちらに向かっている民間船につぐ、すぐに進路を変えろ。三十秒以内に変えない場合は発砲する」
なんて奴だ
「巡洋艦と戦って勝つ確率は、一万九千五百分の一です」
と、イーサン。
俺は通信を返す。
「俺たちは殺人犯を追っている。引き渡してほしい」
「貴様たちの要求にこたえる義務はない。もしそれが正しければ、国の外交ルートで要求しろ」
その直後に威嚇射撃をしてきた。
「くそ!」
ここは引き返すしかないか。
俺は、フロンダーの進路を変えた。
空港に戻ってくると、俺たちの格納庫の近くでリスル少佐が待っていた。
「通信は聞いていたよ。今回はしょうがない。でも……いつか仕返ししてやろうな?」
「ああ」
リスル少佐とは気が合いそうだ。
「それでは、もう少し詳しい状況を聞きたいのだが」
「こちらも提供できる情報があるから、それなら俺たちの事務所で」
先ほどまでの経緯と、得た情報を詳しく伝えるため、リスル少佐をすぐ近くにある俺たちの事務所に案内した。
リスル少佐にソファを勧め、俺とイーサンが向かい側に座る。
今回はエレナ博士がお茶を入れてきた。
「エレナ殿は撃たれたそうだが、怪我の方は?」
リスル少佐が聞いた。
「大したことがなかったので」
と、エレナ博士。
穴が開いた服は、すでに着替えてきたようだ。
白の癒やしの光の事はそのうちバレるとは思うが、エレナ博士も今は黙っておくつもりだろう。
「それはよかった」
「ではイーサン。あの映像を再生してくれ」
俺がイーサンに指示した。
「はい」
イーサンが先ほどの録画の魔導具を取り出して、事務所の魔導テレビと接続し、軍事会社の社長が自白している様子を再生する。
その映像では、俺が黄のオーブの機能を使い始めると、あの社長の目がわずかに虚ろになっているのに気が付いた。よく見なければわからない程度だ。
再生が終わるとリスル少佐がつぶやいた。
「バロア伯爵か」
「バロア伯爵ってどういう奴なんだ?」
俺が聞いた。
「ユリアナお嬢様と十年前に婚約している」
少佐がさらっと言った。
「えー!?」
ということは、ユリアナが六歳ぐらいのときに婚約したのか?
まあ、貴族同士の婚約なんて、そんなものか。
「だがユリアナお嬢様は、バロア伯爵のことを嫌っていてね、結婚する気はないそうだ。近いうちに婚約破棄することになるだろう」
「ということは、バロア伯爵はいいところを見せて、彼女の気を引こうと?」
「おそらく、そういうことなのだろう」
あの軍事会社の社長の自供によると、あの誘拐は狂言だったらしい。
つまり、あとで七号遺跡にバロア伯爵が乗り込んできて、さも自分が誘拐犯たちを撃退してユリアナ嬢を助け出したということにして、彼女の気を引こうとしていたわけだ。
おそらくそのおかげで、ユリアナ嬢は銀のオーブも取り上げられなかったし、危害も加えられなかった。
そして俺たちがあの遺跡にやってきた時に、入口を見張っていた傭兵にすぐに撃たれなかったのも、俺たちがもしかしたらバロア伯爵の関係者かもしれないと彼らが思ったからに違いない。
それにしても、そのバロア伯爵は、どうしょうもない奴みたいだ。
少佐がちょっと首をかしげた。
「……しかし、あのバロア伯爵に、こんなことをする度胸があるとは思えないが」
「そうなのか? それに疑問なのは、なぜ外国の外交官がその手伝いをするんだ?」
俺が聞いた。
エレナ博士がティーカップに手を伸ばす。
「バロア伯爵が自分でできるような度胸が無いというなら、ジェイムスの背後にいるあの国が今回のことを計画して、バロア伯爵をそそのかしたのかもしれないねぇ」
「センテカルド王国か。でもなんで、そこまでやるんだ? もし、センテカルドが関与していることがバレれば、下手するとステイシアとの戦争になるんじゃないか? それにバロア伯爵だって、バレたらただじゃ済まないだろ?」
「ユリアナお嬢様は、現在王位継承権第二位だ。バロア伯爵が婿入りする形でお嬢様と結婚すれば、いずれはステイシア国王になれるかもしれない。そしてセンテカルドはバロア伯爵に恩を売って彼に貸しを作るか、あるいは弱みをつかもうとしたのかもしれないな」
と、リスル少佐。
「そういうことか」
現在ステイシアの王様には子供がいない。弟の公爵が王位継承権一位で、その娘のユリアナに婿入りした者は、いずれは国王になる可能性が高い。
ところが、ユリアナはバロア伯爵と結婚したくないと言い始めた。
センテカルドがどうやってその情報を知ったかはわからないが、ジェイムスはバロア伯爵をそそのかして、伯爵もその気になって一か八かの賭けに出たのだろう。
すべてうまくいけば、センテカルドはバロア伯爵に貸しを作ることになり、将来はステイシア王国を裏から操ることができるかも知れない。
「今回は偶然が重なってセンテカルドにたどり着くことができた。もし君たちがあの日に遺跡に向かわず、バロア伯爵がシナリオ通りにお嬢様を救出していたら、犯人はうやむやになってしまい、今回の軍事会社の社長にもたどりつけなかったかもしれない。今回の事件が解明できたのは君たちのおかげだ。ありがとう」
「いや……」
照れるな。
「ところで、この自白に使ってるのは黄のオーブか?」
「うーん、まあ……」
「話には聞いていたが、こうやって黄のオーブを行使している場面は始めて見た。オーブは高い金額で取引されているそうだが、どうしたんだ?」
いつまでも隠せるわけないか……。
「実は……」
俺は少佐に、先日の遺跡調査の際にステイシア国外に転移魔法で飛ばされてそこで発見したこと、外そうと思っても外せないことなどを話した。
「ふーん? まあ、たしかにステイシア国外で見つかったのなら、ステイシアの法律には縛られない。所有権は君にあるのは確かだな。しかし、そこへ行く入口がステイシア国内にあるのなら、今後もその力をステイシアの為に使って欲しいところだ」
「それは、やぶさかではないよ」
「もちろん、依頼という形でね」
と、エレナ博士。
つまり、ちゃんとお金をもらいなさいよ、ということだ。
俺に任せておくと、無料で受けてしまいそうなので、釘を刺したのだろう。
その後リスル少佐は、自白の動画が入った魔導具を受け取って帰っていった。
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