第8話 癒しの力

 俺とエレナ博士、イーサンの三人は車に乗り込み、過去見でわかった軍事会社にむかうべく十一号線を西へ向かった。

 そこは、俺たちの事務所のある第二空港からは、道一本で行ける場所だ。


「傭兵派遣の会社か。そういえば、犯人たちはミリタリールックのやつらが多かったな。一時的に雇われたのかな」

俺が運転しながら言った。


「そうかもね」

後ろの席からエレナ博士。


「しかし、あのヨネばあさんの『過去見』。あれもユニーク魔法なんだろうが、あんなにはっきり分かるなら尾行なんてする気がなくなるな」


 俺たちレリック・ハンターは、頼まれれば探偵まがいの事もやる。

 以前には浮気の調査依頼で、旦那さんの後を尾行するなんていう仕事もやったことがある。

 追跡対象者に気づかれないように尾行するのは、結構大変だった。

 それをヨネばあさんに頼めば、旦那さんがどこに誰といたかまで分かるわけだ。


「あの、浮気調査のときのことを言ってるんですか? 社長は尾行が下手ですからね。一緒にいた私は、何度も冷や汗をかかされました」

と、助手席からイーサン。


 言い返せない。


「まあでも、浮気調査の場合は証拠写真を撮らないといけないからね。どのみち後をつけないと」

エレナ博士が言った。


「とにかく、その会社に乗り込んで社長を問い詰めてみるか。六人が捕まったのが知れていれば、もう夜逃げしているかもしれないけどな」

と、俺。


「もし、六人が牢内で口を封じられたのが伝わっていれば、今は安心しているかもしれませんよ」

イーサンが言った。


 たしかに。


「問い詰めるなら、腕輪の黄色のオーブの力を試してみたら?」

エレナ博士が俺に言った。


「なるほど」


 俺の腕輪に付いている黄色のオーブは精神干渉の機能があって、たとえば催眠術のようなことができることが分かっている。

 おそらく簡単に吐かないだろうから、これを使ったほうが良さそうだ。

 

 警察や軍もよく自白剤を使っていると聞いたことがあるから、俺がオーブの力で自白させても大した問題にはならないだろう。



 二十分ほどで、例のビルの前に到着した。

 この辺りは道路わきに車を停められる地域なので、すでに何台か車が停まっている。俺たちも空いている道路わきに車を停めて、三人で車を降りた。


 見回すと、この辺りには入植初期のころの古くて低い建物が立ち並んでいるようだ。


「この建物か?」

俺はそう言って、眼の前の建物を見上げた。


 外壁の所々にヒビもあるようで、メンテナンスもされていないようだ。


「この建物で間違いありません」

イーサンが、地図と照らし合わせて答えた。


 俺たちは建物の玄関に入り、会社のネームプレートを確認する。

 

 何も書かれていないプレートの方が多い。つまり空き部屋の方が多いわけだ。

 こんなボロボロな古い建物だから、おそらく他の会社は引っ越してしまったのだろう。

 逆に今でも残っている会社は貧乏で引っ越しも出来ないのか、あるいは人があまり来ない方が好都合なような、訳ありの会社しか残っていないのかもしれない。 

 

「五階、ゲイシー軍事会社。ここだな」


 ネームプレートの五階の部分には、ネームプレートが三つあるが、その軍事会社だけしかないようだ。

 

「五階の部屋の数からすると、それほど大きな会社じゃなさそうね」

と、エレナ博士。


 つまり、ワンフロアが三区画に分かれているということは、建物の築面積からすると一つの事務所の大きさはたかが知れている。

 おそらく、社員が一桁程度の零細な会社だということだ。


 俺は時計を見る。

「もう夜の七時だ。まだいるかな」

 

「五階の窓には明かりが点いていました」

と、イーサン。


 イーサンは、一度目にしたものは覚えている。


 さっきチラッと見ただけなのに、よく覚えているな。

 さすがヒューマノイドだ。でも、それを言うと調子に乗るから、言わないが。

 

「でもどうやら、まだ逃げていないみたいだな。それとも、しらを切る自信があるのか」  

 

「向こうに、魔導エレベータがありますよ」


 イーサンが指した方を見ると、古そうな建物にもかかわらず、ちゃんと魔導エレベータがあるようだ。

 俺たちはそのエレベータの前に行ってみる。

 しかし、ビルと同じようにだいぶくたびれている。


「古そうだけど、ちゃんと動くのか?」

「埃はかぶっていないので、最近も使われていると思われます」


「階段もあるけど……」

俺はそう言ってエレナ博士をチラッと見る。


「私は階段で五階まで上がるの無理」


 やっぱりそう言うと思った。

 

 ドアも手動だし、行き先階の指定もダイヤル式で、年代物だ。

 俺たちは魔導エレベータに乗って、五階にダイヤルを合わせる。


 エレベータが上昇を始めるが、ときどきガクンと揺れる。エレベータの中も薄汚れていて、今にも途中で故障して止まってしまうのでは、という考えが頭をよぎった。


「本当に大丈夫だろうな」

俺が言った。


「積載可能重量ギリギリのようです」

と、イーサン。


「私は重くないわよ」

エレナ博士がすかさず言った。


 そうか、イーサンがちょっと重いのかもしれない。ヒューマノイドなので金属も使われているらしいから、普通の人間の二倍ぐらいの重さがあるはずだ。

 本来なら四、五人が乗れるエレベータみたいだが、今はこの三人でギリギリのようだ。


 その後も、ときどきエレベータが揺れたが、無事に五階に着いた。

 

 俺たちはエレベータを降りて廊下を歩いていく。

 すると少し進んだところに、「ゲイシー軍事会社」と書いてある古びたドアがあった。

 

 まずは、普通に社長に面会を求めるのがいいだろうな。

 

 俺がそんな事を考えていると、そのドアが開き、一人のジャケットを着た白人男性が出てきた。

 目が鋭く、がっちりした体型だ。ハンチング帽を深くかぶっていて、髪型などはわからない。

 もしかしたらだが、軍人かもしれない。


 その男は俺たちを見ると、少しハッしたように見えたが、そのまま何もなかった様に歩いてエレベータに向かった。


 今のは気のせいか?

 それとも、人があまりこない場所なので、人がいるのを見て驚いただけなのか。

 まさかあいつがここの社長じゃないよな。

 でも、もしここの社長や関係者なら、派遣商売をしているんだし「何か御用ですか?」ぐらいは聞いてくるだろう。


「イーサン、今の男に見覚えは?」

俺は、横にいたイーサンに小声で聞いた。

 

「ありません」


 ということは、俺たちが過去に受けた依頼にも関係ないみたいだ。


「録画は出来ているか?」

「ぬかりありません」


 イーサンは、見たものを録画しておく機能が内蔵されている。

 一般には魔導具の録画装置も市販されているが、エレナ博士によると、それとも仕組みは違うようだ。


「じゃあ、エレナ博士はここで見張っていてくれるか? 俺ら二人で社長に会ってくる」


「オッケー」

エレナ博士が、いつものように気楽に応えた。


 俺はイーサンを連れて、「ゲイシー軍事会社」のドアを、一応ノックしてから開ける。


 中に入ると正面のカウンターには、会社らしく受付嬢が一人座っている。何かしていたようだが、俺たちが入ると、こちらを見てニコッと作り笑いをした。

 若いようだが、髪の毛をパーマにしていて、ちょっと化粧が濃い。服装も派手だ。


 そこに近づいていくと、カウンターの中に爪用のやすりが見えた。どうやら彼女は爪の手入れをしていたようだ。


「マエカワというものですが、ちょっと依頼したいことがあって、社長に会えますか?」

俺はその受付嬢に、適当な名前を言った。


「ちょっとまってねー」

彼女はそう言って、魔導通話の内線で確認を取っている。


 彼女のしゃべり方も丁寧ではないし、ここの社員の誰かの愛人とかそんな感じかもしれない。


 内線での会話が終わると、

「どーぞー」

と気だるそうに言って席を立ち、俺たちを社長室に案内してくれた。


 よかった。社長はいるようだ。


 彼女が社長室と書かれたドアを開けると、左手の窓際に社長の机があり、その前に応接セットが置かれているのが見える。


 俺たちが部屋に入ると、体がガッチリとして髪を角刈りにした男が椅子から立ち上がり、握手をするために手を差し伸べてきた。

「社長のジョン・ゲイシーです。えっとマエカワさん? 今日はどういった御用ですかな?」


 俺はその手を取って握手する。


「実は人を探しています」

「ほう?」


 受付嬢が部屋から出てドアが閉まるのを確認してから、俺は今回の犯人の写真を取り出した。

 その写真を見ると、社長の顔色が変わる。


 彼は無言のまま自分の机にゆっくり戻ると、机の引き出しから、魔導ガンを取り出すのが見えた。

 すると、すぐさまイーサンが前に出て、手刀でその魔導ガンを叩き落す。


「うっ!」

社長が叩かれた右手を押さえてうずくまった。


 骨は折れていないと思うが、相当痛いのだろう。


 俺は床に落ちた社長の魔導ガンを拾う。

「ではこいつらと、彼らがしたことについて話してもらおうか?」


 社長は両膝を床につき、右手を押さえたままドアの方を見たり、机の魔導通話機の方をチラチラ見たりしている。おそらく、逃げようか、それとも誰かを呼ぼうかと考えているのだろう。


 俺はここで、先程の黄色のオーブのことを思い出した。


 使ってみるか。


 俺は社長の机の上に犯人たちの写真を並べた。そして腕輪のオーブに触り、念のために自分のシールドを起動してから社長の横にまわる。


「イーサン? 録画をしておいてくれ」

俺はそう指示してから、社長の頭に向けて腕輪のオーブをかざす。


 イーサンがカバンから録画用の魔導具を取り出した。

 手の平サイズの四角い箱で、三時間ほど録画でき、二千ギルぐらいで売られている。

 録画した内容の再生は、魔導テレビで行う。

 イーサンも録画機能を内蔵しているが、今回は証拠として後でリスル少佐に渡す可能性があるから市販の魔導具を使うわけだ。


 俺はまずは、社長を自分の椅子に座らせる。

「椅子に座って」


 俺の腕のオーブから黄色っぽい光が出て、社長が指示どおりに椅子に座った。

 イーサンはいいアングルで録画するために、社長の正面に移動する。


 俺は腕輪を社長の頭にかざしながら、続けて質問をする。

「さあ言ってもらおうか。この写真の男たちは、あんたの部下か?」


 すると社長は、写真の一人を指さす。

「……部下はこの男で、後は金で雇った」


 うん、うまく機能してるみたいだ。


「では、誘拐の目的は?」

「ある日、ジェイムスという男が来て、誘拐の依頼をしてきた。初めて会った男だが、前金で三百万ギルを渡されたので、受けることにした」


「ジェイムスの素性は?」

「わからない」


「誘拐したあとは、どうする予定だった?」

「この誘拐は狂言誘拐で、後でバロア伯爵が乗り込んでくるから、傭兵たちは誘拐した女性をおいて逃げるように指示されていた」

 

 バロア伯爵は、たしかプリア・シティという都市の領主だ。

 このアーム・シティからはかなり離れた場所にあり、都市の人口も結構多いらしい。

 

「さっき、ジェイムスの素性は知らないと言ったな? そのバロア伯爵の手下というわけではないのか?」

「違うようだ」


 よくわからないな。 


「ブティックで誘拐したそうだが、その経緯は?」

「ジェイムスから、ターゲットがブティックに行く予定だという連絡が入った。あとは、そのブティックの店員に金を渡して、隙をうかがっていた」


「ターゲットの女性の素性を知っていたのか?」

「知らない」


「しかし、こんな事をして捕まらないと思っていたのか?」

「伯爵家が関わっているから、罪に問われることはないだろうと思った」


 なるほど。それで、逃げなかったわけだ。

 おそらく、バロア伯爵のお遊びだと思ってやっていたのかもしれないな。

 

 そうだ。最後にあれを聞いておこう。

「ジェイムスの容姿は?」


「ガッチリした体型。目が鋭く、髪はブラウン……」 

 

 え? もしかして……。


「そのジェイムスは、さっき出ていったやつか!?」

「そうだ……」


 すると突然、社長室のドアが開いて、その男、ジェイムスが魔導ガンをいきなり撃ってきた。

 

 くっ。

 

 二発撃ったうち、俺に当たった方はシールドに吸収されたが、ゲイシー社長は頭に当たって椅子の肘掛けにもたれかかった。


 ゲイシーは、即死かもしれない。


 イーサンがすぐさまジェイムスを取り押さえに行こうとしたが、少し距離が遠い。

 ジェイムスは素早い動きで、そのまま部屋を出て逃げてしまった。

 

 エレベータの所で捕まえられるか?

 もし逃した場合は、ここは公共の交通機関が無いからおそらく下の道に車を置いてあって、それで逃げるに違いない。


「イーサン、そこの窓からやつの乗る車のナンバーを見ていてくれ」

俺はそう指示して、ジェイムスを追って部屋を出る。


 見ると受付の女性がカウンターの後ろに隠れて、泣きそうな顔でこちらを見ていたので、

「今の男が社長を撃った。救急車を呼んでくれ!」

と、頼んでおいた。


 そういえば、エレナ博士は?


 俺は急いで廊下に飛び出して辺りを見ると、エレナ博士が廊下に倒れている。


 しまった。先程すれ違った時、あのジェイムスが俺たちに気がついた時点でもっと警戒しておくべきだった。

 まだまだ、俺は甘い。


 すでにジェイムスはエレベータで逃げたようで見当たらない。おそらくこの階でエレベータを停めておいたのだろう。


 俺はエレナ博士に駆け寄って、抱き起こす。どうやら胸を撃たれているようだ。

 俺は服の胸元を開いて傷を確かめた。

 けっこう傷が深い。まだ生きているが、危ない状況だ。


「エレナ博士、しっかりしろ! すぐ救急車を呼ぶから!」


 何とか助かってほしいと思ったその時だ。

 俺の腕輪から、白い光が発せられた。

 

 これって、まさか?

 

 俺はオーブの白い光をエレナ博士の傷口に当ててみる。

 すると傷口が修復されていった。


 これは……癒しの力なのか。

 

 傷口がすべてふさがると、俺はエレナ博士の名前を呼んだ。

「エレナ博士?」


 でも、まだ意識が戻らない。


 床に倒れた時に、脳震盪(のうしんとう)を起こしたのか?

 念の為に頭にも癒やしの光を当てたほうがいいか。 


 俺は続けて白い癒やしの光を、エレナ博士の頭にも当ててみる。


 すると、エレナ博士の意識が戻った。

「ん? どうなってるんだ? たしか撃たれたような気がしたが……」


「はぁ。よかった」

と、俺。


 エレナ博士はあたりを見回し、次に自分の胸元を見てニヤニヤし始める。

「ショウ君、何やってるのかな? 私の胸を見たいなら、そう言ってくれればいいのに」


 エレナ博士は自分の服の胸元が開いているのを見て、誤解しているにちがいない。


「えっ? や! 違う違う。あんたは胸を撃たれて傷を負ってたんだ。服を見てみろ。穴が空いているだろ?」

「しかし、私の胸には傷がないわ」

「それなんだけど、実はこのオーブから白い光が出て、それを当てたら傷が治ったんだ」

「ふーん? じゃあそういう事にしとこうか」

「だから違うって!」


「冗談さ。分かってる。でも、癒しの力? ……ね」

何か考えているようだ。


 俺は半目でエレナ博士を見る。

「今、この力で金を稼ごうかって考えてたろ?」


「バレた?」

エレナ博士が舌を出す。


 そこに、社長室の窓からジェイムスの行動を追っていたイーサンが廊下に出てきて、駆け寄ってきた。

「今、犯人が車に乗って逃走開始しました。十一号線を西に向かったようです」


「よし、後を追うぞ」

と、俺。


 博士の方を見ると、

「大丈夫だ、問題ない」

と、返してきた。

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