第7話 誘拐捜査依頼

 遺跡調査から三日後、俺たちは事務所で暇を持て余していた。


 応接のソファに寝転がっている俺と、向かいのソファで雑誌を見ているエレナ博士。

 イーサンは飛空艇フロンダーの整備をしているので、今は格納庫だ。


 エレナ博士が読んでいた雑誌を降ろして、ためいきをついた。

「ふう。依頼がないわねー」


「ないなー」

「ショウ? ギルドに行って、無理やりにでも依頼をもらってきなさいよ」


「えー!?」

俺は嫌そうな声をあげた。

 

 レリック・ハンター・ギルドは俺たちに仕事を依頼する際に、過去の実績や構成員のスキル、そして飛空艇を持っているかどうかなどの装備を考慮して、その依頼を完遂できると思われるチームに依頼を回す。

 その際は魔導フォンなどで打診が来るわけだが、もちろん受けないことも出来る。その場合は第二候補のチームに依頼が回るだけだ。もちろん、一つのチームに依頼が偏らないようにもしている。


 そして、それらの条件に合わなければ、なかなか依頼が来ないこともある。だからアデル教授の時の様に、ギルドを通さない依頼を自分たちで直接受けることも可能なわけだ。


 しかしギルドに行くと、依頼料が安かったり内容が難しかったりなど、割に合わなくて誰も受けない依頼が残っていることもある。

 また、第一候補と第二候補の差が僅差の場合、ギルドの受付嬢と仲良くしていれば、先に依頼を回してくれることもあるとか、ないとか。

 エレナ博士は俺にそういう根回しや、余っている依頼を取ってこい、と言ったわけだ。


「しょうがない。それじゃあ、ユウタが残したという……」


 そんなことを話していると、事務所の魔導フォンが鳴った。


 俺がソファから起き上がって、受話器を取る。

「はい、もしもし。 ……そうです。……ああ、こないだはどうも。……大丈夫だけど。……では」


 通話が終わると、エレナ博士が期待を込めて俺を見てくる。

「なに? 仕事の依頼?」


「こないだの、リスル少佐。あの誘拐されたお嬢さんが、お礼がしたいから迎えの車をよこすって」

「がっぽりもらいましょ!?」

「たまたまの人助けなんだから、それは俺の主義に合わない。お茶でもごちそうになって帰ってこよう」

「何言ってるの? 飛空艇のローンがまだたくさん残ってるのよー!」



 三十分後、事務所の前に魔導車が来て止まる音がした。

 でもあの音は、飛空タイプだ。紫のオーブによって空中に浮かび、飛空艇の様にプロペラで風を起こして前に進む。

 

 飛空艇と違うのはプロペラが小型化され、さらにその周りにカバーがついていて、他の車や歩行者がプロペラに接触する危険が無いように配慮されているところだ。

 そして、道路も走れるようにタイヤも付いている。

  

 外へ出てみると、いかにも軍関係らしい黒塗りでバンタイプの飛空車が二台来ていた。


 後ろのバンのドアが開き、中からリスル少佐が降りてきて、俺たちの所まで歩いて来る。

「手間を取らせることになって、すまない。本来ならこちらに来てお礼をしたいとお嬢様も言われたのだが、お嬢様の父上が外出することに敏感になってるのでね」


「誘拐の後じゃ、しょうがないさ」

と、俺。


「では、車へ」


 俺とエレナ博士は、リスル少佐と一緒に後ろの車に乗り込む。今回イーサンは留守番だ。


 昔エレナ博士が魔導人形の起動方法や設定の仕方を発見して、世間に発表した。

 ところがその後、魔導人形を悪用した暗殺事件が起こったそうだ。それがあってからというもの、金持や権力者たちは魔導人形を必要以上に警戒している。

 リスル少佐がそう言ってきたわけではないが、イーサンは行かない方が無難だろう。



 俺たちを乗せた飛空車は地上の混んでいる道を避けて、道路のすこし上空を首都の中心部へ向かった。

 工業地帯を抜け、アーム・シティの中心部に入っていく。

 この先は、飛空車でも一般人は空を飛ぶことを許されてない。空を飛べるのは軍や緊急車両、そして貴族だけの特権になっているのだ。

 しかし、リスル少佐たちは軍だから、そこを飛び越えて進むことが出来る。

 


 やがて俺たちの乗っている飛空車も、オフィス街を抜けると降下していった。この先はステイシア王国の中枢部で、緊急時以外は全ての車両が飛行禁止になっているからだ。

 道の左右には政府の建物や、庭園、貴族の大きな屋敷が並んでいる。

 

 俺は普段縁がない場所なので、ついキョロキョロと周りの景色を見てしまう。

「なんか、石造りで綺麗なデザインなんだな」


 俺がそう言うと、リスル少佐が説明してくれる。

  

「このあたりの建物のデザインは、新古典主義というらしい。ウィルヘルム王家は旧大陸のノーグラルド王国のご出身なので、向こうの建築様式を取り入れていると聞いたことがあるよ」


「でも、旧大陸の方では近代的なビルが建ちはじめているらしいわよ」

と、エレナ博士が俺に。


「近代的?」

「外観は建物の装飾が無くなっているみたいね。その方が早く、安く造れるからだと思うけど」

「のっぺりした感じか? でもなんか、味気ないな」

「今後はこの国でも、そういうのが増えていくんじゃない?」



 やがて俺たちを乗せた飛空車は、このエリアでも特に大きな屋敷の門の前で止まった。

 警備兵が確認して、門が開く。


 この屋敷って……?


「やはり、公爵家か」

エレナ博士がぼそっと。 


「え!? 公爵家!?」


 俺は思わず声をあげたが、エレナ博士はある程度予想していたようだ。

 

「特殊部隊が護衛しているから、王族関係だと思ってたわ」


 今俺たちがやってきた公爵家の当主は、現国王の弟君になる。


「あれ? ということは、他の貴族の護衛はどうしてるんだ?」

「侯爵以下の貴族は自前で護衛を用意しなければならないって聞いたことがあるわ」


 そういうことか。

 エレナ博士は、遺跡に迎えに来た飛空艇のマークを見て、その時点で気がついていたんだな。

 しかし、ということはあの子は公爵令嬢だったのか。

 なんか緊張してきたな。


 俺たちを乗せた飛空車は広い庭を抜け、大きな邸宅のエントランスキャノピーで停止した。

 俺たちは飛空車を降り、少佐の後に続いて階段を昇ると、玄関の両脇には警護の兵士が立っている。


「すまないが、ここで武器を預けてほしい」

リスル少佐が俺たちに言った。


 まあ、これは警備上しょうがないだろう。

 

 俺は腰にさげた魔導ガンを、エレナ博士はバッグから小型の魔導ガンを出して預け、リスル少佐に続いて玄関に入る。


 俺たちは大きな玄関ホールを通り、応接間に通された。

 部屋の装飾は細かな金細工が施されていて、まるで中世の宮殿のようだ。


 何調って言うんだっけ。

 でもなんか、場違いなところに来てしまったな。

 

 応接間の入口には兵士が一人と執事が一人立っていて、俺たちが部屋に入ると、その執事が一旦扉を閉める。


 俺とエレナ博士は案内されたソファに座り、リスル少佐は俺たちの座るソファの横に立った。

 

 俺はキョロキョロとあたりを見まわしたが、エレナ博士はこういう内装にはそれほど興味を抱いていないようだ。

 おそらく、現金のほうが好きなのだと思われる。

 

 間もなくメイドがお茶を持ってきてくれたので、俺はそれを飲んでみた。

 

 いい香りだ。俺たちがいつも飲んでいるお茶ではない。まあ、あたりまえか。


 しばらくすると、部屋の入り口に立っていた執事がドアを開けた。

「公爵閣下ならびに、ユリアナ様です」


 え? 公爵がわざわざ?

 いくらお嬢さんを救ったといっても、普通なら庶民に王族が直接会うことはめったにない。執事だけで応対されてもおかしくないはずだが。


 すると、筆頭執事らしき人を伴って、威厳のある中年男性と誘拐されていたユリアナが入ってきた。

 公爵は濃いグレイのスーツ姿。ユリアナはピンクのアフタヌーンドレスだ。


 リスル少佐が敬礼し、俺たちもソファから立ち上がる。

 

 そして公爵とユリアナが前のソファに座ると、筆頭執事が俺たちも座るようにうながした。

「お座りください」


 俺たちが座ると、公爵が話を切りだす。

「この度は、娘が世話になったな。礼を申す」


「あっ。いえ」

俺は少し緊張して応えた。


「改めまして、ユリアナ・ファン・ウィルヘルムです。この度はありがとうございました」

ユリアナが軽く頭を下げて礼を言った。


 間を見計らって、執事が小切手の乗ったトレイを俺たちの前に置く。

「つきましては、公爵閣下より今回の謝礼です」


「頂くわけにはいきませんよ」

さすがに俺も敬語で断った。


 俺の言葉を聞いて、横でエレナ博士が俺の尻をつねってくる。


 痛いって!


 それを見ていた公爵がちょっと微笑んでから、

「なぜだね?」

と、俺に尋ねた。


「俺たちはレリック・ハンターだから、依頼があれば救出もしますが。今回はたまたま居合わせて人助けしたまでですから」

「はは。君のお父さんとそっくりなことを言うね」

「親父をご存知なんですか!?」

「うむ。君のお父さんには、色々と仕事を頼んでいた」


 俺はエレナ博士の方を見る。でもエレナ博士は首を振り、知らないというそぶりだ。


 公爵が続ける。

「彼の最後の仕事も、実は私の依頼で調査に行ってもらったのだ」


「えっ!?」


 例の光の調査が、公爵からの依頼だったのか。

 でも、あの親父のメッセージはまだ言わないほうがいいのかな。

 

 チラッとエレナ博士を見ると、目で言わないほうがいいと言ってきた。

 

 そうか、言うと俺の腕輪のことも話すことになりそうだ。今はまだ話す時ではないな。


「だから、消息不明に私も責任を感じている」


 俺たちレリック・ハンターは依頼料を受け取って仕事をする。そして依頼は、無理だと思えば断ることができる。

 親父は自分で判断して仕事の依頼を受けたわけだから、何かあったとしてもそれは自己責任だ。


 俺は少し間を置いてから応える。

「……それは、俺たちの仕事では覚悟の上ですから……」


「そう言ってもらえると、少しは気が休まるがね」


 すこし公爵が考える素振そぶりをしてから、

「ではこうしよう、この金でひとつ依頼をしたいのだが」

と言って、リスル少佐の方を見た。


 横に立っていたリスル少佐が、引き継いで説明をする。

「実は、今回の誘拐犯の黒幕の捜査を頼みたいのだ」


「それはあなた方が、すでにやっているのでは?」

俺が聞いた。


「実は、情けない話だが、例の実行犯たちが牢屋の中で殺されてしまってね」


「内通者もいるってことね?」

そう言って、エレナ博士がメガネを触った。


「そういうことだろう。我々が下手に動くと、すべて先回りされてしまうかもしれない。だから我々の方はまず、内通者のあぶり出しを行う」


「そうですか」


 俺はそう言ってエレナ博士の方を見ると、俺の方を見て目を輝かせ、うんうん、とうなずいている。


 ここで断ったら、あとで博士に何をされるかわからないな。


「わかりました。では正式に依頼として受けます。……協力はしてくれるんでしょう?」

俺はそう言って、リスル少佐の方を見た。


「このファイルに、例の遺跡にいた実行犯たちの写真、そして現在分かっている範囲の当日の足取りの資料などが入っている。そして、何かあれば我々がすぐに駆けつけよう」

少佐がそう言って、紙のファイルを渡してきた。



 俺たちは依頼を受け、小切手を受け取って事務所に帰ってきた。

 俺はなんか別の疲れが出たが、エレナ博士はその小切手の金額を見て、いつになく上機嫌だ。

 

 

「おかえりなさい。どうでしたか?」

イーサンが聞いてきた。


「新しい仕事がもらえたのはいいんだが、いったいどこから手を付けたらいいやら」 

と、俺。

 

「私にいい考えがあるわ。今から行くわよ」 

エレナ博士が言ってきた。


「え? どこへ?」

「占い師よ」

「占い師?」

「時間もちょうどいい。いないこともあるけど行ってみよう」


 時間は夕方から夜になるところだ。

 俺たちはイーサンも連れて、車に乗って飲み屋が多い二番街へ出かけた。

 途中の車の中で、イーサンには依頼内容を説明しておいた。

  

 

 二番街に着くと車を表通りに停めて、飲み屋街の裏に入っていく。

 夜になって閉まった店の前で、年老いた占い師が折りたたみの椅子に座って客待ちをしているが、エレナ博士がそこに近づいていった。

 

「ヨネばあさん」

エレナ博士が、その占い師に声を掛けた。


 名前と容姿からすると、俺と同じアシハラ系のようだ。


「おー、エレナじゃないかえ? とうとう、お前さんの失われた過去を見る気になったのか?」 

「いや。それはまだなんだが」

「決心がつかないか? わしだっていつまで生きているかわからんからな。見るなら早めに見たほうがええぞ」

「あんたが、そんなに早く死ぬわけないだろ? そんなことより、今日は仕事がらみでね」


「それで、その坊主はエレナの息子かい?」


「まさか!」「違うわよ!」

俺とエレナ博士の声がかぶった。


「ほう?」


「でもまあ俺は、エレナ博士のことを母さんみたいだと思ったことがあるけどな」

俺が言った。


「何言ってるの? 私はまだ二十二才なのよ。こんな大きな子供がいるわけないじゃない」


 またサバ読んでる。しかもまた一歳若くなってるし。 


「こんな時までサバ……」


 俺が言い掛けたのを、エレナ博士が遮る。


「はい、仕事よ」 


 そう言ってエレナ博士が占い師の前の席に座り、先程リスル少佐から受け取ったファイルから誘拐犯の写真を取り出して占い師のテーブルの上に置く。


「この六人が四日前の昼から夕方の時間、どこで何をしていたかを知りたい。そうだな。できれば、この六人が集まっていた場所がわかれば、一番いいんだが」


 四日前というのは、ユリアナ嬢がブティックで誘拐された日だ。

 誘拐されたのは夕方だから、その昼ごろ、この六人がどこで誰と会っていたかがわかれば、犯行を指示した人間にたどり着けるかもしれないわけだ。

 

 この人は過去を見れるってことか?


「まあいいわい。それでは見るとしようか」


 ヨネばあさんは六枚の写真に左手をかざしてみる。

 そして、おもむろにその中の一枚の写真の上に手をおいた。

 その写真の男が、一番強く感じられるのかもしれない。

  

 次にヨネばあさんの右手は目の前にある水晶球を触る。

 

「……見えてきた。アーム・シティの地図はあるかい?」

ヨネばあさんが聞いてきた。


「ここに」

エレナ博士がバッグから地図を取り出して机に広げた。


 すると、ヨネばあさんが今度は左手で地図の上を滑らせていく。

「ここだ。このビルの五階。……軍事会社だ。この六人はここに集まっていた」


 軍事会社というのは、主に傭兵を派遣する会社だ。

 そういえば、あの六人は傭兵っぽかった。


 しかしすごいな。そこまでわかるんだ。

 

 ヨネばあさんが続ける。

「あとこの写真にはいないが、ガッチリした体型で目が鋭く髪はブラウンの男が、口の横に大きなホクロがあるやつと何かを話しているのが見えてきた」 


 口の横に大きなホクロ?

 どこかで見かけたような気もするが……どこだっけ。


「それは?」

「ワシが見えるのはイメージじゃ。こやつらと、何か関係があるんだろうがね」


「そうか。助かったよ」

エレナ博士はそう言って、一万ギルをヨネばあさんに渡した。


「もう行くのかい?」

「これから、そこに行ってみる」

「気をつけなよ」

「ああ。それじゃあね」


「そうだ。来週からちょっと旅行に行くから、ここに来てもいないかもしれないからな」

ヨネさんが後ろから言ってきた。



 俺は車に戻る途中にエレナ博士に聞く。

「今のおばあさんは知り合い?」 

 

「知り合いと言うか、仕事で昔ちょっとね」

「過去が見れるんだ?」

「そう。過去なら結構昔まで、未来はちょっとだけ。だから、『過去見のヨネさん』って呼ばれている」

「へー?」  

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