第3話 第七号遺跡

 二日後の朝、俺たちとアデル教授は探査車に乗って、首都から百二十ケメテルほど南に離れた七号遺跡を目指した。

 

 八輪駆動でバスほどの大きさのこの車には、簡易ベッドにもなるソファや小さなキッチン。そしてブルドーザー機能や大型魔導銃、魔導砲も装備してある。

 魔導銃や魔導砲というのは、属性魔力の魔弾を撃ち出して、例えば火属性なら着弾すると爆発を起こす。

 そういう武器を装備しているのは対魔物用ということもあるが、外に出るのが危険な場所で道をふさぐ岩を破壊したいときや、最近はほとんど無いが盗賊団から攻撃を受けることもあるので、その対処の為もある。

  

 今向かっている七号遺跡は十年以上前に調査が終了しているので、発掘品目当ての盗賊から狙われることはないと思うが、途中通る林道で木が倒れて道を塞いでいる可能性もあるから、これらの装備が必要になるかもしれない。

 

「まあ、荒れ地を走るにはこの車は最適だが、こんな大きな車が必要だったのかねぇ?」

俺はイーサンに話しかけた。


 昔、親父が遺跡の発掘をよくやっていた時に買ったものだと聞いている。


「高かったそうですよ」

「そうだろうな。フロンダーもそうだけど、だからローンの返済ががなかなか終わらないんだよな」


 よく使っている飛空艇フロンダーも高かったそうだ。

 もう少し小さいものなら、もっと安い物があったろうに。


「しかし、そう言う社長も、こういうメカが好きそうですが」

「まあな」


 俺が車を運転し、首都を取り囲む緑地帯を抜けて荒れ地に出る。そこからは道を外れて、荒野を南へ進んだ。



 時々大きな凸凹を乗り越え、車が大きくゆすられる。

 助手席には平然として座っているイーサン。後ろの席を見るとエレナ博士とアデル教授は寝ているようだ。


 よくこんな揺れで寝てられるな。おいおい、よだれが垂れてるぞ。


 俺はすぐに前方に視線を戻す。荒れ地は結構起伏が激しいのだ。気をつけてコース取りをしないと横転してしまうこともある。

 

「次はあの大岩を目指してください」

イーサンは地図とコンパスを使ってナビゲーションをしている。

 

 十年前の調査時に親父たちが通ったコースなどを参考に、なるべくなだらかな場所を選んで走行した。



 そのまま荒野を百ケメテルほど進むと、前方に低い山々が見えてきた。

 その手前にはまばらだが木が多数茂っているのが見えている。

 深い森ではないが、こういう木が茂る場所や草原には動物がいたり、さらにそれを捕食する魔物などがいることがある。

 この辺りには大きな魔物はいないはずだが、俺は注意しながら車を進めた。

 

 すると、かなり前方で狼の魔物が五匹ほど横切るのが見えたが、ここは遺跡からは数ケメテルの場所だ。

 俺たちが遺跡を調査している最中に、もしあの狼の魔物が後をつけて忍び寄ってきたら非常に危険だ。

 できれば、ここで倒しておいた方がいいだろう。

 

 俺は車を止めた。

 

「イーサン。あの魔物は駆除しておこう」

「わかりました」

「俺がおとりになるから、銃座から狙撃してくれ」 

 

 俺は魔導ガンを手に車を降りる。

 

 狼の魔物は匂いに敏感だから、俺の匂いを嗅ぎつけてすぐにやってくるはずだ。

 そこをイーサンが、車の屋根にある銃座から大型の魔導銃で狙い撃つ作戦だ。

 それでも一匹か二匹はそれをかいくぐって、こちらに向かってくる可能性はある。

 

 俺はここで狼の魔物が土属性の攻撃に弱いのを思い出したので、魔導ガンをホルスターに戻して、自分の土魔法を使うことにした。

 

 すると、狼の魔物が木々の間から現れる。先程の五匹だ。

 早速イーサンが、屋根の銃座から大型の魔導銃で狼の魔物を遠いうちに狙撃していく。

 

 一匹、また一匹と減っていくが、やはり残りの二匹がそれをくぐり抜けてこちらに向かってきた。

 

 来たか。

 

 俺はストーン・バレットを放つ。

「石よ、我が意に従い彼の敵を穿け。ストーン・バレット」  

 

 それで一匹を仕留めることが出来た。

 しかし、最後の一匹はもう目前に迫っている。

 

 まずい、相手が速いし近すぎて詠唱が間に合わない。

 

 狼がジャンプして飛びかかってくるのを、俺は横に飛んで避けた。

 地面に体を少し打ち付けたが、痛がっている暇はない。狼は着地して再び俺の方に向かってくる。

 俺はすぐに魔導ガンを抜いて、狼が開けた口をめがけてトリガーを引いた。

 

 すると、魔弾は狼の口の中で爆発し、狼の内側から損傷を与えたようだ、そのまま動かなくなって体が地面に倒れ込んだ。

 

 ふー。

 

 俺が立ち上がると、そこにイーサンが車から降りてきた。


「大丈夫でしたか?」


「どうにかな。今回はなんとかなったが、もうちょっとやり方を考えないとな」

俺はそう言いながら、服に着いた汚れをはたき落とす。


 俺はレリック・ハンターになって、何回か魔物との戦いも経験しているが、決して経験豊富とは言えない。

 いつも、イーサンやエレナ博士に助けられてきた。


「前社長も、始めのうちは苦労していたみたいですよ。よく言っていました」


 まあ、みんなこうやって少しずつ経験を重ねてベテランになって行くんだな。


「そうか。親父もか……親父なら今のような状況はどうしていたかな」

「前社長は、こういうときには金属の盾を使っていましたが、社長にはお勧めできません」

「なぜ?」

「前社長は、あの筋肉でしたから」

「そうか。おやじはマッチョだったから、盾なんか軽々と扱えたか」


 俺が盾を持っても、重すぎて動きが鈍くなるだけだろう。

 仮に狼の突進を盾で防げても、盾を持った腕がもたないな。 

 衝撃で肩の関節が外れるかもしれない。

 

「でも、今社長が倒した狼の魔物は毛皮が傷ついていませんから、高く売れるかもしれませんよ」


 貴族や金持ちが剥製にして飾ったり、毛皮を敷物などにすることもあるようだ。


「そうか。それじゃあ、この一匹だけ持ち帰って、あとは魔晶石だけ取り出して埋めていくか」 


 そのあと俺とイーサンで、先程倒した狼の体の中から魔晶石を取り出しに行く。

 狼の魔晶石は小さいが、一つあたり二千ギルぐらいにはなるはずだ。

 

 狼の肉は硬くてまずいので持ち帰ることはせずに、先程の一匹を残し四匹は俺が土魔法で土の中に埋めておいた。

 そうしないと匂いを嗅ぎつけて、また他の魔物がやってきてしまう。


 俺たちが魔晶石を回収して車の中に戻ると、エレナ博士とアデル教授はまだ寝ていた。


「ムニャムニャ……あとはデザートのケーキを……ムニャムニャ」

アデル教授が寝言を言った。


「アデル教授は、夢の中で何か美味しいものを食べているみたいです」

と、イーサン。


「さあ、あともうちょっとだ。行こうか」

「はい」

 

 俺は再び車を走らせ、もう五分ほど走ると目的の丘の麓に到着した。

 目的の遺跡は、この丘の中腹に入口があるはずだ。


 俺が丘の麓に車を停めると、エレナ博士とアデル教授がやっと目を覚ました。

 エレナ博士はバッグからコンパクトを取り出して、すぐに化粧のチェックをする。


「ここはどこ?」

アデル教授はまだ寝ぼけているみたいだ。


「着いたぞ、準備して行こう」

俺はそう言って、後ろの荷物スペースに行く。


「今回は私も行くか。ここにいると、魔物が来そうだし」


 エレナ博士は普段は後方で支援してくれることが多いが、この近くには魔物が出るようなので車に残らすに自分も行くことにしたようだ。


 俺は作業靴に履き替え、魔導灯やロープ、いざという時の携帯食などが入ったカバンを背中に背負う。

 アデル教授は、ベージュの服にベージュの帽子。一昔前のどこかの探検隊のような恰好に着替えてきた。

 まあ、こんな埃っぽい場所だから、そのほうがいいかもしれない。


 エレナ博士はというと、こんな場所でもタイトスカートのままで、さらに白衣も着ていくようだ。靴だけトレッキッグシューズみたいのをはいているので、なんかアンバランスだった。


 俺たちは車の中ほどに付いたドアから車を降りると、その丘を見上げてみた。

 斜面は十度ぐらいの傾斜だ。このぐらいの傾斜なら、この装備でも問題ないだろう。


「昔の資料によると、遺跡の入口の前には発掘時に丘を削って整地された広いスペースがあるはずだ。とりあえずそこまで登ってみよう。イーサンは一番最後から魔物に注意しながら登ってくれ」

俺はそう言って、先頭になって斜面を登り始めた。


 その遺跡の入口の前に作られたスペースは、小型の飛空艇なら数隻着陸できるぐらいの広さがあるはずだ。

 しかし、うちのフロンダーは八十メテルほどの大きさがある。そのスペースは七十メテル程の大きさなので飛空艇で来るのを諦めたのだ。

 さらにフロンダーは紫のオーブへの魔力を切ると非常に重いので、地面が陥没する可能性もある。もしその下に遺跡の通路などがあったら壊してしまう恐れがあった。


 少し登ったところで後ろを振り返ると、エレナ博士が息を切らしている。

「けっこうきついわー」


「運動不足だよ」

俺はそう言って、登るペースを少し落とした。


 さらに五十メテルぐらい丘を登ると、その整地された平らな場所に出る。


 と、俺は七十メテルほど離れた遺跡の入口にいる人影を見て、反射的に身を伏せた。後から続いて登ってくる皆にも、伏せて声を出さないように身振りで指示をする。

 斜面の縁から頭が出たあたりですぐに気づいて伏せたので、相手が高価な探知装置でも持っていなければ、まだ気づかれていないはずだ。

 それに相手は遠くの上空を見ていた気がする。


 エレナ博士が身をかがめながら、そっと横に来た。

「なに?」


「遺跡の入口に人がいる」


 アデル教授も自分の目で確かめようと、横に来てそっと覗いてみる。

「えー? なんで?」


「先を越されたんじゃないか? 誰か他の人に、今回の調査を漏らした?」

「それは……無いわ」

「考古庁の調査許可は取ってあるよな?」

「もちろん」


 アデル教授は考古庁のレムル文明研究所の研究員も兼務しているようだし、ぬかりはないか。

 まさか、考古庁から情報が漏れた可能性は……ないよな?


「盗賊団のアジトの可能性はあるかな?」

俺は、今度はエレナ博士に聞いた。


「可能性が無いことも無いけど、ここは盗賊団がアジトにするには街から遠すぎるわね。それにもしアジトなら、かなり手前に探知の魔道具を張り巡らせて、とっくに気づかれているはずよ」

「それならやはり、アデル教授の発見を横取りしようと、他の考古学者が先回りして来ているのかもしれないな。その場合はアデル教授が正式に政府の許可をもらっているわけだから、追い出すことが出来るかもしれない」

「どちらにせよ、まずは相手を確認しなければいけないわね」


 まだ、他の調査チームなのか盗賊団なのかはわからないが、もしあれが盗賊団なら戦闘になる可能性が高い。だからといって、確認もしないでいきなりこちらから攻撃したら法律違反だ。


「じゃあ、向こうの出方をみてみるか……」


 エレナ博士が遺跡の方をそっと覗いてみる。

「相手は二人ね。魔導ガンを持っているみたいだけど大丈夫?」


 実は俺は、今まで実際に人と撃ち合ったことは無い。それでエレナ博士は俺に大丈夫か聞いてきたわけだが、こんな仕事をしていれば、遅かれ早かれいつかはこういう場面に遭遇するはずだった。

 魔物とは戦ったことがあるし、現にさっきも戦ったばかりだ。もし、撃ち合いになってもなんとかなると思う。

 そもそも、これから撃ち合いになるかどうかもわからない。


「何とかなるんじゃないか?」

「念の為、私とイーサンは側面から援護をするわ」

「じゃあ、俺とアデル教授で出ていけばいいな?」


「えー? 私も行くのー?」

アデル教授が嫌そうな顔をする。


「相手がどこかの考古学者なら、こちらの正当性を主張しないと。その時はアデル教授の出番だ。それに入口を見張っているのは、俺たちと同じ様に雇われたレリック・ハンターの可能性が高いよ。いきなり撃ってきたりはしないさ」

「ほんとに?」


 俺はうなずいた。

「ああ」 


 たぶん。


「もし盗賊なら?」

「可能性は低いが、その時は、その時さ」

「まったくいい加減なんだから。いざというときは、ちゃんと守ってよね?」

「わかった」


「それじゃあ、万が一戦闘になったら援護するけど、もしショウたちが捕まった場合は、Cプランでいい?」

エレナ博士が俺に確認してきた。


「そうしよう」


 イーサンなら、相手が魔導ガンのトリガーを引こうとした瞬間に先に撃って相手を戦闘不能にしてくれるだろう。

 何も問題ないな。


「じゃあ、イーサンと私は左から回り込むわよ」


「わかりました」

イーサンが返事した。


 移動を始めようとしたエレナ博士を、俺が呼び止める。

「そうだ、エレナ博士。その白衣を貸してくれる?」


「なんでよ?」

「一応研究者を装ってみる。こんな場所には不釣り合いだけど、腰に下げた魔導ガンを隠すという意味もあるし」


「汚すなよ」

とエレナ博士は言って、俺に渋々白衣を貸してくれた。


 エレナ博士たちが回り込んだのを見計らって、俺とアデル教授はゆっくりと平坦になった広場に足を踏み入れた。

 遺跡の本体は丘の中に続いていて、入口の石組だけが見えている。そこまではあと七十メテルぐらいだ。

 よく見ると、あいつらが乗ってきたと思われる小型飛空艇も右の端の方に停まっていた。

 

 すぐに入口の二人が俺たちに気が付いたが、腰の魔導ガンに手をかけただけで、まだ抜いていない。

 そして、片方の男が魔導通信機で俺たちのことを誰かに知らせている様子だ。

 

 もし盗賊団のアジトなら仲間以外の者が近づけば、すぐに撃ってくるはずだ。撃ってこないところを見ると、おそらく盗賊団ではないだろう。

 これなら話し合いの余地はありそうだ。


 俺は念の為に手をあげて、もう少しだけ近寄る。

 アデル教授はびくびくしながら、俺の後ろをついてきた。


 男たちが腰に下げている魔導ガンは片手式だな。

 片手式の魔導ガンの有効射程距離はおよそ五十メテルだ。


「よほどの名手でなければ、この距離から撃っても当たらない可能性の方が高いよ」

俺は、怖がっている教授を安心させようと言った。


「ほんとに?」


 たぶん……。


「ああ。だから俺の後ろに隠れない方がいい。教授が武器を構えているかもしれないと勘ぐって、逆に撃たれるかもしれないぞ」


 それを聞いて、アデル教授が恐る恐る横に出て並んだ。

 

 俺はそこで止まって手をあげたまま、遺跡の入口を見張っている奴らに話しかける。

「ちょっといいかな!? 俺たちはアーム大学の者で遺跡の調査にやってきたんだが、君たちは!?」


 まあ、遺跡の調査は本当のことだ。


 入口の二人は顔を見合わせ、一人が再び魔導通信機で誰かに指示を仰いでいる。

「やってきた奴らはアーム大学の遺跡調査と言っています。……ええ、違います。……はい……はい」


 今の通信の内容からすると、どうやら誰かがここにやってくる予定があるようだ。それで向こうも、確認できるまでは俺たちに手を出さなかったのだろう。


 通信機で指示を仰いでいたやつがこちらに向き直る。

「手を挙げたままゆっくりと歩いてこい。変なまねをするなよ!」


 俺たちが言われたとおりにその二人の前まで来ると、ボディーチェックをされて、俺の魔導ガンは取り上げられた。

「学者が、なんでこんな武器を持っている?」


「近くには魔物もいるから。それで、あんた方は誰で、ここで何をしてるんだ?」

俺が聞いた。


「余計な詮索はするな」


 アデル教授が服の襟につけているアーム大学のバッジが効いたのかもしれない。武器とカバンは取り上げられたが、相手は俺たちを学者だと信じたのか、ポケットの中身や腕時計までは取り上げられなかった。

 

「先を歩いて奥に入れ。おかしな真似はするなよ」

もう一人の男がそう言って、後ろから武器を構えて、俺たちを遺跡の中へと誘導した。


 こいつらはレリック・ハンターではなさそうだ。

 かと言って盗賊団でもなさそうだ。

 

 なんだろう。


 しかし、これで入口の見張りは一人になった。

 おれたちが捕まったら、エレナ博士たちはCプランを実行するはずだ。入口の一人だけなら、イーサンだけで十分に対処できるだろう。


「そこを左だ」


 後ろから指示されるままに俺たちは階段を降り、迷路のような通路を左へ、そして右へと歩いていく。

 通路には、彼らが持って来たのだろうか、魔導式のランタンが何メテルかおきに置かれていて、通路を照らしているので結構明るい。


 さらにしばらく進むと、金属の扉の前に出た。その扉の横には、見張が一人立っている。


「あーあ、遺跡にこんな扉を勝手につけちゃって」

アデル教授が、後付けの金属製の扉を見てつぶやいた。


「黙ってろ」

後で銃を構えていたやつがそう言い、続けて扉の前にいた見張りに話しかける。

「こいつらも一緒に閉じ込めておけとさ」


「おう、通信は聞いた」

そう言って、その見張りの男がドアを開けた。


「中に入ってろ」

先程の男が、後ろから銃を突きつけて背中を押してくる。


 俺たちは抵抗せずに、中に入った。

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