第2話 納品と新たな依頼

 俺たちは貨物室から操縦室に戻ってきた。

「ただいま。なんとか無事に回収できたよ」


「私のおかげですね」

イーサンが自賛した。


 まあ、たしかにそうだけどな。でも、ふつうは自分で言わないぞ。


 俺はちょっと肩をすくめた。


「間一髪だったけど、二人共無事でよかったわ」

と、エレナ博士。


「ああ、危なかったな。翼竜がこんな高度まで上がってくるとは思わなかった」

俺はそう言いながら魔導無線機を外して操縦席に戻る。


 しかし、上空で作業をしていると、こういう危険なことがたまにはある。

 だから考古庁も自分で回収せずに、わざわざ俺たちのようなレリック・ハンターを雇う。そのおかげで、俺たちは仕事にありついているわけだ。


「でも、翼竜がかすったみたいだけど、欠片は損傷しなかった?」


 この後あの欠片を考古庁に納品に行けば、考古学の知識を持った担当者が調べるはずだ。

 出来たばかりの損傷は見ればすぐに分かるだろう。

 もし重要なレリーフの部分が欠けていれば、理由はどうあれ報酬を減額される可能性もある。


「少なくとも、レリーフの部分は大丈夫だったと思う」

「それならよかったわ」


 俺は操縦席に座った。

「じゃあ、帰るか」


 エレナ博士がニコリとする。

「ええ、帰りましょ」


 俺は、フロンダーの進路をステイシアの首都アーム・シティへ向けた。

 

 

 すると、エレナ博士が何かを計算しはじめた様だ。

「魔晶石の魔力の残りが心もとないわね。空港に着陸するまでギリギリ持つかもしれないけど、もし着陸時に何かあったらやばいかもしれないわ」


 俺たちの船は空中に浮かぶのは魔石からの魔力を使っているが、前に進むのは風の魔晶石の力を使っている。

 もし途中で風の魔晶石の魔力が切れたら、漂流してしまうかもしれない。


「現在の風向きは?」

「北北西だから、帆を出せばなんとかなるわ」

「じゃあ、ここからは帆を出して空港の近くまで行こうか」 


 普段は帆を畳んであるが、ほとんどの飛空船には昔の帆船のようなマストや帆が付いている。

 中には魔石の魔力を節約するために、可能な場合は常に帆で風を受けて飛んでいる飛空船もあるぐらいだ。

 ただし、海に浮かぶ船と違って水が無いために横流れを防げず、帆だけでは風下方向にしか飛べない。

 風向きが違う場合は、高度によって風向きが変わることを利用して、飛空船の高度を変えて都合がいい風に乗る必要がある。


 しかし、魔晶石をもっと買っておく金銭的余裕があれば、こんなことをしなくても済む。

 

「もっと、稼がないとな」

俺がこぼした。 


「わかってるじゃない」

と、エレナ博士。


「じゃあイーサン、頼む」

「はい」

  

 俺は魔導エンジンのスロットルを閉じて、イーサンは帆を張る作業に入った。

 

 イーサンは操縦室の脇にあるいくつかのハンドルを回して、ワイヤーを操作して帆を張り始める。

 海の上を進む船と違うのは、飛空船の舷側げんそく、つまり船の側面にも帆を張れるようになっているところだろう。

 普段は邪魔になるので引っ込めてある舷側のマストも出したようだ。



 俺たちは、そこからはしばらく帆で風を受けて進んだ。

 イーサンは帆の角度の微調整をするために、ワイヤーを操作するハンドルの近くで待機していた。

 

 

 そうやって数十ケメテル進み、俺たちはアーム・シティが間近に見えるところまで戻ってきた。

 前方の窓から見えるアーム・シティは、夕日でオレンジ色に染まり始めている。

 

「社長。そろそろ帆をしまって、魔導エンジンで行くほうがいいと思います」 

イーサンが言ってきた。


「どうしてだ?」

「今回の依頼には納品期限があったはずです」 

「なんだって!?」


 俺は焦って依頼書を読み返した。

 すると、下の方に期限が書いてある。

 

「今日の十八時までに納品しないと、報酬が減額されるかもしれないぞ」

俺が言った。


 エレナ博士が時計を見る。

「まじで? ギリギリかもしれないわ」


「いくら金がないからと言って、一日に二つの依頼を受けるのは無謀です」

と、イーサン。


 実は午前中に、俺たちは別の簡単な依頼をこなしていたのだ。


「いまさらそんなことを言ってもしょうがない。ここからは帆を閉じて急ぐぞ」

 

「はい」

イーサンが帆を閉じる作業に入った。 

 

 ここまで来れば、もう魔力切れの心配はいらないだろう。

 俺は魔導エンジンのスロットルを開けて、フロンダーの速度を速めた。

 


 ステイシアの首都アーム・シティは、温帯にあり気候は快適だ。

 街の直径は三十ケメテルほどあり、人口は百二十万人程度。

 その郊外には民間用の二つの空港があり、第一は旅客用、第二はプライベートや貨物が中心で、俺たちの格納庫も第二空港にある。

 もちろんそれ外にも、政府や軍用の空港が別にある。

 

 空港付近の上空では着陸許可待ちの飛空挺が数機待機していたり、空港から発進してきた飛空船が下から上がってきて通り過ぎていった。

 

 それらの飛空船の形はどれも似たりよったりで、海の上を進む船の形をしている。

 どうしてかというと、初めに飛空船を考えた人が海の上を進む船に紫のオーブを取り付けて浮かび上がらせ、帆の力で前に進んだのが始まりということも大きいだろう。

 さらに、大陸間を航行する飛空船は海の上に不時着することもあるので、そういうときのために船の形を採用しているのだと思われる。



 管制塔から無線で着陸許可が降りると、俺は第二空港にフロンダーを着陸させた。

 所定の位置にフロンダーを停めるとイーサンが先に降り、すぐに近くにある俺たちの格納庫からクレーン付きのトラックを出してきて、回収してきた欠片をクレーンを使ってトラックの荷台に載せる。

 欠片の固定が終わると、俺たちは三人でトラックに乗り込み、欠片を納品するために依頼主の考古庁があるアーム・シティの中心部へと向かった。


 ステイシアの道路は左側通行だ。つまり運転席は右にある。もちろん俺が運転席で中央の席にはイーサンが座り、左端の席にはエレナ博士が座った。

 エレナ博士はドアにもたれかかって外をぼーっと見ているが、おそらく夕飯のことでも考えているのだろう。


 中心部に向かって道路を進み、第二空港に隣接する工業地帯を抜けると、今度は住宅やオフィスが増えてくる。

 建物は旧大陸の影響で中世のようなデザインが多く、木造や石造りの建物が多い。その場合は高くても五階建てぐらいまでの高さなのだが、最近はコンクリートを使った七階建ぐらいまでの建物が増えてきている。それでも、デザインは見慣れた中世のデザインを採用していて、窓枠などに装飾が施されている。

 

 そしてさらにアーム・シティの中心部に入ると、よくあることだが渋滞にはまってしまった。


 魔導車はタイヤで走る車がほとんどなのだが、中には紫のオーブで浮いて飛ぶ飛空車もある。

 しかし紫のオーブは数に限りがあるので、飛空車は軍や金持ちぐらいしか持てない。

 

 だがここ中心部では、飛空車でも貴族や軍、緊急車両以外は空を飛ぶことを原則禁止されているため、さらに渋滞がひどくなっているようだ。

 

 もちろん俺たちの貧乏会社では飛空車なんて買う余裕がない。今乗っているトラックもゴムのタイヤで走るものだった。

 それでも、魔石の魔力で動くのは一緒だ。

 

 その魔石は、旧大陸では昔から魔石を採掘してきたために、推定埋蔵量はせいぜい百年程度と言われている。

 ところがこの新大陸ステイシアには魔石の埋蔵量として全人類が使用する量の三百年分以上がまだ埋まっているということだ。

 また、鉄などの鉱物資源も豊富にある。

 だから、ステイシアは旧大陸への魔石や鉱物の輸出で潤っていて景気はいい。

 

 

 俺たちは渋滞にはまりながら、さらに三十分ほどかけて目的地に到着した。


 なんとか時間に間に合ったか。


 石造りで立派な考古庁に到着すると、門番に依頼書を見せる。


「確認できました。回収してきた欠片は裏の倉庫に降ろしてください。担当者にはこちらから連絡しておきます」 

「ありがとう」 

 

 俺たちが欠片を指定された場所にクレーンで降ろしていると、担当の人がやってきた。二十才ぐらいの女性だ。

 彼女は黒い髪を後ろで束ねていて、黒縁丸メガネを掛けている。そのいでたちは仕事しか興味ないといった感じで、センスがいいとは言いがたい。

 まあ、俺も人のことは言えないが。

 

 彼女は俺たちが降ろした欠片を見上げ、観察しながら周りを一周して一言。

「まあまあね」


 欠片の状態がまあまあなのか、それとも彼女は古代文字が辞書無しで読めて、その内容がまあまあなのかはわからない。


「それでは、受領のサインをお願いします」

エレナ博士が依頼書を差し出した。


 エレナ博士は、うちの会社の経理も担当しているので、こういう事は任せてある。


「でも、一分程遅刻ね」


 おや?

 もしかしたら、値引き交渉か?


「でも、この考古庁の敷地に入ったのは時間内でしたわ」  

「どうしようかな」 


「お願い。満額出してくれないと、明日の食費にも困るのよ」

エレナ博士が泣き落としに入った。


「今回の依頼は私に一任されているから満額払ってもいいんだけど……それじゃあこうしない? 私はここのレムル文明研究所の研究員も兼ねているけど、本職はアーム大学の考古学教授なのよ。そちらの仕事を安く手伝ってくれないかしら」


 現在のステイシア王国の教育制度は、十二才までは普通に学校で勉強し、卒業時に古代レムル文明の遺産である黄色のオーブを使った教育魔導具で、それ以降の教育内容を脳に直接転送される。

 十二才までは脳の発育期ということで、この間は昔のような勉強で脳を鍛えないといけないそうだ。

 その後、研究や学問の道に進みたい人は大学に入る。だから二十才にして教授なんてのは、ステイシアではよくあることだ。

 ちなみに、この教育魔導具はステイシアの遺跡から発見されたもので、旧大陸の遺跡からは見つかっていない。


「え?」

「何も損を出してまでとは言わないわ。経費分は払うから」

「経費ギリギリじゃなくて、ちょっとは上乗せしてくれない?」


「こっちも大学の研究費が年々減らされていて、予算が少ないのよ」

そう言ったアデル教授は、ちょっと苦々しそうだ。


 ああ、最近は新たな遺跡の発見もないから、考古学の予算は削られているのかな。

 まあ、可愛そうっちゃ、可愛そうだ。


「うちも、ローンの支払いが大変なのよ」

エレナ博士も簡単には引き下がらない。


「うーん……それじゃあ、仕事の結果次第ってことで」

「しょうがない、それでいいわ。それで、どんな仕事?」

「第七号遺跡があるでしょ? あれを再調査したいのよ。でも、大学の研究費は限られているし」 

「わかったわ。細かいことは、あとでうちの事務所で打ち合わせしましょ?」


 俺たちは通常はレリック・ハンター・ギルド経由で仕事の依頼を受けるが、もちろん直接受けても構わない。


 ギルドを通せばもちろん中間マージンを取られるが、その分ギルドは依頼者の素行調査や仕事の違法性などをチェックしてくれる。

 依頼する方も、ギルドが仕事内容に適したレリック・ハンターのチームを責任を持って紹介してくれるので、依頼者にとっても安心だ。

 そしてレリック・ハンターと依頼者との間でトラブルが発生したときには、ギルドが間に入って仲裁もしてくれる。

 直接受ければ、そういうフォローが受けられないだけだ。


「それじゃあ、よろしくね。私はアデル・ブノア」

「エレナよ」「俺はショウ」

俺たちは握手をして自己紹介した。


 同時に俺は、うちの事務所の住所と簡単な地図が書いてある名刺を渡しておいた。

 

 イーサンも自己紹介をする。

「イーサンです」


 しかしアデル教授は、イーサンとは握手せずに差し伸べた手を無視した。

 もしかしたら、魔導人形が嫌いなのかもしれない。


 でも、ひと目で魔導人形だと見抜いたのはさすがだ。

 魔導人形は、色々なタイプが遺跡から見つかって出回っているらしいが、見た目がゴツくてすぐに魔導人形だと分かるものもあるらしい。

 イーサンの場合は普通なら魔導人形だと気が付かない人のほうが多いのだが、アデル教授はよほど観察眼が優れているのかもしれない。

 

 そのあとアデル教授は、依頼書の受領欄にサインをした。

 これで、今回の仕事は完了だ。

 

 ちなみに、サインされた依頼書の原本をあとでギルドの窓口に持っていくか郵送すれば、後日報酬が銀行の口座に入金される。


「えーっと事務所の住所は……これね? 仕事を片付けてから行くから、二十時ごろでいいかしら」

アデル教授が先程の名刺を見て言ってきた。


「ええ。待ってるわね」 

エレナ博士が愛想よく返した。



 俺たちは三人でトラックに戻り乗り込むと、再び俺がトラックを運転して考古庁の敷地から出す。


「エレナ博士にしては珍しいな」

俺が運転しながら言った。


「安く仕事を請け負ったこと?」

「そう」

「今回は投資だと思えばいいわ。あのアデル教授と仲良くしていれば、今後は考古庁の仕事も増えそうだし」

「なるほどね」


「さて。これで、今回の報酬は明後日に満額入金されるわ」

エレナ博士がそう言って、ニコリとした。


「でも、考えてみれば報酬が高くていい仕事だったな」

「浮遊大陸の欠片には紫のオーブが含まれているのから、ギルドが設定する欠片の回収の依頼料は他の依頼に比べて高く設定されているのよ」

「そういうことか」

「でも、今回の依頼主は考古庁だから、紫のオーブを中から取り出して売るかどうかはわからないけどね。でも、もし売れば小さいものでも高額で売れるはず」


 報酬が高いのは、欠片を依頼主に届けずに紫のオーブだけを取り出して、横流ししてしまうのを防ぐ意味もあるのだろう。


「よし、満額はいるなら、今日の夕飯は外食にしようか」

「私はステーキがいいなー」


「私はハンバーグにしておきます」

イーサンが真面目な顔で言ってきた。


 俺はイーサンをジト目で見る。

「お前は魔導人形だから水だけでもいいだろうが」


 各地の遺跡からは古代の魔導人形が千体近く見つかっているらしい。

 その魔導人形は、最初の起動に魔力が必要だが、あとは水を与えておけば永遠に動き続けることができる。

 そして、水以外にも普通の食べ物を食べてそれをエネルギーに変換できるらしいが、普通は金が掛かるから水しか与えない人が多いらしい。

 

 ちなみに、四年前に魔導人形の起動と初期設定の仕方を最初に発見したのがエレナ博士で、それを学会で発表してエレナ博士は三年前に魔導工学の博士号をもらったということだ。

 その時に研究に使ったのがイーサンだった。


「人間の生態を研究中ですので」

「ったく。……でも今回は活躍してもらったしな。じゃあ、こないだ言っていた、あのレストランに行くか」


「賛成ー」

と、エレナ博士。


 俺たちはシティの中心部から出て、最近口コミで話題になっているレストランで食事をすることにした。

 


 ステイシアは現在、大陸全体で一つの国になっている。

 新興国であるこの国は、もともとステイシアに投資していた旧大陸のノーグラルド王国ウィルムヘルム王家の次男が移住してきて始まった。

 人口が増加し資源が枯渇し始めた旧大陸からの移民はますます増え、現在も首都アーム・シティの至る所でマンションの新築工事が行われている。

 だから中心部では土地代が値上がりし、大きいトラックを停められる大きな駐車場を持つレストランが無いということもある。



 二十分ほど掛けてそのレストランに到着すると、店の駐車場にトラックを停めて三人で降りる。

 その店は、外見や内装が旧大陸の鉄道のホームや列車を模しているのだが、ステイシア王国には鉄道が無いのでとても新鮮だった。


 ちなみに新大陸に鉄道がないのは、植民が始まった頃には飛空船が都市間を結ぶ交通手段として確立され始めていたからだ。

 わざわざ巨額を投じて、魔物もいる荒野にレールを敷く必要性がなかったわけだ。

  

 俺たちは食堂車のような内装の部屋に案内されて、三人でテーブルを囲んだ。

 その横の壁は鉄道車両の窓になっているのだが、旧大陸のどこかの車窓から見える風景が映されている。

 おそらく映画のスクリーンのようになっているのだろう。

 

 映画は五十年ほど前に発明されて劇場に行けば比較的安価で観ることが出来るようになり、さらに二十年ほど前には魔導テレビも発明されている。

 魔導テレビはまだ高価なので庶民で持っている家は少ないが、普及も徐々に進んでいて、ニュースや映画などが放送され始めている。



 俺とエレナ博士はステーキ、イーサンはハンバーグを注文した。


「イーサンはハンバーグを食べるのはいいが、味は分かるのか?」

俺が聞いた。


「もちろんですよ。塩分がいくら、脂肪がいくらという具合に、成分の分析も出来ます」

「そうだったのか。それじゃあ、毒が含まれているかも分かるのか?」

「既知のものでしたら。本来は化学式から毒の可能性があることも予想できるのですが」


「化学式ってなんだ?」

「古代レムルで使われていた学問の一つです。社長には理解出来ないと思いますよ」


 俺には無理ってか?


「頭が悪くて、悪かったな」

「自分の限界を認めるのは、いいことです」

「くっ」


「イーサン。『本来は』ということは、その化学式についてもロックがかかっているのね?」

エレナ博士が聞いた。


「そうです。何かの条件が満たされればロックが解除されるはずですが」


 イーサンもそうらしいが、遺跡から発見された魔導人形は、レムル文明の高度な知識が詰め込まれている個体もいくつかあるらしい。

 ところがその記憶にはロックが掛かっていて、読み出しに成功した事例は聞かれない。


「そんな事を言って、本当は忘れただけなんじゃないか? ポンコツだから」

俺がからかった。


「失礼な!」


「まあこれは推測だけど、今の人類の文明レベルに不相応な高度な知識なので、封印されているのではないかと思うのよ」

と、エレナ博士。


「そんなにすごい知識なのか?」

俺が聞いた。


「あのレムル文明よ? その知識があれば、世界を破壊するのも征服するのも難しくはないでしょうね」

「それはすごいな」


「見直しましたか?」

イーサンが誇らしげに俺に聞いてきた。


「お前じゃなくて、古代レムル人をな」



 そんな話をしているうちに、ステーキとハンバーグが運ばれてきた。


「いただきまーす」

と、俺たち。


 俺はナイフとフォークで肉を切って口に運ぶ。

「あれ? これって本物の牛肉みたいだな」


 いつも食べている肉よりも柔らかい。


「どれどれ?」

エレナ博士もそう言いながら一口食べてみる。

「ほんとだわ」


「これは牛肉です」

イーサンが、自分のハンバーグを食べて分析したようだ。


 首都がある新大陸の中央付近は荒れ地が多いために、牧畜は大々的には行われていない。

 牧畜をするには、土地を改良し牧草などを育てる必要がある。さらに、放牧をすると今度は牛や羊が魔物に襲撃されることがあって、そのためにレリック・ハンターに魔物の駆除依頼が来ることがある。

 そういう手間やコストが掛かるので、牛や羊などの肉は値段が張ることになり、今までは高級店でしか扱っていなかった。

 

 俺たち庶民がこういう町のレストランで頼むと出てくるのは、いつもなら牛肉風の魔物の肉だ。

 そして魔物の肉は硬い事が多い。


 俺は近くにいた店員に確認してみる。

「店員さん。これって本当の牛の肉?」


「はいそうです。最近は輸送費が安くなって旧大陸からの冷凍空輸が増えています」

「なるほどー」


 飛空船による輸送は、上空の気流にもよるが旧大陸の一番近い都市からでも一週間程度掛かる。

 最近は魔導具による冷凍技術が開発され、それに加えステイシアからは魔石が大量に輸出されるようになって、昔より手軽に空輸が出来るようになったのだろう。

 


 食事を済ませて外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 俺たちは再びトラックに乗り、俺が運転して第二空港に帰ってきた。

 

 俺たちの事務所は第二空港の俺たちの格納庫のすぐ外側にある。

 ちょっとボロいが、四階建ての建物だ。

 一階はレリック・ハンターの事務所になっていて、二階より上が俺たちの住居になっている。

 

 俺がトラックを格納庫の方にしまいに行って戻ってくると、ちょうどアデル教授も自分の車でやってきた。 

 


「中へどうぞー」

エレナ博士が愛想よく声をかけ、アデル教授を事務所の中へ案内する。


 アデル教授を事務所の応接ソファに案内するとエレナ博士はそのままソファの端に掛けて、俺はアデル教授の向かいに腰かけた。

 その間にイーサンがお茶をれている。

 

「それで、第七号遺跡の再調査だっけ?」

俺が聞いた。


「そう。案内と護衛をしてほしいのよ」


 遺跡は首都から離れた荒野に有ることが多い。

 荒野には魔物がいるし、時には盗賊団が襲ってくることもある。

 だから遺跡の調査には、俺たちみたいな戦闘もできるし遺跡の知識もあるレリック・ハンターに護衛を頼むのが普通だ。


「で、今回は新規発掘じゃないからそれほど日数はかからないはずだけど、往復に一日、調査に最低一日として二日間でいいかしら。通常料金なら五十万以上になる仕事だと思うけど、予算は?」

エレナ博士が聞いた。 

 

「今回は三十万ギルが限度よ」


 ギルドを通せば二十パーセントの中間マージンを差し引いても、四十万にはなる仕事だ。

 三十万ギルだと、本当に経費ギリギリだろう。利益はわずかだ。

 

 俺がチラッとエレナ博士を見ると、わかっていたはずなのに、やはり渋い顔を俺の方に向けてきた。

 でも俺たちは、仕事を選べるような身分ではない。飛空船や車のローンがだいぶ残っているから、赤字にならないのなら受けるべきだろう。

 それにさっきエレナ博士が言ったように、今後は考古庁からの仕事を多く回してもらえるようになるかもしれない。 


 それでも、他のチームなら特殊な車や調査用の機材をレンタルする必要があって三十万では足が出るだろうが、俺たちのチームは調査用の機材や車はほとんど自前で持っているから、なんとか足は出ないはずだ。

 だからローンで苦しんでいるということもあるんだが。


「わかった。それで、第七号遺跡の再調査ということだけど……」


 俺が仕事の内容を確認しようとすると、イーサンが言ってくる。


「あの遺跡は十年前に前社長が調査に加わったことがあるので、詳しい資料も残っています」


「お前は四年前に起動したはずなのに、よく知ってるな」

「エレナ博士から、事務所にある資料をすべて記憶しておく様に言われていますので」

「そういうことか」


 でも、親父が調査したのか……。

 ああそうか。それでアデル教授は俺たちのチームに目星をつけていたのかもしれない。

 しかし、予算は足りない。

 たまたま今回は納品期限に一分遅れたけど、それがなかったらどうやって値引き交渉をするつもりだったのかな。

 泣き落としとか?

 それとも、俺たちの会社が自転車操業で、それでも受けそうなことを調べてあったのか。

 

「じゃあもう、何も新しい発見は無いかもしれないねぇ」

エレナ博士がそう言いながら、少し首をかしげた。


「しかも当時、あの遺跡からは何も出てこなかったそうです」

と、イーサン。


 アデル教授が、持ってきた資料をカバンから出してテーブルに広げる。

「きっかけは、すべての遺跡からレリックが見つかっているわけではい、ということに疑問を抱いたのよ。それで昔の資料を研究しなおしているうちに、壁に描かれている文字が今までと違う解釈ができるんじゃないかと思ったわけ。あっ、このことはまだ口外しないでね。学会での発表前だから」


「それは大丈夫だ」

俺が応え、続けてイーサンに指示する。

「イーサン。七号遺跡の資料を持ってきてくれ」


「はい」


 イーサンが持ってきた資料を見ると、七号遺跡は首都から近いが、遺跡の近くにフロンダーを着陸させられそうな広いくて岩盤がしっかりとしている場所は無さそうだ。

 フロンダーは金属でできているのでかなり重い。軟弱な地盤の場所には着陸できない。

 もっと小さい飛空艇なら停められそうだが、俺たちは持っていないから、それだと飛空艇のレンタル代が余分にかかってしまう。

 やはり、今回は車で行くしかないだろう。

 となると、先程エレナ博士が言った通り、片道で半日をみておいたほうが良さそうだ。

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