平民の俺に王侯貴族の令嬢が押しかけてきて、どうすればいい?

中川与夢

第一章

第1話 何でも屋

 

「目標まで、距離400よ。そろそろ見えるはず」

右後ろの席で地図や計測器を見ていたエレナ博士が言ってきた。


 俺は飛空船の操縦席から立ち上がり窓から前方に目をこらすが、目標物は小さいのかよく見えない。


「イーサン、一旦停止してくれ」


 俺は右の副操縦席に座っている相棒のイーサンに指示した。


「停止します」


 イーサンがスロットルを絞って、飛空船を停止させる。

 

 どこだ?

 計算では、このあたりに伝説の浮遊大陸の欠片かけらが浮いているはずだ。

 


 今回俺たちは、ステイシア王国の考古庁からの依頼でその欠片の回収に来ていた。 

 

 俺たちが今乗っている飛空船「フロンダー」は、海に浮かぶ船のような形をした全長八十メテルほどの中型の貨物用飛空船だ。

 メテルという単位は、昔の王様の胴回りの寸法が基準になっているとかいないとか聞いたことがある。

 まあそれはともかく、このフロンダーは元々貨物船だが色々と改造してあり、いざという時の武装もある。


 俺たちがいるのはその操縦室で五メテル四方程の広さがあり、俺の他に二人、相棒のイーサンとエレナ博士がいる。

 

 俺はショウ・アキカワ、十八才。

 親父おやじは旧大陸東部のアシハラ王国の出身なので、アシハラ人の特有の黒髪に黒目なのだが、息子である俺はどちらも少し茶色っぽい。

 母親のことは聞かされていなかったが、もしかしたら母親が白人系だったのかもしれない。


 隣のイーサンは、外見は三十代の白人男性で髪はブロンド。容姿はどこかの俳優の様。

 実は彼は、人間に見えるが人間ではない。古代文明の遺跡から見つかった魔導人形だ。

 遺跡から見つかったときには完全停止していて、無価値に思われていたらしい。それを親父がもらって長いこと倉庫で埃をかぶっていたのだが、四年前にエレナ博士が起動方法を見つけて、今ではチームのメンバーとして活躍している。

 だが、魔導人形がどうして人間のように思考して動くことができるのか、未だに解明されていない部分もある。


 そのエレナ博士は、俺たちの斜め後ろの席で計器などを見ている。 

 彼女は俺より七才年上の美女で白人系。髪は茶色でボブカット。いつも角眼鏡を掛け、タイトスカートに白衣を着ている。魔導工学、物理学などの博士号を持っていて、性格以外はパーフェクトだ。

 

 こんなチームにエレナ博士のような美人で優秀な人材がどうしているかと言うと、実は彼女はどこがよかったのか、親父のビジネスパートナー兼愛人だった。だったと言うのは、二年前に親父が消息不明になっているからだ。

 俺は、親父が残したこのチームというか小さな会社と飛空船、そして莫大なローンを引き継ぐはめになった。 

 

  

「でも、久々にレリック・ハンターらしい仕事にありつけたな」

俺が言った。


「そうよ。もし失敗なんてことになったら、また輸送の仕事ぐらいしか回ってこなくなるわよ」

と、エレナ博士。


 俺たちは「レリック・ハンター」と呼ばれている。

 レリック・ハンターは一つの職業だ。昔は遺跡を発掘して遺物(レリック)を探すのを仕事としていたのでそう呼ばれていたのだが、遺跡が概ね発掘され尽くした現在では、依頼を受けて様々な仕事をするようになっていた。

 開拓地の調査・測量をはじめ、ボディーガードや探偵まがいのこと、魔物の駆除、飛空船を持っているチームは輸送など、依頼があれば何でもやるようになっている。

 一言で言えば、何でも屋だな。

 

 世間からは金次第で何でもやると思われがちだが、俺は法律に違反するようなことはしたことがないし、面白そうな仕事なら金は二の次だ。

 そんなことを言うと経理を担当しているエレナ博士からにらまれるので、言わないことにしている。



「そうだな。慎重に回収しないとな」


 俺はそう言うと、双眼鏡を取り出して伝説の浮遊大陸の欠片を探した。

  

 なんでも二千年ほど前のレムル文明時代には、空に大陸が浮かんでいたそうだ。ところがあるとき魔力嵐が起きて、その浮遊大陸レムルの大部分が異空間に飲み込まれたと伝わっている。

 その時の大災害で、砕けた大陸の一部が俺たちが住むステイシアや、旧大陸にも降り注いだらしい。

 さらにその一部は今でも空を飛んでいて、たまにそれが上空で発見されることがある。

 それは、ただの岩石なこともあるが、今回は文字が彫られた遺跡の一部であるらしい。


 先日この近くを通った輸送船がその欠片らしき物を見かけて考古庁に報告し、今回その回収の依頼が俺たちに回ってきたわけだ。

 考古学者達はそれを回収して研究するのだろう。 

 


 おかしいな。 

 

「見つかりませんか?」

イーサンが聞いてきた。


「依頼書によると、四メテルはあるはずよ」

と、エレナ博士。


 俺は双眼鏡を下げ、二人に確認する。

「これって、本当にこの場所であってるのか?」


「間違っていても、私のせいではありませんよ。昨夜酒を飲みながら座標を計算したのはエレナ博士です」   


 イーサンの言葉にエレナ博士を見ると、エレナ博士は視線をそら明後日あさっての方向を向いた。


 酔っ払って計算間違いか。まったく。

 酒を飲まなければ優秀なんだけどな。

  

「どうでもいいから、早く正しい座標を再計算してくれ」


 俺はイーサンとエレナ博士の両方に言ったわけだが、エレナ博士がなぜか開き直ってイーサンに言う。


「そうよイーサン、人のせいにしないで早くやりなさいよ」


 イーサンはエレナ博士を二度見した。

「私、人間の事がよくわからなくなりました」  

 

 ふう。

 

 今回の回収依頼があった欠片は、空中に浮かんでいるために風に乗って場所は常に移動している。

 だから、気象台のデータから上空の風の流れや発見から経過した時間を考慮して、現在位置を計算しなければならないのだ。

 

 イーサンが依頼書に書いてあった二日前に発見された座標を確認し、暗算した現在の目標の座標を言ってきた。

「欠片の現在位置は西経77度、北緯34度、高度2250メテルのはずです」


 どういう仕組みかわからないが、イーサンは計算も得意だ。

 

「ということは……ここから北北西に約34ケメテルの位置ね」

エレナ博士が相対位置をすばやく計算した。


 ケメテルというのはメテルの千倍の距離を表す単位だ。

 

「今度は合ってるだろうな」

俺が念を押した。


「私が計算したんですから」 

イーサンが言ってきた。


「だから信用できないんだ」

「誰かさんの計算より正確ですよ」

「誰かって?」

「私の隣に座っている人です」

「それって……俺か!?」

「他に誰がいますか?」


「まあまあ」

エレナ博士が間に入った。


 イーサンと冗談を混ぜたこういう言い合いをして、エレナ博士が間に入るのはいつものことだ。


「元はと言えば……」


 俺が言いかけた言葉をエレナ博士が遮る。

 

「時間がもったいないから、急ぎましょ?」 


「まったく……じゃあ、向かうぞ」 


 俺はコンパスを見ながら操縦桿とスロットルレバーを操作して、フロンダーを新しい座標に向けて発進させた。

 

 

「速度が、時速100ケメテルに達しました」

速度計を見ていたイーサンが言ってきた。


 俺はスルットルレバーを少し戻す。

 距離が近いので、このぐらいのスピードでいいだろう。

 あまりスピードを上げすぎると、燃費が悪くなる。

 

 通常の飛空船は魔石の魔力でプロペラを回して進んでいるが、このフロンダーはエレナ博士が開発した風の魔晶石を利用してプロペラの何倍ものスピードが出せるエンジンがついている。

 三十四ケメテルの距離ならあっという間だ。 


「34ケメテル先なら魔晶石は持ちそうだな」

俺はエレナ博士に確認した。

 

 エレナ博士が魔力残量計を確認する。

「うーん。ギリギリってところかしら」 


 魔石や魔晶石もタダではないから、俺たちみたいな貧乏な会社はそれほど余分に買う金がないので、こういうことになる。


「ところでさっきの話だけど、俺でも簡単に正確な計算ができるような魔導具はないのか?」

俺がエレナ博士に聞いた。


「先日学会で機械式の計算機が発表されたけど、魔導車ぐらいの大きさだったわ」

「それは、簡単に飛空船には積めないな」

「でも私は、去年発見された半魔導体を使って、小さくて色々な目的に使えるような計算機を作れるような気がするのよ」

「色々な目的?」

「そう。将来はそれで人間の代わりに様々な計算をしてくれたり、データを記憶してくれたり。もっと将来は飛空船を自動で飛ばしてくれたり」

「自動で? でも俺はそういう装置ができたとしても、飛空船や車は自分で操縦したいな」

「ショウはそうかもしれないけど、そうでない人もいるからね」

「まあ、そうかもな」

「あと、もうちょっとでひらめきそうなんだけどね。もしそれで特許が取れたら、ローンなんてあっという間に返せるに違いないわ」


 うちの会社は、このフロンダーを買ったときのローンがだいぶ残っているらしい。


「エレナ博士? 自動計算機もいいけど、この魔導エンジンを売り出したら?」 

「もう二年前に大手飛空船製造会社に売り込んでみたわ。でも、頭が固い連中が多くてね。『そんなに速く、どこに行くんだ? 今は速さよりも航続距離が求められている』とか、『燃費が悪い』とか、批判してばかりだったわ」 

「そうだったんだ」 

 

 二年前と言うと、親父が消息不明になったころか。

 ローンもたくさん残っていたから、金を稼ぐために売ろうとしたんだな?


「採用されなかったもう一つの理由は、普通の魔石と風の魔晶石の二種類を使うから、使い勝手が悪いということも言ってました」

イーサンが付け加えた。


 現在市販されている飛空船は、空に浮かぶのも、進むためにプロペラを回すのも魔石があれば事足りる。


「まあ、そんなんだけどね。でも、それを補って余りあると思うのよ」

と、エレナ博士。


「確かに、従来のプロペラの二倍以上のスピードが出せるから、欲しがる人はいそうなんだけどな」

俺が言った。

 

 そんな話をしているうちに、そろそろ正しい座標位置だ。

 

「そろそろよ。スピードを落として」 

 

 俺はスロットルを絞って、フロンダーのスピードを落といく。

 やがてフロンダーは停止した。

 

 すると、今度は肉眼でも前方に浮いているのがはっきりと確認できた。

 四メテルほどの大きさの欠片だ。


 今度は大丈夫だったな。それにこの大きさなら、俺たちのフロンダーの貨物室に余裕で入る。


「でもどうして、こんな欠片だけで浮いていられるんだ?」

俺がエレナ博士に疑問に感じたことを聞いた。


「考えてもみなさいよ。浮遊大陸が一枚の硬い皿のようなら、中心に大きな紫のオーブが一つあれば支えられるかもしれないけけど、大陸なんて岩や柔らかい土が混ざって出来ているのよ。つまり多数の紫のオーブで支えていたに違いないわ」

「なるほど。中心だけで支えると割れてしまうんだな? それであの欠片にも、小さなオーブが入っているのか」 

「そういうこと。そしておそらく、あの欠片自体が魔力を帯びていてオーブに魔力を供給してるんだわ」

 

 レムル文明が残した物は、特別な力を秘めたオーブも何種類か見つかっていて、例えば紫のオーブは重力を制御し、黄色のオーブは精神に干渉する。

 俺たちの飛空船も、その紫のオーブの力によって空に浮いているわけだ。


 ところがオーブを作る技術が失われているので、現在では新しいものを作ることができないのだが、紫のオーブに限っていえば元々失われた浮遊大陸を空に浮かせていた巨大な紫のオーブが、浮遊大陸が魔力嵐で破壊された時に地上に落ちたものを小さく砕いて利用しているので、他のオーブに比べて出回っている数は極めて多い。

 しかし、すでに数多くの飛空船に使われていて、新しいものは入手困難な状態だ。

 だから飛空船が欲しい場合は、中古の飛空船を買うか、中古の飛空船からオーブを外して新しい飛空船に移植して使うしかない。


 ちなみに重力を制御できる紫のオーブが、なぜどこかに飛んでいかずに地上に落ちたかといえば、オーブの力を発動させるためには魔力が必要だからだ。

 魔力は魔石などから供給するか、あるいは魔力を持っている人間が供給するわけだが、浮遊大陸が割れた際に魔石などからの魔力の供給が断たれたために地上に落ちたと言われている。


「それじゃあ、貨物室に回収したら、魔導具で欠片から魔力を吸い取っておかないと危険だな」


 フロンダーが空港に降りるために高度を下げたとき、もし欠片に浮く力が働いたままなら、貨物室の天井を突き破ってしまうかもしれない。


「忘れずにね」


 俺は慎重にフロンダーを操船し、ゆっくりとその欠片に近づけていく。

 

 イーサンが横の窓の所に行って、誘導した。

「もう少し前です……このままの速度で舵を左に二度程切ってください……はい、オーケーです」 

 

「まあでも、目的の欠片が無事に見つかってよかった。さっきは……」


 俺が言いかけた言葉を、エレナ博士が遮る。


「なにぶつぶつ言ってるの? はい仕事よ。ローンがたくさん残ってるわよ、ショウくん」


 ごまかしたな? やれやれ。 


「それじゃあ、イーサン。欠片を回収しに行くぞ」

俺はそう言って席から立ち上がる。


「はい。社長」


 イーサンは俺のことを社長と呼ぶ。

 この小さな会社を受け継いで二年になるが、エレナ博士は俺のことを未だにショウと呼んでいる。

 もしかしたらエレナ博士は、親父がいつか帰って来ると信じていて、それで俺のことをまだ社長と呼ぶ気になれないのかもしれない。

 考え過ぎか?


「しっかりやるのよ。今週の夕飯が豪華になるかどうかが掛かってるからね」

エレナ博士が、明るく声を掛けてきた。


 エレナ博士がそう言ったのは、もし大きく破損させてしまったり、うっかり地上に落として回収できなくなりでもしたら、報酬が支払われなくなったり、最悪の場合は賠償を請求される可能性もあるからだ。

 自転車操業のうちの会社では、その日の報酬が即夕飯に影響する。

 

 自分のことは棚に上げて……。


 俺はエレナ博士をジト目で見た。

 

 するとエレナ博士が、俺たちを追い立てる。

「男はいつまでも細かいことを気にしないの。はい、早く行って」 


 俺はため息をつくと、魔導無線機のレシーバーを耳につけて操縦室の後方のドアに向かう。

 そしてイーサンといっしょに操縦室の後ろのドアから出て、他の船室の前を通り貨物室に入った。


 フロンダーの貨物室は、大型のバスが四台入るほどの広さがある。

 その貨物室の右舷にある貨物用ハッチに付いた窓から外を見ると、三メテルほどの距離で斜め下あたりに目的の遺跡の欠片が浮いていた。


「ピッタリですね。私の指導が良かったのでしょう」

欠片の位置を見て、イーサンが誇らしげに言った。


 欠片は止まっているように見えるが、実際にはステイシアの上空を風に流されて飛んでいる。その移動する欠片の速度に、フロンダーの速度を合わせているから止まっているように見えるだけだ。

 俺は先程その繊細な操船をやったわけだが、俺がレリック・ハンターを始めた時にこの船の操縦法をイーサンに習ったので、イーサンの言っていることはあながち間違いではない。

 しかし、イーサンは時々人間臭いセリフを言うなと思う。

 

 俺は適当に返事をしておくことにした。

「はいはい」

 

 次にイーサンは、ハッチの脇にあるコンソールの前に移動した。

「ハッチを開けますよ」


 俺はハッチの横の手すりに、命綱を掛ける。

「いいぞ」


 ハッチが開くと俺はハッチの縁に立って、ふと下を見た。

 眼下にはステイシアの荒涼とした国土と、少し先には緑地帯や畑に囲われた首都が見えている。

 

 あそこが、俺の生まれ育ったところだ。

 

 しかし、植民開始当時は緑がもっと少なかったそうだ。

 大陸の北部に行けば針葉樹の広大な森林があるのだが、そこは気候が寒くて人が住むのに適していないらしい。

 入植者は、この温暖な荒れ地を開拓して植樹し、今ではなんとか人間が快適に住める環境になっている。 


 俺がそんな事を考えていると、イーサンがハッチの脇にあるクレーンからワイヤーを伸ばして、先端のフックを俺に渡してきた。


「社長、どうぞ」


 これから俺はこのフックを持って、あの欠片に飛び移ってワイヤーを巻きつけるなどして戻ってくるわけだが、イーサンの骨格は金属など出できているらしいので重量が重く、こいう作業には向いていないのだ。

 だから俺がやるしかない。

 まあ、何かあっても命綱はつけているし大丈夫だと思う。


「じゃあ行ってくる」

俺はハッチの縁からジャンプして、欠片の上に飛び乗った。


 おっと。

 ちょっとバランスを崩しそうになったが大丈夫だった。

 

 物体を引き寄せる魔法でもあればな。

 そういう魔法があれば、こうやってわざわざ危険を冒して船外に出て作業をする必要も無くなるだろう。


 現在の一般的な魔法は、たとえば商人が使う鑑定魔法や、職人が使う加工魔法、貴族が得意な攻撃魔法などがある。

 物体を引き寄せる魔法は、あるとすればユニーク魔法という分野に分類されるはずだ。

 そしてユニーク魔法は、昔の賢者が使えたという伝説が残っているが、現在ではそういう魔法を使える人はほとんどいないらしい。 

 

 待てよ。魔導具でそういうものが作れそうな気もするな。

 

 俺は思ったことを無線で聞いてみる。

「エレナ博士。欠片を遠隔で引き寄せたりする魔導具なんてないのかな」


(作れないこともないけど、またローンが増えるよー)

「くっ」


 でも、金があれば作れないこともないのか。

 さすがエレナ博士だ。


 さて。さっさと終わらせて、戻るとするか。 

  

 俺はクレーンから伸ばしてきたワイヤーを欠片に巻き付けていく。

 

 するとそこにエレナ博士から無線が入った。

(翼竜が来るわ! 一時の方向!)


 え?

 

 翼竜とは、成獣で三メテルほどの大きさの空を飛ぶ魔物だ。

 コウモリのような翼に胴体、頭は細長い逆三角形で大きなクチバシを持っている肉食の魔物だ。

 

 俺は焦ってそちらの方を確認した。

 

 どうやら狙いは俺のようだ。

 俺めがけて突っ込んでくる。

 

 俺は魔導ガンを腰のホルスターから抜くと、翼竜めがけて発砲した。

 俺は魔法も多少使えるが、翼竜が高速で迫っていて今は詠唱している時間がないので、魔導ガンを使ったのだ。

 火属性の魔弾が高速で飛んでいくが、今俺が乗っている欠片が少し揺れていることもあり上手く当たらない。

 

 くそ。

 

 翼竜はそのまま突っ込んできて、俺を足の爪で捕まえようとしてくるが、俺はそれを少し場所を移動することによって避けることにする。

 魔導ガンは一旦ホルスターに戻した。

 

 ところが、翼竜が俺が乗っている欠片に触れて、欠片自体がさらに大きく揺れる。

 

 ヤバい!

 

 俺は必死で欠片にしがみついた。

 

 翼竜の方はというと、翼がワイヤーに引っかかったようだ。バランスを崩して下に落ちたが、空中ですぐに体勢を立て直して大きく旋回し、再び俺めがけて突っ込んでくる。

 今度は三時の方向からだ。

 

 すると、エレナ博士がフロンダーの右舷の魔導砲を発射したが、翼竜が小さくて速いからだろう、なかなか当たらない。

 魔導砲は、もう少し大きなワイバーンや飛空船などと戦うことを想定して作られている。


 さらに翼竜が迫ってくるが、上のハッチのところからイーサンが言ってきた。

「こちらに、引きつけます」 

 

 イーサンがハッチのところから翼竜に魔導ガンを発砲した。

 すると、翼竜はイーサンの方に意識を向けたようだ。

 見た目は人間に見えるから、翼竜は今日の夕飯をイーサンに変えたのかもしれない。

 

 俺は今度は魔導ガンはあきらめて、自分が唯一使える土属性の魔法を放つことにする。

 魔物は一般的に火属性に弱いものが多いが、こう揺れる欠片の上からでは、ある程度自分の意思でコースを変えられる魔法の方が狙いやすい。 

 それに今はイーサンが引つけてくれているから、詠唱する余裕も出来た。


「石よ、我が意に従い彼の敵を穿け、ストーン・バレット」 


 すると、俺の放った石の礫は翼竜の翼に当たり、穴を開けた。


「グエッ、グエー!」 

 

 翼竜は翼に穴が空いて上手く飛べなくなったようだ。そのまま下に降りていった。

 

 ふー。


「やりましたね」

イーサンが上から言ってきた。


「なんとかな。じゃあ、上に上げてくれ」


 魔法は遺伝だと言われている。

 親父は魔法は使えなかったみたいだったから、俺が一つの属性だけととはいえ攻撃魔法が使えるのは、もしかしたら母親が貴族の血を引いていたのかもしれない。

 今となっては、それを確かめるすべはない。

 というのも、母親は俺が小さいころに病気で他界したと聞いているからだ。

 親父も仕事が忙しくて家にいないことが多かったし、それ以上のことは聞いていない。


 その後イーサンがクレーンのワイヤーを巻き上げて、俺ごと欠片をハッチのところまで引き上げる。

 俺は途中で欠片の上からハッチに飛び移った。


「惜しかったですね。あの翼竜の魔晶石を回収できれば、今日の夕飯代ぐらいにはなりましたのに」 

「まあな」

 

 魔物は体の中に魔晶石を持っている。

 鉱山から採れる魔石が無属性なのに比べ、魔晶石は属性魔力を持った石だ。

 魔物によって火や水、土や風などの属性があり、あの魔物の魔晶石なら五千ギルぐらいにはなったはずだ。  

 しかし、今から五千ギルのためにわざわざ下に降りて魔物にトドメを刺して魔晶石を回収するのは効率がわるい。


 俺たちはクレーンを動かして欠片を貨物室内に入れると、ハッチを閉めてから、ロッカーから取り出した魔導具を欠片に近づけて魔力を吸い出した。

 そうしておかないと、このあとフロンダーの高度を下げていったときに紫のオーブの力で欠片が浮き上がって、貨物室の天井を突き破ってしまうかもしれないからだ。

 

 そのあと俺とイーサンでワイヤーを使って欠片を貨物室の床に固定すると、俺たちは操縦室に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る