第11話 天国と地獄
『続いては、一年生女子によるパン食い競争です。出場者は集合してください』
アナウンスが流れ、校庭が少し騒がしくなっていた。今日は運動会当日。当然だが、クラス対抗リレー以外にもいろいろとプログラムはあるわけだ。
「おい雄介、優菜ちゃんだぞ」
「本当だ」
俺たちはトラックに沿って設置されたクラスごとのブルーシートに座りながら、競技の様子を眺めていた。ヒデが指さす方には優菜がおり、スタートの瞬間を待っている。
「位置について……よーい!」
パン! というピストルの音とともに一斉に選手たちが走り出した。優菜はタイミングよくスタートして、一目散に吊るされたパンに向かって駆けていく。
「おっ、やっぱり優菜ちゃんは速いな」
「でもパンが取れないと意味が――」
ない、と言おうとした瞬間、優菜が走ったままの勢いでジャンプした。正確なコースで宙を舞い、そのまま見事にパンを咥えてしまう。そしてしっかりと着地すると、再びゴールに向かって走り出したのだ。
「すげえ!」
「なんだアイツ」
女優にはパン食い競争の技術まであるのかよ、すげえなあ……。
優菜はもちろん一着でゴールして、校庭中から拍手を浴びていた。相変わらずの人気ぶりだなあ、そんな奴をこっぴどく振った奴なんて後ろ指をさされても仕方ないかもしれんな。……などと自虐していると、競技を終えた優菜が戻ってきた。
「ふぁふぁひのふぁひい、ふぉうふぁっふぁはひら?(私の走り、どうだったかしら?)」
「あんぱん食いながら話すんじゃねえよ」
俺がそう言うと、優菜はあっという間にあんぱんを平らげてしまった。そして俺の隣に座り、いつものように話しかけてくる。
「ふふ、失礼したわ。神谷くんは何に出るのかしら?」
「借り物競争だよ。小学校以来だな」
「楽しみねえ。応援してるから!」
「へーへー、分かったよ」
優菜を適当にいなし、俺はぼけーっと校庭の中心を見つめていた。今は上級生が綱引きをしていて、懸命な声援が飛び交っている。すっかり悪評が立ってしまった俺にとって、一致団結して綱を引く様子はなんだか眩しかった。とほほ、どうしてこうなったんだろうなあ……。
「おい見ろ、アイツだぞ」
「へー、本当に近藤優菜と仲が良いんだな……」
ブルーシートの近くを歩く他クラスの生徒たちが、俺のことを話しているのが聞こえてきた。優菜の耳にも入ったようで、そちらの方をじっと睨んでいる。こういうところはありがたいけど、そもそもコイツが告ってこなければ何も起こってないんだよな……。
「私の神谷くんの悪口を言うなんて、酷い人たちだわ」
「だからお前のじゃねえって」
「もー、いつになったら好きになってくれるのよ」
「……彼女がいるって、言ってるだろ」
ふと横を見ると、優菜が少し寂しそうな表情をしていた。……本当にコイツは俺のことを好いてくれているんだな。気の毒だとは思うが、だからといって同情はしない。真帆という彼女がいる、その事実は変わらないのだから。若干気まずい雰囲気になっていたのだが、それを遮るかのように場内アナウンスが聞こえてきた。
『一年生男子の借り物競争に参加する生徒は、五分後に集合です』
「……そろそろ集合みたいだし、行くわ」
「頑張ってね、神谷くん!」
優菜は大声で俺を送り出してくれた。いろいろ思うところはあるだろうに、それでもコイツは元気でいようと努めている。……どうにも面倒な存在だが、不思議と嫌いにはなれないなあ。
集合場所に向かうと、借り物競争のルール説明が始まった。スタート地点の近くに紙が落ちており、そこに借りるべき物が書いてあるらしい。そいつを校庭の中から探し回ってゴールまで持っていく。そして待ち構えている実行委員のチェックを通れば、無事にゴールインというわけだ。
俺は二番目にスタートする組なので、まずは一番目の組を見送ることになる。スタートラインに横並びになった選手たちが、ピストルの合図に合わせて一斉に飛び出していった。
「傘持ってる人いませんかー!?」
「カメラー! カメラ持ってる方ー!」
「図書委員の人ー!」
なるほど、物だけじゃなくて人を借りるパターンもあるのか。そうなるとスキャンダル男にとっては厳しいな。俺に連れられて一緒にゴールまで走ってくれる人がいるのか、なかなか疑わしい……。
「次の組、間もなくスタートです」
実行委員の指示に従い、俺はスタートラインにつく。なんでもいいけど借りやすいものがいいな。「お調子者」だったらヒデを連れて行けばいいし、「ふざけてる人」でもヒデを連れて行けばいいもんな。アイツ便利だな。
「よーい!」
次の瞬間、パン! という音が響いた。俺は慌てて走り出し、適当に紙を拾い上げる。えーと、俺が借りるのは……。
内容を確認した俺は、一目散に自分のクラスのブルーシートへと向かった。ちょうど優菜が最前列で観戦しており、都合が良い。
「あら神谷くん、何を探してるの?」
「お前だ」
「えっ?」
「来い、一緒に行こう」
「あっ、ちょっと……!」
戸惑う優菜の腕を引き、一緒にゴールに向かって走り出した。なんだかヒデが王子様だなんだと囃し立てていた気がするが、そんなことはどうでもいい。走っていると、隣の優菜が顔を赤くして話しかけてきた。
「神谷くん、もしかして『好きな人』とかだったり……?」
「なに、ゴールに行けば分かることだ」
「そんな、急にどうしたのよ……」
優菜は珍しくもじもじとしていた。俺たちが走るのを見て、校庭中から野次と歓声が飛んでくる。
「またお前かー!」
「遊び人のくせにー!」
「優菜ちゃん騙されんなー!」
俺は結婚詐欺師でもなんでもねえよ! アホか!
「神谷くん、私を騙してたの!?」
「お前は黙ってろ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎつつも、なんとか一番最初にゴールにたどり着いた。何人かの実行委員が待ち構えており、俺たちの方に寄ってくる。どれどれ、判定はどうなるかな。
「では、紙を見せてください」
「はい、これ」
俺が例の紙を手渡すと、実行委員たちは少し話し合っていた。隣の優菜はどぎまぎした表情で待っている。やれやれ、一体何を期待しているんだか。すると間もなく、委員の一人が優菜の方に話しかけた。
「あのー、近藤さん」
「な、なんでしょうか?」
「こちらの条件に合っているのか、ここで確かめさせてほしいんですが……」
委員は紙を開き、優菜に見せていた。そこにははっきりと――「騒がしい人」と記載されている。それを見た優菜はみるみる顔を真っ赤にしていき、俺のことを怒鳴り散らかした。
「やっぱり騙してたんじゃないのっ!!!!!」
「あっ、オッケーです。神谷さん、一着おめでとうございます」
「はーい、ありがとうございます」
ぷんぷんと怒る優菜をよそに、俺は一位の賞状を委員から受け取った。やれやれ、借り物競争も楽じゃないな。
***
プログラムは着々と消化されていき、残すはあとクラス対抗リレーのみとなった。トラックのラインが改めて引き直され、各クラスの代表者が次々に集合していく。俺も他の三人と一緒に集合場所へと向かっていった。
「いよいよ本番だな。雄介、緊張してるか?」
「ここまで来たらどうでもいいよ。走るだけだ」
「オメー、アンカーなんだからちゃんとしろよ!」
「もー、いおりったらあんまりプレッシャーかけちゃだめよ~」
三人と会話を交わしながら、実行委員から改めてルール説明を受けた。リレーは女男女男の順番。各々がバトンを繋いでいき、当然ながら一番先にゴールに到達したクラスが一着というわけだ。
「よっしゃ、気合い入れていこうぜー!」
「ちゃんと走れよヒデ、雄介ー!」
「神谷くん、ちゃんと渡すからね!」
「分かってるよ、よろしく頼むな」
四人で声を上げてから、俺たちは各々の待機場所へと向かった。アンカーの待機場所には見るからに足の速そうな奴が集まっている。陸上部の桐生に、野球部の福本、その他もろもろ。……マジでコイツらと走るのかよ? けど、汚名を返上するにはこれくらいの試練が必要なのかもしれんな。
そうこうしているうちに準備が整ったようだ。俺たち一組を表す「1」のゼッケンをつけたいおりが、スタートラインで構えている。実行委員がスターターピストルを構えると、いおりはキッと表情を引き締めた。
「位置について! よーい……」
――名誉挽回を懸けた号砲が、校庭に鳴り響いた。
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