第10話 悪評と練習
「雄介、お前ヤバいぞ!」
「なんだよ、藪から棒に」
昼休みの教室で、突然ヒデに話しかけられた。今日は月曜日、すなわち優菜とのデートがあってから初めての平日である。
「気づいてないのか?」
「気づくって、何にだよ」
「お前がとんでもない遊び人って噂になってんだぞ!」
「はっ!?」
ただでさえ優菜の告白を断ったがために有名人なのに、今度は遊び人かよ!?
「どういうことだよヒデ!?」
「おまえ、土曜に優菜ちゃんとデートしたんだろ?」
「それが何か?」
「優菜ちゃんどころか、美人を四人も引き連れてたらしいじゃねえか!」
「うえっ!?」
たしかに真帆と取り巻きも含めたら四人だけど、なんでそんなことが知られてるんだ!?
「ど、どうしてそんな噂になってるんだ?」
「お前らが一緒にいるのを見た奴がいたらしいぞ。そこから広がったみたいだぜ」
土曜のショッピングモールなんて、よく考えたら他の生徒がいてもおかしくないよなあ。だけどまさか五人で歩いているのを見られていたとは思わなかった。
「マドンナ様の告白を断ったのに、それを含めた四人の女子を連れて歩くなかなかの色男だって話だ」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「全くうらやましい奴だぜ~」
ヒデはいつものニヤニヤ顔でこちらを見ていた。くそう、俺は困ってるっていうのにコイツはなんて楽しそうなんだ。中学からの同級生としてのよしみはないのかよ。とりあえず、今の状況をなんとかしなければ。
「で、とんでもない色男の俺はどうすりゃいいんだ」
「そうそう思い出した、そんな雄介に名誉挽回のチャンスを授けようと思ったんだよ!」
「はっ?」
「これを見ろ!」
ヒデはズボンのポケットをごそごそと漁り、A4の紙切れを取り出した。俺はそれを受け取り、書いてあることを確認する。なになに、「クラス対抗リレー選手登録用紙」だって……?
「来週、運動会があるだろ?」
「それがどうした?」
「お前をクラス対抗リレーのアンカーに推薦しようと思ってな」
「はあっ!?」
よく見ると、選手登録の欄には既に「神谷雄介」と記載してあった。ちょちょちょ、こういうのって普通は足の速い奴が走るんじゃないのか?
「おいおい、勘弁してくれよ」
「リレーは400メートルで男女混合の変則方式。女男女男の順でバトンタッチだ」
「話聞けよ!」
「うちのクラスはいおり、俺、優菜ちゃんの順番だ。最後にマドンナ様からバトンを受け取るのがお前ってわけだな」
「なんで俺なんだよ」
「雄介が一所懸命に走ってうちのクラスを一着に導く。そうすりゃお前はヒーローになって今までのスキャンダルも払拭ってわけだ」
「そんなにうまくいくのか……?」
「まあまあ、俺と女子二人は俊足だからな。お前までにリードを作っておくさ」
そう言って、ヒデはポンと俺の肩を叩いた。自分で俊足と言い張るとはなかなかの自信家だな、コイツ。しかしどのみち走るならちゃんと練習しないとな。スキャンダル男が無様な姿を晒したら、それこそ学校中の笑いものになっちまうからな……。
***
「というわけで、練習に付き合ってもらおうってわけだ」
「もー、お兄ちゃんったら大変だねえ」
その日の夜、俺は真帆を連れて公園を訪れていた。そこそこの広さがあり、リレーの練習をするには十分だ。俺は陸上部の奴から借りたバトンを取り出し、真帆に手渡す。
「あと一週間で足を速くするってのは無理だ。となるとバトンリレーを磨くしかねえ」
「せっかくなら優菜さんと練習すればいいのに」
「アイツはああ見えていろいろと忙しい奴だからな。運動会のためだけに練習させるわけにはいかねえよ」
「お兄ちゃんは優しいんだねえ」
俺は木の枝で即席のラインを引き、準備を整えた。真帆にバトンを持って走ってきてもらい、俺がそれを受け取るというわけだ。こんな付け焼刃でアンカーが務まるかは分からないが、やらないよりはよっぽどマシだ。
「じゃあ行くよー!」
「おう、来い!」
真帆はこちらに合図をしてから一気に走り出した。やはりソフトボール部で主力なだけあって、脚力もなかなかのものだ。俺は真帆の動きを窺いながら、徐々に足の動きを加速させていく。
「お兄ちゃん、はい!」
「うおっ!?」
真帆からバトンを受け取るまではよかったのだが――掴み切れずに落としてしまった。コロンコロンという音とともに、バトンが転がっていく。
「あー、惜しい!」
「すまん!」
「お兄ちゃん、もう一回やろう!」
「ああ、頼む!」
それから俺と真帆は何度もバトンパスの練習をした。足の動きを気にしてみたり、受け渡しの手を変えたりしながら、試行錯誤を重ねていく。まだ五月だというのにすっかり汗まみれになってしまった。何十本も走っていると、さすがに息も荒くなってしまう。
「はあっ、はあっ……」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。ってか、お前はよく平気だな」
「部活の練習の方が厳しいからねー」
さすが運動部、よくできた妹だ……。とはいえ練習に付き合わせている側の俺がグロッキーでは話にならん。少しずつコツも掴んできたし、なんとかものにしないと。
「よっしゃ、もう一本いくぞ!」
「うん、がんばろ!」
俺は再び立ち上がり、位置についた。それを見た真帆がスタートを切ってこちらに向かって走ってくる。走りのリズム、コース、そしてスピード。色々な要素を頭に入れながら、俺は徐々に走り出す。よし、これはいける!
「お兄ちゃん!」
「おう!」
後ろを見ずとも真帆の動きが手に取るように分かる。そっと片手を差し出すと――すぐさまバトンの感触を覚えた。俺はしっかりと掴み取り、そのままの勢いで一気に加速していった。よっしゃ、完璧だ!
「お兄ちゃん速い!」
「よっしゃー!」
今までにない爽快感を覚えながら、俺はどんどん前に進んでいった。これがバトンパスか! なるほど、やっぱり練習してみるとうまくいくもんだ――などと調子に乗っていたのだが、すぐさま罰が当たってしまった。
「うおっ!?」
「お兄ちゃん!?」
あまりの勢いに身体が追い付かず、足がもつれたのだ。そのまま前にでんぐり返しする格好になり、盛大に転んでしまう。泥まみれになりつつ、俺は仰向けに寝転がった。
「だ、大丈夫お兄ちゃん!?」
「大丈夫だ、うまく受け身はとれた。調子には乗るもんじゃないな」
「もー、びっくりしたあ」
「あはは、カッコ悪いとこ見せちまったな」
やれやれ、夜空が綺麗だな。笑ってごまかしていると真帆がこちらに寄ってきた。俺の顔のすぐ横にしゃがみ、愛おしそうな表情で髪を撫でてくる。
「おいおい、どうしたんだよ」
「お兄ちゃんってさ――かっこいいよね」
「えっ、転んだのに?」
「そうじゃないよお。普通はわざわざ運動会のために練習なんかしないのに、お兄ちゃんはこうやって一生懸命に走ってる。……そういうところ、好きだな」
暗くてよく分からなかったが、真帆の目は少し潤んでいるようにも見えた。俺はただ、アンカーとして恥をかきたくない一心だった。他の三人の走りに引けを取らないよう、自分の走りを磨くことが出来ればそれでよかった。けど――真帆はその姿を好きだと言ってくれたんだ。こうやって俺の長所を一番に見つけてくれる真帆のことが、何よりも愛おしかった。
「……ありがとな、真帆。もう遅いし、そろそろ帰るか」
「うん、かえろー!」
俺はぽりぽりと頭をかきながら、ゆっくりと身体を起こした。あーあ、汗と泥にまみれて滅茶苦茶だ。
「早く風呂に入りてえな」
「えー、私が先だもん!」
「あはは、じゃあ一緒に入るか?」
軽い冗談でからかってやろうと思ったのだが、真帆は何一つ表情を変えず――
「うん!」
「うん!?」
などと答えてきた。この後、何も気にせず一緒に入浴しようとする真帆を説得する羽目になったのだが、それはまた別の話である。
そんなこんなで一週間が過ぎ、ついに運動会当日を迎えることになった。果たして俺はアンカーとしての走りを全うすることが出来るのか――
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