第8話 ハットトリック
昼飯を食べ終えた俺たちは、モール内の服屋が立ち並ぶエリアへと足を運んだ。優菜と真帆は「このスカートがいい」とか「あのシャツが綺麗」とかいろいろ楽しそうなのだが――俺にとってはなんとも退屈な時間だった。自慢じゃないが、ファッションのファの字も知らないからな。
さんざん見回ってへとへとになった頃、俺たちは帽子屋に入った。優菜と真帆は熱心に商品を見比べている。俺も帽子くらいなら分かるし、悪くないな。適当に店内を練り歩いていると、真帆が声を掛けてきた。
「お兄ちゃん、この帽子どうー?」
真帆が被っていたのは赤いベレー帽だった。今日の服装となかなかうまく調和していて、いつもよりほんの少し大人びて見える。
「ああ、似合ってるぞ」
「ほんと? えへへ」
真帆はご機嫌で帽子をレジに持って行った。格好は大人でも、中身はまだまだ中学生。でもいつかはアイツだって変わっていくのだろう。って、ちょっと感傷に浸りすぎか――
「神谷くん!!」
「うわあ!?」
いきなり声を掛けられ、思わず声を上げてしまった。横を見てみると、そこにはいろいろな帽子を手に持った優菜の姿。どうやら何を買うのか決めかねているらしい。
「あなたの目で決めてほしいのだけど、どれがいいかしら?」
「ちょ、そんなに持ってこられても分かんねえって」
「ほら、これなんかどうかしら?」
「なんだよそれ、リンドバーグが被ってそうな帽子じゃねえか」
「あら、大西洋横断なんてしてないわよ」
後から調べたら「トラッパー」という種類の帽子で、かつて飛行機乗りが被っていたもののようだ。流石に白のワンピースには似合わないだろう。そんなことを考えていると、会計を終えた真帆がやってきた。
「お兄ちゃんが選んであげなよ」
「え、俺が?」
「うん、私も手伝ってあげるからさ」
「あらあら、楽しみねえ」
真帆に手を引かれるまま、俺は再び店内を歩き回る羽目になった。帽子って言っても随分と種類があるんだな。おっ、これはよく探偵が被ってる帽子じゃないか。なるほど「キャスケット」という名前なのか。折角だし、被ってみるか。
「真帆、ほら見てみろよ!」
「あはは、探偵さんみたい!」
「だろ?」
「でもお兄ちゃんって探偵さんには向いてないと思うよ! そんなに鋭くないし!」
「うっ」
真帆の眩しい笑顔が俺の心をぐさぐさと突き刺してきた。くっ、悪意がない発言だと分かっているからこそかえって辛いものがあるな。
「そ、それより優菜の帽子を探さないとな。なんかいいのあるか?」
「うーん、そうだなあ。何を被っても似合っちゃいそうだから、逆に決められないよ」
真帆の言う通り、優菜は何を身に纏っても自らのオーラに溶け込ませてしまう。さっきの飛行機乗りの帽子はともかく、なかなかこれといった帽子を選ぶのは難しかった。
「困ったなあ……」
俺はてくてくと一人で歩いて店の奥へと進んでいった。するとそこにワゴンが置いてあり、「在庫処分セール」との貼り紙がしてあった。売れ残りから探しても意味がない気がするが、一応見てみることにするか。
ワゴンの中には様々な帽子が入っており、俺は適当に漁ってみる。しかしどれもデザインや色合いに難があるものばかりで、なかなか選ぶ気にはなれなかった。
「無さそうだな……」
半ば諦めつつも、ワゴンの底の方に手を伸ばしてみる。……ん? この手触り、もしかして……? 俺は直感的に帽子を引っ張り上げてみた。こ、これは……!
「麦わら帽子だ!」
なるほど、これがあったか! まだ夏には早い時期だし、きっと去年のが売れ残っていたのだろう。
「わー、それいいじゃん!」
いつの間にか横にいた真帆も好反応を示してくれた。よしよし、これはナイスアイデアだったな。俺たちはすぐさま優菜の姿を探し回る。お、いたいた。
「優菜、これなんかどうだー?」
「さすが神谷くん、良さそうね!」
優菜は俺から帽子を受け取り、頭の上に載せる。そのまましっかりと被り、俺たちの方を振り向いた。――その瞬間、店内に夏の風が吹き抜けたような気がした。
「すげえ……」
「綺麗……」
まるで絵画のような優菜の立ち姿に、俺と真帆は思わず息を飲んだ。その長身とモデル体型が白のワンピースによく似合っており、さらに麦わら帽子が季節感をよく表現していた。俺たちが見とれているのを感じ取ったのか、優菜も少し顔を赤くしていた。
「……ど、どうかしら?」
「すごく似合ってるぞ、優菜」
「優菜さん、本当に綺麗です……!」
あまりの美しさに、レジに立っている店員も目を丸くしていた。今の優菜は見るもの全てを魅了してしまいそうだ。しばらく見合っていた俺たちだったが、やがて優菜がハッとして口を開いた。
「じゃ、じゃあこれを買うことにするわ!」
「お、おう」
「二人とも、選んでくれてありがとう!」
優菜は照れ臭そうにレジへ小走りで向かった。それにしても驚いた。帽子一つであんなに変わるとは、やはり女優になるだけはあるなあ。
間もなく会計が終わったようで、優菜が戻ってきた。って、おや? もう一個帽子を抱えているじゃないか。
「お待たせ!」
「優菜、何持ってるんだ?」
「ああ、これは――あなたへのプレゼントよ」
「へっ?」
戸惑っている間に、優菜が俺の頭に帽子を被せてきた。店内の鏡を見ると、そこには野球帽を被った俺の姿が写っている。
「よく似合ってるじゃない!」
「そ、そうか?」
「うん、お兄ちゃんカッコいいよ!」
シンプルな野球帽なのに、不思議と俺の服装とよく似合っていた。帽子選びのセンスまで持ち合わせているとは恐れ入るなあ。
「よし、じゃあ出るか」
「ええ、そうしましょう」
「はーい」
皆で帽子を被り、俺たちは店を出た。お洒落なんて少しも興味なかったけど、たまにコーディネートを考えてみるのも悪くないかもしれんな。左を見れば麦わら帽子を被った優菜がいて、右を見ると野球帽を被った真帆がいて……って、え?
「真帆? その帽子――」
「えへへ、私もお兄ちゃんと同じの買っちゃった」
「「いつの間に!?」」
どこにそんな暇があったんだよ!? 俺と優菜は揃って驚きの声を上げてしまう。
「わーい、お兄ちゃんとお揃いだ」
「……ずるい」
「ゆ、優菜?」
「ずるいずるいずるい! 私もその帽子買うわ!!」
「え、ええ……」
「ちょっと待ってて二人とも!」
呆気に取られている間に、優菜は光の速さで帽子屋に戻っていった。そしてあっという間に野球帽を被った優菜が現れる。お揃いの帽子を被った美人二人、そして俺。……周りの通行人から怪訝に思われている気がする。
「さ、いきましょうか!」
「はーい!」
三人別々の帽子を被っていたとこまでは普通のデートだったのに、やっぱりこんなドタバタ騒ぎになっちまうのか。まあ彼女と告ってきた女の両方とまとめてデートしてる時点で大概おかしいからな。
俺たちは休憩がてらモール内のカフェに入った。俺はコーヒーを、優菜は紅茶を、真帆はジュースを注文し、四人掛けの席に座って会話を交わしている。
「いやー、それにしても随分買っちゃったわね」
「ほんとですね~」
二人は今日の戦利品を確かめ合っていた。俺はコーヒーを啜りながら、その光景をボーっと眺めている。……って、おや? 店の入り口に見慣れた人影が――
「あっ、優菜様!」
「あらあら、優菜ちゃんじゃないの~」
そこにいたのは優菜の取り巻きたちだった。二人は俺たちに気づいてこちらの席に向かってくる。ヤバいな、またひと悶着起こりそうな雰囲気だ。頼むからそろそろ帰らせてくれ――
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