第7話 女優とポップコーン

 ショッピングモールに到着すると、優菜は俺たちを引き連れてある場所へ向かった。いったいどこに連れていかれるのかと思っていると、着いた先は映画館だった。


「映画を観るわよ、二人とも!」

「なんの映画だ?」

「ふふん。私の出ている映画よ!」


 そう言って、優菜は館内に貼ってあるポスターを指さした。するとたしかに隅っこの方に優菜の姿がある。どうやら青春恋愛映画らしい。


「うわ、すげえなお前!」

「そうでしょうそうでしょう!」

「優菜さんは何の役なんですか?」

「そ、そんなことはどうでもいいじゃない! ほら行くわよ!」


 真帆の質問を誤魔化すようにして、優菜はさっさと歩いて行ってしまった。俺たちも後を追うように進んでいく。真帆にポップコーンとジュースを買ってやってから、俺たちは劇場内に入った。左の優菜と右の真帆に挟まれる格好で席につき、開演を待つ。


「ポップコーンおいひ~」

「始まる前に食い尽くすんじゃねえぞ」

「分かってるよお」


 真帆は幸せそうにポップコーンを頬張っていた。お洒落な格好をしていると言っても、こういうところはやっぱり中学生らしいな。ふと気になったことがあり、俺は優菜に話しかける。


「なあ、これっていつ撮った映画なんだ?」

「去年よ。まだ中学生の頃ね」

「受験生だってのに大変じゃなかったのか?」

「いいのよ、好きで女優やってるんだから」


 そう語る優菜の表情は、少し大人びて見えていた。真帆や俺と違って、優菜は中学生の頃から大人の世界に足を踏み入れていたんだな。


「あ、そろそろ始まるみたいね」

「みたいだな」


 場内が暗くなり、間もなく上映が開始された。真帆はポップコーンをむしゃむしゃと食べながらルンルンと足を揺らしている。対照的に、優菜はクールな表情でスクリーンを見つめていた。


 さて、肝心の映画はというと――ぶっちゃけつまらなかった。若い俳優を積極的に起用したらしいが、やはり経験不足なのかいまいち演技が物足りなかった。話の筋もどこかで見たような感じだし、これは微妙だ……。


 思わず寝てしまいそうになっていると、左から肘で小突かれた。ハッとして目を開くと、優菜が画面の方を指さしている。お、優菜の出演しているシーンじゃないか。どうやらコイツは「主人公のクラスの担任の娘」という役らしい。あまり本筋とは関係がない端役みたいだし、さっき真帆の質問をはぐらかしていたのもそういうことだったんだろうな。


『お父さん、今日も仕事なの?』

『ああ、学校に行かないといけないんだよ』

『えー、せっかく土曜日なのに……』


 ……コイツ、演技上手くないか? 仕事に向かおうとする父親に対し、名残惜しいという感情をうまく表出している。主役を張っている奴よりもよっぽどレベルが高いじゃないか。


『お父さん、明日はおうちにいてね』

『ああ、分かってるよ。行ってきます』

『行ってらっしゃい、お父さん』


 優菜が出てきたのはこれっきりだった。こんな小さな役でどうしてポスターに載れたのか不思議なくらいだが、周囲とは明らかに格が違う演技だった。


 二時間くらいで映画が終わり、エンドロールが始まった。キャスト欄にはきちんと「近藤優菜」という名前も記されており、そこが流れた瞬間に優菜がどや顔を見せてきた。さっきちょっと感心したのを返してくれよ。


 間もなくエンドロールも終わり、俺たちは席を立って劇場を後にした。歩きながら、優菜は饒舌に映画について語っている。


「どうだったかしら!? やはり私の演技はずば抜けていてべらべらべらべむべらべろ」

「はいはい分かったよ妖怪人間」


 自慢顔の優菜を適当にいなしていると、真帆が俺に顔を寄せてきた。そして優菜に聞こえないよう、ひっそりと耳打ちしてくる。


「ねえお兄ちゃん」

「なんだ?」

「優菜さんの演技はすごかったけど、映画は面白くなかったね」

「……あまり言ってやるなよ」


 やはり兄妹というのは感性も似るみたいで、真帆も同じような感想を持っていたようだ……。


***


 ちょうどお昼の時間になっていたので、俺たちはモール内のフードコートに向かった。土曜日ということもあって結構混んでいたが、なんとか空いている席を見つけることが出来た。


「俺が待っておくから、二人は先に買ってきなよ」

「あら、ありがとう神谷くん!」

「じゃあお兄ちゃんの分も買ってくるよ、ハンバーガーでいい?」

「ああ、適当にポテトでもつけといてくれ」


 俺は席に座りながら、仲良く歩いていく二人を見送った。真帆はそのツインテールをぴょこぴょこと跳ねさせ、優菜は白のワンピースで上品な雰囲気を醸し出している。こんな二人とデートできるんだから、俺は案外幸せな男なのかもしれないな……。


 などと思っていた俺が馬鹿だった。間もなくトレーを携えた二人が戻ってきたのだが、その上には大量のハンバーガーとこれまた大量のポテト。……は?


「待たせたわね、神谷くん!」

「お兄ちゃんただいま~」

「いやいやいやいやなんだよこれ!?」

「なにって、ハンバーガーよ?」

「そうじゃねえよ!」

「えー、だっていっぱい食べないとだし。お兄ちゃんも食べるかなって」

「そうよ、ちゃんと食べなさい神谷くん」


 真帆、運動部で食べ盛りのお前と俺を一緒にするんじゃない! っていうか優菜も止めろよ!


「お前はいいのかよ優菜!?」

「次の役作りのために少し体重増やさないといけないのよねー」

「だからってハンバーガーで太るなよ!」

「ちゃんと栄養のことも考えてあるわよ? ほら、サラダ」

「うわあ!」


 よく見たらサラダも大量にあるじゃねえか! そういや弁当作ってきたときも俺の栄養バランスを心配してくれてたもんな! ありがとよ! ていうか周りのテーブルの人たちもドン引きしてるじゃねえか! 美人二人と冴えない男が大量のバーガー囲んでたらそりゃ驚くって!


「じゃ、食べましょうか真帆さん」

「いただきまーす!」

「え、ええ……」


 俺の向かいに座った真帆と優菜は、さっそくバーガーを口にしていた。仕方ないので俺も手元にあった一個を手に取る。とほほ、大食いをするために出かけてきたんじゃないんだけどなあ……。


 案の定、俺は数個食べたところでギブアップしてしまった。優菜と真帆はひたすら食べ進めている。運動部の真帆はともかく、優菜までこんな食うとは思わなかった。女優ってのは大変な職業だな……。


「ほら、お兄ちゃんあーん」

「ちょ、食えないって」


 ぼーっとしていると、真帆がポテトを俺の口元に持ってきていた。既に腹は満杯なのだが、真帆の純粋な目で見つめられると弱い。俺は仕方なく、差し出されたポテトを口にする。


「あら、仲が良いのね」

「えへへ、そう見えますか?」

「ええ、兄妹とは思えないわ」


 その様子を見ていた優菜が意外そうな顔をしていた。……まあ、ただの兄妹じゃないってのは間違いないんだけどな。なんだか見せつけるような格好になってしまったが、真帆のことだからわざとではないんだろう。


「ほら、お前も食えよ」

「うん、あーん」


 俺がお返しとばかりに真帆の口にポテトを突っ込んでいると、横の優菜も小さく口を開けていた。ちょっと色っぽい感じがしてドキッとしてしまうが、平静を装ってポテトを持って行ってやる。


「ほらお前も」

「ふへひいわはひやふん(嬉しいわ神谷くん)」

「もの食いながら話すんじゃねえよ」


 その後の俺は、さながら給餌係のようにひたすらポテトをあーんしていた。なんか周りからの視線を感じるが気のせいだろう、気のせいであってくれ。


 嫌というほど腹が膨れた俺たちはショッピングへと向かった。いよいよデートも後半戦だ。このまま何事もなく終わってくれますように――

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