第4話 弁当とおにぎり
すったもんだがありつつも、月曜日になった。俺はいつも通り食卓で朝飯を食べている。真帆は朝練があるとかなんとかで、慌ただしくご飯をかき込んでいた。
「お前がそんなに急ぐなんて珍しいな」
「今日の朝は忙しかったのー!」
「ふーん、そうか」
「じゃあ茶碗洗いよろしくー!」
「あ、ああ」
真帆はガチャガチャと食器を下げ、鞄を抱えて家を飛び出して行った。俺は真帆の分まで皿洗いをしてから、リュックサックを背負って家を出る。自転車に跨り、高校目指してペダルを漕ぎ始めた。
「憂鬱だな……」
車道を飛ばしながら、俺はひとりで呟いた。学校に行けばまたやいのやいのと騒がれる。なんだか優菜は納得してくれていないようだし、どうしたもんかね。
間もなく学校に着いてしまった。俺は自転車を置き、下駄箱に向かう。靴を脱いでいると、横から聞きなれた声が聞こえてきた。
「おやあ? 彼女と同棲中の雄介くんじゃないですか~?」
「くたばれ」
「口が悪いぞ雄介~?」
ヒデはニヤニヤとこちらを窺っている。幸いにして、コイツも真帆が彼女だとは気がついていないようだ。しかし俺が告白されてからずっとこの調子なのは腹が立つ。
「別に一緒に住んでようが勝手だろ」
「俺には言ってくれても良かったのに、水臭いぞ~」
「ふん、言っとけ」
俺はヒデを適当にあしらいながら廊下を歩いて行った。教室に入ると、やはり皆からの視線を感じる。……今週もこんな感じか、勘弁してほしいな。ため息をつき、自分の席に座る。その時、目の前に優菜が現れた。
「おはよう、神谷くん!」
「……おはよう」
「元気がないわね!」
「誰のせいだと思ってんだテメエ」
相変わらずの綺麗な長髪を揺らしつつ、優菜は朝の挨拶をしてきた。こんな美人がストーカーまがいのヤバい女だとはクラスの皆も知らんだろうな。
「それで、なんの用だよ」
「今日のお昼休み、時間あるかしら?」
「昼飯を食うという用事があるが」
「つれないわねえ。とにかく、教室で待っててちょうだい!」
「あ、ちょ」
昼休みになったらさっさと教室を出たいのだが――と言いたかったが、朝のホームルームの時間となり、優菜は席に戻ってしまった。とほほ、昼の学食は混むから出遅れたくないのに……。
***
四時間目を受けながら、俺は昼休みのことを考えていた。教室で待ってろって言っても、どうせろくなことにはならないのだろう。これからの高校生活も長いってのに、これ以上変な噂をされるのはごめんだ。アイツには悪いが、無視してさっさと学食に向かうとするか。
「……では、今日の授業はここまで」
「きりーつ、れい!」
ちょうど教師が授業を終え、昼休みになった。よっしゃ、昼飯だ昼飯だ! 俺は自分の席を立ち、教室の扉に向かう。……なんか、誰かに通せんぼされてないか?
「おい、通るんだけど」
「駄目ですよ~」
ニッコリ笑顔で目の前に立ちふさがっているのは白銀雪子。優菜の取り巻きの一人だ。背が高く、まるで壁のように扉をふさいでいる。
「駄目も何も、メシを食わんといかんのだが」
「優菜ちゃんと約束していたでしょう?」
「そんなの知ったこっちゃねえ」
「あらっ」
俺は雪子の隙を突き、素早く脇の下をくぐってみせた。そのまま教室を出て、学食の方向に進もうとしたのだが――大声で呼び止められた。
「おい、待てっ!」
「うわっ!」
後ろを振り向くと、そこにいるのは内山いおり。雪子と同じく優菜の取り巻きだ。いおりは背が小さく、それでいて男勝りの性格をしていた。
「お前、優菜様との約束を破る気か!」
「元はと言えばアイツが勝手に言ってきたんだ、関係ねえよ」
「今からどこに行くつもりだっ!」
「どこって、学食に決まってるだろ」
「ほう、文無しでか」
「えっ? あっ!」
ズボンのポケットを触ってみると、入れておいたはずの財布がなくなっている! 慌てて顔を上げると、そこには俺の財布を右手に持ったいおりがいた。
「お前、いつの間に盗ったんだよ!?」
「大丈夫だ、中身には手をつけてない」
「やってることがスリと同じじゃねえか!」
「とにかく、教室に戻れよ。そうしたら返してやる」
「……分かったよ」
俺は渋々降参して再び教室に戻っていった。いおりから財布を受け取り、自分の席に座る。すると間もなく片手に袋を携えた優菜がやってきた。優菜は前の席に座り、俺の机に袋を置く。
「待たせたわね!」
「勘弁してくれよ」
「もー、逃げるなんてだめなのにい」
「可愛いフリしても無理だぞ」
優菜は顔を傾け、あざとくこちらを見てきた。他の男なら悩殺されるシーンだが、ストーカーに悩殺される趣味はないからな。
「それで何の用なんだよ。早く学食行かせてくれよ」
「その必要はないわ」
「はっ?」
「あなたに――お弁当を作ってきたの」
そう言って、優菜は袋に手を突っ込んだ。何が出てくるかと思えば、姿を現したのは楕円形をした二段の弁当箱。……マジ?
「えっ、本気か?」
「嘘なんかつかないわよ」
優菜は上の段の蓋を開けた。そこには小さなハンバーグが二つ、ハートの形にあしらわれた卵焼き、ミニトマト、そしておひたしが入っている。下の段は綺麗な白米に梅干しが載った日の丸弁当だ。見事に彩られた食材を見て、思わず喉が鳴る。
「……これ、お前が作ったのか?」
「もちろん! 買い出しから何まで全て私よ」
「すげえな、お前」
「えっ! ……そんなこと、ないわ」
あまりにすごいから、つい褒めてしまった。優菜は照れ臭そうにはにかんでいる。やはり笑った顔は綺麗だ。このスマイルで、今までいったいどれほどの男が落ちてきたのだろうか。
「……神谷くん、いつも学食でしょ?」
「まあな」
「そればっかりじゃ栄養が偏るかと思って」
「そんなことまで考えてくれてたのか?」
「当たり前よ! ただ胃袋を掴もうってだけの浅はかな女じゃないんだからね!」
優菜は自信ありげに胸を張っていた。コイツがなぜ告白してきたのか、なぜ家に突撃してくるほど執着しているのか、俺にはまだ分からない。けど、ただ「好き」という感情だけで動いているわけではないのだと伝わってきた。
「……そうか、分かった」
「食べてくれるわよね、神谷くん?」
「そこまで考えてくれたなら仕方ねえな。食べるよ」
「本当? 嬉しい!」
優菜は満面の笑みを浮かべていた。まあ、折角作ってくれた弁当を食べないというのも勿体ない話だからな。真帆には後で話しておけば――って、なんか携帯が鳴ったな。
「すまん、ちょっと待ってくれ」
俺は優菜を手で制し、スマホの通知画面を確認した。そこには真帆からメッセージが届いたと表示されている。昼休みにわざわざ連絡してくるとは、何の用だろう? どれどれ……。
真帆:ごめん、忘れたことがあったの!
雄介:なんだ?
真帆:今朝、いってらっしゃいのちゅーを忘れてた!
雄介:そういやそうだな
言われてみれば、今日の真帆はキスをしてこなかったな。アイツはいつも俺のほっぺに口づけをしてから学校に行く。それすら忘れるくらい慌ててたってことか。けど、わざわざ昼休みに言うようなことだろうか。
雄介:そのためだけに連絡してきたのか?
真帆:ううん、あと言い忘れてたことがあるの!
雄介:なに?
真帆:お兄ちゃんの鞄におにぎり入れておいたから!
雄介:へっ?
お、おにぎり? 不思議そうな顔をしている優菜をよそに、俺は机の横にかけてあるリュックサックを漁った。するとたしかに底の方に袋が入っている。真帆の奴、きっと恥ずかしくなってこっそりリュックの奥底に詰め込んだんだろうな。
「すまん優菜、やっぱりお前の弁当は食べられない」
「えっ?」
「彼女がおにぎりを作ってくれてたみたいだからよ」
俺は袋を取り出して中身を手に取った。入っていたのは、ラップに包まれた三つの大きいおにぎり。いささか不格好な球体だが、真帆が一所懸命に握ってくれたのが目に映るようでむしろ嬉しい。
「か、神谷くん……」
優菜はわなわなと身体を震えさせていた。真帆のことだから、別にこのことを見越しておにぎりを作ったわけじゃないだろう。単に俺のためを想って握ってくれたんだろうが、純粋さってのは時に恐ろしいもんだな。
「悪いな、わざわざ作ってもらったのに」
「い、い、いえ、そんなに気にすることないわ……」
明らかに表情がひきつり、作り笑いが見え見えの優菜。名女優といえども流石に動揺が隠せないようだな。そりゃそうだ、俺ですら知らなかったんだから。
「……次こそ、あなたを落としてみせるんだからねっ!」
優菜は捨て台詞を残し、俺の前から立ち去って行った。俺は真帆のおにぎりを頬張りながら、家に帰ったあとのことを考えていた。今日はアイツに助けられたし、きちんとお礼を言っとかんとな。
……ちなみに、優菜の弁当はヒデの腹に収まった。ヒデが財布を忘れて絶望していたのを優菜が見かねて、半ばヤケクソで食べさせたようだ。ヒデは美味そうに弁当を平らげ、午後の間はずっと幸せそうな表情だった。
明日からも優菜の猛攻は続きそうだ。さてさて、どう対処したものかな――
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