第5話 三振、そしてデート

 あの弁当騒ぎの後も、優菜は度々俺にちょっかいをかけてきている。俺の下駄箱に原稿用紙数十枚分の恋文を仕込んだり、健康診断で上裸になったのを盗撮しようとしてきたり、季節外れのバレンタインチョコを差し出してきたりと散々だった。特にチョコは意味不明すぎる、気味が悪いから受け取ってすらいない。優菜は残念がってたけどな。


 そんなこんなで金曜日だ。今日の二時間目は校庭で体育の授業。種目はソフトボールということで、まずは皆でノックを受けている。


「雄介行くぞー!」

「よっしゃー!」


 カーンというバットの金属音が響いた。ヒデがノックしたゴロを逆シングルで掴み取り、一塁に送球する。バシンと良い捕球音が鳴り、クラスメイトから歓声が上がった。


「上手いぞ雄介ー!」

「帰宅部のくせにー!」

「うるせえよ!」


 真帆の練習に付き合っているおかげで、ソフトボールの扱いには大分慣れているのだ。俺はその後もファインプレーを連発し、皆からの注目を一身に浴びていた。こうでもしないと入学して早々の「スキャンダル」を払拭出来ないからな。


「よっしゃ、次の奴ー!」

「頼むわヒデくんー!」


 次にグラブを持って現れたのは優菜だった。まだ春ということもあって長袖長ズボンだが、運動着を着てもよく似合ってるなあ。


「いくぞー!」


 ヒデはノックを開始した。ヒデは左右に上手く打ち分けているが、優菜は物ともせずに打球を捌いていく。その芸術的な身のこなしに再びクラスメイトから歓声が上がっていた。


「いいぞ優菜さんー!」

「さすがです優菜様ー!」

「カッコいいー!」


 俺の時よりすげえ応援じゃねえか、悔しい。たしか優菜は硬式テニス部だったと思うけど、スポーツ全般何でも出来るってことなんだろうな。


 間もなく優菜はノックを終え、校庭の脇で体育座りしている俺のところにやってきた。額の汗を拭いながら、どうだと言わんばかりの表情を見せている。


「私の華麗なフィールディング、見てたかしら!?」

「そりゃ見てたよ。上手いな」

「ふふ、惚れたかしら?」

「んなわけねーだろ、そんな単純じゃねえわ」

「えー、あれで感じないなんていじわるねえ」

「やらしい言葉遣いをするんじゃない!」


 俺がそう返すと、優菜はくすくすと笑っていた。しかしよくもまあコイツもへこたれないもんだな。彼女がいるって散々伝えたのに、諦めるどころかさらに強気でアタックしてくるんだからなあ。


「なあお前、いつまで続ける気だ?」

「何を?」

「いつまで俺に構うつもりなんだよ。彼女いるって言ってるだろ」

「言ったはずよ? この目であなたの彼女を見るまで私は認めないわ」

「……そうか、勝手にしろ」


 俺はポンと右手でグラブを叩き、グラウンドの中心へと戻っていった。


***


 ひとしきりノックが終わり、試合をすることになった。男子は男子で2チームを組み、グラウンドの準備を行う。……って、向こうのチームに一人女子が混ざってるじゃないか。


「なあヒデ、向こうにいる女子って誰だ?」

「どれどれ……って、優菜ちゃんじゃんかよ」

「うわ、マジだ。アイツ何考えてやがんだ」


 他の男子に混ざり、優菜は準備体操をして出番に備えていた。たしかに守備は上手かったけど、男子に混ざって大丈夫なんかなあ。怪我しないといいけど。……などと思っていたが、俺の杞憂だった。間もなく試合が始まり、俺たちが先攻だったのだが――


「ストライク! バッターアウト!」

「ナイスピー優菜ちゃん!」

「いいぞー!」


 優菜は自らピッチャーを買って出ると、見事なウインドミル投法で次々に打者を打ち取っていったのだ。その長い右腕をぐるりと一回転させ、目にも止まらぬ豪速球を解き放っている。


「もうツーアウトかよ」

「優菜ちゃんカッコいいな~!」

「何言ってんだヒデ、俺たちもあれを打たなきゃいけないんだぞ」

「あ、そうか」

「恐ろしいったらありゃしねえ」


 続いて三番打者も果敢に挑んでいったが、無残にも空振り三振に終わった。優菜は爽やかにチームメイトとハイタッチを交わしている。俺たちは半ば呆然としつつ、裏の守備へと向かった。


 俺たちのチームはヒデをマウンドに送った。ヒデも頑張って投げていたが、流石に優菜のようにはいかず、ポコポコと失点を重ねてしまった。スコアは実に九対〇と圧倒的ビハインドである。ようやくスリーアウトとなり、俺たちの守備が終わった。ヒデは澄ました顔でマウンドを降りていく。


「いやー、打たれた打たれた」

「開き直ってどうすんだよ」

「まあ見てろって、俺が優菜ちゃんの真っすぐを打ってやるからよ」


 ヒデはグラブを置くと、バットを手に打席へと向かった。こう見えてヒデは運動神経が良い。今はサッカー部で幽霊部員をしているが、中学の頃は学校で一番のフォワードだった。


「頼むぞヒデー!」


 俺は打席に向かって大声を張り上げた。授業時間が残り少ないし、この回で試合はおしまいだろう。十点取って逆転とはいかないが、せめて優菜に一矢報いたいところだな。が、しかし――


「ストライク! バッターアウト!」

「くそーーっ!!」


 あえなく三振したヒデの叫び声が響いた。優菜は黒髪をたなびかせ、クールに捕手からの返球を受け取る。続いて五番打者もピッチャーゴロに打ち取られてしまい、あっという間にツーアウトとなった。


「いいぞ優菜ちゃんー!」

「ナイスピッチー!」


 歓声が上がり、完全に向こうのチーム寄りの雰囲気だ。優菜はソフトボールをお手玉しながら次の打者を待っている。すげえな、女優ってのはマウンド捌きまで様になるのか。


「さあ、バッターは誰かしら!?」

「俺だよ」


 俺はバットを手に、ゆっくりとバッターボックスへと歩き出した。こうなりゃ俺だけでも打つしかねえ。思いっきり気合いを入れて打席に入ると、いきなり優菜が大声で呼びかけてきた。


「神谷くん!!」

「なんだよ!?」


 優菜は右手を伸ばし、握ったボールを俺の方に示してきた。そしてクラスみんなの方を向いて、高らかに宣言したのだ。


「このままじゃ面白くないから、神谷くんがホームランを打てば十点扱いにするわ!」

「「おお~」」


 優菜の提案に、観戦している皆から拍手が巻き起こった。何を言うかと思えばそんなことを言い出すとは。やれやれ、これじゃまるで昭和のクイズ番組――


「その代わり、神谷くんが三振したら明日の土曜にデートしてもらうわ!」

「「おお~!!」」

「はあっ!?」


 それは話が違うだろ!? ……と思ったが、クラスメイト皆が拍手していて何か言い返す雰囲気じゃない! ちくしょう、嵌められた! こうなったらホームラン打つしかねえ!


「いいぜ、かっとばしたらあ!」

「その意気よ神谷くん!!」


 俺はキッとマウンドの方を睨んでバットを構えた。優菜もすうと息を吸い、投球動作に入る。そのまま右腕を後ろに持って行くと、ぐるんと回転させて第一球を解き放った。白球が唸りを上げ、本塁に向かって突き進んでくる。


「おらっ!!」


 声を漏らしながら思い切りバットを振った。キンという甲高い金属音が響き、打球がバックネットに突き刺さる。


「ファウルボール!」

「「おお~」」


 ここまで優菜の球をまともに捉えた奴はいなかっただけに、ただのファウルだってのに歓声が巻き起こった。俺は悔しさで歯を食いしばり、バットを強く握り直す。優菜も表情を引き締めてマウンドに戻っていった。


「打てるぞ雄介ー!」

「頑張れー!」


 家では真帆に付き合って素振りなんかもしてるからな、簡単に打ち取られるわけにはいかないってもんだ。


「優菜ちゃんしっかりー!」

「雄介なんか抑えちまえー!」


 観衆がギャーギャーと騒ぐ中、優菜は第二球を投げた。さっきより内角、さらに厳しいコースのストレート。しかし俺は読んでいた!


「おらっ!」

「うそっ!?」


 俺は体を開かず、ボールをしっかりとバットの芯で捉えてみせた。優菜は驚きのあまり目を見開いている。カーンと快音が響き渡り、打球が左方向に高く舞い上がっていった。


「うわっ!」

「いった!?」


 クラスメイトも次々に言葉を発した。ボールは綺麗な放物線を描いていたが、僅かに左に切れていく。またファウルボールとなり、これでツーストライクに追い込まれた。


「ふふん、やるわね神谷くん」

「お前こそ、なかなか良い球放るじゃねえか」


 打たれてビックリしていた優菜だったが、再びドヤ顔でマウンドに立っていた。よほど自信に満ち溢れているようだが、俺だってタイミングはばっちり掴んだ。今度こそ絶対に打てる。


「行くわよ!」

「来いっ!」


 優菜は大声を出して右腕を始動させた。俺もテイクバックを取り、バットを強く握る。十点か、あるいはデートか。なんだか馬鹿馬鹿しい勝負に思えるが、俺も優菜も極めて真剣だった。


「ッ!」


 そして優菜は小さな声を漏らしつつ、第三球を放った。俺の目ははっきりとその球筋を捉えている。バットを振り始め、左足を一気に踏み込んだ。よし、完璧! 勝っ――


「ストライク! バッターアウト!」

「やったあ!」


 次の瞬間、俺のバットは空を切っていた。優菜の球はベースの手元で沈み込み、キャッチャーのミットにしっかりと収まっていたのだ。コイツ、素人のくせに変化球を……!?


「これで明日の予定は決まりね、神谷くん!」

「ちょ、おま」


 言い返そうとした瞬間に授業終了を告げるチャイムの音が鳴り響いた。クラスメイトの皆は俺たちをヒューヒューと冷やかしつつ、後片付けを始める。……えっ? 俺マジでデートしないといけないの?


「じゃあ神谷くん、明日は駅前で待ってるから!」

「え、えええっ……」


 俺は颯爽と立ち去る優菜を呆然と見送るしかなかった。とほほ、どうすりゃいいんだ。真帆がいるってのに、他の女とデートなんて出来るわけがないんだが――

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