第33話 海の見える町



 私は、スマートフォンを取り出し、ニュース速報を見る。ニュースを見ることは、就活中に習慣づけてから、ずっと今もその癖が抜けていない。しかし、もう、涙で文字が霞んで何も見えなかったため、イヤホンを取り出して動画を再生した。



「続いてのニュースです。


 今日、瀬戸内海沿岸で、赤筋の入った猛毒クラゲが、記録的な大発生をしました。見てください、海面が真っ赤です。このクラゲは非常に強い毒を持っており、触れた相手を痺れさせます。特に、カサからぶら下がる触手には、毒を大量に含んでいます。


 見つけても、絶対に近づかないでください。」



 私は、工場の隣を通過する道路を、よろめきながら進む。波が防波堤に打ち付ける音がかすかに聞こえてきた。



 猛毒のクラゲ。そんなものが大量発生しているなんて‥。

 この先に見えるのは海だ。もしかしたら、その様子を観れるかもしれない。


 私は工場群を抜け、夜の真っ黒な海が見える広めに場所へ辿り着いた。

 



 私「うぇ‥。なんじゃこりゃ‥。」


 月明かりが照らす海は、そこを埋め尽くす大量のクラゲのカサによってボコボコと泡立っているように見える。しかも、これは全て毒を持っているのだろう。落ちたらひとたまりもない。


 私は、当然、死を求めるものは飛び込むべきだろうと考えた。つまり、死に場所を探していた私には、願ってもない好機である。



私「俺に‥、死ねってことか‥。」


 私は気がつけば、海へ落ちるギリギリまで足を迫らせていた。水面を漂う半透明のゼリー質を見て、クラゲの毒がどれほど強力か、痛みは伴うのか、そのような事を色々考えた。


 当然、考えれば考えるほど、今度は死への恐怖が増してくる。


 でも、とにかく、今が苦しくてしょうがなかった。瀧宮への恋心、星海への罪悪感、そして「妖怪衆」への恐怖。全部が重荷となり、私の心を潰そうとしているのだ。

 本当、毎秒毎秒、しんどい。私の吸い込む空気だけに大量の砂鉄が混入している感じだ。何をしても苦しい。息をするだけでも、心がピリピリと痛む。



私「ちょっと、飛び込むのは、もう一度考えよう‥。」


 私は、一旦、心の鎮痛をしようとスマートフォンを開き、SNSにアップされている瀧宮の画像を見た。すると、星海を失って傷心する彼女の様子を、同じく「タイヤ公園」に住む女子の小川がSNSで以下のような投稿をしているのが目についた。





小川「星海君。あなたがもし生きていて、この投稿を見つけたら、すぐに連絡してください。


 瀧ちゃんは、あなたがいなくなってから、ずっと心身共に調子を崩しています。咳き込んだり、嘔吐したり、さらには腹痛に頭痛と、ドラッグストアの漢方ではカバーできない状態です。


 星海君は時々、私に『瀧ちゃんが俺を愛していないかもしれない。』と相談していましたが、瀧ちゃんは紛れもなく、あなたを愛しています。だって、彼女はあなたが居なくなったこのタイミングで、突然体調を崩したんです。この子は言葉足らずなだけで、体にはちゃんと出ているタイプなんです。


 早く帰ってきてください。ずっと待ってます。」



 私は、スマートフォンをポケットにしまった。


 なるほど、なんだかんだ不仲を匂わせておきながら、やっぱり瀧宮は星海のことを愛していたのか。今、この毒クラゲの海へ身投げしようか迷っているのに、世の中は相変わらず私に冷たいなと思う。




 

 


私「ああ‥。悔しいな。悲しいな。」



 私の心の中で、幼い頃、そして中高生、さらに「タイヤ公園」で暮らすようになった瀧宮の姿が、高校生以前は妄想だが、走馬灯のように流れる。

 小学生の時、鉄棒で一人遊んでいた彼女は、最後には「タイヤ公園」にて星海から愛の告白を受けて暗転するという、結婚式で流れそうな映像が頭をめぐる。



私「瀧宮の人生に、俺の出る幕はたった一回‥。しかも、彼女の記憶に残らないほど短い時間だったな‥。」



 そう思うと、やはり最後に、最後に一度だけ「タイヤ公園」にいる生身の姿を見たくなった。そんなことをして、なんの解決にもならないが。

 

 とにかく、私は生きる方向へ大きく舵取りをしたのである。ゆっくりと水辺から離れてゆく。



私「ん‥、あれは‥?」



 すると、陸上にもクラゲは大量に打ち上げられているのが見えた。ここは、アスファルトで埋め立てられており、2m近いコンクリートの崖を隔てて海の水面がある。どう見ても、クラゲが自力で登ってくるのは無理がある。


 すると、誰かがクラゲを引き上げて、そのあたりの陸地に放置したのだろう。




 私はなんとなく、それを足で触りながら、海へボチャリと蹴り落とした。それが心地よいと感じ、無意識に、どんどん海へクラゲを戻してゆく。



 ボチャン。


 ボチャン。


 お、次のはカサが大きくて盛大に水飛沫が上がりそうだ。私は楽しくなって、大きなクラゲに足を近づける。



私「あ、あれ‥?」


 しかし、改めて陸地を見ると、クラゲは規則正しく並べられていたことに気づく。毒クラゲを引き上げた人物は、それらを乾かして、何かに活用しようとしていたのか。


 ‥そんなことをする人間がいるだろうか。

 

 食用でもないクラゲ、しかも毒がある。そんな一銭の価値もないクラゲを、何に使うのか、私にはさっぱり分からない。





私「毒を利用するなんて、「妖怪衆」じゃあるまいし‥‥‥。


 え‥?」


 そう、毒を利用するといえば、「妖怪衆」ぐらいのものである。彼らはまさか、ここへ毒クラゲを採取しにきたのか‥。


 そういえば、今、公安調査員らによって、山で取れる毒物はことごとく数を減らされているという。だから、毒クラゲ大量発生のニュースを見て、彼らがここへやってきているとすれば‥。



 ガサッ!!!


 その瞬間、私の後ろで何かが素早く動いた。そして、私の後頭部を力一杯殴りつける。


 ドスン!


私「うっ!!」


 鈍い音が後頭部からじんわりと響き、私は地面に倒れ込んだ。



 すると、作業着姿の男たちが、物陰から次々と姿を表す。彼らは私がここへきた時から、どこかに隠れて様子を観ていたらしい。



 そして、どうやら、こいつらは「妖怪衆」だ。私の予想通り、クラゲの毒を採取するために、ここへやってきていたのだ。


 

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