第34話 海の見える町



 男たちは全員で七人。


 全員作業用のつなぎか、皮のジャージを着ている。見た目は相変わらず普通の人間だ。しかし、私のイメージと反して、そこに悪意のあるニヤけた顔などははなく、全員サイコパスっぽい無表情である。


 また、一人だけ大型バイクのライダーがかぶっているようなフルフェイスのヘルメットで顔を隠しており、彼だけ他とは違う別格の上級ランク「妖怪」っぽかった。挙動も少し変で、ゆったりと動く他の男とは違い、彼はフェイントをかけるように小刻みに歩く。


 が、ヘルメット男が「山本 姫犬」ではないようだった。彼の体型は小柄で、やや背丈が高い「山本 姫犬」とは明らかに異なる。






 ヘルメット男は金属バットを持って面倒くさそうに首を掻きながら、私の周りをぐるぐる回る。

 すると、他の下っ端っぽい作業着の男たちが、話うつ伏せになった私に蹴りを浴びせてくる。ボロ雑巾のようになった私は、逃げようとするが容赦ない追撃を受ける。


私「痛い‥、痛っ‥。」


 

 また、「妖怪衆」のうち、二人の男が走って何かを持ってきた。

 それは一斗缶だ。中身の入っていない一斗缶に、そこらへんに落ちていた牡蠣の貝殻を入れて、ギャラギャラと激しく振って爆音を出している。




 そして、また別の男は直立不動のまま、空に向かって「ギシャァアア!!」と叫んだ。その後も似たような声を振り撒きづけると、工場に住み着く猫が姿を現し、彼の声に合わせて同じく「シャァアアア!!」と鳴き始めた。




 こうして場がうるさくなってくると、ヘルメットの男がついに動き出し、他の六人の前に立ったかと思うと、両手を広げて何かの合図する。すると、そこにいる六人の「妖怪衆」はヘヴィメタルのデスボイスのような声で一斉に絶叫した。



妖怪衆「これどうなってんだぁぁぁぁぁ!!」




 私には最初、そう聞こえた。でも、多分違う言葉を喋っている。

 四字熟語っぽい‥。「こうてん‥なんとか‥だぁあああつ」と言っている。



 見ると、彼らの一人が伸縮式の棒と布を用いて、旗を素早く組み立てた。それを祭りのように高くあげ、バッサバッサとふる。その旗には太字で何かスローガン的なものが刻まれており、「黄天こうてん」という文字が見えた。

 彼らが叫び散らしているのは、ここに書かれた言葉だろう。



 発狂したように全身で一斗缶を振る二人は、目をかっ開き、さらに激しく音を出しながら、舌をベロベロと出して私を睨んだ。



 まるで、何かの儀式が始まるようだった。



私「た、助けて‥。」



 すると、もう一度フルフェイスヘルメットの男が両手を振り上げ、他の六人に合図した。すると、また全員が叫ぶ。



妖怪衆「これどうなってんだぁぁぁぁあ!!」


 引くほどの狂気に溢れた混声が地面を空気を激しく振動させた。

 私は腕を掴まれ、後ろで組まされる。そして体を地面に押さえつけられた。抵抗する私を何度も殴りつけ、ぐったりとしたところに蓋のない一斗缶を頭にかぶせられる。


私「うううぅぅぅう!!!」


 視界を奪われ、私はパニックになって抵抗する。このまま海に投げ込まれるのか‥。そう思って手足をばたつかせて激しく抵抗する。



 すると、彼らは平手でバンバンと一斗缶を叩いた。それをかぶっている私の耳に、頭を破壊するような音が突き刺さる。頭が割れそうなぐらいうるさい。



 バンバンバンバン!!

 私の叫び声は、この金属を平手で打つ爆音にかき消された。


 そして一斗缶を頭から取られ、歩行がおぼつかない私の前に、ヘルメットの男が金属バットを持って立ちはだかる。

 彼は意気揚々とした感じでピョンピョンはねた。そして、再び両手をあげる。




妖怪衆「これどうなってんだぁあああああ!!!」



 他の「妖怪」が大声で叫ぶ。


 そして、ヘルメット男は殴りかかってきた。バットは先端がボコボコに凹んでいる。何度もこの儀式に用いられてきたということか‥。


 幸いバットは私の肩をかすめ、地面に激突する。バギン!という重厚な音が響いた。


 すると、ヘルメット男は、ビーチでやるスイカ割りを外したように、大袈裟に地団駄を踏んだ。



 他の六人は歓喜した様子で、好き勝手喚き散らす。これはやはり、何かの伝統的な儀式みたいだ。

 使っている道具はガラクタだらけだが、フルフェイスのヘルメットや、蓋のない一斗缶。何かそれぞれ意味があるのだろう。普通はもっと伝統色のある古い木とかで祭祀は行われるはずであるが、この野蛮な奇祭は違うようだ。




 そして、私は再度、一斗缶を被さられ、打楽器にされる。


 バンバンバンバンバンバン!!


 さっきよりもたくさん袋叩きにあう。

 

 キィーーーーーン。


 大きな耳鳴りがした。缶を外された私は倒れ込む。一斗缶の底の隅は一部剥がれており、その隙間からヘルメット男は私に背を向け、他の六人の前で手を広げているのが見えた。

 

 もう、この後に彼らが何をするかわかっている。 

 


 私はこんな状況にも関わらず、小さな声で、「せーの‥。」と言った。



妖怪衆「これどうなってんだぁぁあああああ!!!」


 予想通りだが、こんなことをしている場合ではない。私は地面を這いながら、彼らから少しでも逃げようとする。




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