第32話 海の見える町
そして時刻は22時。
私は件の街を見下ろす夜景スポットへ到着した。
フェンス越しに団地を見下ろす。それは、海に隣接した工業地帯を臨む高台に築かれた団地だった。ここに住む人たちの多くは、あの工業地帯に勤めているだろう。
そんなことより、ここに昔、瀧宮がいたかもしれないのだ。
私はフラフラと団地へ侵入し、街を徘徊し始めた。
私「瀧宮‥、俺は、人を殺してしまったかもしれないんだ‥。だから、もうお前に頼る他道はない。」
視界には、動物を模ったカラフルなベンチが歩道脇に何体か設置されている様子が映される。次いで、車道を跨ぐ特徴的な白い歩道橋も見えた。この道を、学生だった瀧宮が歩いていた姿を想像する。
瀧宮が見た景色を、私も見ている‥!
そう思うことで、恐怖を少し鎮痛できた。
もう少し歩くと、小学校と中学校を見つけた。幼かった瀧宮も、この学校に通っていたのか。そう思うと、何だか今度は胸が締め付けられる感覚に陥った。
美貌を持つ彼女は、この何の変哲もない学校の六年間、そして三年間をそれぞれ鮮やかに彩ったに違いない。私のように彼女へ恋をした者にとって、修学旅行や体育祭、文化祭、そして面倒な普段の授業さえも、夢の時間に変えてくれたはずだ。
私は街のあちこちを歩き、そこで瀧宮が何をしていたかを妄想した。
真っ暗な小学校には、四基並んだ鉄棒が見える。
‥瀧宮は引っ込み思案であるから、小学生の時も、きっと一人で遊んでいただろう。グラウンドの隅で、あの鉄棒で逆上がりの練習をしていたのかもしれない。
すると、一人の男子が話しかけてきて、一緒に練習するように言った。彼女は恥ずかしかったが、断れずにそれを了承すると、それから二人で練習をする日々が続いた‥。
友達の少ない彼女がくしゃくしゃになって笑う姿が浮かぶ。
‥こんなワンシーンがあったと想像する。
すると、今度は目の前に「ここは通学路。飛び出し注意」という看板が出てきた。
ここは瀧宮の登下校するルートだった可能性もある。
‥多分、瀧宮は帰り道も一人だった。学校の正門からトボトボ帰る彼女の後ろ姿が想像できる。そして、それを見ながら、彼女とは反対側の帰り道をゆく、彼女に恋をした生徒は思ったことだろう。
「瀧宮さんは、どこに住んでいるのだろう。一緒に帰りたいけど、僕は反対方向だしなぁ‥。」
寄り道になるから、彼女を追う事はできない。結局彼は寂しそうに、自宅へ戻る日々を送ることになった。
こんなことがあったかもしれない。
私「瀧宮も‥、寂しかったんだ‥。だからあの時、勇気を出してついてゆけば‥。」
そう言いかけて、私は我に帰る。今のは、ただの妄想だ。しかしあと少しで、まるで自分の記憶にすり替わるところだった。
すると、今度は中学校が見えてくる。かなり高所に建てられており、長い階段が正門へ続いている。
この階段を、瀧宮が歩いている姿を想像する。少し成長した彼女は、周囲から美貌を評価され始め、男子生徒の一部から密かな人気を得るようになった。もちろん妄想の話だ。
もしかすると、男子から告白されることもあったかもしれない。ある日、体育館の裏に呼び出され、想いを打ち明けられた。その時、彼女は動揺し、すぐには返答できず、逃げるように帰宅した。
瀧宮「今日、〇〇くんから告白された!」
初めて告白された彼女は、慌てて母親に相談する。すると、「あんた、まだ中学生でしょ?はぁ、‥さすがは私の子ね‥。」と呆れられる。
そして「で、どうするの?」と母親に詰められ、「わからないよ‥。」と困惑する彼女。そこから、「中学で付き合った彼と、ずっと一緒にいれる可能生が低い。」とか、「妊娠するかもしれないから、ちゃんと断れるか。」など、複雑な事情を母親から吹き込まれた彼女は、結局、「守り」の体勢に入り、彼を振ってしまった。
これも、私の妄想だが、そんなワンシーンがあった気がしてならない。
私「なんで、俺は‥降られちゃったんだろうなぁ‥。」
さらに少し歩いたところに神社が見えた。
大きな神社だ。目の前の道では、祭りの露店が並んでいたかもしれない。
もはや、私の妄想は止まらない。
祭りの日、瀧宮は突然、「浴衣を着たい。」と母親に言った。めんどくさいと一度は断った母だが、娘が泣きそうなのを見て、結局は承諾することになった。
いつも以上に美しくなった彼女が、屋台を嬉しそうに歩く姿を想像する。
その時、イカ焼きを売っていたおじさんに押し売りをされ、断るのが苦手な彼女は渋々一つ購入した。それを見た男子が、笑って彼女をからかう。
私「あの時の瀧宮は、可愛かった。‥髪を後ろで結んでいて‥。」
今度は目の前に駅が現れる。高校生になった瀧宮は、この駅を利用して学校まで通っていたかもしれない。
高校生に入り、彼女は悩みも多くなってきたはずだ。特に、受験期。塾に通い始めてから、例のこともあって、どんどん彼女は心を痛めてゆく。
私「あれ‥、あれは‥?」
すると、駅前のバス停に私の思い描く、制服姿の瀧宮の姿が見えた。寂しそうにスマートフォンをいじっている。私に気づくと、不思議そうな顔でこちらを見た。
私「た、瀧宮!!」
しかし、それは、幻であった。そこには誰もいなかった。時刻表を示す看板が、女子高生の立ち姿に見えただけだった。
私は涙を流した。瀧宮の過去は全て私の妄想に過ぎないが、それがだんだん、現実のことにように思えてきたのだ。私の中で彼女は、もはや幼い頃からずっとそばにいた気がしてならない。
だが‥。
実際、私は一度たりとも彼女と話したことはない。「タイヤ公園」で一度、彼女と目が合っただけだ。
だから、多分、瀧宮は私のことを覚えていない。
私は、妄想だが、彼女を小学生から知っているのに。こんなに愛しているのに、彼女から同等の愛が返ってこないどころか、むしろ私の存在を認識すらしていないことが、悔しくてならなかった。
私「瀧宮、お前は、俺のことを一度でも考えたことがあるのかよ‥。
‥。
もう、死のうかな。楽になれるし‥。」
私は気がつけば、夢に出てきた瀧宮と同じ言葉を言っていた。そして無意識に、親指を突き出して、喉に当てている。
そうか。
やっぱりあの夢に出てきた瀧宮は、毛利の言った通り、私が作り上げたものだったのだろう。過去の光景を映し出した不思議な夢などではない。私が、毛利の話を聞いて、想像力を働かせて描いた願望だった。そして、意味深なオープニングも、全て何の意味もなかったのだ。
全部‥。私の脳内が作り出した、幻か‥。
私の足は、そのまま工場が並ぶ沿岸部へ向かった。
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